人工股関節およびカップならびに設置用手術器具
【課題】 カップ形状を工夫して、ステムのネック部がカップの縁部に接触する可能性を低減し、接触を起因とする骨頭の脱臼を防止する。
【解決手段】 人工股関節は、骨盤の寛骨臼に装着可能であって、凹状の内壁を持つカップ11と、大腿骨の髄腔に装着可能なステム13と、ステム13の上端に固定され、カップ内壁に沿って摺動する球面を持つ骨頭12などで構成され、カップ11には、骨頭12の回転中心を基準として、内壁高さL1を有する低壁部2と、L1より大きい内壁高さL2を有する高壁部3とが設けられ、高壁部3は、股関節の下位方向に位置決めされる。
【解決手段】 人工股関節は、骨盤の寛骨臼に装着可能であって、凹状の内壁を持つカップ11と、大腿骨の髄腔に装着可能なステム13と、ステム13の上端に固定され、カップ内壁に沿って摺動する球面を持つ骨頭12などで構成され、カップ11には、骨頭12の回転中心を基準として、内壁高さL1を有する低壁部2と、L1より大きい内壁高さL2を有する高壁部3とが設けられ、高壁部3は、股関節の下位方向に位置決めされる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人体の股関節部位を置換するための人工股関節、および人工股関節用のカップ、ならびに該カップを骨盤の寛骨臼に装着するための設置用手術器具に関する。
【背景技術】
【0002】
股関節疾患の最終的な治療方法として、人工股関節はひろく用いられている。
【0003】
図14は、典型的な人工股関節を股関節部位に設置した状況を示す説明図である。人工股関節は、骨盤の寛骨の臼に埋め込まれるカップと、大腿骨の髄腔に埋め込まれるステムと、ステムの先端に取り付けられてカップの内壁と摺動する骨頭とで構成される。
【0004】
カップは、超高分子量ポリエチレン製の一体型で骨セメントによって固定されるものもあれば、金属製のアウターシェルをスクリューなどで寛骨臼内に固定したのちにその中に固定されるようになっている超高分子量ポリエチレン製のもの、あるいは寛骨臼に専用器具によって掘られたメネジにねじ込んで固定する超高分子量ポリエチレンの一体型など、種々のタイプが存在する。
【0005】
この人工股関節の置換手術後に起こる不具合のなかで、脱臼は重篤なもののひとつである。脱臼の発生する状況を図15〜図17に示す。カップ11の縁部5とステムのネック部14の位置関係が、図15のように通常範囲内にあるような場合には問題は発生しないが、足を大きく動かした際に、図16のように、ステムのネック部14がカップ11の縁部5に接触する位置にまで動き、さらに足を動かそうとしたときには、図17のように、骨頭12がカップ11の壁1を乗り越えて脱臼するといった事態に陥るのである。
【0006】
これらは、カップ11の縁部5とステムのネック部14が接触せずに動かすことのできる角度(オシレーション角)が、従来の製品においては正常な人間が通常に動かすことのできる角度よりも狭いことに起因するのであり、これまでにもオシレーション角を広くするための工夫が種々なされてきた。
【0007】
例えば、(1)図18に示すように、ステムのネック部14の直径を細くする手法、(2)図19に示すように、骨頭12の直径を大きくする手法、(3)図20に示すように、カップ11における骨頭12の回転中心4とカップ端面との距離を小さく、すなわち骨頭全体を外側寄りに配置させる手法、などが試みられてきたが、それぞれ下記の問題があるため課題を解決するに至っていない。
【0008】
手法(1)については、患者の体重の5倍と言われる荷重に耐えるだけの直径をネック部分で確保するのが困難である。手法(2)については、骨頭径を大きくすることによってカップ11のポリエチレン部分の肉厚が薄くなって、ポリエチレンの摩耗量が増大する危険性が高くなる。手法(3)については、カップ縁部に接触する可能性こそ少なくなるが骨頭が完全に脱臼するまでの距離が少なくなって、却って脱臼への抵抗力が弱まってしまうのである。また、このように設計された人工股関節の各部材を、実際に人体のなかで理想的な位置に設置するには非常に高い技術が必要であり、脱臼防止効果を高めるには至っていない。
【0009】
そこで、ステムのネック部がカップの縁部に接触することは避けられないこととして、特開昭59−192365号にあるように、接触後さらにステムが回転移動しようとしたときに骨頭がカップの縁部を乗り越えていかないよう、骨頭が乗り越えようとする方向に壁を付けたカップ内壁形状を構成することが提案されている。
【0010】
この壁は、関節内で後方または後方上位に向けることが通例であるが、実際に脱臼によって抜去されたこの種のカップを観察してみると、この壁にステムネック部の接触痕が残されている事例が多く見られる。すなわち、壁の設置方向が適切でないと、ステムネック部が梃子になって骨頭が抜けようとするとき、この壁が支点として作用してしまう場合があるということが推定される。
【0011】
図21は、従来の人工股関節の一例を示す斜視図である。図22(a)は従来のカップの一例を示す垂直断面図であり、図22(b)はその正面図を示す。ここでは、人工股関節を左足股関節として取り付けた状態を示し、カップは、骨セメントによって固定されるタイプを例として説明する。
【0012】
人工股関節は、カップ11と、ステム13と、骨頭12などで構成される。カップ11には、図22(a)に示すように、骨頭12の回転中心4を基準として、内壁高さL1を有する低壁部2と、L1より大きい内壁高さL2を有する高壁部3とが設けられ、高壁部3は、図21に示すように、股関節の後方に位置決めされている。従って、特開昭59−192365号と同様に、ステム13のネック部14が梃子になって骨頭12が抜けようとするとき、この高壁部3が支点として作用して、脱臼する可能性が高くなる。
【0013】
【特許文献1】特開昭59−192365号公報
【特許文献2】特表2003−526455号公報
