説明

内燃機関の燃料噴射量制御方法

【課題】インジェクタの経時劣化により燃料温度に対する噴射特性が各燃料温度によって変化したとしても、所望の実噴射量をより正確に得ることが可能な燃料噴射量制御方法を提供すること。
【解決手段】補正燃料噴射量算出工程により算出した補正燃料噴射量Qmに対して、指令値補正係数算出工程により算出した指令値補正係数Cgと、劣化補正係数算出工程により算出した劣化補正係数Ciとを乗じて最終燃温補正量(燃温補正項)Qmfを算出し、インジェクタへの目標燃料噴射量指令値Qgに最終燃温補正量Qmfを加えることにより最終燃料噴射量指令値Qfを算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ディーゼルエンジンなどの内燃機関に供給する燃料の噴射量を制御するための燃料噴射量制御方法に関し、特に燃料温度に対し燃料噴射量を補正するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ディーゼルエンジンなどの内燃機関に燃料を供給するに際し、制御装置より同じ燃料噴射量指令値が送信されても、燃料供給装置のインジェクタ内の燃料温度やインジェクタの劣化によって、実際の燃料噴射量(以下、実噴射量と記載する)が変化する傾向がある。例えば、インジェクタ内の燃料温度に関しては、燃料温度が低下するほど燃料の粘度が上がることで実噴射量は増加する傾向がある。また、インジェクタの経時劣化に関しては、インジェクタのスプリングにへたりが生じると実噴射量は増加し、インジェクタの噴孔にカーボン等が付着する、或いは、インジェクタ内部のニードルに燃料中の不純物等が付着すると、実噴射量が減少する傾向がある。
そこで、インジェクタ内の燃料温度やインジェクタの劣化によって実噴射量が変化した場合であっても、各種運転状態に応じて要求される所望量の燃料をより正確に内燃機関に供給するための下記に示すような技術が提案されている。
【0003】
従来、ディーゼルエンジンの燃料噴射量を補正演算する燃料噴射量制御装置に関する技術が提案、開示されている(例えば、特許文献1参照)。このディーゼルエンジンの燃料噴射量制御装置は、エンジンがアイドル安定状態にある時に、燃料温度と、実際の機関回転数と目標回転数との差に基づき、燃料の性状(高粘度燃料又は低粘度燃料)、及び経時劣化の有無を判定し、学習する。そして、機関の始動時においては、前述した学習値と燃料温度に基づき、始動時噴射量を補正する燃料噴射制御装置である。
【0004】
また、インジェクタ新品状態の時の燃料噴射量の推定値から、インジェクタ経時劣化後の燃料噴射量の推定値を減算して、その増加量を燃料噴射量の経時劣化量に置き換え、この経時劣化量を考慮して指令噴射量を補正する内燃機関用燃料噴射装置に関する技術が提案、開示されている(例えば、特許文献2参照)。この内燃機関用燃料噴射装置においては、まず、燃料供給ポンプの燃料温度から算出した噴射補正量を基本噴射量に加算して指令噴射量を求め、その指令噴射量を用いてディーゼルエンジンを運転する。例えば、所定の走行距離に達すると共に、エンジン運転状態が計測条件を満たす場合に、燃料噴射量(燃料消費量)を計測し、前回計測時の燃料噴射量と比較することで、経時劣化量を求めている。
【0005】
【特許文献1】特開平11−229925号公報
【特許文献2】特開2005−307911号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一方、本発明者らは、燃料温度に対する燃料の噴射特性は、経時劣化によって変動するとの知見を得た。
しかしながら、特許文献1および特許文献2に記載された内燃機関に供給する燃料の噴射量を制御するための技術においては、いずれも、燃料温度に基づく燃料噴射量の補正とインジェクタの劣化に基づく燃料噴射量の補正とをそれぞれ別に行っている。このように、燃料温度に基づく燃料噴射量の補正とインジェクタの劣化に基づく燃料噴射量の補正とをそれぞれ別に行うと、インジェクタの経時劣化により燃料温度に対する噴射特性が各燃料温度によって変化する場合、燃料噴射量の補正を適切に行えない。
【0007】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであって、その目的は、インジェクタの経時劣化により燃料温度に対する噴射特性が各燃料温度によって変化したとしても、所望の実噴射量をより正確に得ることが可能な燃料噴射量制御方法を提供することである。
