説明

メモリ素子および温度センサ

【課題】カリウムあるいはナトリウムを陽イオンとして含み、OH基を陰イオンとして含むイオン結晶を使った多値メモリ素子を提供する。
【解決手段】メモリ素子40は、カリウムあるいはナトリウムを陽イオンとして含み、OH基を陰イオンとして含むイオン結晶10と、第1および第2の電極11A,11Bと、秩序配列が誘起される転移温度以下の温度に保持するクライオスタット41と、電極の間に直流電圧を印加し、OH基の分極方向が第1の電極11Aから第2の電極11Bに向かう第1の状態と、OH基の分極方向が第2の電極11Bから第1の電極11Aに向かう第2の状態と、最近接OH基の分極が反平行となる第3の状態のいずれかに設定し、第1〜第3の状態に対応して第1〜第3の情報をイオン結晶に書き込む書込回路42と、イオン結晶の分極を測定することにより、書き込まれた第1〜第3の情報のいずれかを読み出す読み出し回路46と、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はイオン結晶を使ったメモリ素子および温度センサに関する。
【背景技術】
【0002】
OH基を含むいくつかのイオン結晶においては、大きな永久双極子モーメントの結果、OH基の分極方向が極低温において秩序配列する現象が知られている。例えばKCl結晶にOH基をドープした場合、極低温においてOH基の分極が秩序配列することにより、KCl結晶の誘電率に最大値が出現する現象が報告されている。例えば非特許文献1を参照。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−216951号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Fiory, A. T.,Physical Review B, vol.4, no.2, 15 July, 1971
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、かかるKOHやNaOH、さらにはOH基をドープしたKClやNaCl結晶などのOH基を含むイオン結晶においてOH基の双極子相互作用を使ったメモリ素子および極低温で使用可能な温度センサを提案する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
一の側面によればメモリ素子は、カリウムあるいはナトリウムを陽イオンとして含み、OH基を陰イオンとして含むイオン結晶と、前記イオン結晶の相対向する第1および第2の面にそれぞれ形成された第1および第2の電極と、不活性液体で充填され、前記イオン結晶を、前記第1および第2の電極とともに、前記イオン結晶中に前記OH基の分極状態について秩序配列が誘起される転移温度以下の温度に保持するクライオスタットと、前記第1および第2の電極の間に直流電圧を印加し、前記OH基の分極状態を、前記OH基の分極方向が前記第1の電極から前記第2の電極に向かう第1の状態と、前記OH基の分極方向が前記第2の電極から前記第1の電極に向かう第2の状態と、前記イオン結晶中における最近接OH基の分極が反平行となる第3の状態のいずれかに設定し、前記第1の状態に対応して第1の情報を、前記第2の状態に対応して第2の情報を、前記第3の状態に対応して第3の情報を書き込む書込手段と、前記第1および第2の電極に接続され、前記イオン結晶の分極を測定することにより、前記イオン結晶に書き込まれた前記第1〜第3の情報のいずれかを読み出す読み出し回路と、を含む。
【0007】
他の側面によれば温度センサは、カリウムあるいはナトリウムを陽イオンとして含み、OH基を陰イオンとして含むイオン結晶と、前記イオン結晶の相対向する第1および第2の面にそれぞれ形成された第1および第2の電極と、前記第1および第2の電極に接続され、前記イオン結晶の電気感受率を測定することにより、前記イオン結晶の温度を検出する温度検出回路と、を含む。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、OH基を含むイオン結晶を使って、多値メモリ素子あるいは極低温で動作する温度センサを実現することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】KOH結晶の構造を示す図である。
【図2】(A)〜(C)は、KOH結晶の縮退した三つの基底状態を示す図である。
【図3】(A)〜(F)は、KOH結晶において基底状態から一つのOH基の分極を反転させる様子を示す図である。
【図4】図3の分極反転の結果生じる準安定状態と、トンネルによる状態遷移を概略的に示す図である。
【図5】本発明の原理を説明するための図である。
【図6】図5の温度センサにおいて温度検知に使われる感受率と温度の関係を示すグラフである。
【図7】第1の実施形態による温度センサの構成を示す図である。
【図8】図7の温度センサによる温度検知動作を説明するフローチャートである。
【図9】第2の実施形態による3値メモリ素子の構成を示す図である。
【図10】(A)〜(E)は、図9の3値メモリにおける情報の書込を示す図である。
【図11】第3の実施形態による多値メモリ素子で使われるイオン結晶を示す斜視図である。
【図12】(A)〜(F)は、図9の多値メモリにおける情報の書込を示す図である。
【図13】第3の実施形態による多値メモリ素子の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[第1の実施形態]
図1は、KOH結晶10の単位胞におけるK原子とOH基の配列を示す図である。
【0011】
図1を参照するに、KOH結晶では、○で示すK(カリウム)イオンと矢印で示すOH基(水酸基)が交互に配列し、単純立方格子を形成している。またOH基だけでみると、体心立方格子を形成している。
【0012】
OH基は強い永久双極子モーメントを有するため、エネルギ的に安定な基底状態では、隣接するOH基対、すなわち最近接OH基対は反平行な秩序配置をとり、反強誘電性を示すと予測される。なお図1中、矢印はOH基の双極子モーメントの方向を示すものとする。
【0013】
そこで、このような基底状態の存在を確認するため、KOH結晶の全体について双極子相互作用ハミルトニアンHを計算してみると、次のような表現が得られる。
【0014】
【数1】

