説明

リチウムイオン二次電池

【課題】従来よりも正極のエネルギー密度を維持し、電池容量の低下を抑制可能なリチウムイオン二次電池を提供する。
【解決手段】リチウム等(すなわちリチウム20およびリチウム化合物30のうちで一方または双方)は、リチウムイオン二次電池の最大充電電圧よりも高い所定範囲の充電電圧が印加されるとリチウム等から電子を放出するコート材料(高分子材料や有機材料)で表面がコーティングされる構成とした。この構成によれば、充電時に最大充電電圧よりも高い電圧を印加するだけで、リチウム等から電子を放出する。一方、リチウム等は高分子材料40でコーティングされているだけであるので、従来よりも正極のエネルギー密度を維持することができ、電池容量の低下を抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムやリチウム化合物を含む正極と、負極と、電解液とを少なくとも有するリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
従来では、高容量正極を用いて初回充放電での不可逆容量によるエネルギー密度の低下を最小限に抑えることを目的とする非水系電解質リチウムイオン二次電池に関する技術の一例が開示されている(例えば特許文献1を参照)。この目的を達成するため、正極には、Li3-xxN(MはCo、Ni、Cuから選ばれる1種以上の遷移金属であり、0≦x≦0.8)で表されるリチウム含有複合窒化物を含む構成としている。
【0003】
また、放電容量を向上させ、生産性および信頼性を向上させることを目的とする非水電解質二次電池に関する技術の一例が開示されている(例えば特許文献2を参照)。この目的を達成するため、炭素質材を負極担持体とし、リチウム含有酸化物を正極作用物質とし、リチウムを含有する負極供与体を負極担持体に接触配置する構成としている。
【0004】
さらに、電池系内に未活用容量に見合う量のリチウムを添加し、高エネルギー密度化を目的とするリチウムイオン二次電池に関する技術の一例が開示されている(例えば特許文献3を参照)。この目的を達成するため、初充電時に正極において酸化分解し、正極と負極に対して不活性な反応生成物を形成する還元材料を非水電解液に添加する構成としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−102841号公報
【特許文献2】特開2000−235869号公報
【特許文献3】特開2002−050403号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1の技術では、リチウム含有複合窒化物を正極に含む。そのために正極のエネルギー密度が減少し、正極そのものが持っている潜在容量をリチウム不在により全部を出し切れない、という問題がある。
【0007】
また、特許文献2の技術では、負極供与体を負極担持体に接触配置する構成であるために、エネルギー密度が低下する、という問題点があった。負極担持体内にトラップされ充放電できなくなるリチウムが増えることで電池容量が低下する、という問題もある。
【0008】
さらに、特許文献3の技術では、負極に挿入されるリチウムは塩として予め電解液中に過剰に添加されるため、不要なカウンターアニオン(例えば六フッ化リン酸アニオン(PF6?)など)が電解液中に残ってしまう。同時に酸化分解した生成物も電解液中に存在すると、導電率低下を招く。そのものが持っている潜在容量をリチウム不在により全部を出し切れない、という問題がある。
【0009】
本発明はこのような点に鑑みてなしたものであり、従来よりも正極のエネルギー密度を維持し、電池容量の低下を抑制可能なリチウムイオン二次電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するためになされた請求項1に記載の発明は、リチウムおよびリチウム化合物のうちで一方または双方を含む正極と、負極と、電解液とを有するリチウムイオン二次電池において、前記リチウムおよびリチウム化合物のうちで一方または双方は、前記リチウムイオン二次電池の最大充電電圧よりも高い電圧であって所定範囲内の充電電圧が印加されると前記リチウムおよびリチウム化合物のうちで一方または双方から電子を放出するコート材料で表面がコーティングされることを特徴とする。
【0011】
この構成によれば、正極に含まれるリチウムおよびリチウム化合物のうちで一方または双方(以下では単に「リチウム等」と呼ぶ。)の表面は、コート材料でコーティングされる。このコート材料は、所定範囲内の充電電圧が印加されると、リチウム等から電子を放出し易くなる。所定範囲内の充電電圧は、リチウムイオン二次電池の最大充電電圧よりも高い電圧で設定される。よって、充電時には最大充電電圧よりも高い充電電圧で印加するだけで、リチウム等から電子を放出する。一方、リチウム等はコート材料でコーティングされているだけであるので、従来よりも正極のエネルギー密度を維持することができ、電池容量の低下を抑制することができる。
【0012】
なお、「リチウム」はリチウム原子(Li;「リチウム金属」とも呼ぶ。)であり、「リチウム化合物」は少なくともリチウム原子を含む化合物(合金を含む)であれば任意である。「コート材料」はリチウム等をコーティングでき、かつ、所定範囲の充電電圧が印加されることでリチウムがイオン化し(Li→Li++e-)、当該イオン化に伴って電子(e-)を外部に放出可能な状態になる材料であれば任意である。「外部」はコート材料によってコーティングされた外側の部材(すなわち電解液や負極等)が該当し、「放出」には電導を含む。例えば、最大充電電圧よりも高い電圧以上では導電性を示す材料(具体的には、ポリアセチレン、ポリパラフェニレン、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン、あるいはこれらの誘導体など)や、最大充電電圧よりも高い電圧以上で充電を行うと電解液に溶解する有機材料などが該当する。「最大充電電圧」は、正極材料(正極)と負極材料(負極)とによって定まり、可逆的に充放電可能な電圧の中で最大の電圧である。「所定範囲の充電電圧」は、最大充電電圧よりも高く、電解液が分解(解離を含む)する電圧よりも低い電圧までの範囲内で設定する。