【課題を解決するための手段及び効果】
【0008】
本発明に係る燃料噴射量制御方法は、ディーゼルエンジンなどの内燃機関に供給する燃料の噴射量を制御するための燃料噴射量制御方法に関する。そして、本発明に係る燃料噴射量制御方法は、上記目的を達成するために以下のようないくつかの特徴を有している。すなわち、本発明の燃料噴射量制御方法は、以下の特徴を単独で、若しくは、適宜組み合わせて備えている。
【0009】
上記目的を達成するための本発明に係る燃料噴射量制御方法における第1の特徴は、燃料温度の影響を反映する燃温補正項を算出し、インジェクタより噴射される燃料噴射量に反映させる内燃機関の燃料噴射量制御方法において、アクセル開度とエンジン回転数とより目標燃料噴射量指令値を算出する工程と、前記インジェクタ内の燃料温度を検出する燃料温度検出工程と、前記インジェクタの経時劣化の影響に対し、劣化補正係数を算出する劣化補正係数算出工程と、前記目標燃料噴射量指令値、前記燃料温度、及び前記劣化補正係数に基づき、前記燃温補正項を算出する燃温補正項算出工程と、を有することである。
【0010】
この構成によると、目標燃料噴射量指令値、燃料温度、及び劣化補正係数の各値に基づき燃温補正項を算出することにより、算出された燃温補正項は、インジェクタ内の燃料温度に対する噴射特性に経時劣化を反映させた補正項となる。すなわち、本方法によると、インジェクタの燃温特性に対してインジェクタの経時劣化の影響を反映させることができる。したがって、インジェクタの経時劣化により燃料温度に対する噴射特性が各燃料温度によって変化したとしても、所望の実噴射量をより正確に得ることが可能となる。
【0011】
また、本発明に係る燃料噴射量制御方法における第2の特徴は、前記劣化補正係数は、前記経時劣化が進むほど、前記燃温補正項の絶対値を増大させる値となることである。
【0012】
この構成によると、上記劣化補正係数は、燃料温度に基づく経時劣化の影響を反映させた劣化補正係数となり、本係数を用いることでインジェクタの経時劣化により燃料温度に対する噴射特性が各燃料温度によって変化したとしても、所望の実噴射量をより正確に得ることが可能となる。
【0013】
また、本発明に係る燃料噴射量制御方法における第3の特徴は、前記燃料温度から当該燃料温度に対する補正燃料噴射量を算出し、前記燃温補正項算出工程において、前記補正燃料噴射量に対して前記劣化補正係数を反映させて前記燃温補正項を算出することである。この構成によると、算出された燃温補正項は、インジェクタ内の燃料温度に対する噴射特性に経時劣化を反映させた補正項となる。
【0014】
また、本発明に係る燃料噴射量制御方法における第4の特徴は、前記燃温補正項算出工程において、前記補正燃料噴射量に対して前記劣化補正係数を乗じて前記燃温補正項を算出することである。この構成によると、算出された燃温補正項は、インジェクタ内の燃料温度に対する噴射特性に経時劣化を反映させた補正項となる。
【0015】
また、本発明に係る燃料噴射量制御方法における第5の特徴は、前記目標燃料噴射量指令値に対する指令値補正係数を算出し、前記燃温補正項算出工程において、前記補正燃料噴射量に対して、前記指令値補正係数と前記劣化補正係数とを乗じて前記燃温補正項を算出することである。
【0016】
この構成によると、燃料温度に基づく補正燃料噴射量に対して、インジェクタへの目標燃料噴射量指令値に対する指令値補正係数をさらに乗じて燃温補正項を算出することにより、所望の実噴射量をより正確に得ることが可能となる。
【0017】
また、本発明に係る燃料噴射量制御方法における第6の特徴は、前記補正燃料噴射量の算出工程は、前記燃料温度と、前記補正燃料噴射量と、コモンレール圧との関係を示すマップに基づき、前記燃料温度に対する前記補正燃料噴射量を算出する工程であり、前記指令値補正係数の算出工程は、前記目標燃料噴射量指令値と、前記指令値補正係数と、前記コモンレール圧との関係を示すマップに基づき、前記目標燃料噴射量指令値に対する前記指令値補正係数を算出する工程であることである。
【0018】
この構成によると、補正燃料噴射量を算出するための上記マップ、および指令値補正係数を算出するための上記マップを運転実績データに基づいて学習させていくことにより、目標燃料噴射量指令値と実噴射量との誤差を小さくしていくことができる。
【0019】
