説明

中性子検出装置及びその使用方法

【課題】時間分解能が高い中性子検出装置を提供する。
【解決手段】基板と、この基板の表面に設けられた超伝導材料で構成されるストリップラインと、このストリップラインの両端にそれぞれ設けられた電極部とを有する中性子検出素子2と、中性子検出素子2のストリップラインの抵抗値の変化を表す信号を出力する検出回路3と、所定の目標バイアス電流を中性子検出素子2に供給する電源4と、中性子検出素子2の目標バイアス電流での抵抗−温度特性における、温度変化に対する抵抗変化が最も大きい温度領域内の温度を目標温度として、中性子検出素子2の温度制御を行う温度制御装置5と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超伝導材料を用いた中性子検出装置及びその使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、超伝導転移温度の高い材料を利用した装置の開発が行われている。超伝導転移温度の高い超伝導材料として、超伝導転移温度が39KであるMgB2が知られている。そして、例えば、10Bを構成材料として含むエネルギギャップの大きな10Bを濃縮したMgB2を中性子検出プレートとし、この検出プレートに、中性子が入射した際発生するα線により発生するフォノンを検出するように構成されたものがある(例えば、特許文献1を参照)。
【0003】
また、10Bを濃縮したMgB2薄膜により形成した中性子検出素子であって、その平面形状を幅が1〔μm〕、総距離38〔cm〕のメアンダ形状とした構成のものがある(例えば、非特許文献1を参照)。
【0004】
また、メンブレン構造のSiN/Si基板状に作成したMgB2検出素子を冷凍機中に取り付けて温度コントローラにより動作温度の制御を行うとともに、一定のバイアス電流をMgB2検出素子に入力し、出力電圧を低雑音増幅器により増幅してデジタルオシロスコープで観測する構成のものがある(例えば、非特許文献2を参照)。
【0005】
【特許文献1】特開2003−14861号公報
【非特許文献1】三木茂人他、超伝導MgB2薄膜を用いた中性子検出器の開発I、応用物理学関係連合講演会講演予稿集、VOL.51、NO.1、2004、p278
【非特許文献2】三木茂人他、超伝導MgB2薄膜を用いた中性子検出器の開発II、応用物理学関係連合講演会講演予稿集、VOL.65、NO.1、2004、p188
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ランダムに飛来する多数の中性子を高精度に検出するためには、中性子検出素子の時間分解能を高めることが有効である。また、飛行時間法(Time Of Flight)により中性子のエネルギーを高精度に検出するためにも中性子検出素子の時間分解能を高めることが有効である。しかし、中性子検出装置の時間分解能を高めるための具体的な方法は、これまで明らかにされていなかった。このような現状に対して、本願の発明者らは、中性子検出素子の時間分解能を高めるためには、中性子検出素子に供給するバイアス電流と、中性子検出素子の温度との両方を適切に管理することが有効であることを発見した。
【0007】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、時間分解能が高い中性子検出装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するための本発明に係る中性子検出装置の特徴構成は、基板と、この基板の表面に設けられた超伝導材料で構成されるストリップラインと、このストリップラインの両端にそれぞれ設けられた電極部とを有する中性子検出素子と、前記中性子検出素子のストリップラインの抵抗値の変化を表す信号を出力する検出回路と、所定の目標バイアス電流を前記中性子検出素子に供給する電源と、前記中性子検出素子の前記目標バイアス電流での抵抗−温度特性における、温度変化に対する抵抗変化が最も大きい温度領域内の温度を目標温度として、前記中性子検出素子の温度制御を行う温度制御装置と、を有する点にある。
【0009】