【0013】
請求項2に記載の発明は、前記コート材料は、前記最大充電電圧よりも高い導電性発現電圧以上では導電性(すなわち電子がコート材料中を移動可能な状態)を示すとともに、前記導電性発現電圧よりも低い電圧では絶縁性(すなわち電子がコート材料中を移動不能な状態)を示す高分子材料であることを特徴とする。この構成によれば、導電性発現電圧以上の充電電圧を印加するだけで導電性を示すようになるので、リチウム等から電子を放出することができる。一方、リチウム等はコート材料でコーティングされているだけであるので、従来よりも正極のエネルギー密度を維持することができ、電池容量の低下を抑制することができる。なお「導電性発現電圧」は、サイクリックボルタンメトリ(Cyclic Voltammetry;以下では単に「CV」と呼ぶ。)法で酸化電流が流れ始める電圧である。なお、導電性を示し始める電圧と、絶縁性を示し始める電圧とは一般的に一致しないので、これらの電圧相互間で導電性発現電圧を設定する。
【0014】
請求項3に記載の発明は、前記高分子材料は、ポリアセチレン、ポリパラフェニレン、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン、あるいはこれらの誘導体であることを特徴とする。この構成によれば、これらの高分子材料を用いることで、低コストで実現することができる。
【0015】
請求項4に記載の発明は、前記コート材料は、前記最大充電電圧よりも高い溶解電圧が印加されると前記電解液に溶解する有機材料であることを特徴とする。この構成によれば、溶解電圧以上の充電電圧を印加するだけでコート材料が電解液に溶解し、リチウム等から電子を放出する。一方、リチウム等はコート材料でコーティングされているだけであるので、従来よりも正極のエネルギー密度を維持することができ、電池容量の低下を抑制することができる。なお「溶解電圧」は、安定な溶媒中でのCV法で不可逆的な酸化電流が流れ、その電圧を境界として溶媒中からICP(Inductively Coupled Plasma)発光分光分析での硫黄成分が検出できる電圧である。
【0016】
請求項5に記載の発明は、前記有機材料は、硫黄を含む有機硫黄化合物であることを特徴とする。この構成によれば、有機硫黄化合物を用いることで、低コストで容易に実現することができる。
【0017】
請求項6に記載の発明は、前記有機硫黄化合物は、テトラチアフルバレンの誘導体であることを特徴とする。この構成によれば、テトラチアフルバレンの誘導体を用いることで、低コストで容易に実現することができる。
【0018】
請求項7に記載の発明は、前記溶解電圧が異なる複数の前記有機材料を用い、前記リチウムおよびリチウム化合物のうちで一方または双方は、内層側ほど前記溶解電圧が高くなり、外層側ほど前記溶解電圧が低くなる前記有機材料で多層コーティングすることを特徴とする。この構成によれば、単一コーティングしたリチウム等や、二重以上の多層コーティングしたリチウム等とを混在させると、溶解電圧の大きさを調整することで溶解に伴って電子を放出するリチウム等を分別することができる。すなわち充電を行うごとに溶解電圧を高めてゆけば、当該溶解電圧に達していないリチウム等が溶解して電子を放出する。そのため、従来よりも最大充電電圧に充電可能な充電回数を増加させることができる。なお「多層コーティング」には、溶解電圧ごとに異なるコーティング層が明確な形態のみならず、内層側ほど溶解電圧が高くなって外層側ほど溶解電圧が低くなるようにコーティング層の境界が必ずしも明確でない形態を含む。
【0019】
請求項8に記載の発明は、前記リチウムおよびリチウム化合物のうちで一方または双方は、その表面を前記高分子材料でコーティングされ、さらに前記高分子材料の表面を前記有機材料でコーティングされることを特徴とする。この構成によれば、リチウム等は、単層の高分子材料と、一層以上の有機材料とで多層コーティングされる。よって、高分子材料の作用効果と、有機材料の作用効果とを併せ持つリチウムイオン二次電池を提供することができる。
【0020】
請求項9に記載の発明は、前記充電電圧の所定範囲は、前記最大充電電圧よりも高く、かつ、前記電解液が分解する電圧よりも低い範囲で設定することを特徴とする。この構成によれば、設定可能な最大限の範囲で充電を行えるので、従来よりも正極のエネルギー密度を維持し、電池容量の低下を抑制可能なリチウムイオン二次電池を確実に提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】電極板(正極板)の構成例を模式的に示す断面図である。
【図2】リチウム等を高分子材料でコーティングする例を示す断面図である。
【図3】充電時の状態を模式的に示す断面図である。
【図4】リチウム等を有機材料でコーティングする例を示す断面図である。
【図5】充電時の状態を模式的に示す断面図である。
【図6】有機材料で多層コーティングする例を示す断面図である。
【図7】高分子材料と有機材料とで多層コーティングする例を示す断面図である。
【図8】境界が明確でない多層コーティングの一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を実施するための形態について、図面に基づいて説明する。
【0023】
〔実施の形態1〕
実施の形態1は、リチウム等の表面をコーティングするコート材料として高分子材料を適用する例であって、図1〜図3を参照しながら説明する。図1には、電極板の構成例を模式的に断面図で示す。図2には、リチウム等をコート材料でコーティングした例を断面図で示す。図3には、高分子材料でコーティングした場合における充電時の状態を模式的に断面図で示す。
【0024】
