説明

マグネシウム合金コイル材

【課題】平坦性に優れるマグネシウム合金コイル材及びその製造方法、このコイル材を用いたマグネシウム合金部材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】マグネシウム合金からなる板状材が円筒状に巻き取られたコイル材であり、その内径が1000mm以下である。このコイル材から切り取った反り量用試験片1を水平台100に載置したとき、試験片1の幅wに対する、両者1,100の隙間110における鉛直方向の最大距離hの割合が0.5%以下である。このコイル材は、マグネシウム合金を連続鋳造した鋳造材に圧延を施し、得られた圧延板に温間矯正加工を施し、得られた加工板を円筒状に巻き取るとき、巻き取り直前の温度を100℃以下にしてから巻き取ることで製造できる。巻き取り直前に十分に低温にすることで、巻き取り後の板状材は、巻回数が多い場合でも幅方向の反りが生じ難い上に、巻き取り径が小さい場合でも巻き癖がつき難く平坦性に優れる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マグネシウム合金部材の素材に適したマグネシウム合金コイル材及びその製造方法、このコイル材により製造したマグネシウム合金部材及びその製造方法に関するものである。特に、平坦性に優れ、プレス成形品といったマグネシウム合金部材の生産性の向上に寄与することができるマグネシウム合金コイル材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
マグネシウムに種々の添加元素を添加したマグネシウム合金は、軽量で、比強度・比剛性が高く、衝撃吸収性に優れる。そのため、マグネシウム合金は、携帯電話やノート型コンピュータといった携帯用電気・電子機器類の筐体、自動車用部品などの各種の部材の構成材料として検討されている。マグネシウム合金は六方晶の結晶構造(hcp構造)を有することから、室温での塑性加工性に乏しいため、マグネシウム合金からなる部材は、ダイキャスト法やチクソモールド法による鋳造材(例えば、ASTM(米国材料試験協会)規格のAZ91合金)が主流である。しかし、上記鋳造方法では薄い板材、特に、上記各種の部材を大量生産するにあたり、その素材に適した長尺な板材を製造することが困難である。
【0003】
一方、ASTM規格のAZ31合金に代表される展伸用マグネシウム合金は、比較的塑性加工を施し易いため、当該合金からなる鋳造板に圧延やプレス加工といった塑性加工を施して厚さを薄くすることが検討されている。特許文献1では、AZ91合金と同程度のAlを含有する合金からなる圧延板にロールレベラにより曲げを付与して、せん断帯を残存させた板材を開示している。この板材は、プレス加工時に再結晶を連続的に生じることができ、プレス成形性に優れる。また、AZ91合金や当該合金と同等程度のAlを含有する合金は、耐食性や強度が高いことから、今後、展伸材としての需要が高まると期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2009/001516号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
マグネシウム合金部材の生産性を向上することが望まれている。
マグネシウム合金部材の生産性を向上するためには、プレス加工などの塑性加工やその他の加工を行うにあたり、加工装置に素材を連続的に供給することが望まれる。例えば、長尺な圧延板などの板状材を円筒状に巻き取ったコイル材を素材に利用することで、上記加工装置に素材を連続的に供給することができる。
【0006】
しかし、コイル材では、幅方向の反りや巻き癖などにより平坦性に劣る恐れがある。
コイル材の巻き取り径(内径)を小さくすると、長尺材でも小型にできるため、搬送や上記加工装置への設置などが容易である上に、上記加工装置に対して一つのコイル材から供給可能な素材量を多くでき、マグネシウム合金部材の生産性をより高められると期待される。しかし、巻き取り径が小さいと、特に、巻き取り径が1000mm以下であると、当該板状材に巻き癖が付き易く、特に、板状材の長手方向に変形や反りを有する恐れがある。巻回数を多くすると、巻き取り径が大きくなり、上記長手方向の変形や反りを抑制できるものの、後述するように幅方向の反りがつき易くなる。
【0007】
上記巻き癖などの変形や反り(曲がり)が付いた場合、コイル材を巻き戻しただけでは曲がっていて平坦にならない。このような曲がった板状材を加工装置に供給すると、プレス加工といった塑性加工や打ち抜き加工といった、形状を変化するための加工を行うにあたり、加工装置の所定の位置に当該板状材を精度良く位置決めすることが困難である。その結果、塑性加工部材を精度良く製造できず、寸法不良により歩留まりが低下し、マグネシウム合金部材の生産性の低下を招く。加工装置に板状材を精度良く配置するために、別途、矯正などの加工を行うと、長手方向の変形や反りを矯正することができるが、工程数の増加により、マグネシウム合金部材の生産性の低下を招く。また、マグネシウム合金板において、幅方向の変形や反りを矯正する適切な加工装置が知られておらず、幅方向の変形や反りを除去することは難しい。
【0008】
そこで、本発明の目的の一つは、平坦性に優れるマグネシウム合金コイル材、及びその製造方法を提供することにある。また、本発明の他の目的は、上記コイル材を用いて得られたマグネシウム合金部材、及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、プレス成形品などのマグネシウム合金部材の素材として、マグネシウム合金からなるコイル材を対象として、特に、巻き戻した状態の板状材の平坦性を高める手法を種々検討した。
【0010】
ここで、マグネシウム合金に圧延やプレス加工、その他種々の塑性加工を行う場合、マグネシウム合金の塑性加工性を高めるために、マグネシウム合金からなる素材が加熱された状態で加工を施す、いわゆる温間加工を行うことが好ましい。例えば、双ロール鋳造材などの素材に温間圧延加工を施して、薄く長尺な板材を製造することを考える。このとき、例えば、圧延工程において圧延が施された板状材を加熱状態で巻き取ると、上述のように塑性変形性が高められているため変形し易く、板状材に巻き癖(反り)が付き易くなる。
【0011】
また、特に幅が広い板状材を製造する場合などでは板状材の幅方向において厚さのばらつき(厚さ分布)が生じ易い。幅方向に厚さのばらつきがある板状材を順次巻き取ると、巻き取られたコイル材の径も、幅方向にばらつきが生じ、均一な円柱状にならない。例えば、板状材の幅方向の中央部分の厚さが縁部分よりも厚い場合、巻き取ったコイル材は、幅方向の中央部分が膨れた太鼓状になる。上述のように巻き取りを加熱状態で行なった場合、上記太鼓形状に沿った反りが板状材に永久変形として残留する恐れがある。この永久変形が幅方向の反りとなる。特に、コイル材を構成する外側のターンは、内側のターンの変形が累積されるため、巻回数が多くなるほど、コイル材の幅方向における径のばらつきも大きくなり易い。そのため、コイル材を構成する外側のターンほど、幅方向の反りが大きくなる傾向にある。
【0012】
幅方向に厚さのばらつきが少ない、或いは実質的に無い板状材であっても、温間圧延を行う場合、板状材の幅方向における両端部は、中央部に比較して冷え易いことから、この温度差により板状材における幅方向の熱膨張量が異なり、中央部が膨れた状態となり易い。即ち、厚さのばらつきが少ない板状材であっても、全体が均一な温度になるまでの間、一時的に厚さが異なる状態となり得る。このような厚さが異なる状態で巻き取ることで、上述のようにコイル材が太鼓状になる可能性がある。そして、巻取後にこの変形が維持されたままになる(永久変形となって残留する)と、上述のように幅方向の反りとなる可能性がある。
【0013】
板状材が短尺である場合、巻き癖による変形や幅方向の反りが問題とならない場合も有り得る。コイル材とするような長尺材では、上記変形や反りにより平坦性が低下し、コイル材やマグネシウム合金部材の生産性の低下(製品の歩留まりの低下)を招く。
【0014】
これに対して、温間加工を施した後、円筒状に巻き取る直前に板状材を特定の低い温度にしてから巻き取ると、コイル材の外形に沿った幅方向の反りを抑制したり巻き取った板状材に巻き癖をつき難くしたりすることができ、一旦巻き取ったコイル材を巻き戻しても、当該板状材は平坦性に優れる、との知見を得た。本発明は、この知見に基づくものである。
【0015】
本発明のマグネシウム合金コイル材は、マグネシウム合金からなる板状材が円筒状に巻き取られたものであり、このコイル材の内径が1000mm以下であり、以下の幅方向の反り量を満たす。