この特徴構成によれば、所定の目標バイアス電流での中性子検出素子の抵抗−温度特性に応じて、ストリップラインの温度変化に対する抵抗変化が最も大きくなるように目標温度が設定されるので、中性子の衝突によるストリップラインの温度上昇に伴う抵抗値の変化を表す信号を大きくすることができる。したがって、中性子検出素子に供給する所定の目標バイアス電流に応じて、時間分解能が高くなる目標温度を設定して中性子検出素子の温度制御を行うことができ、中性子検出装置の時間分解能を高めることが可能となる。また、このように中性子検出装置の時間分解能を高めることにより、飛行時間法(Time Of Flight)により中性子のエネルギーを検出する際のエネルギー分解能を高めることが可能となり、或いは、同じエネルギー分解能で中性子源から中性子検出装置までの距離を短くすることが可能となる。更に、中性子源から中性子検出装置までの距離を短くすることにより、中性子検出素子の面積が同じでも中性子源から放射状に飛来する中性子を数多く捕らえることが可能となる。
【0010】
ここで、前記検出回路は、前記中性子検出素子に直列に接続され、前記中性子検出素子と同じバイアス電流が前記電源から供給されるコイルと、このコイルの両端の電位差を増幅して出力する平衡差動増幅器を有する構成とすると好適である。
【0011】
この構成によれば、中性子が衝突して中性子検出素子のストリップラインの抵抗値が変化することによってコイルを流れる電流が変化した際に、当該コイルに生じる逆起電力の変化を検出し、その信号を出力することができる。
【0012】
また、前記検出回路は、前記中性子検出素子の前記電極部間に生じる電位差を増幅して出力する不平衡片線接地増幅器を有する構成としても好適である。
【0013】
この構成によれば、中性子が衝突して中性子検出素子のストリップラインの抵抗値が変化した際に、当該抵抗値の変化により生じる中性子検出素子の前記電極部間の電位差の変化を検出し、その信号を出力することができる。
【0014】
また、前記検出回路から出力される信号を記録する記録装置と、前記検出回路から出力される信号に基づいて前記記録装置へのトリガ信号を出力するトリガ出力装置と、を備える構成とすると好適である。
【0015】
この構成によれば、前記検出回路から出力される信号を記録装置により適切に記録することができる。
【0016】
また、前記基板は、サファイア基板である構成としても好適である。
【0017】
この構成によれば、基板を熱伝導性が高いものとすることができるので、時間分解能が高い中性子検出装置とすることが可能となる。
【0018】
また、前記超伝導材料は、MgB2薄膜である構成としても好適である。
【0019】
この構成によれば、ストリップラインを構成する超伝導材料が、高い温度で超伝導転移温度を示すMgB2で構成されることになるので、中性子検出素子の温度制御を行う温度制御装置を大規模なものとする必要がない利点がある。
【0020】
また、前記ストリップラインは、前記基板の表面に沿った平面形状がメアンダ形状に形成されている構成としても好適である。
【0021】
この構成によれば、ストリップラインがメアンダ形状に形成されるので、細幅のストリップラインが面状に形成されることになる。その結果、ストリップラインを構成する超伝導材料と中性子とが核反応する確率を高めることができる。
【0022】
また、前記ストリップラインは、平面視で線幅が1〔μm〕以上3〔μm〕以下である構成としても好適である。
【0023】
この構成によれば、ストリップラインを、中性子が衝突することによる温度上昇範囲に応じた適切な幅とすることができ、ストリップラインの温度上昇に伴う抵抗値の変化を表す信号が適切に検出できるようにすることができる。
【0024】
本発明に係る中性子検出装置の使用方法の特徴構成は、前記目標バイアス電流及び前記目標温度に関し、所定のバイアス電流の供給下で、前記中性子検出素子の温度を常伝導状態が発現する温度から超伝導状態が発現する温度まで変更し、それぞれの温度において所定時間内に前記中性子検出装置が検出する中性子数を観測し、前記中性子検出素子の温度の低下に伴って中性子観測数が増加する観測数増加領域と、前記観測数増加領域からの更なる温度の低下に伴って中性子観測数が減少する観測数減少領域とが認められ、前記観測数増加領域と観測数減少領域との間に中性子観測数の最大ピークが認められるバイアス電流を、前記目標バイアス電流とする点にある。
【0025】