【特許文献3】特許第3075686号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の目的は、カップ形状を工夫して、ステムのネック部がカップの縁部に接触する可能性を可及的に排除し、接触を起因とする骨頭の脱臼を防止できる人工股関節、および人工股関節用のカップを提供することである。
【0015】
また本発明の目的は、こうしたカップを骨盤の寛骨臼に装着するための設置用手術器具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、正常な股関節の通常動作で取ることのできる3次元可動域を測定し、そこに至る大腿骨ステムネック運動の軌跡をトレースすることによって、新しい形状の臼蓋用カップを発案し、その効果を確認した。
【0017】
本発明の説明にあたって、身体の運動方向ならびに角度を表現するためのパラメータを定義する。
【0018】
図4に示すように、通常に起立した状態を基準にして、そこから足を前方に動かすとき、これを屈曲と呼び、動いた角度を屈曲角と呼ぶ。反対に足を後方に動かすとき、これを伸展と呼び、その角度を伸展角と呼ぶ。また、通常に起立した状態から足を左右に開く方向に動かすとき、これを外転と呼び、その角度を外転角と呼ぶ。その反対方向に動かすとき、これを内転と呼び、その角度を内転角と呼ぶ。また、足を直立させたままで、足のつまさきを外側に開いていくように動かすとき、これを外旋と呼び、その角度を外旋角と呼ぶ。その反対に足のつまさきを内側に閉じていくように動かすとき、これを内旋と呼び、その角度を内旋角と呼ぶ。
【0019】
実際の股関節の運動は、これら6方向だけに限定されるわけではないが、すべての運動はこれら6方向の運動の組み合わせとして記述することができる。たとえば、脱臼が頻発する肢位である和式トイレでの大腿骨の状態は、90度ないしはそれ以上屈曲をしたのちに20度から25度の内旋をおこなったものである。
【0020】
本発明者らは、正常人の股関節について、通常に起立した状態からある角度を屈曲させたのちに、外旋、内旋、外転または内転させて、股関節が正常に動くことのできる範囲を測定した。その結果は下記(表1)のようになった。
【0021】
【表1】
【0022】
次に、これらの位置に至るまでのステムのネックの動きをトレースし、この移動範囲内でステムのネック部がカップ縁部に接触することのない最大の高さでもってカップ内壁の壁高さを決定していった。その結果、図2に示すような形状のカップを考案した。これは、骨セメントによって寛骨臼に固定されるタイプのポリエチレンカップである。特開昭59−192365号や特表2003−526455号などにも記載されているように、壁の高さを変化させて脱臼時に骨頭が乗り越えようとする方向に高壁を配置するという構成は既知であるが、その高壁の方向は後方または後方上位に向けるとされており、下位内側方向に向けるという構成は本発明によって初めて提案するものである。
【0023】
即ち、本発明に係る人工股関節は、骨盤の寛骨臼に装着可能であって、凹状の内壁を持つカップと、
大腿骨の髄腔に装着可能なステムと、
ステムの上端に固定され、カップ内壁に沿って摺動する球面を持つ骨頭とを備え、
カップには、骨頭の回転中心を基準として、内壁高さL1を有する低壁部と、L1より大きい内壁高さL2を有する高壁部とが設けられ、
高壁部は、股関節の下位方向に位置決めされることを特徴とする。
【0024】
また本発明において、高壁部から低壁部に変化する角度位置は、股関節の下位方向を基準として、35°〜80°の範囲および−35°〜−80°の範囲にあることが好ましい。
【0025】
また本発明において、高壁部の内壁高さL2は、0.5mm〜8.0mmの範囲にあることが好ましい。
【0026】
また本発明において、低壁部の内壁高さL1は、0mm〜3.0mmの範囲にあることが好ましい。
【0027】
また、本発明に係る人工股関節用のカップは、骨盤の寛骨臼に装着可能であり、球面状の骨頭を収納するための凹状の内壁を有し、
骨頭の回転中心を基準として、内壁高さL1を有する低壁部と、L1より大きい内壁高さL2を有する高壁部とが設けられ、
高壁部の対称中心線に対して略垂直に交差する線上に、一対のピン挿入孔が形成されていることを特徴とする。
【0028】
また、本発明に係る設置用手術器具は、上記のカップを骨盤の寛骨臼に装着するためのものであって、
操作用のロッドと、
ロッドの先端に、前方下がりに取り付けられたプレートと、
ロッドの長手方向に対して略垂直に交差する線上に設けられ、プレートの下面から突出する一対のカップ保持用ピンとを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、カップに低壁部および高壁部を設け、高壁部を股関節の下位方向に位置決めすることによって、正常人の股関節と同程度の可動範囲を確保するとともに、ステムのネック部がカップの縁部に接触する可能性を可及的に排除することができる。その結果、接触を起因とする骨頭の脱臼を防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
図1は、本発明に係る人工股関節の一例を示す斜視図である。図2は本発明に係るカップの一例を示す斜視図である。図3(a)は当該カップの垂直断面図を示し、図3(b)はその正面図を示す。ここでは、人工股関節を左足股関節として取り付けた状態を示し、カップは、骨セメントによって固定されるタイプを例として説明する。
【0031】
人工股関節は、カップ11と、ステム13と、骨頭12などで構成される。
【0032】
カップ11は、超高分子量ポリエチレンなど、耐摩耗性、耐食性を有する高分子材料で形成され、骨頭12を収納するための凹状の内壁1と、骨盤の寛骨臼に装着可能なようにドーム状の外壁などを備える。カップ11の外壁には、骨セメントとの結合強度を向上させるための溝や凹凸を設けても構わない。なお、図2では、外壁の円周エッジから骨盤側に延出した円錐面状のフランジを設けた例を示しているが、図3では、理解容易のため、フランジの図示を省略している。
【0033】
