説明

光学薄膜形成用ハースライナー

【課題】基板に蒸着材料を付着して光学薄膜を形成するハースライナーにおいて、電子銃からの電子ビームを蒸着材料に照射して溶融・気化する際に生じる突沸(スプラッシュ)を防止する。
【解決手段】電子銃から電子ビームを蒸着材料に照射して基板に光学薄膜を形成する真空蒸着装置のハースライナー1において、該ハースライナー1の蒸着材料収納部2の断面形状が、浅い半円形(球)状(おわん状)であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子銃を用いた真空蒸着装置用のハースライナーに係り、特に、ハースライナーの蒸着材料収納部の断面形状がおわんのように半円状をしている、光学薄膜形成用のハースライナーに関する。
【背景技術】
【0002】
光学フィルターは、水晶、ガラス等の基板材料の表面に金属薄膜と誘電体薄膜からなる光学薄膜を成膜して製造される。
【0003】
例えば、図5に示すように、真空蒸着装置10を用い、その真空チャンバー11内の坩堝12の穴内に、蒸着材料を収納したハースライナー1を配置し、フィラメント13に高圧電流を印加し、発生した電子ビームをマグネット14a,14bによりハースライナー1に誘導して、間接的にハースライナー1を冷却しつつ、その内の蒸着材料を蒸発・気化させて、真空チャンバー11内に配置した基板15の表面に付着させて薄膜を成膜する。
【0004】
とくに、蒸着材料の蒸発手段として、電子ビームを照射する電子ビーム蒸発源(電子銃)を用いる場合には、図6に示すように、例えば、水冷により冷却される銅製の坩堝の内側に断熱性の高い材料(例えば銅)で製作したハースライナーをセットし、このハースライナーに蒸着材料を充填し、この蒸着材料を電子ビーム照射で加熱し、蒸発・気化させている。
【0005】
このようなハースライナーを用いることにより、蒸着後の汚れを掃除する場合、坩堝の内部(穴)は汚れていないので、使用後、比較的小さい部品であるハースライナーだけを坩堝から取り出して掃除すればよいので、真空蒸着装置の掃除が極めて容易になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−255059号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来、光学用薄膜を真空蒸着装置で形成する場合、真空蒸着装置内の坩堝に、蒸着材料を入れた無酸素銅製の臼状をしたハースライナー(図7(a),(b)参照)を装填し、電子銃から電子ビームを照射して蒸着材料を溶融・気化して水晶、ガラス基板等の表面に薄膜を付着させて光学薄膜を成膜する。この従来例の臼形をしたハースライナー1cは、図7(a),(b)に示すように、臼形の外周面3cと、内側面4cとを有し、内側面4cは、底部2cと連接して形成され、比較的深い有底の蒸着材料収納部Sが形成されている。
【0008】
ここで、蒸着材料に酸化チタン(Ti35)を使用した場合について、従来技術の問題点を説明する。まず、図8に示す、真空蒸着装置の回転する坩堝の穴部内にハースライナーを置き、その中に収納した蒸着材料(酸化チタン)に坩堝の穴に対向して配置した電子銃から電子ビームを照射して溶かし、気化した蒸着材料を水晶、ガラス基板の表面に付着(蒸着)させる。ここで、坩堝は、図5に示したように、冷却水によって約40℃に冷却されているため、蒸着材料が入った銅製のハースライナーとハースライナー内の蒸着材料は溶けない状態になっている。そして、成膜によって目減りした蒸着材料をハースライナーに継ぎ足しながら酸化チタン(Ti35)とSiO2とを交互に繰り返して供給して、TiO2とSiO2とからなる、例えば、40〜50層程度の、光学薄膜を基板上に形成する。このハースライナーは数10回成膜に使用する。
【0009】
しかしながら、冷却水により冷却されている坩堝により、この内側に入れたハースライナーも間接的に冷却されるので、その中の蒸着材料の中央部が溶けても、その外周部が溶けないで残っている。そのため、電子ビーム照射により蒸着材料を溶かしているときに、溶けていない蒸着材料が、溶けている蒸着材料の部分に落ち、その際の急激な溶融した蒸着材料の温度変化により、スプラッシュ(突沸)が発生し、水晶基板等の表面に粉状及び液状の蒸着材料が付着し不良品の発生の要因になってしまう。
【0010】
加えて、蒸着材料を継ぎ足してハースライナーの使用を繰り返すと、その中で蒸着材料が溶融・固化を繰り返すので、ハースライナーの下部に存在する蒸着材料(酸化チタン:Ti35)から酸素が抜け、Ti23が形成される。このTi23は、Ti35に比べて融点が約200℃高いため、電子ビームを照射しても溶けず、粉状になり、この粉状部分の容積が増加していく。この粉状部分に電子ビームが照射されるとスプラッシュ(突沸)が発生する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記した課題を解決するため、本発明は、電子銃から電子ビームを蒸着材料を照射して基板に光学薄膜を形成する真空蒸着装置のハースライナーにおいて、該ハースライナーの蒸着膜材料収納部の断面形状が、浅い半円形状(おわん状)であることを特徴とする。
