説明

マイクロバルブ

【課題】 アクセスチューブなどの外部圧力を使用せずに、しかも、複数の液体試薬類を順不同に切り換えてマイクロチャネルに供給することができ、かつ、液体試薬類のマイクロチャネルからの逆流も防止できる簡単な構造のマイクロバルブを提供する。
【解決手段】 少なくとも1本以上のマイクロチャネルと、該マイクロチャネルに連通すると共に大気に向かって開口する少なくとも1個以上のポートとを有するマイクロチップの上面に載置して使用されるマイクロバルブであって、疎水性多孔質シートと、合成樹脂中間層と、合成樹脂フィルムとからなり、前記疎水性多孔質シートは前記ポートの開口を覆うように配置され、前記合成樹脂中間層は貯液空間を有することを特徴とするマイクロバルブ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は遺伝子解析などの化学/生化学分析などに広く使用されるマイクロ流体制御機構付マイクロチップに関する。更に詳細には、本発明はマイクロチップの基板内に形成された微細流路(マイクロチャネル)や反応容器内における流体の移送を制御するための逆止弁として機能するマイクロバルブに関する。
【背景技術】
【0002】
最近、マイクロスケール・トータル・アナリシス・システムズ(μTAS)又はラブ・オン・チップ(Lab-on-Chip)などの名称で知られるように、基板内にマイクロチャネルや反応容器及びポートなどの微細構造を設け、該微細構造内で物質の化学反応、合成、精製、抽出、生成及び/又は分析など各種の操作を行うように構成されたマイクロデバイスが提案され、一部実用化されている。このような目的のために製作された、基板内にマイクロチャネル、ポート及び反応容器などの微細構造を有する構造物は総称して「マイクロチップ」又は「マイクロ流体デバイス」と呼ばれる。マイクロチップは遺伝子解析、臨床診断、薬物スクリーニングなどの化学、生化学、薬学、医学、獣医学分野のみならず、化学工業、環境計測などの幅広い用途に使用できる。常用サイズの同種の装置に比べて、マイクロチップは(1)サンプル及び試薬の使用量が著しく少ない、(2)分析時間が短い、(3)感度が高い、(4)現場に携帯し、その場で分析できる、及び(5)使い捨てできるなどの利点を有する。
【0003】
従来のマイクロチップ100は、例えば、図7A及び図7Bに示されるように、第1の基板102に少なくとも1本のマイクロチャネル104が形成されており、このマイクロチャネル104の少なくとも一端には入出力ポート106,106が形成されており、基板102の下面側に対面基板108が接着されている。この対面基板108の存在により、ポート106,106及びマイクロチャネル104の底部が封止される。入出力ポート106,106の主な用途は、(a)試薬や検体サンプルの注入(分注)、(b)廃液や生成物の取り出し、(c)気体圧力の供給(主に、送液のための正圧や負圧の印加)、(d)大気開放(送液時に発生する内圧の分散や、反応で生じたガスの解放)及び(e)密閉(液体の蒸発防止や故意に内圧を発生させる目的のため)などである。
【0004】
このようなマイクロチップには連続的な流体(例えば、液体又は気体)の流れや、微小液滴の移送を制御する目的で、マイクロチャネルの途中にマイクロバルブが配設されることがある。このようなマイクロバルブは例えば、特許文献1及び特許文献2に記載されている。
【0005】
特許文献1の図1に記載されているマイクロバルブは、太い第1の導管と、この第1の導管より細径に形成されると共に、一方の端部が第1の導管と連通するように連接された複数本の細管と、この細管より大径に形成されると共に、細管の他方の端部と連通するように連接された第2の導管を有し、細管の内壁面は疎水性に形成されていることからなる。このマイクロバルブによれば、第1の導管内に液体を導入した際に、この液体を境界とした第1の導管側の圧力と第2の導管側の圧力との圧力差に応じて第1の導管内の液体に位置を任意に制御することができる。しかし、特許文献1のマイクロバルブでは、複数本の細管を形成するのが非常に困難であるばかりか、圧力差が大きすぎると細管が破損される危険性がある。また、この細管部分だけを特異的に疎水性にする処理も非常に困難である。更に、特許文献1のマイクロバルブの細管は、逆止弁としての機能は発揮できず、しかもポンプを使用しなければ圧力差を発生させることができない。
