説明

低温焼戻し用鋼板

【課題】優れた加工性を有する焼入れ焼戻し用鋼板を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.30〜0.47%、Si:0.30%以下、Mn:0.30〜1.00%、S:0.0010〜0.02%、Ti:0.002〜0.030%、Al:0.050%以下およびN:0.0070%以下を含有し、さらにPおよびBの含有量が下記式(1)〜(4)を満足し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有することを特徴とする、焼入れ後に400℃以下の焼戻しが施される低温焼戻し用鋼板。
P≦0.2×(31/11)×(B*)0.5 (1)
0.0005≦B*≦0.0050 (2)
B*=max[B-(11/14)×N*,0] (3)
N*=max[N-(14/48)×Ti,0] (4)
ここで、各式におけるP,N,Bは各元素の含有量(単位:質量%)を表し、max[ ]は[ ]内の引数の最大値を返す関数である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼入れ焼戻しが施される鋼板に関する。より詳しくは、本発明は、焼入れ前においては優れた加工性を有するとともに焼入れ焼戻し後においては高い強度と優れた靭性とを備える鋼板部材を得ることが可能な、焼入れ焼戻し用鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車、オートバイおよび自転車等の乗り物や各種産業機械に使用されるチェーンは、その素材となる鋼板を打抜いて、焼入れ焼戻しやオーステンパーといった熱処理を施し、HRCで43〜47の硬度に調質することにより、製造されている。そして、このような鋼板としては、熱延鋼板を酸洗した酸洗鋼板や冷延鋼板が使用されている。
【0003】
ここで、上記焼戻しは、焼戻し脆性が生じる温度域を回避するために、400℃をやや超える程度の温度域で行われている。このような高温域での焼戻しの後に上記硬度を確保するには、Cを0.50質量%以上含有する鋼種を使用する必要がある。このため、チェーン用鋼板にはS50C〜S65C鋼等の鋼種が適用されている。
【0004】
しかしながら、S50C〜S65C鋼はC含有量が高いため、焼入れ前の鋼板は強度が高く加工性に劣り、焼入れ焼戻し後の鋼板部材は靭性に劣る。また、上述したように焼戻しを高温域で行わざるをえないため、製造コストが嵩む。
【0005】
これに対して、特許文献1および特許文献2には、従来材よりもC含有量を低減させることにより焼入れままでも従来材と同等の靭性を確保し、C含有量を低減させることによる焼入れ性の低下をB添加により補償した、チェーン用鋼板が開示されている。
【0006】
他方、特許文献3、特許文献4、特許文献5および特許文献6にもBを添加した焼入れ用鋼板が開示されている。
【特許文献1】特開平05−98356号公報
【特許文献2】特開平05−98357号公報
【特許文献3】特開平11−256268号公報
【特許文献4】特開平11−256272号公報
【特許文献5】特開2000−248330号公報
【特許文献6】特開2000−265240号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記公報に記載された鋼板は、いずれも焼入れままで使用されるものであり、焼戻し熱処理を施さないものであるため、熱処理後において安定した特性を得ることが困難である。
【0008】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたものであり、焼入れ前においては優れた加工性を有するとともに、焼入れ焼戻し後においては高い強度と優れた靭性とを安定して有する鋼板部材を得ることが可能な、優れた加工性を有する焼入れ焼戻し用鋼板を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決すべく、鋼板の化学組成および焼戻し条件が焼入れ前の鋼板の加工性ならびに焼入れ焼戻し後の鋼板部材の強度および靭性に及ぼす影響について詳細な調査を行った。
【0010】
その結果、従来技術において脆性確保の観点から忌避されていた400℃以下という低い温度域でも良好な靭性を確保でき、当該温度域での焼戻しを可能とする化学組成を新たに見出した。そして、これにより、焼入れ前においては優れた加工性を確保でき、焼入れ焼戻し後においては高い強度と優れた靭性とを確保できることを新たに見出したのである。
【0011】
すなわち、本発明は以下の新たな知見に基づくものである。
(1)従来から使用されているS50C〜S65C鋼のようなC含有量の高い材料では、焼入れ前において優れた加工性を確保し、かつ、焼入れ焼戻し後の鋼板部材において優れた靭性を確保することはできない。
