説明

交流TIG溶接機

【課題】高周波ノイズ及びトーチ電極の劣化を防止する。
【解決手段】
高周波出力手段をする交流TIG溶接機において,溶接作業開始時には前記高周波出力手段からの出力信号によりアーク通電を開始し,溶接作業中断中トーチ電極に微小電流を通電し,溶接作業再開時に正極性でアーク通電を再開するようにした交流TIG溶接機であり、トーチ電極に大電流が高頻度で流れないため,高周波信号によるノイズを防止することができ,トーチ電極の劣化も防止できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,酸化皮膜を有する鋼材等の母材を溶接するのに用いられる交流TIG溶接機に関する。
【背景技術】
【0002】
例えばアルミニウムを溶接する場合に、交流TIG溶接機が使用される。アルミニウムは融点の高い酸化皮膜を有しているので、直流電源装置を用いて母材を正極に,電極を負極として電流を流した場合(正極性の場合)には,母材が高温にならず溶接を行うことが出来ない。そのため,母材を負極に,電極を正極として(負極性)電流を流すと,母材から熱電子が放出され,酸化皮膜が除かれるいわゆるクリーニング効果があり,溶接が可能となる。また,正極性とした場合,電極を冷却する冷却効果がある。そこで,交流TIG溶接の場合,クリーニング効果と冷却効果双方の効果を得られ,正極性の時間と負極性の時間とを調節することによって,両効果を所望の状態にできる。このような技術が特許文献1に開示されている。
【0003】
この特許文献1には段落(0007)に「このような低電流密度でTIG溶接を行うときは、電極劣化によるアークの不安定、あるいは低電流密度によるアークのふらつき、消弧などの問題が避けられなかった」そこで,同公報には改善された技術が提案されて段落(0008)「しかるに、高周波の波長を500ヘルツ以上、好ましくは1000ヘルツ以上とし、かつピーク電流値/ベース電流値の比率を1.2〜7.0、好ましくは1.2〜4.5とする時は、低電流密度であってもアークのふらつきがなく、製品の不良率を大幅に低減できる」との技術開示がある。
【0004】
【特許文献1】「特開平10−71468号」公報,「高周波交流TIG溶接機」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
家具やパイプを交流TIG溶接する際には,例えば1分間に50回以上の高頻度でトーチスイッチをオン/オフしてワークを回転させるなどして部分溶接を行う場合がある。従来の交流TIG溶接機では,上述のように一旦電極を暖める目的で逆極性(トーチがプラス,母材がマイナス)でスタートさせている。図4に従来の溶接電流波形を示す。図4(a)は溶接を行うためのトーチスイッチのオン/オフを示す。時間t1でトーチスイッチがオンになると,図4(b)に示すように高周波出力手段から信号が出力され,図4(c)に示すように逆極性でアークスタートし,時間t2でトーチスイッチがオフになると図4(c)に示すようにアーク電流はゼロになる。これが溶接作業中高頻度に繰り返され,トーチスイッチがオンになる度に高周波信号が出力されるとともに,大電流が流れる逆極性でアークスタートになる。
【0006】
このように,高頻度でトーチスイッチのオン/オフが繰り返されるため電極が劣化したり,溶けた電極が母材に付着することがあった。また,トーチスイッチがオンになる度に高周波ノイズが発生するため,周囲にある他の機器やワークに悪影響を及ぼすことがあった。
【0007】
本発明の目的は,溶接施工工程を高速化し,電極の劣化を防止するとともに高周波ノイズを低減して,上記の欠点を解決する交流TIG溶接機を提供することにある。同時に付随的にアークの明/暗の差を減じて溶接作業者の視覚的な負担を低減することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は,高周波出力手段をする交流TIG溶接機において,溶接作業開始時には前記高周波出力手段からの出力信号によりアーク通電を開始し,溶接作業中断中トーチ電極に微小電流を通電し,溶接作業再開時に正極性でアーク通電を再開するようにした交流TIG溶接機とした。
【0009】
本発明の交流TIG溶接機に加えて,信号発生手段を有し,前記信号発生手段から所定時間内に複数回信号を発生することにより前記トーチ電極への通電を遮断するようにすれば,装置や操作ボタンを増やすことなく簡単に作業を終了事ができる。
【0010】
なお,主電源を設けてこの主電源をオンにすることにより前記トーチ電極に前記微小電流の通電を開始し、前記主電源をオフにすることにより前記トーチ電極への通電を遮断するようにすることもできる。このようにすれば確実に通電を終了することができる。
【0011】
