説明

光音響顕微鏡装置

【課題】測定対象の試料表面の励起状態の情報を高速かつ高精度に取得して、試料表面の励起状態を2次元画像に表して出力する光音響顕微鏡装置を提供する。
【解決手段】
励起光源から時間変調された励起光を出射し、この励起光の光路上に設けられたマイクロミラーアレイ空間変調素子によって、ON状態のマイクロミラーで反射した励起光を、測定対象試料表面に導き、この試料表面に励起光が照射されることで生じた光音響信号を検出し、この光音響信号の電気信号と、前記ON状態のマイクロミラーの位置情報とを用いて試料表面の励起状態の画像情報を生成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、測定対象の試料表面に時間変調した励起光を照射し、この励起光の照射を受けた試料表面の熱膨張によって生じる光音響信号を検出することで、試料表面の励起状態を画像として表示する光音響顕微鏡装置に関する。
【背景技術】
【0002】
光音響分光法(PAS;photoacoustic spectroscopy)は、物質と光との相互作用が織りなすさまざまな現象の中で、光エネルギーから熱エネルギーへの緩和過程に注目した分光法である。光音響分光法では、測定対象の試料を、気体などを封入した気密で小さな容器中に配置し、測定対象の試料に向けて周期的に変調した単色光を照射する。このとき試料に吸収された光のエネルギーは、励起状態の無放射緩和過程を介してその大部分が熱となり、試料自体の膨張や、試料から拡散した熱による周辺気体の膨張によって、気体中に周期的な圧力変化(音波)が生じる。光音響分光法では、このようにして生じた周期的な圧力変化(音波)を測定することで、測定対象試料表面や内部の励起状態に係る様々な情報を取得する。この分光法は、近年の量子光学や電子技術の著しい発展を背景に、非破壊検査のための高感度計測法の一手段として現在活発に研究されている。近年、微小試料の表面や内部の欠陥の分布、光半導体素子におけるバンドギャップの分布、生物試料における光励起特性の分布の情報を、2次元画像として取得する、光音響分光法を用いた光音響分光顕微鏡も種々提案されている。
【0003】
従来の光音響分光顕微鏡では、微小試料の表面に照射する励起光を走査して、例えば、微小試料や内部の欠陥の分布などの2次元画像を取得している。従来の光音響分光顕微鏡では、このような励起光の走査には、パルスモータやサーボモータなどで駆動する機械的なスライドステージを用いていた。このようなスライドステージを用いて、微小なサイズから大きなサイズまでの汎用の試料に対して試料の駆動を行う場合、ウオームギヤなどの機構を用いたステージを使用する事が必要不可欠であり、試料の駆動(スライドステージの駆動)の際に発生する音響的な騒音によって測定精度が著しく低下するといった問題があった。また、駆動にかなりの時間を必要とするとともに、ステージの駆動位置の精度も低いという問題があった。これに対し、下記特許文献1記載の光音響顕微鏡装置では、電磁力に基づくリニア・モータ式のスライドステージを用い、光音響顕微鏡の駆動部を高速かつ静粛に動作させている。
【特許文献1】特開2000−292416
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1記載の光音響顕微鏡装置のように、電磁力に基づくリニア・モータ式のスライドステージを用いた場合でも、光半導体素子や生物試料などの微小試料に比べて大幅に大きい、可動ステージや可動コイルやクロスローラガイドなどが必要となる。特許文献1記載の光音響顕微鏡装置においても、このような可動ステージや可動コイルの動作による音響的な騒音は回避することはできず、特に微小な測定試料表面について、内部の欠陥の分布やバンドギャップの分布、光励起特性の分布などを高精度に測定しようとする際、このような音響的な騒音によって測定精度が低下するといった問題があった。また、測定の際のステージ駆動に要する時間も充分短時間とはいえず、ステージの駆動位置についても、特に微小試料の測定に際し、充分高い精度を得ることができないといった問題があった。
【0005】
