説明

冷間鍛造性に優れた浸炭用鋼およびその製造方法

【課題】歯元曲げ疲労強度が高く、かつ面圧疲労特性に優れた高強度歯車等の素材に好適な浸炭用鋼を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.1〜0.35%、Si:0.01〜0.22%、Mn:0.3〜1.5%、Cr:1.35〜3.0%、P:0.018%以下、S:0.02%以下、Al:0.015〜0.05%、N:0.008〜0.015%およびO:0.0015%以下を、次式(1)、(2)及び(3)を満足する範囲で含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成とし、さらに球状化焼鈍前の鋼組織はフェライトとパーライトの合計の組織分率を85%以上、かつフェライトの平均粒径を25μm以下とする。3.1≧{([%Si]/2)+[%Mn]+[%Cr]}≧2.2---(1)[%C]−([%Si]/2)+([%Mn]/5)+2[%Cr]≧3.0---(2)2.5≧[%Al]/[%N]≧1.7---(3)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車や各種産業機器等に供して好適な、冷間鍛造性に優れた浸炭用鋼およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車等に用いられている歯車には、近年、省エネルギー化による車体重量の軽量化に伴って、サイズの小型化が要求され、歯車にかかる負荷が増大している。また、エンジンの高出力化にも伴って歯車にかかる負荷が増大している。歯車の耐久性は、主に歯元の曲げ疲労破壊ならびに歯面の面圧疲労破壊によって決まる。
【0003】
従来、歯車は、JIS G 4053(2003)においてSCM420H、SCM822H等として規定された肌焼鋼を用いて歯車材を調製し、この歯車材に浸炭等の表面処理を施して製造されていた。しかしながら、このような歯車は、高応力下での使用に耐え得るものではないことから、鋼材の変更や熱処理方法の変更、さらには表面の加工硬化処理等によって、歯元曲げ疲労強度および耐ピッチング性の向上を図っていた。
【0004】
例えば、特許文献1には、鋼中のSiを低減すると共に、Mn、Cr、MoおよびNiをコントロールすることにより、浸炭熱処理後の表面の粒界酸化層を低減して亀裂の発生を少なくし、また不完全焼入層の生成を抑制することにより、表面硬さの低減を抑えて疲労強度を高め、さらにCaを添加して、亀裂の発生・伝播を助長するMnSの延伸を制御する方法が開示されている。
また、特許文献2には、素材としてSiを0.25〜1.50%添加した鋼材を用いて焼戻し軟化抵抗を高める方法が開示されている。
【0005】
また、棒材を冷間成形して製造される自動車等の部品素材には、高い冷間鍛造性が要求される。そのため、球状化熱処理を施して炭化物を球状化し、冷間鍛造性を高めることが行われている。
例えば、特許文献3には、圧延ままの組織制御を行い、かつ減面率28%以上の伸線引抜き加工を施した後に球状化焼鈍を行うことによって、球状化焼鈍後の硬さが低く、かつ均質な硬さの鋼材を得る方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公平07−122118号公報
【特許文献2】特許第2945714号公報
【特許文献3】特許第4392324号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述した特許文献1,2および3に記載の技術はいずれも、以下に述べるような問題があった。
すなわち、特許文献1によれば、Siを低減することにより、粒界酸化層および不完全焼入れ層が低減するので、歯元での曲げ疲労亀裂発生を抑えることはできる。しかしながら、単純なSiの低減のみでは、焼戻し軟化抵抗が低下する。その結果、歯面での摩擦熱による焼戻し軟化を抑えることができなくなって表面が軟化するため、ピッチングが発生し易くなり、破壊の発生が歯元から歯面側に移行するという問題があった。
【0008】
特許文献2では、焼戻し軟化抵抗性を上げるために、Si量を増加させているが、これでは、冷間加工時の変形抵抗が増大してしまい、冷間鍛造の用途としては不向きとなる。
【0009】
また、特許文献3では、球状化焼鈍前に伸線加工を施す、という余分な工程が必要であり、コスト増加を招くことになる。
【0010】
さらに、球状化熱処理後の組織や硬さには、圧延ままのミクロ組織の形態が影響する。特に、比較的粗いフェライト+パーライト組織の場合、適正な球状化組織を得るための制御範囲が狭いため、安定した組織を得ることが難しいことも問題であった。
【0011】
