説明

光素子

【課題】ショットキー接合部に光照射してテラヘルツ波を発生または検出するタイプの、テラヘルツ波発生効率及び検出効率を向上させた光素子を提供する。
【解決手段】光素子は、光のフォトンエネルギーよりも大きいエネルギーバンドギャップを持つ半導体層2と、半導体層2と電気的に接触した複数の電極3を備える。電極3のうち少なくとも1つは、半導体層2との間に光6のフォトンエネルギー以下の障壁高さを持つショットキー接合を形成する。ショットキー接合を形成する電極3と半導体層2との接合面の少なくとも一部は、電極3の形成されていない半導体層2の面側から光3が照射される光照射面を含み、且つ光3の照射により発生または検出するテラヘルツ波7と結合する結合構造体の構成部分となっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミリ波帯からテラヘルツ波帯(30GHz〜30THz)までの周波数領域の成分を含むテラヘルツ波を発生または検出する光素子、及びそれを用いる装置に関する。特に、光パルス照射により前記周波数帯のフーリエ成分を含む電磁波パルスの発生または検出を行う光素子、それを用いたテラヘルツ時間領域分光装置(THz-TDS)等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、テラヘルツ波を用いた非破壊なセンシング技術が開発されている。この周波数帯の電磁波の応用分野として、X線装置に代わる安全な透視検査装置を構成してイメージングを行う技術がある。また、物質内部の吸収スペクトルや複素誘電率を求めて分子の結合状態などの物性を調べる分光技術、キャリア濃度や移動度、導電率などの物性を調べる計測技術、生体分子の解析技術などが開発されている。テラヘルツ波の発生方法としては、光伝導素子を用いる方法が広く用いられている。この光伝導素子は、典型的には、移動度が比較的大きくキャリア寿命がピコ秒以下という特殊な半導体と、その上の2つの電極とで構成される。電極間に電圧を印加した状態で電極間のギャップに超短パルス光を照射すると、励起された光キャリアにより電流が瞬間的に電極間を流れ、テラヘルツ波が放射される。この様な光伝導素子をテラヘルツ波の検出器としても用いてTHz- TDSを構成することで、上記の様な計測、イメージング技術が研究されている。こうした技術状況において、励起用の超短パルスレーザとして一般にチタンサファイアレーザが用いられるが、小型化、低コスト化のために、通信波長帯のファイバーレーザの利用が望まれている。この場合、励起光波長が1μm以上となり、これまで光伝導素子で用いていた低温成長(LT-)GaAsは、この波長に対して透明体となるために使用できない。そこで、LT-InGaAsがその代わりの光伝導材料として研究されている(特許文献1参照)。
【0003】
しかし、InGaAs系のバンドギャップはGaAsに比べて小さいために、この系の真性半導体のキャリア濃度が高くなる。更に、結晶欠陥の増加による残留キャリア濃度の増大が重なって、高抵抗化することが難しい。故に、GaAsと比べて、印加電圧を高くすることができず、光キャリア数の時間微分変化量を大きくすることが難しい。そのため、テラヘルツ波の発生効率を制限していた。このことは、通信波長帯の光伝導素子の開発にとって大きな問題であったため、光伝導性を用いずショットキー接合を用いた新しい光スイッチ方式が提案されている(非特許文献1参照)。この方式では、図6に示す様に、半絶縁性InP基板70とTi/Au電極71とのショットキー接合部72に励起光73を照射する。これにより、ショットキー障壁を越えるエネルギーを得た電子が電極71から半導体70に移動して瞬間的に電流が流れ、テラヘルツ波を発生させる。この場合、照射光73は、波長が1.5μm帯であり、InP70では吸収されないが、ショットキー障壁の高さよりは大きい光エネルギーを持つ。こうして、半絶縁性InPを用いることでInGaAs系に比べて高抵抗な素子となり、高電界を印加できるため、高効率なテラヘルツ波発生の実現が可能とされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006-086227号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】2008 Conference on Quantum Electronics and Laser Science Conferenceon Lasers and Electro-Optics, CLEO/QELS 2008, Article number 4551244
