説明

冷間金型用鋼および冷間プレス用金型

【課題】硬さ、靭性、熱処理変寸といった基本特性を備えた上に、切削仕上げ面粗さや切削工具寿命といった面でも問題のない冷間プレス用金型の素材として有用な冷間金型用鋼と、その冷間プレス用金型を提供する。
【解決手段】C:0.5〜0.7%、Cr:5.0〜7.0%、Si:0.5〜2.0%、Mn:0.1〜2.0%、Al:0.001〜0.010%、Cu:0.25〜1.00%、Ni:0.25〜1.00%、Mo+0.5×W:0.5〜3.0%、V:0.5%以下、P:0.05%以下、S:0.1%以下、O:0.005%以下を含有し、且つ、[C]×[Cr]≦4という要件、FP=[Si]/5+[Cr]/5+2×[Mo]+[W]+2×[V]+10×[Al]≦5.0という要件、AP=[Mn]+3×([Cu]+[Ni])≦2.5という要件を満足する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用鋼板や家電用鋼板などを、冷間等でプレス成形(打ち抜き、曲げ、絞り、トリミングなど)する際に用いられる冷間プレス用金型の素材として有用な冷間金型用鋼と、その冷間プレス用金型に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用鋼板や家電用鋼板などのプレス成形に用いられる冷間プレス用金型は、鋼板の高強度化に伴い、その寿命の改善が求められている。特に自動車用鋼板では、環境問題が考慮され、自動車の燃費を向上するために、引っ張り強度が590MPa以上のハイテン鋼板が採用されることが多くなってきており、今後その需要が益々高くなることが予想されている。
【0003】
そのハイテン鋼板をプレス成形するにあたり、表面処理を施された冷間プレス用金型の表面皮膜が、早期に損傷することで、型カジリやカジリと呼ばれるプレス成形時に焼きつく現象が発生し、冷間プレス用金型の金型寿命が極端に短くなるといった問題の発生が増加している。
【0004】
冷間プレス用金型は、母材となる冷間金型用鋼の表面に硬質皮膜処理を施すことで製造される。母材となる冷間金型用鋼は、一般に、焼鈍→切削加工→焼入焼戻処理という工程を経て製造される。
【0005】
冷間金型用鋼として、従来から、JIS SKD11などの高C高Crの合金工具鋼や、更に耐摩耗性が改善されたJIS SKH51などの高速度工具鋼が汎用されている。これらの工具鋼では、Cr系炭化物やMo、W、V系炭化物の析出硬化により硬度の向上を図っている。更には、JIS SKH51が含有するC、Mo、W、Vなどの合金元素を低減することで、靭性、耐摩耗性の両方を向上させたマトリックスハイスと呼ばれる低合金高速度工具鋼も、冷間金型用鋼に使用されている。また、これら冷間金型用鋼の更なる特性の改善を図ったものとして特許文献1に記載の技術や、特許文献2に記載の技術も提案されている。
【0006】
特許文献1には、被削性や耐摩耗性といった必要特性を阻害せずに、優れた変寸抑制特性と高硬度特性、耐カジリ性を得ることを目的として、適正量のNiやAlを添加し、それに応じた適正量のCuを添加すると共に、更にC及びCrの含有量を調整して組織中の炭化物分布を微細に分散した冷間ダイス鋼が開示されている。
【0007】
また、特許文献2には、従来のマトリックスハイスより焼き入れ温度を低くしても、熱処理後の硬さ、靭性などの特性が従来のマトリックスハイスと同程度の特性が得られることを目的として、焼き戻し状態でM23型炭化物が2〜5vol%生成する組織を有し、かつMC型炭化物及びMC型炭化物の少なくともいずれかが分散析出した焼入れ焼戻し組織を有する合金工具鋼が開示されている。
【0008】
【特許文献1】特開2006−169624号公報
【特許文献2】特開2004−169177号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
冷間プレス用金型は、母材となる冷間金型用鋼の表面に硬質皮膜処理を施すことで製造される。この硬質皮膜処理としては、熱拡散によってVCでなる皮膜を形成するTD処理、主にTiCでなる皮膜を形成するCVD処理、主にTiNでなる皮膜を形成するPVD処理等がある。これらの硬質皮膜処理は、金型ユーザーやプレスメーカーの事情に応じて適宜採用されている。そのため、何れの硬質皮膜処理にも対応することができる冷間金型用鋼が開発されることが求められている。また、当然のことではあるが、冷間プレス用金型には、硬さや靭性、熱処理変寸といった基本特性を確保することも求められている。