【0012】
(2)これらの特性を確保するにはC含有量を低減させる必要があるが、従来の技術思想の延長線上ではC含有量を低減させることはできないか、できたとしても焼入れ前において優れた加工性を確保することはできなかった。
【0013】
(3)その理由は以下のとおりである。
図1は、Si:0.21%、Mn:0.61%、P:0.012%、S:0.007%、Cr:0.15%、Ti:0.001%、sol.Al:0.034%、N:0.0040%を基本組成としてC含有量のみを変化させた化学組成を有する熱延鋼板に、870℃に20分間保持したのちに油焼入れを施し、その後各温度で30分間の焼戻しを施した場合における、焼戻し温度が焼入れ焼戻し後の鋼板の表面硬度に及ぼす影響を示すものである。同図に示されるように、焼入れままの硬度はC含有量によって決定され、焼戻し温度が高温になるにしたがって表面硬度は低下する。同図より、焼戻し後にHRCで43〜47の硬度を確保するには少なくともC含有量は0.30%以上とする必要がある。しかしながら、400℃以下の温度域においては低温脆性が生じてしまい、焼入れ焼戻し後において優れた靭性を確保することはできないから、焼戻し温度を400℃以上とすることが必要であり、このような焼戻し温度を前提とすると、C含有量は0.50%以上となる。
【0014】
一方、C含有量の低減に伴う焼入れ性の低下や焼入れ焼戻し後の鋼板部材の強度(硬度)低下を補償する方法として、Mnのような元素を含有させる方法が考えられるが、やはり400℃以上の焼戻しを前提とするため、多量の元素を含有させる必要が生じ、このため焼入れ前の鋼板の強度が高くなり加工性を劣化させる。
したがって、従来の技術思想の延長線上ではC含有量を低減させることはできないか、できたとしても焼入れ前において優れた加工性を確保することはできなかったのである。
【0015】
(4)本発明者は、Bを含有させることにより、(a)C含有量の低減に伴う焼入れ性の低下を補償できること、(b)低温脆性を惹き起こすPの粒界偏析を抑制して低温での焼戻しを可能にし、これによってC含有量の低減に伴う焼入れ焼戻し後の鋼板部材の強度(硬度)低下を補償することができること、(c)少量の含有量で上記効果が得られるので焼入れ前の鋼板の強度を低下させることができ、加工性を著しく向上させることができることを、新たに知見した。
【0016】
(5)Bによる焼入れ性向上およびPの粒界偏析抑制は固溶状態にあるBによってもたらされるため、所定の焼入れ性を確保し、400℃以下の低温域での焼戻しを可能にするにはN含有量に応じてBの含有量の下限を決定するとともに、固溶状態にあるB含有量に応じてP含有量の上限を決定することが必要である。
【0017】
図2は、後述する実施例のNo.1〜10およびNo.18〜20の熱延鋼板に、870℃に20分間保持した後に油焼入を行う焼入れ処理を施し、さらにHRCで約45となるように250〜400℃の温度域で30分間保持する焼戻し処理を施した後の、シャルピー衝撃値に及ぼす化学組成の影響を示すものである。
【0018】
同図に示されるように、Bによる焼入れ性向上およびPの粒界偏析抑制の効果を確実に得るには、下記式(1)〜(4)を満足する化学組成とすることが必要である。
P≦0.2×(31/11)×(B0.5 (1)
0.0005≦B≦0.0050 (2)
=max[B−(11/14)×N,0] (3)
=max[N−(14/48)×Ti,0] (4)
ここで、各式におけるP、N、Bは各元素の含有量(単位:質量%)を表し、max[ ]は[ ]内の引数の最大値を返す関数である。
【0019】
以上の知見に基づき完成された本発明は次のとおりである。
(1)質量%で、C:0.30〜0.47%、Si:0.30%以下、Mn:0.30〜1.00%、S:0.0010〜0.02%、Ti:0.002〜0.030%、Al:0.050%以下およびN:0.0070%以下を含有し、さらにPおよびBの含有量が下記式(1)〜(4)を満足し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有することを特徴とする、焼入れ後に400℃以下の焼戻しが施される低温焼戻し用鋼板。
【0020】
P≦0.2×(31/11)×(B0.5 (1)
0.0005≦B≦0.0050 (2)
=max[B−(11/14)×N,0] (3)
=max[N−(14/48)×Ti,0] (4)
ここで、各式におけるP、N、Bは各元素の含有量(単位:質量%)を表し、max[ ]は[ ]内の引数の最大値を返す関数である。
【0021】
(2)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Cr:0.50%以下を含有することを特徴とする上記(1)に記載の低温焼戻し用鋼板。