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、非特許文献1のショットキー型素子では、電極―半導体界面に励起光を効率良く照射することが容易ではない。なぜなら、基本的には、図6に示す様に、電極と半導体の端部に光73を照射して、その近傍に形成されているショットキー接合のみをテラヘルツ波発生領域として用いているからである。すなわち、電極上部から励起光を照射しているので、光照射できるショットキー接合領域の面積が小さくなり、テラヘルツ波発生効率を制限していた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題に鑑み、光の照射によってテラヘルツ波を発生または検出する本発明の光素子は以下の特徴を有する。すなわち、光素子は、前記光のフォトンエネルギーよりも大きいエネルギーバンドギャップを持つ半導体層と、この半導体層と電気的に接触して形成された複数の電極とを備える。この電極のうち少なくとも1つは、半導体層との間に光のフォトンエネルギー以下の障壁高さを持つショットキー接合を形成する。そして、ショットキー接合を形成する電極と半導体層との接合面の少なくとも一部は、電極の無い半導体層の面側から光が照射される光照射面を含み、且つ光の照射により発生または検出するテラヘルツ波と結合する結合構造体の構成部分となっている。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ショットキー接合を形成する接合面に半導体層側から光を照射して接合面における光照射領域を増大する構造となっているので、テラヘルツ波発生効率及び検出効率を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の実施形態1の光素子の構造図。
【図2】ショットキー接合を説明する図。
【図3】本発明の実施形態2及び3の光素子の構造図。
【図4】本発明の実施形態4の光素子の構造図。
【図5】本発明の光装置を用いた実施形態5の分光装置の構成図。
【図6】従来の光素子の構造図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の光素子は、ショットキー型の素子であり、通常の光伝導素子とは、励起光の照射位置が異なる。すなわち、通常の光伝導素子は、励起光を電極間に照射し、バンド間遷移によりキャリアを発生させるのに対して、本発明の光素子は、励起光を電極と光伝導膜である半導体層との接合面に照射し、電極のキャリアにバリアを超えさせる。また、従来の上記ショットキー型素子は、上部(電極側)から電極と光伝導膜との接合面の付近に励起光を照射するのに対して、本発明の光素子は、電極が無い半導体層の面側(電極が無い半導体層の平面或いは側端面の側)から励起光を照射する。こうして、接合面における光照射領域を増大する。また、結合構造体の構成部分を光照射面辺りに形成することで、テラヘルツ波を結合構造体に結合させ、効率的に放射または検出しようとする。この考え方に基づいて、本発明の光素子の基本的な構成は、上述した様な構成を有する。
【0011】
以下、図を用いて本発明の実施形態及び実施例を説明する。
(実施形態1)
本発明の光素子の実施形態1を、その斜視図の図1(a)とA-A’断面図の図1(b)を用いて説明する。本実施形態では、基板1側から、所望の周波数特性を持つ電磁波結合構造体を含む複数の電極である電極兼アンテナ3と半導体層2との接合面に励起光6を照射できる構造となっている。このために、基板1は、半導体層2をエピタキシャル成長したときの基板ではなく、照射する励起光6に対して透明で波長分散の小さい材料の基板であり、ここに半導体層2が転写されている。つまり、半導体層2は、エピタキシャル層の成長基板を除去して別の基板1に転写されたところのエピタキシャル層である。ショットキー接合を構成する金属―半導体接触は、励起光6のフォトンエネルギーよりもバンドギャップが広い半導体層2の上に電極兼アンテナ3を形成することで実現している。