本発明のリチウムイオン二次電池は、リチウムおよびリチウム化合物のうちで一方または双方を含む正極(正極板)、負極(負極板)、電解液などを有する。図1に示す正極板10は、例えば捲回型電池や積層型電池等のような様々の電池に用いられる正極側の電極板である。
【0025】
正極板10は、帯状をなす正極集電体12の面上に正極活物質層11,13が形成される。正極活物質層は「正極層」や「正極合剤層」などと呼ぶ場合もある。正極集電体12は、導電性の材料で帯状に形成される。導電性の材料は特に限定されるものではなく、従来公知の材質よりなる集電体を用いることができる。例えば、アルミニウム、ステンレス鋼、ニッケルメッキ鋼等を用いる。正極活物質層11,13の各厚さは製造する捲回型電池の仕様(例えば電池容量や外形寸法等)に合わせて設定され、例えば5〜300[μm]程度である。
【0026】
正極活物質層11,13は、例えばリチウムイオンなどの軽金属イオンを吸蔵・離脱することが可能な金属硫化物、金属酸化物または高分子化合物などの材料で構成される。本形態では正極活物質層11,13の双方を形成するが、正極活物質層11,13のいずれか一方のみを形成する構成としてもよい。以下では説明を簡単にするために、正極活物質層11を代表して説明する。
【0027】
正極活物質層11は、混練物を作製し、作製した混練物を正極集電体12の面上に塗工し、その後に乾燥することで形成される。混練物は、例えばバインダ(結着剤)、正極活物質、導電材(導電助剤)、溶媒などを混合してペースト状(あるいは液状)にした物である。バインダには、例えばポリフッ化ビニリデン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリアクリル酸リチウム、EPDM、SBR、NBR、フッ素ゴム等を用いる。導電材には、例えばケッチェンブラック、アセチレンブラック、カーボン(カーボンブラックを含む)、グラファイト、カーボンナノチューブ、非晶質炭素等を用いる。溶媒には、例えばカーボネート類、ハロゲン化炭化水素、エーテル類、ケトン類、ニトリル類、ラクトン類、オキソラン化合物等を用いる。特に、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、1,2−ジメトキシエタン、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネート等及びそれらの混合溶媒が望ましい。これらの溶媒のうち、特にカーボネート類、エーテル類からなる群より選ばれた1種以上の非水溶媒を用いることが、支持塩の溶解性、誘電率及び粘度、安定性において優れ、電池の充放電効率も高くなる。
【0028】
正極活物質は、例えばリチウムイオンなどの軽金属イオンを吸蔵・離脱することが可能な物質で構成される。具体的には、金属硫化物、金属酸化物または高分子化合物などが該当する。金属硫化物や金属酸化物には、リチウムを含有しない物質を含めてもよい。例えば、硫化チタン(TiS2)、硫化モリブデン(MoS2)、セレン化ニオブ(NbSe2)、酸化バナジウム(V25)などが該当する。
【0029】
金属酸化物は、組成式「LixMOy」で表されるリチウム複合酸化物を用いるが望ましい。組成式の「M」は、例えばコバルト(Co)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、亜鉛(Zn)、クロム(Cr)、Al、Co、Ni、Ti、Siのうちで一以上の金属元素、あるいはリン(P)やホウ素(B)などの非金属元素である。二種以上の元素を適宜に組み合わせて用いてもよい。組成式中の添字について、xは0.05≦x≦2.0の範囲内で設定し、yは2≦y≦4の範囲内で設定するのが望ましい。
【0030】
正極活物質には、高電位、高容量、耐久性などの要求特性により、リチウム・鉄複合酸化物、リチウム・コバルト複合酸化物、リチウム・ニッケル酸化物などのリチウム複合酸化物を選定するのが望ましい。このリチウム複合酸化物は「リチウム化合物」に相当する。上述した金属硫化物や金属酸化物などのうちで二種以上組み合わせて用いてもよい。正極活物質に用いる材料は、電池の種類や用途等に応じて任意に選択できる。
【0031】
次に、上述した正極活物質に含まれるリチウムまたはリチウム化合物に対して、コート材料で表面をコーティングする例について、図2を参照しながら説明する。リチウムやリチウム化合物の形状は様々であるが、見易くするために図2以降では模式的に球形の断面図で示す。リチウム等の表面をコーティングする技術は周知であるので、図示および説明を省略する。
【0032】
図2に示すリチウム20(リチウム金属)またはリチウム化合物30は、コート材料に相当する高分子材料40によって表面がコーティングされる。この高分子材料40は、充電時において、最大充電電圧よりも高い導電性発現電圧以上の電圧が印加されると導電性を示し、導電性発現電圧よりも低い電圧が印加されると絶縁性を示す機能性材料である。
【0033】
具体的には、ポリアセチレン、ポリパラフェニレン(Poly-Para-Phenylene;表3では「PPP」と表記する)、ポリアニリン(Poly-Aniline;表3では「PANI」と表記する)、ポリピロール、ポリチオフェン、あるいはこれらの誘導体を用いるのが望ましい。ポリアニリンおよびその誘導体の構造式を下記の化1に示し、ポリピロールおよびその誘導体の構造式を下記の化2に示す。化1および化2に示す置換基R1〜R8には、水素原子、ヒドロキシル基、ハロゲン、アミノ基、アルキル基、アルコキシ基、シアノ基、フッ素基、トリフルオロメチル基、メチル基、エチル基等をそれぞれ任意に適用することができる。すなわち置換基R1〜R8に同じ置換基を適用してもよく、置換基R1〜R8の一以上で異なる置換基を適用してもよい。これらのうち、シアノ基、フッ素基、トリフルオロメチル基等などの置換基は、電位を上昇させる電子吸引基である。一方、メチル基やエチル基などの置換基は、電位を低下させる電子供与基である。
【0034】
【化1】

