説明

レーダ装置

【課題】ブラッグ1次散乱によるクラッタを抑圧する処理と、ブラッグ1次散乱及び2次散乱によるクラッタを同時に抑圧する処理とを兼ね備えることで、シークラッタの消え残りを軽減したレーダ装置を提供する。
【解決手段】低周波帯の電波を送受信して目標検出を行うレーダ装置において、受信信号に基づきブラッグの1次散乱により発生するクラッタを抑圧するフィルタ係数を生成する第1フィルタ係数生成手段10と、ブラッグの1次散乱により発生するクラッタ及びブラッグの2次散乱により発生するクラッタを同時に抑圧するフィルタ係数を生成する第2フィルタ係数生成手段11と、前記第1及び第2フィルタ係数生成手段で生成されたフィルタ係数を用いて受信信号に対してクラッタ抑圧処理を行うクラッタ抑圧手段7,8,9とを備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、低周波数の送信電波を空間に放射し、受信信号に含まれている目標からの反射波以外の不要エコーであるシークラッタを抑圧して、目標を検出するレーダ装置に係るものである。
【背景技術】
【0002】
マイクロ波帯の送信周波数を用いるレーダでは、送信電波の直進性が強く、水平線以遠に存在する目標物体は地球の湾曲によって生じる陰に入って検出することが困難である。一方、MHzオーダ以下の低周波レーダでは、送信電波が表面波となって海面に沿うように伝搬する特性があり、水平線以遠の見通し外領域の目標検出が期待できる。
【0003】
ところがこのような低周波レーダでは、ブラッグ散乱と呼ばれる現象により海面からの強い反射波が受信される。これらはレーダにとって不要なシークラッタ信号になる。ブラッグの1次散乱によるクラッタは波の移動速度に応じたドップラー周波数を持ち、正及び負の周波数に高いピークを持つ周波数スペクトルを示す。
【0004】
捜索用レーダとして低周波レーダを用いる場合、同一方位で同一距離のデータサンプル数(ヒット数)はあまり多くとれないことから、クラッタの抑圧処理は時間領域で行う必要がある。1次散乱クラッタのスペクトル帯域幅はあまり広くなく、移動目標のドップラー周波数がクラッタ帯域内に含まれてしまう確率はあまり高くはないため、ノッチフィルタでこれを抑圧する方式が提案されている(例えば下記特許文献1参照)。
【0005】
しかしながら、特許文献1の方式はブラッグ1次散乱によるクラッタのみを抑圧するものであり、ピーク電力はあまり高くないが広い周波数帯域を持つブラッグ2次散乱によるクラッタが消え残ってしまう。このようなクラッタの消え残りはCFAR(Constant False Alarm Rate)等の自動目標検出処理における誤警報を誘発する可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3145943号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来のレーダ装置は以上のように構成されているので、クラッタ抑圧処理を実施した場合、ブラッグ2次散乱によるシークラッタの状況によってはクラッタの消え残り(消しても残ってしまう部分)が発生し、目標検出性能が劣化するという課題があった。
【0008】
この発明は上記のような課題を解決するためになされたもので、ブラッグ1次散乱によるクラッタを抑圧する処理と、ブラッグ1次散乱及び2次散乱によるクラッタを同時に抑圧する処理とを兼ね備えることにより、シークラッタの消え残りを軽減できるレーダ装置を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明は、低周波帯の電波を送受信して目標検出を行うレーダ装置において、受信信号に基づきブラッグの1次散乱により発生するクラッタを抑圧するフィルタ係数を生成する第1フィルタ係数生成手段と、ブラッグの1次散乱により発生するクラッタ及びブラッグの2次散乱により発生するクラッタを同時に抑圧するフィルタ係数を生成する第2フィルタ係数生成手段と、前記第1及び第2フィルタ係数生成手段で生成されたフィルタ係数を用いて受信信号に対してクラッタ抑圧処理を行うクラッタ抑圧手段と、を備えたことを特徴とするレーダ装置にある。
