説明

中和剤

【課題】酸性薬液に含まれるフッ化物濃度を、フッ化物イオン電極を用いて、酸濃度の変動に対して安定に測定することが可能であり、測定時に緩衝剤が結晶化しない中和剤を提供する。
【解決手段】中和剤11には、pH5から8に緩衝能を有する緩衝剤と、前記緩衝剤が実質的に析出しない濃度C(C≦C≦C)に設定したアルカリ化剤とを含んでいる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸性薬液に含まれるフッ化物濃度を、フッ化物イオン電極を用いて測定するのに用いる中和剤に関するものであり、半導体の洗浄などに用いられる酸性薬液でのモニタリングに適用可能な中和剤に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体のウェットプロセスでは、ウエハ洗浄用として、硫酸などで強酸性にした酸性薬液を用いることが多い。さらに、ウエハ洗浄中において微量のエッチング(スライトエッチング)を行うため、硫酸などの強酸に、フッ化水素酸などのフッ化物を微量添加した酸性薬液を用いることがある。
【0003】
ここで、酸性薬液は、ウエハの洗浄・エッチング工程を経ることにより酸性薬液中の硫酸などの強酸だけでなく、フッ化物の濃度も変動することになる。しかし、酸性薬液中のフッ化物濃度により、ウエハのエッチングの状態が異なることから、このフッ化物濃度を連続的に監視しておく必要がある。
【0004】
ところで、液体サンプル中のフッ化物濃度を測定する方法としては、フッ化物イオン電極を用いたイオン電極法が簡便で、連続測定が可能な方法として、排水などのサンプルなどに適用されている。
【0005】
しかし、フッ化物イオン電極を用いたイオン電極法によりサンプル中のフッ化物イオンを測定する場合、測定時のpHをおよそ5から8の間に調節する必要がある。これは、サンプル中のフッ化物がこの間ではフッ化物イオンとして安定に存在しているからである。一方、pHが5以下になると、フッ化物イオンとして解離しない状態で安定であり、pHが8以上になるとサンプル中の水酸化物イオンがフッ化物イオン電極に感応することで妨害となることから、フッ化物イオン電極を用いてサンプル中のフッ化物イオンを測定することが困難となる。
【0006】
また、サンプルの全イオン強度の違いによりフッ化物イオン電極での測定電位に誤差を生じることから、測定時の全イオン強度を合わせる必要がある。
【0007】
そのため、排水などのサンプルでは、特許文献1に記載されているように、TISAB(Total Ionic Strength Adjustment Buffer)と呼ばれる薬剤を用いて、測定時のpHをおよそ5から8の間に調節し、さらに、測定時の全イオン強度をほぼ一定にすることで、フッ化物イオンの測定に適した状態にしている。
【0008】
【特許文献1】特開昭58−211644号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、酸性薬液の液性は、硫酸などにより強酸性になっていることが多く、TISABでは、測定時のpHをフッ化物イオンの測定に適した、およそ5から8の間に調節することが困難となる問題がある。
【0010】
このことから、強酸性のサンプルであっても測定時のpHをおよそ5から8の間に調節可能な方法として、アルカリ化剤だけを用いて中和する方法が考えられる。
【0011】
しかし、この方法では、測定時のpHをおよそ5から8の間に調節することができるアルカリ化剤の注入量の範囲が狭く、pHの調節が困難となる。このことから、酸性薬液における酸濃度の変動に対応できないおそれがある。
【0012】
そこで、アルカリ化剤と、pH5から8に緩衝能を有する緩衝剤とを含む中和剤を用いることが考えられる。
【0013】
図4は、酸性薬液に、アルカリ化剤だけ(R)および中和剤(Q)を注入した時のpH変動(特性曲線)を示している。特性曲線RとQとを比較すると、緩衝剤を添加することで、測定時のpHをおよそ5から8の間に調節することができる注入量の範囲qが、特性曲線Qにおける注入量の範囲pに比べて広くなり、pHの調節が容易になっていることが分かる。
【0014】