また、本発明に係る燃料噴射量制御方法における第7の特徴は、前記劣化補正係数算出工程は、車両走行距離と前記劣化補正係数との関係を示すマップに基づき、前記劣化補正係数を算出する工程であることである。この構成によると、インジェクタの経時劣化の指標の一つである車両走行距離を劣化補正係数に反映でき、燃温補正項にインジェクタの経時劣化を適切に反映することができる。
【0020】
また、本発明に係る燃料噴射量制御方法における第8の特徴は、前記劣化補正係数算出工程は、前記内燃機関を運転したときの前記インジェクタ内の燃料温度と第1補正係数との関係を示すマップに基づき前記第1補正係数を算出し、前記内燃機関を運転した積算時間と第2補正係数との関係を示すマップに基づき前記第2補正係数を算出し、当該第1補正係数と当該第2補正係数とを乗じて前記劣化補正係数を算出する工程であることである。
【0021】
この構成によると、インジェクタの経時劣化の指標の一つである内燃機関を運転したときのインジェクタ内の燃料温度およびそのときの運転積算時間を劣化補正係数に反映でき、燃温補正項にインジェクタの経時劣化を適切に反映することができる。
【0022】
また、本発明に係る燃料噴射量制御方法における第9の特徴は、前記指令値補正係数の算出工程は、目標パイロット噴射量指令値、目標メイン噴射量指令値、および目標アフタ噴射量指令値のうちの少なくとも前記目標メイン噴射量指令値からなる複数の前記目標燃料噴射量指令値に対する複数の前記指令値補正係数を算出する工程であることである。
【0023】
この構成によると、目標メイン噴射量指令値と、目標パイロット噴射量指令値および目標アフタ噴射量指令値のうちの少なくとも1つの指令値に、燃料温度に対する補正燃料噴射量を適切に分配することができ、最適なメイン噴射量指令値と、パイロット噴射量指令値およびアフタ噴射量指令値のうちの少なくとも1つからなる最適な噴射量指令値とを得ることができる。
【0024】
また、本発明に係る燃料噴射量制御方法における第10の特徴は、前記燃料温度検出工程において、前記インジェクタ内の燃料温度は、燃料供給ポンプと燃料タンクとを連通する燃料戻り管に接続する前記燃料供給ポンプの当該接続部におけるポンプ部燃料温度と等しいとみなすことである。この構成によると、インジェクタ内の燃料温度を簡易に定めることができる。
【0025】
また、本発明に係る燃料噴射量制御方法における第11の特徴は、前記インジェクタ内の燃料温度に依存せず、前記インジェクタのスプリングのへたり、前記インジェクタの噴孔つまり、及び前記インジェクタのニードルへの不純物付着のうちの少なくともいずれかに依存する前記インジェクタの一般的経時劣化に基づく補正項を前記インジェクタより噴射される燃料噴射量に反映させることである。この構成によると、インジェクタの一般的な経時劣化に基づく噴射特性を燃料噴射量に別途反映させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照しつつ説明する。尚、本発明に係る燃料噴射量制御方法は、ガソリンエンジンに対しても、ディーゼルエンジンに対しても適用できる燃料噴射量制御方法である。以下の説明においては、本発明に係る燃料噴射量制御方法をディーゼルエンジンを搭載した車両に適用した例について説明する。
【0027】
まず、図1に基づき、インジェクタの燃料温度に対する噴射特性の変化について説明する。図1は、コモンレール式燃料噴射装置を前提に、一定の燃料噴射量指令値に基づきインジェクタが燃料噴射を行った時の、インジェクタ内の燃料温度Ti(℃)と実噴射量Qr(mm/st)との関係を示す図である。図1中の点線100は、インジェクタ劣化前の実噴射量Qrの変化を示す曲線であり、図1中の実線101は、インジェクタ劣化後の実噴射量Qrの変化を示す曲線である。なお、図1の実線101で示す噴射特性を有するインジェクタは、一般的な経時劣化に対する噴射特性の変化がほとんど無いことを前提としている。ここで、図1中の一点鎖線102は、インジェクタの一般的な経時劣化により、劣化後の実噴射量が増加した場合の実噴射量Qrの変化を示す曲線である。一般的な経時劣化とは、燃料温度によらず噴射特性を変化させる要因を指し、前述したとおり、スプリングのへたり、インジェクタの噴孔つまり、或いは、インジェクタ内のニードルへの不純物等の付着、等が挙げられる。これらの要因には、実噴射量を増加させるもの、或いは減少させるもの、の両者があり、結果として、劣化後に実噴射量が増減のどちらに変化するかは機種により異なり、各機種毎に試験により確認する必要がある。尚、いずれにしても一般的な経時劣化に対する噴射特性の変化が生じると、図1に示した一点鎖線102のように、実線101を上下にスライドしたような噴射特性となる。