ステム13は、金属や合金など、高強度で耐食性を有する材料で形成される。ステム13の根元は、大腿骨の髄腔に装着可能な形状になっている。ステム13の上端には、骨頭12を固定するためのテーパー状のネック部14が設けられる。
【0034】
骨頭12は、高強度で耐食性を有するセラミック材料や金属材料で形成され、カップ11の内壁に沿って摺動する球面を有する。球面の一部には、ステム13のネック部14を挿入し固定するための挿入孔が設けられる。
【0035】
本実施形態において、カップ11には、図3(a)に示すように、骨頭12の回転中心4を基準として、内壁高さL1を有する低壁部2と、L1より大きい内壁高さL2を有する高壁部3とが設けられる。
【0036】
カップ11の内壁1は、骨頭12の球面半径と一致する半径を持つ半球面部を有する。
【0037】
低壁部2は、半球面部のエッジからカップ端面で傾斜した縁部5に到達するまでの部分を称し、低壁部2の内壁高さL1は、回転中心4を包含する半球面部のエッジ平面から縁部5まで距離で定義される。
【0038】
高壁部3は、半球面部のエッジからカップ端面の盛り上げ部分に到達するまでの部分を称し、高壁部3の内壁高さL2は、回転中心4を包含する半球面部のエッジ平面から盛り上げ部分まで距離で定義される。
【0039】
こうした高壁部3は、図1に示すように、正常位にあるステム13の長手方向、即ち、股関節の下位方向に位置決めされる。こうした構成によって、正常人の股関節と同程度の可動範囲を確保しつつ、ステムのネック部がカップの縁部に接触する可能性を低減できる。
【0040】
高壁部3から低壁部2に高さが変化する位置θを決定するにあたっては、脱臼防止と十分な可動範囲の確保を両立させることが必要である。まず、脱臼防止の観点であるが、脱臼の姿勢として最も頻発するのはある角度の屈曲の後に内旋をおこなった場合である。
【0041】
そこで、ある角度の屈曲位をとったのちに、カップの縁部に接触するまで内旋方向にステムネックを動かして、そのときの接触位置を計測した。高い壁は、この接触位置の対向方向に必要とされるからである。その結果は下記(表2)のごとくであり、それぞれの角度における接触位置を図5に示す。
【0042】
なお、初期屈曲50°未満からの内旋方向への運動は、実用上の脱臼危険性は少ないため考慮しなくてもよい。また120°以上の屈曲位は極端な姿勢でありこれも考慮の必要はない。
【0043】
【表2】
【0044】
この結果から、脱臼防止の観点からは、股関節の下位方向を基準として、θは35°から80°の範囲にあることが最適であることがわかる。そして、この方向に高壁部3を配置することによって、従来形状では低壁部2と同じ高さでしかなかった骨頭の浮上限界量が、高壁部3の高さL2にまで拡大する。これによって、もしもネック部14がカップ縁部5に接触するほどの極端な内旋位にまで達したとしても、そのときに骨頭12が抜けようとする方向となる遠位内側には高い壁があるため、脱臼防止効果が発揮されるのである。
【0045】
ここでは、図5に示すように、後方側にある高さ変化位置θについて検討したが、前方側の高さ変化位置についても同様に、股関節の下位方向を基準として、θは−35°から−80°の範囲にあることが最適であることがわかる。
【0046】
一方、十分な可動範囲の確保という観点からは、θを変化させたときに0°屈曲後の伸展角、外転角、内転角、内旋角、外旋角の限界がどのように変化するかを検討した。結果を図6に示す。
【0047】
なお、外転角と内旋角は本調査範囲内では数字の変化が無く、結果に影響を与えないので説明の簡略化のために図示していない。まず伸展は35°以上あれば実用上は十分であり、本検討範囲では問題はなかった。また内転角は30°以上が必要とされており、本検討範囲では問題がないといえる。一方、外旋角は40°以上が必要であり、そのためにはθは0°から90°の範囲である必要がある。これら脱臼防止と十分な可動範囲の確保の両方を満足するθの値として、本発明では35°〜80°が得られた。
【0048】
次に、高壁部3の高さL2を決定するにあたっては、ステム13のネック部14が高壁部3の方向に動いたときでも接触しない高さにとどめる必要がある。このときに考慮するパラメータは、30°屈曲後の内転角と外旋角であり、先に示したように内転角は35°以上、外旋角は53°以上が必要である。高壁部3の高さL2を変化させたうえで、30°屈曲後の内転角と外旋角を検討した結果を図7に示す。
【0049】
ここから、高壁部3の高さL2は8.0mm以下が適正であることが読みとられる。また、脱臼防止の効果を発揮するためには高壁の高さは0mmでは無意味であり、本発明では0.5mm〜8.0mmが適当であるという結論が得られた。
【0050】
次に、低壁部2の高さL1についても、ステム13のネック部14が低壁部2の方向に動いたときでも接触しない高さという判断基準が適用される。低壁部2の高さL1を変化させたうえで、0°屈曲後の外転角、内転角、内旋角、外旋角を検討した結果を図8に示す。
【0051】
先に示したように外転角は40°以上、内転角は30°以上、内旋角は40°以上、外旋角は40°以上が必要であり、これらすべてを満足する低壁の高さは0mm〜3.0mmであることがわかった。
【0052】
なお、実際の臨床適用にあたっては、患者の脱臼に対する危険度を勘案したうえで、適切な寸法のものが選ばれる。
【0053】
図9は、外壁に雄ネジを設けたカップの例を示し、図9(a)はその垂直断面図を示し、図9(b)はその正面図を示す。骨盤の寛骨臼にネジ山を切って、雌ネジを形成した後、図9に示す雄ネジ6付きのカップを寛骨臼に当てて回転させることにより、ネジ結合による固定が完成する。
【0054】
図10は、アウターシェルを用いたカップの例を示し、図10(a)はその垂直断面図を示し、図10(b)はその正面図を示す。骨盤の寛骨臼に金属製のアウターシェル7をスクリュー8によって仮固定した後、図10に示すカップをアウターシェル7のなかに嵌合や打ち込みによって固定する。
【0055】
