説明

保持器

【課題】ポケットと転動体との間に介在する潤滑剤のせん断抵抗を抑制することで、摩擦損失の低減や異常音(保持器音)の発生防止を十分に図ることが可能な保持器を提供する。
【解決手段】転動体10の径寸法10dよりも大きなポケット面Pmによって当該転動体を収容保持する複数のポケット4が周方向に沿って所定間隔で設けられた円環状の保持器2であり、各ポケットは、それぞれ当該保持器の内径2a側から外径2b側に亘って開口して形成されており、外径側開口の径寸法4outは、転動体の径寸法以上に設定され、且つ、内径側開口の径寸法4inは、転動体の径寸法以下に設定されていると共に、各ポケットの中心Psを相互に結んで構成される仮想円の直径4PCDは、各ポケットに収容保持された状態の各転動体の中心10sを相互に結んで構成される仮想円の直径10PCDよりも大きく設定されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受に組み込まれる複数の転動体を転動自在に保持する保持器に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えばエアコンファンモータ、換気扇ファンモータ、自動車用ファンモータなどには、当該モータの各種回転系を支持する転がり軸受が設けられており、当該転がり軸受には、その内外輪間に組み込まれる複数の転動体を転動自在に保持するための種々の保持器が適用されている(例えば、特許文献1)。その一例として図3(a),(b)には、玉軸受に組み込まれる円環状の保持器(冠形保持器)2が示されており、当該保持器2には、周方向に沿って等間隔に設けられた複数のポケット4が設けられている。それぞれのポケット4には、その一方側に開口6が形成されていると共に、各開口6には、当該開口6を一部覆うように一対の爪部8が互いに対向して立ち上げられており、これら一対の爪部8によって各開口6の開口径が狭められている。
【0003】
この場合、当該保持器2に転動体(玉)10を組み込む際、例えば一対の爪部8の間に転動体(玉)10を位置合わせした状態からポケット4に向けて転動体(玉)を押し込むと、そのときの押圧力により一対の爪部8が外側に弾性変形して開口径が拡がることで、当該開口6を介して転動体(玉)10をポケット4に挿入して組み込むことができる。このとき、一対の爪部8が元の形状に弾性的に復元し開口径が再び狭められることにより、ポケット4内の転動体(玉)10は、一対の爪部8とポケット面Pmとの間に収容され、その状態において、当該ポケット4から脱落すること無く回転可能に保持される。なお、ポケット面Pmは、ポケット4内に形成されており、当該ポケット4に挿入された転動体(玉)10の輪郭形状(例えば、球面形状)に沿った形状を成している。
【0004】
このような保持器2は、転がり軸受の内輪12と外輪14との間に各転動体(玉)10を回転可能に保持した状態で組み込まれ、例えば各転動体(玉)10の公転速度の約半分の速度で公転する。この場合、内外輪12,14間に沿って公転する保持器2を案内する方式としては、例えば転動体(玉)案内、外輪案内、内輪案内がある。
【0005】
ここで、例えば転動体(玉)案内方式について説明すると、玉案内方式の保持器2には、ポケット4と転動体(玉)10との間(即ち、ポケット面Pmと玉表面10mとの間)に、相互の運動の自由度を持たせるため、ポケットすきまと称するすきまが構成されており、転動体(玉)10の径寸法(直径)よりも大きな内径を有するポケット面Pmによって当該転動体(玉)10を収容保持するようになっている。また、かかる保持器2を内輪12と外輪14との間に組み込んだ状態において、当該保持器2は、その内径側及び外径側の双方が内外輪12,14に対して接触しないようになっている。このため、軸受回転時において、保持器2は、各転動体(玉)10の公転運動のみによって案内され、内外輪12,14間に沿って公転する。これを転動体案内方式という。
【0006】
ところで、上述したような保持器2を組み込んだ転がり軸受には、その耐久性を向上させるために、比較的高粘度の潤滑剤(例えば、グリース)が封入される場合がある。この場合、軸受回転中において、ポケット4のポケット面Pmと転動体(玉)10の玉表面10mとの間に介在する潤滑剤(グリース)のせん断抵抗により、例えばポケット面Pmと玉表面10mとの間の摩擦損失が大きくなったり、或いは、転動体(玉)10との衝突により保持器2が振動して保持器音と称する異常音が発生したりする。
【0007】
そこで、摩擦損失の低減や異常音の発生防止を図るために、従来では、例えば図3(c)に示すように、保持器2の幅(即ち、内径2aと外径2bとの径差)を小さくすることにより、ポケット面Pmと玉表面10mとの間に介在する潤滑剤(グリース)のせん断抵抗を低減させる対策が講じられている。しかしながら、かかる対策では、保持器2自体の剛性を一定に保つために、内径2aと外径2bとの径差を小さくするには限界がある。また、かかる対策によれば、せん断面を小さくすることはできるものの、ポケット4(ポケット面Pm)の中心(ポケット中心)Psと、転動体(玉)10の中心(玉中心)10sとが互いに同中心となるため、ポケット面Pmの全面がせん断面となってしまう。このため、摩擦損失の低減や異常音(保持器音)の発生防止を十分に図ることが困難になっている。