この特徴構成によれば、中性子検出装置による中性子観測数が最大となるように、目標バイアス電流を適切に設定することができる。したがって、中性子検出装置の時間分解能を高めることが可能となる。
【0026】
ここで、前記目標バイアス電流が前記中性子検出素子に供給される状態で、前記中性子観測数の最大ピークが認められる前記中性子検出素子の温度を当該目標バイアス電流での前記目標温度とすると好適である。
【0027】
このようにすれば、中性子検出装置による中性子観測数が最大となるように目標温度を適切に設定することができる。したがって、中性子検出装置の時間分解能を高めることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
1.第一の実施形態
以下に、本発明の第一の実施形態について図面に基づいて説明する。図1は、本実施形態に係る中性子検出装置1の概略構成を示す図である。この図に示すように、中性子検出装置1は、中性子検出素子2、検出回路3、電源4、温度制御装置5、トリガ出力装置6、及び記録装置7を備えている。また、図2は、中性子検出素子2の具体的構成を示す図であり、図3は、中性子検出素子2のストリップライン21の具体的構成を示す図である。なお、図2に示す例では、中性子検出素子2は、2組のストリップライン21及び電極部23等を備えた構成となっている。
【0029】
図2に示すように、中性子検出素子2は、基板22と、この基板22の表面に設けられた超伝導材料で構成されるストリップライン21と、このストリップライン21の両端にそれぞれ設けられた電極部23とを有する。本例では、基板22は、縦及び横の長さがそれぞれ10〔mm〕であり、厚さが0.5〔mm〕の熱伝導性が高いサファイア基板としている。ストリップライン21は、基板22の表面に設けられた超伝導材料、具体的にはMgB2薄膜で構成される。またこの薄膜を構成するMgB2には、10Bを濃縮したものを用いる。図3に示すように、ストリップライン21は、基板22の表面に沿った平面形状がメアンダ形状に形成されている。本例では、ストリップライン21は、平面視で線幅が1〔μm〕、線間距離が1〔μm〕、厚さ(膜厚)が200〔nm〕とされている。そして、全体として縦及び横の長さがそれぞれ50〔μm〕とされており、有効エリア外形が50〔μm〕角とされている。
【0030】
電極部23は、ストリップライン21の両端にそれぞれ電気的に接続されている。各電極部23は、電源ライン24及び信号出力ライン25にそれぞれ接続されている。電源ライン24及び信号出力ライン25の寸法は、図2に示すとおりである。本例では、電源ライン24のみを用いることとしている。そして、各ストリップライン21に接続される2つの電極部23のうち、一方の電極部23は、電源ライン24、コイル32及び保護抵抗31を介して電源4に電気的に接続され、他方の電極部23は、電源ライン24を介して接地されている。なお、信号出力ライン25は、いずれにも接続されない。したがって、本実施形態の構成では、信号出力ライン25は不要である。なお、電源ライン24に代えて信号出力ライン25を用いる構成とすることも可能である。
【0031】
ここで、中性子検出素子2のストリップライン21は、後述する温度制御装置5により所定の目標温度Tcとなるように温度制御される。この状態で、ストリップライン21に中性子が衝突すると、ストリップライン2中の10Bと中性子とが核反応を起こし、その核反応による発熱によってストリップライン21の抵抗値が変化する。図4は、ストリップライン21を構成するMgB2薄膜の抵抗−温度特性の一例を示す図である。この図に示すように、ストリップライン21を構成するMgB2薄膜は、常伝導状態が発現する温度T0から超伝導状態が発現する温度T1までの転移温度領域内では、わずかな温度変化に対して抵抗値が大きく変化する。例えば、図4に示す目標温度Tcから、中性子の衝突による核反応により当該衝突部分周辺のストリップライン21の温度がTdまで上昇した場合には、ストリップライン21の抵抗値はRcからRdまで一時的に増加する。その後、ストリップライン21の温度がTdからTcに戻ると、ストリップライン21の抵抗値もRdからRcに戻る。したがって、このようなストリップライン21の抵抗値の一時的な変化を検出することにより、ストリップライン21への中性子の衝突を検出することができる。
【0032】
