説明

低温用鋼のサブマージアーク溶接方法

【課題】高い引張強さと靭性が得られ、延性に優れた溶接継手が得られる低温用鋼のサブマージアーク溶接方法を提供する。
【解決手段】Ni基合金ワイヤ及び焼成型フラックスのいずれか一方または両方の、下記(1)式から求められる各金属成分のM含有量を、質量%で、C:0.03〜0.12%、Mn:0.5〜2%、但し、10×C/Mn:1.5以下、Ni:60%以上、Mo及びWのいずれか一方または両方の合計:19〜27%、Al及びTiのいずれか一方または両方の合計:0.3〜3%とし、Si、Cr及びCuの合計:1%以下で、上記Ni基合金ワイヤの残部を不可避不純物とし、上記焼成型フラックスの残部を不可避不純物等としたことを特徴とする低温用鋼のサブマージアーク溶接方法。M=Mw+0.5×Mf・・・(1) Mw:上記Ni基合金ワイヤ中の各金属成分の質量%、Mf:上記焼成型フラックス中の各金属成分の質量%

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低温液体用貯槽タンクの建造材料などに使用される5.5%Ni鋼や9%Ni鋼などの低温用鋼のサブマージアーク溶接方法に関し、特に高い機械的特性を得るとともに欠陥のない高品質な溶接継手を得る上で好適な低温用鋼のサブマージアーク溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
サブマージアーク溶接方法は、予め粒状のフラックスを溶接線に沿って散布しておき、その中に電極ワイヤを連続的に供給し、この電極ワイヤの先端と母材との間でアークを発生させて溶接を連続的に行う方法である。このサブマージアーク溶接方法によれば、高能率で高品位な溶接継手が得られることから、低温用鋼の溶接に多く使用されている。また、溶接速度が速く、溶込みも深いため、用途としては造船、造管、橋梁、車両を始めとする大型構造物を溶接する際に威力を発揮する。
【0003】
このサブマージアーク溶接をする上での実際の溶接姿勢は、通常のアーク溶接を行う場合における下向き溶接や水平すみ肉溶接を行う際の従来使用されている溶接姿勢で行う。また特に低温液体用貯槽タンクの建造時のサブマージアーク溶接は、横向姿勢溶接で行わなければならない場合もある。このため、かかる横向姿勢溶接が可能なフラックスも開発されている。
【0004】
ところで5.5%Ni鋼や9%Ni鋼などの低温用鋼の溶接部は、熱処理を行わず溶接完了後の状態のままで低温靱性が要求されることから、電極ワイヤとしては母材よりもNi含有量の多いNi基合金ワイヤが適用されている。また現場施工において実際に下向姿勢や水平すみ肉溶接による溶接姿勢で行う場合にはサブマージアーク溶接方法を適用することができるが、立向姿勢溶接の場合には、フラックスを効果的に散布することが困難になることから、かかる方法を適用することができず、結局のところ被覆アーク溶接やTIG溶接方法により溶接せざるを得なくなる。さらに最近では、高能率で溶接作業性に優れるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの開発が進められているものの、耐割れ性が不十分であり、突合せ継手の溶接には、被覆アーク溶接方法が主流となっている。
【0005】
しかし、この被覆アーク溶接方法は、溶接能率が低く、現場施工の工期短縮を図ることができないという問題点があった。このため、高能率で溶接金属の耐割れ性に優れる立向上進溶接も可能なサブマージアーク溶接材料およびその溶接方法が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。この特許文献1の開示技術によれば、CaFを低減し、Alを積極的に添加することで、サブマージアーク溶接を立向姿勢で行うことが可能になることを見出したものである。実際にはCaFを40%以下とすることにより、特に立向姿勢溶接においてアーク長の変動を抑えてアーク状態を安定化させるとともに、Alを31%以上とすることにより、溶接スラグの融点を高めて、立向姿勢溶接においてもビード形状を平滑化させることを期待したものである。