(幅方向の反り量)
上記コイル材を構成する板状材のうち、最外周側に位置する板状材を長さ:300mmに切断して反り量用試験片とし、この反り量用試験片を水平台に載置したとき、上記水平台の表面と、当該反り量用試験片の一面において上記水平台に接触しない箇所であって、当該反り量用試験片の幅方向における鉛直方向の最大距離をh、当該反り量用試験片の幅をwとし、(上記鉛直方向の最大距離h/上記反り量用試験片の幅w)×100を幅方向の反り量(%)とするとき、当該幅方向の反り量が0.5%以下である。
【0016】
本発明コイル材は、内径が1000mm以下と小さく、多層に巻回した場合でも小型にすることができる。しかも、このコイル材は、最も幅方向の反りが生じ易い最外周であっても反り量が小さく、平坦性に優れる。そのため、本発明コイル材は、幅方向の反りを是正するための処理を行う必要がない。
【0017】
本発明コイル材の一形態として、当該コイル材が以下の平坦度を満たす形態が挙げられる。
(平坦度)
上記コイル材を構成する板状材のうち、最内周側に位置する板状材を長さ:1000mmに切断して平坦度用試験片とし、この平坦度用試験片を水平台に載置したとき、上記水平台の表面と、当該平坦度用試験片の一面において上記水平台に接触しない箇所との鉛直方向の最大距離を平坦度とし、当該平坦度が5mm以下である。
【0018】
上記形態によれば、板状材の幅方向及び長手方向のいずれにも、変形や反りが少なく、平坦性に優れる。本発明コイル材は、上述のように内径が1000mm以下と小さく、本発明コイル材のうち、最内周側の板状材には、曲げ半径が500mm以下といった比較的きつい曲げが加えられた状態である。しかし、本発明コイル材を巻き戻すと、当該コイル材を構成する板状材は、上述のように高い平坦性を有している。即ち、上記板状材は、幅方向の反りだけでなく、巻き癖がつき難い、或いは実質的についていない。従って、本発明コイル材を巻き戻した板状材をそのまま、或いは簡単な矯正加工を行ったものを、プレス加工といった塑性加工や切断などの各種の加工を行う加工装置に供給する際、精度良く位置決めすることができる。
【0019】
このような本発明コイル材を利用することで、巻き癖などによる変形や反りを除去するための矯正工程自体を省略したり、或いは矯正時間を短縮したりできる。また、本発明コイル材を利用することで、素材を塑性加工装置に連続的に供給できることから、箱などの立体形状や板などの平面形状など、種々の形状のマグネシウム合金部材を生産性良く製造することができる。従って、本発明コイル材は、マグネシウム合金部材の素材に好適に利用できる上に、マグネシウム合金部材の生産性の向上に寄与することができると期待される。また、素材となる本発明コイル材が上述のように平坦性に優れるため、上述した各種の加工を精度良く行え、寸法精度に優れるマグネシウム合金部材が得られると期待される。
【0020】
本発明の一形態として、上記平坦度が0.5mm以下である形態が挙げられる。
【0021】
本発明者らが調べたところ、板状材の厚さ及び幅を特定の範囲としたり、後述するように特定の大きさの張力を加えた状態で矯正加工を行うことで、平坦度がより小さいコイル材が得られるとの知見を得た。上記形態によれば、平坦度が非常に小さく、平坦性により優れる。
【0022】
上記本発明コイル材や後述する本発明マグネシウム合金部材、後述する発明マグネシウム合金コイル材の製造方法に利用する素材を構成するマグネシウム合金は、Mgに添加元素を含有した種々の組成のもの(残部:Mg及び不純物)が挙げられる。添加元素は、例えば、Al,Zn,Mn,Si,Ca,Sr,Y,Cu,Ag,Ce,Sn,Li,Zr,Be,Ni,Au及び希土類元素(Y,Ceを除く)から選択される少なくとも1種の元素が挙げられる。添加元素が多いほど、強度や耐食性などに優れるが、多過ぎると偏析による欠陥や塑性加工性の低下により割れなどが生じ易くなることから、添加元素の合計含有量は20質量%以下が好ましい。不純物は、例えば、Feなどが挙げられる。
【0023】
本発明の一形態として、上記マグネシウム合金が添加元素にAlを5.8質量%以上12質量%以下含有する形態が挙げられる。また、本発明の一形態として、上記マグネシウム合金が添加元素にAlを8.3質量%以上9.5質量%以下含有する形態が挙げられる。
【0024】
Alを含有するMg-Al系合金は、耐食性に優れ、Al量が多いほど強度が向上し、耐食性にも優れる傾向にある。しかし、Alが、多過ぎると曲げを含む塑性加工性の低下を招き、圧延や矯正加工、その他種々の塑性加工の際に割れなどが生じる恐れがある。マグネシウム合金の塑性加工性を高めるために上記加工時のマグネシウム合金の温度を高めると、加熱のためのエネルギーや加熱時間が必要であり、生産性の低下を招く。従って、Alの含有量は、5.8質量%以上12質量%以下が好ましく、7.0質量%以上、特に8.3質量%以上9.5質量%以下であると、強度及び耐食性により優れて好ましい。Mg-Al系合金のAl以外の添加元素の合計含有量は、0.01質量%以上10質量%以下、特に0.1質量%以上5質量%以下が好ましい。
【0025】
本発明の一形態として、上記コイル材を構成する板状材の厚さが0.02mm以上3.0mm以下であり、上記コイル材を構成する板状材の幅が50mm以上2000mm以下である形態が挙げられる。また、上記コイル材を構成する板状材の厚さが0.3mm以上2.0mm以下であり、上記コイル材を構成する板状材の幅が50mm以上300mm以下である形態が挙げられる。
【0026】
上記形態によれば、例えば、携帯用電気・電子機器の筐体などの素材に好適に利用することができる。特に、厚さが0.3mm〜2.0mm、幅が300mm以下を満たす形態では、後述するように特定の大きさの張力を加えずに矯正加工を施した場合でも、平坦度が0.5mm以下といった平坦性により優れるコイル材を得易い。
【0027】
本発明の一形態として、上記コイル材を構成する板状材の室温(20℃程度)での引張強さが280MPa以上450MPa以下を満たす形態が挙げられる。或いは、本発明の一形態として、上記コイル材を構成する板状材の室温(20℃程度)での0.2%耐力が230MPa以上350MPa以下を満たす形態が挙げられる。或いは、本発明の一形態として、上記コイル材を構成する板状材の室温(20℃程度)での伸びが1%以上15%以下を満たす形態が挙げられる。或いは、本発明の一形態として、上記コイル材を構成する板状材のビッカース硬度(Hv)が65以上100以下を満たす形態が挙げられる。
【0028】
上記形態によれば、強度や硬度、靭性といった機械的特性に優れる。従って、本発明コイル材は、プレス加工などが施されて形成される塑性加工部材の素材に好適に利用できる。また、得られた塑性加工部材(本発明マグネシウム合金部材)も、高強度、高硬度、高靭性である。
【0029】
本発明の一形態として、上記コイル材を構成する板状材の残留応力(絶対値)が0MPa超100MPa以下である形態が挙げられる。
【0030】
本発明コイル材が、圧延が施された圧延板で構成されている場合や矯正加工が施された加工板で構成されている場合、当該コイル材を構成する板状材は、平面の任意の方向に圧縮性の残留応力を有する。代表的には、上記形態のように0MPa超100MPa以下の圧縮性の残留応力を有する。残留応力を有することで、上記形態は、塑性加工時に動的再結晶化が十分に生じて塑性加工性に優れる。この残留応力の値は、上記加工板であることを示す指標として利用できる場合があると考えられる。
【0031】
上記本発明コイル材は、例えば、以下の本発明製造方法により製造することができる。本発明のマグネシウム合金コイル材の製造方法は、以下の準備工程と、温間加工工程と、巻取工程とを具える。
準備工程:マグネシウム合金からなる素材板が円筒状に巻き取られてなる素材コイル材を準備する工程。
温間加工工程:上記素材コイル材を巻き戻して上記素材板を連続的に繰り出し、繰り出された上記素材板の温度が100℃超である状態で当該素材板に加工を施す工程。
巻取工程:上記加工が施された加工板を巻き取って、内径が1000mm以下のコイル材を形成する工程。
そして、上記巻き取りは、上記加工板において巻き取り直前の温度を100℃以下にしてから行う。特に、巻き取り直前の温度は75℃以下が好ましい。
【0032】