【0010】
更には、冷間プレス用金型には、切削加工中のむしれ発生といった問題もある。むしれが発生すると切削仕上げ面粗さが大きくなるため、熱処理後のラッピング作業が困難となり、更には金型寿命の低減を招く。また、切削工具寿命も短くなり、製造コストが増大する。これらの問題を解消するためには、問題の発生原因であるAl系介在物(Al、AlN)の析出を抑制する必要があるが、Al系介在物を析出する元素であるAlの含有量を低減すると、逆に、硬さ低下、靭性低下、熱処理変寸量の増大といった基本特性に悪影響を及ぼすおそれがある。よって、これらの基本特性を確保した上で、切削仕上げ面粗さや切削工具寿命といった面でも問題がない冷間プレス用金型が開発されることが待ち望まれている。
【0011】
本発明は、これら従来の問題を解決せんとしてなされたもので、硬さ、靭性、熱処理変寸といった求められる基本特性を備えた上に、様々な硬質皮膜処理にも対応することができ、更には、切削仕上げ面粗さや切削工具寿命といった面でも問題のない冷間プレス用金型の素材として有用な冷間金型用鋼と、その冷間プレス用金型を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1記載の発明は、質量%で、C:0.5〜0.7%、Cr:5.0〜7.0%、Si:0.5〜2.0%、Mn:0.1〜2.0%、Al:0.001〜0.010%、Cu:0.25〜1.00%、Ni:0.25〜1.00%、N:0.003〜0.025%、Mo+0.5×W:0.5〜3.0%、P:0.05%以下(0%を含まない)、S:0.1%以下(0%を含まない)、O:0.005%以下(0%を含まない)を含有し、残部が鉄及び不可避的不純物であって、且つ、[C]×[Cr]≦4という要件を満足し、更に、FP(フェライト生成元素からなるパラメータ)が、[Si]/5+[Cr]/5+2×[Mo]+[W]+2×[V]+10×[Al]≦5.0という要件を満足し、AP(オーステナイト生成元素からなるパラメータ)が、[Mn]+3×([Cu]+[Ni])≦2.5という要件を満足することを特徴とする冷間金型用鋼である。
但し、上式で[ ]は、各元素の含有量(質量%)を示す。
【0013】
請求項2記載の発明は、更に、V:0.5%以下(0%を含む)を含有する請求項1記載の冷間金型用鋼である。
【0014】
請求項3記載の発明は、更に、Ti、Zr、Hf、Ta、Nbからなる群から選択される少なくとも1種の元素を、合計0.5%以下含有する請求項1または2記載の冷間金型用鋼である。
【0015】
請求項4記載の発明は、更に、Coを10%以下含有する請求項1乃至3のいずれかに記載の冷間金型用鋼である。
【0016】
請求項5記載の発明は、請求項1乃至4のいずれかに記載の冷間金型用鋼を用いて得られる冷間プレス用金型である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の冷間金型用鋼を冷間プレス用金型の素材に用いることで、硬さ、靭性、熱処理変寸といった求められる基本特性を備えた上に、様々な硬質皮膜処理にも対応することができ、更には、切削仕上げ面粗さや切削工具寿命といった面でも問題のない冷間プレス用金型を得ることができる。また、その冷間金型用鋼を用いて得られる冷間プレス用金型は、特に、引っ張り強度が590MPa以上のハイテン鋼板の成形用として好適に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を実施形態に基づいて更に詳細に説明する。
【0019】
本発明者は、まず、従来のJIS SKD11やマトリックスハイスを素材に用いた冷間プレス用金型において、PVD処理によって形成されたTiN皮膜が損傷して、カジリが発生する原因を鋭意探求した。
【0020】
探求の結果、TiN皮膜にカジリが発生する原因は、母材となる冷間金型用鋼に生成される粗大なCr系炭化物であり、そのCr系炭化物が起点となって、カジリが発生することを見出した。そのCr系炭化物によるTiN皮膜の損傷のメカニズムは、図1に示す通りである。
【0021】