【0022】
(3)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Cu:0.15%以下を含有することを特徴とする上記(1)または(2)に記載の低温焼戻し用鋼板。
【0023】
(4)前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Ni:0.15%以下、Mo:0.30%以下およびNb:0.030%以下からなる群から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の低温焼戻し用鋼板。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、焼入れ前においては優れた加工性を有するとともに焼入れ焼戻し後においては高い強度と優れた靭性とを備える鋼板部材を得ることが可能な、優れた加工性を有する焼入れ焼戻し用鋼板およびその製造方法が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下に、本発明に係る鋼板の最良の形態や製造条件の範囲およびこれらの設定理由について説明する。なお、本明細書における鋼の化学組成を表す「%」は、特に断りがない場合には質量%を意味する。
【0026】
1.化学組成
(1)C:0.30〜0.47%
Cは、焼入れ焼戻し後の鋼板部材の強度(硬度)を決定するとともに、焼入れ前の鋼板の加工性(強度)に大きな影響を及ぼす重要な元素である。C含有量が0.30%未満では、焼入れ焼戻し後の鋼板部材の強度を十分に高めることが困難となる。例えば、鋼板部材がチェーンである場合には、チェーン芯部の硬度をHRCで43〜47とすることが困難となる。一方、C含有量が0.47%超では、焼入れ前の鋼板は強度が高く加工性に劣り、焼入れ焼戻し後の鋼板部材は靭性に劣る。したがって、C含有量を0.30%以上0.47%以下とする。
【0027】
(2)Si:0.30%以下
Siは、不純物として鋼中に含有される元素であるが、脱酸剤として有効な元素であるので、必要に応じて添加してもよい。一方、Siは固溶強化元素であり、過剰に含有すると焼入れ前の鋼板は強度が高く加工性に劣る。したがって、Si含有量は0.30%以下とする。
【0028】
(3)Mn:0.30〜1.00%
Mnは、脱酸剤として有効な元素であるとともに、焼入れ時の焼入れ倍数を高め、硬化深度を高めるのに有効な元素でもある。このため、Mn含有量を0.30%以上とする。一方、過剰に含有すると焼入れ前の鋼板の強度が高くなり加工性が劣化する。このため、Mn含有量を1.00%以下とする。
【0029】
(4)P:P≦0.2×(31/11)×(B0.5
Pは、本発明において重要な元素である。
Pは、不純物として鋼中に含有される元素であり、オーステナイト粒界に偏析しやすく、これにより粒界強度を低下させて靭性を著しく劣化させる。したがって、P含有量は少ないほど好ましい。
【0030】
ただし、本発明においては、後述するようにBを含有させるのであり、このBのうちNと結合してBNを形成していない固溶状態にあるBは、焼入れ時にPに優先してオーステナイト粒界に偏析し、Pの粒界偏析を抑制することが判明し、その効果は、1原子当りPの約20倍であることが確認できた。したがって、P含有量の上限はB含有量に応じて緩和されることとなり、P含有量は下記の式(1)〜(4)を満足させるようにする。
【0031】
P≦0.2×(31/11)×(B0.5 (1)
0.0005≦B≦0.0050 (2)
=max[B−(11/14)×N,0] (3)
=max[N−(14/48)×Ti,0] (4)
ここで、各式におけるP、N、Bは各元素の含有量(単位:質量%)を表し、max[ ]は[ ]内の引数の最大値を返す関数である。
【0032】
(5)S:0.0010〜0.02%
Sは、不純物として鋼中に含有される元素であり、S含有量が0.02%超では焼入れ焼戻し後の鋼板部材の靭性を劣化させる。一方、Sは焼入れ前の鋼板の打抜き加工性を向上させる作用を有し、S含有量が0.0010%未満では焼入れ前の鋼板の打抜き加工性が劣化する。したがって、S含有量は0.0010%以上0.02%以下とする。好ましくは、0.004%以上0.01%以下である。
【0033】
(6)B:0.0005≦B≦0.0050
Bは、本発明において最も重要な元素である。