本発明は、上記の実状に鑑み開発されたものであり、歯元の曲げ疲労強度が従来の歯車よりも高く、さらに面圧疲労特性にも優れた高強度歯車等の素材として好適で、しかも球状化焼鈍組織を低コストで比較的容易に得ることができ、さらに冷間鍛造性に優れ、かつ量産化が可能な浸炭用鋼と、その有利な製造方法について提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
さて、発明者等は、上記の課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、以下に述べる知見を得た。
a)鋼材中のSi,MnおよびCr量を適正化することによって、焼戻し軟化抵抗を高めると共に、この適正化により歯車接触面での発熱による軟化を抑えれば、歯車駆動時に生じる歯面の亀裂発生を抑制することができる。
b)曲げ疲労および疲労亀裂の起点となり得る粒界酸化層については、Si,MnおよびCrをある量以上添加することにより、粒界酸化層の成長方向が深さ方向から表面の密度増加方向に変わる。従って、起点となるような深さ方向に成長した酸化層がなくなるので、曲げ疲労および疲労亀裂の起点となり難くなる。
c)上記aおよびbで述べたとおり、Si,MnおよびCrは、焼戻し軟化抵抗の向上と粒界酸化層のコントロールに有効であるが、これらの効果を両立させるためには、Si,MnおよびCrについて、その含有量を厳密に制御する必要がある。
d)炭化物の球状化を促進し、冷間鍛造性を向上させるためには、C,Si,MnおよびCrの含有量を厳密に制御する必要がある。特に、Crの多量添加が有効である。
【0013】
e)炭化物の球状化を安定して得るためには、圧延まま組織を微細なフェライト−パーライト組織とすることが重要である。そこで、図1に示す球状化熱処理条件を高温加熱圧延材(1140℃、粗大フェライト−パーライト組織)および低温加熱圧延材(950℃加熱、微細フェライト−パーライト組織)に適用し、該熱処理後の硬さを評価してみた。この評価結果について、図2に、球状化焼鈍後の硬さに及ぼす焼鈍保持温度の影響を示す。加熱温度が高く、組織が粗大なフェライト−パーライト組織の場合は、加熱温度が低い微細フェライト−パーライト組織に比べて、全体に硬さが高く、かつビッカース硬度HV130以下の領域は、非常に狭い温度範囲でしか実現できないことがわかった。とくに焼鈍保持温度が低温の場合、低温加熱圧延材が有利となる。
なお、実験に供した鋼は後述の要件および好適条件を満たす基本成分を含有するものである。
【0014】
f)さらに、冷間鍛造性にはミクロ組織が影響するが、このミクロ組織は上記の球状化焼鈍条件に加えて焼鈍前組織の影響を強く受ける。すなわち、この焼鈍前組織について、フェライト−パーライト組織の分率とフェライト粒径に関する調査を行った。
図3に、球状化処理(765℃−8時間)後の冷間鍛造性に及ぼす球状化焼鈍前組織の影響を示すように、球状化焼鈍前組織を制御、具体的には、フェライトとパーライトとの合計の組織分率を85%以上に、かつフェライトの平均粒径を25μm以下とすることによって、優れた冷間鍛造性を有する鋼材が得られることが分かった。
なお、図3に示した実験において、限界据え込み率とは、円柱をプレス機により据え込みし、端部に割れが入ったときの据え込み率である。また、鋼の組成は上記図2の実験の場合と同じである。
本発明は上記の知見に立脚するものである。
【0015】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.質量%で、
C:0.1〜0.35%、
Si:0.01〜0.22%、
Mn:0.3〜1.5%、
Cr:1.35〜3.0%、
P:0.018%以下、
S:0.02%以下、
Al:0.015〜0.05%、
N:0.008〜0.015%および
O:0.0015%以下
を、下記式(1)、(2)および(3)を満足する範囲で含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成であり、さらに鋼組織におけるフェライトとパーライトとの合計の組織分率が85%以上であり、かつフェライトの平均粒径が25μm以下である浸炭用鋼。

3.1≧{([%Si]/2)+[%Mn]+[%Cr]}≧2.2 ---(1)
[%C]−([%Si]/2)+([%Mn]/5)+2[%Cr]≧3.0 ---(2)
2.5 ≧ [%Al]/[%N] ≧ 1.7 ---(3)
但し、[%M]は、元素Mの含有量(質量%)
【0016】
なお、上記の浸炭用鋼は、浸炭処理後に各種部品形状に加工する冷間鍛造に供される。この冷間鍛造に先立って球状化焼鈍を行うことが好ましいが、必要とされる加工量などに応じて、球状化焼鈍を行うことなく冷間鍛造に供してもよい。
【0017】
2.前記1において、前記鋼は、さらに、質量%で、