そこで、本発明は、上記問題点を解消するために、測定対象の試料表面の励起状態の情報を高速かつ高精度に取得して、試料表面の励起状態を2次元画像に表して出力する光音響顕微鏡装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本発明は、測定対象の試料表面に時間変調した励起光を照射し、この励起光の照射を受けた試料表面の熱膨張によって生じる光音響信号を検出することで、試料表面の励起状態を画像として表示する光音響顕微鏡装置であって、前記時間変調した励起光を出射する励起光源と、前記励起光源から出射した前記励起光の光路上に設けられ、平面上に配列された複数のマイクロミラーを有する素子であり、これらのマイクロミラーのうち選択されたマイクロミラーの反射面を所定の向きに制御してON状態にすることにより、このON状態のマイクロミラーで反射した励起光を、前記試料表面に導くマイクロミラーアレイ空間変調素子と、前記試料表面に前記励起光が照射されることで生じた光音響信号を検出して、前記光音響信号の大きさに応じた電気信号に変換して出力する音響信号検出器と、前記ON状態のマイクロミラーで反射された前記励起光が試料表面に照射されることで生じた光音響信号の電気信号と、前記ON状態のマイクロミラーの位置情報とを用いて試料表面の励起状態の画像情報を生成するデータ処理部と、前記データ処理部で生成した画像情報の画像を出力する画像出力部とを有することを特徴とする光音響顕微鏡装置を提供する。
【0007】
なお、前記マイクロミラーアレイ空間変調素子は、ON状態のマイクロミラーが全マイクロミラーの50%以上を占める、マイクロミラーの制御パターンが順次切り換えられ、この制御パターンに応じて空間変調された励起光を前記試料表面に導くことが好ましい。
【0008】
順次切り換えられる前記制御パターンは、互いに直交性を有することが好ましく、アダマール行列の各行同士のテンソル積を利用して作成されたパターンであることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明では、マイクロミラーアレイ空間変調素子のマイクロミラーを用いて測定試料表面に励起光を導き、ON状態のマイクロミラーで反射された励起光が試料表面に照射されることで生じた光音響信号の電気信号と、ON状態のマイクロミラーの位置情報とを用いて試料表面の励起状態の2次元画像情報を生成し、この2次元画像情報の画像を出力している。これにより、測定試料表面の2次元的な励起状態の情報を取得するに際して、音響的な騒音を装置から生じることなく、試料表面の励起状態の情報を、短時間かつ高精度に取得することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の光音響顕微鏡装置について、添付の図面に示される好適実施形態を基に詳細に説明する。
【0011】
図1は、本発明の光音響顕微鏡装置の一実施形態である光音響顕微鏡装置(以降、装置という)10の外観図である。
装置10は、測定対象試料Tの表面に、時間変調した励起光であるレーザ光を照射し、このレーザ光の照射を受けた試料表面の熱膨張によって生じる光音響信号を検出して、試料表面の励起状態を画像として表示する装置である。
【0012】
装置10は、測定対象試料Tの表面に向けて、励起光であるレーザ光を時間変調して照射する励起光照射ユニット12と、励起光照射ユニット12から照射されたレーザ光を受ける測定対象試料Tが配置され、測定対象試料Tの表面の熱膨張によって生じる光音響信号を検出して電気信号(音響電気信号)として出力する試料ボックス20と、試料ボックス20で検出された電気信号を増幅・整形した後、デジタルデータに変換して出力する信号処理ユニット14と、励起光照射ユニット12からのレーザ光の出射を制御するとともに、信号処理ユニット14から出力されたデジタルデータから、測定対象試料Tの表面の励起状態の画像情報を取得するコンピュータ16と、コンピュータ16で取得された、測定対象試料Tの表面の励起状態の画像情報の画像を表示して出力するディスプレイ18とを有している。なお、コンピュータ16には、オペレータによる測定条件などの入力指示を受け付ける、マウスやキーボードなどの入力手段19が接続されている。このコンピュータ16は、各ユニットの駆動や駆動のタイミングを制御して、装置10全体の動作を制御する部分でもある。
【0013】
図2は、装置10の励起光照射ユニット12、信号処理ユニット14、コンピュータ16について説明する図であり、各ユニットの構成を示すブロック図である。
【0014】
励起光出射ユニット12は、励起光であるレーザ光を、試料ボックス20内の測定対象試料Tの表面に向けて照射する部分であり、励起光であるレーザ光を時間変調して出射するレーザ光出射手段32と、レーザ光出射手段32から出射されたレーザ光を所定の制御パターンを用いて空間変調し、空間変調したレーザ光を測定対象試料Tの表面へと導く空間変調手段34と、空間変調手段34から測定対象試料Tへと向かうレーザ光を集光して、測定対象試料Tの表面に照射するレーザ光径調整手段36とを有して構成される。
【0015】