【発明の効果】
【0010】
この発明では、ブラッグ1次散乱によるクラッタを抑圧する処理と、ブラッグ1次散乱及び2次散乱によるクラッタを同時に抑圧する処理とを兼ね備えることで、シークラッタの消え残りを軽減したレーダ装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】この発明の実施の形態1および2によるレーダ装置の構成を示すブロック図である。
【図2】この発明の実施の形態1におけるブラッグ散乱によるクラッタスペクトル形状を示すイメージとブラッグ1次散乱によるクラッタを抑圧するノッチフィルタの振幅特性を示す図である。
【図3】この発明の実施の形態1におけるブラッグ散乱によるクラッタスペクトル形状を示すイメージとブラッグ1次散乱及び2次散乱によるクラッタを抑圧するノッチフィルタの振幅特性を示す図である。
【図4】この発明の実施の形態2における降雨時のブラッグ散乱によるクラッタスペクトル形状を示すイメージとブラッグ1次散乱及び2次散乱によるクラッタを抑圧するノッチフィルタの振幅特性を示す図である。
【図5】この発明の実施の形態3によるレーダ装置の構成を示すブロック図である。
【図6】この発明の実施の形態4によるレーダ装置の第1フィルタ係数生成手段の内部構成を示すブロック図である。
【図7】この発明の実施の形態4におけるブラッグ散乱によるクラッタスペクトル形状を示すイメージとブラッグ1次散乱によるクラッタを抑圧するノッチフィルタの振幅特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、この発明によるレーダ装置を各実施の形態に従って図面を用いて説明する。なお、各実施の形態において、同一もしくは相当部分は同一符号で示し、重複する説明は省略する。
【0013】
実施の形態1.
図1はこの発明の実施の形態1によるレーダ装置の構成を示すブロック図である。図1において、受信信号を入力し、ブラッグ1次散乱によるクラッタのみを抑圧する第1フィルタ係数生成手段10は、クラッタ中心周波数推定手段1、及びフィルタ係数算出手段2を含む。ブラッグ1次散乱、及び2次散乱によるクラッタを同時に抑圧する第2フィルタ係数生成手段11は、シークラッタスペクトル記憶手段3、フィルタ阻止域幅算出手段4、フィルタ係数記憶手段5、及びフィルタ係数選択手段6を含む。
【0014】
フィルタ処理部7は、受信信号を入力し、第1フィルタ係数生成手段10及び第2フィルタ係数生成手段11の処理結果に従って受信信号のクラッタを抑圧する。クラッタ抑圧処理モード切替手段8は、クラッタ抑圧処理モードの切替えを指示する。スイッチ9は、クラッタ抑圧処理モード切替手段8の切替信号による制御に従って、第1フィルタ係数生成手段10及び第2フィルタ係数生成手段11の一方の出力をフィルタ処理部7に入力するクラッタ抑圧処理モードの切り替えを行う。なお、フィルタ処理部7、クラッタ抑圧処理モード切替手段8、スイッチ9がクラッタ抑圧手段を構成する。
【0015】
図2はブラッグ散乱によるクラッタスペクトル形状を示すイメージと、ブラッグ1次散乱によるクラッタを抑圧するノッチフィルタの振幅特性を示す図である。図2において、20はブラッグ1次散乱によるクラッタスペクトル成分、21はブラッグ2次散乱によるクラッタスペクトル成分である。また、22はブラッグ1次散乱による負のドップラー周波数成分を有するクラッタを抑圧するためのノッチフィルタ振幅特性、23はブラッグ1次散乱による正のドップラー周波数成分を有するクラッタを抑圧するためのノッチフィルタ振幅特性、24は低速移動目標のドップラースペクトルの一例である。