図9および図10に示すカップは、いずれも臼蓋に取り付るための形状は異なっていても、骨頭と接する摺動部や壁形状は図2と同一である。
【0056】
次に、本発明に係るカップを寛骨臼に固定するための手術器具について説明する。
【0057】
図11は、本発明に係る手術器具の一例を示す側面図である。図12(a)は、カップの装着状態を示す部分側面図であり、図12(b)は、その部分正面図である。
【0058】
本発明に係るカップは、図2および図12(b)に示すように、高壁部3の対称中心線に対して略垂直に交差する線上に、一対のピン挿入孔25が形成されている。
【0059】
本発明に係る手術器具は、操作用のロッド21と、ロッド21の先端に、前方下がりに取り付けられた馬蹄状のプレートと、ロッド21の長手方向に対して略垂直に交差する線上に設けられ、プレートの下面から突出する一対のカップ保持用ピン24などで構成される。
【0060】
カップを寛骨23の臼に固定する場合、まずカップを手術器具のプレートに装着する。このときカップ保持用ピン24をカップのピン挿入孔25に挿入することによって、カップの回転方位が決まる。次に、骨セメント22を寛骨臼に塗布した後、カップを装着した状態で、手術器具の上部ハンドルを水平に保持しながら下降させて、カップを寛骨臼に嵌め込む。こうしてカップの高壁部を股関節の下位方向に正しく位置決めすることができる。
【0061】
図13(a)は、従来の手術器具の先端部におけるカップの装着状態を示す部分側面図であり、図13(b)は、その部分正面図である。従来のカップは、高壁部が後方に向くように、4つのピン挿入孔25が形成されている。ピン挿入孔25が4箇所になっているのは左右の区別があるためである。
【産業上の利用可能性】
【0062】
以上のように、本発明の適用によって、患者の肢位制限範囲が拡大してQOL(Quality of Life)を向上させることができるとともに、脱臼およびその対応による医療費負担を大幅に低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明に係る人工股関節の一例を示す斜視図である。
【図2】本発明に係るカップの一例を示す斜視図である。
【図3】図3(a)はカップの垂直断面図を示し、図3(b)はその正面図を示す。
【図4】身体およびその運動方向を表現するためのパラメータを示す説明図である。
【図5】高壁部と低壁部の境界についての角度範囲を示す説明図である。
【図6】高壁部の角度位置と可動角度との関係を示すグラフである。
【図7】高壁部の内壁高さと可動角度との関係を示すグラフである。
【図8】低壁部の内壁高さと可動角度との関係を示すグラフである。
【図9】外壁に雄ネジを設けたカップの例を示し、図9(a)はその垂直断面図を示し、図9(b)はその正面図を示す。
【図10】アウターシェルを用いたカップの例を示し、図10(a)はその垂直断面図を示し、図10(b)はその正面図を示す。
【図11】本発明に係る手術器具の一例を示す側面図である。
【図12】図12(a)はカップの装着状態を示す部分側面図であり、図12(b)はその部分正面図である。
【図13】図13(a)は従来の手術器具の先端部におけるカップの装着状態を示す部分側面図であり、図13(b)はその部分正面図である。
【図14】典型的な人工股関節を股関節部位に設置した状況を示す説明図である。
【図15】人工股関節における脱臼発生の状況を示す説明図である。
【図16】人工股関節における脱臼発生の状況を示す説明図である。
【図17】人工股関節における脱臼発生の状況を示す説明図である。
【図18】ステムのネック部の直径を細くすることによるオシレーション角の増大効果を示す説明図である。
【図19】骨頭の直径を大きくすることによるオシレーション角の増大効果を示す説明図である。
【図20】カップにおける骨頭の回転中心とカップ端面との距離を小さく、すなわち外側寄りに配置させることによるオシレーション角増大効果を示す説明図である。
【図21】従来の人工股関節の一例を示す斜視図である。
【図22】図22(a)は従来のカップの一例を示す垂直断面図であり、図22(b)はその正面図を示す。
【符号の説明】
【0064】
1 内壁
2 低壁部
3 高壁部
4 回転中心
5 縁部
6 雄ネジ
11 カップ
12 骨頭
13 ステム
14 ネック部
21 ロッド
22 骨セメント
24 カップ保持用ピン
25 ピン挿入孔
【技術分野】
【0001】
本発明は、人体の股関節部位を置換するための人工股関節、および人工股関節用のカップ、ならびに該カップを骨盤の寛骨臼に装着するための設置用手術器具に関する。
【背景技術】
【0002】
股関節疾患の最終的な治療方法として、人工股関節はひろく用いられている。
【0003】
図14は、典型的な人工股関節を股関節部位に設置した状況を示す説明図である。人工股関節は、骨盤の寛骨の臼に埋め込まれるカップと、大腿骨の髄腔に埋め込まれるステムと、ステムの先端に取り付けられてカップの内壁と摺動する骨頭とで構成される。
【0004】
カップは、超高分子量ポリエチレン製の一体型で骨セメントによって固定されるものもあれば、金属製のアウターシェルをスクリューなどで寛骨臼内に固定したのちにその中に固定されるようになっている超高分子量ポリエチレン製のもの、あるいは寛骨臼に専用器具によって掘られたメネジにねじ込んで固定する超高分子量ポリエチレンの一体型など、種々のタイプが存在する。
【0005】
この人工股関節の置換手術後に起こる不具合のなかで、脱臼は重篤なもののひとつである。脱臼の発生する状況を図15〜図17に示す。カップ11の縁部5とステムのネック部14の位置関係が、図15のように通常範囲内にあるような場合には問題は発生しないが、足を大きく動かした際に、図16のように、ステムのネック部14がカップ11の縁部5に接触する位置にまで動き、さらに足を動かそうとしたときには、図17のように、骨頭12がカップ11の壁1を乗り越えて脱臼するといった事態に陥るのである。
【0006】