【特許文献1】特開2000−291662号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような問題を解決するためになされており、その目的は、ポケットと転動体との間に介在する潤滑剤のせん断抵抗を抑制することにより、摩擦損失の低減や異常音(保持器音)の発生防止を十分に図ることが可能な保持器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる目的を達成するために、本発明は、転動体の径寸法よりも大きなポケット面によって当該転動体を収容保持する複数のポケットが周方向に沿って所定間隔で設けられた円環状の保持器であって、各ポケットは、それぞれ、当該保持器の内径側から外径側に亘って開口して形成されており、外径側開口の径寸法は、転動体の径寸法以上に設定され、且つ、内径側開口の径寸法は、転動体の径寸法以下に設定されていると共に、各ポケットの中心を相互に結んで構成される仮想円の直径は、各ポケットに収容保持された状態の各転動体の中心を相互に結んで構成される仮想円の直径よりも大きく設定されている。
この場合、内径側開口の径寸法は、転動体の径寸法の95%以下に設定されている。また、保持器の内径と外径との径差の半分は、転動体の径寸法の37%以下に設定されていると共に、当該保持器に複数の転動体を収容保持して内輪と外輪との間に組み込んだ状態において、保持器の内径と外径との径差の半分は、内輪の外径と外輪の内径との径差の半分に対して45%〜60%の範囲に設定されている。ここで、上記した保持器を相対回転可能に対向配置された内輪及び外輪との間に組み込んだ玉軸受によれば、軸受回転時において、保持器は、転動体案内方式によって内外輪間に沿って公転する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ポケットと転動体との間に介在する潤滑剤のせん断抵抗を抑制することにより、摩擦損失の低減や異常音(保持器音)の発生防止を十分に図ることが可能な保持器を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の一実施の形態に係る保持器について、図1を参照して説明する。
本実施の形態は、図3に示された保持器2の改良であるため、以下では改良部分の説明にとどめる。この場合、上述した保持器2(図3参照)と同一の構成については、その構成に付された参照符号と同一の符号を本実施の形態に用いた図面上に付することで、その説明を省略する。
【0012】
図1に示すように、本実施の形態の保持器2において、複数のポケット4は、上記した開口6(図3(a))に加えて更に、それぞれ、当該保持器2の内径2a側から外径2b側に亘って開口H1,H2(転動体(玉)10挿入用の開口6を横断する方向に開口)して形成されている。ここで、外径側開口H1の径寸法4outは、転動体(玉)10の径寸法(直径)10d以上に設定され、且つ、内径側開口H2の径寸法4inは、転動体(玉)10の径寸法(直径)10d以下に設定されている。
【0013】
この場合、ポケット4の内径側開口H2は、転動体(玉)10を拘束し且つ保持する部分となるため、その径寸法4inは、転動体(玉)10の径寸法10dよりも小さくする必要がある。そこで、本実施の形態では一例として、当該内径側開口H2の径寸法4inは、転動体(玉)10の径寸法10dの95%以下に設定している。
【0014】
なお、転動体(玉)10に対する拘束力や保持力を向上させる場合には、内径側開口H2の径寸法4inを、転動体(玉)10の径寸法10dの80%以下に設定しても良い。また、更に転動体(玉)10に対する拘束力や保持力を向上させる場合には、内径側開口H2の径寸法4inを更に小さくすれば良いが、これに伴って、保持器2の内径2aも小さくする必要がある。そうなると、保持器2の内径2aと内輪12(図3(b)参照)の外径との間のすきまが小さくなり、両者間に介在する潤滑剤(グリース)によるせん断抵抗が発生する場合がある。従って、内径側開口H2の径寸法4inは、転動体(玉)10の径寸法10dの70%以上で且つ95%以下(好ましくは、80%以下)に設定することが好ましい。
【0015】
また、本実施の形態の保持器2において、複数のポケット4のそれぞれのポケット中心Psを相互に結んで構成される仮想円の直径4PCDは、各ポケット4に収容保持された状態の各転動体(玉)10のそれぞれの玉中心10sを相互に結んで構成される仮想円の直径10PCDよりも大きく設定されている。
【0016】
更に、本実施の形態の保持器2において、保持器2の内径2aと外径2bとの径差の半分は、転動体(玉)10の径寸法10dの37%以下に設定されていると共に、当該保持器2に複数の転動体(玉)10を収容保持して内外輪12,14間(図3(b)参照)に組み込んだ状態において、保持器2の内径2aと外径2bとの径差の半分は、内輪12の外径と外輪14の内径との径差の半分に対して45%〜60%の範囲に設定されている。
【0017】