【0016】
図3はブラッグ散乱によるクラッタスペクトル形状を示すイメージと、ブラッグ1次散乱及び2次散乱によるクラッタを抑圧するノッチフィルタの振幅特性を示す図である。図3において、30はブラッグ1次散乱、及び2次散乱によるクラッタを全て抑圧するためのノッチフィルタ振幅特性である。
【0017】
続いてレーダ装置の動作について説明する。送信電波の周波数は、数MHz〜数十MHz帯の低周波帯を使用することを前提とする。低周波レーダの送受信方式としては、FMICW(Frequency Modulated Interrupted Continuous Wave)方式が主流であるが、通常のパルスレーダ方式でもかまわない。受信アンテナで受信された反射波は、位相検波されてベースバンドの受信信号に変換された後、標本化、量子化されてディジタル信号に変換される。このディジタル信号は受信電波の位相を保持しており、I信号(In-phase signal)、Q信号(Quadrature-phase signal)を夫々実部、虚部を持つ複素信号である。
【0018】
信号の標本化は全ての受信信号に対して同じタイミングで行われる。即ち、送信信号を送信した時点より一定時間送れた後、一定周期で標本化が行われる。1つの受信信号からは、X1(n),X2(n),・・・,Xk(n)で示される総数k個のディジタル受信信号が生成される。ここでは、nをヒット番号と呼び、受信信号の時間因子を表すパラメータとして扱う。kはレンジビン番号と呼び、標本化の順番を表すもので、レーダからの距離を表すパラメータである。以上述べたようなレーダで得られたディジタル受信信号Xk(n)が、図1に示すこの実施の形態1のレーダ装置の入力信号、すなわち受信信号になる。
【0019】
クラッタ抑圧処理モード切替手段8では、第1フィルタ係数生成手段10によるクラッタ抑圧処理を行うのか、第2フィルタ係数生成手段11によるクラッタ抑圧処理を行うのかが判断され、そのモードを切替える信号が各フィルタ係数生成手段10,11およびスイッチ9に転送される。このフィルタ係数生成手段10,11の切り替えは、検出対象とする目標の種類によって行う。例えば、艦船のような低速移動目標を検出する場合は、第1フィルタ係数生成手段10を使用して、軍用機のような高速移動目標を検出する場合は、第2フィルタ係数生成手段11を使用する。
【0020】
この切り替えは、目標のドップラー周波数とクラッタのドップラースペクトルの周波数軸上での位置関係に起因しており、詳細はそれぞれの動作を説明するときに述べる。切り替え指示はレーダオペレータが例えば切替指示入力Sで示す手動入力操作で実施することになるが、クラッタ抑圧処理モード切替手段8が周期的に自動切り替えを行うことも可能である。レーダにとって脅威になるのは高速移動目標であるから、通常は、高速移動目標に対処するための第2フィルタ係数生成手段11を使用しておき、数スキャンに1回程度の頻度で第1フィルタ係数生成手段10を使用する。そのとき、どちらか一方でのみ目標が検出されたならば、そちらのフィルタ係数生成手段を使用する頻度を高めていく。
【0021】
なお、クラッタ抑圧処理モード切替手段8が、第1及び第2フィルタ係数生成手段10,11からの信号をモニターして、これから高速移動目標か低速移動目標かを判断するようにしてもよい。
【0022】
まず、第1フィルタ係数生成手段10の動作について説明する。低周波レーダの送信周波数は数MHzオーダなので、艦船のような低速移動目標のドップラー周波数は0付近を示すことが多い。従って、ブラッグ散乱によるシークラッタと目標信号のドップラースペクトルの関係は、図2に示すような状態になることが多い。レーダを捜索目的で運用する場合、広範囲を短時間で捜索する必要があることから、一般に同一方位に送信ビームを指向している時間が極めて短くなる。即ち、受信信号におけるヒット数を多くとることが困難である。これは、低周波レーダにおいても例外ではない。