ショットキー接合を形成する電極は、励起光6が照射される光照射面及びテラヘルツ波と結合する結合構造体を含み構成された電極兼アンテナ3となっている。この構成では、光照射面に達するまでの励起光6の透過領域は、半導体層2の領域及び励起光6の波長帯域において半導体層2よりも波長分散の小さい領域(基板1)のみを含むことになる。本実施形態では、電極兼アンテナ3の電磁波結合構造体は、発生したテラヘルツ波と結合して再放射するためのギャップ部を含む所望の周波数特性のアンテナであるが、電磁波結合構造体は、より一般的な結合構造体であってもよい。なお、図1(a)において、4は、電極兼アンテナ3にバイアス供給するための伝導線及びパッドである。
【0012】
テラヘルツ波発生の原理について図2を用いて説明する。図2(a)は金属―半導体接触近傍のエネルギーバンド構造を示す。54が接合部であり、左側が金属(上記構造では電極兼アンテナ3)、右側が半導体(上記構造では半導体層2)を示している。50は金属のフェルミ準位であり、接合により半導体のフェルミ準位52と一致する様になっている。本説明図では、51、53はそれぞれ半導体の伝導帯、価電子帯を示しており、例えば半絶縁性の半導体によりフェルミ準位がほぼ中央にある場合が記載されている。また、金属の仕事関数Φmと半導体の仕事関数Φsが一致してフラットバンドを形成している場合が示されている。このとき、半導体の伝導帯51は金属のフェルミ準位50よりもq(Φm−χ)だけ高いエネルギー位置(qは素電荷)にあり、この差がショットキー障壁qΦbとなる。ここで、χは半導体の電子親和力であり、真空準位から伝導帯51までのエネルギー差を表す量である。理想的には、この様にして、ショットキー障壁が決まるが、実際には表面状態によりピンニングが起きるためΦbは小さくなる傾向があり、実測で求める必要がある。
【0013】
上記構成において、半導体側に陽極、金属に陰極を接続してバイアスすると、通常は、ショットキー障壁があるために電流は殆ど流れない。ここで、図2(b)に示す様に、ショットキー接合近傍に障壁高さqΦbよりも大きいフォトンエネルギーを持つ光55を照射すると、エネルギーを得た電子が光のフォトンエネルギー以下の障壁を越え、更に半導体に印加された電界により電子が加速される。このとき瞬時的な光照射を行えば、瞬時電流が流れてダイポールの変動が起こることで電磁波が発生する。光照射がフェムト秒オーダーの光パルスであれば、テラヘルツ帯にフーリエ周波数成分を含む様な電磁波パルスを発生させることができる。上述の光伝導素子と異なる点は、半導体のエネルギーバンドギャップ以上のフォトンエネルギーを持つ光の照射でフォトキャリアを得るのではなく、ショットキー障壁を越えるエネルギーを得た光電子を用いることである。従って、照射光55のフォトンエネルギーは半導体層のバンドギャップエネルギーよりも小さくてよく、その場合、照射光55は半導体層を透過できる。また、図2(b)の様な方向の電界印加では高抵抗を保つことができ、ブレークダウンが起こるまで高電界を印加することができる。これに対して、上述のInGaA光伝導素子では、抵抗が低いため、ブレークダウンが起こる前に電流が増加して印加電圧の大きさに制限があった。
【0014】
半導体中を走行した電子は、半導体中で散乱などによりエネルギーを失えば電磁波が発生しなくなるが、典型的には縦光学フォノン散乱により数100fsec以下で消失する。この値は、通常の半導体においてキャリア再結合で消滅するキャリアの寿命に比べて十分短く、テラヘルツパルスを発生させることができる。上記構成において、光55の照射は一対の電極兼アンテナ3のうちの電子のエミッターとなる電極部分側に行う。このとき、ギャップ部を介した電極兼アンテナ3のもう一方の電極部分(ここには光照射を行わない)も同様のショットキー接合を形成する場合、ここの状態は図2(b)と反対のバイアス状態であるため、半導体層の伝導電子はこの電極部分に伝導できる。なお、このコレクタ側となる電極部分はショットキー接合を形成してもよいし、オーミック接合を形成してもよい。
【0015】