レーザ光出射手段32は、励起光であるレーザ光を時間変調させて出射する部分であり、レーザダイオード31と、レーザダイオード31を駆動するレーザドライバ33と、レーザダイオード31から出射するレーザ光を調節する光学レンズ35とを有する。
レーザドライバには、後述するコンピュータ16のシステム制御部58より振幅変調信号が送られ、この変調信号に応じてレーザダイオードからレーザ光を出射させる。振幅変調信号(以降、時間変調信号という)は、例えば1MHz以下の信号で、レーザダイオード31から出射されるレーザ光の光強度を時間変調するために用いられる。本発明において、時間変調した励起光を出射する励起光源であるレーザ光出射手段は、上述のように、レーザドライバによって、変調信号に応じてレーザダイオードからレーザ光を出射させる構成に限定されない。例えば、メカニカルチョッパや半導体光変調素子などを、連続光であるレーザ光を時間変調する時間変調手段を備えたレーザ光出射手段であってもよい。ここでレーザダイオード31は公知の波長可変レーザ光源であり、レーザ光出射手段32内の図示しない波長制御手段と接続されて、レーザ光の波長が制御されている。図示しない波長制御手段は、後述するシステム制御部58と接続されており、レーザダイオード31から出射するレーザの波長を、このシステム制御部からの指示に応じた波長に制御している。また、本発明における励起光は、レーザ光であることに限定されず、例えば、レーザダイオードの代わりに、Xeランプなどの高輝度光源を用いてもよい。
【0016】
空間変調手段34は、レーザ光出射手段32から出射したレーザ光を所定の制御パターンを用いて空間変調し、空間変調したレーザ光を測定対象試料Tの表面へと導く部分であり、図2に示すように、レーザ光の光路の上流側から順に、ミラー37、光学レンズ39、プリズム41、マイクロミラーアレイ空間変調素子(以降、空間変調素子という)42、が配置されている。空間変調素子42はマイクロミラー制御器44と接続されている。
【0017】
ミラー37は、レーザ光出射手段32から出射されたレーザ光の光路を転換する。光学レンズ39は、ミラー37で光路が転換されたレーザ光を成形する。プリズム41は、後述する空間変調素子42とともに用いて、空間変調素子42のマイクロミラーで反射したレーザ光を、斜行面41aで透過あるいは全反射させる部分である。具体的には、プリズム41は、空間変調素子42のマイクロミラーのうち、所定の向きに反射面が向いたマイクロミラー(ON状態のマイクロミラー)にて反射されたレーザ光のみプリズム41の斜行面41aで全反射させ、レンズを通して空間に結像させ、所定の向きに反射面が向かないマイクロミラー(OFF状態のマイクロミラー)にて反射されたレーザ光を、レンズから外へ出ない方向に向けて吸収させるように配置される。
【0018】
空間変調素子42は、平面上に配列された複数のマイクロミラー、例えば一辺が12μmの矩形状のミラーを有する素子であり、これらのマイクロミラーのうち選択されたマイクロミラーの反射面を所定の向きに制御してON状態にすることにより、このON状態のマイクロミラーで反射したレーザ光を、後述するレーザ光径調整手段36を介して、測定対象試料Tの表面に導くように配置されている。
【0019】
レーザ光径調整手段36は、測定対象試料Tの表面の所望の測定領域にレーザ光が照射されるよう構成されている。レーザ光径調整手段36は、空間変調手段34から測定対象試料Tの表面に至る光路上に設けられた、第1レンズ46および第2レンズ48の2つのレンズからなる。レーザ光系調整手段36には、図示しないレンズ駆動手段が設けられており、各レンズの間隔が調整可能となっている。レーザ光径調整手段36は、図示しないレンズ駆動手段によって各レンズの間隔を調整することで、レーザ光の光径を調整して、測定対象試料Tに照射されるレーザ光の照射範囲を調整する。装置10では、このように、測定対象領域に照射するレーザ光の照射範囲を任意に設定可能となっており、測定対象試料Tの任意の測定範囲について、試料表面の光エネルギーの吸収情報を取得して、この測定範囲における光の吸収分布(励起状態の分布)を画像として表示することが可能となっている。励起光照射ユニット20は、このように、励起光であるレーザ光を、試料ボックス20内の測定対象試料Tの表面に照射する。
【0020】