【0015】
ここでpi,pjは、それぞれの格子点i,jに配置されたOH基の双極子モーメントを表し、rijは格子点iと格子点jの距離を示す。すなわち上記数式1において[]内の項は、OH基による双極子相互作用を表している。総和Σは結晶全体にわたり、最近接のOH基対について求められる。Dは物質による定数であり、双極子モーメントpi,pjを規格化するためのもので、真空中では1の値をとる。D=1を仮定するとAijの内容は、次の数式2に示す通りとなる。
【0016】
【数2】

【0017】
ここで平均場近似をして定数項を省略すると、数式1のハミルトニアンHに対し、数式3の表記が得られる。
【0018】
【数3】

【0019】
そこで前記KOH結晶10において、図1のようなOH基が反平行に秩序配列した、反強誘電性構造が出現するには、数式4の固有値方程式
【0020】
【数4】

において、大きな負の固有値λが存在することが言えればよい。ただし数式4においてkはボルツマン定数、Tcは転移温度、PはKOH結晶における分極の大きさを表す。
【0021】
そこで上記固有値方程式をフーリエ変換して固有値が負で最大のものを探すと、予想通り、前記図1の基底状態に対応して
【0022】
【数5】

が得られ、これから転移温度Tcが、
【0023】
【数6】

と得られる。KOH結晶10の場合、転移温度Tcは約20Kの値を有する。ただし数式5および6において「a」は格子定数を表す。
【0024】
図1の基底状態は、矢印で示すOH基の分極の向きがa軸方向上で対向しているが、同様な分極の配向はb軸方向およびc軸方向にも可能で、従ってKOH結晶10では、図2に示す3つの状態(A)〜(C)が図1の基底状態に縮退している。以下の説明では、基底状態は図1に示したものであるとする。
【0025】
次に、このような基底状態のKOH結晶10において、一つのOH基の分極の向きが、図3(A)〜(F)に示すように自発的に変化する可能性について考える。ただし図3(A)は図1の基底状態と同じものである。図3の(A)〜(F)に示す分極状態は、図4に概略的に示すようにエネルギの高い中間状態により隔てられており、これらの間の自発的な遷移は量子力学的なトンネル効果により生じるものであるが、図3(A)の基底状態から直接に図3(B)の状態にトンネルすることはできず、一旦図3(C)〜(F)に示すいずれかの中間状態を経なければならない。
【0026】
なお図4中、横軸はKOH結晶10中におけるOH基の分極方向を変化させた場合の結晶全体のエネルギEを、縦軸は一つのOH基の分極方向を変化させる際にそのOH基が感じるポテンシャルバリアを概略的に表したものである。図4中には、前記図1あるいは図2で説明した基底状態に対応するエネルギEの他に、図3中(B)〜(E)で示すエネルギEの準安定状態、さらには図3中、(F)で示すより高いエネルギEの準安定状態が示されている。
【0027】
このような状態変化に対応するトンネルハミルトニアンHは、以下の数式7で与えられ、
【0028】
【数7】

図5に示すように上記KOH結晶10の相対向する(100)面上に電極11A,11Bを形成し、前記電極11A,11Bに直流電圧Vを印加することによりX方向に電界Eを印加した状態における全ハミルトニアンHは、数式
【0029】
【数8】