まず、図1(a)に示すように、母材となる冷間金型用鋼1の表面に硬質皮膜処理を施すことで、表面にTiN皮膜2を形成した冷間プレス用金型を準備する。この冷間金型用鋼1が、JIS SKD11やマトリックスハイスを素材として形成されている場合、母材である冷間金型用鋼1の表面には粗大なCr系炭化物3が析出している。この冷間プレス用金型を用いてプレス成形する際に、図1(b)に示すように、被成形物が矢印方向に摺動すると、TiN皮膜2にはクラック4が発生する。このクラック4が発生する部位は、TiN皮膜2の下方の母材にCr系炭化物3が析出している部位である。更に、被成形物を摺動すると、図1(c)に示すように、そのクラック4が起点となって、TiN皮膜2に剥離が生じ、カジリが発生する。
【0022】
以上説明したように、TiN皮膜のカジリ発生の原因はCr系炭化物である。本発明者は、このCr系炭化物の生成を抑制することで、TiN皮膜の剥離を防止でき、金型寿命が極端に短くなるといった問題を発生することを抑制できることを見出した。
【0023】
母材となる冷間金型用鋼の表面に析出する粗大なCr系炭化物3の生成を抑制して、PVD処理によって形成したTiN皮膜の寿命を長くするためには、鋼中のCの含有量とCrの含有量を低減させれば良い。しかし、Cの含有量を低減させ過ぎると、冷間金型用鋼の表面に、TD処理によるVC皮膜や、CVD処理によるTiC皮膜を形成することが難しくなる。そこで、本発明では、Cの含有量を0.5〜0.7質量%、Crの含有量を5.0〜7.0質量%とした上で、それらの含有量の積を規定することによって、冷間金型用鋼の表面に粗大なCr系炭化物3を析出させず、且つ一方で、必要とする十分な厚みのVC皮膜やTiC皮膜を形成することを可能とした。
【0024】
また、本発明では、Si、Cr、Mo、W、V、Alといったフェライト生成元素からなるパラメータと、Mn、Cu、Niといったオーステナイト生成元素からなるパラメータも規定した。
【0025】
Si、Cr、Mo、W、V、Alといったフェライト生成元素の合計含有量が多過ぎた場合、冷間金型用鋼の硬さと靭性のバランスが崩れると共に、切削加工仕上げ面精度も悪化する。そこで、本発明では、フェライト生成元素からなるパラメータ(FP)を数式化し、その式を満足するようにフェライト生成元素の合計含有量を規定することで、冷間金型用鋼の硬さと靭性のバランスを良好にする共に、切削加工仕上げ面精度も向上させた。
【0026】
また、Mn、Cu、Niといったオーステナイト生成元素の合計含有量が多過ぎた場合、残留オーステナイトが多くなることにより熱処理変寸量のばらつきが増大すると共に、切削時の工具寿命が短くなる。そこで、本発明では、オーステナイト生成元素からなるパラメータ(AP)を数式化し、その式を満足するようにオーステナイト生成元素の合計含有量を規定することで、鋼中の残留オーステナイトを少なくして熱処理変寸量のばらつきを減少させると共に、切削時の工具寿命を長くした。
【0027】
以下、本発明の冷間金型用鋼中の化学成分の含有量の範囲限定理由について、元素毎に詳細に説明する。尚、本明細書中に記載する%は全て質量%を示す。
【0028】
C:0.5〜0.7%
Cは、硬さ及び耐摩耗性を確保し、HAZ軟化の抑制にも寄与する元素である。また、金型母材の表面に、TD処理によるVC皮膜や、CVD処理によるTiC皮膜といった炭化物皮膜を形成する場合、Cの含有量が少ないと皮膜の厚さが薄くなるなどの問題もある。これらを勘案し、上記作用を有効に発揮させるためにCの含有量の下限を0.5%とした。また、その下限は0.55%であることが好ましい。但し、その含有量が過剰であると、粗大なCr系炭化物が生成して、PVD処理で形成されるTiN皮膜が剥離し易くなる。また、Cの含有量が過剰であると、残留オーステナイトが増加し、高温で焼戻処理を行わないと所望の硬さが得られないほか、焼戻処理後に膨張するなどして変寸が大きくなる。更に、Cの含有量が過剰であると靭性にも悪影響を及ぼす。よって、Cの含有量の上限を0.7%とした。また、その上限は0.65%であることが好ましい。
【0029】
Cr:5.0〜7.0%
Crは、所定の硬さを確保するために有用な元素である。詳しくは、Crの含有量が少な過ぎると、焼入性が不足してベイナイトが一部生成するため、硬さが低下し、耐摩耗性を確保することができない。更に、Crは金型の耐食性を確保するためにも有用な元素である。そこでCrの含有量の下限を5.0%とした。また、その下限は5.5%であることが好ましい。但し、その含有量が過剰であると、粗大なCr系炭化物が多量に生成して、PVD処理で形成されるTiN皮膜が剥離し易くなる。また、Crの含有量が過剰であると、熱処理後の収縮によって硬質皮膜の耐久性が低下する。更に、Crの含有量が過剰であると靭性にも悪影響を及ぼす。そこでCrの含有量の上限を7.0%とした。また、その上限は6.5%であることが好ましい。