【0012】
また、本発明のハースライナーは、前記ハースライナーを形成する材料の融点が1200℃以上、かつ、熱伝達率が、350W/mK以下であることを特徴とする。
【0013】
さらに、本発明のハースライナーは、蒸着材料を収納するライナー部と坩堝に嵌入されるテーパ状のライナー部とが一体に形成され、かつ、坩堝の穴に装入される該ライナーの底面に断面形状が凹状の凹部に形成され、該坩堝と該底面及び該テーパ部との接触面積を減ずるようにして、ハースライナーの冷却度合を少なくすることを特徴とする。
【0014】
またさらに、本発明のハースライナーは、前記蒸着材料収納部を有するライナー部と前記テーパ状のライナー部とが2分割され、使用時に両者が一体に組み合わされて坩堝に装入されることを特徴とする。
【0015】
本発明は、前記したハースライナーを使用して光学薄膜を成膜した光学フィルターに関する。
【発明の効果】
【0016】
光学フィルター等の基板に蒸着材料を付着させて光学薄膜を形成するハースライナーを使用時において、電子銃からの電子ビームを蒸着材料に照射して溶融・気化する際に生じる突沸(スプラッシュ)を防止できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の光学薄膜形成用のハースライナーの実施例1(半円形状のハースライナー)を示し、(a)は、その平面図、また(b)は、その正面図である。
【図2】本発明の光学薄膜形成用のハースライナーの実施例2(半円形状のハースライナーとテーパ状のライナ部とを一体化したもの)を示し、(a)は、その平面図、また、(b)は、(a)に示すII−II矢視断面図である。
【図3】本発明の光学薄膜形成用のハースライナーの実施例3(蒸着材料を収納するライナーと坩堝に入れるライナーとを2分割し使用時に両者を重ねたもの)の部分断面を示す。
【図4】本発明の光学薄膜形成用のハースライナーを用いて、蒸着材料を溶かした時に、溶けた蒸着材料内に対流が生じる概念図を示す。
【図5】光学薄膜形成に用いる電子ビーム真空蒸着装置の概念図を示す。
【図6】光学用薄膜を電子ビーム真空蒸着装置で形成する場合、真空蒸着装置内に装入する臼型の坩堝と、この坩堝の穴部に入れた蒸着材料を充填したハースライナーと、電子ビームにより蒸着材料を溶融し光学薄膜の成膜を行う概念図である。
【図7】従来例のハースライナーを示し、(a)は、その平面図、(b)は、その正面図を示す。
【図8】電子ビームを用いる真空蒸着装置内に配設された多数のハースライナーを収納する穴を有する坩堝の斜視図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の光学薄膜形成用ハースライナーの実施例を添付した図面に基いて説明する。
【0019】
〔実施例1〕
本発明の光学薄膜形成用ハースライナーは、水晶基板、光学ガラス基板、リン酸ガラス、フッリン酸ガラス、ニオブ酸リチウム基板等への電子ビームを用いた真空蒸着装置による光学薄膜の成膜に使用する。そして、これらの基板の表面に、高屈折材料であるTiO2と低屈折材料であるSiO2とを交互に、例えば40〜50層程度、成膜して光学薄膜を成膜する。
【0020】
ここで、本発明のハースライナーは、高屈折材料である金属系材料(Ti35、Ta25等)を溶融・気化させるのに使用する。これら高屈折の材料は、開始材料の段階では、黒色なので、成膜中に酸素、イオン、ガス等を開始材料に導入して、酸化反応を行い、透明な光学薄膜(TiO2の酸化膜とSiO2)を基板上に形成する。
【0021】
図1に示すように、本発明の実施例1のハースライナー1は、蒸着材料の収納部2を断面形状が浅い半径R1(例えば、19mm)をもつ半円形(球)状凹部(おわん状)(例えば、深さ10.4mm)とし、この収納部2の外縁に厚さt(例えば、0.3mm)のリップ部3を折り曲げて形成して構成して、坩堝の穴(図8参照)に装填して使用する。通常、ハースライナー1は、その直径が35、40、または45mmのものを用いる。
【0022】
このハースライナー1は、通常、融点が1200℃以上、熱伝導率が350W(mK)以下の材料、例えば銅(Cu)からプレス打ち抜き加工により製造する。なお、蒸着材料によっては、モリブデン(Mo)及びタングステン(W)からハースライナー1を形成してもよい。
【0023】
このように、ハースライナー1の蒸着材料の収納部2を断面形状が浅い半円形状(おわん状)に形成することにより、従来のものと比べて、蒸着材料を入れる収納部2の容量が小さくなるため、一回毎の蒸着材料の使用量の削減が可能になる。そして、電子ビームを収納部2内の蒸着材料に照射し加熱して溶かしたとき、蒸着材料が少ないことと、ハースライナー1を構成する材料(例えば銅)の融点が高い反面、その熱伝導が、前述したように、低いため、蒸着材料が溶けたときにハースライナー1が十分高温に耐え得るとともに、図4に示すように、溶けた蒸着材料内で対流が生じて蒸着材料全体が均一に溶けるので、蒸着材料から酸素が抜ける状態(Ti35からTi23が形成される)が現出せず突沸(スプラッシュ)が防止されて、安定した光学基板への光学薄膜の成膜が可能となる。