により与えられる。ただし数式7,8において「Δ」はエネルギの次元を有しトンネルの大きさを表す指標である。また数式8において<p>はz成分、すなわち図1におけるc軸方向への双極子モーメント成分の熱平均を表す。
【0030】
ここで数式7において、破線で囲んだ要素がゼロであるのは、双極子モーメントの+pxから+pxへのトリビアルな遷移、すなわち図3における(A)の状態から(A)の状態へのトンネル、−pxから−pxへのトリビアルな遷移、すなわち図3における(B)の状態から(B)の状態へのトンネル、+pyから+pyへのトリビアルな遷移、すなわち図3における(C)の状態から(C)の状態へのトンネル、−pyから−pyへのトリビアルな遷移、すなわち図3における(D)の状態から(D)の状態へのトンネル、+pzから+pzへのトリビアルな遷移、すなわち図3における(E)の状態から(E)の状態へのトンネル、−pzから−pzへのトリビアルな遷移、すなわち図3における(F)の状態から(F)の状態へのトンネルは考慮しないことを意味している。また上記破線で囲んだ要素がゼロであるのは、双極子モーメントの+pxから−pxへの直接の反転、すなわち図3における(A)の状態から(B)の状態へトンネル、−pxから+pxへの直接の反転、すなわち図3における(B)の状態から(A)の状態へトンネル、+pyから−pyへの直接の反転、すなわち図3における(C)の状態から(D)の状態へトンネル、−pyから+pyへの直接の反転、すなわち図3における(D)の状態から(C)の状態へトンネル、+pzから−pzへの直接の反転、すなわち図3における(E)の状態から(F)の状態へトンネル、−pzから+pzへの直接の反転、すなわち図3における(F)の状態から(E)の状態へトンネルが生じないことを意味している。
【0031】
そこでこのようなトンネルの効果まで含めて先の図1のKOH結晶に対してハミルトニアンを再計算し、転移温度Tcが出現するかどうかを確認したところ、電気感受率χについて数式9の表現が得られ、図6に示すように転移温度Tcを境に低温側の領域(1)で図1の秩序構造が、高温側の領域(2)で図3に示す状態が混合した無秩序構造が出現することが確認された。
【0032】
【数9】

【0033】
ただし上記数式9において、Ei(i=1,2,3)は、次の方程式
【0034】
【数10】

の解であり、式
【0035】
【数11】

により表現される。なお図6は、KOH結晶10を、KCl結晶から出発し、当該KCl結晶の全てのClイオンをOH基により置換することにより作製した場合についての結果を示している。また図6において温度が0Kにおいても電気感受率χがゼロにならないのはゼロ点エネルギの効果によるもので、ハミルトニアンに図4のトンネルの効果を含ませた結果出現した効果である。
【0036】
図6の結果より、KOH結晶を使って、極低温で動作可能な温度センサを構築することができることがわかる。
【0037】
図7は、図6の原理に基づく第1の実施形態による温度センサ20の概要を示す図である。
【0038】
図7を参照するに、温度センサ20は、相対向する(100)面上に電極11A,11Bを有するKOH結晶10と、前記電極11Aに配線21Aにより接続され前記KOH結晶10に大きさが例えば5Vで100Hz〜100kHzの高周波電圧RFを供給する高周波源21と、前記電極11Bに配線21Bにより接続され所定のキャパシタンスCoを有するキャパシタ22と、前記キャパシタ22に出現する電圧を測定する電圧測定部23とを含み、前記KOH結晶10および電極11A,11BよりなるキャパシタのキャパシタンスCxを、式
【0039】
【数12】