図3は、ON状態及びOFF状態のマイクロミラーにおけるレーザ光の反射と、測定対象試料T表面へのレーザ光の照射を説明する図である。図3では、4個×4個のマイクロミラーアレイを用いて説明している。図3では、4個×4個のマイクロミラーアレイ全てがON状態である場合、空間変調素子42で反射されたレーザ光全体は、測定領域Sの範囲で測定対象試料T表面に照射されるよう、レーザ光径調整手段36によってレーザ光の照射範囲が調整されている。例えば、空間変調素子42のON状態にあるマイクロミラーAの反射面で反射したレーザ光は、レーザ光径調整手段36のレンズ46およびレンズ48を介して測定対象試料Tの表面に導かれ、測定対象試料T表面における測定単位領域Saに照射される。OFF状態にあるマイクロミラーBの反射面で反射したレーザ光は測定対象試料Tとは異なる方向に反射する。仮に、マイクロミラーBがON状態であった場合、マイクロミラーBで反射されたレーザ光は、測定対象試料T表面における測定単位領域Sbに照射される。このように、ON状態にあるマイクロミラーで反射されたレーザ光は、測定対象試料Tの表面に照射される。装置10では、複数のマイクロミラーそれぞれについて、ON状態/OFF状態を制御し、測定対象試料Tの所望の測定単位領域Sに、励起光であるレーザ光を照射する。なお、図3においては、説明の簡略化のために4個×4個のマイクロミラーアレイを用いているが、装置10において、空間変調素子42のマイクロミラーの数は、例えば数十万個〜数百万個であってもよく、装置10は、マイクロミラーの数に応じた解像度の画像情報を取得して出力する。
【0021】
空間変調素子42は、例えばテキサス・インスツルメンツ社製のデジタルマイクロミラーデバイス(商標)が挙げられる。デジタルマイクロミラーデバイスは、例えば1024×768個のマイクロミラーの配列面の下部にSRAM(Static Ram)を設け、このSRAMを利用して生成される静電気引力を用いて、マイクロミラーをそれぞれ所定の向き(+12度又はマイナス12度)に回転させる素子である。
空間変調素子42は、各マイクロミラーの状態をON状態/OFF状態に切り換えるためのマイクロミラー制御器44と接続されている。マイクロミラー制御器44の制御により、全マイクロミラーのうち半数以上がON状態となるマイクロミラーの異なる制御パターンに順次切り換えられる。
【0022】
なお、空間変調素子42のマイクロミラーの制御パターンが順次異なるパターンに切り換えられてレーザ光は空間変調され、この空間変調されたレーザ光が測定対象試料Tの表面に導かれるように構成される。マイクロミラーの制御パターンは、マイクロミラーのON状態を1、OFF状態を−1とすると、制御パターンは互いに直交性を有する制御パターンであるのが好ましい。例えばアダマール行列を用いて生成されるのが好ましい。
【0023】
具体的に説明すると、制御パターンは、空間変調素子42のON状態とするマイクロミラーの配置のパターンであり、この制御パターンは、アダマール行列の各行同士のテンソル積を利用して作成されたパターンである。
図4(a)は、64個(=8個×8個)のマイクロミラーアレイの空間変調素子42について、マイクロミラーの反射面の側から見た制御パターンの一例を説明する図である。
マイクロミラーは、縦方向に8列、横方向に8列、矩形形状に配列されている。図4(a)中、灰色のマイクロミラーはON状態、白色のマイクロミラーはOFF状態を示している。
このような制御パターンは、ON状態のマイクロミラーが全マイクロミラーの50%以上を占める制御パターンである。制御パターンは、後述する制御回路ユニット50にて作成される制御パターン信号で制御される。
【0024】
図4(b)に示すように行列要素が1又は−1で構成される8行8列のアダマール行列のうち、各行の行列要素の組みを上から順番に0次、1次、2次、.....、7次として横方向の1次元制御パターンとする。一方、図4(c)に示すように8行8列のアダマール行列のうち、各行の行列要素の組みを上から順番に0次、1次、2次、.....、7次とし縦方向の1次元制御パターンとする。そして、図4(b)に示す横方向の1次元制御パターンから所望の次数のパターンを選択し、図4(c)に示す縦方向の1次元制御パターンから所望の次数のパターンを選択する。
【0025】
図4(a)では、横方向の1次元制御パターンは4次、縦方向の1次元制御パターンは6次が選択されている。
一方、空間変調素子42において制御しようとするマイクロミラーの縦方向及び横方向の位置における、横方向の1次元制御パターン及び縦方向の1次元制御パターンの値(1又は−1)をそれぞれ参照し、縦方向の値と横方向の値の積が1になる場合、制御しようとするマイクロミラーはON状態とし、積が−1となる場合マイクロミラーはOFF状態に設定する。例えば、3行5列の位置にあるマイクロミラーMの、横方向の1次元制御パターンの値は−1であり、縦方向の1次元制御パターンの値は−1であり、積は1である。このことから、マイクロミラーMはON状態に設定される。こうしてON状態のマイクロミラーの数が全マイクロミラーの数の50%以上となる制御パターンの制御パターン信号が作成される。