【0035】
【化2】

【0036】
最大充電電圧は、正極材料と負極材料とによって定まり、可逆的に充放電可能な電圧の中で最大の電圧である。導電性発現電圧は、CV法で酸化電流が流れ始める電圧であり、高分子材料40の材質によって異なる。よって充電電圧の所定範囲は、最大充電電圧よりも高く、電解液が分解する電圧よりも低い範囲で設定するのが望ましい。
【0037】
高分子材料40(ポリパラフェニレン)のコート量を変え、リチウム等(すなわちリチウム20やリチウム化合物30)にコーティングした後、大気中に放置する実験を行った。大気中に放置する状態では、高分子材料40が絶縁性を示す。この実験によるリチウム等の安定性を下記の表1に示す。なお、表1の「コート量」欄で示す百分率は、高分子材料40の重量をリチウム等の重量で除算した値である。
【0038】
【表1】

【0039】
上記表1の結果によれば、高分子材料40(ポリパラフェニレン)のコート量が少ない場合(1[%]以下)ではリチウム等が黒色化した。黒色化は窒素化作用によるものとみられる。これに対して、コート量を多くすると(40〜1000[%])ではリチウム等に変化がみられなかった。このことから、コート量が少ないと高分子材料40はリチウム等を保護できず、逆に多すぎると電池容量が減少する。高分子材料40のコート量は1〜1000[%]の範囲内で任意に設定可能であるが、上述した点を考慮して適切なコート量を設定する(例えば40〜100[%])。こうすれば、リチウム等の安定化と、電池容量の確保を両立させることができる。
【0040】
高分子材料40がコーティングされたリチウム等(すなわちリチウム20やリチウム化合物30)を正極板10に含むリチウムイオン二次電池は、充電時に導電性発現電圧以上の電圧が印加されると導電性になる。充電時の電圧は、導電性発現電圧よりも高く、電解液が分解(解離を含む)する電圧よりも低い電圧までの範囲内で設定すればよい。この充電を行うと、図3に示すようにリチウム20から電子(e-)が外部に放出されてイオン化される。すなわち、Li→Li++e-で示す反応が起こる。リチウム化合物30についても同様であり、電子(e-)が外部に放出されてイオン化される。これらのイオン化によって、放電可能な電子(e-)が蓄積され、電池が充電される。
【0041】
負極(負極板)に含まれる負極活物質は、特に限定されるものではなく、従来公知の負極活物質を用いることができる。負極活物質としては、例えばリチウムイオンを吸蔵・放出できる化合物を用いたり、これらの化合物を組み合わせて用いることができる。リチウムイオンを吸蔵・放出できる化合物としては、リチウム等の金属材料、ケイ素、スズ等を含有する合金材料、グラファイト、コークス、有機高分子化合物焼成体又は非晶質炭素等の炭素材料をあげることができる。これらの活物質は単独で用いるだけでなく、これらを複数種類混合して用いることもできる。例えば、負極活物質としてリチウム金属箔を用いる場合、銅等の金属からなる集電体の表面にリチウム箔を圧着することで形成できる。また負極活物質として合金材料、炭素材料を用いる場合は、負極活物質と結着材、導電助剤等を水、NMP等の溶媒中で混合した後、銅等の金属からなる集電体上に塗布され形成することができる。
【0042】
電解液(非水電解液を含む)は、特に限定されるものではなく、従来公知の電解液を用いることができる。例えば、溶媒に支持塩を溶解させた溶液、イオン液体、イオン液体に対して支持塩を溶解させた溶液などが該当する。
【0043】
上述した実施の形態1によれば、以下に示す各効果を得ることができる。まず請求項1に対応し、リチウム等(すなわちリチウム20およびリチウム化合物30のうちで一方または双方)は、リチウムイオン二次電池の最大充電電圧よりも高い所定範囲の充電電圧が印加されるとリチウム等から電子を放出する高分子材料40で表面がコーティングされる構成とした(図2,図3を参照)。この構成によれば、充電時に最大充電電圧よりも高い電圧を印加するだけで、リチウム等から電子を放出する。一方、リチウム等は高分子材料40でコーティングされているだけであるので、従来よりも正極のエネルギー密度を維持することができ、電池容量の低下を抑制することができる。
【0044】
請求項2に対応し、コート材料は、最大充電電圧よりも高い導電性発現電圧以上では導電性を示し、導電性発現電圧よりも低い電圧では絶縁性を示す高分子材料40である構成とした(図2,図3を参照)。この構成によれば、導電性発現電圧以上の充電電圧を印加するだけで導電性を示すようになるので、リチウム等から電子を放出する。一方、リチウム等は高分子材料40でコーティングされているだけであるので、従来よりも正極のエネルギー密度を維持することができ、電池容量の低下を抑制することができる。
【0045】
請求項3に対応し、高分子材料40は、ポリアセチレン、ポリパラフェニレン、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン、あるいはこれらの誘導体である構成とした。この構成によれば、これらの素材を用いることで、低コストで実現することができる。
【0046】
請求項9に対応し、充電電圧の所定範囲は、最大充電電圧よりも高く、電解液が分解する電圧よりも低い範囲で設定する構成とした。この構成によれば、設定可能な最大限の範囲で充電を行えるので、従来よりも正極のエネルギー密度を維持し、電池容量の低下を抑制可能なリチウムイオン二次電池を確実に提供できる。
【0047】
〔実施の形態2〕
実施の形態2は、リチウム等の表面をコーティングするコート材料として有機材料を適用する例であって、図4と図5を参照しながら説明する。なお、図示および説明を簡単にするために、実施の形態1で用いた要素と同一の要素には同一の符号を付して説明を省略する。
【0048】
図4に示すリチウム20またはリチウム化合物30は、コート材料に相当する有機材料50によって表面がコーティングされる。この有機材料50は、充電時において、最大充電電圧よりも高い溶解電圧が印加されると電解液に溶解する機能性材料である。
【0049】
具体的には、硫黄を含む有機硫黄化合物であれば任意の材料を適用であるが、特にテトラチアフルバレン(Tetrathiafulvalene)の誘導体を用いるのが望ましい。本明細書では、テトラチアフルバレンを表中において「TTF」と表記(略記)する。またテトラチアフルバレンの誘導体であることが容易に分かるように、「-TTF」または「TTF-」のようにハイフンを用いて物質名を記載する。ただし、実際にはハイフンを用いないことが多い。
【0050】
テトラチアフルバレンの構造式を下記の化3(A)に示し、その誘導体の汎用構造式を下記の化3(B)に示す。化3(B)に示す置換基R1〜R4には、水素原子、ヒドロキシル基、ハロゲン、アミノ基、アルキル基、アルコキシ基、シアノ基、フッ素基、トリフルオロメチル基、メチル基、エチル基、アルキルチオ基等をそれぞれ任意に適用することができる。すなわち置換基R1〜R4に同じ置換基を適用してもよく、置換基R1〜R4の一以上に他の置換基を適用してもよい。これらのうち、シアノ基、フッ素基、トリフルオロメチル基などの置換基は、電位を上昇させる電子吸引基である。一方、メチル基やエチル基などの置換基は、電位を低下させる電子供与基である。
【0051】
【化3】

【0052】
上述したテトラチアフルバレンの誘導体について、置換基を異ならせた材料(物質)の一例を下記の化4〜化8に示す。化4には、トリメチル−テトラチアフルバレン(TriMethyl-Tetrathiafulvalene)の構造式を示す。化5には、アルキルチオ基を置換基とする構造式の一例を示す。すなわち化5(A)には、エチルチオ基で置換したテトラキス(エチルチオ)−テトラチアフルバレン;表4では「TCET-TTF」と表記する)の構造式を示す。化5(B)には、メチルチオ基で置換したテトラキス(メチルチオ)−テトラチアフルバレン(Tetrakis(Methylthio)-Tetrathiafulvalene;TMT-TTF)の構造式を示す。化6には、テトラメチル−テトラチアフルバレン(Tetramethyl-Tetrathiafulvalene;TM-TTF)の構造式を示す。化7には、シアン化テトラチアフルバレン(Tetrathiafulvalene Cyanide;表4では「TTF(CN)4」と表記する)の構造式を示す。化8には、ハロゲン化テトラチアフルバレン(Tetrathiafulvalene Halide)の一種であるクロロイオドピラジノ−テトラチアフルバレン(Chrolo Iodo Pyrazino-Tetrathiafulvalene)の構造式を示す。
【0053】
【化4】