により求め、これからKOH結晶10の誘電率εを式
【0040】
【数13】

により求める。ここでVlowは前記電圧測定部23が測定する電圧値、Vhighは前記高周波電圧RFの大きさ、dは前記KOH結晶10の厚さ、Aは前記KOH結晶10の面積を表す。
【0041】
誘電率εが求まると電気感受率χは、周知の関係ε=ε(1+χ)より求められる。ただしεは真空の誘電率である。
【0042】
そこで得られた電気感受率χを図6のグラフと比較することにより、KOH結晶10の温度を求めることができる。
【0043】
なお図7の温度センサにおいて、前記KOH結晶10は、塩化カリウムをイオン交換膜法により電気分解することにより作製することができる。また電極11A,11Bは、例えばスパッタ法により形成される。
【0044】
図7の温度センサでは、このようなデータ処理を行って電気感受率χの値を求めるため、前記電圧計Vの出力を供給されるプロセッサ24を設けている。また図7の温度センサでは、前記KOH結晶10が20K前後の極低温で使われるため、KOH結晶10への熱の流入を最小化すべく、配線21A,21Bには破線で示す断熱シールド21a.21bが、それぞれ施されている。
【0045】
図8は、前記プロセッサ24において、求められた電気感受率からKOH結晶10の温度を求めるためのフローチャートを示す。
【0046】
前記KOH結晶10を、例えば液体ヘリウムを充填したクライオスタット中に配設し、クライオスタットを運転して温度を下げている場合、ステップS1において時間とともに電気感受率が増大するか否かが判定され、YESであれば温度が転移温度Tcより高いと、またNOであれば温度が転移温度よりも低いと判断される。
【0047】
そこでYESと判定された場合には、ステップS2Aにおいて温度領域(2)について温度Tと電気感受率χの関係を示す第1の表が参照され、ステップS3において温度Tが決定される。
【0048】
またステップS1においてNOと判定された場合には、ステップS2Bにおいて温度領域(1)についての温度Tと電気感受率χとの関係を示す第2の表が参照され、温度Tが決定される。
【0049】
先にも述べたように前記KOH結晶10は、例えばKCl(塩化カリウム)を、イオン交換膜法を使って電気分解することにより作製することができる。あるいは、高純度金属カリウムをアルゴンなど不活性雰囲気中においてゆっくりと蒸留水に反応させ、得られた水酸化カリウム水溶液を、KCl結晶を保持した坩堝に移し、余分な水をコールドトラップで除去した後、クリポウロス(Krypoulos)法により結晶成長を行うことによっても得ることができる。なお本実施形態において前記KOH結晶10は必ずしもKOHの組成を有する必要はなく、KCl結晶にOH基をドープして、Clイオンの一部をOH基で置換したものであってもよい。
【0050】
なおこのようにして得られるKOH結晶の転移温度Tcは、このようにKOH結晶がKClから得られたものである場合、KOH結晶中のOHの濃度により、10K〜100K程度の幅で変化する。
【0051】
このような温度センサは、例えば液体ヘリウムで冷却されるような極低温環境での温度測定に有用である。
【0052】
[第2の実施形態]
図9は、第2の実施形態によるメモリ素子40の構成を示す図である。ただし図中、先に説明した部分には対応する参照符号を付し、説明を省略する。
【0053】
図9を参照するに、メモリ素子40は液体ヘリウムで冷却されたクライオスタット41を有し、前記クライオスタット41中には前記KOH結晶10が、20K以下の温度で保持される。
【0054】
前記メモリ素子40では、情報の書込のため書込回路42が設けられ、前記書込回路42Aは所定の書込電圧を、配線43Aおよび43Bを介して、前記KOH結晶10に設けられた対向電極11A,11Bに供給する。なお前記配線43A,43Bには、クライオスタット41中への熱の流入を抑制するため、断熱シールド43a,43bがそれぞれ施されている。
【0055】
また前記クライオスタット41中には、前記KOH結晶10を転移温度Tc以上に加熱するためのヒータ41Hが設けられており、情報の書込時には前記ヒータ41Hを駆動して前記KOH結晶10の温度を前記転移温度Tc以上に上昇させ、この状態で前記電極11A,11B間に、前記KOH結晶10中に電極11Bから11Aに向かう所定の書込電界Eを発生させる正の大きな第1の書込電圧V(V>0)を、あるいは前記KOH結晶10中に電極11Aから11Bに向かう所定の書込電界Eを発生させる負の大きな第2の書込電圧V(V<0)を印加し、図10の(A)あるいは(B)の状態をそれぞれ発生させ、あるいは書込電界を発生させない例えば0Vの第3の書込電圧V(V=0)を印加し、前記KOH結晶10中に、図10の(C),(D),(E)の状態を誘起する。ここで図10の(C),(D),(E)の三つの状態は縮退していることに注意すべきである。