【0006】
特許文献2の図3に記載されているマイクロバルブは、2つのポリジメチルシロキサン(PDMS)マイクロ流路チップと1枚のメンブレンからなり、バルブ領域において変位するメンブレンが弁座に離着して作動流体通路を開閉する弁機構を有する。更に、このマイクロバルブでは、バルブ領域において駆動流体の圧力が作用する圧力室を有する駆動流体通路が前記メンブレンに接着して形成されており、圧力室に駆動流体の圧力を給排することによってメンブレンを変位させて弁座と離着させて一方弁として開閉するように構成されている。しかし、特許文献2に記載されているマイクロバルブは、便座に離着するメンブレンが圧力室に向かって片方向に変位するだけなので、バルブ開時のメンブレンと弁座との隙間が不十分であり、流体の流動性が低く脈流が発生する原因となっていた。また、駆動流体の圧力はガラスパイプを介して真空ポンプから供給されるので、装置全体が複雑かつ高価となる。
【0007】
特許文献1及び2に示されるようなマイクロバルブは、アクセスチューブからチップへのフロー系システムとしての使用しか考慮されていない。アクセスチューブを使用するということは、すなわち、外部圧力を使用することであり、その結果、装置が大掛かりになり、構造的にも煩雑になる。更に、特許文献1に記載された発明のように、製造プロセスでシリコンウエハを異方性反応性イオンエッチングで加工する工程が必要な場合、処理時間、反応室容量の限界、スループットの問題などにより大量生産には不向きであり、しかも、使用する反応ガスなどのコスト及び処理時間がかさむため、使い捨てチップにするには不向きな製造方法である。また、特許文献1及び2に示されるようなマイクロバルブは、複数の液体試薬類を順不同に切り換えてマイクロチャネルに供給するような目的には使用できない。
【0008】
【特許文献1】特開2000−27813号公報
【特許文献2】特許第3418727号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従って、本発明の目的は、アクセスチューブなどの外部圧力を使用せずに、しかも、複数の液体試薬類を順不同に切り換えてマイクロチャネルに供給することができ、かつ、液体試薬類のマイクロチャネルからの逆流も防止できる簡単な構造のマイクロバルブを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するための手段としての請求項1の発明は、少なくとも1本以上のマイクロチャネルと、該マイクロチャネルに連通すると共に大気に向かって開口する少なくとも1個以上のポートとを有するマイクロチップの上面に載置して使用されるマイクロバルブであって、疎水性多孔質シートと、合成樹脂中間層と、合成樹脂フィルムとからなり、前記疎水性多孔質シートは前記ポートの開口を覆うように配置され、前記合成樹脂中間層は貯液空間を有することを特徴とするマイクロバルブを提供する。
【0011】
この発明によれば、合成樹脂中間層の貯液空間に収容された液体は疎水性多孔質シートにより撥水されて大きな液滴状の状態で維持されるので、疎水性多孔質シート下部のポートには浸透することができない。しかし、合成樹脂フィルムの上部から押圧すると貯液空間が圧潰され、その時の圧力で液体は疎水性多孔質シートの開孔を潜って下部のポートに押し出される。従って、本発明のマイクロバルブによれば、液体を必要な時点まで貯液空間に貯留させておくことができ、その結果、液体の乾燥・蒸発や汚染又は酸化分解などの弊害を効果的に避けることができる。
また、疎水性多孔質シートは濾過機能も発揮するので、液体中に固形夾雑物などのような汚染物質が含まれているような場合に、このような汚染物質を液体と分離し、汚染物質は疎水性多孔質シートでトラップし、液体だけを下部のポート及びマイクロチャネルに送液することもできる。また、この濾過機能を活用して、汚染物質除去だけでなく、例えば、液体中に含まれる藻類及び細胞の捕集や、タンパク質、核酸のTCA沈殿物、血清などの濾過に使用することもできる。また、濾過された物質は濾過のみで終わることなく、実験目的によってはメイン流路の物質と反応させ、疎水性多孔質シート上若しくはマイクロチャネル内で観察及び検出が可能である。