【0028】
図1中の点線100で示すように、インジェクタ劣化前の実噴射量Qrは、インジェクタ内の燃料温度Tiが低下するほど増加する傾向を示す。これに対し、図1中の実線101で示すように、インジェクタ劣化後の実噴射量Qrは、燃料温度Tiが低下するほどインジェクタ劣化前の実噴射量Qrに比べて大きく増加し、燃料温度Tiが上昇するほどインジェクタ劣化前の実噴射量Qrとの差が縮小していく傾向を示す。このように、本発明者らは、インジェクタの燃料温度に対する実噴射量Qrの変化は、各燃料温度Tiに対してインジェクタ劣化前の実噴射量Qrから一律に変化するのではなく燃料温度Tiによって変動するとの知見を得た。
【0029】
次に、図2は、本発明の一実施形態に係る燃料噴射量制御方法を使用するための機器構成を示す図である。図2中の実線で示す矢印は、燃料の流れを示し、図2中の一点鎖線で示す矢印は、制御信号の向きを示す。図2に示すように、本実施形態に係る燃料噴射量制御方法を用いるためのディーゼルエンジンを搭載した車両は、燃料を蓄えておく燃料タンク5と、燃料を燃料タンク5から吸い上げインジェクタ2へ供給する燃料供給ポンプ1と、燃料供給ポンプ1とインジェクタ2との間にて高圧の燃料を一定量貯留するコモンレール3と、コモンレール3から供給された燃料をエンジン(不図示)の燃焼室(不図示)に噴射するためのインジェクタ2と、燃料供給ポンプ1、インジェクタ2などを制御するためのエンジン制御コントローラー4とを備えている。
【0030】
燃料供給管31は、燃料供給ポンプ1とコモンレール3とを連通する管であり、燃料戻り管32は、燃料供給ポンプ1と燃料タンク5とを連通する管であり、燃料戻り管33は、インジェクタ2と燃料タンク5とを連通する管である。燃料戻り管32と燃料戻り管33とは燃料タンク5に接続する前に合流させている。
【0031】
燃料タンク5に蓄えられた燃料は、燃料供給ポンプ1により吸い上げられ、燃料供給管31を経由しコモンレール3を介してインジェクタ2へ供給され、インジェクタ2からエンジンの燃焼室に噴射される。一方、燃料の一部は、燃料供給ポンプ1やインジェクタ2などから燃料戻り管(32、33)を経由して燃料タンク5へ戻され、燃料の圧力が調節される。
【0032】
燃料供給ポンプ1は、燃料タンク5より燃料を吸い上げる低圧のフィードポンプと、吸い上げた燃料を高圧で吐出するサプライポンプをアセンブリ化したものであり、燃料戻り管32との接続部に燃料温度センサー21を備え、燃料温度センサー21によりポンプ部燃料温度Tpを測定している。また、コモンレール3は、燃料圧力センサー22を備え、燃料圧力センサー22によりコモンレール圧Pcrを測定している。ポンプ部燃料温度Tpおよびコモンレール圧Pcrの信号は、エンジン制御コントローラー4に送られる。また、エンジン制御コントローラー4には、エンジン回転数センサー23、アクセル開度センサー24などからの信号も送られる。エンジン制御コントローラー4は、各種センサー(21、22、23、24など)、燃料供給ポンプ1などからの信号を受信し、各種演算を行い、燃料供給ポンプ1やインジェクタ2などに指令を発信し、インジェクタ2から噴射される燃料噴射量などを制御している。
【0033】
次に、本発明に係る燃料噴射量制御方法の一実施形態について詳細に説明する。図3は、エンジン制御コントローラー4における、エンジン制御コントローラー4からインジェクタ2へ発信される最終燃料噴射量指令値Qfの算出フローを示す図である。尚、以下の説明においては、一例として、ポンプ部燃料温度Tp=95℃、コモンレール圧Pcr=80MPa、目標パイロット噴射量指令値Qgpl=2mm/st、目標メイン噴射量指令値Qgm=20mm/st、の条件とした。
【0034】
図3に示すように、まず、エンジン制御コントローラー4により、エンジン回転数センサー23及びアクセル開度センサー24の出力値にもとづき、目標燃料噴射量指令値Qgを算出する工程(ステップ1、以下S1と記載する。他のステップも同様)が行われる。