検出回路3は、中性子検出素子2のストリップライン21の抵抗値の変化を表す信号を出力するための回路である。本実施形態においては、検出回路3は、電源4に対して、中性子検出素子2と直列に接続された保護抵抗31及びコイル32と、コイル32に並列に接続された平衡差動増幅器33と、コイル32及び中性子検出素子2と並列に接続された平滑コンデンサ34とを有して構成されている。ここで、コイル32には、中性子検出素子2と同じバイアス電流が電源4から供給されることになる。そして、平衡差動増幅器33は、コイル32の両端の電位差を増幅して出力する。すなわち、中性子検出素子2のストリップライン21に中性子が衝突し、上記のようにストリップライン21の抵抗値が一時的に変化すると、コイル32を流れる電流も一時的に変化する。それにより、コイル32に生じる逆起電力が変化する。平衡差動増幅器33は、このようにしてコイル32の両端に生じる逆起電力による電位差を増幅して記録装置7に出力する。本例では、平衡差動増幅器33として、常温(300〔K〕前後)で用いられる、増幅率が200、周波数レンジが1〔kHz〕〜100〔MHz〕のオペアンプを用いている。なお、平衡差動増幅器33としてコンパレータを用いることも可能である。電源4は、所定の目標バイアス電流Icを中性子検出素子2等に供給する定電流電源としている。
【0033】
温度制御装置5は、中性子検出素子2を所定の目標温度Tcに保つための温度制御を行う装置である。この温度制御装置5は、冷凍機等を備え、中性子検出素子2の少なくともストリップライン21の全体を均一に冷却することができる構成を有している。ここで、温度制御装置5は、図4に示すように、中性子検出素子2の目標バイアス電流Icでの抵抗−温度特性における、温度変化に対する抵抗変化が最も大きい温度領域(以下「目標温度領域At」)内で決定された所定の目標温度Tcを制御目標として温度制御を行う。この際、目標温度Tcは、ストリップライン21の温度上昇範囲(図4の例では温度TcからTdまでの間の温度範囲)が目標温度領域At内に収まるように設定すると好適である。本例では、目標温度Tcは27〔K〕前後に設定される。なお、目標温度Tcの決定方法については、後に詳細に説明する。
【0034】
記録装置7は、検出回路3の平衡差動増幅器33から出力される信号を記録する装置である。本例では、この記録装置7として、サンプリング周波数を5〔GHz〕に設定したデジタルオシロスコープを用いている。また、記録装置7としてのデジタルオシロスコープは、20MHz又は200MHzのローパスフィルターを備えている。また、トリガ出力装置6は、検出回路3から出力される信号に基づいて記録装置7へのトリガ信号を出力する装置である。本例では、トリガ出力装置6として、検出回路3から特定幅のパルス信号が出力された場合にトリガ信号を出力するアンプ(タイミングアンプ)を用いている。なお、トリガ出力装置6を備えない構成とすることも可能である。
【0035】
次に、本実施形態に係る中性子検出装置1の使用方法について説明する。ここでは、中性子検出装置1の目標バイアス電流Ic及び目標温度Tcを以下に説明する方法に従って決定し、電源4により供給する電流値を目標バイアス電流Icとし、温度制御装置5の制御目標の温度を目標温度Tcとして中性子検出装置1を使用する。
【0036】
まず、目標バイアス電流Icを決定するために、所定のバイアス電流の供給下で、中性子検出素子2の温度を常伝導状態が発現する温度T0から超伝導状態が発現する温度T1まで(図4参照)変更し、それぞれの温度において所定時間内に中性子検出装置1が検出する中性子数を観測する。図5は、この観測実験の結果の一例を示す図である。この図に示す例では、所定のバイアス電流として、50〔μA〕、100〔μA〕、150〔μA〕、200〔μA〕の4通りの電流値について観測を行った。そして、これら4通りのそれぞれのバイアス電流の供給下で、27.4〔K〕から26〔K〕まで0.1〔K〕刻みで温度を変更し、各温度について1時間ずつ観測を行った。この観測実験には、単位時間あたりにほぼ一定数の中性子を発生させる中性子源を使用した。その結果、バイアス電流が50〔μA〕である場合を除いて、中性子検出素子2の温度の低下に伴って中性子観測数が増加する観測数増加領域Cuと、この観測数増加領域Cuからの更なる温度の低下に伴って中性子観測数が減少する観測数減少領域Cdとが認められ、観測数増加領域Cuと観測数減少領域Cdとの間に中性子観測数の最大ピークPmが認められることが分かった。そして、本使用方法では、このような最大ピークPmが認められるバイアス電流値を目標バイアス電流Icとする。図5に示す観測実験の結果に基づけば、100〜200〔μA〕の中の任意の電流値を目標バイアス電流Icとする。