【0056】
さらにこの状態で前記ヒータ41Hを消勢し、前記KOH結晶10を前記転移温度Tc以下の温度に冷却することにより、前記書込電圧を解除した後も前記KOH結晶10中には図10の(A)あるいは(B)の状態が、第1,第2の書込電圧V,Vにそれぞれ対応して、また図10の(C)〜(E)の状態が、前記第3の書込電圧Vに対応して、安定に保持される。
【0057】
ここで前記第1および第2の書込電圧V,Vは、KOH結晶10の全体にわたりOH基の分極を反転させる電界EあるいはEを誘起する必要があるため、大きさが例えば10kV/cm以上であるのが好ましい。一方前記第3の書込電圧Vについては0Vであるのが好ましいが、前記KOH結晶10中に図10(C)〜(E)に示す秩序状態、すなわち基底状態が生じるのであれば、必ずしも0Vである必要はなく、小さな正あるいは負の値であってもよい。
【0058】
このような構成により、図9のメモリ素子40では、図10(A)および図10(B)、さらに図10(C)〜(E)に示すように前記KOH結晶10中に、電極11A,11B間に書込電界が印加された場合にOH基のエネルギが異なる三つの準安定状態を誘起することができる。
【0059】
さらに前記メモリ素子40では、前記電極11Aと11Bの間の電圧を検出する電圧検出回路45が、前記電極11Aに配線44Aを介して、また前記電極11Bに配線44Bを介して接続されており、前記配線44A,44Bには、断熱シールド44aおよび44bがそれぞれ施されている。
【0060】
さらに前記電圧検出回路45には、前記電極11A,11Bの間の電圧値から前記KOH結晶10中における分極の向きが、前記図10の(A),(B),(C)〜(E)のいずれの状態であるかを判断する読み出し回路46が設けられている。
【0061】
そこで図10(A)の状態を「Data=−1」,図10(B)の状態を「Data=+1」,図10(C)〜(E)の状態を「Data=0」とすれば、前記電圧検出回路45が検出した電圧値を前記読み出し回路46で判定することにより、前記KOH結晶10中に書き込まれた三値情報を読み出すことが可能となる。すなわち前記電極11Aと11Bの間に正電圧が検出されれば書き込まれた情報は図10(A)の状態に対応して「−1」であり、負電圧が検出されれば図10(B)の状態に対応して「+1」であり、0Vであれば図10(C)〜(E)に対応して「0」と判定される。
【0062】
本実施形態では、情報の書込の際にOH基の分極方向が変化するだけで、変位型相転移を生じるPZTやBSTなどのように原子位置の変位が生じることはないため、結晶格子に加わる歪みはわずかであり、劣化の少ない、従って書込回数の多い不揮発性メモリを構成することが可能である。
【0063】
なお本実施形態においても、前記KOH結晶10として、KCl(塩化カリウム)を、イオン交換膜法を使って電気分解することにより作製したものを使用することができる。また高純度金属カリウムをアルゴンなど不活性雰囲気中においてゆっくりと蒸留水に反応させ、得られた水酸化カリウム水溶液を、KCl結晶を保持した坩堝に移し、余分な水をコールドトラップで除去した後、クリポウロス(Krypoulos)法により結晶成長を行うことによっても得たものを使うことも可能である。また本実施形態においても前記KOH結晶10は、組成が必ずしもKOHである必要はなく、KCl結晶にOH基をドープし、KCl結晶中のClイオンの一部をOH基で置換したものであってもよい。
【0064】
[第3の実施形態]
図11は、第3の実施形態による多値メモリ素子において使われるKOH結晶60を示す。
【0065】
図11を参照するに本実施形態ではKOH結晶60の(100)面およびその対向面、すなわち(−100)面上に前記電極11A,11Bがそれぞれ形成されており、さらに相対向する(0−10)面および(010)面上に同様な電極11Cおよび11Dが形成されている。さらに相対向する(001)面および(00−1)面上にも、同様な電極11Eおよび11Fがそれぞれ形成されている。
【0066】