これらは、カップ11の縁部5とステムのネック部14が接触せずに動かすことのできる角度(オシレーション角)が、従来の製品においては正常な人間が通常に動かすことのできる角度よりも狭いことに起因するのであり、これまでにもオシレーション角を広くするための工夫が種々なされてきた。
【0007】
例えば、(1)図18に示すように、ステムのネック部14の直径を細くする手法、(2)図19に示すように、骨頭12の直径を大きくする手法、(3)図20に示すように、カップ11における骨頭12の回転中心4とカップ端面との距離を小さく、すなわち骨頭全体を外側寄りに配置させる手法、などが試みられてきたが、それぞれ下記の問題があるため課題を解決するに至っていない。
【0008】
手法(1)については、患者の体重の5倍と言われる荷重に耐えるだけの直径をネック部分で確保するのが困難である。手法(2)については、骨頭径を大きくすることによってカップ11のポリエチレン部分の肉厚が薄くなって、ポリエチレンの摩耗量が増大する危険性が高くなる。手法(3)については、カップ縁部に接触する可能性こそ少なくなるが骨頭が完全に脱臼するまでの距離が少なくなって、却って脱臼への抵抗力が弱まってしまうのである。また、このように設計された人工股関節の各部材を、実際に人体のなかで理想的な位置に設置するには非常に高い技術が必要であり、脱臼防止効果を高めるには至っていない。
【0009】
そこで、ステムのネック部がカップの縁部に接触することは避けられないこととして、特開昭59−192365号にあるように、接触後さらにステムが回転移動しようとしたときに骨頭がカップの縁部を乗り越えていかないよう、骨頭が乗り越えようとする方向に壁を付けたカップ内壁形状を構成することが提案されている。
【0010】
この壁は、関節内で後方または後方上位に向けることが通例であるが、実際に脱臼によって抜去されたこの種のカップを観察してみると、この壁にステムネック部の接触痕が残されている事例が多く見られる。すなわち、壁の設置方向が適切でないと、ステムネック部が梃子になって骨頭が抜けようとするとき、この壁が支点として作用してしまう場合があるということが推定される。
【0011】
図21は、従来の人工股関節の一例を示す斜視図である。図22(a)は従来のカップの一例を示す垂直断面図であり、図22(b)はその正面図を示す。ここでは、人工股関節を左足股関節として取り付けた状態を示し、カップは、骨セメントによって固定されるタイプを例として説明する。
【0012】
人工股関節は、カップ11と、ステム13と、骨頭12などで構成される。カップ11には、図22(a)に示すように、骨頭12の回転中心4を基準として、内壁高さL1を有する低壁部2と、L1より大きい内壁高さL2を有する高壁部3とが設けられ、高壁部3は、図21に示すように、股関節の後方に位置決めされている。従って、特開昭59−192365号と同様に、ステム13のネック部14が梃子になって骨頭12が抜けようとするとき、この高壁部3が支点として作用して、脱臼する可能性が高くなる。
【0013】
【特許文献1】特開昭59−192365号公報
【特許文献2】特表2003−526455号公報
【特許文献3】特許第3075686号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の目的は、カップ形状を工夫して、ステムのネック部がカップの縁部に接触する可能性を可及的に排除し、接触を起因とする骨頭の脱臼を防止できる人工股関節、および人工股関節用のカップを提供することである。
【0015】
また本発明の目的は、こうしたカップを骨盤の寛骨臼に装着するための設置用手術器具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、正常な股関節の通常動作で取ることのできる3次元可動域を測定し、そこに至る大腿骨ステムネック運動の軌跡をトレースすることによって、新しい形状の臼蓋用カップを発案し、その効果を確認した。
【0017】
本発明の説明にあたって、身体の運動方向ならびに角度を表現するためのパラメータを定義する。
【0018】
図4に示すように、通常に起立した状態を基準にして、そこから足を前方に動かすとき、これを屈曲と呼び、動いた角度を屈曲角と呼ぶ。反対に足を後方に動かすとき、これを伸展と呼び、その角度を伸展角と呼ぶ。また、通常に起立した状態から足を左右に開く方向に動かすとき、これを外転と呼び、その角度を外転角と呼ぶ。その反対方向に動かすとき、これを内転と呼び、その角度を内転角と呼ぶ。また、足を直立させたままで、足のつまさきを外側に開いていくように動かすとき、これを外旋と呼び、その角度を外旋角と呼ぶ。その反対に足のつまさきを内側に閉じていくように動かすとき、これを内旋と呼び、その角度を内旋角と呼ぶ。
【0019】
実際の股関節の運動は、これら6方向だけに限定されるわけではないが、すべての運動はこれら6方向の運動の組み合わせとして記述することができる。たとえば、脱臼が頻発する肢位である和式トイレでの大腿骨の状態は、90度ないしはそれ以上屈曲をしたのちに20度から25度の内旋をおこなったものである。
【0020】
本発明者らは、正常人の股関節について、通常に起立した状態からある角度を屈曲させたのちに、外旋、内旋、外転または内転させて、股関節が正常に動くことのできる範囲を測定した。その結果は下記(表1)のようになった。
【0021】
【表1】
【0022】
次に、これらの位置に至るまでのステムのネックの動きをトレースし、この移動範囲内でステムのネック部がカップ縁部に接触することのない最大の高さでもってカップ内壁の壁高さを決定していった。その結果、図2に示すような形状のカップを考案した。これは、骨セメントによって寛骨臼に固定されるタイプのポリエチレンカップである。特開昭59−192365号や特表2003−526455号などにも記載されているように、壁の高さを変化させて脱臼時に骨頭が乗り越えようとする方向に高壁を配置するという構成は既知であるが、その高壁の方向は後方または後方上位に向けるとされており、下位内側方向に向けるという構成は本発明によって初めて提案するものである。