本発明に加えて,前記トーチ電極への前記微小電流通電時間を予測する予測手段を有し、前記予測手段により予測された時間が閾値を超えた時前期トーチ電極への通電を遮断するようにしてもよい。
【0012】
本発明において,微小電流を例えば3〜5A程度に設定するようにすれば,良好に本発明の効果を発揮することができる。
【0013】
本発明に更に加えて,温度予測手段を有し,溶接作業開始時に前記温度予測手段の予測結果が閾値を超えるとき,前記高周波出力手段からの出力信号により正極性でアーク通電を開始し,溶接作業中断中トーチ電極に微小電流を通電し,溶接作業再開時に正極性でアーク通電を再開するように応用することもできる。温度はトーチ電極又は母材の何れかの温度を予測するようにすれば良い。
【発明の効果】
【0014】
溶接作業を連続して行う際に,毎回高周波信号を発生して逆極性でアークスタートする必要がない。従ってトーチ電極に大電流が高頻度で流れないため,高周波信号によるノイズを防止することができ,トーチ電極の劣化も防止できる。
【0015】
また,溶接作業中断中にトーチ電極に微小電流を通電するため,待機中でも電極が発光する。その為,溶接ポイントを決める際の明かりとして作用するのみならず,アークスタート時と待機時の明/暗のコントラストを低くすることができ,溶接作業者の目に与える刺激を少なくすることができる。トーチ電極への通電を完全に遮断するには,例えばトーチスイッチを所定時間内に複数回操作するなど簡単な構成で行うこともできる。
【0016】
最初にトーチスイッチがオンになった際に逆極性でアークスタートし,その後作業中断中も微小電流を通電するようにすることで上記効果を得ることができるが,トーチ電極への微小電流の通電は,主電源がオンになったことを受けて行っても同様の効果が得られる。トーチ電極への通電の遮断は,主電源のオフ操作や,溶接中断時間をタイマーなどで計り所定時間以上経過しても溶接が再開されなければ自動的に行うようにしても良い。更に溶接の再開時にトーチ電極又は母材の温度が十分に暖かい場合には正極性でアークスタートするようにすれば,トーチ電極の劣化を防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
図1は,本発明の一実施例のブロック図を示している。商用交流電源電圧を受ける入力端子1からの交流を,入力側整流器2で整流して直流に変換する。入力側整流器2からの直流は,入力側インバータ3に供給されて高周波電力に変換され,トランス4で変圧されて出力側整流器5で直流化され,出力側インバータ6に供給される。出力側インバータ6の出力は,高周波出力手段7に供給されるとともに駆動回路12に供給される。駆動回路12にはトーチスイッチ14が接続され,トーチスイッチ14がオンになると入力側インバータ3が駆動され,トーチ電極10に給電される電流の波形や電圧が制御されるとともに,制御回路13で出力端子8,9への極性が判定され,高周波出力手段7の出力が制御される。このようにしてアークスタート時の波形や電圧及び極性が制御された信号が出力端子8,9に給電されてトーチ電極10と母材11に至り,交流TIG溶接機を構成している。
【0018】
図2及び図3は,本発明による一実施例の波形図を示している。図2(a)に示すように,時間t1で最初にトーチスイッチ14がオンになると,駆動回路12により入力側インバータ3が駆動されるとともに制御回路13によりアークスタート時の極性を判断する。最初のトーチスイッチ14の操作であるため,制御回路13で高周波出力手段7を駆動するよう駆動され,図2(b)に示すように高周波出力手段7から信号が出力される。図2(c)は母材11に対する電流を示すものであり,図示するように高周波出力信号7の出力信号によりトーチ側出力端子8にプラス,母材側出力端子9にマイナスの電流が給電されて逆極性でのアークスタートがなされる。トーチスイッチ14がオンの間,駆動回路12からの信号により出力側インバータ6から方形波交流を出力する。
【0019】
図2のように時間t2でトーチスイッチ14がオフになると,駆動回路12により出力側インバータ6が駆動されて例えば3〜5A程度の微小な直流信号をトーチ電極10に給電する。直流信号は図示しない可変手段で駆動回路12を制御し,母材の材質などに応じてトーチ電極10が所望の温度に保てるよう可変とすることもできる。このようにすることにより,トーチ電極10が温かい状態を維持でき,また若干発光した状態を保つ。時間t3で再びトーチスイッチ14がオンになると,トーチ電極はく正極性でも十分に熱電子を放出できる状態あるため,制御回路13で高周波出力手段7を駆動することなく直ちに出力側インバータ6を駆動して方形波交流を出力して溶接を再開することができる。従来トーチスイッチオン→高周波出力手段7による出力→逆電流給電→出力側インバータ7による給電という流れで溶接機が駆動されていたが,トーチスイッチ14オン→出力側インバータ6による給電という流れになり,信号伝達を早くすることができ,回路全体の劣化を防止することができる。