次に、インジェクタ2内の燃料温度Tiを検出する燃料温度検出工程S2が行われる。本燃料温度検出工程においては、インジェクタ2内の燃料温度Tiは、燃料戻り管32に接続する燃料供給ポンプ1の燃料温度センサー21により測定されるポンプ部燃料温度Tpと等しいとみなしている。つまり、燃料温度Ti=95℃となる。燃料温度Tiとポンプ部燃料温度Tpとを等しいとみなすことで、燃料温度Tiを簡易に定めることができる。尚、インジェクタ2内の燃料温度Tiは、燃料戻り管33のインジェクタ2に近い側の例えばA部に燃料温度センサーを設けて、A部のインジェクタリターン燃料温度を測定し、燃料温度Tiとこのインジェクタリターン燃料温度とを等しいとみなして求めてもよい。なお、燃料供給ポンプ1よりインジェクタ2までの実際の機器構成によっては、ポンプ部燃料温度とインジェクタ2内の燃料温度の温度差が、10度以上の大きな値となることもある。このような場合には、エンジン回転数センサー23により測定されるエンジン回転数Ne、ポンプ部燃料温度Tp、コモンレール圧Pcr、燃料噴射量設定値(過去の最終燃料噴射量指令値Qf)などから予測計算を行い、燃料温度Tiを算出するとよい。
【0035】
次に、S2により算出した燃料温度Tiから燃料温度Tiに対する補正燃料噴射量Qmを算出する補正燃料噴射量算出工程(S3)が行われる。本補正燃料噴射量算出工程においては、燃料温度Tiと、補正燃料噴射量Qmと、コモンレール圧Pcrとの関係を示すマップに基づき、燃料温度Tiに対する補正燃料噴射量Qmを算出する。ここで、図4は、コモンレール圧が80MPaのときの、インジェクタ2内の燃料温度Tiと補正燃料噴射量Qmとの関係を示すマップである。本実施形態においては、コモンレール圧Pcr=80MPaの条件としているため、コモンレール圧Pcrが80MPaのときの、燃料温度Tiと補正燃料噴射量Qmとの関係を図4に示した。
【0036】
図4に示すように、補正燃料噴射量Qmは、燃料温度Tiが約90℃より低い場合は、「−」の補正量となり、約90℃よりも高い場合は、「+」の補正量となっている。つまり、本マップによると、約90℃を境にして実噴射量Qrは、所望の実噴射量に対して増減することになる。尚、マップ値は、車両の使用条件などによって定まるものであり、図4に示すマップ値に限られることはない(以下に示す他のマップにおいても同様)。また、コモンレール圧Pcrが異なれば、当然、その異なるコモンレール圧Pcrでのマップ値を用いる。図4に示すマップから、コモンレール圧Pcrが80MPaのときの燃料温度Ti=95℃に対する補正燃料噴射量Qmは、0.2mm/stとなる。
【0037】
図3に戻り、次に、インジェクタ2への目標燃料噴射量指令値Qgに対する指令値補正係数Cgを算出する指令値補正係数算出工程(S4)が行われる。本指令値補正係数算出工程においては、目標燃料噴射量指令値Qgと、指令値補正係数Cgと、コモンレール圧Pcrとの関係を示すマップに基づき、目標燃料噴射量指令値Qgに対する指令値補正係数Cgを算出する。
【0038】
前記したように、本実施形態においては、目標燃料噴射量指令値Qgとして、パイロット噴射量の目標値である目標パイロット噴射量指令値Qgplを2mm/stとし、メイン噴射量の目標値である目標メイン噴射量指令値Qgmを20mm/stとしている(目標パイロット噴射量指令値Qgpl、目標メイン噴射量指令値Qgmという2つの目標燃料噴射量指令値Qgを用いている)。ここで、図5は、所定の目標燃料噴射量指令値Qg(Qgpl、Qgm)における、コモンレール圧Pcrと指令値補正係数Cg(Cgpl、Cgm)との関係を示すマップである。図5(a)は、目標燃料噴射量指令値Qgplが2mm/stのときの、コモンレール圧Pcrと指令値補正係数Cgplとの関係を示すマップであり、図5(b)は、目標メイン噴射量指令値Qgmが20mm/stのときの、コモンレール圧Pcrと指令値補正係数Cgmとの関係を示すマップである。
【0039】
図5(a)に示すマップから、コモンレール圧Pcrが80MPaのときの目標パイロット噴射量指令値Qgpl=2mm/stに対する指令値補正係数Cgplは、約0.68となり、目標メイン噴射量指令値Qgm=20mm/stに対する指令値補正係数Cgmは、約1.99となる。尚、Qgpl、Qgmの値が異なれば、当然、その異なるQgpl、Qgmでのマップ値を用いる。また、目標燃料噴射量指令値Qgとしては、少なくとも目標メイン噴射量指令値Qgmを用い、他に目標パイロット噴射量指令値Qgplや目標アフタ噴射量指令値Qgaf(アフタ噴射量の目標値)を目標燃料噴射量指令値Qgとして用いることができる。これにより、目標メイン噴射量指令値Qgmと、目標パイロット噴射量指令値Qgplおよび目標アフタ噴射量指令値Qgafのうちの少なくとも1つの指令値に、燃料温度Tiに対する補正燃料噴射量Qmを適切に分配することができる。