【0030】
Si:0.5〜2.0%
Siは、製鋼時の脱酸元素として有用であり、硬さの向上と被削性確保に寄与する元素である。また、Siはマトリックスのマルテンサイトの焼戻し軟化を抑え、HAZ軟化の抑制に有用である。このような作用を有効に発揮するため、Siの含有量の下限を0.5%とした。その含有量は、好ましくは1.0%以上、より好ましくは1.2%以上である。但し、その含有量が過剰であると靭性が低下する。また、偏析が大きくなり、熱処理後の変寸が大きくなる。よってSiの含有量の上限を2.0%とした。その含有量は、好ましくは1.85%以下である。
【0031】
Mn:0.1〜2.0%
Mnは、焼入性確保に有用な元素である。しかし、その含有量が過剰であると、残留オーステナイトが増加するため、高温で焼戻処理を行わないと所望の硬さが得られなくなるほか、靭性も低下する。これらを勘案して、Mnの含有量を0.1〜2.0%の範囲に定めた。Mnの含有量の下限は、好ましくは0.15%であり、その上限は、好ましくは1.0%、より好ましくは0.5%、更に好ましくは0.35%である。
【0032】
Al:0.001〜0.010%
Alは、脱酸剤として有用な元素である。しかし、含有量が0.001%未満であると、その効果は十分に得ることはできない。従って、Alの含有量の下限を0.001%とした。その下限は好ましくは0.002%である。一方、Alや粗大なAlNといったAl系介在物は、切削中にむしれの原因となり、切削仕上げ面精度を低下させるため、Alの含有量の上限を0.010%とした。その上限は、好ましくは0.008%である。
【0033】
Cu:0.25〜1.00%
Cuは、ε−Cuの析出強化による硬さ向上を図るために必要な元素であり、HAZ軟化の抑制にも寄与する。但し、その含有量が過剰であると、靭性が低下し、また、鍛造割れが発生し易くなる。そこでCuの含有量の上限を1.00%とした。また、その上限は0.80%であることが好ましい。また、Cuの含有量の下限は0.25%である。また、その下限は0.30%であることが好ましい。
【0034】
Ni:0.25〜1.00%
Niは、NiAlなどのAl−Ni系金属間化合物の析出強化による硬さ向上を図るために必要な元素であり、HAZ軟化の抑制にも寄与する。また、NiはCuと併用することにより、Cuの過剰添加による熱間脆性を抑制し、鍛造時の割れを防止することもできる。但し、その含有量が過剰であると、残留オーステナイトが増加して高温で焼戻処理をしないと所定の硬さを確保できないほか、熱処理後に膨張してしまう。また、Niの含有量が過剰であると、靭性も低下する。これらを勘案して、Niの含有量を0.25〜1.00%の範囲に定めた。Niの含有量の下限は、好ましくは0.30%であり、その上限は、好ましくは0.80%である。
【0035】
N:0.003〜0.025%
Nは、Alと共にAlN析出物を形成して、焼入時の結晶粒粗大化を防止して、優れた靭性を達成するために重要な元素である。優れた靭性を達成するためにNの含有量の下限を0.003%とした。その下限は0.004%であることが好ましい。また、Nの含有量の上限を0.025%とした。その上限は0.017%であることが好ましい。
【0036】
Mo+0.5W:0.5〜3.0%
MoとWは、何れもMC型炭化物、MC型炭化物を形成するほか、NiMo系金属間化合物などを形成し、析出強化に寄与する元素である。但し、これらの含有量が過剰であると、前記の炭化物などが過剰に生成し、靭性の低下を招くほか、熱処理後の変寸が大きくなる。そこで、Mo+0.5×Wの式に当てはめた場合のMoとWの合計含有量を0.5〜3.0%の範囲に定めた。Mo単独の含有量も、0.5〜3.0%の範囲が好ましい。また、W単独の含有量は、2.0%以下(0%を含む)であることが好ましい。即ち、Moが必須元素、Wが選択元素である。但し、W単独の含有量の下限は、0.02%であることがより好ましい。また、Mo単独の含有量の下限は0.7%、上限は2.5%であることが更に好ましい。W単独の含有量の下限は0.05%、上限は1.5%であることが更に好ましい。
