説明

作業機械の吸音材の製造方法

【課題】作業機械の吸音材の製造方法に関し、耐熱性,撥水性及び良好な吸音特性を確保しつつ、付着性をも向上させる。
【解決手段】
ガラス繊維集合体のグラスウールからなる吸音素材と、該吸音素材を被覆する表皮材と、を備えた作業機械の吸音材の製造方法であって、複数のガラス繊維を網目状に編み、ガラスクロスを形成するガラスクロス形成ステップA10と、該ガラスクロスにシリコーン防水加工を施してシリコーン系撥水層を形成するシリコーン系撥水層形成ステップA30と、該シリコーン系撥水層を有するガラスクロスを該表皮材として該吸音素材に接着する接着ステップA40とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、作業機械のエンジンルーム内やサイドカバー内などに貼付される吸音材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
作業機械の内部には、エンジンや冷却ファン等から発生する騒音の機体外への漏出を防止すべく、吸音材が取り付けられている。このような作業機械の吸音材には、吸音性能だけでなく、耐熱性や撥水性といった過酷な環境での使用に耐えうる性能が要求されている。
従来、このような吸音材として、塩化ビニルで被覆されたガラスクロスやアルミ箔に接着されたガラスクロスでグラスウールからなる吸音素材を覆ったものが開発されている。これらの吸音材によれば、比較的安価に耐熱性,撥水性を高めつつ騒音を吸収することができる。また、コーティングされた表皮材で吸音素材を覆うことで、内部のグラスウールの飛散を防止することも可能である。
【0003】
しかし、これらの表皮材において耐熱性,撥水性を向上させるには、ガラスクロスのコーティング(被覆膜)を厚くする必要があり、通気性を確保することが難しくなる。つまり、表皮材における音の透過性能が低下しやすく、その結果として吸音性能を確保し難いという課題がある。
そこで、上記の塩化ビニルの代わりにフッ素樹脂を用いた吸音材も提案されている。例えば、特許文献1には、表面がフッ素コーティングされたガラスクロス(グラスクロス)を吸音素材の表面に貼り付けた吸音材が記載されている。この技術では、ガラスクロスの表面にフッ素コーティングを施すことで、良好な吸遮音性能を維持することができ、かつ、耐熱性,撥水性を確保することができるとされている。
【特許文献1】特許第3600720号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、ガラスクロスの表面をフッ素樹脂で覆うと良好な付着性を確保することができない。すなわち、フッ素樹脂そのものの化学的安定性の高さから、表皮材に対する接着剤の接着性を向上させにくく、表皮材とその内部の吸音素材とが剥がれやすい。そのため、美観が損なわれるほか、表皮材にばたつきが生じて吸音材自体が騒音源となる場合がある。
【0005】
また、上記のような吸音材に用いられるガラスクロスはガラス繊維で織り上げられており、例えば、平織りのガラスクロスでは縦糸及び横糸(ヤーン)が交互に織り上げられている。表皮材のばたつきによってガラスクロスの張力にばらつきが生じると縦糸及び横糸の配列が乱れ、繊維の目に粗密が生じる。そのため、表皮材の表面において音の透過性能に偏りが生じてしまい、音響透過率が低下して、良好な吸音性能が得られなくなるおそれがある。
【0006】
特に、作業機械の吸音材は、エンジンルーム内やサイドカバー内に取り付けられており、エンジンを冷却するための冷却風による風圧を常に受けている。さらに、エンジンルーム内に配置されたエンジンやクーリングパッケージからは、空気の振動である騒音だけでなく、それらの機器の動作に伴う機体振動も発生するため、それらのような振動が吸音材に対して入力されやすい環境に置かれることになる。したがって、風圧による剥離を防止する意味においても、さらに、表皮材の張力変動に起因する吸音性能の低下を防止する意味においても、表皮材の接着性,付着性はできるだけ向上させておきたい。
【0007】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたもので、耐熱性,撥水性及び良好な吸音特性を確保しつつ、付着性をも向上させることができるようにした、作業機械の吸音材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、請求項1記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、ガラス繊維集合体のグラスウールからなる吸音素材と、該吸音素材を被覆する表皮材と、を備えた作業機械の吸音材の製造方法であって、複数のガラス繊維を網目状に編み、ガラスクロスを形成するガラスクロス形成ステップ(ステップA10)と、該ガラスクロスにシリコーン防水加工を施してシリコーン系撥水層を形成するシリコーン系撥水層形成ステップ(ステップA30)と、該シリコーン系撥水層を有するガラスクロスを該表皮材として該吸音素材に接着する接着ステップ(ステップA40)とを備えたことを特徴としている。