この場合、マイクロミラーの制御パターンは、横方向の1次元制御パタ−ン及び縦方向の1次元制御パターンを組み合わせて64通り(=8×8)作成でき、この64個の異なる制御パターンを順次切り換えるように制御パターン信号が作成される。
このように制御パターンは、アダマール行列の選択された各行同士のテンソル積によって生成される。
【0026】
なお、64個のマイクロミラーを1つずつON状態とし、他はOFF状態とすることによって、空間変調素子34にて反射されるレーザ光を順次測定対象試料Tに照射することもできる。しかし、1つのマイクロミラーで反射されて受光されるレーザ光は微弱であるため、後処理として行う増幅や検波等の処理により、微弱なレーザ光に起因して生成された電気信号はノイズに埋もれ易い。しかし、上述したように、ON状態のマイクロミラーが全マイクロミラーの半数以上を占める上記制御パターンを用いることにより、後処理として行う増幅や検波等においてノイズに埋もれることは少なくなる、といった効果を呈する。
このように空間変調素子42は、異なる制御パターンに順次切り替えながらレーザ光を反射して測定対象物Tの表面に照射する(導く)。
【0027】
図5は、試料ボックス20について説明する概略断面図であり、試料ボックス20を試料ボックス20に配置された測定対象試料Tとともに切断した際の概略断面図である。試料ボックス20は、全体がガラスなどの透明材料(励起光に対して透明な材料)で形成された、内部に空洞領域24が設けられた筐体22と、筐体22の内壁面に設けられ、空洞領域24内の圧力変動を検知して電気信号に変換し、筐体22外に出力する圧電センサ26とを有して構成されている。筐体22は、1つの面(図2における上面)が開放された箱型部材27と、この開放面に接合されて配置される蓋部材29とで構成されている。測定対象試料Tは、予め、箱型部材27が開放された状態で、この箱型部材27の内面(底面)に配置される。このように、測定対象試料Tが内部に配置された状態で、箱型部材27の開放面に蓋部材29が当接されて、空洞領域24内部が外部の雰囲気の圧力変化を受けぬよう(外部から空洞領域24内部への音の侵入のないよう)、箱型部材27と蓋部材29とが密閉され、筐体22が形成されている。圧電センサ26は、圧電素子を備える公知の圧電センサであり、試料ボックス20の空洞領域24内の圧力変化の情報、すなわち空洞領域24内に発生した音の情報(光音響情報)を検出し、圧力変化の大きさ(音の大きさ)に応じた電気信号(音響電気信号)を出力する。なお、試料ボックス20は、図示しないスライドステージ上に載置されており、スライドステージによって、図1に示す矢印の方向(励起光の照射方向に平行な方向、および励起光の照射方向に垂直な平面上の、直交する2方向)に移動可能になっている。このように試料ボックス20が移動することで、測定対象試料T表面へのレーザ光の照射位置および範囲を調整可能となっている。
【0028】
空間変調素子42から導かれたレーザ光は、試料ボックス20の蓋部材29を透過して、空洞領域24内に配置された測定対象試料Tの表面に照射される。測定対象試料Tの表面のレーザ光の受光部分は、このレーザ光を受けて発熱して熱膨張する。この測定対象試料Tの表面自体の熱膨張や、測定対象試料T表面の熱を受けた周辺空気(空洞領域24内の空気)の熱膨張により、測定対象試料Tのレーザ光の照射部分に圧力変化(音)が生じ、この音が空洞領域24を伝搬して、圧電センサ26によって検出される。上述のように、励起光であるレーザ光は、空間変調素子42の制御パターンに応じて、測定対象物Tの表面の測定領域Sのうち、特定の測定単位領域Sに照射される。これら特定の測定単位領域Sは、空間変調素子42の制御パターンの切り替えに応じて、順次切り替えられる。圧電センサ26は、順次切り替えられる特定の測定単位領域Sへの励起光の照射に起因する(特定の測定単位領域Sでの熱膨張に起因する)光音響信号を、順次取得する。なお、本発明では、空洞領域24内の圧力変化を検出する手段としては、圧電素子を備える圧電センサに限らず、例えば、公知のコンデンサ型マイクロフォンなどであってもよく、音響信号を電気信号に変換して出力する音響センサであればよい。
【0029】