【0037】
ここで、バイアス電流が50〔μA〕である場合には、観測数増加領域Cu、観測数減少領域Cd、及び最大ピークPmが明確に認められない観測結果が得られた。これは、電源4から供給するバイアス電流の値が小さいために、中性子検出素子2のストリップライン21の抵抗値の変化を表す信号が弱く、信号を検出できない場合が多いためと考えられる。一方、バイアス電流が100〔μA〕以上の場合には、それぞれ観測数増加領域Cu、観測数減少領域Cd、及び最大ピークPmが明確に認められたが、バイアス電流が大きくなるほど、観測数減少領域Cdのカーブが緩くなっていることが分かった。このような現象が生じる要因は、図6に示すように、バイアス電流が大きくなるほど、ストリップライン21の抵抗−温度特性における、温度変化に対する抵抗変化が小さくなるためと考えられる。このようなストリップライン21の抵抗−温度特性に基づけば、バイアス電流が小さいほど、温度変化に対する抵抗変化が大きくなるため、中性子検出装置1の検出感度を高くできることが分かる。以上のことから、目標バイアス電流Icの値は、信号の大きさを確保することと、ストリップライン21の抵抗−温度特性とのトレードオフの関係から、最適の値を決定すると良い。本例における、100〔μA〕、150〔μA〕、200〔μA〕の3つのバイアス電流値の中では、100〔μA〕が目標バイアス電流Icとして最適であると考えられる。なお、本例では、50〔μA〕刻みでバイアス電流を変更したが、更に細かくバイアス電流を変更することにより、更に最適な目標バイアス電流Icを決定することも可能である。
【0038】
そして、本使用方法では、上記のように決定された目標バイアス電流Icが中性子検出素子2に供給される状態で、中性子観測数の最大ピークPmが認められる中性子検出素子2の温度を当該目標バイアス電流Icでの目標温度Tcとする。図5に示す例では、目標バイアス電流Icが100〔μA〕の場合には27〔K〕を目標温度Tcとし、目標バイアス電流Icが150〔μA〕の場合には26.9〔K〕を目標温度Tcとし、目標バイアス電流Icが200〔μA〕の場合には26.9〔K〕を目標温度Tcとするのが好適である。なお、本例では、0.1〔K〕刻みで温度を変更したが、更に細かく温度を変更することにより、更に最適な目標温度Tcを決定することも可能である。このようにして決定された目標温度Tcは、結果として、各目標バイアス電流Icでの抵抗−温度特性における、温度変化に対する抵抗変化が最も大きい温度領域(目標温度領域At)内の温度であって、ストリップライン21の温度上昇範囲(図4の例では温度TcからTdまでの間の温度範囲)が目標温度領域At内に収まるように設定されることになる。
【0039】
図7は、本実施形態に係る中性子検出装置1において、目標バイアス電流Icを100〔μA〕、目標温度Tcを27〔K〕とした場合の中性子の検出時の信号波形の一例を示す図である。この図に示す例では、2つの信号波形が観測され、先に現れている第一の信号波形のピークの振幅A1は0.0116〔V〕であり、半値幅W1は4.14〔ns〕であった。また、第二の信号波形のピークの振幅A2は0.0083〔V〕であり、半値幅W2は4.64〔ns〕であった。これまでに知られている装置により得られる信号波形の半値幅が500〔ns〕〜10〔μs〕程度であることから、本実施形態に係る中性子検出装置1が、これまでに知られている装置と比較して、格段に時間分解能が高いことが分かる。
【0040】
2.第二の実施形態
次に、本発明の第二の実施形態について説明する。図8は、中性子検出素子2のストリップライン21の具体的構成を示す図である。この図に示すように、本実施形態においては、中性子検出素子2のストリップライン21は、平面視で線幅が3〔μm〕、線間距離が3〔μm〕とされている。そして、全体として縦及び横の長さがそれぞれ200〔μm〕とされており、有効エリア外形が200〔μm〕角とされている。このように、ストリップライン21の線幅を広くしたことにより、線幅が1〔μm〕の場合と比較してストリップライン21の単位長さ当りのインピーダンスを低くすることができる。したがって、ストリップライン21の抵抗値の変化を表す信号の強度を確保しつつ、有効エリア外形を大きくすることが可能となる。なお、中性子検出素子2及び中性子検出装置1のその他の構成は、上記第一の実施形態と同様である。