本発明製造方法によれば、素材板が100℃超に加熱された状態で温間加工を行うことで、素材板の加工性を高められ、所望の加工を良好に施すことができる。また、素材板として、巻き取りが可能な程度に長尺なコイル材を用意することで、長尺な加工板が得られる。しかし、得られた加工板を巻き取るにあたり、上記加工時の熱が加工板に残存することで、加工板は、塑性変形し易い状態である。これに対して、本発明製造方法では、巻き取り直前の温度を100℃以下、好ましくは75℃以下とすることで、塑性変形し難くなり、巻取後の板状材が実質的に変形していない、或いは変形量が少ない。即ち、本発明製造方法は、幅方向の厚さのばらつきが少ない、或いは実質的に無い板状材は勿論、幅方向の厚さのばらつきがある板状材(加熱状態で巻き取るとコイル外形が太鼓状などの非円柱形状となる恐れがあり、幅方向の反りが顕著となり易い板状材)であっても、幅方向に大きな反りが生じ難く、円柱状のコイル材が得られ易い。このように上記本発明製造方法によれば、コイル材を構成する板状材の幅方向の反り・変形を低減できる上に、長手方向の反り・変形をも低減できる。
【0033】
巻き取り直前の温度とは、コイル材の1ターン目を構成する板状材の場合、板状材において巻取りリールに接する地点、コイル材の2ターン目以降を構成する板状材の場合、板状材において既に巻き取られたコイル部分に接する地点から上流側(温間加工を施す加工手段側)に向かって所定の範囲(0mm〜2000mm程度が好ましい)における表面温度であって、板状材の幅方向の平均温度とする。上記表面温度は、熱電対といった接触式温度センサ、放射温度計といった非接触式温度センサを利用して、容易に測定することができる。
【0034】
本発明製造方法の一形態として、上記温間加工工程では、繰り出された上記素材板の温度が150℃以上400℃以下である状態で当該素材板に圧延ロールにより圧延を施す形態が挙げられる。特に、この形態では、上記準備工程で用意する上記素材コイル材として、マグネシウム合金を連続鋳造した鋳造材を巻き取った鋳造コイル材が挙げられる。
【0035】
上記形態によれば、特定の温度に加熱された状態の素材板に圧延を施し、得られた圧延板を巻き取る直前に特定の温度とする(低温とする)ことで、例えば、後述する矯正加工を施すことなく、平坦性に優れるマグネシウム合金コイル材(本発明コイル材)が得られる。この形態では、矯正工程を省略してもよく、上記コイル材の生産性に優れる。この形態では、圧延板から構成されるコイル材が得られる。また、連続鋳造材から構成される鋳造コイル材を用いる形態では、圧延といった塑性加工性に優れることで、良好に圧延を施すことができる上に、圧延前の素材板が長尺であることから、より長尺なコイル材を得易い。
【0036】
本発明製造方法の一形態として、上記準備工程では、上記素材コイル材として、マグネシウム合金からなる圧延板を巻き取った圧延コイル材を用意し、上記温間加工工程では、上記圧延板の温度が100℃超350℃以下である状態で当該圧延板に複数のロールにより温間矯正加工を施す形態が挙げられる。
【0037】
上記形態によれば、特定の温度に加熱された状態の特定の素材板(圧延板)に矯正加工を施し、得られた矯正加工板を巻き取る直前に特定の温度とする(低温とする)ことで、平坦性に優れるマグネシウム合金コイル材(本発明コイル材)が得られる。また、矯正時における圧延板の温度を特定の範囲とすることで、圧延板は塑性変形性に優れて矯正時に割れなどが生じ難く、かつ圧延により導入された歪み(せん断帯)が十分に残存できる。従って、この形態によれば、平坦性に優れる上に、表面性状や塑性加工性にも優れるマグネシウム合金コイル材(本発明コイル材)が得られる。この形態では、矯正加工が施された加工板から構成されるコイル材が得られる。
【0038】
上記矯正加工を行う本発明製造方法の一形態として、上記矯正加工を上記圧延板に30MPa以上150MPa以下の張力を加えた状態で行う形態が挙げられる。
【0039】
上記形態によれば、平坦性に更に優れるマグネシウム合金コイル材(本発明コイル材)、具体的には、平坦度が0.5mm以下を満たすものを製造することができる。
【0040】
上記矯正加工を行う本発明製造方法の一形態として、上記準備工程では、上記素材コイル材として、マグネシウム合金を連続鋳造した鋳造材に圧延を施し、得られた圧延板を巻き取った圧延コイル材を用意する形態が挙げられる。
【0041】
上記形態によれば、上述のように連続鋳造材から構成される鋳造コイル材を用いることで、良好に圧延を施せる、長尺材を得易い、といった効果を奏する。
【発明の効果】
【0042】
本発明マグネシウム合金コイル材は、平坦性に優れる。本発明マグネシウム合金コイル材の製造方法は、上記コイル材を生産性よく製造できる。本発明マグネシウム合金部材は、各種の構成部品に好適に利用できる。本発明マグネシウム合金部材の製造方法は、本発明マグネシウム合金部材の製造に好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】図1(a)は、コイル材の斜視図、図1(b)は、幅方向の反り量の測定方法を説明する模式図である。
【図2】図2は、平坦度の測定方法を説明する模式図である。
【図3】図3は、素材に矯正加工を行って巻き取る手順を模式的に示す工程説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0044】
以下、本発明をより詳細に説明する。
[コイル材]
(組成)
本発明コイル材や後述する本発明マグネシウム合金部材を構成するマグネシウム合金は、Mgを母材とする、即ちMgを50質量%以上含有し、かつ上述のように種々の添加元素を含有した形態をとり得る。Alを含有するMg-Al系合金のより具体的な組成は、例えば、ASTM規格におけるAZ系合金(Mg-Al-Zn系合金、Zn:0.2質量%〜1.5質量%)、AM系合金(Mg-Al-Mn系合金、Mn:0.15質量%〜0.5質量%)、AS系合金(Mg-Al-Si系合金、Si:0.01質量%〜20質量%)、その他、Mg-Al-RE(希土類元素)系合金、AX系合金(Mg-Al-Ca系合金、Ca:0.2質量%〜6.0質量%)、AJ系合金(Mg-Al-Sr系合金、Sr:0.2質量%〜7.0質量%)などが挙げられる。Alを5.8質量%以上含有するAZ系合金は、例えば、AZ61合金、AZ80合金、AZ91合金(Al:8.3質量%〜9.5質量%、Zn:0.5質量%〜1.5質量%)が挙げられる。AZ91合金は、AZ31合金などの他のMg-Al系合金と比較して耐食性や強度、硬度といった機械的特性に優れ、汎用性もある。但し、Alの含有量が多いことで、硬度が高くなって塑性加工性に劣り、塑性加工時に割れなどが生じ易いことから、AZ91合金や当該合金と同程度のAlを含有する合金に対して、本発明製造方法を適用することで、平坦性に優れる上に、塑性加工性に優れる長尺な板材が得られる。
【0045】
その他、本発明コイル材や後述する本発明マグネシウム合金部材を構成するマグネシウム合金が、Y,Ce,Ca,及び希土類元素(Y,Ceを除く)から選択される少なくとも1種の元素を合計0.001質量%以上、好ましくは合計0.1質量%以上5質量%以下含有すると、耐熱性、難燃性に優れる。
【0046】
(形態)
本発明コイル材を構成する板状材の代表的な形態は、鋳造材に圧延が施された圧延板、この圧延板に更に矯正加工が施された加工板が挙げられる。
【0047】
(内径)
内径が小さいほど巻回数を多くしても小型なコイル材となるが、特別な製造方法にしないと幅方向の反りがつき易いと考えられる。一方、内径が1000mm超である大径のコイル材では、当該コイル材を構成する板状材に付与される曲げが緩いため、特別な製造条件により製造しなくても巻き癖(主として長手方向の反り)がつき難いと考えられる。本発明コイル材は上述のように特別な製造方法により製造することから、従来の製造方法では幅方向の反りや巻き癖がつき易いと考えられる、内径が1000mm以下のコイル材を対象とする。内径が小さいほど巻回数を多くしても小型なコイル材となり、例えば、内径が300mm以下としてもよい。内径が400mm以上700mm以下のコイル材が利用し易いと考えられる。本発明コイル材の外径は、コイルの過剰な大型化を招かない範囲で適宜選択することができ、3000mm以下、特に2000mm以下が利用し易いと考えられる。
【0048】
(厚さ及び幅)
本発明コイル材を構成する板状材の厚さや幅は、代表的には、当該板状材により製造するマグネシウム合金部材の大きさに応じて適宜選択することができる。例えば、携帯用電気・電子機器の筐体などの素材に上記コイル材を利用する場合、このコイル材を構成する板状材の厚さは、0.02mm以上3.0mm以下、特に0.1mm以上1mm以下、同板状材の幅は50mm以上2000mm以下、特に100mm以上、更に200mm以上が利用し易いと考えられる。また、上述のように板状材の厚さが0.3mm〜2.0mm、幅が50mm〜300mmであると、平坦性に更に優れるコイル材を製造し易い。