信号処理ユニット14は、試料ボックス20から出力された音響電気信号を増幅・整形した後、デジタルデータに変換して出力する。信号処理ユニット14は、試料ボックス20から出力された音響電気信号を増幅するプリアンプ52と、検波器54と、A/D変換器56とを有する。検波器54は、レーザ光出射手段32から出射するレーザ光の振幅を変調するための上述の時間変調信号と同一の信号を参照信号として用いて、試料ボックス20から出力された光音響信号について、この参照信号と同期した成分を増幅して取り出す。これにより、時間変調信号で時間変調されたレーザ光の励起によって生じた音響信号のS/N比を向上させる。A/D変換器56は、検波器から出力された音響電気信号をデジタルデータに変換してコンピュータ16に送る。
【0030】
コンピュータ16は、励起光照射ユニット12からのレーザ光の出射を制御するとともに、信号処理ユニット14から出力されたデジタルデータから、測定対象試料Tの表面の光エネルギーの吸収分布の画像情報を取得する。コンピュータ16は、システム制御部58と、信号変換部62と、画像情報生成部64と、測定条件設定部66とを有する。また、コンピュータ16は、CPU72およびメモリ74とを備えている。コンピュータ16は、予め記憶されたプログラムを実行することで各部が機能する公知のコンピュータである。
【0031】
システム制御部58は、励起光照射ユニット12からのレーザ光の出射を制御する各制御信号(上述の時間変調信号、および上述の制御パターン信号)を生成し、所定のユニットに供給する。システム制御部58は、測定条件設定部66と接続されている。測定条件設定部は、入力手段19と接続されており、オペレータが入力手段19を操作することで入力される、測定試料表面Tの測定に係る各種条件(測定条件、例えば測定対象試料の種類や、測定に用いるレーザ光の強度、測定範囲の情報など)の情報を受け取る部分である。測定条件設定部66が受け取った測定条件の情報は、システム制御部50に送られる。システム制御部58は時間変調信号や制御パターンを、入力された測定条件の情報に基づき、必要に応じて変更したうえで設定し、時間変調信号をレーザ光出射手段32のレーザドライバに送り、制御パターン信号をマイクロミラー制御器44に送る。なお、システム制御部58は信号変換部62とも接続されており、システム制御部58は制御パターン信号を信号変換部62にも送る。システム制御部58は、装置10全体の動作を制御する部分でもあり、図示しない信号線によって各手段に接続されて、入力された測定条件の情報に基づいて、装置10全体の動作を制御する。例えば、レーザ光出射手段32内の図示しない波長制御手段と接続されて、レーザダイオード31から出射するレーザ光の波長を制御する。
【0032】
信号変換部62は、光音響電気信号のデジタル信号を、制御パターン信号を用いて変換する部分である。制御パターン信号は、上述のように、マイクロミラー制御器44に供給され、図4(a)〜(c)に示したようにアダマール行列の各行の成分同士のテンソル積を利用して作成される制御パターンを実現する信号である。このため、信号変換部62では、既知である制御パターン信号を利用して、各部分ミラー領域毎の各制御パターンにて得られる光音響信号のデジタル信号から、アダマール逆変換を行って、各マイクロミラーにて反射されるレーザ光の光信号に応じて生じた音響信号の振幅、すなわち、測定対象試料T表面の各測定単位領域から発生する音響信号の振幅情報(音の大きさの情報)を求めることができる。なお、アダマール逆変換を利用した信号変換処理については、本願出願人により既に出願されている(特願2001−188301号参照)。
【0033】
1つの部分ミラー領域に供給される制御パターンにおいて、アダマール行列の各行同士は直交性を有する(各行同士の内積は0となる)ことから、アダマール行列の各行の成分同士のテンソル積にて得られる、制御パターンを表す合成行列も合成行列同士で互いに直交性を維持する。上記アダマール逆変換の処理は、上記合成行列の逆行列を用いて逆変換する処理であるが、この逆変換は、合成行列が直交性を有することから、規格化因子を除き上記合成行列を用いて行うアダマール変換と同様の処理内容となる。これにより、アダマール変換の処理を用いて、各マイクロミラー毎に反射されるレーザ光それぞれに起因する光音響信号の振幅情報を容易に分解することができる。
上記制御パターンはアダマール行列の行成分同士のテンソル積によって得られる合成行列によって表されるため、互いに直交性を有するものであるが、本発明においては、制御パターンは、上記合成行列によって生成される必要はなく、各マイクロミラー毎に反射されるレーザ光に起因する音響信号の振幅情報(各測定単位領域から発生する音響信号の情報)に分解できる限りにおいて特に制限されない。
【0034】
