説明

光学製品の製造方法および光学製品

【課題】中屈折率領域(n=1.5〜1.9程度)において、光吸収の少ない光学薄膜を有する光学製品の製造方法および光学製品を提供すること。
【解決手段】スパッタリングにより2つのターゲットを用いて基板上に光学薄膜を形成する光学製品の製造方法であって、前記スパッタリング用の2つのターゲットが、Siおよび、Ti、Nb、Ta、Zr、HfおよびMoから選ばれた少なくとも一種の遷移金属とSiからなる混合固溶体である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スパッタリングにより基板上に光学薄膜を形成する光学製品の製造方法および光学製品に関する。
【背景技術】
【0002】
光学薄膜を有する光学製品の分野においては、基板上に反射防止膜、フィルター、ミラーなどの諸特性を付与する為に、基板表面に屈折率の異なる複数の膜を積層することが多い。屈折率の高い膜を形成する場合は、膜の材料として、Ti、Nb、Ta、Zr、Hf等の酸化物がよく用いられ、屈折率の低い膜を形成する場合は、SiO、MgF等がよく用いられる。
光学薄膜の形成方法としては真空蒸着法がもっとも一般的であるが、近年、交流電源の普及によりスパッタリングによっても化合物薄膜、特に酸化物薄膜の成膜を安定に行うことができるようになった。スパッタリング(反応性スパッタリング)により形成された金属酸化物薄膜は平坦性、均一性に優れ、基板に対する付着力も強く十分な耐候性を有するので、前記した光学薄膜への適用にはとくに好ましい。
一方、中間的な任意の屈折率を必要とする場合もある。例えば、屈折率が異なる2つの薄膜間に、一方の屈折率から他方の屈折率へ滑らかに屈折率が変化する薄膜を挟むことにより、優れた反射防止特性が得られる。
【0003】
このような中間的な屈折率を持つ膜を形成する場合は、AlやMgOがよく用いられている。しかし、AlをやMgOのような特定の構造を持った酸化物薄膜を用いるだけでは対処が困難となる場合も多い。例えば、Alの屈折率(n=1.6)よりも少し大きな屈折率、例えばn=1.7や1.75であるような薄膜を得ることは困難である。
そこで、所望の屈折率を得る為に、前記したような材料を単独で使用するのではなく、複数の材料を混合して使用することがある。例えば、複合ターゲットを使用した反応性スパッタリングが知られている(特許文献1参照)。複合ターゲットとは、酸化物薄膜形成時に低屈折率薄膜になるような材料(例えばSi)および高屈折率薄膜になるような材料(例えばTi)を、あらかじめ、例えば碁盤目状に交互に並べたものである。このような複合ターゲットを用いてスパッタリングを行うことで低屈折率材料と高屈折率材料が混合し、中間的な任意の屈折率を有する光学薄膜を得ることができる。
【0004】
【特許文献1】特開平10−25567号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、高屈折率用の材料と低屈折率用の材料を同時にスパッタリングした場合、所望の屈折率(中屈折率領域)が高屈折率側もしくは低屈折率側に近いと、形成された混合薄膜に(可視)光の吸収が発生しやすいという問題が生ずることがわかった。そのような光吸収が生じると、透明性が重視される眼鏡レンズやディスプレイなどの光学製品としては致命的な欠陥となる可能性もある。
【0006】
そこで、本発明は、中屈折率領域(n=1.5〜1.9程度)において、光吸収の少ない光学薄膜を有する光学製品の製造方法および光学製品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、スパッタリングにより2つのターゲットを用いて基板上に光学薄膜を形成する光学製品の製造方法であって、前記スパッタリング用の2つのターゲットとして、Siおよび、Ti、Nb、Ta、Zr、HfおよびMoから選ばれた少なくとも一種の遷移金属とSiからなる混合固溶体であることを特徴とする。
ここで、基板としては、光学通信用のレンズ基板や眼鏡用のレンズ基板など種々の光学製品用基板が使用可能であるが、その表面には、ハードコート膜など、すでに何らかの膜が形成されていてもよい。
【0008】
本発明の光学製品の製造方法によれば、スパッタリング用の複合ターゲットとして、Siターゲットと、特定の混合固溶体とを組み合わせた複合ターゲットを用いているので、酸素雰囲気下でスパッタリングを行うことにより、低屈折率材料としてのSiOと、高屈折率材料としての特定の遷移金属酸化物を含有する中屈折率の光学薄膜を形成することができる。そして、このような特定の複合ターゲットを用いているため、光学薄膜の屈折率(中屈折率領域)を制御しやすいだけでなく、得られた光学薄膜に光吸収が生じることがない。
また、混合固溶体中の遷移金属としてTaを用いると短波長側の光の吸収が少ないために、UV光を使用するアプリケーション、例えばUV硬化性樹脂を使用するフィルターへの応用が可能となる点で好ましい。