【0023】
即ち、本発明に係る人工股関節は、骨盤の寛骨臼に装着可能であって、凹状の内壁を持つカップと、
大腿骨の髄腔に装着可能なステムと、
ステムの上端に固定され、カップ内壁に沿って摺動する球面を持つ骨頭とを備え、
カップには、骨頭の回転中心を基準として、内壁高さL1を有する低壁部と、L1より大きい内壁高さL2を有する高壁部とが設けられ、
高壁部は、股関節の下位方向に位置決めされることを特徴とする。
【0024】
また本発明において、高壁部から低壁部に変化する角度位置は、股関節の下位方向を基準として、35°〜80°の範囲および−35°〜−80°の範囲にあることが好ましい。
【0025】
また本発明において、高壁部の内壁高さL2は、0.5mm〜8.0mmの範囲にあることが好ましい。
【0026】
また本発明において、低壁部の内壁高さL1は、0mm〜3.0mmの範囲にあることが好ましい。
【0027】
また、本発明に係る人工股関節用のカップは、骨盤の寛骨臼に装着可能であり、球面状の骨頭を収納するための凹状の内壁を有し、
骨頭の回転中心を基準として、内壁高さL1を有する低壁部と、L1より大きい内壁高さL2を有する高壁部とが設けられ、
高壁部の対称中心線に対して略垂直に交差する線上に、一対のピン挿入孔が形成されていることを特徴とする。
【0028】
また、本発明に係る設置用手術器具は、上記のカップを骨盤の寛骨臼に装着するためのものであって、
操作用のロッドと、
ロッドの先端に、前方下がりに取り付けられたプレートと、
ロッドの長手方向に対して略垂直に交差する線上に設けられ、プレートの下面から突出する一対のカップ保持用ピンとを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、カップに低壁部および高壁部を設け、高壁部を股関節の下位方向に位置決めすることによって、正常人の股関節と同程度の可動範囲を確保するとともに、ステムのネック部がカップの縁部に接触する可能性を可及的に排除することができる。その結果、接触を起因とする骨頭の脱臼を防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
図1は、本発明に係る人工股関節の一例を示す斜視図である。図2は本発明に係るカップの一例を示す斜視図である。図3(a)は当該カップの垂直断面図を示し、図3(b)はその正面図を示す。ここでは、人工股関節を左足股関節として取り付けた状態を示し、カップは、骨セメントによって固定されるタイプを例として説明する。
【0031】
人工股関節は、カップ11と、ステム13と、骨頭12などで構成される。
【0032】
カップ11は、超高分子量ポリエチレンなど、耐摩耗性、耐食性を有する高分子材料で形成され、骨頭12を収納するための凹状の内壁1と、骨盤の寛骨臼に装着可能なようにドーム状の外壁などを備える。カップ11の外壁には、骨セメントとの結合強度を向上させるための溝や凹凸を設けても構わない。なお、図2では、外壁の円周エッジから骨盤側に延出した円錐面状のフランジを設けた例を示しているが、図3では、理解容易のため、フランジの図示を省略している。
【0033】
ステム13は、金属や合金など、高強度で耐食性を有する材料で形成される。ステム13の根元は、大腿骨の髄腔に装着可能な形状になっている。ステム13の上端には、骨頭12を固定するためのテーパー状のネック部14が設けられる。
【0034】
骨頭12は、高強度で耐食性を有するセラミック材料や金属材料で形成され、カップ11の内壁に沿って摺動する球面を有する。球面の一部には、ステム13のネック部14を挿入し固定するための挿入孔が設けられる。
【0035】
本実施形態において、カップ11には、図3(a)に示すように、骨頭12の回転中心4を基準として、内壁高さL1を有する低壁部2と、L1より大きい内壁高さL2を有する高壁部3とが設けられる。
【0036】
カップ11の内壁1は、骨頭12の球面半径と一致する半径を持つ半球面部を有する。
【0037】
低壁部2は、半球面部のエッジからカップ端面で傾斜した縁部5に到達するまでの部分を称し、低壁部2の内壁高さL1は、回転中心4を包含する半球面部のエッジ平面から縁部5まで距離で定義される。
【0038】
高壁部3は、半球面部のエッジからカップ端面の盛り上げ部分に到達するまでの部分を称し、高壁部3の内壁高さL2は、回転中心4を包含する半球面部のエッジ平面から盛り上げ部分まで距離で定義される。
【0039】
こうした高壁部3は、図1に示すように、正常位にあるステム13の長手方向、即ち、股関節の下位方向に位置決めされる。こうした構成によって、正常人の股関節と同程度の可動範囲を確保しつつ、ステムのネック部がカップの縁部に接触する可能性を低減できる。
【0040】
高壁部3から低壁部2に高さが変化する位置θを決定するにあたっては、脱臼防止と十分な可動範囲の確保を両立させることが必要である。まず、脱臼防止の観点であるが、脱臼の姿勢として最も頻発するのはある角度の屈曲の後に内旋をおこなった場合である。
【0041】
そこで、ある角度の屈曲位をとったのちに、カップの縁部に接触するまで内旋方向にステムネックを動かして、そのときの接触位置を計測した。高い壁は、この接触位置の対向方向に必要とされるからである。その結果は下記(表2)のごとくであり、それぞれの角度における接触位置を図5に示す。
【0042】
なお、初期屈曲50°未満からの内旋方向への運動は、実用上の脱臼危険性は少ないため考慮しなくてもよい。また120°以上の屈曲位は極端な姿勢でありこれも考慮の必要はない。
【0043】
【表2】
【0044】
この結果から、脱臼防止の観点からは、股関節の下位方向を基準として、θは35°から80°の範囲にあることが最適であることがわかる。そして、この方向に高壁部3を配置することによって、従来形状では低壁部2と同じ高さでしかなかった骨頭の浮上限界量が、高壁部3の高さL2にまで拡大する。これによって、もしもネック部14がカップ縁部5に接触するほどの極端な内旋位にまで達したとしても、そのときに骨頭12が抜けようとする方向となる遠位内側には高い壁があるため、脱臼防止効果が発揮されるのである。