【0054】
【化5】

【0055】
【化6】

【0056】
【化7】

【0057】
【化8】

【0058】
最大充電電圧は、実施の形態1で定義した通りである。溶解電圧は、安定な溶媒(すなわち電解液)中においてCV法で不可逆的な酸化電流が流れ、その電圧を境界として溶媒中からICP発光分光分析での硫黄成分が検出できる電圧であり、有機材料50の材質によって異なる。よって充電電圧の所定範囲は、最大充電電圧よりも高く、電解液が分解する電圧よりも低い範囲で設定するのが望ましい。
【0059】
有機材料50(テトラチアフルバレン)のコート量を変え、リチウム等(すなわちリチウム20やリチウム化合物30)にコーティングした後、大気中に放置する実験を行った。この実験によるリチウム等の安定性を下記の表2に示す。なお、表2の「コート量」欄で示す百分率は、上記表1の「コート量」欄で示す百分率と同じ意味である。
【0060】
【表2】

【0061】
上記表2の結果によれば、有機材料50(テトラチアフルバレン)のコート量が少ない場合(1[%]以下)ではリチウム等が黒色化した。これに対して、コート量を多くすると(40〜1000[%])ではリチウム等に変化がみられなかった。このことから、コート量が少ないと有機材料50はリチウム等を保護できず、多すぎると電池容量が減少する。有機材料50のコート量は1〜1000[%]の範囲内で任意に設定可能であるが、上述した点を考慮して適切なコート量を設定する(例えば40〜100[%])。こうして、リチウム等の安定化と、電池容量の確保を両立させることができる。
【0062】
有機材料50がコーティングされたリチウム等(すなわちリチウム20やリチウム化合物30)を正極板10に含むリチウムイオン二次電池は、充電時に溶解電圧以上の電圧が印加されると、当該有機材料50は電解液に溶解する。充電時の電圧は、溶解電圧よりも高く、電解液が分解(解離を含む)する電圧よりも低い電圧までの範囲内で設定すればよい。この充電を行うと図5に示すように有機材料50が溶解するので、リチウム20から直接的に電子(e-)が外部に放出されてイオン化される。すなわち、Li→Li++e-で示す反応が起こる。リチウム化合物30についても同様であり、電子(e-)が外部に放出されてイオン化される。これらのイオン化によって、放電可能な電子(e-)が蓄積され、電池が充電される。
【0063】
上述した実施の形態2によれば、以下に示す各効果を得ることができる。なお、請求項1については、実施の形態1と同様の作用効果が得られる。
【0064】
請求項4に対応し、コート材料は、最大充電電圧よりも高い溶解電圧が印加されると電解液に溶解する有機材料50である構成とした(図4,図5を参照)。この構成によれば、溶解電圧以上の充電電圧を印加するだけで有機材料50が電解液に溶解し、リチウム等から電子を放出する。一方、リチウム等は有機材料50でコーティングされているだけであるので、従来よりも正極のエネルギー密度を維持することができ、電池容量の低下を抑制することができる。
【0065】
請求項5に対応し、有機材料50は、硫黄を含む有機硫黄化合物である構成とした(化3〜化8を参照)。この構成によれば、低コストで容易に実現することができる。
【0066】
請求項6に対応し、有機硫黄化合物は、テトラチアフルバレンの誘導体である構成とした(化3(B),化4〜化8を参照)。この構成によれば、テトラチアフルバレンの誘導体を用いることで、低コストで容易に実現することができる。
【0067】
〔実施の形態3〕
実施の形態3は、リチウム等の表面を多層コーティングする例であって、図6と図7を参照しながら説明する。図6には、有機材料で多層コーティングする例を断面図で示す。図7には、高分子材料と有機材料とで多層コーティングする例を断面図で示す。なお、図示および説明を簡単にするために、実施の形態1,2で用いた要素と同一の要素には同一の符号を付して説明を省略する。
【0068】
図6には、隣接する層で溶解電圧が異なる有機材料50を用いて多層コーティングする例を示す。図6(A)には、リチウム等を三層(第1層51から第3層53まで)で多層コーティングする。第1層51はリチウム等の表面をコーティングし、第2層52は第1層51の表面をコーティングし、第3層53は第2層52の表面をコーティングする。第1層51から第3層53までの材料は、実施の形態2で用いた材料であれば任意である。この場合、第1層51の溶解電圧(以下では「溶解電圧V1」と呼ぶ。)が最も高く、次に第2層52の溶解電圧(以下では「溶解電圧V2」と呼ぶ。)が高く、第3層53の溶解電圧(以下では「溶解電圧V3」と呼ぶ。)が最も低くなる材料を用いてコーティングするのが望ましい。すなわち、V1>V2>V3となる各層の材料を用いる。
【0069】
上述した三層コーティングを行ったリチウム等を正極板10に含むリチウムイオン二次電池は、充電時に印加する溶解電圧を変えることにより、最も外側の層から電解液に溶解させ、最大充電電圧を確実に確保可能な充電回数を増やすことができる。
【0070】
すなわち上述した図6(A)の構成例では、まず溶解電圧V3以上かつ溶解電圧V2未満の充電電圧を印加すると、第3層53が電解液に溶解するので、図6(B)に示す二層コーティングのリチウム等になる。次に、溶解電圧V2以上かつ溶解電圧V1未満の充電電圧を印加すると、第2層52が電解液に溶解するので、図6(C)に示す単層コーティングのリチウム等になる。最後に、溶解電圧V1未満の充電電圧を印加すると、第1層51が電解液に溶解するので、図6(D)に示すリチウム等になり、図5に示すようにリチウム等から直接的に電子(e-)が外部に放出されてイオン化される。すなわち図6(D)に示すリチウム等になって、初めてLi→Li++e-で示す反応が起こる。こうしたイオン化によって、放電可能な電子(e-)が蓄積され、電池が充電される。
【0071】
ここで、図6(A)や図6(B)に示す複数層(二層以上)でコーティングされたリチウム等のみを正極板10に含む場合には、最内層の第1層51が電解液に溶解しないとリチウム等をイオン化できない。そのため、図6(D)に示す単体のリチウム等を別途に含む構成としたり、図6(E)や図6(F)のコーディングをした構成を別途に含む構成としたり、図6(A)から図6(F)までの構成をバランス良く正極板10に含む構成とするのが望ましい。この構成によれば、充電時の溶解電圧を適切に調整することで、イオン化可能なリチウム等の量を調整できる。したがって、最大充電電圧を確実に確保可能な充電回数を増やすことができる。