【0040】
図3に戻り、次に、インジェクタ2の劣化(経時劣化)に対するインジェクタ2の劣化補正係数Ciを算出する劣化補正係数算出工程(S5)が行われる。本劣化補正係数算出工程においては、ディーゼルエンジンを運転したときのインジェクタ2内の燃料温度Tiと第1補正係数Ciaとの関係を示すマップに基づき第1補正係数Ciaを算出し、前記ディーゼルエンジンを運転した積算時間Hと第2補正係数Cibとの関係を示すマップに基づき第2補正係数Cibを算出し、算出した第1補正係数Ciaと算出した第2補正係数Cibとを乗じてインジェクタ2の劣化補正係数Ciを算出する。
【0041】
図6は、ディーゼルエンジンを運転したときのインジェクタ2内の燃料温度Tiと第1補正係数Ciaとの関係を示すマップ(図6(a))、およびディーゼルエンジンを運転した運転積算時間Hと第2補正係数Cibとの関係を示すマップ(図6(b))である。ここで、ディーゼルエンジンは、例えば、過去、燃料温度Ti=110℃で250h、燃料温度Ti=120℃で100h、運転されていたとする。図6(a)に示すマップから、燃料温度Tiが110℃のときの第1補正係数Ciaは、0.2となり、燃料温度Tiが120℃のときの第1補正係数Ciaは、0.5となる。また、図6(b)に示すマップから、運転積算時間Hが250hのときの第2補正係数Cibは、0.45となり、運転積算時間Hが100hのときの第2補正係数Cibは、0.2となる。これより、インジェクタ2の劣化補正係数Ci=0.2×0.45(燃料温度Ti=110℃で250h)+0.5×0.2(燃料温度Ti=120℃で100h)=0.19となる。これにより、インジェクタ2の経時劣化の指標の一つである内燃機関を運転したときの燃料温度Tiおよびそのときの運転積算時間Hを補正燃料噴射量Qmに反映でき、燃料温度Tiに対する補正項の中にインジェクタ2の経時劣化を適切に反映することができる。
【0042】
図3に戻り、次に、S3により算出した補正燃料噴射量Qmに対して、S4により算出した指令値補正係数(Cgpl、Cgm)と、S5により算出した劣化補正係数Ciとを乗じて最終燃温補正量(燃温補正項)(Qmfpl、Qmfm)を算出し(燃温補正項算出工程、S6)、そして、インジェクタ2への目標燃料噴射量指令値(Qgpl、Qgm)に最終燃温補正量(Qmfpl、Qmfm)を加えることにより最終燃料噴射量指令値(Qfpl、Qfm)を算出する(S7)最終燃料噴射量算出工程が行われる。ここで、QmfplおよびQmfmは、それぞれパイロット噴射およびメイン噴射に対する最終補正燃料噴射量である。また、QfplおよびQfmは、それぞれパイロット噴射およびメイン噴射に対する最終燃料噴射量指令値である。
【0043】
具体的には、Qmfpl=0.2mm/st×0.68×0.19=0.026mm/st、Qmfm=0.2mm/st×1.99×0.19=0.076mm/stとなる(S6)。そして、最終燃料噴射量指令値(Qfpl、Qfm)は、Qfpl=2+0.026=2.026mm/st、Qfm=20+0.076=20.076mm/stとなる(S7)。この結果、目標パイロット噴射量指令値Qgpl=2mm/stに対する最終燃料噴射量指令値Qfplは、2.026mm/stとなり、目標メイン噴射量指令値Qgm=20mm/stに対する最終燃料噴射量指令値Qfmは、20.076mm/stとなる。
【0044】
最終燃料噴射量指令値(Qfpl、Qfm)が算出されると、エンジン制御コントローラー4は、インジェクタ2に対して最終燃料噴射量指令値(Qfpl、Qfm)の信号を発信し、この信号に基づき、インジェクタ2は、エンジンの燃焼室に燃料を噴射する。
【0045】
燃料温度Tiに基づく補正燃料噴射量Qmに対して、インジェクタ2の劣化補正係数Ciを乗じて最終燃温補正量(燃温補正項)Qmfを算出することにより(S6)、燃料温度に基づく補正項の中にインジェクタ2の経時劣化を反映させることができる。そのため、目標燃料噴射量指令値Qgに加算される最終燃温補正量Qmfは、経時劣化を反映した燃料温度に対する噴射特性に基づくものとなる。これにより、インジェクタ2の経時劣化により燃料温度Tiに対する噴射特性が各燃料温度によって変化したとしても、所望の実噴射量Qr(目標燃料噴射量指令値Qg)をより正確に得ることが可能となる。また、補正燃料噴射量Qmを算出するための図4に示したマップ、指令値補正係数Cgを算出するための図5に示したマップ、および劣化補正係数Ciを算出するための図6に示したマップを運転実績データに基づいて学習させていくことにより、目標燃料噴射量指令値Qgと実噴射量Qrとの誤差をより小さくしていくことができる。その結果、エンジン信頼性、ドライバビリティ、排気性能において、インジェクタ2の経時劣化の影響がおよぶことはほぼない。