そこで図11のKOH結晶60を図9と同様なクライオスタット41中に保持し、相対向する電極の組、すなわち電極11Aと11B,11Cと11D、11Eと11Fのいずれか一つに、前記図9の書込回路42を使って書込電圧V,V,Vのいずれかを印加することにより、前記KOH結晶60中に、図12(A)〜(F)の合計で六つの状態を、たとえば情報「−1」,「+1」,「−2」,「+2」,「−3」,「+3」にそれぞれ対応して誘起することが可能である。すなわち本実施形態においては、KOH結晶60中に6値の情報を書き込むことが可能である。
【0067】
さらに前記相対向する電極の組、すなわち電極11Aと11B,11Cと11D、11Eと11Fのいずれか一つに生じる電圧を前記図9で説明した電圧検出部45により検出し、検出された電圧値から、前記KOH結晶60中に生じているOH基の分極が、図12(A)〜(F)のいずれであるかを判定することにより、前記KOH結晶60中に書き込まれているのが前記6値の情報のいずれであるかを判定すること、すなわち前記6値の情報を読み出すことが可能となる。
【0068】
図13は、前記KOH結晶60を使った多値メモリの概略的構成を示す図である。ただし図中、先に説明した部分に対応する部分には同一の参照符号を付し、説明を省略する。図面が複雑になるのを避けるため、図14ではKOH結晶60に設けられた電極11A〜11Fのうち、電極11A〜11Dのみを示している。
【0069】
図13を参照するに、前記クライオスタット41中に保持されたKOH結晶60の電極11Aおよび11Cは、それぞれ配線61Aおよび61Cを介して第1の切換回路62Aに接続され、また電極11Bおよび11Dは、それぞれ配線61Bおよび61Dを介して第2の切換回路62Bに接続されている。前記配線61A〜61Dは、それぞれ断熱シールド61a〜61dを設けられ、前記クライオスタット41を充填する液体ヘリウムへの前記配線61A〜61Dを介した熱の流入は最小化されている。
【0070】
書込時には前記電圧検出部45が消勢され、ヒータ41Hを駆動することにより前記KOH結晶60を前記転移温度Tc以上に昇温させる。この状態で、書込まれる9値情報の値如何により、前記スイッチ62Aがまず配線61A,61Cおよび図示していない電極11Eに接続された配線61E(図示せず)の一方を、スイッチ62Bが配線61B,61Dおよび図示していない電極11Fに接続された配線61F(図示せず)の一方を選択する。より具体的には、前記スイッチ62Aにより配線61Aが選択されている場合は、スイッチ62Bは配線61Bを選択し、スイッチ62Aにより配線61Cが選択されている場合は、スイッチ62Bは配線61Dを選択し、スイッチ62Aにより配線61Eが選択されている場合は、スイッチ62Bは配線61Fを選択する。
【0071】
さらに前記書込回路42が駆動され、前記電極11Aと11Bの間、あるいは電極11Cと11Dの間、あるいは電極11Eと11Fの間に、前記書込電圧V,Vのいずれかが印加される。
【0072】
このようにして情報の書込を行った後、ヒータ41Hは消勢され、クライオスタット41を駆動することにより、前記KOH結晶の温度が前記転移温度Tc以下に低下させられる。これにより、書き込まれた情報は、先に図12(A)〜(F)で説明したいずれかの状態で準安定に保持される。
【0073】
読み出し時には前記書込回路42が消勢され、この状態でまず前記スイッチ62Aが配線61A,61Cおよび61Eの一方を選択し、さらにスイッチ62Bが前記配線61B,61Dおよび61Fの一方を選択する。より具体的には、前記スイッチ62Aにより配線61Aが選択されている場合は、スイッチ62Bは配線61Bを選択し、スイッチ62Aにより配線61Cが選択されている場合は、スイッチ62Bは配線61Dを選択し、スイッチ62Aにより配線61Eが選択されている場合は、スイッチ62Bは配線61Fを選択する。
【0074】
さらにそれぞれの組み合わせについて、選択された電極間に生じる電圧が前記電圧検出部45により検出され、検出された電圧値に基づいて、前記KOH結晶60中に書き込まれている情報が、前記図12(A)〜(F)のいずれであるかが判定される。
【0075】
すなわちまずスイッチ62A,62Bにより電極11A,11Bの組が選択され、間に生じている電圧が電圧検出部45により検出される。電極11Aと11Bの間に正電圧が検出されれば、前記読み出し回路46は、書き込まれた情報が図12(A)の状態に対応して「−1」であると判定し、負電圧が検出されれば図12(B)の状態に対応して「+1」であると判定する。
【0076】