なお、光学薄膜の形成方法としては、従来より真空蒸着法が一般に知られているが、本発明のように、スパッタリングにより形成された金属酸化物薄膜は、平坦性、均一性に優れ、また基板に対する付着力も強く十分な耐候性を有するので、光学薄膜の形成法として真空蒸着法よりも優れている。
【0009】
ここで、遷移金属およびSiからなる混合固溶体としては、Siと各種の金属が化学結合してなる金属シリサイドであることが好ましい。
金属シリサイドは、化学的に安定で、かつ十分な硬度を有する取り扱い易いターゲットとして使用できる。このような金属シリサイドは、粒子状であって、その平均径が、500μm以下であることが好ましく、100μm以下であるとより好ましい。粒径が500μmを超えると、得られる薄膜の面内の組成分布が大きくなり、屈折率分布も大きくなる傾向があるので好ましくない。粒径が100μm以下であると、面内組成分布がより均一な光学薄膜を得ることができる。
金属シリサイドの作成方法としては、焼結法が好ましい。但し、光学製品のアプリケーションとして、パーティクル問題となるカバーガラスや、IRカットフィルター等では、より緻密なターゲットが必要となり、HIP法での作成がより好ましい。
また、スパッタ装置に掲置されるSiターゲットとシリサイドターゲットは、個々に電圧の印加が可能であり、双方の粒子がターゲット表面に付着しないことが望ましい。具体的には、2つのターゲット間に仕切りを設けるか、あるいは、十分な距離を設けることが好ましい。
【0010】
本発明では、前記混合固溶体における遷移金属の含有量が5〜63atom%であることが好ましく、13〜42atom%であることがより好ましい。
この発明によれば、混合固溶体における遷移金属の含有量が特定の範囲にあるので、形成される光学薄膜の屈折率(中屈折率領域)を制御しやすく、かつ、得られた光学薄膜は光吸収が少ない。
【0011】
本発明では、スパッタリングにより光学薄膜を形成する工程が、前記基板上に2つのターゲットにより金属混合物から成る薄膜を形成する工程と、前記工程後、前記金属混合物から成る薄膜を酸化し酸化物被膜を形成する工程とを行うことが好ましい。
この発明によれば、例えば、基板上に金属混合物の薄膜を形成し、別途酸化することで所定の屈折率を持った光学薄膜を形成することができる。すなわち、酸化工程を金属混合物の薄膜を形成する工程と切り離すことで、薄膜の屈折率をより精密に制御することができる。
【0012】
本発明では、前記光学薄膜の屈折率が1.55〜1.75であることが好ましい。
光学薄膜は、基板上に屈折率1.75以上の高屈折率材料と、屈折率1.55以下の低屈折率材料を交互に成膜して形成されるのが一般的であるが、屈折率が1.55〜1.75の中間屈折率材料を用いることで、より優れた光学特性を得ることが出来る。
この発明によれば、基板上に形成され、中間屈折率領域を担保する光学薄膜の屈折率が1.55〜1.75という光学設計上好ましい範囲であり、しかも光吸収が少ないので、最終的に優れた光学特性を持った光学製品を製造することができる。
【0013】
本発明の光学製品は、前記した製造方法により得られた光学製品であることを特徴とする。
本発明によれば、前記した製造方法を用いているので、例えば、眼鏡、光学ディスプレイ、光通信用レンズなどの光学製品として、光吸収のない優れた光学特性を発揮できる。
【実施例】
【0014】
以下、本発明について実施例、比較例に基づいて詳細に説明する。ただし、本発明はこれらの例によって何等限定されるものではない。
〔実施例〕
本実施例は、SF6基板上に所定の範囲の中屈折率を持った光学薄膜を形成して、屈折率および光吸収の程度(消衰係数)を測定したものである。
【0015】
(光学薄膜形成方法)
2つのカソードを有するスパッタ装置において、Siターゲットと、Ta比率を表1のように変えたTaシリサイドターゲットとからなる複合ターゲットを使用し、Arガス(500sccm)を流しながら、SiターゲットとTaシリサイドターゲットに同時に電圧をかけることによりSF6基板上に金属混合物から成る薄膜を形成した。なお、Taシリサイドターゲットには2000〜9000Wの出力でスパッタリングを行った。(金属混合物から成る薄膜を形成する工程)
上記工程後、装置内に別途設けられたRFコイル部にOガス(120sccm)を流しながら、出力5000WのRFを印加することで、Oプラズマを生成し、酸化を行い、所定の屈折率をもつ光学薄膜を形成した。(酸化物被膜を形成する工程)
【0016】
(屈折率および消衰係数の測定)
得られた光学薄膜形成後の基板について分光エリプソメーター(J.A. Woolam社 製 VASE)を用いることにより、光学薄膜の屈折率および消衰係数(光吸収の程度)を測定した。表1に結果を示す。
【0017】
【表1】