【0046】
尚、インジェクタ2の劣化補正係数Ciを算出する劣化補正係数算出工程(S5)においては、車両走行距離Lと劣化補正係数Ciとの関係を示すマップに基づき、劣化補正係数Ciを算出してもよい。図7は、車両走行距離Lと劣化補正係数Ciとの関係を示すマップである。図7より、例えば、車両走行距離L=5万kmのときの劣化補正係数Ciは、約0.14となる。これにより、インジェクタ2の経時劣化の指標の一つである車両走行距離Lを補正燃料噴射量Qmに反映でき、燃料温度Tiに対する補正項の中にインジェクタ2の経時劣化を適切に反映することができる。
【0047】
また、前述の実施形態においては、図1の実線101で示す噴射特性を有するインジェクタを前提としており、燃料温度によらず噴射特性を変化させる一般的な経時劣化を補正に反映させていないため、劣化補正係数Ciは、インジェクタ2の経時劣化が進むほど(噴射特性が図1の点線100から実線101へ移行していくほど)最終燃温補正量Qmfの値(絶対値)を増大させる係数となる。尚、インジェクタの一般的な経時劣化を補正に反映させてもよい。スプリングのへたり、インジェクタの噴孔つまり、或いは、ニードルへの不純物等の付着、等一般的な経時劣化により、劣化後の実噴射量が増加する場合の例を、図1中に一点鎖線102にて示している。経時劣化後のインジェクタの噴射特性が、燃料温度によらず実噴射量を増加又は減少のどちらかに変化する場合には、目標燃料噴射量指令値Qgに対し、最終燃温補正量Qmfと共に、一般的な経時劣化を反映する補正項を加算し、最終燃料噴射量指令値Qfを算出すればよい。本発明は、燃料温度に対する補正に経時劣化の影響を反映させるものであり、最終燃料噴射量指令値の算出にあたり、その他異なる観点に基づく補正項を追加することは、本発明を妨げるものではない。
また、前述の実施形態では、最終燃温補正量Qmfを燃温補正項として加算する計算式を示したが、各値を変更すれば、燃温補正項を最終燃温補正係数とし、目標燃料噴射量指令値Qgに乗算して最終燃料噴射量指令値Qfを算出する計算式とすることもできる。
【0048】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述の実施の形態に限られるものではなく、特許請求の範囲に記載した限りにおいて様々に変更して実施することが可能なものである。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】インジェクタ内の燃料温度と実噴射量との関係を示す図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る燃料噴射量制御方法を使用するための機器構成を示す図である。
【図3】最終燃料噴射量指令値の算出フローを示す図である。
【図4】コモンレール圧が80MPaのときの、インジェクタ内の燃料温度と補正燃料噴射量との関係を示すマップである。
【図5】所定の目標燃料噴射量指令値における、コモンレール圧と指令値補正係数との関係を示すマップである。
【図6】インジェクタ内の燃料温度と第1補正係数との関係を示すマップ、および車両運転積算時間と第2補正係数との関係を示すマップである。
【図7】走行距離と劣化補正係数との関係を示すマップである。
【符号の説明】
【0050】
1:燃料供給ポンプ
2:インジェクタ
3:コモンレール
4:エンジン制御コントローラー
5:燃料タンク
Ti:インジェクタ内の燃料温度
Qm:補正燃料噴射量
Ci:劣化補正係数
Qmf:最終燃温補正量
Qg:目標燃料噴射量指令値
Qf:最終燃料噴射量指令値

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料温度の影響を反映する燃温補正項を算出し、インジェクタより噴射される燃料噴射量に反映させる内燃機関の燃料噴射量制御方法において、
アクセル開度とエンジン回転数とより目標燃料噴射量指令値を算出する工程と、