【0049】
(幅方向の反り)
上述のように温間加工後に特定の温度にして巻き取ることで、本発明コイル材は、幅方向の反りが小さい。反り量は小さいほど好ましく、0.3%以下がより好ましい。幅方向の反り量の測定は、以下のように行う。まず、コイル材を説明する。コイル材10は、図1(a)に示すように長尺な板状材11を巻き取ったものである。コイル材10において、図1(a)に矢印Aで示す方向、即ち、板状材11が巻き取られている方向(巻取方向)、又は巻き戻されている方向(巻戻方向(繰出方向))が板状材11の長手方向であり、図1(a)に矢印Bで示す方向、即ち、上記長手方向に直交する方向が板状材11の幅方向である。
【0050】
コイル材を巻き戻して最外周から長さ300mmに切り出した反り量用試験片1を用意する。この反り量用試験片1を図1(b)に示すように水平台(平坦な定盤)100の上に載置し、反り量用試験片1の幅方向に沿って、反り量用試験片1において水平台100と対向する面と水平台100の表面との間に生じる隙間110について、鉛直方向の距離をステンレス製スケールや隙間ゲージといった測定器により測定する。測定した上記距離のうち、最大距離:h(多くは、反り量用試験片1の幅方向の中心Cの地点における鉛直方向の距離)を求め、この最大距離hと幅wと上述の式:(h/w)×100とにより反り量が算出できる。なお、板状材の幅方向の反りは、幅にもよるが、板状材の長さが長過ぎると適正に現れ難くなると考えられることから、幅方向の反りを適正に測定できるように、幅方向の反り量の測定に利用する試験片の長さは、300mmとする。幅方向の反りをより適正に測定する場合、反り量用試験片を切り出した後、長手方向の反りをできる限り排除するためにロールレベラ装置により冷間矯正を施してもよい。
【0051】
(平坦度)
本発明コイル材を構成する板状材は、上述のように平坦性に優れており、最も好ましい形態としては、上述した長さ1000mmに切り出した平坦度用試験片の一面の実質的に全面が水平台に接触する、即ち、上述した平坦度が実質的に0mmである形態が挙げられる。平坦度が小さいほど上記板状材は平坦性に優れることから、5mm以下、更に3mm以下、特に1mm以下、とりわけ0.5mm以下がより好ましい。平坦度合いの測定には種々の方法が考えられるが、本発明では、自重変形による影響が小さいと考えられることから、上述の方法を採用する。
【0052】
平坦度の測定は、以下のように行う。図1(a)に示すコイル材10を巻き戻して、最内周から長さ1000mmに切り出した平坦度用試験片2(図2)を用意する。そして、図2に示すように、水平台100の上に、平坦度用試験片2を載置し、平坦度用試験片2において水平台100と対向する面と、水平台100の表面との間に生じる隙間110について、鉛直方向の距離を上述のように隙間ゲージといった測定器により測定し、測定値の最大値dを平坦度とする。図1,2では、各試験片1,2の縁部分が水平台100に近接するように配置した状態を示すが、図1,2に示す各試験片1,2の上下を入れ替えて、上記縁部分が水平台100から離れるように配置した状態で幅方向の反り量や平坦度を測定してもよい。なお、図1,2では、説明の便宜上、隙間110を誇張して示す。
【0053】
平坦度用試験片2は、巻き取られた状態のときに外周側となっていた面、同内周側となっていた面のいずれを水平台100に接する面として水平台100に載置してもよい。上記外周側となっていた面を水平台100に接する面とする場合、反りが水平台100に向かって凸になり(下向きに凸となり)、試験片2の縁部分と水平台100との間に隙間ができ、測定し易い。
【0054】
コイル材の最内周側に位置する板状材が上記特定の範囲の平坦度を満たせば、当該板状材よりも外周に位置する板状材は、曲げ径が大きく、緩やかな曲げが加えられた状態であるため、巻き癖がつき難くなっている。従って、上記外周側の板状材は、上記特定の範囲の平坦度を満たすため、本発明では、平坦度の測定にあたり、コイル材の最内周側の板状材を試験片に採用する。
【0055】
(機械的特性)
〔引張強さ〕
本発明コイル材を構成する板状材は、組成や施された圧延などの製造条件にもよるが、同じ組成の場合、圧延が施されていることでダイキャスト材やチクソモールド材よりも強度に優れ、例えば、上述のように280MPa以上を満たし得る。組成や製造条件によっては、300MPa以上、更に320MPa以上を満たすことができる。室温(20℃程度)での引張強さが450MPa以下であると、伸びなどの靭性も十分に有することができて好ましい。
【0056】
〔0.2%耐力〕
上述のような高強度な板状材は、0.2%耐力にも優れ、例えば、上述のように230MPa以上を満たし得る。組成や製造条件によっては、0.2%耐力が250MPa以上を満たすことができる。室温(20℃程度)での0.2%耐力が350MPa以下であると、伸びなどの靭性も十分に有することができて好ましい。
【0057】
〔伸び〕
本発明コイル材を構成する板状材は、組成や製造条件にもよるが、上述のように高強度でありながら、優れた伸びを有する形態とすることができる。伸びが高いほど、コイル状に巻き取るときや温間矯正加工時の割れを低減できる上に、塑性加工時にも割れなどが生じ難い。例えば、上述のように伸びが1%以上、更に4%以上、特に5%以上、とりわけ8%以上である形態が挙げられる。引張強さや0.2%耐力が高いほど伸びが低下する傾向にあり、伸びの上限は15%程度と考えられる。本発明コイル材が、矯正加工が施された加工板で構成されている場合、伸びが小さくても、塑性加工時に連続的な再結晶が生じ易く、塑性加工性に優れる。
【0058】
〔ビッカース硬度(Hv)〕
本発明コイル材を構成する板状材は、硬度も高い傾向があり、例えば、上述のようにビッカース硬度(Hv)が65以上、更に80以上を満たす形態が挙げられる。このような高硬度材であることで、本発明コイル材により製造されたマグネシウム合金部材は、傷がつき難い。ビッカース硬度は、後述する残留応力により主として変化し、残留応力が大きいほど、高硬度である傾向にあり、後述する圧縮応力の範囲では、ビッカース硬度(Hv)の上限は100と考えられる。
【0059】
〔残留応力〕
上記板状材が圧縮性の残留応力を有し、その値が0MPa超100MPa以下、特に5MPa以上30MPa以下である場合、プレス加工といった塑性加工を行うときの温度域、代表的には200℃〜300℃の温間域での板状材の伸びが100%以上となる。従って、この板状材は、種々の形状に対して十分に塑性変形を行え、塑性加工性に優れる。
【0060】
[マグネシウム合金部材]
本発明コイル材を巻き戻して、当該コイル材を構成する板状材に塑性加工を施す本発明マグネシウム合金部材の製造方法により、本発明マグネシウム合金部材が得られる。塑性加工は、プレス加工、深絞り加工、鍛造加工、曲げ加工などの種々の加工が採用できる。このような塑性加工が施された本発明マグネシウム合金部材は、代表的には、その全体に塑性加工が施されたもの、例えば、箱などの立体形状の塑性加工部材が挙げられる。その他、本発明マグネシウム合金部材は、上記板状材の一部にのみ塑性加工が施された形態、即ち、塑性加工部を有する形態も含む。塑性加工は、上記板状材を200℃〜300℃に加熱して施すと、割れなどが生じ難く、表面性状に優れるマグネシウム合金部材が得られる。また、上述のように高強度、高靭性な本発明コイル材を素材とすることで、本発明マグネシウム合金部材も高強度、高靭性である。
【0061】
その他、本発明コイル材を巻き戻して、当該コイル材を構成する板状材に適宜切断や打ち抜きなどの形状を変化する種々の加工を施すことで、板状のマグネシウム合金部材とすることができる。
【0062】
得られたマグネシウム合金部材に、化成処理、陽極酸化処理などの防食処理、塗装、研磨、ダイヤカット加工などの表面加工などを行って、耐食性を更に向上させたり、機械的保護を図ったり、装飾性や意匠性、金属質感を高めて商品価値を高めたりすることができる。
【0063】
[製造方法]
以下、上記本発明製造方法の各工程をより詳細に説明する。
{準備工程}
準備工程で用意する素材板には、鋳造材、鋳造材に圧延を施した圧延板が挙げられる。鋳造材を用いる場合、上述のように温間加工は圧延が挙げられ、圧延板を用いる場合、上述のように温間加工は矯正加工が挙げられる。いずれにしても、本発明コイル材を製造するには、代表的には、鋳造工程と、圧延工程とを具える。
【0064】
(鋳造)