【0024】
本発明の実施例1では、蒸着材料をハースライナー1に収納する前に、顆粒状の黒色をした酸化チタン(Ti35)を予め加熱・溶融させ、その後、ハースライナー1の内に充填し、加熱、気化させ、成膜中に酸化させて、黒色から透明な状態にして、基板の表面にTiO2とSiO2とからなる透明な光学薄膜を成膜する。
【0025】
また、従来のハースライナーに比べて、本発明のハースライナー1は、坩堝を介して間接的に冷却されるので、電子ビームによる蒸着材料の十分な溶融が可能となり、突沸(スプラッシュ)が防止できる。
【0026】
さらに、本発明のハースライナー1を用いると、蒸着材料の溶融時に突沸(スプラッシュ)が発生し難くなるので、電子銃の出力電流を、従来の真空蒸着装置より、例えば、100mA、低減できるようになる。
【0027】
〔実施例2〕
本発明の実施例2のハースライナー1aは、実施例1と同じ材料を用いて、図2に示すように、蒸着材料を収納する断面形状が半径R2と上端縁部5aをもつ半円形の収納部2aと、坩堝部の穴部(図8参照)に嵌入されるテーパ部分4aとを同一材料で一体化して中実に形成する。そして、その底面に断面形状が半径R3をもつ半円形状の凹部7aを形成し、かつ、凹部7aの外延部に下端縁部6a(テイル)が形成されるよう、鋳造、研削加工等により製造する。
【0028】
このようにハースライナー1aを構成することにより、図2(b)に示すように、ハースライナー1の下端縁部6aが坩堝の穴部と接触する面積が減らされるとともに、凹部7aと坩堝の穴の底面との間に空間Cが形成され、坩堝とハースライナー1のテーパ部分4aの側面が直接接触しなくなるので、過度にハースライナー1が坩堝により冷却されることがなくなり、適度の蒸着材料の加熱・溶融、気化が行われるようになる。また、蒸着材料の収納部2aとテーパ部分4aが一体になっているので、消耗した時のハースライナー1の交換が容易になる。
【0029】
〔実施例3〕
本発明の実施例3のハースライナー1は、図3に示すように、前出実施例1の半円形断面形状をもつ蒸着材料を収納するライナー部分2と坩堝に嵌入する有底なテーパ状のライナー部分7とに2分割して形成し、前出実施例1と同じ材料により両者を製造する。そして、使用時に、蒸着材料を収納するライナー2を坩堝に装入するライナー7にライナー2のリップ部を載置して両者を一体にしてから、坩堝の穴(図8参照)に嵌入し、電子銃より電子ビームを蒸着材料に照射して、加熱・溶融、気化させ基板の表面に光学薄膜を成膜する。
【符号の説明】
【0030】
1,1a ハースライナー
2,2a 半円形凹部(蒸着材料収納部)
3 リップ部
5a 上端縁部
6a 下端縁部
7a 底面凹部
10 真空蒸着装置
11 真空チャンバー
12 坩堝
13 フィラメント
14a,14b マグネット
15 基板材料
C 空間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子銃から電子ビームを蒸着材料に照射して基板に光学薄膜を形成する真空蒸着装置のハースライナーにおいて、該ハースライナーの蒸着材料収納部の断面形状が、浅い半円形状であることを特徴とする光学薄膜形成用ハースライナー。
【請求項2】
請求項1に記載のハースライナーにおいて、前記ハースライナーを形成する材料の融点が、1200℃以上、かつ、熱伝達率が、350W/mK以下であることを特徴とする光学薄膜形成用ハースライナー。
【請求項3】
請求項1に記載のハースライナーにおいて、蒸着材料を収納するライナー部と坩堝の穴部に装入されるテーパ状のライナー部とが同一材料で一体に形成され、かつ、坩堝の穴部に装入される該ライナーの底面に凹部が形成され、これにより該坩堝の穴部と該底面及び該テーパ部との接触面積を減ずるようにしたことを特徴とする光学薄膜形成用ハースライナー。
【請求項4】
請求項3に記載のハースライナーにおいて、前記蒸着材料収納部を有するライナー部と前記テーパ状のライナー部とが2分割され、使用時に両者が一体に組み合わされて坩堝の穴部に装入されることを特徴とする光学薄膜形成用ハースライナー。
【請求項5】
請求項1から4に記載のハースライナーを使用して表面に光学薄膜を成膜した光学フィルター。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−233211(P2012−233211A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−100421(P2011−100421)
【出願日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【出願人】(000232483)日本電波工業株式会社 (1,148)
【Fターム(参考)】