更に、液体貯留機能と濾過機能を併用する事例として、例えば、貯液空間に培養液を貯留させ、この培養液に細胞又は微生物などを接種して所定期間培養し、その後、固形培養物と濾液を濾別することもできる。
【0012】
前記課題を解決するための手段としての請求項2の発明は、前記合成樹脂中間層の貯液空間の上部は壁面であり、該壁面を上下に貫通する亀裂が形成されていることを特徴とする請求項1のマイクロバルブを提供する。
【0013】
この発明によれば、貯液空間がほぼ密閉状態なので内部に収容されている液体の乾燥・蒸発や汚染又は酸化分解などが完全に阻止される。貯液空間内に液体を注入する場合、亀裂部にシリンジを挿入することにより実施できる。シリンジを抜けば、亀裂は元の密着状態に戻り、貯液空間は密閉状態に維持される。
【0014】
前記課題を解決するための手段としての請求項3の発明は、前記合成樹脂中間層の貯液空間の上部は開口していることを特徴とする請求項1のマイクロバルブを提供する。
【0015】
この発明によれば、合成樹脂中間層上部の合成樹脂フィルムを剥離すると貯液空間の開口が露出されるので、シリンジ以外の手段(例えば、ピペットなど)でも液体の注入が容易に実施できる。
【0016】
前記課題を解決するための手段としての請求項4の発明は、前記疎水性多孔質シート、前記合成樹脂中間層及び前記合成樹脂フィルムがいずれもポリジメチルシロキサン(PDMS)から形成されており、PDMS製合成樹脂フィルムの外表面には気密性コート材が塗布されていることを特徴とする請求項1のマイクロバルブを提供する。
【0017】
この発明によれば、PDMS同士を自己吸着させたり、恒久接着させたり適宜使い分けることができ、マイクロバルブとしての機能を効果的に発揮することができる。PDMSは気体透過性があるので、蓋となる合成樹脂フィルムの外表面に気密性コート材を塗布することにより気体透過性を低下させておくことができる。これにより、合成樹脂フィルムを押圧した際、合成樹脂中間層の貯液空間に十分な圧力を印加することができる。
【0018】
前記課題を解決するための手段としての請求項5の発明は、前記疎水性多孔質シートの下部に親水性多孔質シートを更に有することを特徴とする請求項1のマイクロバルブを提供する。
【0019】
この発明によれば、ポート及びマイクロチャネルに送液された液体が合成樹脂中間層の貯液空間に逆流してくることを効果的に防止することができる。
【0020】
前記課題を解決するための手段としての請求項6の発明は、前記疎水性多孔質シートの上部及び下部の両側に親水性多孔質シートを更に有することを特徴とする請求項1のマイクロバルブを提供する。
【0021】
この発明によれば、疎水性多孔質シート3の上部側の親水性多孔質シートに培地を染み込ませ、ここで細胞培養を行うことができる。培養後は、培養物を疎水性多孔質シートで濾別し、培養液はマイクロチャネルに送液することができる。
【0022】
前記課題を解決するための手段としての請求項7の発明は、前記合成樹脂フィルムが半球状の形状をしていることを特徴とする請求項1のマイクロバルブを提供する。
【0023】
この発明によれば、半球状合成樹脂フィルムが合成樹脂中間層に自己吸着している場合、その上部を押圧してもフィルムは合成樹脂中間層から大きくずれない。押圧を続けると、貯液空間内の液体はマイクロチャネルに送液され、その後、更に押圧を続けると、半球状合成樹脂フィルムが過度に変形することにより、半球状合成樹脂フィルムと合成樹脂中間層との間に隙間が生じ、そこから空気が入ることにより、貯液空間内の圧力が大気圧と等圧化し、その結果、マイクロチャネルに送液された液体が貯液空間に逆流することが効果的に阻止される。
【発明の効果】
【0024】
本発明のマイクロバルブによれば、液体を保持できると同時に、メインチャネルに送液したい場合、バルブの貯液部上部を指で押すだけで、液体内の固形異物を除去しながら、瞬時に送液することができる。また、バルブに複数個の貯液部をメインチャネルに対して並列的に配設すれば、多種類の液体試薬及び/又はサンプル(検体)を取り扱うことができる。
本発明のマイクロバルブは従来から使用されているPDMSなどの公知慣用の材料を用いて構成することができるので、高機能な割には低コストであり、経済的メリットに優れている。