前記インジェクタ内の燃料温度を検出する燃料温度検出工程と、
前記インジェクタの経時劣化の影響に対し、劣化補正係数を算出する劣化補正係数算出工程と、
前記目標燃料噴射量指令値、前記燃料温度、及び前記劣化補正係数に基づき、前記燃温補正項を算出する燃温補正項算出工程と、
を有することを特徴とする内燃機関の燃料噴射量制御方法。
【請求項2】
前記劣化補正係数は、前記経時劣化が進むほど、前記燃温補正項の絶対値を増大させる値となることを特徴とする請求項1に記載の内燃機関の燃料噴射量制御方法。
【請求項3】
前記燃料温度から当該燃料温度に対する補正燃料噴射量を算出し、
前記燃温補正項算出工程において、前記補正燃料噴射量に対して前記劣化補正係数を反映させて前記燃温補正項を算出することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の内燃機関の燃料噴射量制御方法。
【請求項4】
前記燃温補正項算出工程において、前記補正燃料噴射量に対して前記劣化補正係数を乗じて前記燃温補正項を算出することを特徴とする請求項3に記載の内燃機関の燃料噴射量制御方法。
【請求項5】
前記目標燃料噴射量指令値に対する指令値補正係数を算出し、
前記燃温補正項算出工程において、前記補正燃料噴射量に対して、前記指令値補正係数と前記劣化補正係数とを乗じて前記燃温補正項を算出することを特徴とする請求項3又は請求項4に記載の内燃機関の燃料噴射量制御方法。
【請求項6】
前記補正燃料噴射量の算出工程は、前記燃料温度と、前記補正燃料噴射量と、コモンレール圧との関係を示すマップに基づき、前記燃料温度に対する前記補正燃料噴射量を算出する工程であり、
前記指令値補正係数の算出工程は、前記目標燃料噴射量指令値と、前記指令値補正係数と、前記コモンレール圧との関係を示すマップに基づき、前記目標燃料噴射量指令値に対する前記指令値補正係数を算出する工程であることを特徴とする請求項5に記載の内燃機関の燃料噴射量制御方法。
【請求項7】
前記劣化補正係数算出工程は、車両走行距離と前記劣化補正係数との関係を示すマップに基づき、前記劣化補正係数を算出する工程であることを特徴とする請求項5又は請求項6に記載の内燃機関の燃料噴射量制御方法。
【請求項8】
前記劣化補正係数算出工程は、前記内燃機関を運転したときの前記インジェクタ内の燃料温度と第1補正係数との関係を示すマップに基づき前記第1補正係数を算出し、前記内燃機関を運転した積算時間と第2補正係数との関係を示すマップに基づき前記第2補正係数を算出し、当該第1補正係数と当該第2補正係数とを乗じて前記劣化補正係数を算出する工程であることを特徴とする請求項5乃至請求項7のいずれか1項に記載の内燃機関の燃料噴射量制御方法。
【請求項9】
前記指令値補正係数の算出工程は、目標パイロット噴射量指令値、目標メイン噴射量指令値、および目標アフタ噴射量指令値のうちの少なくとも前記目標メイン噴射量指令値からなる複数の前記目標燃料噴射量指令値に対する複数の前記指令値補正係数を算出する工程であることを特徴とする請求項5乃至請求項8のいずれか1項に記載の内燃機関の燃料噴射量制御方法。
【請求項10】
前記燃料温度検出工程において、前記インジェクタ内の燃料温度は、燃料供給ポンプと燃料タンクとを連通する燃料戻り管に接続する前記燃料供給ポンプの当該接続部におけるポンプ部燃料温度と等しいとみなすことを特徴とする請求項1乃至請求項9のいずれか1項に記載の内燃機関の燃料噴射量制御方法。
【請求項11】
前記インジェクタ内の燃料温度に依存せず、前記インジェクタのスプリングのへたり、前記インジェクタの噴孔つまり、及び前記インジェクタのニードルへの不純物付着のうちの少なくともいずれかに依存する前記インジェクタの一般的経時劣化に基づく補正項を前記インジェクタより噴射される燃料噴射量に反映させることを特徴とする請求項1乃至請求項10のいずれか1項に記載の内燃機関の燃料噴射量制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−297935(P2008−297935A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−142921(P2007−142921)
【出願日】平成19年5月30日(2007.5.30)
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【Fターム(参考)】