画像情報生成部64は、信号変換部62において変換された、測定対象試料T表面の各測定単位領域から発生する音響信号の振幅情報(音の大きさの情報)を用い、測定対象試料T表面の測定対象領域における、励起状態の分布を表す画像情報を作成する。このような画像情報はディスプレイ18に供給され、ディスプレイ18は、測定対象試料T表面の測定対象領域における、励起状態の分布を表す画像を表示する。画像としては、例えば、各測定単位領域毎に、発生する音の大きさに応じて色分けした画像を表示すればよい。各測定単位領域から発生する音響信号の振幅情報(音の大きさの情報)は、各測定単位領域における、発熱量や励起光の吸収量を表している。また、装置10では、各測定単位領域毎に発生する音の大きさから、各測定単位領域毎に、試料表面の現在温度やバンドギャップエネルギー(測定対象試料Tが半導体である場合)などの物性値情報を算出し、これら算出した物性値情報に応じて色分けした画像を出力してもよい。これら物性値の算出は、例えば、画像情報生成部64で行なえばよい。
【0035】
装置10は、以上のように構成される。装置10による測定対象試料Tの励起状態画像の出力は、以下のように行なわれる。
まず、オペレータが入力手段19を操作し、測定条件設定部66に測定条件を入力する。測定条件設定部66に測定条件が入力されると、システム制御部58は、この入力された測定条件に基づき、時間変調信号の周波数や制御パターン信号の周波数を設定し、時間変調信号および制御パターン信号を励起光源ユニット12に送るとともに、各ユニットの動作を制御して画像情報の取得を開始する。
【0036】
画像情報の取得が開始されると、システム制御部58は、上述のように、空間変調素子42の制御パターンを順次変更しつつ、励起光照射ユニット12から、レーザ光を試料ボックス20の測定対象試料Tの表面に向けて照射する。レーザ光は、空間変調素子42の制御パターンの切り替えに応じて、測定対象物Tの表面の測定領域Sのうち、特定の測定単位領域Sに順次切り替えて照射される。試料ボックス20の圧電センサ26は、順次切り替えられる特定の測定単位領域Sへの励起光の照射に起因する(特定の測定単位領域Sでの熱膨張に起因する)音響電気信号を、順次取得する。この音響電気信号は、信号処理ユニット14に送られ、信号処理ユニット14において増幅・整形された後、デジタルデータに変換してコンピュータ16に送られる。
【0037】
コンピュータ16では、信号変換部62において、光音響電気信号のデジタル信号を、制御パターン信号を用いて変換する。信号変換部62では、既知である制御パターン信号を利用して、各部分ミラー領域毎の各制御パターンにて得られる光音響信号のデジタル信号から、上述のアダマール逆変換を行って、各マイクロミラーにて反射されるレーザ光の光信号に応じて生じた音響信号の振幅、すなわち、測定対象試料T表面の各測定単位領域から発生する音響信号の振幅情報(音の大きさの情報)を求める。そして、画像情報生成部64において、このような各測定単位領域毎の振幅情報から、測定対象試料T表面の測定対象領域における、光エネルギーの吸収状態の分布を表す画像情報を作成する。このような画像情報はディスプレイ18に供給され、測定対象試料T表面の測定対象領域における、励起状態の分布を表す画像を表示する。装置10による測定対象試料Tの励起状態画像の出力は、このように行なわれる。
【0038】
本発明の光音響顕微鏡によれば、このように、複数のマイクロミラーで励起光を反射させて、測定対象試料の測定対象領域全体に励起光を照射している。そして、複数のマイクロミラーのうち、選択されたマイクロミラーをON状態にし、このON状態のマイクロで反射した励起光を試料表面に照射し、このON状態のマイクロミラーの位置情報と、各マイクロミラーで反射した励起光に起因する光音響信号とを用いて励起状態の分布を表す画像を表示している。このような構成により、本発明の光音響顕微鏡は、測定対象試料と励起光の照射位置との相対位置を変化させることなく、測定対象試料の測定対象領域全体の励起状態分布を表す画像を出力することを可能としている。このように、本発明の光音響顕微鏡では、測定(画像情報の取得および出力)の最中に、可動ステージや可動コイルなどを用いて測定対象試料と励起光の照射位置との相対位置を変化させる必要(照射光をスキャンする必要)をなくし、可動ステージや可動コイルの動作に起因する音響的な騒音の影響を全くうけない、高精度な画像情報の取得および出力が可能となっている。また、本発明の光音響顕微鏡では、可動ステージや可動コイルを用いて測定対象試料と励起光の照射位置との相対位置を変化させて(照射光をスキャンし)、この相対位置情報を用いて画像情報を取得する場合において生じる、可動ステージや可動コイルの制動誤差に起因した位置情報の誤差が生じることがない。本発明の光音響顕微鏡は、高精度に配列されたマイクロミラーの位置情報を用い、励起状態の分布を表す画像情報を取得することができ、測定対象領域における各測定単位領域の位置精度を高精度に表す画像情報を取得することができる。また、測定対象試料と励起光の照射位置との相対位置を変化させる(照射光をスキャンする)ための長い時間が必要なく、短時間で高精度の画像情報を取得することができる。