更に、本発明のマイクロバルブを、マイクロチップで使用されるポンプシステムにセッティングしておけば、混合処理及び/又は反応処理が簡便に操作でき、しかも、バルブ機能を操る周辺機器を必要としないので、マイクロチップ全体及び周辺の装置構成が単純になるばかりか、コストも安価に抑えることができる。
また、本発明のマイクロバルブはマイクロ濾過器としても機能できるし、あるいは、マイクロ培養器としても機能することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、図面を参照しながら本発明のマイクロバルブについて具体的に説明する。図1は本発明のマイクロバルブの一例の部分概要断面図である。本発明のマイクロバルブ1は図7に示されるような従来のマイクロチップ100においても使用できるし、あるいはこれから開発される新規なマイクロチップにおいても使用できる。本発明のマイクロバルブ1は本質的にマイクロチップ100の上面に載置して使用される。本発明のマイクロバルブ1は基本的に、疎水性の多孔質シート3と、この疎水性多孔質シート3の上面側の合成樹脂中間層5と、合成樹脂中間層5の上面側の剥脱可能な合成樹脂フィルム7とからなる。疎水性多孔質シート3はマイクロチップの何れかのポート(例えば、)を覆うように載置されている。合成樹脂中間層5には貯液空間9が形成されており、この貯液空間9の上部にはシリンジなどの液体注入手段を挿脱し易くするための亀裂11が配設されている。合成樹脂フィルム7はこの亀裂11を覆うように合成樹脂中間層5の上面に載置されている。合成樹脂中間層5は、シリコンゴム(例えば、ポリジメチルシロキサン)などのような可撓性を有する弾性ゴムを使用することが好ましい。弾性を有することにより亀裂11は通常時には密着され、気密性が保たれる。貯液空間9の容積は目的及び/又は用途などを考慮して適宜決定することができる。合成樹脂フィルム7は合成樹脂中間層5と同様に、シリコンゴム(例えば、ポリジメチルシロキサン)などのような可撓性を有する弾性ゴムを使用することが好ましい。合成樹脂フィルム7の厚さは数十μm〜数mmの範囲内であることができる。合成樹脂中間層5がポリジメチルシロキサン(PDMS)などのシリコンゴムから形成されている場合、合成樹脂フィルム7もPDMS製であることが好ましい。PDMS同士は自己吸着性があり、合成樹脂フィルム7の剥脱が容易に行えるからである。但し、合成樹脂フィルム7がPDMS製である場合、PDMSは気体透過性があるので、外面に気密性コート材(例えば、3M社の3Mフロリナートなど)を塗布して、気体透過性を低下させておくことが好ましい。
【0026】
疎水性多孔質シート3及び合成樹脂中間層5は内側フレーム13で周囲が包囲されていることが好ましい。内側フレーム13は疎水性多孔質シート3及び合成樹脂中間層5を所定箇所に安定的に位置させることに有効であるばかりか、貯液空間9内の液体(図示されていない)が疎水性多孔質シート3を介してマイクロチップのポートに流れ込む際、マイクロチップの上面に漏液することを効果的に防止することもできる。内側フレーム13はマイクロチップの上面に恒久接着させるために、PDMS製であることが好ましい。しかし、内側フレーム13は必ずしも使用する必要はない。また、マイクロバルブ1を更に安定的に使用するために、内側フレーム13の外周に外側フレーム15を更に配設することもできる。外側フレーム15は合成樹脂フィルム7と同じ高さか又はこれよりも高いこが好ましい。合成樹脂フィルム7を指で掴めるようにするため、外側フレーム15と合成樹脂フィルム7との間には適当なスペース17を設けておくことが好ましい。
【0027】