本発明コイル材の出発材には、例えば、インゴット鋳造材を利用することができる。しかし、本発明コイル材を構成する板状材を長尺材とするには、出発材となる鋳造材も長尺材であることが好ましい。長尺材が得られる鋳造方法として、連続鋳造法が好ましい。連続鋳造法は、急冷凝固が可能であるため、添加元素の含有量が多い場合でも偏析や酸化物などの内部欠陥を低減でき、圧延などの塑性加工性に優れる鋳造材が得られることからも好ましい。即ち、連続鋳造材では、圧延などの塑性加工時に上記内部欠陥が起点となって割れなどが生じ難い。特に、AZ91合金や当該合金と同程度のAlを含有する合金では、鋳造時、晶出物や偏析が生じ易く、鋳造後に圧延などの塑性加工を施しても、これら晶出物や偏析が残存し易い。しかし、連続鋳造材とすることで、Alといった添加元素の含有量が多い合金種であっても、上記晶出物や偏析を低減し易い。連続鋳造法には、双ロール法、ツインベルト法、ベルトアンドホイール法といった種々の方法があるが、板状の鋳造材の製造には、双ロール法やツインベルト法、特に双ロール法が好適である。特に、WO/2006/003899に記載の鋳造方法で製造した鋳造材を利用することが好ましい。鋳造材の厚さ、幅、長さは所望の圧延板などの板状材が得られるように適宜選択することができる。鋳造材の厚さは、厚過ぎると偏析が生じ易いため、10mm以下、特に5mm以下が好ましい。鋳造材の幅は、製造設備で製造可能な幅とすることができる。得られた連続鋳造材も円筒状に巻き取ると、次工程に搬送し易い。巻き取り時、鋳造材において特に巻き始め部分の温度が100℃〜200℃程度であると、AZ91合金といった割れが生じ易い合金種であっても曲げ易くなって巻き取り易い。
【0065】
(溶体化処理)
上記鋳造材に圧延を施す前に溶体化処理を施すと、鋳造材の組成を均質化したり、Alといった元素を含む析出物を再固溶させて靭性を高めたりできる。溶体化処理の条件は、加熱温度:350℃以上、特に380℃以上420℃以下、保持時間:0.5時間以上、特に1時間以上40時間以下が挙げられる。Mg-Al系合金である場合、Alの含有量が多いほど保持時間を長めにすることが好ましい。また、上記保持時間からの冷却工程において、水冷や衝風といった強制冷却などを利用して、冷却速度を速めると(好ましくは50℃/min以上)、粗大な析出物の析出を抑制できる。鋳造コイル材を利用する場合、溶体化処理は巻き取った状態で行ってもよいし(バッチ処理)、巻き戻して加熱炉などに連続的に鋳造材を装入して行ってもよい(連続処理)。
【0066】
(圧延)
上記鋳造材や溶体化処理材に施す圧延は、当該鋳造材を含む素材(圧延を施す対象)が100℃超、特に150℃以上400℃以下に加熱された状態で行う温間圧延、或いは熱間圧延の工程を含むことが好ましい。素材が上記温度に加熱された状態で圧延を行うことで、1パスあたりの圧下率を高めた場合にも圧延中に割れなどが生じ難く好ましい。150℃以上とすることで、圧延時、割れなどがより生じ難く、加熱温度を高めるほど、割れなどが少なくなるが、400℃超では、圧延ロールの熱劣化が生じたり、圧延板表面の焼付きなどによる劣化や圧延板を構成する結晶粒の粗大化により、得られる圧延板の機械的特性の低下を招いたりなどする。従って、圧延時の素材の温度は、350℃以下が好ましく、300℃以下、特に280℃以下、とりわけ150℃以上250℃以下とすると上記熱的な劣化や結晶粒の粗大化を抑制し易く、200℃〜350℃、特に250℃以上、とりわけ270℃以上330℃以下とすると圧延性に優れる。素材を上記温度にするには、代表的には、素材を加熱することが挙げられる。素材の加熱には、雰囲気炉(ヒートボックス)などを利用することが挙げられる。圧延ロールを加熱してもよい。圧延ロールの加熱温度は、100℃〜250℃が挙げられる。素材と圧延ロールとの双方を加熱してもよい。なお、圧下率は、圧延前の素材の厚さをt0、圧延後の圧延板の厚さをt1とするとき、{(t0-t1)/t0}×100で表される値である。
【0067】
圧延は、1パスでも複数パス行ってもよいが、少なくとも1パスは、上記温間圧延を含むことが好ましい。複数パスの圧延を行う場合、例えば、素材(圧延を施す対象)の加熱温度や圧延ロールの温度、圧下率、ライン速度などの条件をパスごとに変更することができる。複数パスの圧延を行うことで、厚さが薄い板状材が得られる上に、板状材の平均結晶粒径を小さくしたり(例えば、10μm以下、好ましくは5μm以下)、プレス加工といった塑性加工性を高められる。所望の厚さ及び幅の板状材が得られるように、パス数、各パスの圧下率、及び総圧下率を適宜選択するとよい。例えば、1パスあたりの圧下率は、5%以上40%以下、総圧下率は、75%以上85%以下が挙げられる。複数パスの圧延を行う場合、パス間に中間熱処理(加熱温度:150℃〜350℃(好ましくは300℃以下)、保持時間:0.5時間〜3時間)を行ってもよい。また、上記圧延は、潤滑剤を適宜利用すると、圧延時の摩擦抵抗を低減でき、圧延板の焼き付きなどを防止して、圧延を施し易い。
【0068】
そして、本発明コイル材を圧延板で構成する場合、巻き取る直前の圧延板の温度を100℃以下の低温にしてから巻き取る。圧延板が100℃超といった高温状態であると、塑性加工性が高められて圧延板を曲げ易く、巻き取り径が1000mm以下といった小さい場合でも巻き取り易いものの、巻き取られた圧延板には幅方向の反りや巻き癖が付き、平坦度に劣る。これに対し、上述のような温間圧延を施すことで得られた圧延板は、塑性加工性に優れるため100℃以下でも十分に曲げられることから、上述のように本発明製造方法の一形態では、圧延板を100℃以下にして巻き取る。このように比較的低温で巻き取ることで、幅方向の反りや巻き癖をつき難くして平坦性に優れる本発明コイル材を製造できる。また、この本発明製造方法では、圧延後に最終熱処理(焼鈍)を行わず、圧延後100℃以下にしてから圧延板を巻き取ることで、圧延により導入された歪み(せん断帯)がある程度圧延板に残存した状態とすることができる。上記巻き取る直前の圧延板の温度は75℃以下、更に50℃以下がより好ましく、下限を室温程度とすると、巻き取りの際に割れなどが生じ難い上に、冷却のためのエネルギーが過大になることを防止できる。上記歪みが残存したコイル材をプレス加工といった塑性加工の素材とすることで、塑性加工時に動的な再結晶を生じることができ、当該素材は、塑性加工性に優れる。
【0069】
上記巻き取る直前の圧延板の温度を100℃以下にするには、例えば、圧延後、巻き取る前までの圧延板の走行距離を長くして自然放冷により達成したり、低温の空気を送風する衝風(空冷)、低温の水を吹き付ける水冷、水冷ロールといった強制冷却手段を利用して、強制冷却により達成したりすることが挙げられる。自然放冷の場合、別途冷却手段が不要である。強制冷却の場合、巻き取る直前の板状材が所定の温度となるように、圧延後、巻き取る直前までの任意の位置、即ち圧延ロールにおける圧延板の走行方向下流側(圧延ロールの出口側)と巻取りリールとの間の任意の位置に強制冷却手段を配置するとよい。例えば、巻取りリールの入口近傍に強制冷却手段を配置することが挙げられる。強制冷却の場合、冷却速度を制御し易い上に、圧延板の走行距離を短くできることから、設備の小型化を図ることができる。
【0070】
複数パスの圧延を行う場合、素材(圧延途中の圧延板)の繰り出し及び巻き取りを複数回繰り返すことになる。この場合、上記100℃以下での巻き取り回数は1回でも複数回でもよく、例えば、パスごとに100℃以下の状態で圧延板を巻き取ってもよい。最終パスの圧延後にのみ、100℃以下での巻き取りを行っても、反りや変形を十分低減できる上に、加熱効率がよく、コイル材の生産性に優れる。
【0071】
上述のように圧延工程により、反りや変形が少なく、平坦性に優れるコイル材が得られるが、このコイル材を巻き戻して、更に後述する矯正加工を施すと、平坦性をより向上でき、反りや変形(特に長手方向の反り)がより少ない、或いは実質的に有していないマグネシウム合金板を製造できる。また、上述のように特定の条件で巻き取った圧延コイル材を構成する圧延板が平坦性に優れることで、当該圧延板を矯正加工装置に供給し易く、コイル材の生産性に優れる。
【0072】
(前処理)
本発明コイル材を矯正加工が施された加工板で構成する場合、圧延後に得られた圧延コイル材にそのまま矯正加工を施してもよいが、矯正前に研削処理を施して、圧延板の表面に存在する疵や付着している加工油(例えば、潤滑剤)、上記表面に形成された酸化層などを除去して、上記表面を清浄かつ平滑にすることができる。このような表面性状に優れる板状材は、矯正加工を均一的に施し易い。また、例えば、後述するように矯正加工に用いる一対の矯正ロール間のギャップを比較的大きくして押込量が小さい場合にも、上記表面性状に優れる板材を矯正加工に供することで、平坦性に優れるコイル材を得易い。研削処理は、例えば、研削ベルトを用いた湿式処理が挙げられる。