【0037】
P:0.05%以下(0%を含まない)
Pは、溶解原料中に不可避的に存在する元素であり、靭性を阻害する元素である。そのため、Pの含有量の上限を0.05%とした。その上限は、好ましくは0.02%である。
【0038】
S:0.1%以下(0%を含まない)
Sは、被削性確保に有用な元素である。被削性確保の観点からはSを、好ましくは0.002%以上、より好ましくは0.004%以上の含有量とすることが推奨される。しかし、その含有量が過剰であると溶接割れが発生する。そこでSの含有量の上限を0.1%とした。Sの含有量の上限は、好ましくは0.07%、より好ましくは0.05%、更に好ましくは0.025%である。
【0039】
O:0.005%以下(0%を含まない)
Oは、溶鋼中に含まれる元素で、不可避的に鋼中に含まれる。Oの含有量が高いと、Si、Alなどと反応し、酸化物系の介在物を形成する。そのため、Oの含有量の上限を0.005%とした。その上限は、好ましくは0.003%、より好ましくは0.002%である。
【0040】
更に、本発明は、先に説明した各数式を満足することを必須要件としている。尚、各数式に示す[ ]は、各元素の含有量(質量%)を示す。
【0041】
[C]×[Cr]≦4
上記数式は、粗大なCr系炭化物の生成抑制を目的として設定した数式である。Cの含有量とCrの含有量の積が4を超えると、硬質皮膜の耐久性が低下するほか、熱処理後の変寸が大きくなる。尚、粗大なCr系炭化物の生成抑制や、熱処理後の変寸抑制の観点からは、Cの含有量とCrの含有量の積は出来るだけ小さいことが好ましいが、CやCrの添加による上記作用を有効に発揮させることなども勘案すると、この積の下限は、概ね0.8であることが好ましい。
【0042】
FP=[Si]/5+[Cr]/5+2×[Mo]+[W]+2×[V]+10×[Al]≦5.0
上記数式は、Si、Cr、Mo、W、V、Alといったフェライト生成元素の合計含有量をパラメータ化し規定した数式である。このパラメータ(FP)が、5.0より大きくなると、冷間金型用鋼の硬さと靭性のバランスが崩れると共に、切削加工仕上げ面精度も悪化する。このパラメータ(FP)は、4.8以下であることがより好ましい。
【0043】
AP=[Mn]+3×([Cu]+[Ni])≦2.5
上記数式は、Mn、Cu、Niといったオーステナイト生成元素の合計含有量をパラメータ化し規定した数式である。このパラメータ(AP)が、2.5より大きくなると、残留オーステナイトが多くなり、熱処理変寸量のばらつきが増大すると共に、切削時の工具寿命が短くなる。このパラメータ(AP)は、2.3以下であることがより好ましい。
【0044】
本発明の冷間金型用鋼中の基本成分に関する要件は以上の通りである。残部は鉄及び不可避的不純物である。また、本発明では、他の特性改善を目的として、更に以下の選択成分を含有させても良い。
【0045】
V:0.5%以下(0%を含む)
Vは、VCなどの炭化物を形成して硬さ向上に寄与するほか、HAZ軟化の抑制に有効な元素である。また、母材表面に、ガス窒化、塩溶窒化、プラズマ窒化などの窒化処理を施して拡散硬化層を形成する場合に、表面硬さの向上や硬化層深さの上昇に有効な元素である。このような作用を有効に発揮させるためには、Vの含有量は、概ね0.05%以上添加することが好ましい。但し、その含有量が過剰であると、固溶C量が低下し、母相であるマルテンサイト組織の硬さ低下を招くほか、靭性が低下する。そこでVの含有量の上限を0.5%とした。Vの含有量の上限は、好ましくは0.4%、より好ましくは0.3%である。
【0046】
Ti、Zr、Hf、Ta、Nbからなる群から選択される少なくとも1種の元素:合計0.5%以下
これらの元素は、何れも窒化物形成元素であり、これら元素の窒化物及びAlNの微細分散化に寄与し、その結果、結晶粒の粗大化を防止して靭性の向上に寄与する元素である。以上のような作用を有効に発揮させるため、概ね、Tiを0.01%以上、Zrを0.02%以上、Hfを0.04%以上、Taを0.04%以上、Nbを0.02%以上、含有させることが好ましい。但し、これらの合計含有量が過剰であると、固溶C量が低下してマルテンサイトの硬さ低下を招く。そこでこれらの元素の合計含有量を0.5%以下とした。これらの元素の合計含有量は、好ましくは0.4%以下、更に好ましくは0.3%以下である。尚、これらの元素は、単独で含有させても良く、2種以上を併せて含有させても良い。