Bは、焼入れ時の焼入れ倍数を高め、鋼板部材の板厚中心部まで焼きを入れるのに有効な元素である。さらに、焼入れ時にPに優先してオーステナイト粒界に偏析して、低温脆性を惹き起こすPの粒界偏析を抑制する元素でもある。このようなBの作用を利用することにより、C含有量の低減にともなう焼入れ性の低下を補償することのみならず、従来低温脆性を回避するために忌避されていた400℃以下の低温焼戻しによっても良好な靭性を確保することを可能にするとともに、かかる低温焼戻しを適用することによって低いC含有量でありながら焼戻し後において高い強度を確保することをも可能にする。すなわち、C含有量の低減と低温焼戻しの適用とを可能にすることにより、焼入れ前においては優れた加工性を有するとともに焼入れ焼戻し後においては高い強度と優れた靭性とを備える鋼板部材を得ることを可能とするのである。
【0034】
Bによるこれらの作用は、固溶状態にある有効B(以下、「B」とも表記する。)によってもたらされ、Nと結合してBNを形成しているBは焼入れ性向上およびPの粒界偏析抑制に寄与しない。そこで、Bによる焼入れ性向上作用およびPの粒界偏析抑制作用による効果を確実に得るために、下記式(3)および(4)で規定されるBが0.0005以上となるようにBを含有させる。一方、B含有量が過剰になると、スラブ段階での割れや熱間圧延時の絞込みが生じやすくなり、製造が困難になるなどの弊害が現れる。このため、上記Bが0.0050以下となるようにBを含有させる。
【0035】
=max[B−(11/14)×N,0] (3)
=max[N−(14/48)×Ti,0] (4)
ここで、各式におけるN、Bは各元素の含有量(単位:質量%)を表し、max[ ]は[ ]内の引数の最大値を返す関数である。
【0036】
(7)Al:0.050%以下
Alは、脱酸剤として有効な元素であるので、必要に応じて添加してもよい。一方、過剰に含有すると、表面欠陥を生じ易くなったり、焼入れ前の鋼板の強度が高くなり加工性が劣化したりする。したがって、Al含有量を0.050%以下とする。Alによる脱酸を目的とする場合には、Al含有量を0.005%以上とすることが好ましい。なお、脱酸をSiのみで行う場合には、Alは添加しなくともよい。
【0037】
(8)N:0.0070%以下
Nは、上述したようにBと結びついてBNを形成し、固溶状態にある有効Bを減少させてしまう。したがって、N含有量は少ないほど好ましく、本発明においては0.0070%以下とする。好ましくは0.0050%以下である。
【0038】
(9)Ti:0.002〜0.030%
Tiは、Bよりも高温域でNと結合して、NをTiNとして固定する作用を有するので、Nと結合することにより消費されるBの量を低減し、有効Bを確保するのに有効な元素である。したがって、Ti含有量を0.002%以上とする。好ましくは0.005%以上である。しかし、過剰に含有すると、Nに対して過剰なTiがCを結合してTiCを形成し、焼入れ前の鋼板の強度が高くなり加工性が劣化する。また、炭窒化物を形成することにより、靭性の劣化や焼入れ性の低下を招く。したがって、Ti含有量を0.030%以下とする。好ましくは0.025%以下である。
【0039】
(10)Cr:0.50%以下
Crは、Mnと同様に焼入れ時の焼入れ倍数を高め、硬化深度を高める有効な元素であるので、必要に応じて添加してもよい。一方、過剰に含有すると焼入れ前の鋼板の強度が高くなり加工性が劣化する。また、コストの増加も招く。このため、Cr含有量は0.50%以下とする。上記効果をより確実に得るには、Cr含有量を0.05%以上とすることが好ましい。
【0040】
(11)Cu:0.15%以下
Cuは、酸洗時の過酸洗を抑制し、酸洗後の表面状態を安定化する作用を有するので、必要に応じて添加してもよい。一方、過剰に含有すると焼入れ前の鋼板の強度が高くなり加工性が劣化する。また、コストの増加も招く。このため、Cu含有量を0.15%以下とする。好ましくは0.12%以下である。上記効果をより確実に得るには、Cu含有量を0.05%以上とすることが好ましく、0.08%以上とすることがさらに好ましい。
【0041】
(12)Ni:0.15%以下
Niは、靭性向上に有効な元素であるので、必要に応じて添加してもよい。一方、Niは高価な元素であり、過剰な添加は著しいコストの増加を招く。したがって、Ni含有量を0.15%以下とする。好ましくは0.12%以下である。上記効果をより確実に得るには、Ni含有量を0.04%以上とすることが好ましく、0.06%以上とすることがさらに好ましい。
【0042】
(13)Mo:0.30%以下
Moも、靭性向上に有効な元素であるので、必要に応じて添加してもよい。一方、過剰に含有すると焼入れ前の鋼板の強度が高くなり加工性が劣化する。また、コストの増加も招く。したがって、Mo含有量を0.30%以下とする。好ましくは0.28%以下である。上記効果をより確実に得るには、Mo含有量を0.02%以上とすることが好ましく、0.05%以上とすることがさらに好ましい。
【0043】
(14)Nb:0.030%以下