疎水性多孔質シート3の材料としては例えば、ポリジメチルシロキサン(PDMS)、ポリスルホン(ポリサルホン)、ポリアミド、ポリイミド(PI)、ポリオレフィン樹脂(例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン−プロピレン共重合体など)、ハロゲン原子含有樹脂{例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニル(PVF)、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン−エチレン共重合体(ETFE)、クロロトリフルオロエチレン−エチレン共重合体(ECTFE)、ポリクロロトリフルオロエチレン(CTFE)、ポリヘキサフルオロプロピレン、ポリヘキサフルオロアセトン、フッ化ビニル(VF)など}、メタクリレート系樹脂(例えば、ポリメチルメタクリレート(PMMA)など)、スチレン系樹脂(例えば、アクリロニトリル−スチレン共重合体(AS樹脂)、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体(ABS樹脂)など)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリアミドイミド、ポリエステルイミド、ポリカーボネート(PC)。ポリアセタール、ポリアリーレンエーテル(例えば、ポリフェニレンエーテルなど)、ポリフェニレンスルフィド、ポリアリレート、ポリアリール、ポリビニリデンジフロリド、ポリプロピレン、ポリエチレン、スルホン系ポリマー(例えば、ポリスルホン、ポリアリールスルホン、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリエーテルサルホンなど)、ポリウレタン類、ポリエステル系樹脂(例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)など)、ポリエーテルケトン類(例えば、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトンケトンなど)、ポリアクリル酸エステル類(例えば、ポリアクリル酸ブチル、ポリアクリル酸エチルなど)、ポリビニルエステル類(例えば、ポリブトオキシメチレンなど)、ポリシロキサン類、ポリサルファイド類、ポリフォスファゼン類、ポリトリアジン類、ポリノルボルネン、エポキシ系樹脂、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリジエン類(例えば、ポリイソプレン、ポリブタジエンなど)、ポリアルケン類(例えば、ポリイソブチレンなど)などが挙げられる。優れた疎水性と、成膜の容易さ及び機械的強度などの点より、ポリジメチルシロキサン(PDMS)、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)又はポリテトラフルオロエチレン(PTFE)が好ましい。微小な開孔を無数に有するシートは鋳型を使用するか又は、シートを微細な針などで穿刺することにより作製することができる。
【0028】
疎水性多孔質シート3は規則的又は不規則的に、定形又は不定形な微小開孔を無数に有するシートであることができる。開孔の大きさは液滴のサイズよりも小さいことが好ましい。開孔サイズが液滴サイズよりも大きいと、シート3がたとえ疎水性であっても、液滴を貯液空間9内に留めておくことが困難になる。このような開孔のサイズは一般的に、1nm〜200μmの範囲内であることが好ましい。疎水性多孔質シート3の膜厚は一般的に、50μm〜1000μmの範囲内であることが好ましい。疎水性多孔質シート3の膜厚が50μm未満では機械的強度が不足する。一方、疎水性多孔質シート3の膜厚が1000μm超になると、機械的強度が高くなり過ぎ、十分に撓まなくなり、液滴をポート側に通すことが困難になる。
【0029】
図2は本発明のマイクロバルブ1の使用方法を説明する概要断面図である。先ず、ステップ(A)において、合成樹脂フィルム7を剥離し、合成樹脂中間層5の亀裂11を介してシリンジ20を挿入し、貯液空間9に液体22を注入する。液体22は疎水性多孔質シート3により撥水され、下部に流れ出ることができない。その後、ステップ(B)において、合成樹脂フィルム7を元に戻して亀裂11を遮蔽すると共に、合成樹脂フィルム7を合成樹脂中間層5の上面に密着させる。次いで、ステップ(C)において、合成樹脂フィルム7の上面、特に、合成樹脂中間層5の貯液空間9の上部付近を指24などで強く押圧する。これにより、貯液空間9が圧潰され、内部の液体は疎水性多孔質シート3の微小開孔を介してポートからマイクロチャネルに送液される。