【0009】
該シリコーン系撥水層を形成する材料としては、ポリアルキルシロキサンやポリアルキル水素シロキサン,アミノ変性シリコーン,エポキシ変性シリコーン,カルボキシル変性シリコーン,フェニルメチルシリコーン等を水中に混濁させた水中油滴型エマルジョンを用いることが考えられる。なお、これらの材料に対応する硬化剤(架橋剤)や触媒を混入させてもよい。あるいは、シリコーンゴムやシリコーンレジンを溶剤で希釈したシリコーン系ディスパージョンを用いることも考えられる。
【0010】
また、該接着ステップで用いられる接着剤としては、アクリル樹脂系接着剤,ウレタン樹脂系接着剤,エポキシ樹脂系接着剤,塩化ビニル樹脂溶剤系接着剤,クロロプレンゴム系接着剤,シアノアクリレート系接着剤,シリコーン系接着剤,スチレン−ブタジエンゴム系ラテックス接着剤,フェノール樹脂系接着剤,変成シリコーン系接着剤,レゾルシノール系接着剤等の接着剤を用いることが考えられる。
【0011】
なお、作業機械のエンジンルーム内に配置される吸音材の場合には、耐熱性や耐候性等を考慮して防水,接着材料を選定することが好ましい。
また、請求項2記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、請求項1記載の構成に加え、該ガラスクロス形成ステップで形成された該ガラスクロスをアクリルエマルジョンに含浸させて該ガラスクロスの表面に目止め層を形成する目止め層形成ステップ(ステップA20)をさらに備え、該シリコーン系撥水層形成ステップにおいて、該目止め層形成ステップで形成された該目止め層の上に該シリコーン系撥水層を形成することを特徴としている。
【0012】
なお、該目止め層形成ステップにおいて、該アクリル樹脂ポリマーを、該ガラスクロスの表面だけでなくその内部に浸透した状態で定着させることが好ましい。
また、請求項3記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、請求項2記載の構成に加え、該目止め層形成ステップにおいて、該アクリルエマルジョンに着色料を混入することを特徴としている。
【0013】
また、請求項4記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、請求項3記載の構成に加え、該目止め層形成ステップにおいて、該アクリルエマルジョンにグラファイトを混入することを特徴としている。
また、請求項5記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、請求項1〜4の何れか1項に記載の構成に加え、該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、米国UL規格におけるUL94V-0規格を満足することを特徴としている。すなわち、該ガラスクロスが、UL94V垂直燃焼試験において、以下の条件を満足することを特徴としている。
【0014】
(ア)1回目の接炎終了後の有炎燃焼持続時間(火種保持時間)が10[秒]以内である
(イ)2回目の有炎燃焼持続時間と無炎燃焼時間との合計時間が30[秒]以内である
(ウ)2回目の接炎終了後の有炎燃焼持続時間が10[秒]以内である
(エ)5本の試験片の有炎燃焼時間の合計が50[秒]以内である
(オ)全ての試験片が燃え尽きることなく残っている(クランプまでの燃焼がない)
(カ)燃焼落下物がない(脱脂綿の燃焼がない)
なお、該ガラスクロスが、米国UL規格におけるUL94HB規格を満足する(すなわち、該ガラスクロスが、UL94HB水平燃焼性試験による点火時において、燃焼が100mm標線の手前で停止する難燃性を有する)ことが好ましい。UL94V垂直燃焼試験はUL94HB水平燃焼性試験よりも厳しい条件での難燃性試験となっているため、一般には、UL94V-0規格を満足するガラスクロスはUL94HB規格も満足する。
【0015】
また、請求項6記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、請求項1〜5の何れか1項に記載の構成に加え、該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、ASTM D1117に規定されたグラブ法引張試験において、鉛直(縦)方向に450[N]以上の引張強度を有することを特徴としている。