【0073】
(矯正)
本発明コイル材を矯正加工が施された加工板で構成する場合、圧延コイル材を素材とし、当該矯正加工を上述のように100℃超350℃以下といった温間で行うと共に、巻き取る直前の上記加工板の温度を100℃以下の低温にしてから巻き取る。
【0074】
上記矯正加工は、圧延後、圧延板を巻き取ることで当該圧延板に付いた巻き癖や幅方向の反りの修正・除去、圧延時に導入された歪み(残留歪み)量の調整などにより、平坦性の向上、かつせん断帯の維持による良好な塑性加工性の保持を目的として行う。この矯正加工時の素材(圧延板)の温度が100℃超であることで、塑性変形性に優れ、上記幅方向の反りや巻き癖の矯正を十分に行えて平坦化することができ、上記温度が高いほど塑性加工性を高められる。しかし、上記温度が350℃超では、圧延により導入された歪みが加熱により解放されてせん断帯が素材に十分に存在できず、プレス加工などの塑性加工時に連続的な再結晶が生じ難くなる。上記温度は150℃以上300℃以下が好ましく、特にマグネシウム合金は、200℃以上300℃以下の温度域で高い伸びを有することから、200℃〜300℃がより好ましい。素材を上記温度にするには、代表的には、素材を加熱することが挙げられる。矯正加工時の素材の加熱には、例えば、温風を充満した加熱炉や通電加熱装置などの加熱手段を利用することが挙げられる。上記加熱手段により加熱した素材を矯正加工手段まで搬送して、矯正加工を施す構成としてもよいが、上記加熱手段と矯正加工手段とを連続的に配置すると、素材の温度の低下を抑制することができて好ましい。或いは、矯正加工を施す複数のロールを上記加熱炉に収納して、素材を加熱炉に導入することで素材を加熱してから、上記ロールに導入する構成としてもよい。
【0075】
上記矯正加工は、素材を挟むように配置される隣接する一対の矯正ロールを少なくとも一組通過させて曲げを付与することで行うことが挙げられる。例えば、特許文献1に記載される歪み付与手段を利用することができる。矯正加工後に得られる加工板の平坦度や加工板に存在するせん断帯の量の調整は、例えば、上記矯正ロールの径、通過させる矯正ロールの数、上記一対の矯正ロール間のギャップ(両矯正ロールによる押込量)、素材の進行方向において隣り合う矯正ロール間の距離、素材の走行速度などを調整することが挙げられる。例えば、矯正ロールの径:φ10mm〜50mm程度、矯正ロールの合計数:10本〜40本程度、押込量:-4.0mm〜0mm程度が挙げられる。
【0076】
更に、素材に特定の大きさの張力を加えた状態で上記矯正加工を施すと、平坦度が0.5mm以下といった平坦性に更に優れるマグネシウム合金コイル材が得られる。ここで、圧延コイル材といった長尺な素材に連続的に矯正加工を施す場合、繰出しリールに素材を設置して巻き戻し、巻取りリールで巻き取ることで、当該素材を、繰出しリールと巻取りリールとの間を走行させて矯正加工を行うことが挙げられる。上記走行のために素材に加えられる張力は実質的に0であり(3MPa以下程度)、実質的に張力が加わっていない状態である。これに対して、30MPa以上の張力を加えることで、平坦性を更に向上でき、張力が大きくなるほど平坦性を高められる傾向にある。一方、張力を150MPa以下とすることで素材が破断することなく、平坦性を高められる。より好ましい張力は、40MPa以上120MPa以下である。張力は、上記繰出しリール及び巻取りリールの回転速度により調整したり、ダンサロールを具える張力調整装置を適宜利用したりすることができる。
【0077】
そして、上記矯正加工後巻き取り直前の上記加工板の温度を、上述のように自然放冷や強制冷却手段を利用して、100℃以下、更に75℃以下、好ましくは50℃以下の低温にしてから巻き取る。こうすることで、反りや変形が少ない板状材からなるコイル材が得られる。この形態でも、圧延後に最終熱処理(焼鈍)を行わず、矯正加工を行うことで、得られたコイル材は、上述のように圧延により導入された歪み(せん断帯)がある程度残存した状態である。従って、このコイル材を塑性加工部材の素材とすると、上述のように塑性加工時に動的な再結晶を生じることができる。
【0078】
上記鋳造後の溶体化処理以降、最終製品(マグネシウム合金部材)が得られるまでの工程において、マグネシウム合金からなる素材が150℃〜300℃に保持される総合計時間を0.5時間〜12時間とし、300℃超の加熱がなされないようにすると、微細な金属間化合物(例えば、平均粒径:0.5μm以下)が均一的に分散した組織(例えば、上記金属間化合物の合計面積割合が11%以下である組織)とすることができる。このような組織を有するマグネシウム合金部材は、耐食性や耐衝撃性に優れる。
【0079】
(その他の処理)
得られた平坦性に優れるコイル材は、そのままでもプレス加工などの塑性加工部材の素材に利用することができる。このコイル材にプレス加工などの塑性加工や切断などの種々の加工を施す前に、上述した湿式ベルト研磨などの研削処理を施して表面状態を良好にしてもよい。研削処理により、上述のように素材表面の疵や加工油、酸化層などを除去して、清浄かつ平滑な表面を有するコイル材にすることができる。また、上記塑性加工や切断などの種々の加工前に、或いは加工後に、化成処理や陽極酸化処理などの防食処理を施すことができる。その他、上記温間矯正後、別途、冷間矯正を施してもよい。冷間矯正を行うことで、平坦度をより小さくすることができる。この冷間矯正加工には、市販の冷間で利用されるロールレベラ装置を利用することができる。
【0080】
以下、試験例を挙げて、本発明のより具体的な実施の形態を説明する。
<試験例1>
種々の条件でマグネシウム合金からなる板状材を作製し、平坦度、機械的特性を調べた。
【0081】
この試験では、マグネシウム合金として、AZ91合金相当の組成からなるコイル材及びシート材を作製した。また、比較として、市販のAZ91合金からなるダイキャスト板(厚さ:0.6mm):試料No.200、及び市販のAZ31合金板(厚さ:0.6mm、コイル材を切断したもの):試料No.300を用意した。
【0082】
[コイル材:試料No.1,2]
コイル材は、以下のように作製した。AZ91合金相当の組成のインゴット(市販品)を不活性雰囲気中で650℃〜700℃に加熱して溶湯を作製し、この溶湯を用いて不活性雰囲気中で双ロール連続鋳造法により、長尺な鋳造板(厚さ4mm)を作製して、コイル状に巻き取った。この鋳造コイル材に400℃×24時間の溶体化処理を施した。
【0083】
溶体化処理が施されたコイル材を素材とし、巻き戻し/巻き取りを繰り返して複数パスの圧延を施した。圧延はいずれのパスも、5%/パス〜40%/パス、素材の加熱温度:150℃〜250℃、ロール温度:100℃〜250℃とし、上記溶体化処理以降の製造工程において、150℃〜300℃の温度域に保持する総合計時間が0.5時間〜12時間となるようにした。得られた圧延板(厚さ:0.6mm、幅:210mm)を巻き取り径(内径):500mm(≦1000mm)としてコイル状に巻き取った。なお、圧延前、或いは圧延途中の適宜なときに素材の両縁を適宜切断すると、縁割れが生じていても、圧延により縁割れが進展することを防止でき、歩留まりを向上できる。
【0084】
得られた圧延板を繰出しリールに配置して巻き戻して、更に矯正加工を施し、得られた加工板を巻取りリールにより円筒状に巻き取って、当該加工板からなるコイル材を作製し、このコイル材を試料No.1,2とした。上記矯正加工は、図3に示すように圧延コイル材を巻き戻して、素材となる圧延板3を加熱可能な加熱炉30と、加熱された素材に連続的に曲げを付与する少なくとも一つの矯正ロール32を有するロール部とを具えるロールレベラ装置31を用いて行う。上記ロール部は、上下に対向して千鳥状に配置された複数の矯正ロール32を具える。ここでは、試料No.1では、素材を挟むように配置された一対のロールによる押込量(ロール径と当該一対のロールの中心間の距離xとの差)を3mm、試料No.2では、2mmとした。
【0085】