【0006】
しかし、上述した特許文献1の開示技術を通じて、確かに立向上進溶接も可能なサブマージアーク溶接材料を提供することはできるものの、サブマージアーク溶接方法特有の問題点としての、母材の希釈率が高く、溶接金属中のFeが高くなることによる低靭性化を改善することができず、また溶接金属の引張強さをより向上させることができないという問題点があった。
【0007】
また、極低温用鋼のサブマージアーク溶接方法として、耐割れ性、機械的性質に優れた溶接金属を得ることができる溶接方法が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。この特許文献2の開示技術によれば、金属Al含有係数の最適化を図ることにより、溶接時における耐ブローホール性を向上させることができる技術である。しかし、この開示技術では、Crを多量に含有しているので耐割れ性が不十分であるという問題点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009−39761号公報
【特許文献2】特公昭59−6756号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで本発明は、上述した問題点に鑑みて案出されたものであり、低温液体用貯槽タンクの建造材料等に使用される5.5%Ni鋼や9%Ni鋼等をサブマージアーク溶接する際において、下向き溶接、水平すみ肉溶接、横向及び立向姿勢溶接を実現でき、しかも高い引張強さと靭性が得られ、延性に優れ、ブローホール及び割れ欠陥のない高品質の溶接継手が得られる低温用鋼のサブマージアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記課題を解決するためにサブマージアーク溶接用ワイヤ及び焼成型フラックスの合金成分について種々検討を行った。その結果、C量を増加させることで、溶接継手の引張強さを増加できることがわかった。しかし、C量の過剰な増加は、固溶できないCが炭化鉄として分散析出し、亀裂の伝播を容易にして溶接金属の靭性の著しい低下を招くことにもなる。即ち、本発明者らは、C量を増加させることにより溶接継手の高強度を図るほど却って低靭性になることを見出した。
【0011】
そこで、溶接継手の引張強さと靭性のバランスを保ち、高強度かつ高靭性の得られる成分の検討をした結果、C量を増加させることにより引張り強さの向上を図りつつも、固溶できない余剰のCを炭化マンガンとさせ、機械性能、耐割れ性等に影響がない炭化物にすることで、溶接金属の引張強さを高めたまま、靭性を向上させることができる点に着目した。このため、組合せるNi基合金ワイヤ及び焼成型フラックスの成分について、かかる炭化マンガンを生成させるべくCとMnのバランスを適正化することにより、高い引張強さと靭性が得られ、延性に優れ、ブローホール及び割れ欠陥のない高品質な溶接継手が得られることを明らかとした。
【0012】
本発明は以上の知見によりなされたもので、その要旨とするところは、Ni基合金ワイヤと焼成型フラックスとを組合せて低温用鋼を溶接するサブマージアーク溶接方法において、Ni基合金ワイヤ及び焼成型フラックスのいずれか一方または両方の、下記(1)式から求められる各金属成分のM含有量を、質量%で、C:0.03〜0.12%、Mn:0.5〜2%、但し、10×C/Mn:1.5以下、Ni:60%以上、Mo及びWのいずれか一方または両方の合計:19〜27%、Al及びTiのいずれか一方または両方の合計:0.3〜3%とし、Si、Cr及びCuの合計:1%以下で、上記Ni基合金ワイヤの残部を不可避不純物とし、上記焼成型フラックスの残部を酸化物、金属炭酸塩、金属フッ化物及び不可避不純物としたことを特徴とする。
M=Mw+0.5×Mf・・・(1)
Mw:上記Ni基合金ワイヤ中の各金属成分の質量%