また、請求項7記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、請求項1〜6の何れか1項に記載の構成に加え、該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、ASTM D1117に規定されたグラブ法引張試験において、水平(横)方向に350[N]以上の引張強度を有することを特徴としている。
【0016】
また、請求項8記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、請求項1〜7の何れか1項に記載の構成に加え、該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、ASTM D1117に規定されたシングルタング法引き裂き試験において、鉛直(縦)方向に14[N]以上の引き裂き強度を有することを特徴としている。
また、請求項9記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、請求項1〜8の何れか1項に記載の構成に加え、該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、ASTM D1117に規定されたシングルタング法引き裂き試験において、水平(横)方向に16[N]以上の引き裂き強度を有することを特徴としている。
【0017】
また、請求項10記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、請求項1〜9の何れか1項に記載の構成に加え、該グラスウールが、少なくとも100〜1000[Hz]の周波数帯に対応する騒音を吸収する性能を有することを特徴としている。すなわち、該グラスウールの吸収対象周波数帯が、少なくとも100〜1000[Hz]に対応可能であることを特徴としている。
【0018】
また、請求項11記載の本発明の作業機械の吸音材の製造方法は、請求項1〜10の何れか1項に記載の構成に加え、該グラスウールが、JIS A 1409:1998に基づく残響室法吸音率測定において、250〜1000[Hz]の範囲における0.70以上の吸音率を有することを特徴としている。
【発明の効果】
【0019】
本発明の作業機械の吸音材の製造方法(請求項1)によれば、ガラスクロスの表面がシリコーン系撥水層となっているため、接着層における吸音素材と表皮材との接着性を向上させることができる。特に、フッ素系の撥水剤を用いた場合と比較して、表皮材が吸音素材から剥がれにくく、製品品質を高めることができる。
また、本発明の作業機械の吸音材の製造方法(請求項2)によれば、目止め層の上にシリコーン系撥水層が形成されるため、撥水層の下地構造を安定化させることができ、表皮材の織り目形状の変形を抑制することができる。これにより、表皮材の空隙の分布を均一に保つことが可能となり、撥水性を長期間持続させることができ、かつ、音の透過率の分布を均一にして吸音性能を高めることができる。また、ガラスクロスをアクリルエマルジョンに含浸させることによって目止め層を形成することにより、安価かつ容易にガラス繊維同士を固定することができる。
【0020】
また、本発明の作業機械の吸音材の製造方法(請求項3)によれば、該目止め層形成ステップにおいて、該アクリルエマルジョンに着色料を混入することにより、可視光線や紫外線等による樹脂の劣化を抑制させることができる。また、撥水層の材料を無色透明のものとすれば、着色された目止め層の色がそのまま吸音材の外観色に反映されることになるため、美観を向上させることができる。
【0021】
また、本発明の作業機械の吸音材の製造方法(請求項4)によれば、さらに、着色料として黒色のグラファイトを用いることにより、樹脂の劣化速度を効果的に鈍らせることができ、樹脂の寿命を延長させることができる。また、表皮材表面の熱分布が均質化するため、耐熱性を向上させることができる。
また、本発明の作業機械の吸音材の製造方法(請求項5)によれば、十分な難燃性が確保されるため、吸音材の経年劣化を抑制することができ、材料の寿命を延長することができる。
【0022】
また、本発明の作業機械の吸音材の製造方法(請求項6〜9)によれば、表皮材の表面の強度が十分確保されるため、十分な摩擦堅牢度を長期間保持することができ、吸音素材の吸音性能を長期間維持することができる。
また、本発明の作業機械の吸音材の製造方法(請求項10,11)によれば、十分な吸音性能が得られるため、作業機械の外部へ漏出する騒音を低減させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、図面により、本発明の実施の形態について説明する。
図1〜図7は、本発明の一実施形態に係る作業機械の吸音材の製造方法及びその吸音材を説明するためのものであり、図1は本製造方法で用いられるガラスクロスの構造を拡大して示す断面図、図2は本製造方法の過程で目止め層が形成されたガラスクロスの構造を拡大して示す断面図、図3はそのガラスクロスの表面の状態を拡大して示す模式図、図4は本製造過程で撥水層が形成されたガラスクロスの構造を拡大して示す断面図、図5(a),(b)は本製造方法で製造された吸音材の構成を示す断面図である。