前記電極11Aと11Bの間の電圧が0Vであった場合、スイッチ62A,62Bは電極11C,11Dの組を選択し、間に生じている電圧が電圧検出部45により検出される。電極11Cと11Dの間に正電圧が検出されれば、前記読み出し回路46は、書き込まれた情報が図12(C)の状態に対応して「−2」であると判定し、負電圧が検出されれば図12(D)の状態に対応して「+2」であると判定する。
【0077】
さらに前記電極11Aと11Bおよび電極11Cと11Dの間の電圧がいずれも0Vであった場合、スイッチ62A,62Bは電極11E,11Fの組を選択し、間に生じている電圧が電圧検出部45により検出される。電極11Eと11Fの間に正電圧が検出されれば、前記読み出し回路は、書き込まれた情報が図12(E)の状態に対応して「−3」であると判定し、負電圧が検出されれば図12(F)の状態に対応して「+3」であると判定する。
【0078】
これにより、前記KOH結晶60中に書き込まれた6値情報を読み出すことができる。
【0079】
なお図12の状態において、さらに図2(A)〜(C)の基底状態まで含めると、本実施形態の多値メモリ素子の書込および読出動作は、7値の書込および読出しまで拡張することができる。すなわち、書込時に前記電極11Aと11B、11Cと11D、11Eと11Fのいずれの組にも前記約0Vの書込電圧Vを印加し、あるいは書込電圧を印加せずに前記ヒータ41Hを駆動して前記イオン結晶60を前記転移温度Tc以上に昇温させ、その後ヒータ41Hを消勢してイオン結晶60を前記転移温度Tc以下に冷却することにより、前記イオン結晶60中に図2(A)〜(C)の基底状態を誘起することができる。
【0080】
また読み出し時には、前記電極11Aと11Bおよび電極11Cと11Dの間の電圧がいずれも0Vであった場合に、前記読み出し回路46が書き込まれた情報が図2(A)〜(C)の状態に対応じて「0」であると判定する。これにより、図13の構成を使って7値の書込と読み出しが可能となる。
【0081】
先の実施形態と同様、本実施形態においてもKOH結晶60はKCl結晶にOH基をドープし、Clイオンの一部をOH基で置換したものであってもよい。
【0082】
なお以上の説明はOH基を含むイオン結晶としてKOH結晶を使った場合についてのものであったが、本発明はNaOH結晶を使った場合についても同様に適用可能である。
【0083】
以上、本発明を好ましい実施形態について説明したが、本発明はかかる特定の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した要旨内において様々な変形・変更が可能である。
【符号の説明】
【0084】
10 OH基を含むイオン結晶
11A〜11F 電極
20 温度センサ
21 高周波源
21A,21B,43A,43B,44A,44B,61A〜61F 配線
21a,21b,43a,43b,44a,44b,61a〜61f 断熱シールド
22 キャパシタ
23 電圧検出部
24,46 プロセッサ
40 三値メモリ素子
41 クライオスタット
41H ヒータ
42 書込回路
45 電圧検出部
61 多値メモリ素子
62A,62B スイッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カリウムあるいはナトリウムを陽イオンとして含み、OH基を陰イオンとして含むイオン結晶と、
前記イオン結晶の相対向する第1および第2の面にそれぞれ形成された第1および第2の電極と、
不活性液体で充填され、前記イオン結晶を、前記第1および第2の電極とともに、前記イオン結晶中に前記OH基の分極状態について秩序配列が誘起される転移温度以下の温度に保持するクライオスタットと、
前記第1および第2の電極の間に直流電圧を印加し、前記OH基の分極状態を、前記OH基の分極方向が前記第1の電極から前記第2の電極に向かう第1の状態と、前記OH基の分極方向が前記第2の電極から前記第1の電極に向かう第2の状態と、前記イオン結晶中における最近接OH基の分極が反平行となる第3の状態のいずれかに設定し、前記第1の状態に対応して第1の情報を、前記第2の状態に対応して第2の情報を、前記第3の状態に対応して第3の情報を前記イオン結晶に書き込む書込回路と、
前記第1および第2の電極に接続され、前記イオン結晶の分極を測定することにより、前記イオン結晶に書き込まれた前記第1〜第3の情報のいずれかを読み出す読み出し回路と、
を含むことを特徴とするメモリ素子。
【請求項2】