Nbは、焼入れ時にオーステナイト結晶粒を細粒化し、靭性を向上させる効果を有する有効な元素であるので、必要に応じて添加してもよい。一方、過剰に含有すると、炭化物を形成して、焼入れ前の鋼板の強度が高くなり加工性を劣化させたり、焼入れ時の焼入れ性を低下させたりする。したがって、Nb含有量を0.030%以下とする。好ましくは0.025%以下である。上記効果をより確実に得るには、Nb含有量を0.005%以上とすることが好ましく、0.010%以上とすることがさらに好ましい。
【0044】
2.用途
本発明に係る鋼板は、Bを含有させることにより、C含有量の低減に伴う焼入れ性の低下を補償するのみならず、低温脆性を惹き起こすPの粒界偏析を抑制して低温での焼戻しを可能にし、これによってC含有量の低減に伴う焼入れ焼戻し後の鋼板部材の強度(硬度)低下を補償するのであり、これにより、焼入れ前においては優れた加工性を有するとともに焼入れ焼戻し後においては高い強度と優れた靭性とを備える鋼板部材を得ることを可能にするのである。
【0045】
したがって、本発明に係る鋼板は、焼入れ後に焼戻しが施される用途に供されるものであるが、その焼戻しは400℃以下の低温焼戻しである。従来と同様に焼戻し温度を400℃超としたのでは焼戻し後において目的する強度を確保することが困難となるからである。なお、本来の焼戻し効果を得るために、焼戻し温度の下限は250℃以上とすることが好ましい。焼戻しの時間は焼戻し温度に応じて適宜決定すればよく、例えば15〜60分間とすればよい。
【0046】
3.製造方法
本発明に係る鋼板は、上記化学組成を有するので、常法にしたがって熱間圧延工程などを行うことにより、焼入れ前においては優れた加工性を有するとともに焼入れ焼戻し後においては高い強度と優れた靭性とを備える鋼板部材を得ることが可能となる。したがって、製造方法は特に限定する必要はないが、本発明に係る焼入れ焼戻し用鋼板の好適な製造方法を以下に例示する。
【0047】
(1)熱間圧延工程
i)熱間圧延完了温度:850〜910℃
熱間圧延完了温度が910℃超の場合には、スケール厚が厚くなりすぎて、酸洗効率や歩留まりが低下したり、表面品質が劣化したりする場合がある。一方、熱間圧延完了温度が850℃未満の場合には、鋼塊または鋼片の変形抵抗が大きくなって熱間圧延そのものの実施が困難になったりする場合がある。したがって、熱間圧延完了温度は850〜910℃とすることが好ましい。
【0048】
ii)巻取温度:550〜660℃
巻取温度が低すぎると鋼板が高強度となり、熱間圧延ままの鋼板を焼入れに供する場合には焼入れ前の鋼板の加工性が劣化するため、巻取温度は550℃以上とすることが好ましい。一方、巻取温度があまりに高すぎると、スケール厚が厚くなりすぎて、酸洗効率や歩留まりが低下したり、表面品質が劣化したりする場合があるので、巻取温度は660℃以下とすることが好ましい。
【0049】
(2)その他の工程
本発明に係る鋼板は、熱延鋼板であっても冷延鋼板であってもよい。
熱延鋼板の場合には、熱間圧延ままの鋼板であってもよく、熱延板焼鈍を施してさらに軟質化した鋼板であってもよい。熱延板焼鈍を施す場合には、焼鈍温度を650℃以上760℃以下とし、焼鈍時間を0.1時間以上30時間以下とすることが好ましい。通常酸洗処理が施されて鋼板部材へと加工されたのちに、焼入れ焼戻しが施される。
【0050】
また、冷延鋼板の場合には、冷間圧延ままの鋼板であってもよく、焼鈍を施してさらに軟質化した鋼板であってもよい。ここで、冷間圧延に供する熱延鋼板は、上述したような熱間圧延ままの鋼板であってもよく、熱延板焼鈍を施して軟質化した鋼板であってもよい。冷間圧延の冷圧率としては20〜70%が例示できる。焼鈍を施す場合には、焼鈍温度を650℃以上760℃以下とし、焼鈍時間を0.1時間以上30時間以下とすることが好ましい。冷間圧延と焼鈍とを複数回繰り返してもよい。
【実施例】
【0051】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により制限されるものではない。
表1に示す化学組成を有するスラブを1250℃に加熱して、仕上温度:870℃、巻取温度:620℃の条件にて熱間圧延を施して2.6mm厚の熱延鋼板とした。得られた熱延鋼板に酸洗処理を施して各試験に供した。
【0052】
【表1】

【0053】
評価方法としては、まず、熱延鋼板について、引張試験によりYS、TS、Elを測定して機械特性を評価し、板厚の15%のクリアランス条件で30mmφに打抜く打抜き試験を行い、カエリ高さを測定して打抜き性を評価した。引張試験はJIS Z 2241に基づいて行った。
【0054】
次に、熱延鋼板を870℃に20分間保持した後に油焼入を行う焼入れ処理を施し、さらに表面硬度がHRCで約45となるように250〜400℃の温度域で30分間保持する焼戻し処理を施した。ただし、No.11については焼入れ後の硬度がHRCで30.5であったため、焼戻し以降の処理および試験を省略した。