この様にショットキー接合部近傍にフェムト秒オーダーの超短パルスを照射するとテラヘルツ波が発生する。このとき、一般的な光伝導素子と同様に電磁波発生部近傍にダイポールアンテナなどを設けると、発生した電磁波は一旦アンテナに結合し、アンテナ特性に従った指向性、周波数特性を示して、図1(b)の符号7で示す様な方向で空間に放射される。好適には、放射指向性を向上するために、図1(b)に示す様な高抵抗シリコンの超半球レンズ5などが用いられるが、これはなくてもよい。
【0016】
以上の説明ではフラットバンド型のタイプで説明したが、金属、半導体材料及びその導電型の組み合わせによって、様々なケースがあり得る。従って、ショットキー障壁が形成されるのであれば、これらも本実施形態の変形例として利用できる。例えば、同じ半導体材料を用いても、不純物ドープを行うことでそのフェルミ準位を変更でき、その仕事関数を変更可能であるので、ショットキー障壁の態様を所望に設計できる。また、正孔をキャリアとして用いる場合は、上記陽極と陰極を入れ替えればよい。ただし、正孔と電子は有効質量が異なるので、有効質量に応じて、金属―半導体接触近傍のエネルギーバンド構造を設計する必要がある。
【0017】
本実施形態によれば、ショットキー接合部の光照射領域を増大する構造を実現できて、光励起により効率良くテラヘルツ波を発生或いは検出することができる。特に、1μm以上の通信波長帯の励起光に対して有効な光素子であるテラヘルツ波発生・検出素子、及びそれを用いた計測装置、イメージング装置などを提供することができる。この場合、ファイバを用いた励起レーザを照射手段とできるので、装置の小型化、低コスト化が可能となる。また、電極を薄くして光透過性を大きくすることでショットキー接合部の光照射領域を増大する様なことが必要ないので、電気抵抗が高くなってテラヘルツ波の損失が大きくなるといったことも無くせる。
【0018】
(実施例1)
実施形態1に対応した実施例1について説明する。本実施例の構成は、基本的に実施形態1と同じである。本実施例では、図1に示す構成で、基板1は、照射レーザ光に対して透明で波長分散が小さい材料が望ましく、一般に石英やサファイヤ、樹脂などを用いることができる。光入射側の基板1の面には無反射コーティングなどを備えてもよい(不図示)。半導体層2としては、半絶縁性のInPを用い、電極兼アンテナ3はAu/Ti膜の蒸着などで形成することができる。この材料の組み合わせの場合、Auの仕事関数が約5.1eV、Tiの仕事関数が約4.3eV、InPの電子親和力が4.4eVである。InPのエネルギーバンドギャップは1.35eVであるため、半絶縁性の場合、そのフェルミ準位は伝導帯から1.35/2≒0.68eVだけ低いところとなり、Auのフェルミ準位とほぼ一致する。そのため、図2に示す様なフラットバンドを形成できると考えられる。実際には、Au/TiとInPのショットキー障壁高さはおよそ0.5eVという実測例があり、ショットキー接合部の伝導帯は湾曲する。ここでも、光照射面に達するまでの光6の透過領域は、半導体層2の領域及び光6の波長帯域において半導体層2よりも波長分散が小さい領域(石英などの基板1)のみを含む。
【0019】
ショットキー障壁高さ及びInPのエネルギーギャップに相当するフォトンエネルギーを持つ光の波長は、それぞれ略2.4μm、0.91μmである。そこで、例えば1.55μm帯の通信波長帯のファイバ型フェムト秒レーザを用いれば、ショットキー接合部では光電子が励起されつつ半導体層2では励起されないという本発明の要件を満たすことができる。このため、システムの小型化、低コスト化の実現にも好適である。本実施例において、電極兼アンテナ3のアンテナ形状は、図1(c)に示す様に、ギャップ部を5μm、アンテナ長を15μm、幅を10μmとしたが、これに限るものではない。半絶縁性のInP膜の半導体層2は、Feドープ、厚さ1μmである。このInP膜は、InGaAs犠牲層を挟んだInP基板上のエピタキシャル膜をエピタキシャル転写技術により基板1に移設したものである。石英などの保持基板1への接着は、直接接合や接着剤を用いた方法で実現している。なお、半絶縁性InP基板を保持基板1と接合した後、研磨などにより薄膜を残す様にすれば、エピタキシャル層を成膜せずに半導体層2を作成することもできる。
【0020】
電極兼アンテナ3の片方の電極部分をオーミック接合にしたい場合には、電極領域に不純物を拡散させたり、AuGe/Ni/Au電極でアロイ化させたり、n-InGaAsエピタキシャル層を選択的に電極下部に設けたりするなどの方法(不図示)がある。また、図1では半導体層2のサイズが基板1のサイズより小さいものとなっているが、同形になっていても構わないし、電極兼アンテナ3のアンテナのある部分のみに半導体層2を形成してもよい。