【0024】
また、図6は本製造方法で製造された吸音材を備えた油圧ショベルを示す斜視図、図7は本製造方法の手順を説明するためのフローチャートである。
[全体構成]
本発明の吸音材の製造方法で製造される吸音材8は、図6に示す油圧ショベル(作業機械)10に適用されている。この油圧ショベル10は、クローラ式の走行装置を装備した下部走行体11と、下部走行体11の上に旋回自在に搭載された上部旋回体12とを備えて構成される。上部旋回体12における前方側には、ブームやアーム等の作業装置13及びオペレータが搭乗するキャブ15が設けられており、上部旋回体12における後端部にはカウンタウェイト14が設けられている。また、カウンタウェイト14の直前方には、エンジンルーム16が設けられている。
【0025】
エンジンルーム16の内部には、油圧ショベル10の駆動源であるエンジンや、エンジン駆動の油圧ポンプ,冷却装置等が配置されている。また、エンジンルーム16の側方及び上面にはそれぞれ、サイドカバー9a及びエンジンフード9bが設けられており、メンテナンス時にはこれらのサイドカバー9aやエンジンフード9bを開放して整備,点検を実施できるようになっている。本発明に係る吸音材8は、エンジンルーム16の内壁やサイドカバー9aの内面,エンジンフード9bの下面(すなわち内側の面)等に貼付されている。
【0026】
[吸音材]
図5(a)に示すように、本発明に係る吸音材8は、内側の吸音素材6,その外周を被覆する表皮材7,及びこれらの吸音素材6及び表皮材7の間に介在する接着層4を備えて構成される。吸音素材6は、ガラス繊維を綿状に形成したガラス繊維集合体の多孔質吸音材であり、例えば市販のグラスウール吸音材をこの吸音素材6として用いることができる。なお、本吸音材8は図示しない任意の固定手段(接着剤,スタッドピン等)を用いてエンジンルーム内等に固定されるようになっている。以下、図5(a)に示すように、サイドカバー9a等への固定面を裏面6cと呼び、その反対面を表面6aと呼び、吸音素材6の側面に符号6bを付して説明する。
【0027】
表皮材7は、吸音素材6の表面6a及び側面6bの全体を覆う材であり、複数のガラス繊維の束を網目状に編み上げて布状に形成したガラスクロス1を備えて構成される。また、図5に示すように、表皮材7は吸音素材6の裏面6cの四方を部分的に覆うように設えてある。なお、吸音素材6の裏面6cのうち、表皮材7に覆われていない中央部分には、吸音素材6の飛散防止用の軟質樹脂5が塗布されている。
【0028】
この表皮材7は、ガラスクロス1の表面に二重の表面加工が施されて形成されている。図4に示すように、ガラスクロス1の縦糸1a及び横糸1b(以下、ガラスヤーンのことを単に糸と称す)の表面に第一層目の目止め層2が被膜形成され、さらにその外周に第二層目の撥水層(シリコーン系撥水層)3が被膜形成されている。
目止め層2とは、ガラスクロス1をアクリルエマルジョンに含浸させた後に乾燥させて形成された層であり、その組成は主にアクリル樹脂(アクリル酸又はメタクリル酸のエステルを主成分とする樹脂)である。なお、アクリル樹脂はガラスクロス1の縦糸1a及び横糸1bの内部にも浸透した状態で乾燥定着している。
【0029】
また、目止め層2をなすアクリルエマルジョンには、着色料としてのグラファイト粉末が混入されている。目止め層2を黒色に形成しておくことで、樹脂を劣化させうる紫外線などの光をグラファイトに吸収させることができ、樹脂の劣化を抑制することができる。
撥水層3とは、目止め層2の表面全体に形成された撥水性樹脂からなる層である。この層を形成する樹脂には、シリコーン樹脂が用いられている。なお、撥水層3を形成するためのシリコーン樹脂としては、ポリアルキルシロキサンやポリアルキル水素シロキサン,アミノ変性シリコーン,エポキシ変性シリコーン,カルボキシル変性シリコーン,フェニルメチルシリコーン等を水中に混濁させた水中油滴型エマルジョンを用いることが考えられる。
【0030】
なお、これらの材料に対応する硬化剤(架橋剤)や触媒を混入させてもよい。例えば、重合度が比較的低いジメチルポリシロキサンのシリコーンエマルジョンを用いる場合には、有機金属化合物のエマルジョン(例えば、ジブチル錫ジアセテート等)を混合することが考えられる。また、シリコーンエマルジョンの代わりにシリコーンゴムやシリコーンレジンを溶剤で希釈したシリコーン系ディスパージョンを用いてもよい。
【0031】