【0023】
図2は、目標信号の到来方向が既知のときにビームを固定して、十分な周波数解析を行えるだけのデータ数が得られた場合に表示できるものであり、通常の捜索レーダでは時間領域でのクラッタ抑圧処理でクラッタ成分を抑圧する必要がある。図2のような状況では、目標信号のドップラー周波数と周波数軸上で重なっているブラッグ2次散乱によるクラッタ成分を抑圧することはできないため、ピーク電力が高いブラッグ1次散乱によるクラッタを抑圧するフィルタを使うことになる。
【0024】
クラッタ中心周波数推定手段1では、ブラッグ1次散乱によるクラッタのピーク周波数を推定する。クラッタドップラー周波数ピークは、正及び負のドップラー周波数にそれぞれ1つずつ生じることが多く、これらを同時に推定する。使用できるヒット数が少ないことを想定して、MEM(Maximum Entropy Method)を利用した以下の方法でクラッタピーク周波数を推定する。このMEMについては例えば、S.Haykin著、”Nonlinear Methods of Spectral Analysis”、Springer-Verlag(1983)に詳しく説明されている。2つのクラッタスペクトルピークを2次のARモデルで近似して、そのAR係数から求まる伝達関数の極をとる周波数を計算することでピーク周波数の推定を行う。この2次ARモデルの係数をa21、a22とすると、これらは次式で求めることができる。説明を簡略化するため、任意の1レンジビンでの処理を想定して、受信信号をx(n)と表記している。
【0025】
【数1】

【0026】
但し、
ei(n):i次前向き予測誤差
bi(n):i次後向き予測誤差
N:推定処理に利用できるヒット数
である。
【0027】
このとき、2次ARモデルでクラッタスペクトルを近似した場合の伝達関数H(z)は次式で表すことができる。
【0028】
【数2】

【0029】
但し、
:強度に対応する定数
−1:単位サンプル遅延
を表す。
【0030】
ブラッグ1次散乱によるクラッタのスペクトルをH(z)で近似するので、クラッタのピーク周波数はH(z)の2つの極大値を示す周波数を求めればよい。クラッタの2つのピーク周波数をf、fとすると、これらは次式で求めることができる。
【0031】
【数3】

【0032】
式(6)で推定されたクラッタピーク周波数、即ちクラッタ中心周波数推定値は、フィルタ係数算出手段2へ転送される。
【0033】
フィルタ係数算出手段2では、周波数0にノッチを持つフィルタを予め設計しておき、そのノッチ周波数を転送されてきたクラッタ中心周波数推定値に一致するように係数を調整する。ここでは2つのピークを抑圧するので、2種類のフィルタ係数が新たに算出されることになる。クラッタ抑圧フィルタとしては、過渡応答が有限なFIR(Finite Impulse Response)フィルタを使用することが望ましい。予め設計しておいたM−1次のフィルタ係数をhb(m=0,1,・・・,M)とすると、新たなフィルタ係数h1(m=0,1,・・・,M)、h2l(l=0,1,・・・,L)は次式で求めることができる。
【0034】
【数4】

【0035】
なお、予め設計しておくフィルタの阻止域幅は、別途観測モードのような多数のヒットを得られる諸元でクラッタスペクトルの観測を行っておき、ブラッグ1次散乱によるクラッタのスペクトル帯域幅を概算し、それに応じて設計しておく。或いは、阻止域幅が異なる複数種類のフィルタ係数を用意しておき、クラッタの状況に応じてこれらの中から最適な係数を選択するようにしてもよい。
【0036】
式(8a)、(8b)で調整されたフィルタ係数群h1、h2lは、スイッチ9の切り替えに従ってフィルタ処理部7へ転送される。
【0037】
フィルタ処理部7では、次式に従ってクラッタ抑圧処理が実施される。
【0038】
【数5】

【0039】