【0021】
基板2がInP基板である場合、波長分散があるため、基板側から励起光の入射を行っても所望の狭いパルス幅が得られない可能性がある。しかし、本実施例は基板2側からの光入射に適した構造になっており、ショットキー接合を形成する電極―半導体接触の接合面の広い領域に光照射することができる。そのため、高効率なテラヘルツパルスの発生及び検出が可能である。その他の点は、実施形態1と同じである。
【0022】
(実施形態2)
本発明の実施形態2を説明する。本実施形態では、図3(a)に示す様に、電極兼アンテナ22側が保持基板20に接着され、半導体膜21は、エピタキシャル成長時に使用した半導体を除去して保持基板20に転写されている。バイアスするための電極配線を基板20の表面に形成しておくことで、半導体層21表面の電極兼アンテナ22はこの電極配線に電気的にコンタクトする様に接着すればよいことになる。本構造では、保持基板20として、テラヘルツ波の透過性の良い高抵抗シリコンや石英、オレフィン・テフロン(登録商標)・ポリエチレンなどの樹脂が好適に用いられる。ここでは、励起レーザ光23は、電極22のない側から半導体膜21に入射され、実施形態1と同様の材料を半導体膜21に用いて、同じ原理でテラヘルツパルス24が発生し放射される。保持基板20は、テラヘルツ波放射の指向性を向上するために、レンズ形状にしたり或いはレンズを別途備えたりしてもよい。本実施形態では、光照射面に達するまでの励起レーザ光23の透過領域は、半導体層21の領域のみを含む。
【0023】
本実施形態によれば、励起光23が薄い半導体膜21のみを透過してショットキー接合部に照射されるため、分散の影響を受けずにバンド幅の広い状態の光を照射でき、テラヘルツ波の帯域を伸ばすことができる。その他の点は、実施形態1と同じである。
【0024】
(実施形態3)
本発明の実施形態3を説明する。本実施形態では、図3(b)に示す様に、保持基板30の一部に穴33を開けて、励起レーザ光34が半導体層31を介して電極兼アンテナ32と半導体層31とのショットキー接合部に直接入射できる様になっている。本素子では、基板は、穴付きの保持基板30であればよく、絶縁性基板であったり、或いは絶縁層を介して半導体膜31に接する基板であったりする。ここでは、基板30の材料は問わない。従って、半導体膜31をエピタキシャル成長したときの基板をそのまま用いてもよい。本実施形態でも、光照射面に達するまでの励起レーザ光34の透過領域は、半導体層31の領域のみを含む。
【0025】
穴加工をする場合には、半導体基板と半導体層31との間にエッチングストップ層を設ければ制御性を向上することができる。例えば、InP系の場合には、InGaAsなどのエッチングストップ層が用いられる。本実施形態は、励起光34もテラヘルツ波も真空中または空気中を伝搬し、物質中を殆ど透過しない構造のため、材料の波長分散の影響を殆ど受けない。その他の点は、実施形態1と同じである。
【0026】
(実施形態4)
本発明の実施形態4を説明する。本実施形態では、図4に示す様に、電極である電極兼アンテナ42、43が半導体層である半導体膜41の上面と下面に形成され、電極のギャップ部が半導体膜41の膜厚で規定されている。保持基板40の表面に一方の電極ライン43が設けられ、ここに半導体膜41が実施形態1と同様に転写され、更にその表面に、アンテナを兼ねる他方の電極ライン42が形成されている。この場合、例えば、電極ライン43と並行して伸びる電極ライン42などがアンテナとして機能する様に設計される。
【0027】
本実施形態では、励起レーザ光44は、図4(a)に示す様に、電極兼アンテナ42、43で挟まれた半導体膜41の端部の側端面より入射する。つまり、励起レーザ光44の光照射面が、半導体膜41の端部にある電極との接合面に位置している。基板40としてオレフィンなどの樹脂を用いれば、半導体膜41は光の吸収が小さく且つその屈折率が樹脂基板40より高いため、空気と樹脂とに挟まれた半導体膜41が、電極兼アンテナ42、43との接合面に沿って伸びるスラブ導波路として機能する。よって、半導体膜41の側端面に入射した励起レーザ光44は、このスラブ導波路を伝搬しながら、ショットキー接合における光電子を高効率に生成することができる。実施形態1と同様に、テラヘルツ波46の指向性を向上するために高抵抗シリコンの超半球レンズ45を備えてもよい。その他の点は、実施形態1と同じである。