【0018】
〔比較例〕
比較例では、実施例と同じSF6基板を用いて2種の金属ターゲットを用いて所定の範囲の中屈折率を持った光学薄膜を形成して、屈折率と消衰係数を測定したものである。
【0019】
(光学薄膜形成方法)
2つのカソードを有するスパッタ装置において、一方にSiターゲット、一方にTaターゲットを配した装置を使用し、Arガス(500sccm)とOガス(120sccm)を流しながら、Ta、Siの両ターゲットに同時に電圧をかけることにより、基板上に光学薄膜を形成した。なお、Taターゲットに対しては、600W、1000W、および2000Wの出力でスパッタリングを行い、Siターゲットに対しては、5000W、および7000Wの出力でスパッタリングを行った。
【0020】
(屈折率および消衰係数の測定)
実施例と同様にして、形成後の光学薄膜について屈折率及び消衰係数を測定した。表2に結果を示す。
【0021】
【表2】

【0022】
表1より、Siターゲットと、Taシリサイドターゲットとからなる複合ターゲットを用いた実施例では、光学薄膜の屈折率は、1.49〜1.89の広範囲にわたって光吸収がなく(消衰係数がいずれも0.000)、光学製品を構成する光学薄膜として非常に優れることがわかる。特に、光学設計上有効である屈折率1.55〜1.75の範囲でも全く光吸収がないことが特徴である。
一方、表2は、Siターゲットと、Taターゲットとからなる複合ターゲットを用いた比較例であるが、光学薄膜として光吸収のない屈折率の範囲は1.65〜1.75とかなり狭いことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明は、眼鏡やディスプレイ等の光学レンズや、フィルター、ミラーなどの分野で好適に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スパッタリングにより2つのターゲットを用いて基板上に光学薄膜を形成する光学製品の製造方法であって、
前記スパッタリング用の2つのターゲットが、Siおよび、Ti、Nb、Ta、Zr、HfおよびMoから選ばれた少なくとも一種の遷移金属とSiからなる混合固溶体であることを特徴とする光学製品の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の光学製品の製造方法において、
前記混合固溶体が金属シリサイドであることを特徴とする光学製品の製造方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の光学製品の製造方法において、
前記混合固溶体における遷移金属の含有量が5〜63atom%であることを特徴とする光学製品の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれかに記載の光学製品の製造方法において、
前記遷移金属がTaであることを特徴とする光学製品の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれかに記載の光学製品の製造方法において、
前記スパッタリングにより基板上に光学薄膜を形成する工程が、
前記基板上に前記2つのターゲットにより金属混合物から成る薄膜を形成する工程と、
前記工程後、前記金属混合物から成る薄膜を酸化し酸化物被膜を形成する工程とから成ることを特徴とする光学製品の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜請求項5のいずれかに記載の光学製品の製造方法において、
前記光学薄膜の屈折率が1.55〜1.75であることを特徴とする光学製品の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜請求項6のいずれかに記載の製造方法により得られた光学製品。

【公開番号】特開2007−217726(P2007−217726A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−36988(P2006−36988)
【出願日】平成18年2月14日(2006.2.14)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】