【0047】
Co:10%以下
Coは、Ms点を高め、残留オーステナイトの低減化に有効な元素であり、これにより硬さを向上させることができる。この作用を有効に発揮させるため、Coの含有量を、概ね、1%以上とすることが好ましい。但し、その含有量が過剰であると、コストなどの上昇を招くため、上限を10%とした。Coの含有量の上限は、好ましくは5.5%である。
【0048】
以上記載した要件を満足した冷間金型用鋼を用いて、冷間プレス用金型が製造される。この冷間プレス用金型の製造方法の一例を説明すると、例えば、本発明の冷間金型用鋼を溶製後、熱間鍛造してから、焼鈍(例えば、約700℃で7時間保持した後、約17℃/hrの平均冷却速度で約400℃まで炉冷した後、放冷)を行って軟化した後、切削加工などによって所定の形状に粗加工を行ってから、950〜1150℃の温度で焼入処理し、更に400〜530℃で焼戻処理を行って所望の硬さを付与することで、冷間プレス用金型を製造する。
【実施例】
【0049】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。本実施例では、表1に記載した計26種の成分組成の鋼種(No.1は、冷間金型用鋼として従来から用いられているJIS SKD11)を用い、真空誘導溶解炉で150kgのインゴットを溶製した後、900〜1150℃に加熱し、40mmT×75mmW×約2000mmLの板を鍛造し、その後、約60℃/hrの平均冷却速度で徐冷を行った。100℃以下の温度まで冷却した後、再び、約850℃の温度まで加熱し、約50℃/hrの平均冷却速度で徐冷を行った(焼鈍)。以上のようにして得られた焼鈍材を用いて、以下の種々の試験を行った。
【0050】
(1)最大硬さの測定
前記した焼鈍材から、20mmT×20mmW×15mmLサイズの試験片を切り出して硬さ測定用試験片とし、この試験片に、「焼入処理:1030℃で120分間加熱→空冷→焼戻処理:450〜520℃で180分間保持→放冷」という熱処理を施した。焼戻温度を450〜520℃範囲内で変化させたときの硬さをビッカーズ硬度計(AKASHI社製の規格AVK、荷重5kg)で測定し、その最大硬さを調べた。本試験では、測定で得られた最大硬さが650HV以上のものを合格とした。その試験結果を表2に示す。
【0051】
(2)シャルピー衝撃値の測定(靭性の測定)
上記した焼鈍材に対し、「焼入処理:1030℃で120分間加熱→空冷→焼戻処理:450〜520℃で180分間保持→空冷または放冷」という熱処理を施した。次に、図2に示すような、10mmRのRノッチ部を有する試験片を切り出して靭性測定用試験片(シャルピー衝撃試験片)とした。この試験片を用いてシャルピー衝撃試験を実施し、室温での吸収エネルギー(シャルピー衝撃値)を測定した。シャルピー衝撃試験片は各の鋼種毎に3本ずつ採取し、これらの平均値をシャルピー衝撃値とした。本試験では、測定で得られたシャルピー衝撃値が20J以上のものを合格とした。その試験結果を表2に示す。
【0052】
(3)切削仕上げ面粗さの調査
前記した焼鈍材を試験体とし、ボールエンドミルで仕上げ加工を行い、切削仕上げ面粗さを調べた。試験条件は以下の通りである。
機械:MORI(BT40、5.5kw)
工具:三菱 SRFH30S32M φ30
チップ:三菱 SRFT30 VP10MF φ30
突出長:118mm
切削方向:ダウンカット
切削速度:250mm/min
送り速度:0.31mm/rev
切込み:Ad0.3mm、Rd0.7mm
切削油:なし(エアブロー)
加工距離:257.1m
【0053】
切削仕上げ面粗さRaは、試験体の10mmの長さ範囲を5箇所調査して得られた値の平均値とした。本試験では、試験で得られた切削仕上げ面粗さRaが0.40mm以下のものを合格とした。その試験結果を表2に示す。
【0054】
(4)切削工具寿命の判定
前記した焼鈍材を試験体とし、高送りカッタによる粗加工を行い、切削工具の寿命を調査した。試験条件は以下の通りである。
機械:OKK(BT50、7.5kw)
工具:三菱 AJX148R503SA42S φ50
チップ:JOMW140520ZDSR−FT VP15TF
切削速度:10m/min
送り量:1.0mm/rev