実際、疎水性多孔質シート3の下面はマイクロチップのPDMS基板とは恒久接着していないので、疎水性多孔質シート3とマイクロチップのPDMS基板との界面隙間を通して液体はポートに流れ込む。この際、液体22に含まれる固形夾雑物は疎水性多孔質シート3により濾過されてしまうので、純粋に液体だけをマイクロチャネル側に送液することができる。ステップ(D)において、指の押圧を解除しても、マイクロチャネル側に流れた液体22は疎水性多孔質シート3でブロックされ、貯液空間9に逆流することは効果的に抑制される。別法として、指の押圧を解除する際に、押しながら合成樹脂フィルム7を捲り上げることにより貯液空間9の圧力を大気圧と等圧にするか、あるいは、合成樹脂フィルム7の上面から貯液空間9に中空針を刺し、該中空針を介して貯液空間9の圧力を大気圧と等圧にすることもできる。これにより、マイクロチャネル側に流れた液体22が貯液空間9に逆流することは完全に阻止される。本発明のマイクロバルブ1では、合成樹脂フィルム7の上面で、指24による押圧を複数回繰り返すことによりポンプ動作も起こすことができ、液体22を反対側のポートにまで送液することができる。
【0030】
図3は本発明のマイクロバルブの別の例の部分概要断面図である。図3に示されたマイクロバルブ1Aは、疎水性多孔質シート3の下部に親水性多孔質シート26を有する。疎水性多孔質シート3の下部に親水性多孔質シート26を併用すると、併用しない場合に比べて、マイクロチャネル側に送液された液体が貯液空間9への逆流が一層抑制される。
【0031】
図4は本発明のマイクロバルブの別の例の部分概要断面図である。図4に示されたマイクロバルブ1Aは、疎水性多孔質シート3の上部及び下部の両側に親水性多孔質シート28,26を有する。前記のように、疎水性多孔質シート3は濾過器としても使用できるが、細胞を培養する用途においては、疎水性多孔質シート3の上部側の親水性多孔質シート28に培地を染み込ませ、ここで細胞培養を行うことが好ましい。培養後は、培養物を疎水性多孔質シート3で濾別し、培養液はマイクロチャネルに送液することができる。
【0032】
親水性多孔質シート26,28は規則的又は不規則的に、定形又は不定形な微小開孔を無数に有するシートであることができる。開孔の大きさは液滴のサイズよりも小さいことが好ましい。開孔サイズが液滴サイズよりも大きいと、液滴がシート26,28を通過してしまい液滴を貯液空間9及び/又はマイクロチャネル内に留めておくことが困難になる。このような開孔のサイズは一般的に、1nm〜200μmの範囲内であることが好ましい。親水性多孔質シート26,28の膜厚は一般的に、50μm〜1000μmの範囲内であることが好ましい。親水性多孔質シート26,28の膜厚が50μm未満では機械的強度が不足する。一方、親水性多孔質シート26,28の膜厚が1000μm超になると、機械的強度が高くなり過ぎて十分に撓まなくなり、使用適性に欠けるようになる。
【0033】
親水性多孔質シート26,28の形成材料は当業者に公知の有機性繊維で形成された不織布あるいは織布を使用することができる。疎水性多孔質シートを親水化処理して親水性多孔質シートとして使用することもできる。例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、フッ化ビニリデン(PVdF)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)などの疎水性多孔質シートをノニオン型フッ素系界面活性剤で処理することにより親水性多孔質シート26,28を得ることが出来る。また、疎水性の熱可塑性樹脂を親水性付与物質で処理することによっても、親水性多孔質シート26,28を得ることもできる。例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアクリロニトリル、ポリエチレンテレフタレート、ポリスルホンから選択される少なくとも1種の物質又は2種以上の共重合体又は2種以上の混合物を親水性付与物質で処理する。このような目的に好適な親水性付与物質は例えば、ポリアクリル酸、エチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート、カルボキシメチルエチルセルロース、酢酸フタル酸セルロース、ヒドロキシプロピルスターチなどである。