【0028】
(実施形態5)
テラヘルツ時間領域分光システム(THz−TDS)に係る実施形態5を図5に沿って説明する。ここでは、本発明の光素子と光源と光学手段を含む光装置をテラヘルツパルス発生手段として用いて時間領域分光装置を構築した。この様な分光システム自体は、公知のものと基本的に同じである。この分光システムは、光源である短パルスレーザ830と、ハーフミラー910と、遅延部である光遅延系920と、電磁波発生素子800と、電磁波検出素子940とを主要な要素として備えている。ハーフミラー910で分割されたポンプ光931とプローブ光932は、それぞれ、光学手段であるレンズ990、980を介して電磁波発生素子800と電磁波検出素子940を照射する。ここで、800は本発明による光素子であり、レンズ990を介したポンプ光931がショットキー接合を持つ電極の光照射面に照射される様な電磁波発生素子を構成している。遅延部は、電磁波発生素子800におけるテラヘルツ波発生時と電磁波検出素子940におけるテラヘルツ波検出時との間の遅延時間を調整できれば、どの様なものでもよい。
【0029】
電圧源820により電圧が印加されている電磁波発生素子800から発生したテラヘルツ波は、テラヘルツ波ガイド933、935によって検体950に導かれる。検体950の吸収スペクトルなどの情報を含むテラヘルツ波は、テラヘルツ波ガイド934、936によって導かれて電磁波検出素子940で検出される。ここでは、電磁波検出素子940は従来型のLT-GaAsによる光伝導素子であり、これに接続された電流計960の検出電流の値は、検出されたテラヘルツ波の振幅に比例する。時間分解を行う(つまり電磁波の時間波形を取得する)ためには、プローブ光932側の光路長を変化させる光遅延系920を動かすなどして、ポンプ光931とプローブ光932との照射タイミングを制御すればよい。
【0030】
本実施形態では、励起レーザ光源830として1.5μm帯ファイバ型フェムト秒レーザを用い、本発明の発生素子800として、半絶縁性InPとAu/Tiとによるショットキー接合を用いる実施例1の素子などを用いる。検出側は、部品点数は増えるが、プローブ光932側に第二次高調波発生器(SHG結晶)970を挿入し、電磁波検出素子940として低温成長GaAsによる光伝導素子を用いると、信号雑音比が向上して好ましい。この様に、本発明の光装置であるテラヘルツパルス発生手段を用いてテラヘルツ時間領域分光システムを構成することが可能である。また、本発明の光素子と光源と光学手段を含む光装置をテラヘルツパルス検出手段として用いて時間領域分光装置を構築することもできる。
【0031】
(実施例2)
実施形態5に対応した実施例2について説明する。本実施例では、本発明による電磁波発生素子800には20Vの電圧を印加し、ポンプ光931として、波長1.56μmのファイバーレーザ830からパルス幅30fsec、平均パワー20mWの超短パルス光を照射する。検出側では、パワー5mWのプローブ光932を照射して検出した電流を、10程度の増幅率と帯域10kHzを持つトランスインピーダンスアンプで電圧信号に変換し、必要に応じてフィルターを挿入する。これにより、典型的には、100mV前後のピークを持つテラヘルツパルスが観測される。プローブ光932の光路長を遅延ステージ920で変調することで、発生しているテラヘルツ波パルスの時間波形をサンプリングの原理により測定できる。得られた時間波形をフーリエ変換することで、5THzを越える帯域のスペクトルが得られる。これらの駆動条件は一例であり、電磁波発生素子800への印加電圧、照射光パワーは上記の値に限るものではない。また、電磁波発生素子800の印加電圧を10kHzで変調、或いは光チョッパーを用いて光強度を変調させ、ロックインアンプによる検波で信号検出してもよい。
【0032】
(実施形態6)