ところが、実際には、酸性薬液と中和剤とが混合した液(以下、混合液とする)では、緩衝剤が塩として結晶化することで、フローの閉塞などのトラブルの要因となる問題がある。
【0015】
本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり、酸性薬液に含まれるフッ化物濃度を、フッ化物イオン電極を用いて、酸濃度の変動に対して安定に測定することが可能であり、測定時に緩衝剤が結晶化しない中和剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に係る中和剤は、pH5から8に緩衝能を有する緩衝剤と、前記緩衝剤が実質的に析出しない濃度に設定したアルカリ化剤とを含み、酸性薬液に含まれるフッ化物濃度を、フッ化物イオン電極を用いて測定するのに用いることを特徴とする(請求項1)。
【0017】
このような中和剤であれば、サンプルが強酸性であっても、フッ化物イオンでの測定に適した範囲に中和することができ、しかも、調節可能な注入量の範囲が広くなる。
【0018】
ここで、測定対象となる酸性薬液としては、硫酸とフッ化水素酸とを含む薬剤がある(請求項2)。
【0019】
次に、本発明に係る中和剤は、前記緩衝剤がアルカリ金属のリン酸塩であることを特徴とする(請求項3)。
【0020】
このような中和剤であれば、緩衝剤の緩衝能により、pH5から8の範囲に容易に設定することが可能となる。
【0021】
また、本発明に係る中和剤は、前記アルカリ化剤がアルカリ金属の水酸化物であることを特徴とする(請求項4)。
【0022】
このような中和剤であれば、強アルカリであることから、サンプルをフッ化物イオンでの測定に適した範囲に、少ない量で効率良く中和することができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る中和剤により、酸性薬液に含まれるフッ化物濃度を、酸濃度の変動に対して安定に、しかも、中和反応による結晶の発生を抑制して測定することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明において、pH5から8に緩衝能を有する緩衝剤とは、緩衝剤の緩衝作用により、フッ化物イオン電極により測定する際に混合液の液性をpH5から8に保持し得る薬剤であり、アルカリ金属のリン酸塩が好適である。より具体的には、リン酸二水素ナトリウムやリン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、およびこれらの水和物や混合物などが挙げられる。
【0025】
次に、アルカリ化剤は、酸性薬液に含まれる強酸を中和可能なアルカリであれば良く、アルカリ金属の水酸化物が好適である。具体的には、水酸化カリウム、水酸化ナトリウムなどが挙げられる。
【0026】
ここで、本発明において、前記緩衝剤が実質的に析出しない濃度とは、フッ化物イオン電極を用いて測定するために、酸性薬液と中和剤とを混合する際に、中和剤に由来する結晶等が析出しない濃度である。
【0027】
具体的には、図2に示すように、フッ化物イオンの測定可能領域であるpH5〜8における中和剤注入量(X)対中和剤に含まれるアルカリ化剤濃度(Y)の特性曲線Sをベースとして、中和剤におけるアルカリ化剤の濃度を変化させたときに、定量性を確保できる注入量に相当する濃度(C)を下限とし、析出物が生成しない濃度(C)を上限とする濃度(C)である。
【0028】
また、lは、定量性を確保できる注入量であり、これは、測定対象の酸性薬液と中和剤とを混合した時に、混合後のフッ化物イオン濃度がフッ化物イオン電極の濃度分解能以下とならない注入量を指す。
【0029】
次に、測定対象となる酸性薬液は、ウエハ洗浄のための強酸とスライトエッチングのためのフッ化物とを含む薬剤である。ここで、強酸としては、硫酸、硝酸などがあり、フッ化物としては、フッ化水素酸、フッ化アンモニウムなどがある。また、酸性薬液には、強酸とフッ化物以外に、他の成分、例えば、過酸化水素が含まれていても良い。
【実施例】
【0030】
以下、本発明の実施例に係る中和剤について図面を参照して説明する。
【0031】