素材(圧延板3)は、図3に示す矢印の方向に搬送されて、加熱炉30内で予め加熱された状態となってロールレベラ装置31に送られ、ロール部の上下の矯正ロール32間を通過するごとに、これらのロール32により順次曲げが付与される。この試験では、上記加熱炉内で上記圧延板を200℃に加熱した状態で上記繰り返し曲げの付与を行った。また、試料No.1では、素材に実質的に張力を加えない状態(繰出しリールと巻取りリールとの間を走行可能な程度の張力のみ存在する状態)で上記ロール部を通過させ、試料No.2では、50MPaの張力を加えた状態で上記ロール部を通過させた。そして、上記ロールレベラ装置31の下流側であって、巻取りリール(図示せず)の手前に冷却機構33(ここでは、衝風手段)を設けておき、ロールレベラ装置31から排出された加工板4を冷却してから上記巻取りリールにより巻き取った。この試験では、冷却機構33を通過した加工板4が巻取りリールに接する地点又は既に巻き取られたコイル部分に接する地点40から、冷却機構33側(上流側)に向かって距離L=1000mmの地点に温度センサ5を配置した。そして、上記巻取りリールに巻き取られる直前の加工板の温度を温度センサ5で測定し、この温度が100℃以下(ここでは室温(20℃程度)〜50℃までの温度)となるように、加工板の走行速度に応じて風量を調整した。試料No.1,2のそれぞれについて、このようなコイル材を複数作製した。
【0086】
なお、上記巻取りリールに巻き取られる直前の加工板の温度は、例えば、非接触式の温度センサを巻取りリールの近傍に配置することで容易に測定することができる。ここでは、加工板の幅方向に複数の温度センサ5を配置し、加工板の幅方向の平均温度を上記巻き取り直前の温度とした。また、矯正加工前に素材の両縁を適宜切断すると、圧延などにより縁割れが生じていても、矯正加工により縁割れが進展することを防止でき、歩留まりを向上できる。
【0087】
[シート材:試料No.100]
シート材は、以下のように作製した。AZ91合金相当の組成のインゴット(市販品)を不活性雰囲気中で650℃〜700℃に加熱して溶湯を作製し、この溶湯を用いて不活性雰囲気中で双ロール連続鋳造法により鋳造板を作製し、所定の長さに切断して、厚さ4mmの鋳造板を複数用意した。各鋳造板に400℃×24時間の溶体化処理を施した後、複数パスの圧延を施して、厚さ0.6mmの圧延板を作製した。圧延の条件は、上述した試料No.1,2のコイル材と同様とした。得られた各圧延板に上述したロールレベラ装置を用いて、試料No.1の同様の条件(押込量を3mm)で温間矯正を施し、得られた加工板(幅:210mm、長さ:1000mm)を試料No.100とした。
【0088】
≪平坦度≫
作製した試料No.1,2のコイル材、及び試料No.100のシート材の平坦度を測定した。コイル材については、巻き戻して最内周側に位置する板状材を長さ:1000mmに切断して試験片とし、この試験片を、巻き取られた状態のときに外周側となっていた面を水平台への載置面として水平台に載置する。そして、水平台の表面と、試験片の載置面において接触しない箇所との間の鉛直方向の最大距離を測定し、これをこの試験片の平坦度とする。n=3の平均値を表1に示す。シート材についても同様に水平台に載置して上述のように平坦度を測定し、n=3の平均値を表1に示す。
【0089】
《機械的特性》
用意した試料No.1,2,100,200,300について、室温(約20℃)下で引張試験を行い(標点距離GL=50mm、引張速度:5mm/min)、引張強さ(MPa)、0.2%耐力(MPa)、伸び(%)を測定した(評価数:いずれもn=3)。この試験では、各試料(厚さ:0.6mm)からJIS 13B号の板状試験片(JIS Z 2201(1998))を作製して、JIS Z 2241(1998)の金属材料引張試験方法に基づいて上記引張試験を行った。試料No.1,2のコイル材及び試料No.300のAZ31合金板については、巻き戻したコイル材の長手方向(ここでは圧延方向に相当)、試料No.100のシート材は圧延方向が長手になるように作製した試験片(RD)と、幅方向(圧延方向に直交する方向)が長手になるように作製した試験片(TD)とを用意した。試料No.200の鋳造板については、任意の方向を長手として試験片を作製した。n=3の平均値を表1に示す。
【0090】
試料No.1,2のコイル材、試料No.100のシート材についてビッカース硬度(Hv)を測定した。この試験では、長手方向(圧延方向)に切断した縦断面、幅方向(圧延方向に直交する方向)に切断した横断面において、表面から板厚方向に0.05mmまでの表層部分を除く中央部分について複数点(ここでは各断面につき5点、合計10点)のビッカース硬度を測定し、その平均値を表1に示す。
【0091】
試料No.1,2のコイル材、試料No.100のシート材、試料No.300のAZ31合金板について残留応力を測定した。残留応力は、以下の微小部X線応力測定装置を用いて、(1004)面を測定面とし、sin2Ψ法にて測定を行った。測定は、各試験片の圧延方向について行い、測定結果を表1に示す。表1においてマイナス(-)の数値は、圧縮性の残留応力を示す。測定条件を以下に示す。
【0092】
使用装置:微小部X線応力測定装置(株式会社リガク製 MSF-SYSTEM)
使用X線:Cr-Kα(V フィルター)
励起条件:30kV 20mA
測定領域:φ2mm(使用コリメータ径)
測定法 :sin2Ψ法(並傾法、揺動有り)
Ψ=0゜,10゜,15゜,20゜,25゜,30゜,35゜,40゜,45゜
測定面 :Mg(1004)面
使用定数:ヤング率=45,000MPa、ポアソン比=0.306
測定箇所:サンプルの中央部
測定方向:圧延方向
【0093】
【表1】

【0094】
表1に示すように、巻き取り直前に100℃以下に冷却して巻き取った試料No.1,2のコイル材は、巻き戻しても平坦度が小さく、平坦性に優れていることが分かる。特に、試料No.1,2のコイル材は、巻き取っていない試料No.100のシート材と同程度、或いはそれ以下の平坦度を有していることが分かる。また、作製した試料No.1,2のコイル材を巻き戻して、最外周に位置する板状材をそれぞれ長さ300mmに切断して、幅方向の反り量を測定したところ((最大距離h/幅:210mm)×100(%))、いずれも0.5%以下であった。このように温間加工を施した後、巻き取り直前に特定の温度にしてから巻き取ることで、巻き取り径が1000mm以下と小径であっても、巻き癖がつき難く、かつ、多層に巻回しても幅方向の反りが生じ難く、平坦性に優れるコイル材が得られることが分かる。また、試料No.1,2のコイル材は、その外観を目視により確認したところ、割れなどが無く、表面性状にも優れていた。
【0095】
更に、試料No.1,2のコイル材は、長手方向(圧延方向)及び幅方向のいずれにおいても引張強度、0.2%耐力、及び伸びが高い上に、上記方向の差異による値の差が小さいことが分かる。かつ得られたコイル材は、引張強度が高い上に伸びも高く、高強度と高靭性とをバランスよく具えることが分かる。その他、得られたコイル材は、圧縮性の残留応力を有していることが分かる。
【0096】
また、特定の大きさの張力を加えた状態で矯正加工を施すことで、平坦度が0.5mm以下であり、平坦性に更に優れるコイル材が得られることが分かる。更に、特定の大きさの張力を加えた状態で矯正加工を施すことで、圧縮性の残留応力が大きいこと、即ち、せん断帯が多く存在するコイル材が得られることが分かる。
【0097】
得られたコイル材にプレス加工や打ち抜き加工を施してマグネシウム合金部材を作製したところ、これらマグネシウム合金部材も、引張強度が高い上に伸びも高く、高強度と高靭性とをバランスよく具える。特に、特定の大きさの張力を加えた状態で矯正加工を施した試料No.2のコイル材を用いた場合、塑性加工性に更に優れていた。
【0098】
<試験例2>
以下の条件でAZ91合金相当の組成からなるコイル材を作製した。この試験では、試験例1と同様に、双ロール連続鋳造法を利用して、鋳造コイル材(厚さ5mm)を作製し、作製したコイル材に、400℃×24時間の溶体化処理を施した。溶体化処理後のコイル材を素材とし、250℃の状態の素材板に、厚さ0.6mmとなるまで複数パスの圧延を連続して施して、長尺な圧延板を作製し、コイル状に巻き取った(幅:210mm)。この試験では、最終パスの巻取時、20℃の冷風を圧延板に吹付け、強制的に100℃以下まで空冷してから巻き取った。巻き取った圧延コイル材を200℃に予熱し、200℃に加熱した圧延コイル材を巻き戻して、圧延板に試験例1の試料No.1と同様の条件で、矯正加工を施した。そして、矯正加工を施した加工板に20℃の冷風を吹付け、強制的に100℃以下まで冷却してから巻き取った。得られたコイル材から、試験例1と同様にして平坦度用試験片(長さ:1000mm,幅:210mm)及び反り量用試験片(長さ:300mm,幅:210mm)を作製し、平坦度及び幅方向の反り量を測定したところ、平坦度:1.0mm以下、反り量:0.5%以下であった。更に、反り量用試験片に対して、冷間にてロールレベラ装置により冷間矯正加工を施して、幅方向の反りが適切に測定可能な状態として幅方向の反り量を測定したところ、反り量:0.5%以下であった。