Mf:上記焼成型フラックス中の各金属成分の質量%
また、焼成型フラックス中におけるCの含有量を質量%で0.01〜0.20%としたことを特徴とする低温用鋼のサブマージアーク溶接方法であってもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の5.5%Ni鋼や9%Ni鋼などの低温用鋼のサブマージアーク溶接方法によれば、上述した成分組成からなるNi基合金ワイヤおよび焼成型フラックスを用いてサブマージアーク溶接を行うことにより、C量を増加させることで、溶接金属の引張強さを増加させることができ、しかも過剰なCについては、炭化マンガンとさせ、機械性能、耐割れ性等に影響がない炭化物にすることで、溶接金属の引張強さを高めたまま、靭性を向上させることが可能となり、しかも延性に優れ、ブローホール及び割れ欠陥のない高品質の溶接継手を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態として、5.5%Ni鋼や9%Ni鋼等の低温用鋼のサブマージアーク溶接方法について詳細に説明をする。
【0015】
本発明は、特に5.5%Ni鋼や9%Ni鋼等の低温用鋼の溶接に用いるNi基合金ワイヤ並びに焼成型フラックスの各成分組成は、それぞれの共存による単独および相乗効果によりなし得たものである。
【0016】
ちなみに本発明では、Ni基合金ワイヤ並びに焼成型フラックスの各成分組成を定義する上でM含有量という概念を用いている。このM含有量は、下記(1)式に示すMに基づいて換算される含有量である。
【0017】
M=Mw+0.5×Mf・・・(1)
Mw:Ni基合金ワイヤ中の各金属成分の質量%
Mf:焼成型フラックス中の各金属成分の質量%
【0018】
このMは、Ni基合金ワイヤ中の各金属成分の質量%と、焼成型フラックス中の各金属成分の質量%の溶接金属の成分及び機械的性能に寄与する重み付けを1:0.5として換算したものである。この重み付けを、Ni基合金ワイヤ中の各金属成分の質量%と、焼成型フラックス中の各金属成分の質量%との間で1:0.5とした理由は、溶接金属の成分及び機械的性能に寄与する割合を考慮したものである。サブマージアーク溶接は、Ni基合金ワイヤの消費量1に対して、焼成型フラックスの消費量も約1となるが、焼成型フラックスがアーク熱によって溶融してスラグとはならず、未溶融部も形成される。このため、、かかる未溶融部の分を差し引くと、実際の焼成型フラックスの寄与率は、Ni基合金ワイヤの1/2程度となるため、上述した重み付けを行っている。
【0019】
即ち、本発明では、Ni基合金ワイヤ並びに焼成型フラックスのそれぞれを個別に成分を規定するものではなく、あくまでNi基合金ワイヤ並びに焼成型フラックスを組み合わせて一つのパラメータMを介して成分を規定するものである。実際に溶接を行う際には、このNi基合金ワイヤ並びに焼成型フラックスを組み合わせて行うため、成分についてもこれらを組み合わせた状態で規定するとともに、上述した理由によりNi基合金ワイヤ中の金属成分に重み付けを重くしている。
【0020】
以下、それぞれの各成分組成の添加理由およびM含有量の限定理由について説明をする。組成における質量%は、単に%と記載する。
【0021】
C:0.03〜0.12%
Cは、溶接金属の引張強さを高める目的並びに脱酸を実現する目的の下でNi基合金ワイヤおよび焼成型フラックスに含有されるフェロマンガン、フェロシリコンマンガン及びグラファイト等から添加する。上述した(1)式で求められるCのM含有量が0.03%未満では、引張強さを十分に向上させることができずれ得られる溶接金属の引張強さが低くなってしまう。一方、(1)式で求められるCのM含有量が0.12%を超える場合、Cが過剰であり、固溶できないCが炭化鉄として分散析出し、これが溶接金属の靭性を著しく劣化させる。したがって、CのM含有量は0.03〜0.12%とする。
【0022】