受信信号x(n)から式(9a)で得られる出力信号y(n)を入力信号として式(9b)の処理を行うことで、ブラッグ1次散乱によるクラッタが全て抑圧された出力信号y(n)を得ることができる。
【0040】
次ぎに、第2フィルタ係数生成手段11の動作について説明する。高速で移動する航空機のような目標の反射波を受信した場合、ブラッグ散乱によるシークラッタスペクトルと目標ドップラー周波数の関係は、図3に示すようにドップラー周波数軸上で分離できる可能性が高い。このような受信信号に対して、第1フィルタ係数生成手段10のクラッタ抑圧処理を実施しても効果はあるが、2次散乱によるクラッタ成分がかなり残ってしまう。一般に高速で移動する目標はレーダ反射断面積が小さく、受信信号でのS/N比があまり高くない。従って、クラッタ成分が消え残った受信信号を用いてCFARのような自動目標検出を行うと、目標信号を検出できなかったりクラッタの消え残りを目標信号と間違える誤警報が増加したりすることが予想される。
【0041】
そこで第2フィルタ係数生成手段11では、ブラッグ散乱1次散乱、及び2次散乱によるクラッタをまとめて抑圧する。抑圧フィルタは、第1フィルタ係数生成手段10と同じFIR型のノッチフィルタを用いるので、フィルタ処理部7は共用でき、フィルタ係数を変えるだけでよい。フィルタの阻止域幅は、別途観測モードのような多数のヒットを得られる諸元でクラッタスペクトルの観測を行っておき、ブラッグ2次散乱によるクラッタのスペクトル帯域幅を概算し、それに応じて設計しておく。或いは、阻止域幅が異なる複数種類のフィルタ係数を用意しておき、クラッタの状況に応じてこれらの中から最適な係数を選択するようにしてもよい。このとき、ブラッグ1次散乱クラッタの特徴を利用して、設計しておくフィルタの阻止域幅の候補をある程度限定することが可能である。海面に生じる波の移動がないとき、ブラッグ1次散乱クラッタのスペクトルピーク周波数を±fとすると、これは次式によって予め求めることが可能である。
【0042】
【数6】

【0043】
但し、
:送信周波数
g:重力加速度
c:光速
である。つまり、送信周波数が決まればfも決まる。従って、第2フィルタ係数生成手段11で使用する抑圧フィルタの阻止域幅は、少なくとも2f以上が必要であることがわかる。
【0044】
シークラッタスペクトル記憶手段3では、事前の観測等により、ブラッグ2次散乱によるクラッタのスペクトル帯域幅のMAX値を概算しこれを格納しておく。或いは、時々(例えば所定の期間毎に)クラッタスペクトル観測モードによって周波数解析を行い適宜スペクトル帯域幅のMAX値を更新する。なお、シークラッタスペクトル記憶手段3自らが上記いずれかの観測に基づくペクトル帯域幅のMAX値を求める演算又は解析処理を行う場合には、図1に破線で示すように受信信号が入力され、シークラッタスペクトル観測/記憶手段3(特に図示せず)となる。
【0045】
フィルタ阻止域幅算出手段4では、次式に従って必要な抑圧フィルタの阻止域幅を計算する。
【0046】
【数7】

【0047】
但し、
α、β:ブラッグ2次散乱によるクラッタスペクトルの裾野をどこまで抑圧するかを決めるパラメータ
である。
【0048】
フィルタ係数選択手段6では、フィルタ阻止域幅算出手段4から転送される阻止域幅の要求値BWstopを基準に、予め異なる阻止域幅を持った複数種類のフィルタ係数が格納されているフィルタ係数記憶手段5から、適切なフィルタ係数を選択してフィルタ処理部7へ転送する。ここでは、抑圧処理が1回で済むため、式(9a)に示した1行分の処理が実施される。転送されるフィルタ係数をh(m=0,1,・・・,M)とすると、次式に示す演算が行われる。
【0049】
【数8】

【0050】
以上のように、クラッタ抑圧処理を検出対象とする目標に応じて切り替えることで、従来装置に比べて高速移動目標受信時のクラッタ消え残りが軽減されるため、CFAR等による目標検出性能が改善できる。
【0051】
実施の形態2.