【0055】
このようにして焼入れ焼戻しが施された鋼板について表面硬度を測定するとともに、シャルピー試験により靭性についても評価した。ただし、焼入れ前の鋼板のTSが630MPa超で加工性に劣るNo.15、17および23、焼入れ前の鋼板の打抜き試験におけるカエリ高さが5μm以下超で加工性に劣るNo.21、焼入れ性不足により焼入れ後の硬度不足であったNo.16、24および25については、シャルピー試験を省略した。
【0056】
シャルピー試験は、圧延方向の試験片を採取して、硬度を確認した後、表面にひずみを与えないように電解研磨により板厚を2.5mmに揃え、JIS Z 2241に基づいて行った。
【0057】
結果を表2に示す。
【0058】
【表2】

【0059】
表2に示されるように、本発明に係る鋼板は、焼入れ前においては、TSが630MPa以下であるとともに、カエリ高さが5μm以下であり、加工性に優れている。また、焼入れ焼戻し後においてはHRCを約45とした場合において、34J/cm以上であり、靭性に優れている。焼入れ焼戻し後の硬度を同一とした場合において、本発明に係る鋼板が従来材であるS50CやS60Cに比して著しく靭性に優れているということは、高強度化に伴う多少の靭性劣化が見込まれるとしても、従来材よりも優れた靭性を維持したままで従来材よりも高い強度を得ることが可能ということでもあるから、本発明に係る鋼板は、焼入れ焼戻し後においては高い強度と優れた靭性とを備える鋼板部材を得ることが可能であるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明によれば、焼入れ前においては優れた加工性を有するとともに焼入れ焼戻し後においては高い強度と優れた靭性とを備える鋼板部材を得ることが可能な、優れた加工性を有する焼入れ焼戻し用鋼板が得られる。前記鋼板は、例えば自動車、オートバイおよび自転車等の乗り物や各種産業機械に使用されるチェーンの素材鋼板として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】焼入れ焼戻し後の鋼板の表面硬度に及ぼすC含有量と焼戻し温度の影響を示すグラフである。
【図2】シャルピー衝撃値に及ぼす化学組成の影響を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.30〜0.47%、Si:0.30%以下、Mn:0.30〜1.00%、S:0.0010〜0.02%、Ti:0.002〜0.030%、Al:0.050%以下およびN:0.0070%以下を含有し、さらにPおよびBの含有量が下記式(1)〜(4)を満足し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有することを特徴とする、焼入れ後に400℃以下の焼戻しが施される低温焼戻し用鋼板。
P≦0.2×(31/11)×(B0.5 (1)
0.0005≦B≦0.0050 (2)
=max[B−(11/14)×N,0] (3)
=max[N−(14/48)×Ti,0] (4)
ここで、各式におけるP、N、Bは各元素の含有量(単位:質量%)を表し、max[ ]は[ ]内の引数の最大値を返す関数である。
【請求項2】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Cr:0.50%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載の低温焼戻し用鋼板。
【請求項3】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Cu:0.15%以下を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の低温焼戻し用鋼板。
【請求項4】
前記化学組成が、Feの一部に代えて、質量%で、Ni:0.15%以下、Mo:0.30%以下およびNb:0.030%以下からなる群から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の低温焼戻し用鋼板。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−287072(P2009−287072A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−139755(P2008−139755)
【出願日】平成20年5月28日(2008.5.28)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】