また、Cの一部はアーク中の酸素と反応し、COガスとなって放出され溶接金属の酸素量を低減する効果がある。Cによる脱酸を有効に働かせるためには、Ni基合金ワイヤよりも焼成型フラックスから添加した方の効果が大きく、焼成型フラックス中のC量が0.01%未満では十分な脱酸効果が得られず、ブローホールが発生しやすい。一方、焼成型フラックス中のC量が0.20%を超えるとCOガスが過多となり、アークの安定性を損なってかえってブローホールを生じやすくなる。したがって、焼成型フラックス中のC量は0.01〜0.20%とすることが望ましい。なお、後述するAl及びTiも脱酸の効果を目的に添加するが、過多に添加すると窒化物等の介在物が溶接金属に内在しやすいため、より効果的な脱酸を行うためには、CとAl及びTiを併用して添加する必要がある。
【0023】
Mn:0.5〜2%
Mnは、溶接金属中の低融点硫化物のSを固定し、MnSとなって溶接金属の耐割れ性を高める目的でNi基合金ワイヤおよび焼成型フラックスに含有されるフェロマンガン、フェロシリコンマンガン及び金属マンガン等から添加する。上述した(1)式で求められるMnのM含有量が0.5%未満では、その効果が十分に得られず、溶接金属の耐割れ性が低い。一方、MnのM含有量が2%を超えてしまうとMn酸化物が多く溶接金属に内在することとなり、曲げ応力が負荷された場合にこれが亀裂の起点となって開口し、曲げ延性を劣化させる。したがって、MnのM含有量は0.5〜2%とする。
【0024】
10×C/Mn:1.5以下
上述したCのM換算値とMnのM換算値の10×C/Mnを1.5以下にすることによって溶接金属の靭性を劣化させることなく引張強さを高めることができる。CのM含有量は増加するほど溶接金属に固溶して引張強さを向上させることができるが、このC量を過剰に添加すると固溶できないCが炭化鉄として分散析出し、亀裂の伝播を容易にして溶接金属の靭性を損なう。このため、MnのM含有量を適正量添加することにより溶接金属の引張強さを向上させつつ、固溶できないCをMnにより炭化マンガンとさせ、機械的特性、耐割れ性等に影響がない炭化物にすることで、溶接金属の引張強さを高めたまま、靭性を高めることができる。なお、この10×C/Mnが1.5を超えるとMnのM含有量と比較してCのM含有量が過剰となり、溶接金属の引張強さは高くすることができるものの、過剰なCをMnにより炭化マンガン化しきれずに残存してしまい、炭化鉄の析出により靭性が低くなる。
【0025】
Ni基合金ワイヤにはFeが不純物として含有され、母在希釈のない溶着金属であれば、溶着金属の引張強さと靭性の両方を高めることが容易であるが、実構造物の溶接施工では、5.5%Ni鋼や9%Ni鋼の母材希釈があり、溶接金属のFe量が高くなり、炭化鉄を析出して溶接金属の靭性を損ないやすい。そのためCのM含有量及びMnのM含有量を満足するだけでなく、前述のようにCのM含有量とMnのM含有量のバランスを適正に保つ必要がある。したがって、CのM含有量とMnのM含有量の10×C/Mnは1.5以下とする。
【0026】
Ni:60%以上
Niは、溶接金属の靭性を高める目的でNi基合金ワイヤおよび焼成型フラックスに含有されるフェロニッケル及び金属ニッケル等から添加する。前記(1)式で求められるNiのM含有量が60%未満では、溶接金属の靭性が低くなってしまう。したがって、NiのM含有量は60%以上とする。一方、上限は特に限定しないが、溶接金属の引張強さを高めることや、耐割れ性、耐ブローホール性等を考慮して、Mo、W、Mn、Al、Ti等を添加するため、これらの合計量を考えると、上限は85%程度になる。
【0027】
Mo及びWのいずれか一方または両方の合計:19〜27%
Mo及びWは、溶接金属に固溶し引張強さを高める目的でNi基合金ワイヤおよび焼成型フラックスに含有されるフェロモリブデン及び金属タングステン等から添加する。前記(1)式で求められるMoのM含有量及びWのM含有量のいずれか一方または両方の合計が19%未満では、その効果が十分に得られず、溶接金属の引張強さが低くなってしまう。一方、27%を超えて添加すると、溶接金属の伸びが低くなってしまう。したがって、MoのM含有量及びWのM含有量のいずれか一方または両方の合計は15〜27%とする。MoとWの効果は同じであるが、経済性やワイヤの生産性を考慮するとMoのM含有量が15〜25%、WのM含有量が1〜4%の範囲であることが好ましい。