【0072】
図7には、最内層となる高分子材料40と、隣接する層で溶解電圧が異なる有機材料50とを用いて多層コーティングする例を示す。図7(A)には、リチウム等を高分子材料40と二層(第1層51と第2層52)の有機材料50とで多層コーティングする。リチウム等の表面は高分子材料40でコーティングし、高分子材料40の表面を有機材料50の第1層51でコーティングし、同様に有機材料50の第2層52を第1層51の表面にコーティングする。第1層51と第2層52の材料は、実施の形態2で用いた材料であれば任意である。この場合、高分子材料40の導電性発現電圧(以下では「導電性発現電圧V0」と呼ぶ。)が最も高く、次に第1層51の溶解電圧V1が高く、最外層の第2層52の溶解電圧V2が最も低くなる材料を用いてコーティングするのが望ましい。すなわち、V0>V1>V2となる各層の材料を用いる。
【0073】
第2層52や第1層51が溶解電圧に応じて電解液に溶解するのは図6の構成例と同じであるので、上述した多層コーティングを行ったリチウム等を正極板10に含むリチウムイオン二次電池は、充電時に印加する溶解電圧を変えることにより、最も外側の層から電解液に溶解させ、最大充電電圧を確実に確保可能な充電回数を増やすことができる。ただし、リチウム等の表面を高分子材料40でコーティングするので、有機材料50が電解液に溶解した後は、図7(C)に示す構造のリチウム等になる。そのため、図3に示すようにリチウム等から高分子材料40を通じて電子(e-)が外部に放出されてイオン化される。すなわち、Li→Li++e-で示す反応が起こる。こうしたイオン化によって、放電可能な電子(e-)が蓄積され、電池が充電される。
【0074】
ここで、図7(A)や図7(B)に示す有機材料50が一層以上でコーティングされたリチウム等のみを正極板10に含む場合には、最内層の第1層51が電解液に溶解しないとリチウム等をイオン化できない。そのため、図7(C)および図7(D)の一方または双方のコーディングをした構成を別途に含む構成としたり、図7(A)から図7(D)までの構成をバランス良く正極板10に含む構成とするのが望ましい。さらには、図6(A)から図6(F)までの構成や、図7(A)から図7(D)までの構成のうちで、二以上の構成を適宜に組み合わせて正極板10に含む構成としてもよい。いずれの構成にせよ、充電時の電圧(すなわち導電性発現電圧や溶解電圧)を適切に調整することで、イオン化可能なリチウム等の量を調整できる。したがって、最大充電電圧を確実に確保可能な充電回数を増やすことができる。
【0075】
上述した実施の形態3によれば、以下に示す各効果を得ることができる。なお、図6については実施の形態2と同様の作用効果が得られ、図7については実施の形態1と同様の作用効果が得られる。
【0076】
請求項7に対応し、溶解電圧が異なる複数の有機材料50を用い、リチウム等は、内層側ほど溶解電圧が高くなり、外層側ほど溶解電圧が低くなる有機材料50で多層コーティングする構成とした(図6を参照)。いずれの構成にせよ、充電を行うごとに溶解電圧を高めてゆけば、当該溶解電圧に達していないリチウム等が溶解して電子を放出する。そのため、従来よりも最大充電電圧に充電可能な充電回数を増加させることができる。なお、図6では三層で多層コーティングしたが、二層や四層以上で多層コーティングする構成としても同様の作用効果が得られる。層数が増えると電池容量が減少ので、適切な層数(例えば2〜100[層])で多層コーティングすることにより、リチウム等の安定化と、電池容量の確保を両立させることができる。
【0077】
請求項8に対応し、リチウム等は、その表面を高分子材料40でコーティングされ、さらに高分子材料40の表面を有機材料50でコーティングされる構成とした(図7を参照)。この構成によれば、リチウム等は、単層の高分子材料40と、一層以上の有機材料50とで多層コーティングされる。よって、高分子材料40の作用効果と、有機材料50の作用効果とを併せ持つリチウムイオン二次電池を提供することができる。
【0078】
〔他の実施の形態〕
以上では本発明を実施するための形態について実施の形態1〜3に従って説明したが、本発明は当該形態に何ら限定されるものではない。言い換えれば、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々なる形態で実施することもできる。例えば、次に示す各形態を実現してもよい。
【0079】
上述した実施の形態1,3では、コート材料である高分子材料40として、ポリアセチレン、ポリパラフェニレン、ポリアニリン(化1を参照)、ポリピロール(化2を参照)、ポリチオフェン、あるいはこれらの誘導体を用いた。この形態に代えて、導電性発現電圧以上の電圧を印加すると導電性を示し、導電性発現電圧よりも低い電圧を印加すると絶縁性を示す他の高分子材料を用いてもよい。他の高分子材料としては、例えば下記の化9に示すポリパラフェニレンビニレンや、化10に示すポリビニルスルホン酸が該当する。これらの誘導体を用いてもよい。他の高分子材料を用いる場合でも、導電性発現電圧以上の充電電圧を印加すると高分子材料が導電性を示すので、リチウム等から電子を放出してイオン化し易くなる。よって実施の形態1,3と同様の作用効果を得ることができる。
【0080】
【化9】

【0081】
【化10】

【0082】
上述した実施の形態2,3では、コート材料である有機材料50として、テトラチアフルバレンの誘導体を用いた(化3〜化8を参照)。この形態に代えて、最大充電電圧よりも高い電圧以上で充電を行うと電解液に溶解する他の有機材料を用いてもよい。他の有機材料としては、例えばテトラシアノキノジメタン(Tetra-Cyanoquinodimethane;TCNQ)の誘導体や、下記の化11に示すビス(エチレンジチオ)−テトラチアフルバレン(Bis(Ethylenedithio)-Tetrathiafulvalene;BEDT-TTF)、下記の化12に示す有機不整合格子系伝導体(5H-2-(1,3-diselenol-2-ylidene)-1,3,4,6-tetrathiapentalene;MDT-TS)などが該当する。これらの誘導体を用いてもよい。他の有機材料を用いる場合でも、最大充電電圧よりも高い充電電圧で充電を行うとコーティングされた他の有機材料が電解液に溶解する。よって実施の形態2,3と同様の作用効果を得ることができる。
【0083】
【化11】