【0041】
図9は、本実施形態に係る中性子検出装置1について、所定の目標バイアス電流Icの供給下で、中性子検出素子2の温度を常伝導状態が発現する温度T0から超伝導状態が発現する温度T1まで(図4参照)変更し、それぞれの温度において所定時間内に中性子検出装置1が検出する中性子数を観測した結果の一例を示す図である。この図に示す例では、目標バイアス電流Icを150〔μA〕とし、28〔K〕から26〔K〕まで0.1〔K〕刻みで温度を変更し、各温度について1時間ずつ観測を行った。この観測実験には、単位時間あたりにほぼ一定数の中性子を発生させる中性子源を使用した。その結果、中性子検出素子2の温度の低下に伴って中性子観測数が増加する観測数増加領域Cuと、この観測数増加領域Cuからの更なる温度の低下に伴って中性子観測数が減少する観測数減少領域Cdとが認められ、観測数増加領域Cuと観測数減少領域Cdとの間に中性子観測数の最大ピークPmが認められることが分かった。また、中性子観測数の最大ピークPmが認められる中性子検出素子2の温度は27〔K〕であることが分かった。したがって、目標バイアス電流Icが150〔μA〕の場合には27〔K〕を目標温度Tcとするのが好適である。
【0042】
図10は、本実施形態に係る中性子検出装置1において、目標バイアス電流Icを150〔μA〕、目標温度Tcを27〔K〕とした場合の中性子の検出波形の一例を示す図である。この図に示す例では、信号波形のピークの振幅Aは0.00468〔V〕であり、半値幅Wは17.81〔ns〕であった。図11は、本実施形態に係る中性子検出装置1において、複数の中性子の検出結果について、信号波形のピークの振幅Aと半値幅Wとの関係をプロットして表した図である。この図では、信号波形のピークの振幅Aを縦軸とし、半値幅Wを横軸としている。この図に示すように、信号波形のピークの振幅Aは、約0.025〜0.07〔V〕の範囲内となり、半値幅Wは約15〜19〔ns〕の範囲内となることが分かった。これらの結果から、本実施形態に係る中性子検出装置1が、これまでに知られている装置と比較して、格段に時間分解能が高いことが分かる。
【0043】
また、上記第一の実施形態の観測結果と本実施形態の観測結果とから、ストリップライン21の平面視での線幅が1〔μm〕以上3〔μm〕以下である場合には、良好に中性子の検出を行うことができることが実証された。
【0044】
3.第三の実施形態
次に、本発明の第三の実施形態について説明する。図12は、本実施形態に係る中性子検出装置1の概略構成を示す図である。この図に示すように、本実施形態に係る中性子検出装置1は、検出回路3の構成が上記第一の実施形態とは異なる。
【0045】
本実施形態においては、検出回路3は、電源4に対して、中性子検出素子2と直列に接続された保護抵抗31及びコイル32と、コイル32及び中性子検出素子2と並列に接続された平滑コンデンサ34と、中性子検出素子2に並列に接続された不平衡片線接地増幅器35と、不平衡片線接地増幅器35の反転入力端子(+)の電源4側に直列に接続されたカップリングコンデンサ36とを有して構成されている。また、不平衡片線接地増幅器35の非反転入力端子(−)は接地されている。そして、不平衡片線接地増幅器35は、中性子検出素子2の電極部23間に生じる電位差を増幅して出力する。すなわち、中性子検出素子2のストリップライン21に中性子が衝突し、上記のようにストリップライン21の抵抗値が一時的に変化すると、中性子検出素子2の電極部23間の電位も一時的に変化する。不平衡片線接地増幅器35は、このようにして中性子検出素子2の電極部23間に生じる電位差の変化を増幅して記録装置7に出力する。本例では、不平衡片線接地増幅器35として、中性子検出素子2と同様に冷却される低温低雑音のオペアンプを用いている。本例では、不平衡片線接地増幅器35として、常温(23〔K〕前後)で用いられる、周波数レンジが10〔kHz〕〜1〔GHz〕のオペアンプを用いている。この不平衡片線接地増幅器35の増幅率は、例えば1〔GHz〕で12.5である。なお、不平衡片線接地増幅器35としてコンパレータを用いることも可能である。また、本実施形態においては、コイル32はチョークコイルとして機能するが、コイル32を備えない構成とすることも可能である。