接着層4は、吸音素材6と表皮材7とを接着する接着剤からなる層である。この接着層4を形成する接着剤としては、アクリル樹脂系接着剤,ウレタン樹脂系接着剤,エポキシ樹脂系接着剤,塩化ビニル樹脂溶剤系接着剤,クロロプレンゴム系接着剤,シアノアクリレート系接着剤,シリコーン系接着剤,スチレン−ブタジエンゴム系ラテックス接着剤,フェノール樹脂系接着剤,変成シリコーン系接着剤,レゾルシノール系接着剤等の接着剤を用いることが考えられる。なお、作業機械のエンジンルーム内に配置される吸音材の場合には、耐熱性や耐候性等を考慮して接着剤の材料を選定することが好ましい。
【0032】
接着層4は、表皮材7の撥水層3を吸音素材6に対して接着するように機能する。本吸音材8の撥水層3はフッ素樹脂よりも接触角の小さいシリコーン樹脂で形成されているため、フッ素樹脂加工の場合よりも良好な接着性が得られることになり、表皮材7が吸音素材6から剥がれにくい。
【0033】
[フローチャート]
図7に本吸音材8の製造手順を示す。
まずステップA10(ガラスクロス形成ステップ)では、複数のガラス繊維を網目状に編み、ガラスクロス1を形成する。あるいは、予め縦糸1a及び横糸1bが平織りで編み込まれた市販のガラスクロス1を用意してもよい。なお、具体的なガラスクロス1の織り方は任意であり、三方向へ配向された糸で編まれた三軸組布等を用いてもよい。ガラスクロス1の編み込みの密度は音の透過性能を考慮して設定することが好ましく、例えば図1に示すように、縦糸1a同士,横糸同士1bにある程度の間隔が空いていることが好ましい。このステップのガラスクロス1には、何も表面加工がなされていない状態である。
【0034】
続くステップA20(目止め層形成ステップ)では、ガラスクロス1をアクリルエマルジョンに含浸させて、ガラスクロス1の表面に目止め層2を形成する。このステップでは、例えば図2に示すように、アクリル樹脂が縦糸1a及び横糸1bの内部に浸透するとともにそれらの外周に付着する。このガラスクロス1を加熱乾燥すると、図3に示すように、ガラスクロス1の表面において縦糸1a及び横糸1bの間に均一に空隙17が形成された状態で、それらの縦糸1a及び横糸1bの相対位置が固定される。これにより、縦糸1aと横糸1bとがずれにくくなり、ガラスクロス1の表面の摩擦堅牢度が向上する。また、編み目の空隙17の分布が均一な状態に保たれやすくなり、音の透過性能に偏りが生じにくくなる。
【0035】
さらに続くステップA30(シリコーン撥水層形成ステップ)では、前ステップの過程を経たガラスクロス1をシリコーンエマルジョンに含浸させて、目止め層2の表面に撥水層3を形成する。例えばジメチルポリシロキサンのシリコーンエマルジョンを用いる場合には、架橋剤としての有機金属化合物のエマルジョンを用いてシリコーン樹脂をガラスクロス1の表面に定着させる。そしてこのガラスクロス1を加熱乾燥してシリコーン樹脂を硬化させると、図4に示すように、目止め層2の表面全体が撥水性樹脂で覆われた状態となる。
【0036】
なお、上記のステップA20で使用されるアクリルエマルジョン及びステップA30で使用されるシリコーンエマルジョンとしては、無溶剤タイプの水性のものを用いることが好ましい。また、これらの樹脂をガラスクロス1の糸の周囲に付着させることが可能であれば、含浸させる代わりに樹脂を塗布することや、あるいは樹脂の微粒子を混濁させた分散液を噴霧するといった手法を適用してもよい。
【0037】
そして続くステップA40(接着ステップ)では、前ステップで目止め層2及び撥水層3が形成されたガラスクロス1(すなわち、これら全体の総称である表皮材7)及び吸音素材6の双方に接着剤を塗布してこれらを接着する。すなわち、吸音素材6の表面6aから裏面6cの外周部分にかけての部分を被覆するように表皮材7を貼り付ける。これにより、図5(b)に示すように、表皮材7と吸音素材6との間に接着層4が介在することになる。このようにして製造された吸音材8は、機体壁面に固定される裏面6c以外の部分は全て表皮材7で覆われることになる。したがって、吸音素材6の剥離飛散が防止されることになる。
【0038】
また、吸音素材6の裏面6cのうち、表皮材7に覆われていない中央部分には、吸音素材6の飛散防止用の軟質樹脂5が塗布される。これにより、吸音素材6が外気に対して直接触れる部位がなくなるため、吸音素材6の飛散防止効果が高められることになる。接着層4が乾燥すると表皮材7と吸音素材6とがほぼ一体となるため、表皮材7のばたつきが防止されることになり、表皮材7の表面の張力が変動しにくくなる。すなわち、吸音材8の吸音特性が低下しにくくなることになる。
【0039】
[吸音率の測定結果]
上記の製造方法で製造された吸音材8の吸音率を測定したところ、本発明に係る吸音材8では、従来の吸音材と比較して全般的に吸音性能が向上しており、特に、1/3オクターブバンド中心周波数が100〜1000[Hz]の範囲における吸音率が格段に上昇していることが確認された。本発明者は、250〜1000[Hz]の範囲における吸音材8の吸音率が0.70を上回り、低音域の騒音に対する防音効果が非常に高いことを確認した。