【0084】
【化12】

【0085】
上述した実施の形態3では、溶解電圧が異なる複数の有機材料50を用いてリチウム等を多層コーティングする構成や(図6を参照)、最内層に高分子材料40を用いるとともに一層以上の溶解電圧が異なる有機材料50を用いて多層コーティングする構成とした(図7を参照)。有機材料50を用いて行う多層コーティングにかかる部位は各層の境界が明確な形態であるが、この形態に代えて各層の境界が必ずしも明確ではない形態で実現してもよい。この形態について、図8を参照しながら説明する。
【0086】
図8に示す構成例は、図6に対応する構成例である。すなわち、リチウム等(リチウム20やリチウム化合物30)の表面を複数溶解電圧層54でコーティングする。図示しないが、図7に対応する構成例も当然に可能である。複数溶解電圧層54は、リチウム等に近づくにつれて溶解電圧が高くなり、外表面に近づくにつれて溶解電圧が低くなる部位(層)である。図8の例では、溶解電圧の同電位を等高線のように破線で示す。必ずしも同電位が同心円状である必要はない。複数溶解電圧層54でコーティングする場合でも、最大充電電圧よりも高い充電電圧で充電を行うと、複数溶解電圧層54が部分的に電解液に溶解する。よって実施の形態3と同様の作用効果を得ることができる。
【実施例】
【0087】
実施例では、コート材料でコーティングしたリチウム等を含む正極(正極板10)、負極(負極板)、電解液などを有するリチウムイオン二次電池を製造した。各実施例における最大充電電圧は3.6[V]であり、導電性発現電圧は3.8[V]であり、溶解電圧は4.2[V]であり、電解液が分解(解離を含む)する電圧は4.5[V]である。
【0088】
(正極)
正極板10の構成は、リチウム等を高分子材料40でコーティングする第1実施例と、有機材料50でコーティングする第2実施例とに分けた。正極活物質層11,13として正極集電体12の面上に塗工される混練物に用いた物質は次の通りである。バインダにはポリビニリデンジフルオライド(PVDF)を用いた。正極活物質は下記の表3,表4に示す通りである。導電材にはアセチレンブラック(AB)を用いた。溶媒にはN−メチル−2−ピロリドン(NMP)を用いた。
【0089】
(負極および電解液)
負極板には、カーボンを用いた。電解液には、エチレンカーボネート(EC;C343)とジエチルカーボネート(DEC;C25OCOOC25)とを体積比が20:80となる混合溶媒に対して、電解質としての六フッ化リン酸リチウム(LiPF6)が1[mol/L]となるように溶解させた溶液を用いた。
【0090】
なお、正極と負極との間には電気的な絶縁作用とイオン伝導作用とを両立する部材であるセパレータを介在させるのが望ましい。電解質が液状である場合、セパレータは電解質を保持する役割をも果たす。セパレータには、例えば多孔質合成樹脂膜、特にポリオレフィン系高分子(ポリエチレンやポリプロピレン等)や、ガラス繊維からなる多孔質膜、不織布を用いる。セパレータは、正極及び負極の間の絶縁を担保する目的で、正極及び負極よりも更に大きい形態を採用することが望ましい。
【0091】
(製造方法)
リチウムイオン二次電池の製造方法は、特に限定されるものではない。実施例では、正極集電体12の面上に上記の混練物を塗布した後に、乾燥を行って正極活物質層11,13を形成した。負極板についても、物質が異なる点を除いて同様である。その後、これらの電極を用いて従来公知の方法でリチウムイオン二次電池を製造することができる。
【0092】
〔第1実施例〕
第1実施例は、上述した実施の形態1に対応する実施例である。下記の表3を参照しながら、実施例1〜28と比較例1〜3とについて説明する。表3の各欄は次の通りである。リチウム等の「添加量」欄は、正極活物質層11に含まれるリチウム等について、高分子材料40でコーティングしたリチウム等の重量を、コーティングの有無にかかわらずリチウム等の全体の重量で除算した百分率を意味する。高分子材料の「コート量」欄は、コーティングした層の厚さを意味する。「電圧」の欄は充電電圧を意味する。「時間」の欄は、充電時間を意味する。「容量回復率」の欄は、高電圧処理後の充電によって蓄えられた電池容量を処理前の電池容量で除算した百分率を意味する。
【0093】
実施例1は、高分子材料40(ポリパラフェニレン)でコーティングしたリチウム20(リチウム金属)を正極板10に含ませて、リチウムイオン二次電池を製造した。正極活物質層11,13に対するリチウム20の添加量を0.1[%]とし、高分子材料40のコート量を0.01[m]とした。充電電圧を3.8[V]として10[時間]充電したところ、容量回復率は101[%]であった。
【0094】
実施例2〜16は、上述した実施例1と同様にして、高分子材料40(ポリパラフェニレン)でコーティングしたリチウム20を正極板10に含ませて、リチウムイオン二次電池を製造した。実施例1と異なるのは、正極活物質層11,13に対するリチウム20の添加量、高分子材料40のコート量、充電電圧、充電時間である。このように条件を変えて実施したところ、表3に示す容量回復率がそれぞれ得られた。
【0095】
実施例17では、高分子材料40(ポリアニリン)でコーティングしたリチウム化合物30(窒化リチウム;Li3N)を正極板10に含ませて、リチウムイオン二次電池を製造した。正極活物質層11,13に対するリチウム化合物30の添加量を0.1[%]とし、高分子材料40のコート量を0.01[m]とした。充電電圧を3.8[V]として10[時間]充電したところ、容量回復率は101[%]であった。
【0096】
実施例18〜28は、上述した実施例17と同様にして、高分子材料40(ポリアニリン)でコーティングしたリチウム化合物30(窒化リチウム;Li3N)を正極板10に含ませて、リチウムイオン二次電池を製造した。実施例17と異なるのは、正極活物質層11,13に対するリチウム化合物30の添加量、高分子材料40のコート量、充電電圧、充電時間である。このように条件を変えて実施したところ、下記の表3に示す容量回復率がそれぞれ得られた。
【0097】
上述した実施例1〜28に対して、比較例1〜4は高分子材料40や有機材料50をコーティングしないリチウム等のみを正極板10に含ませて、リチウムイオン二次電池を製造した。充電電圧と充電時間を変えて充電してみたところ、下記の表3に示す容量回復率がそれぞれ得られた。
【0098】
【表3】