【0028】
Al及びTiのいずれか一方または両方の合計:0.3〜3%
Al及びTiは、脱酸及び脱窒素を行い、溶接金属中の耐ブローホール性改善を目的にNi基合金ワイヤおよび焼成型フラックスに含有されるフェロアルミ、金属アルミ、フェロチタン及び金属チタン等から添加する。前記(1)式で求められるAlのM含有量及びTiのM含有量のいずれか一方または両方の合計が0.3%未満では、その効果が得られず、ブローホールが発生する。一方、3%を超えて添加するとAl及びTiの窒化物が溶接金属に多く内在し、曲げ応力が負荷された際に亀裂の起点となって開口し、曲げ延性を劣化する。したがって、AlのM含有量及びTiのM含有量のいずれか一方または両方の合計は0.1〜3%とする。AlとTiは、共に脱酸及び脱窒素の効果があるが、脱酸能はAlの方が高く、Tiはやや劣る。一方、脱窒素能は、Tiの方が高く、Alはやや劣る。したがって、脱酸及び脱窒素の両方を行うためには、両元素の添加が好ましく、AlのM含有量は0.3〜2%、TiのM含有量は0.05〜1.5%の範囲であることが好ましい。
【0029】
Si、Cr及びCuの合計:1%以下
Si、Cr及びCuは、凝固温度幅を増加させ、PやSなどの低融点介在物の生成を促進させて高温割れを生じやすくするため、低いほうが好ましい。したがって、SiのM含有量、CrのM含有量及びCuのM含有量の合計は1%以下とする。
【0030】
なお、P及びSは高いほど高温割れが発生しやすいため、Ni基合金ワイヤのP及びSの合計は0.01%未満とすることが好ましい。また、焼成型フラックスはP及びSの低い原料を用いることが好ましい。
【0031】
本発明の低温用鋼のサブマージアーク溶接方法に使用する焼成型フラックスの金属成分以外の主な化学成分は、何れも質量%で、Al:30〜60%、CaF:10〜40%、SiO:1〜10%、NaO:0.1〜5%、MgO:1〜10%、CaCO:1〜10%、CaO:1〜20%であることが好ましい。
【0032】
Alは、ビード幅の広いなじみの良好なビードを形成させるために添加される。Alの添加量が30%未満であるとなじみが悪化し、60%を超えるとビードを平坦化させることができないため、このAlは、30〜60%とされていることが望ましい。
【0033】
CaFは、酸素を下げて靭性を向上させるべく添加される。このCaFが10%未満では、酸素を十分に低下させることができず、60%を超えると却ってアークが不安定化してしまうため、10〜40%とされていることが望ましい。
【0034】
SiOは、スラグの粘性を増加させることにより、良好なビードを形成させるべく添加されるものである。このSiOが1%未満では、かかる効果を奏することができず、またSiOが10%を超えると酸素が多くなりすぎて、上述した脱酸元素を添加しても十分な脱酸を実現できず、靭性が低下してしまう要因になる。このため、このSiOは、1〜10%とされていることが望ましい。
【0035】
NaOは、アークの安定性、集中性を向上させる観点から添加されるものであるが、0.1%未満では、立向姿勢溶接においてその効果が十分に得られない。また、このNaOの含有量が5%を超えて添加すると、スラグの剥離性が悪くなる。このため、NaOは、0.1〜5%とされていることが望ましい。
【0036】
MgOは、スラグの融点を高くし、ビード形状を整える目的で添加され、1%以上でかかる効果を発現させることができるが、添加量が10%を超えると、スラグの剥離性が悪化してしまう。このため、MgOは、1〜10%とされていることが望ましい。
【0037】