【0040】
特に作業機械では、エンジンから発せられる騒音が低音域に偏りがちであり、直進性の高い高音域の騒音と比較して音を減衰させにくい。これに対し、本発明に係る吸音材8を用いることによって、およそ1000[Hz]以下の低音域の騒音を効果的に減衰させることが可能であることが判明した。このように、本吸音材8によれば、十分な吸音性能が得られるため、作業機械の外部へ漏出する騒音を低減させることができる。
【0041】
なお、本発明者は吸音性能の測定に際し、吸音素材6として密度48[kg/m3]、厚み25[mm]のグラスウールを使用した。また、表皮材7のガラスクロス1は、番手67.5[TEX]のヤーンを縦糸1a,横糸1bにして平織りで編み上げたものを使用した。このガラスクロス1の糸密度は、縦42[本/25mm]、横32[本/25mm]とした。このガラスクロス1の単位面積あたりの質量は、215[g/m2]であった。また、測定に係る吸音材8の資料面積は16.00[m2]とした。
【0042】
測定方法については、JIS A 1409:1998に準拠した。測定に係る残響室の形状は不整形七面体構造であり、室容積は451[m3]であり、室内全表面積は353[m2]であった。測定に係るマイクロホンの設置点数は6点、音源の設置点数は2点とし、測定ノイズとしてピンクノイズを使用した。また、吸音率の算出では、JIS A 1409:1998の付属書E(参考)の(6)式を用い、空気の温湿度条件による補正を行った。室内温度は25[℃]であり、室内湿度は60[%]であった。
【0043】
[難燃性]
本発明者は、本製造方法で製造されたガラスクロス1(すなわち、ステップA10〜A30の過程を経て製造された、目止め層2及び撥水層3を有するガラスクロス1)として、米国UL規格におけるUL94HB規格を満足する(UL94HB水平燃焼性試験による点火時において、燃焼が100mm標線の手前で停止する難燃性を有する)ものを用いた吸音材8が良好な吸音性能を示すことを確認した。さらに、米国UL規格におけるUL94V-0規格を満足するものを用いた吸音材8が良好な吸音性能を示すことを確認した。難燃性を高めることで、熱によるガラスクロス1そのものの劣化が防止され、高温雰囲気下におけるガラスクロス1の表面の摩擦堅牢度の低下が抑制される。したがって、音の透過率の分布に偏りが生じにくくなり、良好な吸音特性を得ることができる。また、吸音材8の経年劣化を抑制することができ、材料の寿命を延長することができる。
【0044】
なお、UL94V-0規格では、以下の条件を満足することが定められている。
(ア)1回目の接炎終了後の有炎燃焼持続時間(火種保持時間)が10秒以内である
(イ)2回目の有炎燃焼持続時間と無炎燃焼時間との合計時間が30秒以内である
(ウ)2回目の接炎終了後の有炎燃焼持続時間が10秒以内である
(エ)5本の試験片の有炎燃焼時間の合計が50秒以内である
(オ)全ての試験片が燃え尽きることなく残っている(クランプまでの燃焼がない)
(カ)燃焼落下物がない(脱脂綿の燃焼がない)
上記の吸音材8におけるガラスクロス1の仕様,水平燃焼試験及び垂直燃焼試験の結果を表1〜表3に示す。
【0045】
【表1】

【0046】
【表2】

【0047】
【表3】

【0048】
[強度]
また、本発明者は、本吸音材8の製造に係るガラスクロス1として、ASTM D1117に規定されたグラブ法引張試験において、鉛直(縦)方向に450[N]以上の引張強度を有するものを用いた吸音材8や、水平(横)方向に350[N]以上の引張強度を有するものを用いた吸音材8、あるいは、ASTM D1117に規定されたシングルタング法引き裂き試験において、鉛直(縦)方向に14[N]以上の引き裂き強度を有するものを用いた吸音材8,水平(横)方向に16[N]以上の引き裂き強度を有するものを用いた吸音材8が、それぞれ、良好な吸音性能を示すことを確認した。すなわち、表皮材7の物理的な強度を高めることにより、ガラスクロス1の表面の摩擦堅牢度の低下が抑制される。したがって、音の透過率の分布に偏りが生じにくくなり、良好な吸音特性を得ることができる。また、十分な摩擦堅牢度を長期間保持することができ、吸音素材6の吸音性能を長期間維持することができる。
【0049】
上記の表1に記載のガラスクロス1を用いたグラブ法引張試験の結果を表4に示し、シングルタング法引き裂き試験の結果を表5に示す。なお、表4に示された引張り試験に用いられた試験片の幅は、縦6インチ(151.2[mm])、横幅4インチ(100.8[mm])とし、引張り速度を毎分12インチ(302.4[mm/分])とした。また、表5に示された引き裂き試験に用いられた試験片の大きさは縦200[mm]、横75[mm]とし、水平辺の中央から鉛直に75[mm]の切れ目を入れたものとした。引き裂き速度は、300[mm/分]とした。