Cu:1.0%以下、
Ni:0.5%以下、
Mo:0.5%以下、
V:0.5%以下および
Nb:0.06%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有する浸炭用鋼。
【0018】
3.質量%で、
C:0.1〜0.35%、
Si:0.01〜0.22%、
Mn:0.3〜1.5%、
Cr:1.35〜3.0%、
P:0.018%以下、
S:0.02%以下、
Al:0.015〜0.05%、
N:0.008〜0.015%および
O:0.0015%以下
を、下記式(1)、(2)および(3)を満足する範囲で含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になる鋼素材を、1160℃以上1220℃未満に加熱して熱間加工を施し、Ar点以上の温度域にて熱間加工を一旦終了して、450℃以下まで冷却し、次いで900℃超970℃以下の温度に再加熱して熱間加工を再開し、再加熱後における総圧下率70%以上の条件にて熱間加工を終了したのち、800〜500℃の温度域を0.1〜1.0℃/sの速度で冷却する、浸炭用鋼の製造方法。

3.1≧{([%Si]/2)+[%Mn]+[%Cr]}≧2.2 ---(1)
[%C]−([%Si]/2)+([%Mn]/5)+2[%Cr]≧3.0 ---(2)
2.5 ≧ [%Al]/[%N] ≧ 1.7 ---(3)
但し、[%M]は、元素Mの含有量(質量%)
【0019】
4.前記3において、前記鋼素材は、さらに、質量%で、
Cu:1.0%以下、
Ni:0.5%以下、
Mo:0.5%以下、
V:0.5%以下および
Nb:0.06%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有する浸炭用鋼の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、例えば歯車に加工した場合に、歯元の曲げ疲労特性のみならず、歯面の面圧疲労特性に優れた浸炭用鋼を、冷間鍛造を伴う工程において量産化の下で得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】球状化熱処理における熱処理条件を示す図である。
【図2】球状化熱処理後の硬さに及ぼす焼鈍保持温度の影響を示す図である。
【図3】球状化処理後の冷間鍛造性に及ぼす球状化焼鈍前組織の影響を示すグラフである。
【図4】球状化熱処理における熱処理条件を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を具体的に説明する。
まず、本発明において、鋼素材の成分組成を上記の範囲に限定した理由について説明する。なお、成分に関する「%」表示は特に断らない限り質量%を意味するものとする。
C:0.1〜0.35%
浸炭処理後の焼入れにより中芯部の硬度を高めるためには0.1%以上のCを必要とするが、含有量が0.35%を超えると芯部の靭性が低下することから、C量は0.1〜0.35%の範囲に限定した。好ましくは0.1〜0.3%の範囲である。
【0023】
Si:0.01〜0.22%
Siは、歯車等が転動中に到達すると思われる200〜300℃の温度域における軟化抵抗を高める元素であり、その効果を発揮するためには少なくとも0.01%の添加が不可欠である。好ましくは0.03%以上を添加する。しかしながら、一方でSiはフェライト安定化元素であるので、過剰な添加はAc変態点を上昇させ、通常の焼入れ温度範囲で炭素の含有量の低い芯部でフェライトが出現し易くなり、その結果、強度の低下を招く。また、過剰な添加は浸炭前の鋼材を硬化させ、冷間鍛造性を劣化させる不利もある。この点、Si量が0.22%以下であれば、上記のような弊害は生じないため、Si量は0.01〜0.22%の範囲に限定した。好ましくは0.03〜0.22%の範囲である。
【0024】
Mn:0.3〜1.5%
Mnは、焼入性に有効な元素であり、少なくとも0.3%の添加を必要とする。しかしながら、Mnは、浸炭異常層を形成し易く、また過剰な添加は残留オーステナイト量が過多となって硬さの低下を招くので、上限を1.5%とした。好ましくは0.4〜1.2%の範囲である。より好ましくは0.6〜1.2%の範囲である。
【0025】
Cr:1.35〜3.0%
Crは、焼入性のみならず焼戻し軟化抵抗の向上にも有効な元素であるが、含有量が1.35%に満たないとその添加効果に乏しい。一方3.0%を超えると軟化抵抗を高める効果は飽和し、むしろ浸炭異常層を形成し易くなるので、Cr量は1.35〜3.0%の範囲に限定した。好ましくは1.35〜2.6%の範囲である。
【0026】
P:0.018%以下