CaCOは、溶接中にCOガスを発生させ、溶接金属をシールドするために添加され、かかる効果を発現させるためには、1%以上含有させる必要がある。しかしながら、このCaCOの含有量が10%を超えてしまうと却ってアーク状態が不安定となるため、このCaCOの含有量は、1〜10%とされていることが望ましい。
【0038】
CaOは、酸素を下げて靭性を向上させる観点から添加される。このCaO含有量が1%未満では、酸素を下げることができず、20%を超えるとビード形状を最適化させることができない。このため、CaOの含有量は、1〜20%とされていることが望ましい。
【0039】
以上、本発明の低温用鋼のサブマージアーク溶接方法に用いるNi基合金ワイヤおよび焼成型フラックスの各成分組成のM含有量の限定理由について説明をした。上述した成分組成からなるNi基合金ワイヤおよび焼成型フラックスを用いてサブマージアーク溶接を行うことにより、C量を増加させることで、溶接金属の引張強さを増加させることができ、しかも過剰なCについては、炭化マンガンとさせ、機械性能、耐割れ性等に影響がない炭化物にすることで、溶接金属の引張強さを高めたまま、靭性を向上させることが可能となる。
【0040】
なお、焼成型フラックスの製造方法についてさらに言及すると、粉末原材料を、配合、撹拌した後、固着剤(珪酸ソーダおよび/または珪酸カリの水溶液)を添加し、その後流動乾燥、焼成を行い、ボンド状フラックスにする。溶接作業性の向上を目的として、事前に溶解、粉砕したメルトフラックスを原材料として用いるようにしてもよい。
【0041】
また本発明は、サブマージアーク溶接方法として具体化することができることに加え、Ni基合金ワイヤと焼成型フラックスとからなるサブマージアーク溶接用の溶接材料としても具体化されていてもよいことは勿論である。かかる場合には、上述したM含有量となるように、Ni基合金ワイヤと焼成型フラックスの各成分組成が調整された溶接用キットに適用されることになる。
【実施例1】
【0042】
上述した構成からなる本発明を適用したサブマージアーク溶接方法の実施例について詳細に説明する。
【0043】
先ず供試材として、Ni基合金ワイヤとしては表1に示すワイヤ記号W1〜W6により規定される成分組成を、また、焼成型フラックスについては、表2に示す成分組成からなるものを用いた。
【0044】
【表1】

【0045】
【表2】

【0046】
また、これらNi基合金ワイヤと焼成型フラックスを組み合わせてサブマージアーク溶接を行う上で換算されるM含有量を表3に示す。表1に示すNi基合金ワイヤのワイヤ径は下向および横向姿勢溶接は2.4mm、立向姿勢溶接は1.2mmとしている。
【0047】
【表3】

【0048】
実際のサブマージアーク溶接は、9%Ni鋼の板厚16mmを用い、JIS Z 3333の溶接継手の曲げ試験片採取用溶接試験体に準拠し、下向姿勢溶接および横向姿勢溶接を行った。立向姿勢溶接については、下向姿勢溶接と同様の開先形状とした。ブローホールおよび割れの発生の有無については、JIS Z 3106に準じて放射線透過試験を行い、透過写真の観察を行い、ブローホール及び割れの有無を調査した。
【0049】
溶接金属の機械的性質は、上記JIS Z 3333に従って作成した溶接継手を用い、試験片を採取した。引張試験は、JIS Z 3111 A2号を溶接金属から採取(溶接線方向から採取)して試験を行い、引張強さは690MPa以上を、伸びは25%以上を良好とした。また衝撃試験は、JIS Z 3111 4号(ノッチ位置は溶接金属中央)を採取し、試験温度−196℃での衝撃試験を行い、吸収エネルギーが50J以上を良好とした。さらに曲げ試験は、JIS Z 3122に準じて縦表曲げ試験片を採取して、曲げ半径3・1/3t(33R)の試験を行い、曲げ性能の確認を実施した。
【0050】