【0050】
【表4】

【0051】
【表5】

【0052】
[効果]
このように、シリコーン系の撥水層3が設けられたガラスクロス1からなる表皮材7と吸音素材6とを、接着層4を介して接着することにより、フッ素樹脂系の撥水剤を用いた場合と比較して接着性を向上させることができ、製品品質を高めることができる。また、表皮材7が吸音素材6から剥がれにくくなるため、表皮材7の表面の張力を変動しにくくすることができ、その結果、吸音特性を低下しにくくすることができる。なお、表皮材7がばたついて騒音が発生するようなこともない。また、耐熱性や撥水性などの基本的な機能も確保することもできる。
【0053】
また、ガラスクロス1をアクリルエマルジョンに含浸させて目止め層2を形成することにより、表皮材7におけるガラスクロス1の織り目形状の変形を抑制することができる。これにより、表皮材7の空隙17の分布を均一に保つことが可能となり、空隙17の偏りに伴う音の透過率の低下を防止することができる。このように、ガラスクロス1の糸同士のずれにくさ、すなわち、表皮材7の摩擦堅牢性を高めることで、吸音性能を高めることができる。なお、目止め層2の被膜形成材料がアクリル樹脂ポリマーであるため、コストが低くかつ工程作業も容易である。
【0054】
また、ガラスクロス1の目止め層2にグラファイトを混入するという簡素な構成で、目止め層2のアクリル樹脂ポリマーの劣化及び撥水層3の撥水成分の劣化を防止する(あるいは、劣化速度を遅くする)ことができ、撥水性を高めることができるとともに、樹脂の寿命を延長させることができる。また、表皮材7表面の熱分布が均質化するため、耐熱性を向上させることができる。
【0055】
なお、グラファイトに限らず、目止め層2に何らかの色素を混入させて着色することにより、表皮材7の表面での熱分布が均質化されるため、耐熱性を向上させることができる。さらに、樹脂そのものの寿命が延長されることになるため、吸音材8の耐用年数を長くすることができる。また、撥水層3の材料を無色透明のものとすれば、着色された目止め層2の色がそのまま吸音材8の外観色に反映されることになるため、美観を向上させることもできる。
【0056】
また、本発明に係る吸音材8によれば、目止め層2が撥水層3の下地として機能することになる。これにより、ガラスクロス1の上に直接撥水層3を形成する場合と比較して、撥水層3の構造を安定化させることができ、表皮材7の織り目形状の変形を抑制することができる。したがって、表皮材7の空隙17の分布を均一に保つことが可能となり、撥水性を長期間持続させることができ、かつ、音の透過率の分布を均一にして吸音性能を高めることができる。
したがって、本発明に係る作業機械の吸音材8によれば、耐熱性,撥水性及び良好な吸音特性を確保しつつ、付着性をも向上させることができる。
【0057】
[その他]
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。
例えば、上述の実施形態では、油圧ショベル10に適用される吸音材8が例示されているが、本発明に係る吸音材8の適用対象はこれに限定されず、ブルドーザやホイールローダ,油圧式クレーンなどのさまざまな作業機械に適用することが可能である。なお、本発明に係る吸音材8の取付位置は、エンジンルームやサイドカバーの内部以外の場所であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明の一実施形態に係る作業機械の吸音材の製造方法で用いられるガラスクロスの構造を拡大して示す断面図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る作業機械の吸音材の製造方法の過程で目止め層が形成されたガラスクロスの構造を拡大して示す断面図である。
【図3】本発明の一実施形態に係る作業機械の吸音材の製造方法の過程におけるガラスクロスの表面の状態を拡大して示す模式図である。
【図4】本発明の一実施形態に係る作業機械の吸音材の製造方法の過程で撥水層が形成されたガラスクロスの表面の状態を拡大して示す断面図である。
【図5】本発明の一実施形態に係る作業機械の吸音材の製造方法で製造された吸音材の構造を示す断面図であり、(a)は吸音材の断面図、(b)は表皮材の部分断面図である。
【図6】本発明の一実施形態に係る作業機械の吸音材の製造方法で製造された吸音材を備えた油圧ショベルを示す斜視図である。
【図7】本発明の一実施形態に係る作業機械の吸音材の製造方法の手順を説明するためのフローチャートである。
【符号の説明】
【0059】
1 ガラスクロス
1a 縦糸
1b 横糸
2 目止め層
3 撥水層
4 接着層
5 軟質樹脂
6 吸音素材(グラスウール)
7 表皮材
8 吸音材
9a サイドカバー