これまで、本発明の光素子は主にテラヘルツ波発生素子として説明してきたが、検出素子として使用することも可能である。検出素子は、例えば、実施形態1の説明で用いた図1で示す構成と全く同じ構成を有し、テラヘルツ波7の伝搬方向が素子に向けられる構成になる。テラヘルツ波検出の原理は次の通りである。励起光6の照射によりエネルギーを得た電子が、入力するテラヘルツ波7の電界によって生じた障壁を越え、半導体層2中を走行する。これにより、電極間に電流が流れ、この電流を検出することによりテラヘルツ波の電界強度を検出できる。ここでは、テラヘルツ波7は電極兼アンテナ3に結合して効率良く取り込まれ、励起光6は効率良くエネルギーを電子に与える。
【0033】
つまり、前記光照射面に光6が照射されたタイミングでは光電子が励起されており、テラヘルツ波7による電界が印加されると、その極性によっては図2(b)の様なエネルギーバンド構造になる。これにより、光電子が流れることでテラヘルツ波7による電界を検出できる。ただし、光伝導素子の様に両極性ではないため、出力波形の解析には、予め得ておいた検量線などのデータを用いて補正が必要になる。
【符号の説明】
【0034】
1‥基板、2‥半導体層、3‥電極兼アンテナ(電極、結合構造体)、6‥励起光、7‥テラヘルツ波

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光の照射によってテラヘルツ波を発生または検出する光素子であって、
前記光のフォトンエネルギーよりも大きいエネルギーバンドギャップを持つ半導体層と、前記半導体層と電気的に接触して形成された複数の電極と、を備え、
前記電極のうち少なくとも1つは、前記半導体層との間に前記光のフォトンエネルギー以下の障壁高さを持つショットキー接合を形成し、
前記ショットキー接合を形成する電極と前記半導体層との接合面の少なくとも一部は、前記電極の形成されていない半導体層の面側から前記光が照射される光照射面を含み、且つ前記光の照射により発生または検出するテラヘルツ波と結合する結合構造体の構成部分となっていることを特徴とする光素子。
【請求項2】
前記光照射面に達するまでの前記光の透過領域は、前記半導体層の領域及び前記光の波長帯域において前記半導体層よりも波長分散の小さい領域のみを含むことを特徴とする請求項1に記載の光素子。
【請求項3】
前記光照射面に達するまでの前記光の透過領域は、前記半導体層の領域のみ、または前記光の波長帯域において前記半導体層よりも波長分散が小さい領域のみを含むことを特徴とする請求項1に記載の光素子。
【請求項4】
前記光照射面は、前記半導体層の端部にあり、前記接合面に沿って伸びる前記光の導波路の一部を成していることを特徴とする請求項1に記載の光素子。
【請求項5】
前記結合構造体は前記電極により構成したアンテナであることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の光素子。
【請求項6】
前記半導体層は、エピタキシャル層の成長基板を除去して別の基板に転写された当該エピタキシャル層であることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の光素子。
【請求項7】
テラヘルツ波を発生または検出する光装置であって、
請求項1から6のいずれか1項に記載の光素子と、前記光素子を励起するための光を出力する光源と、前記光素子の前記電極の形成されていない半導体層の面側から前記光照射面に前記光源の光を照射するための光学手段と、を有することを特徴とする光装置。
【請求項8】
テラヘルツ波を発生するための発生手段と、
前記発生手段から放射され検体を経て来たテラヘルツ波を検出するための検出手段と、
前記発生手段におけるテラヘルツ波発生時と前記検出手段におけるテラヘルツ波検出時との間の遅延時間を調整するための遅延部と、
を備えたテラヘルツ時間領域分光装置であって、
前記発生手段と前記検出手段の少なくとも一方が、請求項7に記載の光装置であることを特徴とする装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−181708(P2011−181708A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−44838(P2010−44838)
【出願日】平成22年3月2日(2010.3.2)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】