図4は降雨時のブラッグ散乱によるクラッタスペクトル形状を示すイメージと、ブラッグ1次散乱及び2次散乱によるクラッタを抑圧するノッチフィルタの振幅特性を示す図である。図4において、30は実施の形態1に示したレーダ装置におけるノッチフィルタ振幅特性、32はこの実施の形態2に示すレーダ装置におけるノッチフィルタ振幅特性である。なお、レーダ装置の構成は図1に示した実施の形態1のものと同じである。
【0052】
低周波帯の電波の特徴として、雨や雲からの反射はほとんどないが,雨が降ると図4に示すようにブラッグ2次散乱クラッタの帯域幅が狭くなることが知られている(特表平7−504970号公報「降雨検出」)。従って、フィルタ阻止域幅算出手段4は外部からの気象情報信号Wをモニターしておき、降雨時には図4の破線で示したように、抑圧フィルタ阻止域幅をほぼブラッグ1次散乱によるスペクトルピーク間隔程度又はスペクトルピーク間隔に設定できるので,フィルタの次数を低減することが可能である。
【0053】
以上のように、降雨時には阻止域幅が狭いクラッタ抑圧フィルタを使用することが可能になり、フィルタの次数を低減できて、演算量低減、及び有効なヒット数の増加を実現できる。
【0054】
実施の形態3.
実施の形態1及び2のレーダ装置では、クラッタ抑圧処理を状況に応じて適宜切り替えて実施するものであった。この実施の形態3のレーダ装置では、切り替えによってクラッタ抑圧処理を選択するのではなく、目標検出処理まで2つの処理を平行して行うことを特徴としている。
【0055】
図5はこの発明の実施の形態3によるレーダ装置の構成を示すブロック図である。図5において図1と異なるところは、第1フィルタ係数生成手段10、第2フィルタ係数生成手段11の出力側にそれぞれ第1及び第2フィルタ処理部7a,7bが設けられ、第1及び第2フィルタ処理部7a,7bの出力側にはそれぞれの自動目標検出手段40a,40bが設けられ、目標選定手段41が自動目標検出手段40a,40bのそれぞれの出力を入力して検出結果を出力する構成の部分である。なお、第1及び第2フィルタ処理部7a,7b、自動目標検出手段40a,40b、目標選定手段41がクラッタ抑圧手段を構成する。
【0056】
続いて、レーダ装置の動作について説明する。第1フィルタ係数生成手段10と、第2フィルタ係数生成手段11は、実施の形態1と同様に動作をして、それぞれの第1及び第2フィルタ処理部7a,7bでクラッタが抑圧された信号が出力されてそれぞれ第1及び第2自動目標検出手段40a,40bに転送される。
【0057】
第1及び第2自動目標検出手段40a,40bでは、CFARのような自動目標検出処理が行われ、レンジビン(距離)毎の目標検出結果がそれぞれ出力される。
【0058】
目標選定手段41では、2種類のレンジビン毎の目標検出結果のOR(論理和)をとることによって、低速移動目標と高速移動目標を同時に検出することができる。また、検出対象が高速移動目標だけであれば、2種類のレンジビン毎の目標検出結果のAND(論理積)をとることによって、誤警報を増やすことなく高速移動目標のみを抽出することができ、所望の目標信号が抽出可能となる。
【0059】
以上のように、第1フィルタ係数生成手段10と、第2フィルタ係数生成手段11の処理を並列に実施することにより、低速移動目標と高速移動目標を同時に検出することができ、また高速移動目標に対する検出性能を改善することができる。
【0060】
実施の形態4.