9b エンジンフード
17 空隙

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス繊維集合体のグラスウールからなる吸音素材と、該吸音素材を被覆する表皮材と、を備えた作業機械の吸音材の製造方法であって、
複数のガラス繊維を網目状に編み、ガラスクロスを形成するガラスクロス形成ステップと、
該ガラスクロスにシリコーン防水加工を施してシリコーン系撥水層を形成するシリコーン系撥水層形成ステップと、
該シリコーン系撥水層を有するガラスクロスを該表皮材として該吸音素材に接着する接着ステップと
を備えたことを特徴とする、作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項2】
該ガラスクロス形成ステップで形成された該ガラスクロスをアクリルエマルジョンに含浸させて該ガラスクロスの表面に目止め層を形成する目止め層形成ステップをさらに備え、
該シリコーン系撥水層形成ステップにおいて、該目止め層形成ステップで形成された該目止め層の上に該シリコーン系撥水層を形成する
ことを特徴とする、請求項1記載の作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項3】
該目止め層形成ステップにおいて、該アクリルエマルジョンに着色料を混入する
ことを特徴とする、請求項2記載の作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項4】
該目止め層形成ステップにおいて、該アクリルエマルジョンにグラファイトを混入する
ことを特徴とする、請求項3記載の作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項5】
該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、米国UL規格におけるUL94V−0規格を満足する
ことを特徴とする、請求項1〜4の何れか1項に記載の作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項6】
該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、ASTM D1117に規定されたグラブ法引張試験において、鉛直方向に450N以上の引張強度を有する
ことを特徴とする、請求項1〜5の何れか1項に記載の作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項7】
該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、ASTM D1117に規定されたグラブ法引張試験において、水平方向に350N以上の引張強度を有する
ことを特徴とする、請求項1〜6の何れか1項に記載の作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項8】
該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、ASTM D1117に規定されたシングルタング法引き裂き試験において、鉛直方向に14N以上の引き裂き強度を有する
ことを特徴とする、請求項1〜7の何れか1項に記載の作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項9】
該ガラスクロス形成ステップで形成される該ガラスクロスが、ASTM D1117に規定されたシングルタング法引き裂き試験において、水平方向に16N以上の引き裂き強度を有する
ことを特徴とする、請求項1〜8の何れか1項に記載の作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項10】
該グラスウールが、少なくとも100〜1000Hzの周波数帯に対応する騒音を吸収する性能を有する
ことを特徴とする、請求項1〜9の何れか1項に記載の作業機械の吸音材の製造方法。
【請求項11】
該グラスウールが、JIS A 1409:1998に基づく残響室法吸音率測定において、250〜1000Hzの範囲における0.70以上の吸音率を有する
ことを特徴とする、請求項1〜10の何れか1項に記載の作業機械の吸音材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−32879(P2010−32879A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−196258(P2008−196258)
【出願日】平成20年7月30日(2008.7.30)
【出願人】(000190297)キャタピラージャパン株式会社 (1,189)
【Fターム(参考)】