【0099】
上記表3に示す結果によれば、実施例1〜28のリチウムイオン二次電池は、比較例1〜4のリチウムイオン二次電池と同じかそれ以上の容量回復率が得られた。
【0100】
〔第2実施例〕
第2実施例は、上述した実施の形態2に対応する実施例である。下記の表4を参照しながら、実施例29〜56と比較例5〜7とについて説明する。表4に示す「添加量」、「コート量」、「電圧」、「時間」および「容量回復率」の各欄は、表3で対応する各欄とそれぞれ同じ意味である。また、第2実施例における各実施例および各比較例では、第1実施例と同じ負極板および電解液の材料を共通して用いた。
【0101】
実施例29は、有機材料50(シアン化テトラチアフルバレン)でコーティングしたリチウム20(リチウム金属)を正極板10に含ませて、リチウムイオン二次電池を製造した。正極活物質層11,13に対するリチウム20の添加量を0.1[%]とし、有機材料50のコート量を0.01[m]とした。充電電圧を3.8[V]として、充電時間を10時間行ったところ、容量回復率は101[%]であった。
【0102】
実施例30〜44は、上述した実施例29と同様にして、有機材料50(シアン化テトラチアフルバレン)でコーティングしたリチウム20を正極板10に含ませて、リチウムイオン二次電池を製造した。実施例29と異なるのは、正極活物質層11,13に対するリチウム20の添加量、有機材料50のコート量、充電電圧、充電時間である。このように条件を変えて実施したところ、表3に示す容量回復率がそれぞれ得られた。
【0103】
実施例45では、有機材料50(テトラキス(エチルチオ)−テトラチアフルバレン)でコーティングしたリチウム化合物30(窒化リチウム;Li3N)を正極板10に含ませて、リチウムイオン二次電池を製造した。正極活物質層11,13に対するリチウム化合物30の添加量を0.1[%]とし、有機材料50のコート量を0.01[m]とした。充電電圧を3.8[V]として、充電時間を10時間行ったところ、容量回復率は100[%]であった。
【0104】
実施例46〜56は、上述した実施例45と同様にして、有機材料50(テトラキス(エチルチオ)−テトラチアフルバレン)でコーティングしたリチウム化合物30(窒化リチウム;Li3N)を正極板10に含ませて、リチウムイオン二次電池を製造した。実施例45と異なるのは、正極活物質層11,13に対するリチウム化合物30の添加量、有機材料50のコート量、充電電圧、充電時間である。このように条件を変えて実施したところ、下記の表4に示す容量回復率がそれぞれ得られた。
【0105】
上述した実施例29〜56に対して、比較例5〜7は高分子材料40や有機材料50をコーティングしないリチウム等のみを正極板10に含ませて、リチウムイオン二次電池を製造した。充電電圧と充電時間を変えて充電してみたところ、下記の表4に示す容量回復率がそれぞれ得られた。
【0106】
【表4】

【0107】
上記表4に示す結果によれば、実施例29〜56のリチウムイオン二次電池は、比較例5〜7のリチウムイオン二次電池と同じかそれ以上の容量回復率が得られた。
【符号の説明】
【0108】
10 正極板(電極板)
11,13 正極活物質層
12 正極集電体
20 リチウム(被コート材料)
30 リチウム化合物(被コート材料)
40 高分子材料(コート材料)
50 有機材料(コート材料)
51 第1層(有機材料,コート材料)
52 第2層(有機材料,コート材料)
53 第3層(有機材料,コート材料)
54 複数溶解電圧層(有機材料,コート材料)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムおよびリチウム化合物のうちで一方または双方を含む正極と、負極と、電解液と、を有するリチウムイオン二次電池において、
前記リチウムおよびリチウム化合物のうちで一方または双方は、前記リチウムイオン二次電池の最大充電電圧よりも高い電圧であって所定範囲内の充電電圧が印加されると前記リチウムおよびリチウム化合物のうちで一方または双方から電子を放出するコート材料で表面をコーティングされることを特徴とするリチウムイオン二次電池。
【請求項2】
前記コート材料は、前記最大充電電圧よりも高い導電性発現電圧以上では導電性を示し、前記導電性発現電圧よりも低い電圧では絶縁性を示す高分子材料であることを特徴とする請求項1に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項3】
前記高分子材料は、ポリアセチレン、ポリパラフェニレン、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン、あるいはこれらの誘導体であることを特徴とする請求項2に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項4】
前記コート材料は、前記最大充電電圧よりも高い溶解電圧が印加されると前記電解液に溶解する有機材料であることを特徴とする請求項1に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項5】
前記有機材料は、硫黄を含む有機硫黄化合物であることを特徴とする請求項4に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項6】
前記有機硫黄化合物は、テトラチアフルバレンの誘導体であることを特徴とする請求項5に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項7】
前記溶解電圧が異なる複数の前記有機材料を用い、
前記リチウムおよびリチウム化合物のうちで一方または双方は、内層側ほど前記溶解電圧が高くなり、外層側ほど前記溶解電圧が低くなる前記有機材料で多層コーティングすることを特徴とする請求項4から6のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項8】
前記リチウムおよびリチウム化合物のうちで一方または双方は、その表面を前記高分子材料でコーティングされ、さらに前記高分子材料の表面を前記有機材料でコーティングされることを特徴とする請求項2から7のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項9】
前記充電電圧の所定範囲は、前記最大充電電圧よりも高く、かつ、前記電解液が分解する電圧よりも低い範囲で設定することを特徴とする請求項1から8のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−248478(P2012−248478A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−120791(P2011−120791)
【出願日】平成23年5月30日(2011.5.30)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】