上記実施の形態1〜3のレーダ装置では、ブラッグ1次散乱によるクラッタを抑圧する場合、式(9a),(9b)に示すように2度の抑圧処理が必要であった。この実施の形態4では、ブラッグ1次散乱によるクラッタを一度の抑圧処理で抑圧する点が、他の実施の形態と異なる。
【0061】
図6はこの発明の実施の形態4によるレーダ装置の第1フィルタ係数生成手段10の内部構成を示すブロック図である。図6において、第1フィルタ係数生成手段10はクラッタ中心周波数推定手段1、ノッチ移動量算出手段50、及びフィルタ係数調整手段51で構成される。
【0062】
図7はブラッグ散乱によるクラッタスペクトル形状を示すイメージと、ブラッグ1次散乱によるクラッタを抑圧するノッチフィルタの振幅特性を示す図である。図7において、60はブラッグ1次散乱によるクラッタを抑圧するためのノッチフィルタ振幅特性である。
【0063】
続いて、レーダ装置の動作について説明する。ここでは、動作が異なる点のみ説明する。クラッタ中心周波数推定手段1では、受信信号から式(1)〜(7b)に従ってブラッグ1次散乱クラッタのスペクトルピーク周波数が推定される。この推定結果はノッチ移動量算出手段50に転送される。
【0064】
ノッチ移動量算出手段50では、波の移動がないときのブラッグ1次散乱クラッタのスペクトルピーク周波数±fと推定したピーク周波数との差を計算する。±fは上述の式(10)から求めることができる。ピーク周波数の推定値のうち、負の推定値をf、正の推定値をfとして、次式に従ってノッチ移動量dfを計算する。
【0065】
【数9】

【0066】
但し、dfは±fから正の周波数方向へのシフト量になる。このdfはフィルタ係数調整手段51へ転送される。
【0067】
すなわちノッチ移動量算出手段50では、クラッタ中心周波数推定手段1で得られるクラッタのピーク周波数の推定値から、ブラッグ1次散乱により発生する全てのクラッタを一度に抑圧するようにフィルタのノッチ周波数を調整するための周波数修正値(ノッチ移動量df)を算出する。
【0068】
フィルタ係数調整手段51では、実施の形態1におけるフィルタ係数h1(m=0,1,・・・,M)、h2l(l=0,1,・・・,L)を用いて、予め次式に示す畳み込み演算によって得られるフィルタ係数h3(r=0,1,・・・,L+M)を用意しておく。このとき、フィルタ係数h1のノッチ周波数、フィルタ係数h2のノッチ周波数はそれぞれ−f、+fに形成されるように設計してあるものとする。
【0069】
【数10】

【0070】
そしてノッチ移動量算出手段50から転送されるノッチ移動量dfを用いて、次式による係数調整を行う。
【0071】
【数11】

【0072】
式(15)により、調整されたフィルタ係数hの振幅特性は、図7に示すようにブラッグ1次散乱によるクラッタに対してノッチを形成できるようになる。このフィルタ係数hがスイッチ9を介してまたは直接、フィルタ処理部7に転送されて、式(12)相当のフィルタ処理が実施されてクラッタが抑圧される。
【0073】
すなわちフィルタ係数調整手段51では、予め2つのノッチを有するフィルタ係数を保持し、ノッチ移動量算出手段50から入力される周波数修正値に基づいてノッチ周波数を移動させる。
【0074】
以上により、事前のフィルタ係数計算の手間が発生するものの、実時間で実施しなければならない抑圧処理がブラッグ1次散乱クラッタに対しても1レンジビンに対して1回で済むので、演算負荷を低減することができる。
【0075】
なお、この発明は上記の各実施の形態に限定されるものではなく、これらの可能な組み合わせを全て含むことは云うまでもない。
【符号の説明】
【0076】
1 クラッタ中心周波数推定手段、2 フィルタ係数算出手段、3 シークラッタスペクトル記憶手段、4 フィルタ阻止域幅算出手段、5 フィルタ係数記憶手段、6 フィルタ係数選択手段、7 フィルタ処理部、7a 第1フィルタ処理部、7b 第2フィルタ処理部、8 クラッタ抑圧処理モード切替手段、9 スイッチ、10 第1フィルタ係数生成手段、11 第2フィルタ係数生成手段、40a 第1自動目標検出手段、40b 第2自動目標検出手段、41 目標選定手段、50 ノッチ移動量算出手段、51 フィルタ係数調整手段。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