【0045】
ここでは、図5に示すように、後方側にある高さ変化位置θについて検討したが、前方側の高さ変化位置についても同様に、股関節の下位方向を基準として、θは−35°から−80°の範囲にあることが最適であることがわかる。
【0046】
一方、十分な可動範囲の確保という観点からは、θを変化させたときに0°屈曲後の伸展角、外転角、内転角、内旋角、外旋角の限界がどのように変化するかを検討した。結果を図6に示す。
【0047】
なお、外転角と内旋角は本調査範囲内では数字の変化が無く、結果に影響を与えないので説明の簡略化のために図示していない。まず伸展は35°以上あれば実用上は十分であり、本検討範囲では問題はなかった。また内転角は30°以上が必要とされており、本検討範囲では問題がないといえる。一方、外旋角は40°以上が必要であり、そのためにはθは0°から90°の範囲である必要がある。これら脱臼防止と十分な可動範囲の確保の両方を満足するθの値として、本発明では35°〜80°が得られた。
【0048】
次に、高壁部3の高さL2を決定するにあたっては、ステム13のネック部14が高壁部3の方向に動いたときでも接触しない高さにとどめる必要がある。このときに考慮するパラメータは、30°屈曲後の内転角と外旋角であり、先に示したように内転角は35°以上、外旋角は53°以上が必要である。高壁部3の高さL2を変化させたうえで、30°屈曲後の内転角と外旋角を検討した結果を図7に示す。
【0049】
ここから、高壁部3の高さL2は8.0mm以下が適正であることが読みとられる。また、脱臼防止の効果を発揮するためには高壁の高さは0mmでは無意味であり、本発明では0.5mm〜8.0mmが適当であるという結論が得られた。
【0050】
次に、低壁部2の高さL1についても、ステム13のネック部14が低壁部2の方向に動いたときでも接触しない高さという判断基準が適用される。低壁部2の高さL1を変化させたうえで、0°屈曲後の外転角、内転角、内旋角、外旋角を検討した結果を図8に示す。
【0051】
先に示したように外転角は40°以上、内転角は30°以上、内旋角は40°以上、外旋角は40°以上が必要であり、これらすべてを満足する低壁の高さは0mm〜3.0mmであることがわかった。
【0052】
なお、実際の臨床適用にあたっては、患者の脱臼に対する危険度を勘案したうえで、適切な寸法のものが選ばれる。
【0053】
図9は、外壁に雄ネジを設けたカップの例を示し、図9(a)はその垂直断面図を示し、図9(b)はその正面図を示す。骨盤の寛骨臼にネジ山を切って、雌ネジを形成した後、図9に示す雄ネジ6付きのカップを寛骨臼に当てて回転させることにより、ネジ結合による固定が完成する。
【0054】
図10は、アウターシェルを用いたカップの例を示し、図10(a)はその垂直断面図を示し、図10(b)はその正面図を示す。骨盤の寛骨臼に金属製のアウターシェル7をスクリュー8によって仮固定した後、図10に示すカップをアウターシェル7のなかに嵌合や打ち込みによって固定する。
【0055】
図9および図10に示すカップは、いずれも臼蓋に取り付るための形状は異なっていても、骨頭と接する摺動部や壁形状は図2と同一である。
【0056】
次に、本発明に係るカップを寛骨臼に固定するための手術器具について説明する。
【0057】
図11は、本発明に係る手術器具の一例を示す側面図である。図12(a)は、カップの装着状態を示す部分側面図であり、図12(b)は、その部分正面図である。
【0058】
本発明に係るカップは、図2および図12(b)に示すように、高壁部3の対称中心線に対して略垂直に交差する線上に、一対のピン挿入孔25が形成されている。
【0059】
本発明に係る手術器具は、操作用のロッド21と、ロッド21の先端に、前方下がりに取り付けられた馬蹄状のプレートと、ロッド21の長手方向に対して略垂直に交差する線上に設けられ、プレートの下面から突出する一対のカップ保持用ピン24などで構成される。
【0060】
カップを寛骨23の臼に固定する場合、まずカップを手術器具のプレートに装着する。このときカップ保持用ピン24をカップのピン挿入孔25に挿入することによって、カップの回転方位が決まる。次に、骨セメント22を寛骨臼に塗布した後、カップを装着した状態で、手術器具の上部ハンドルを水平に保持しながら下降させて、カップを寛骨臼に嵌め込む。こうしてカップの高壁部を股関節の下位方向に正しく位置決めすることができる。
【0061】
図13(a)は、従来の手術器具の先端部におけるカップの装着状態を示す部分側面図であり、図13(b)は、その部分正面図である。従来のカップは、高壁部が後方に向くように、4つのピン挿入孔25が形成されている。ピン挿入孔25が4箇所になっているのは左右の区別があるためである。
【産業上の利用可能性】
【0062】
以上のように、本発明の適用によって、患者の肢位制限範囲が拡大してQOL(Quality of Life)を向上させることができるとともに、脱臼およびその対応による医療費負担を大幅に低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明に係る人工股関節の一例を示す斜視図である。
【図2】本発明に係るカップの一例を示す斜視図である。
【図3】図3(a)はカップの垂直断面図を示し、図3(b)はその正面図を示す。
【図4】身体およびその運動方向を表現するためのパラメータを示す説明図である。
【図5】高壁部と低壁部の境界についての角度範囲を示す説明図である。
【図6】高壁部の角度位置と可動角度との関係を示すグラフである。
【図7】高壁部の内壁高さと可動角度との関係を示すグラフである。
【図8】低壁部の内壁高さと可動角度との関係を示すグラフである。
【図9】外壁に雄ネジを設けたカップの例を示し、図9(a)はその垂直断面図を示し、図9(b)はその正面図を示す。