【0046】
本実施形態における中性子検出素子2の構成は、上記第一の実施形態と同様に図2に示す構成となっている。ただし、上記第一の実施形態では、電源ライン24のみを用いたが、本実施形態においては、電源ライン24及び信号出力ライン25の双方を用いる。すなわち、本実施形態においては、各ストリップライン21に接続される2つの電極部23のうち、一方の電極部23は、電源ライン24、コイル32及び保護抵抗31を介して電源4に接続されるとともに、信号出力ライン25及びカップリングコンデンサ36を介して不平衡片線接地増幅器35に接続される。他方の電極部23は、電源ライン24及び信号出力ライン25を介して接地されている。
【0047】
図13は、本実施形態に係る中性子検出装置1において、目標バイアス電流Icを100〔μA〕、目標温度Tcを26.9〔K〕とした場合の中性子の検出波形の一例を示す図である。この図に示す例では、信号波形のピークの振幅Aは0.00282〔V〕であり、半値幅Wは2.33〔ns〕であった。この結果から、本実施形態に係る中性子検出装置1が、これまでに知られている装置と比較して、格段に時間分解能が高いことが分かる。また、本実施形態に係る中性子検出装置1は、ストリップライン21の抵抗変化による中性子検出素子2の電極部23間の電位の変化を直接検出する構成としているため、上記の各実施形態と比較しても時間分解能が非常に高い装置となっている。
【0048】
4.その他の実施形態
(1)上記の実施形態では、中性子検出素子2の目標温度Tcを27〔K〕前後とする場合の例について説明した。しかし、この値は中性子検出素子2の目標温度Tcの単なる一例であり、中性子検出素子2の材質が異なれば、当然に異なる目標温度Tcが設定されることになる。
【0049】
(2)上記の実施形態では、中性子検出素子2を単独で用いる場合の例について説明した。しかし、本発明の適用範囲はこれに限定されない。例えば、複数の中性子検出素子2を、基板22上に一列に配列し、或いは平面的に配列することにより、例えば位置分解能が1〜1000〔μm〕程度で、一次元又は二次元の中性子の飛来位置を検出可能な中性子検出装置とすることが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明によれば、時間分解能が高い中性子検出装置を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明の第一の実施形態に係る中性子検出装置の概略構成を示す図
【図2】中性子検出素子の具体的構成を示す図
【図3】本発明の第一の実施形態に係る中性子検出素子のストリップラインの具体的構成を示す図
【図4】ストリップラインを構成するMgB2薄膜の抵抗−温度特性の一例を示す図
【図5】本発明の第一の実施形態に係る中性子検出装置による、所定のバイアス電流の供給下での各温度における所定時間内の中性子の検出数を観測した観測実験の結果の一例を示す図
【図6】ストリップラインの抵抗−温度特性のバイアス電流による変化の一例を示す図
【図7】本発明の第一の実施形態に係る中性子検出装置による中性子検出時の信号波形の一例を示す図
【図8】本発明の第二の実施形態に係る中性子検出素子のストリップラインの具体的構成を示す図
【図9】本発明の第二の実施形態に係る中性子検出装置による、所定のバイアス電流の供給下での各温度における所定時間内の中性子の検出数を観測した観測実験の結果の一例を示す図
【図10】本発明の第二の実施形態に係る中性子検出装置による中性子検出時の信号波形の一例を示す図
【図11】本発明の第二の実施形態に係る中性子検出装置において、複数の中性子の検出結果について、信号波形のピークの振幅と半値幅との関係をプロットして表した図
【図12】本発明の第三の実施形態に係る中性子検出装置の概略構成を示す図
【図13】本発明の第三の実施形態に係る中性子検出装置による中性子検出時の信号波形の一例を示す図
【符号の説明】
【0052】
1:中性子検出装置
2:中性子検出素子