【0039】
以上、本発明の蛍光顕微鏡装置について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されず、本発明の主旨を逸脱しない範囲において、種々の改良や変更をしてもよいのはもちろんである。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の光音響顕微鏡装置の一例について説明する概略図である。
【図2】図1に示す光音響顕微鏡装置の励起光照射ユニット、信号処理ユニット、コンピュータについて説明する図であり、各ユニットの構成を示すブロック図である。
【図3】図1に示す光音響顕微鏡装置において用いられるマイクロミラーのON状態とOFF状態におけるレーザ光の反射を説明する図である。
【図4】(a)〜(c)は、図1に示す3次元形画像情報取得装置において用いられるマイクロミラーの制御パターンを説明する図である。
【図5】図1に示す光音響顕微鏡装置の試料ボックスについて説明する概略断面図である。
【符号の説明】
【0041】
10 光音響顕微鏡装置
12 励起光照射ユニット
14 信号処理ユニット
16 コンピュータ
18 ディスプレイ
19 入力手段
20 試料ボックス
22 筐体
24 空洞領域
26 圧電センサ
27 箱型部材
29 蓋部材
31 レーザダイオード
32 レーザ光出射手段
33 レーザドライバ
34 空間変調手段
35 光学レンズ
36 レーザ光径調整手段
58 システム制御部
37 ミラー
39 光学レンズ
41 プリズム
41a 斜行面
42 マイクロミラーアレイ空間変調素子
44 マイクロミラー制御器
52 プリアンプ
54 検波器
56 A/D変換器
58 システム制御部
62 信号変換部
64 画像情報生成部
66 測定条件設定部
72 CPU
74 メモリ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象の試料表面に時間変調した励起光を照射し、この励起光の照射を受けた試料表面の熱膨張によって生じる光音響信号を検出することで、試料表面の励起状態を画像として表示する光音響顕微鏡装置であって、
前記時間変調した励起光を出射する励起光出射部と、
前記励起光出射部から出射した前記励起光の光路上に設けられ、平面上に配列された複数のマイクロミラーを有する素子であり、これらのマイクロミラーのうち選択されたマイクロミラーの反射面を所定の向きに制御してON状態にすることにより、このON状態のマイクロミラーで反射した励起光を、前記試料表面に導くマイクロミラーアレイ空間変調素子と、
前記試料表面に前記励起光が照射されることで生じた光音響信号を検出して、前記光音響信号の大きさに応じた電気信号に変換して出力する音響信号検出器と、
前記ON状態のマイクロミラーで反射された前記励起光が試料表面に照射されることで生じた光音響信号の電気信号と、前記ON状態のマイクロミラーの位置情報とを用いて試料表面の励起状態の画像情報を生成するデータ処理部と、
前記データ処理部で生成した画像情報の画像を出力する画像出力部とを有することを特徴とする光音響顕微鏡装置。
【請求項2】
前記マイクロミラーアレイ空間変調素子は、ON状態のマイクロミラーが全マイクロミラーの50%以上を占める、マイクロミラーの制御パターンが順次切り換えられ、この制御パターンに応じて空間変調された励起光を前記試料表面に導く請求項1に記載の光音響顕微鏡装置。
【請求項3】
順次切り換えられる前記制御パターンは、互いに直交性を有する制御パターンである請求項1または2に記載の光音響顕微鏡装置。
【請求項4】
前記制御パターンは、アダマール行列の各行同士のテンソル積を利用して作成されたパターンであることを特徴とする請求項3に記載の光音響顕微鏡装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−242816(P2006−242816A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−60417(P2005−60417)
【出願日】平成17年3月4日(2005.3.4)
【出願人】(000005902)三井造船株式会社 (1,723)
【Fターム(参考)】