溶接条件は、電極の極性をDC(+)とし、下向姿勢溶接および横向姿勢溶接の場合、溶接電流:300〜400A、立向姿勢溶接の場合、溶接電流:150〜230Aとした。それらの結果を表3にまとめて示す。表3中、試験No.1〜8が本発明例、試験No.9〜15は比較例である。本発明例である試験No.1〜8は、C、Mn、Ni、Mo、W、Al、Ti、Si、Cr、CuのM含有量、10×C/Mnの比および焼成型フラックス中のC量が、何れも上述した本発明において規定した範囲内であるので、溶接金属の引張強さ、伸び、吸収エネルギー、曲げ延性、耐割れ性及び耐ブローホール性が何れも良好で、極めて満足な結果であった。
【0051】
比較例中試験No.9は、CのM含有量が0.03%未満であり少ないので溶接継手の引張強さが低かった。また、AlのM含有量及びTiのM含有量の合計が0.3%未満であり少ないのでブローホールが発生した。
【0052】
試験No.10は、CのM含有量が0.12%超であり多いので溶接金属の吸収エネルギーが42Jであり低かった。また、AlのM含有量及びTiのM含有量の合計が3%超であり多いので曲げ性能が悪かった。
【0053】
試験No.11は、MnのM含有量が0.5%未満であり少ないので割れが発生した。また、MoのM含有量及びWのM含有量の合計が19%未満であり低いので溶接金属の引張強さが低かった。
【0054】
試験No.12は、MnのM含有量が2%超であり多いので曲げ性能が悪かった。また、SiのM含有量、CrのM含有量及びCuのM含有量の合計が1%超であり多いので、割れが発生した。
【0055】
試験No.13は、NiのM含有量が60%未満であり少ないので、吸収エネルギーが低かった。またMoのM含有量及びWのM含有量の合計が27%超であり多いので溶接金属の伸びが低かった。さらに、焼成型フラックス中のC量が0%であり少ないのでブローホールが発生した。
【0056】
試験No.14は、10×C/Mnの比が1.5超であり高いので吸収エネルギーが低かった。
【0057】
試験No.15は、10×C/Mnの比が1.5超であり高いので吸収エネルギーが低かった。また。焼成型フラックス中のC量が0.2%超であり多いのでアークが不安定になってブローホールが発生した。
【0058】
以上の実験結果から、本発明例に関しては、何れも総合評価が良好(○)であるのに対して、本発明において規定した範囲から逸脱した比較例は、何れも総合評価が(×)であるのが分かる。このため、本発明において規定した範囲においてM含有量を調整することにより、満足な結果が得られることを検証することができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ni基合金ワイヤと焼成型フラックスとを組合せて低温用鋼を溶接するサブマージアーク溶接方法において、
Ni基合金ワイヤ及び焼成型フラックスのいずれか一方または両方の、下記(1)式から求められる各金属成分のM含有量を、質量%で、
C:0.03〜0.12%、
Mn:0.5〜2%、
但し、10×C/Mn:1.5以下、
Ni:60%以上、
Mo及びWのいずれか一方または両方の合計:19〜27%、
Al及びTiのいずれか一方または両方の合計:0.3〜3%とし、
Si、Cr及びCuの合計:1%以下で、
上記Ni基合金ワイヤの残部を不可避不純物とし、
上記焼成型フラックスの残部を酸化物、金属炭酸塩、金属フッ化物及び不可避不純物としたことを特徴とする低温用鋼のサブマージアーク溶接方法。
M=Mw+0.5×Mf・・・(1)
Mw:上記Ni基合金ワイヤ中の各金属成分の質量%
Mf:上記焼成型フラックス中の各金属成分の質量%
【請求項2】
上記焼成型フラックス中におけるCの含有量を質量%で0.01〜0.20%としたこと
を特徴とする請求項1に記載の低温用鋼のサブマージアーク溶接方法。

【公開番号】特開2011−56562(P2011−56562A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−211024(P2009−211024)
【出願日】平成21年9月11日(2009.9.11)
【出願人】(302040135)日鐵住金溶接工業株式会社 (172)
【Fターム(参考)】