図1は本発明の実施形態に係る中和剤が適用される装置1であり、メイン流路2と、このメイン流路2に合流する中和剤供給用のサブ流路3を有し、メイン流路2は、最下流側4がウエハ洗浄・エッチング装置の薬液出口に連通しており、pH測定系5、フッ化物イオン測定系6が上流側からこの順で設けられ、これらの測定系5,6に酸性薬液Sを導く液送用メインポンプ7をフッ化物イオン測定系6の下流側に設けている。
【0032】
また、サブ流路3の最上流側には、アルカリ化剤と緩衝剤とを一定比率で混合した中和剤11を収容するタンク8が設けられ、薬液タンク8の出口には、メイン流路2との合流点9を介して、メイン流路2に中和剤11を導く液送用サブポンプ10が設けられている。
【0033】
13および12は、それぞれ、メイン流路2およびサブ流路3に設けた電磁弁、14は、ウエハ洗浄・エッチング装置とpH測定系5とフッ化物イオン測定系6等からの出力信号に基づいて、ポンプ7および10を駆動するステッピングモータあるいはパルスモータなどを制御すると共に、電磁弁12および13の開閉を制御する制御部である。ここで、酸性薬液Sおよび中和剤11の流量は、それぞれ、メインポンプ7およびサブポンプ10を駆動するモータのパルス数を制御することで変更し得る。
【0034】
酸性薬液を連続的に監視する際には、調製した中和剤11を、装置1におけるタンク8に充填して、メインポンプ7を動作させ、酸性薬液SをpH測定系5およびフッ化物イオン測定系6に導入する。この途中で、酸性薬液Sはサブポンプ10に導かれる中和剤11と混合される。次に、フッ化物イオン測定系6において、酸性薬液Sと中和剤11とが混合された混合液のフッ化物イオン濃度をフッ化物イオン電極で測定する。この濃度を換算することで、酸性薬液S中におけるフッ化水素酸濃度を得ることができる。
【0035】
ここで、酸性薬液Sと混合する中和剤11に含まれるアルカリ化剤の濃度範囲を決定する手順の一例を説明する。
【0036】
(1)アルカリ化剤と緩衝剤とを予め設定した比率で混合した中和剤11をタンク8に収容する。
(2)メインポンプ7を動作させ、酸性薬液SをpH測定系5に導入する。この途中で、酸性薬液Sはサブポンプ10に導かれる中和剤11と混合される。
(3)pH測定系5において、酸性薬液Sと中和剤11とが混合された混合液のpHをpH電極で測定する。
【0037】
上記、(1)から(3)の工程について、メインポンプ7とサブポンプ10における流量を一定にして、中和剤11に含まれるアルカリ化剤の濃度を変えることで、アルカリ化濃度と混合液のpHとの関係を求める。また、混合液に結晶などが析出していないかどうか確認する。
【0038】
図3は、このようにして得られた、中和剤11中のアルカリ化剤濃度に対する混合液のpH変動(特性曲線Q)を示している。ここで、Hで示した斜線領域は混合液に結晶が生じる領域である。
【0039】
図3より、アルカリ化剤濃度がCからCまでの濃度範囲であれば、混合液のpHが、フッ化物イオン測定に適するpH5から8の間にあることが分かる。しかし、アルカリ化剤濃度がCを越えると、混合液に結晶が析出することから、実際に連続測定に用いることができるアルカリ化剤濃度としては、CからCの間となる。
【0040】
この理由としては、以下の通りである。酸性薬液に中和剤を添加することで、酸性薬液に含まれる酸と中和剤に含まれるアルカリが中和反応を生じ、反応により酸とアルカリの対イオン同士で塩が生成する。
【0041】
ここで、生成した塩は一般に強酸と強塩基からなる塩であり、緩衝剤として加える塩よりも混合液への溶解度が高い。また、酸性薬液は強酸性であることが多いことから、中和に必要となるアルカリも多く必要である。
【0042】
そのため、中和反応による塩が多く生成しやすくなり、その結果、塩析効果により、相対的に溶解度の低い緩衝剤が析出するからである。
【0043】
以上により、酸性薬液を中和可能で、かつ、緩衝剤が結晶として析出しない、アルカリ化剤濃度範囲C(C≦C≦C)を決定する。そして、装置における酸性薬液Sと中和剤11の液送に用いるポンプ7、10の流量変動等を考慮して、このアルカリ化剤濃度範囲Cの中から最適値Cを定める。
【0044】
そして、アルカリ化剤と緩衝剤とを混合して、そこに含まれるアルカリ化剤の濃度がCとなるように中和剤を調製する。
【0045】