以上、本実施の形態によれば、上述したような設定条件を満たすことにより、ポケット4と転動体(玉)10との間(即ち、ポケット面Pmと玉表面10mとの間)の接触面積が小さくなると共に、転動体(玉)10は、保持器2の内径2a側(即ち、内径側開口H2の近傍部位)のみで保持されることになる。また、このような保持器2を、転がり軸受の内輪12と外輪14との間に各転動体(玉)10を回転可能に保持した状態で組み込んだ状態において、軸受が回転している間、各転動体(玉)10は、保持器2の外径2b側には一切接触すること無く、保持器2の内径2a側(即ち、内径側開口H2の近傍部位)のみに接触しながら回転することになる。
【0018】
この場合、ポケット4のポケット面Pmと転動体(玉)10の玉表面10mとの間に介在する潤滑剤(グリース)のせん断抵抗は、保持器2の内径側開口H2の近傍部位のみとなるため、ポケット面Pmと玉表面10mとの間の摩擦抵抗を低減させることができる。これにより、ポケット4と転動体(玉)10との間に介在する潤滑剤のせん断抵抗が抑制され、その結果、ポケット面Pmと玉表面10mとの間の摩擦損失の低減や、転動体(玉)10と保持器2との衝突による異常音(保持器音)の発生防止を十分に図ることが可能な保持器2を実現することができる。
【0019】
なお、上述した実施の形態では、保持器2の複数のポケット4を全て同一形状に構成する場合を想定しているが、これに代えて、例えば図2に示すような偶数(8つ)のポケット4を有する保持器2では、その半数のポケット4を上述した実施の形態の設定条件を満たす構成とし、残りのポケット4をポケット中心Psと玉中心10sとを同中心とした構成(図3(c)参照)としても良い。例えば奇数番号が振られたポケット4を上述した実施の形態の設定条件を満たす構成とし、偶数番号が振られたポケット4をポケット中心Psと玉中心10sとを同中心とした構成とする。また、その逆でも良い。
【0020】
これにより、摩擦低減効果は減少するが、転動体(玉)10に対する拘束力や保持力を安定化させることが可能となる。この場合、各ポケット4のポケット径、及び、各ポケット4のポケット中心Psを相互に結んで構成される仮想円の直径4PCDを大きくすることにより、低摩擦損失を実現することができる。
【0021】
また、上述した実施の形態では、軸受内部に封入する潤滑剤(グリース)の封入量について特に言及しなかったが、当該封入量を軸受内部の空間容積の略35%以下に設定することが好ましい。これにより、ポケット面Pmと玉表面10mとの間の摩擦損失を更に小さくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の一実施の形態に係る保持器の構成を一部拡大して示す図。
【図2】本発明の変形例に係る保持器の構成を模式的に示す図。
【図3】(a)は、保持器の構成を示す斜視図、(b)は、従来の保持器の構成を一部拡大して示す図、(c)は、摩擦損失の低減や異常音の発生防止を図るための対策が講じられた従来の保持器の構成を一部拡大して示す図。
【符号の説明】
【0023】
2 保持器
2a 保持器の内径
2b 保持器の外径
4 ポケット
4out ポケットの外径側開口の径寸法
4in ポケットの内径側開口の径寸法
10 転動体(玉)
10d 転動体の径寸法(直径)
10s 玉中心
Pm ポケット面
Ps ポケット中心
4PCD ポケット中心を相互に結んで構成される仮想円の直径
10PCD 玉中心を相互に結んで構成される仮想円の直径

【特許請求の範囲】
【請求項1】
転動体の径寸法よりも大きなポケット面によって当該転動体を収容保持する複数のポケットが周方向に沿って所定間隔で設けられた円環状の保持器であって、
各ポケットは、それぞれ、当該保持器の内径側から外径側に亘って開口して形成されており、外径側開口の径寸法は、転動体の径寸法以上に設定され、且つ、内径側開口の径寸法は、転動体の径寸法以下に設定されていると共に、
各ポケットの中心を相互に結んで構成される仮想円の直径は、各ポケットに収容保持された状態の各転動体の中心を相互に結んで構成される仮想円の直径よりも大きく設定されていることを特徴とする保持器。
【請求項2】
内径側開口の径寸法は、転動体の径寸法の95%以下に設定されていることを特徴とする請求項1に記載の保持器。
【請求項3】
保持器の内径と外径との径差の半分は、転動体の径寸法の37%以下に設定されていると共に、当該保持器に複数の転動体を収容保持して内輪と外輪との間に組み込んだ状態において、保持器の内径と外径との径差の半分は、内輪の外径と外輪の内径との径差の半分に対して45%〜60%の範囲に設定されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の保持器。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の保持器を相対回転可能に対向配置された内輪及び外輪との間に組み込んだ玉軸受であって、
軸受回転時において、保持器は、転動体案内方式によって内外輪間に沿って公転することを特徴とする玉軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−197893(P2009−197893A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−39884(P2008−39884)
【出願日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】