【図10】アウターシェルを用いたカップの例を示し、図10(a)はその垂直断面図を示し、図10(b)はその正面図を示す。
【図11】本発明に係る手術器具の一例を示す側面図である。
【図12】図12(a)はカップの装着状態を示す部分側面図であり、図12(b)はその部分正面図である。
【図13】図13(a)は従来の手術器具の先端部におけるカップの装着状態を示す部分側面図であり、図13(b)はその部分正面図である。
【図14】典型的な人工股関節を股関節部位に設置した状況を示す説明図である。
【図15】人工股関節における脱臼発生の状況を示す説明図である。
【図16】人工股関節における脱臼発生の状況を示す説明図である。
【図17】人工股関節における脱臼発生の状況を示す説明図である。
【図18】ステムのネック部の直径を細くすることによるオシレーション角の増大効果を示す説明図である。
【図19】骨頭の直径を大きくすることによるオシレーション角の増大効果を示す説明図である。
【図20】カップにおける骨頭の回転中心とカップ端面との距離を小さく、すなわち外側寄りに配置させることによるオシレーション角増大効果を示す説明図である。
【図21】従来の人工股関節の一例を示す斜視図である。
【図22】図22(a)は従来のカップの一例を示す垂直断面図であり、図22(b)はその正面図を示す。
【符号の説明】
【0064】
1 内壁
2 低壁部
3 高壁部
4 回転中心
5 縁部
6 雄ネジ
11 カップ
12 骨頭
13 ステム
14 ネック部
21 ロッド
22 骨セメント
24 カップ保持用ピン
25 ピン挿入孔
【特許請求の範囲】
【請求項1】
骨盤の寛骨臼に装着可能であって、凹状の内壁を持つカップと、
大腿骨の髄腔に装着可能なステムと、
ステムの上端に固定され、カップ内壁に沿って摺動する球面を持つ骨頭とを備え、
カップには、骨頭の回転中心を基準として、内壁高さL1を有する低壁部と、L1より大きい内壁高さL2を有する高壁部とが設けられ、
高壁部は、股関節の下位方向に位置決めされることを特徴とする人工股関節。
【請求項2】
高壁部から低壁部に変化する角度位置は、股関節の下位方向を基準として、35°〜80°の範囲および−35°〜−80°の範囲にあることを特徴とする請求項1記載の人工股関節。
【請求項3】
高壁部の内壁高さL2は、0.5mm〜8.0mmの範囲にあることを特徴とする請求項1記載の人工股関節。
【請求項4】
低壁部の内壁高さL1は、0mm〜3.0mmの範囲にあることを特徴とする請求項1記載の人工股関節。
【請求項5】
骨盤の寛骨臼に装着可能であり、球面状の骨頭を収納するための凹状の内壁を持つ人工股関節用のカップであって、
骨頭の回転中心を基準として、内壁高さL1を有する低壁部と、L1より大きい内壁高さL2を有する高壁部とが設けられ、
高壁部の対称中心線に対して略垂直に交差する線上に、一対のピン挿入孔が形成されていることを特徴とするカップ。
【請求項6】
請求項5記載のカップを骨盤の寛骨臼に装着するための設置用手術器具であって、
操作用のロッドと、
ロッドの先端に、前方下がりに取り付けられたプレートと、
ロッドの長手方向に対して略垂直に交差する線上に設けられ、プレートの下面から突出する一対のカップ保持用ピンとを備えることを特徴とする設置用手術器具。
【請求項1】
骨盤の寛骨臼に装着可能であって、凹状の内壁を持つカップと、
大腿骨の髄腔に装着可能なステムと、
ステムの上端に固定され、カップ内壁に沿って摺動する球面を持つ骨頭とを備え、
カップには、骨頭の回転中心を基準として、内壁高さL1を有する低壁部と、L1より大きい内壁高さL2を有する高壁部とが設けられ、
高壁部は、股関節の下位方向に位置決めされることを特徴とする人工股関節。
【請求項2】
高壁部から低壁部に変化する角度位置は、股関節の下位方向を基準として、35°〜80°の範囲および−35°〜−80°の範囲にあることを特徴とする請求項1記載の人工股関節。
【請求項3】
高壁部の内壁高さL2は、0.5mm〜8.0mmの範囲にあることを特徴とする請求項1記載の人工股関節。
【請求項4】
低壁部の内壁高さL1は、0mm〜3.0mmの範囲にあることを特徴とする請求項1記載の人工股関節。
【請求項5】
骨盤の寛骨臼に装着可能であり、球面状の骨頭を収納するための凹状の内壁を持つ人工股関節用のカップであって、
骨頭の回転中心を基準として、内壁高さL1を有する低壁部と、L1より大きい内壁高さL2を有する高壁部とが設けられ、
高壁部の対称中心線に対して略垂直に交差する線上に、一対のピン挿入孔が形成されていることを特徴とするカップ。
【請求項6】
請求項5記載のカップを骨盤の寛骨臼に装着するための設置用手術器具であって、
操作用のロッドと、
ロッドの先端に、前方下がりに取り付けられたプレートと、
ロッドの長手方向に対して略垂直に交差する線上に設けられ、プレートの下面から突出する一対のカップ保持用ピンとを備えることを特徴とする設置用手術器具。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【公開番号】特開2006−136470(P2006−136470A)
【公開日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−327933(P2004−327933)
【出願日】平成16年11月11日(2004.11.11)
【出願人】(500409219)学校法人関西医科大学 (36)
【出願人】(504418084)日本メディカルマテリアル株式会社 (106)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年11月11日(2004.11.11)
【出願人】(500409219)学校法人関西医科大学 (36)
【出願人】(504418084)日本メディカルマテリアル株式会社 (106)
【Fターム(参考)】
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