【0034】
図5は本発明のマイクロバルブの使用例を示す部分概要平面図である。マイクロバルブ1はマイクロチップ100の上面に載置されている。図示されたマイクロバルブ1では、合成樹脂中間層5に貯液空間9−1〜9−5を直列状に5個有する。合成樹脂中間層は、この貯液空間9−1〜9−5を完全に遮蔽するのに必要十分なサイズの合成樹脂フィルム7で覆われている。貯液空間9−1〜9−5と平行に、マイクロチャネル104が配設されており、このマイクロチャネル104には、貯液空間9−1〜9−5と対向するように、それぞれポート110−1〜110−5が設けられている。貯液空間の配設個数は図示された5個に限定されるわけではない。任意の個数の貯液空間を配設することができる。貯液空間を複数個設けることにより、各貯液空間内に異なるサンプル及び/又は液体試薬類をそれぞれ注入することができ、複雑多岐にわたる様々な反応や検出などを1枚のマイクロチップ上で実施できるという顕著な作用効果が奏される。図示されているような複数個のマイクロバルブが一体化された形態に限らず、それぞれ分離独立した形態でも実施可能である。
【0035】
図6は、本発明のマイクロバルブの更に他の例の部分概要断面図である。このマイクロバルブでは、剥脱可能な合成樹脂フィルム7aの形状が半球状をしている。半球状合成樹脂フィルム7aが合成樹脂中間層5に自己吸着している場合、その上部を押圧してもフィルム7aは合成樹脂中間層5から大きくずれない。押圧を続けると、貯液空間9内の液体はマイクロチャネル104に送液され、その後、更に押圧を続けると、半球状合成樹脂フィルム7aが過度に変形することにより、半球状合成樹脂フィルム7aと合成樹脂中間層5との間に隙間が生じ、そこから空気が入ることにより、貯液空間9内の圧力が大気圧と等圧化する。半球状合成樹脂フィルム7aは図示されているような中空状の他、中実状であることもできる。
【実施例1】
【0036】
(1)マイクロバルブの作製
常用の光リソグラフィー法に従って、表面に直径約50μm、高さ約0.3mmの突起を無数に有する4インチサイズの鋳型を作製した。この鋳型の表面をフルオロカーボン(CHF)の存在下で反応性イオンエッチングシステムにより処理し、表面にCHF剥離膜を形成した。マスターの剥離膜形成面上に、PDMSプレポリマー混合液として、米国のダウ・コーニング社製のSYLGARD 184 SILICONE ELASTOMERを厚さ鋳型にモールドし、N2スプレーで0.3mm厚付近になるまで引きのばし、加温(65℃、4時間)した。4時間経過後、オーブンから取り出し、厚さ約0.3mmのPDMS製多孔質シートを鋳型から剥離した。このPDMS製多孔質シートを2cmx2cmにカットし、マイクロチップのPDMS製基板の一方のポートを覆うように、かつ、PDMS製基板の上面に自己吸着するように載置した。次いで、このシートの上部にPDMS製の中間層を載置した。PDMS製中間層の厚さは約2mmであり、シートと同じ2cmx2cmのサイズであった。PDMS製中間層の適所に容量約50μlの貯液空間が形成されていた。このシートと中間層との積層物の周囲をPDMS製の枠で包囲した。PDMS製の枠はマイクロチップのPDMS製基板と恒久接着させた。PDMS製中間層の貯液空間の開口部を覆うようにPDMS製フィルムを被せた。このPDMS製フィルムの外表面には3M社の3Mフロリナート気密性コート材を塗布しておいた。
(2)送液確認試験
前記(1)で作製されたマイクロバルブのPDMS製フィルムを剥離し、PDMS製中間層の貯液空間を露出させ、該貯液空間内に赤色に着色された蒸留水を注入した。注入された赤色蒸留水を目視で観察し続けたところ、PDMS製多孔質シートで撥水され、下部に浸透していないことが確認された。その後、PDMS製フィルムをPDMS製中間層上面に被せ、貯液空間を遮蔽した。次いで、PDMS製フィルム上面の前記貯液空間の位置に対応する箇所を人差し指で強く押圧したところ、貯液空間内の赤色蒸留水がマイクロチップのマイクロチャネル内に送液された。人差し指による押圧を解除し、再び押圧したところ、赤色蒸留水は反対側のポートにまで達した。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明のマイクロバルブを利用したマイクロチップは医学、獣医学、歯科学、薬学、生命科学、食品、農業、水産など様々な分野で活用できる。特に、蛍光抗体法、in situ Hibridization等に最適なマイクロチップとして、免疫疾患検査、細胞培養、ウィルス固定、病理検査、細胞診、生検組織診、血液検査、細菌検査、タンパク質分析、DNA分析、RNA分析などの広範な領域で使用できる。