【0099】
なお、上述した実施形態は、本発明の要旨を逸脱することなく、適宜変更することが可能であり、上述した構成に限定されるものではない。例えば、マグネシウム合金の組成(添加元素の種類、含有量)、コイル材の内径、板状材の厚さ、幅などを適宜変更することができる。また、上記矯正加工を施すことに代えて、圧延板の巻き取り直前の温度を特定の温度として巻き取る工程を具える製造方法を利用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0100】
本発明マグネシウム合金部材は、各種の電気・電子機器類の構成部材、特に、携帯用や小型な電気・電子機器類の筐体、高強度であることが望まれる種々の分野の部材、例えば、自動車や航空機といった輸送機器の構成部材に好適に利用することができる。本発明マグネシウム合金コイル材は、上記本発明マグネシウム合金部材の素材に好適に利用することができる。本発明マグネシウム合金部材の製造方法、及び本発明マグネシウム合金コイル材の製造方法は、上記本発明マグネシウム合金部材の製造、上記本発明マグネシウム合金コイル材の製造に好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0101】
1 反り量用試験片 2 平坦度用試験片 10 コイル材 11 板状材
3 圧延板 30 加熱炉 31 ロールレベラ装置 32 矯正ロール
33 冷却機構
4 加工板 40 加工板と巻取りリール又はコイル部分とに接する地点
5 温度センサ
100 水平台 110 隙間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシウム合金からなる板状材が円筒状に巻き取られたマグネシウム合金コイル材であって、
前記コイル材の内径が1000mm以下であり、
以下の幅方向の反り量を満たすことを特徴とするマグネシウム合金コイル材。
(幅方向の反り量)
前記コイル材を構成する板状材のうち、最外周側に位置する板状材を長さ:300mmに切断して反り量用試験片とし、この反り量用試験片を水平台に載置したとき、前記水平台の表面と、当該反り量用試験片の一面において前記水平台に接触しない箇所であって、当該反り量用試験片の幅方向における鉛直方向の最大距離をh、当該反り量用試験片の幅をwとし、(前記鉛直方向の最大距離h/前記反り量用試験片の幅w)×100を幅方向の反り量(%)とするとき、当該幅方向の反り量が0.5%以下である。
【請求項2】
前記コイル材は、以下の平坦度を満たすことを特徴とする請求項1に記載のマグネシウム合金コイル材。
(平坦度)
前記コイル材を構成する板状材のうち、最内周側に位置する板状材を長さ:1000mmに切断して平坦度用試験片とし、この平坦度用試験片を水平台に載置したとき、前記水平台の表面と、当該平坦度用試験片の一面において前記水平台に接触しない箇所との鉛直方向の最大距離を平坦度とし、当該平坦度が5mm以下である。
【請求項3】
前記平坦度が0.5mm以下であることを特徴とする請求項2に記載のマグネシウム合金コイル材。
【請求項4】
前記マグネシウム合金は、添加元素にAlを5.8質量%以上12質量%以下含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のマグネシウム合金コイル材。
【請求項5】
前記マグネシウム合金は、添加元素にAlを8.3質量%以上9.5質量%以下含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のマグネシウム合金コイル材。
【請求項6】
前記コイル材を構成する板状材の厚さが0.02mm以上3.0mm以下であり、
前記コイル材を構成する板状材の幅が50mm以上2000mm以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のマグネシウム合金コイル材。
【請求項7】
前記コイル材を構成する板状材の厚さが0.3mm以上2.0mm以下であり、
前記コイル材を構成する板状材の幅が50mm以上300mm以下であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載のマグネシウム合金コイル材。
【請求項8】
前記コイル材を構成する板状材の引張強さが280MPa以上450MPa以下であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載のマグネシウム合金コイル材。
【請求項9】
前記コイル材を構成する板状材の0.2%耐力が230MPa以上350MPa以下であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載のマグネシウム合金コイル材。
【請求項10】
前記コイル材を構成する板状材の伸びが1%以上15%以下であることを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項に記載のマグネシウム合金コイル材。
【請求項11】
前記コイル材を構成する板状材のビッカース硬度(Hv)が65以上100以下であることを特徴とする請求項1〜10のいずれか1項に記載のマグネシウム合金コイル材。
【請求項12】
前記コイル材を構成する板状材の残留応力が0MPa超100MPa以下であることを特徴とする請求項1〜11のいずれか1項に記載のマグネシウム合金コイル材。
【請求項13】
マグネシウム合金からなる素材板が円筒状に巻き取られてなる素材コイル材を準備する準備工程と、
前記素材コイル材を巻き戻して前記素材板を連続的に繰り出し、繰り出された前記素材板の温度が100℃超である状態で当該素材板に加工を施す温間加工工程と、
前記加工が施された加工板を巻き取って、内径が1000mm以下のコイル材を形成する巻取工程とを具え、
前記巻き取りは、前記加工板において巻き取り直前の温度を100℃以下にしてから行うことを特徴とするマグネシウム合金コイル材の製造方法。
【請求項14】
前記準備工程では、前記素材コイル材として、マグネシウム合金からなる圧延板を巻き取った圧延コイル材を用意し、
前記温間加工工程では、前記圧延板の温度が100℃超350℃以下である状態で当該圧延板に複数のロールにより温間矯正加工を施すことを特徴とする請求項13に記載のマグネシウム合金コイル材の製造方法。
【請求項15】
前記矯正加工は、前記圧延板に30MPa以上150MPa以下の張力を加えた状態で行うことを特徴とする請求項14に記載のマグネシウム合金コイル材の製造方法。
【請求項16】
前記準備工程では、前記素材コイル材として、マグネシウム合金を連続鋳造した鋳造材に圧延を施し、得られた圧延板を巻き取った圧延コイル材を用意することを特徴とする請求項14又は15に記載のマグネシウム合金コイル材の製造方法。
【請求項17】
前記温間加工工程では、繰り出された前記素材板の温度が150℃以上400℃以下である状態で当該素材板に圧延ロールにより圧延を施すことを特徴とする請求項13に記載のマグネシウム合金コイル材の製造方法。
【請求項18】
前記準備工程では、前記素材コイル材として、マグネシウム合金を連続鋳造した鋳造材を巻き取った鋳造コイル材を用意することを特徴とする請求項17に記載のマグネシウム合金コイル材の製造方法。
【請求項19】
前記巻き取り直前の温度を75℃以下にすることを特徴とする請求項13〜18のいずれか1項に記載のマグネシウム合金コイル材の製造方法。
【請求項20】
前記マグネシウム合金は、添加元素にAlを5.8質量%以上12質量%以下含有することを特徴とする請求項13〜19のいずれか1項に記載のマグネシウム合金コイル材の製造方法。
【請求項21】
請求項1〜12のいずれか1項に記載のマグネシウム合金コイル材を巻き戻して、前記板状材に塑性加工を施すことを特徴とするマグネシウム合金部材の製造方法。
【請求項22】
請求項21に記載の製造方法により得られたことを特徴とするマグネシウム合金部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−7232(P2012−7232A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−259733(P2010−259733)
【出願日】平成22年11月22日(2010.11.22)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】