切込み:Ad1mm、Rd35mm
突出長:80mm
切削油:なし(エアブロー)
寿命判定:工具摩耗、チッピング
【0055】
切削工具寿命は、JIS SKD11を素材とした試験体(No.1)を用いて粗加工を行ったときの切削工具の寿命を「1」とした場合、各々の試験体を用いて粗加工を行ったときの切削工具の寿命が、SKD11を素材とした試験体(No.1)を用いて粗加工を行ったときの切削工具の寿命の何倍になるかで判定した。この判定値が4.0以上になるものを合格とした。その試験結果を表2に示す。
【0056】
(5)最大熱処理変寸量の測定
前記した焼鈍材から、40mmT×75mmW×100mmLのブロックを、焼鈍材毎に6個ずつ切り出して最大熱処理変寸量測定用の試験体とし、この試験体に、図3に示すような条件で熱処理を施した。最大熱処理変寸量は、6個の試験体の熱処理前後の寸法変化量から求めた。試験体毎に直交する3方向(x方向、y方向、z方向)の寸法変化量を夫々求め、得られた3方向×6個の絶対値のうち最大の数値を、最大熱処理変寸量とした。本試験では、この最大熱処理変寸量が0.08以下のものを合格とした。その試験結果を表2に示す。
【0057】
【表1】

【0058】
【表2】

【0059】
表1及び表2に記載したように、各化学成分の含有量、Cの含有量とCrの含有量の積、フェライト生成元素からなるパラメータ、オーステナイト生成元素からなるパラメータの全てが本発明の要件を満足する発明例であるNo.7〜9、11、15〜20は、最大硬さ、シャルピー衝撃値、切削仕上げ面粗さ、切削工具寿命、最大熱処理変寸量の全てが合格判定基準の範囲内となった。これに対し、本発明の要件を1つでも満たさない比較例であるNo.1〜6、10、12〜14、21〜26は、合格判定基準を最低1つは外し、何らかの不具合を有している。
【0060】
No.1〜6、10、12〜14、21〜26の比較例は、前記した本発明の要件のうち、1つ或いは2つ以上の要件を外すことで、何らかの不具合を有しているが、前記に記載した要件毎に特徴のあるものを比較例とした。以下、本発明に規定した要件毎に該当する比較例を説明する。
【0061】
Cの含有量とCrの含有量が多過ぎる比較例がNo.1とNo.2、逆にCの含有量とCrの含有量が少な過ぎる比較例がNo.3とNo.4である。これらの含有量が多過ぎる比較例、少な過ぎる比較例ともに、シャルピー衝撃値(靭性)、切削仕上げ面粗さ、切削工具寿命、最大熱処理変寸量の全て、或いは何れかで合格判定基準を外れた。
【0062】
Siの含有量が多過ぎる比較例がNo.21、逆に少な過ぎる比較例がNo.1である。特にその含有量が過剰であるNo.21では、靭性が大きく低下し、シャルピー衝撃値で合格判定基準を外れた。また、合格判定基準の範囲内ではあるが、熱処理後の変寸が比較的大きくなった。
【0063】
Mnの含有量が多過ぎる比較例がNo.22である。この比較例では、靭性が大きく低下し、シャルピー衝撃値で合格判定基準を外れた。更に、切削工具寿命、最大熱処理変寸量でも合格判定基準を外れている。
【0064】
Alの含有量が多過ぎる比較例がNo.10、逆に少な過ぎる比較例がNo.6である。Al含有量が多過ぎる比較例のNo.10では、ボールエンドミルで仕上げ加工をした際にむしれが発生し、切削仕上げ面精度が悪化した。また、少な過ぎる比較例のNo.6では、シャルピー衝撃値で合格判定基準を外れた。
【0065】
Cuの含有量が多過ぎる比較例がNo.23、逆に少な過ぎる比較例がNo.5である。その含有量が過剰であるNo.23では、靭性が低下し、シャルピー衝撃値で合格判定基準を外れた。更に、切削工具寿命、最大熱処理変寸量でも合格判定基準を外れている。一方、含有量が少な過ぎる比較例のNo.5でも、シャルピー衝撃値、最大熱処理変寸量で合格判定基準を外れた。
【0066】
Niの含有量が多過ぎる比較例がNo.23、逆に少な過ぎる比較例がNo.1である。その含有量が過剰であるNo.23では、シャルピー衝撃値、最大熱処理変寸量で合格判定基準を外れた。また、切削工具寿命でも合格判定基準を外れている。
【0067】
Mo+0.5Wから求められる数値が小さ過ぎる比較例がNo.24であり、その数値が本発明の範囲内ではあるが、境界値である最大の3.0%にあたる事例がNo.25である。No.24では、最大硬さとシャルピー衝撃値で合格判定基準を外れた。また、No.25では、他の要件を外した影響はあるが、シャルピー衝撃値が低下している。