本発明のマイクロバルブは液体を送液するためのポンプとしても機能することができるばかりか、マイクロ濾過器又はマイクロ培養器としても機能することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】公知慣用のマイクロチップにおいて使用される本発明のマイクロバルブの一例の部分概要断面図である。
【図2】図1に示された本発明のマイクロバルブの使用方法を説明する工程図である。
【図3】公知慣用のマイクロチップにおいて使用される本発明のマイクロバルブの別の例の部分概要断面図である。
【図4】公知慣用のマイクロチップにおいて使用される本発明のマイクロバルブの他の例の部分概要断面図である。
【図5】公知慣用のマイクロチップにおいて使用される本発明のマイクロバルブの更に別の例の部分概要平面図である。
【図6】公知慣用のマイクロチップにおいて使用される本発明のマイクロバルブの更に他の例の部分概要断面図である。
【図7(A)】公知慣用のマイクロチップの一例の概要平面図である。
【図7(B)】図7(A)におけるB−B線に沿った断面図である。
【符号の説明】
【0039】
1,1A,1B,1C 本発明のマイクロバルブ
3 疎水性多孔質シート
5 合成樹脂中間層
7,7a 合成樹脂フィルム
9 貯液空間
11 亀裂
13 内側フレーム
15 外側フレーム
17 隙間
20 シリンジ
22 液体
24 指
26,28 親水性多孔質シート
100 公知慣用のマイクロチップ
102 PDMS基板
104 マイクロチャネル
106 ポート
108 対面基板
110 ポート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1本以上のマイクロチャネルと、該マイクロチャネルに連通すると共に大気に向かって開口する少なくとも1個以上のポートとを有するマイクロチップの上面に載置して使用されるマイクロバルブであって、疎水性多孔質シートと、合成樹脂中間層と、合成樹脂フィルムとからなり、前記疎水性多孔質シートは前記ポートの開口を覆うように配置され、前記合成樹脂中間層は貯液空間を有することを特徴とするマイクロバルブ。
【請求項2】
前記合成樹脂中間層の貯液空間の上部は壁面であり、該壁面を上下に貫通する亀裂が形成されていることを特徴とする請求項1のマイクロバルブ。
【請求項3】
前記合成樹脂中間層の貯液空間の上部は開口していることを特徴とする請求項1のマイクロバルブ。
【請求項4】
前記疎水性多孔質シート、前記合成樹脂中間層及び前記合成樹脂フィルムがいずれもポリジメチルシロキサン(PDMS)から形成されており、PDMS製合成樹脂フィルムの外表面には気密性コート材が塗布されていることを特徴とする請求項1のマイクロバルブ。
【請求項5】
前記疎水性多孔質シートの下部に親水性多孔質シートを更に有することを特徴とする請求項1のマイクロバルブ。
【請求項6】
前記疎水性多孔質シートの上部及び下部の両側に親水性多孔質シートを更に有することを特徴とする請求項1のマイクロバルブ。
【請求項7】
前記合成樹脂フィルムが半球状の形状をしていることを特徴とする請求項1のマイクロバルブ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7(A)】
image rotate

【図7(B)】
image rotate


【公開番号】特開2007−162899(P2007−162899A)
【公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−362966(P2005−362966)
【出願日】平成17年12月16日(2005.12.16)
【出願人】(000000527)ペンタックス株式会社 (1,878)
【出願人】(502338454)フルイドウェアテクノロジーズ株式会社 (11)
【Fターム(参考)】