前記書込回路は前記イオン結晶の温度を前記転移温度以上に加熱する加熱部を備え、前記第3の情報を書き込む場合には前記加熱部により前記イオン結晶の温度を前記転移温度以上に加熱し、さらに前記第1および第2の電極間に印加される直流電圧を0Vとして前記加熱部を消勢し、前記イオン結晶の温度を再び前記転移温度以下に降下させることを特徴とする請求項1記載のメモリ素子。
【請求項3】
カリウムあるいはナトリウムを陽イオンとして含み、OH基を陰イオンとして含むイオン結晶と、
前記イオン結晶の第1の軸方向に相対向する第1および第2の面にそれぞれ形成された第1および第2の電極と、
前記イオン結晶の、前記第1の軸方向に直交する第2の軸方向に相対向する第3および第4の面にそれぞれ形成された第3および第4の電極と、
前記イオン結晶の、前記第1および第2の軸方向に直交する第3の軸方向に相対向する第5および第6の面にそれぞれ形成された第5および第6の電極と、
不活性液体で充填され、前記イオン結晶を、前記第1〜第6の電極とともに、前記イオン結晶中に前記OH基の分極状態について秩序配列が誘起される転移温度以下の温度に保持するクライオスタットと、
前記第1および第2の電極の間、前記第3および第4の電極の間、前記第5および第6の電極の間に選択的に直流電圧を印加し、前記OH基の分極状態を、前記OH基の分極方向が前記第1の電極から前記第2の電極に向かう第1の状態と、前記OH基の分極方向が前記第2の電極から前記第1の電極に向かう第2の状態と、前記OH基の分極方向が前記第3の電極から前記第4の電極に向かう第3の状態と、前記OH基の分極方向が前記第4の電極から前記第3の電極に向かう第4の状態と、前記OH基の分極方向が前記第5の電極から前記第6の電極に向かう第5の状態と、前記OH基の分極方向が前記第6の電極から前記第5の電極に向かう第6の状態のいずれかに設定し、前記第1の状態に対応して第1の情報を、前記第2の状態に対応して第2の情報を、前記第3の状態に対応して第3の情報を、前記第4の状態に対応して第4の情報を、前記第5の状態に対応して第5の情報を、前記第6の状態に対応して第6の情報を、前記イオン結晶に書き込む書込回路と、
前記第1および第2の電極、前記第3および第4の電極、および前記第5および第6の電極のいずれかに選択的に接続され、前記イオン結晶の分極を測定することにより、前記イオン結晶に書き込まれた前記第1〜第6の情報のいずれかを読み出す読み出し回路と、
を含むことを特徴とするメモリ素子。
【請求項4】
さらに前記書込回路は前記OH基の分極状態を、前記イオン結晶中における最近接OH基の分極が反平行となる第7の状態に設定することにより、前記第7の状態に対応して第7の情報を前記イオン結晶に書込み、前記読み出し回路は、前記第1および第2の電極、前記第3および第4の電極、および前記第5および第6の電極間において検出された電圧が0Vの場合に前記イオン結晶中に書き込まれた情報が第7の情報であると判定することを特徴とする請求項2記載のメモリ素子。
【請求項5】
前記書込回路は前記イオン結晶の温度を前記転移温度以上に加熱する加熱部を備え、前記書込回路は前記第7の情報を前記イオン結晶に書き込む場合、前記第1および第2の電極、前記第3および第4の電極間、さらに前記第5および第6の電極間に印加される直流電圧を0Vとし、前記加熱部により前記イオン結晶の温度を前記転移温度以上に加熱し、次いで前記加熱部を消勢し、前記イオン結晶の温度を再び前記転移温度以下に降下させることを特徴とする請求項4記載のメモリ素子。
【請求項6】
前記イオン結晶はKOH結晶またはNaOH結晶であることを特徴とする請求項1〜5のうち、いずれか一項記載のメモリ素子。
【請求項7】
前記イオン結晶は、OH基をドープされたKCl結晶またはNaCl結晶であることを特徴とする請求項1〜5のうち、いずれか一項記載のメモリ素子。
【請求項8】
カリウムあるいはナトリウムを陽イオンとして含み、OH基を陰イオンとして含むイオン結晶と、
前記イオン結晶の相対向する第1および第2の面にそれぞれ形成された第1および第2の電極と、
前記第1および第2の電極に接続され、前記イオン結晶の電気感受率を測定することにより、前記イオン結晶の温度を検出する温度検出回路と、
を含む温度センサ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2012−175085(P2012−175085A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−38919(P2011−38919)
【出願日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】