低周波帯の電波を送受信して目標検出を行うレーダ装置において、
受信信号に基づきブラッグの1次散乱により発生するクラッタを抑圧するフィルタ係数を生成する第1フィルタ係数生成手段と、
ブラッグの1次散乱により発生するクラッタ及びブラッグの2次散乱により発生するクラッタを同時に抑圧するフィルタ係数を生成する第2フィルタ係数生成手段と、
前記第1及び第2フィルタ係数生成手段で生成されたフィルタ係数を用いて受信信号に対してクラッタ抑圧処理を行うクラッタ抑圧手段と、
を備えたことを特徴とするレーダ装置。
【請求項2】
前記第1フィルタ係数生成手段が、
受信信号からブラッグ1次散乱により発生するクラッタのピーク周波数を推定するクラッタ中心周波数推定手段と、
前記クラッタ中心周波数推定手段で得られた推定値に基づき係数を調整した抑圧フィルタのフィルタ系数を出力するフィルタ係数算出手段と、
を含み、
前記第2フィルタ係数生成手段が、
ブラッグ散乱によるシークラッタの周波数情報を格納するシークラッタスペクトル記憶手段と、
前記シークラッタスペクトル記憶手段の周波数情報から抑圧フィルタの阻止域幅を算出するフィルタ阻止域幅算出手段と、
異なる阻止域幅を持つ複数のフィルタ係数を格納するフィルタ係数記憶手段と、
前記フィルタ阻止域幅算出手段からの抑圧フィルタの阻止域幅を基準に前記フィルタ係数記憶手段から適切なフィルタ係数を選択するフィルタ係数選択手段と、
を含む、
ことを特徴とする請求項1に記載のレーダ装置。
【請求項3】
前記第1フィルタ係数生成手段の前記フィルタ係数算出手段の代わりに、
前記クラッタ中心周波数推定手段で得られるクラッタのピーク周波数の推定値から、ブラッグ1次散乱により発生する全てのクラッタを一度に抑圧するようにフィルタのノッチ周波数を調整するための周波数修正値を算出するノッチ移動量算出手段と、
予め2つのノッチを有するフィルタ係数を保持し、前記ノッチ移動量算出手段から入力される周波数修正値に基づいてノッチ周波数を移動させるフィルタ係数調整手段と、
を備えたことを特徴とする請求項2に記載のレーダ装置。
【請求項4】
前記クラッタ抑圧手段が、
検出対象とする目標の移動速度に応じて処理モードを切り替える信号を出力するクラッタ抑圧処理モード切替手段と、
前記クラッタ抑圧処理モード切替手段の処理モードを切り替える信号に従って前記第1および第2フィルタ係数生成手段で生成されたフィルタ係数のいずれか一方を選択するスイッチと、
前記スイッチにより選択されたフィルタ係数を用いて受信信号に対してクラッタ抑圧処理を行うフィルタ処理部と、
を含むことを特徴とする請求項1から3までのいずれか1項に記載のレーダ装置。
【請求項5】
前記クラッタ抑圧手段が、
前記第1および第2フィルタ係数生成手段で生成されたフィルタ係数を用いて受信信号に対してクラッタ抑圧処理を行うそれぞれ第1フィルタ処理部及び第2フィルタ処理部と、
前記第1及び第2フィルタ処理部から転送されるクラッタ抑圧処理後の受信信号に対して自動目標検出処理を行い距離毎の目標検出結果を出力するそれぞれ第1自動目標検出手段及び第2自動目標検出手段と、
前記第1自動目標検出手段及び第2自動目標検出手段で得られた距離毎の目標検出結果から所望の目標信号を抽出する目標選定手段と、
を含むことを特徴とする請求項1から3までのいずれか1項に記載のレーダ装置。
【請求項6】
前記フィルタ阻止域幅算出手段が、降雨が発生していることを示す外部からの気象情報信号に従ってブラッグの1次散乱によるクラッタピーク周波数の間隔程度に抑圧フィルタの阻止域幅を低減することを特徴とする請求項2から5までのいずれか1項に記載のレーダ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−117899(P2011−117899A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−277529(P2009−277529)
【出願日】平成21年12月7日(2009.12.7)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】