【0020】
このように,高周波ノイズを発生することが防止でき,母材や周辺機器にノイズによる悪影響を与えるのを防止することができる。また作業中断中には発光しているトーチ電極10が明かりの役目を果たすため,トーチ電極10と母材11との位置決めが容易になり,遮光眼鏡を用いて溶接を行う作業者が,溶接中断中に眼鏡を外さなくても目標を見ることができ作業効率が向上する。さらに溶接時と中断時との明/暗のコントラストが小さくできるため,作業者の目に与える刺激を少なくでき安全性が高まる。
【0021】
溶接作業を終了する際には,トーチスイッチ14を例えば3秒以内に2回操作し,2回目の信号の立下りを受けて駆動回路12により,図2に示すように時間t7でトーチ電極10への通電が完全に遮断される。トーチ電極10への通電終了は,回転式のつまみや別の手段を用いることができる。また主電源を設け,主電源をオフにすることで通電を終了しても良い。主電源を設ける場合,主電源をオンにすることでトーチ電極10への微小電流の通電を開始してこれを暖め,トーチスイッチ14の操作により直ちに正極性でアークスタートするようにしてもよい。さらに例えば駆動回路12や制御回路14にタイマーを備え,直流電流の通電時間を監視し,一定時間経過したことを検出してこの微小電流の通電を遮断するようにすることもできる。
【0022】
図3(a)〜(c)に示すように,温度予測手段を用いてトーチ電極10や母材11或いはこれらの設けられた周辺温度を予測し,トーチ電極10が十分に温かいと検出された場合には正極性でアークスタートするようにすることもできる。例えばロボットなどを用いて溶接を行う場合,非常に高速でトーチスイッチ14のオン/オフを繰り返すため,溶接中断時間が極端に短い場合がある,そのような場合には溶接作業の再開時に再度大電流を流さなくても熱電子が放出されてスムーズにアークスタートできるため,高周波発生手段7を駆動しなくても連続的に作業を行うことができる。温度予測手段によりトーチ電極10の温度を検出してアークスタート時の極性を切り替え,更に溶接作業中断中にはトーチ電極10に微小電流を通電することもできる。上述の個々の例を組み合わせて用いてもよい。また,交流TIG溶接機であれば,回路構成は本例と異なっていてもよく,その場合でも回路への変更を殆ど行うことなく本発明を実施することができる。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明は,逆極性でアークスタートする際に用いられる高周波信号の発生を少なくすることができるため高速で溶接作業を再開可能となり,高周波ノイズによる周辺機器及び母材に与える悪影響を削減することができるとともに,逆極性のアークスタートに伴うトーチ電極の劣化や溶融を回避できる。また溶接作業中断時と溶接作業時のトーチ電極の明/暗のコントラストを小さくすることができるため,視覚にかかる負担を軽減され,更には作業時の明かりとしてトーチ電極を用いることができ,作業工程の削減並びに安全性の確保が可能になり,産業上の貢献度が高い。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明による一実施形態のブロック図を示す。
【図2】本発明による一実施形態の波形図を示す。
【図3】本発明による一実施形態の波形図を示す。
【図4】従来の波形図を示す。
【符号の説明】
【0025】
1 入力端子
2 入力側整流器
3 入力側インバータ
4 トランス
5 出力側整流器
6 出力側インバータ
7 高周波発生手段
8 トーチ側出力端子
9 母材側出力端子
10 トーチ電極
11 母材
12 駆動回路
13 制御回路
14 トーチスイッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高周波出力手段をする交流TIG溶接機において,溶接作業開始時には前記高周波出力手段からの出力信号によりアーク通電を開始し,溶接作業中断中トーチ電極に微小電流を通電し,溶接作業再開時に正極性でアーク通電を再開するようにした交流TIG溶接機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−68260(P2008−68260A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−246209(P2006−246209)
【出願日】平成18年9月12日(2006.9.12)
【出願人】(000144393)株式会社三社電機製作所 (95)
【Fターム(参考)】