次に、中和剤注入量と中和剤に含まれるアルカリ化剤濃度との関係は、混合液におけるpHをフッ化物イオンの測定可能領域であるpH5〜8の範囲内のあるpHにおいて、中和剤注入量とアルカリ化剤濃度との積が一定となることから、図2における特性曲線Sとなる。
【0046】
この特性曲線Sをベースとして、中和剤におけるアルカリ化剤の濃度を変化させたときに、アルカリ化剤濃度がC未満(斜線で示す領域J)では、中和に必要な中和剤の注入量(l1)が、サンプルに比べて過剰となり、混合液におけるフッ化物イオン濃度がフッ化物イオン電極の濃度分解能以下となることから、定量性を確保することができない。
【0047】
一方、アルカリ化剤濃度がCを超える(斜線で示す領域H)と、塩析効果により析出物が生成することになり、フローの閉塞などの問題を生じることになる。
【0048】
なお、図2において、曲線上のa点の座標は(C,l)であり、b点の座標は(C,l)である。
【0049】
よって、アルカリ化剤の濃度をC以上C以下とすることで、フッ化物イオンの測定に必要な感度を確保しつつ、析出物の発生がない中和剤を得ることができる。
【0050】
なお、緩衝剤に関しては、サンプルの性状、測定条件、およびの薬剤の性状(成分および溶解度等の物性)を考慮して、種々の薬剤を選択することができる。また、緩衝剤は1種類だけを用いるだけでなく、複数の緩衝剤を混合しても良い。
【0051】
さらに、塩化ナトリウム、クエン酸ナトリウム、氷酢酸などの多くの成分を含むTISABに対して、本発明の実施例に係る中和剤はアルカリ化剤と緩衝剤だけでも調整可能なことから、薬剤の調製の手間を省くことができる。
【0052】
さらに、成分として氷酢酸が含まれているTISABでは、薬剤そのものに弱い刺激臭を有する場合があるのに対して、本発明の実施例に係る中和剤は、ほぼ無臭であることから、クリーンルームなどの閉鎖的な空間であっても使用に支障をきたさない利点がある
【0053】
その他、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能であることは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明が適用される装置の概略構成図である。
【図2】本発明に係る中和剤における、注入量とアルカリ化剤濃度との関係を示すグラフである。
【図3】本発明に係る中和剤における、アルカリ化剤濃度と混合液のpHとの関係を示すグラフである。
【図4】アルカリ化剤または中和剤(アルカリ化剤+緩衝剤)と混合液のpHとの関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0055】
1 測定装置
2 メイン流路
3 サブ流路
4 測定装置の最上流側
5 pH測定系
6 フッ化物イオン測定系
7 液送用メインポンプ
8 中和剤収容タンク
9 メイン流路との合流点
10 液送用サブポンプ
11 中和剤
12 サブ流路に設けた電磁弁
13 メイン流路に設けた電磁弁
14 制御部
S 酸性薬液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
pH5から8に緩衝能を有する緩衝剤と、
前記緩衝剤が実質的に析出しない濃度に設定したアルカリ化剤とを含み、
酸性薬液に含まれるフッ化物濃度を、フッ化物イオン電極を用いて測定するのに用いる中和剤。
【請求項2】
少なくとも硫酸およびフッ化水素酸を含む酸性薬液に含まれるフッ化水素酸の濃度を、フッ化物イオン電極を用いて測定するのに用いる請求項1に記載の中和剤。
【請求項3】
前記緩衝剤がアルカリ金属のリン酸塩である、請求項1又は2に記載の中和剤。
【請求項4】
前記アルカリ化剤がアルカリ金属の水酸化物である、請求項1又は2に記載の中和剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−177408(P2008−177408A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−10263(P2007−10263)
【出願日】平成19年1月19日(2007.1.19)
【出願人】(592187534)株式会社 堀場アドバンスドテクノ (26)
【Fターム(参考)】