3:検出回路
4:電源
5:温度制御装置
6:トリガ出力装置
7:記録装置
21:ストリップライン
22:基板
23:電極部
32:コイル
33:平衡差動増幅器
Ic:目標バイアス電流
Tc:目標温度
At:目標温度領域(温度変化に対する抵抗変化が最も大きい温度領域)
T0:常伝導状態が発現する温度
T1:超伝導状態が発現する温度
Cu:観測数増加領域
Cd:観測数減少領域
Pm:最大ピーク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、この基板の表面に設けられた超伝導材料で構成されるストリップラインと、このストリップラインの両端にそれぞれ設けられた電極部とを有する中性子検出素子と、
前記中性子検出素子のストリップラインの抵抗値の変化を表す信号を出力する検出回路と、
所定の目標バイアス電流を前記中性子検出素子に供給する電源と、
前記中性子検出素子の前記目標バイアス電流での抵抗−温度特性における、温度変化に対する抵抗変化が最も大きい温度領域内の温度を目標温度として、前記中性子検出素子の温度制御を行う温度制御装置と、
を有する中性子検出装置。
【請求項2】
前記検出回路は、前記中性子検出素子に直列に接続され、前記中性子検出素子と同じバイアス電流が前記電源から供給されるコイルと、このコイルの両端の電位差を増幅して出力する平衡差動増幅器とを有する請求項1に記載の中性子検出装置。
【請求項3】
前記検出回路は、前記中性子検出素子の前記電極部間に生じる電位差を増幅して出力する不平衡片線接地増幅器、を有する請求項1に記載の中性子検出装置。
【請求項4】
前記検出回路から出力される信号を記録する記録装置と、前記検出回路から出力される信号に基づいて前記記録装置へのトリガ信号を出力するトリガ出力装置と、を備える請求項1から3の何れか一項に記載の中性子検出装置。
【請求項5】
前記基板は、サファイア基板である請求項1から4の何れか一項に記載の中性子検出装置。
【請求項6】
前記超伝導材料は、MgB2薄膜である請求項1から5の何れか一項に記載の中性子検出装置。
【請求項7】
前記ストリップラインは、前記基板の表面に沿った平面形状がメアンダ形状に形成されている請求項1から6の何れか一項に記載の中性子検出装置。
【請求項8】
前記ストリップラインは、平面視で線幅が1μm以上3μm以下である請求項1から7の何れか一項に記載の中性子検出装置。
【請求項9】
請求項1から8の何れか一項に記載の中性子検出装置の使用方法であって、
前記目標バイアス電流及び前記目標温度に関し、
所定のバイアス電流の供給下で、前記中性子検出素子の温度を常伝導状態が発現する温度から超伝導状態が発現する温度まで変更し、それぞれの温度において所定時間内に前記中性子検出装置が検出する中性子数を観測し、
前記中性子検出素子の温度の低下に伴って中性子観測数が増加する観測数増加領域と、前記観測数増加領域からの更なる温度の低下に伴って中性子観測数が減少する観測数減少領域とが認められ、前記観測数増加領域と観測数減少領域との間に中性子観測数の最大ピークが認められるバイアス電流を、前記目標バイアス電流とする中性子検出装置の使用方法。
【請求項10】
前記目標バイアス電流が前記中性子検出素子に供給される状態で、前記中性子観測数の最大ピークが認められる前記中性子検出素子の温度を当該目標バイアス電流での前記目標温度とする請求項9に記載の中性子検出装置の使用方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2008−134153(P2008−134153A)
【公開日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−320605(P2006−320605)
【出願日】平成18年11月28日(2006.11.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 研究集会名 JST−CREST 公開シンポジウム 新機能材料の創成ととその基礎科学 研究領域「高度情報処理・通信の実現に向けたナノ構造体材料の制御と利用」 主催者名 独立行政法人 科学技術振興機構 開催日 平成18年11月21日
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】