【0068】
Vの含有量が多過ぎる比較例がNo.26である。この比較例のNo.26では、Vの含有量が過剰であったため、靭性が低下し、シャルピー衝撃値で合格判定基準を外れた。また、切削仕上げ面粗さでも合格判定基準を外れた。
【0069】
Cの含有量とCrの含有量の積が多過ぎる比較例が、No.1とNo.2である。No.1とNo.2は、この影響で、切削工具の寿命が著しく短くなったと共に、熱処理後の変寸が大きくなった。
【0070】
Nの含有量が多過ぎる比較例がNo.27である。その結果、靭性が低下し、シャルピー衝撃値で合格判定基準を外れた。
【0071】
フェライト生成元素からなるパラメータが大き過ぎる比較例が、No.1〜4とNo.25である。この影響で、これらの比較例では、靭性のバランスが崩れたり、切削加工仕上げ面精度が悪化したりしている。特にこの要件のみを外したNo.25では、靭性が大きく低下し、シャルピー衝撃値で合格判定基準を外れた。
【0072】
オーステナイト生成元素からなるパラメータが大き過ぎる比較例が、No.2〜5、No.12、13、22、23である。この影響で、これらの比較例では、残留オーステナイトが多くなり、熱処理変寸量が増大すると共に、切削時の工具寿命が短くなっている。特にこの要件のみを外したNo.12とNo.13では、切削工具寿命と最大熱処理変寸量のみで合格判定基準を外れている。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】Cr系炭化物によるTiN皮膜の損傷のメカニズムを示すもので、(a)は元の冷間プレス用金型を示す縦断面図、(b)は冷間プレス用金型のTiN皮膜にクラックが発生した状態を示す縦断面図、(c)はそのクラックが起点となってTiN皮膜に剥離が発生した状態を示す縦断面図である。
【図2】実施例のシャルピー衝撃値の測定で用いたシャルピー衝撃試験片を示す説明図である。
【図3】実施例最大熱処理変寸量の測定で用いた試験体に、熱処理を施す際の熱処理条件を示す説明図である。
【符号の説明】
【0074】
1…冷間金型用鋼
2…TiN皮膜
3…Cr系炭化物
4…クラック

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.5〜0.7%、Cr:5.0〜7.0%、Si:0.5〜2.0%、Mn:0.1〜2.0%、Al:0.001〜0.010%、Cu:0.25〜1.00%、Ni:0.25〜1.00%、N:0.003〜0.025%、Mo+0.5×W:0.5〜3.0%、P:0.05%以下(0%を含まない)、S:0.1%以下(0%を含まない)、O:0.005%以下(0%を含まない)を含有し、残部が鉄及び不可避的不純物であって、
且つ、[C]×[Cr]≦4という要件を満足し、
更に、FP(フェライト生成元素からなるパラメータ)が、[Si]/5+[Cr]/5+2×[Mo]+[W]+2×[V]+10×[Al]≦5.0という要件を満足し、
AP(オーステナイト生成元素からなるパラメータ)が、[Mn]+3×([Cu]+[Ni])≦2.5という要件を満足することを特徴とする冷間金型用鋼。
但し、上式で[ ]は、各元素の含有量(質量%)を示す。
【請求項2】
更に、V:0.5%以下(0%を含む)を含有する請求項1記載の冷間金型用鋼。
【請求項3】
更に、Ti、Zr、Hf、Ta、Nbからなる群から選択される少なくとも1種の元素を、合計0.5%以下含有する請求項1または2記載の冷間金型用鋼。
【請求項4】
更に、Coを10%以下含有する請求項1乃至3のいずれかに記載の冷間金型用鋼。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の冷間金型用鋼を用いて得られる冷間プレス用金型。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2009−167435(P2009−167435A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−3524(P2008−3524)
【出願日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【出願人】(000231165)日本高周波鋼業株式会社 (12)
【Fターム(参考)】