Pは、結晶粒界に偏析し、浸炭層および芯部の靭性を低下させるため、その混入は低いほど望ましいが、0.018%までは許容される。好ましくは0.016%以下である。通常、含有量を0%とすることは難しいが、可能であれば0%として良い。
【0027】
S:0.02%以下
Sは、硫化物系介在物として存在し、被削性の向上に有効な元素である。しかしながら、過剰な添加は疲労強度の低下を招く要因となるため、上限を0.02%とした。被削性の観点からは0.004%以上含有させてもよい。
【0028】
Al:0.015〜0.05%
Alは、Nと結合してAlNを形成し、オーステナイト結晶粒の微細化に寄与する元素であり、この効果を得るためには0.015%以上、好ましくは0.018%以上の添加を必要とする。一方、含有量が0.05%を超えると、疲労強度に対して有害なAl2O3介在物の生成を助長するため、Al量は0.015〜0.05%の範囲に限定した。好ましくは0.015〜0.037%の範囲である。
【0029】
N:0.008〜0.015%
Nは、Alと結合してAlNを形成し、オーステナイト結晶粒の微細化に寄与する元素である。従って、適正添加量はAlとの量的バランスで決まるが、その効果を発揮するためには0.008%以上の添加が必要である。しかし、過剰に添加すると凝固時の鋼塊に気泡が発生したり、鍛造性の劣化を招くため、上限を0.015%とする。好ましくは0.010〜0.015%の範囲である。
【0030】
O:0.0015%以下
Oは、鋼中において酸化物系介在物として存在し、疲労強度を損なう元素であるため、低いほど望ましいが、0.0015%までは許容される。通常、含有量を0%とすることは難しいが、可能であれば0%として良い。
【0031】
以上、本発明の基本成分の適正組成範囲について説明したが、本発明では、各々の元素が単に上記の範囲を満足するだけでは不十分で、C,Si,Mn,Cr,AlおよびNについては、次式(1),(2)および(3)の関係を満足させることが重要である。
3.1≧{([%Si]/2)+[%Mn]+[%Cr]}≧2.2 ---(1)
[%C]−([%Si]/2)+([%Mn]/5)+2[%Cr]≧3.0 ---(2)
2.5 ≧ [%Al]/[%N] ≧ 1.7 ---(3)
但し、[%M]は、元素Mの含有量(質量%)
【0032】
上掲(1)式は、焼入性および焼戻し軟化抵抗性に影響を与える因子で、(1)式が2.2未満では焼入性および焼戻し軟化抵抗性の改善効果が十分でなく、疲労強度が不十分となる。一方3.1を超えると上記の改善効果が飽和するだけでなく、冷間加工性の劣化を招く。
また、上掲(2)式は、炭化物の球状化の容易さに影響を与える因子であり、(2)式が3.0以上を満たすことにより球状化が容易となる。この組成と前記e、fの知見とを組合せることで、球状化焼鈍後に極めて優れた冷間鍛造性を得ることができる。
さらに、上掲(3)式は、オーステナイト結晶粒の微細化に影響を与える因子で、(3)式の値が1.7に満たないと微細化効果に乏しく、疲労強度が不十分となる。一方2.5を超えると結晶粒が容易に粗大化し疲労強度が不十分となるだけでなく、固溶Al,固溶Nに起因して加工性の低下を招く。
【0033】
以上、本発明の基本成分について説明したが、本発明では、その他にも必要に応じて、以下に述べる成分を適宜含有させることができる。
Cu:1.0%以下
Cuは、母材の強度向上に有効であるが、含有量が1.0%を超えると熱間脆性を生じ、鋼材の表面性状が劣化するため、1.0%以下とする。好適な添加量は0.01%以上である。
【0034】
Ni:0.5%以下
Niは、母材の強度および靭性の向上に有効であるが、高価であることから0.5%以下で含有させるものとした。好適な添加量は0.01%以上である。
【0035】
Mo:0.5%以下
Moは、Niと同様、母材の強度および靭性の向上に有効であるが、高価であることから0.5%以下で含有させるものとした。含有量は0.2%以下としてもよい。好適な添加量は0.05%以上である。
【0036】
V:0.5%以下
Vは、Siと同様、焼戻し軟化抵抗を高めるのに有用な元素であるが、含有量が0.5%を超えると効果が飽和するため、0.5%以下で含有させるものとした。好適な添加量は0.01%以上である。
【0037】
Nb:0.06%以下
Nbは、VやSiと同様、焼戻し軟化抵抗を高めるのに有用な元素であるが、含有量が0.06%を超えると効果が飽和することから、0.06%以下とする。好適な添加量は0.007%以上である。
鋼素材の残部組成はFeおよび不可避的不純物である。例えばBはとくに添加しないが、0.0003%未満程度であれば、不純物として含有してもよい。
【0038】
また、以上説明した成分組成の調整に加えて、素材の球状化焼鈍前の鋼組織についても制御する必要がある。
フェライトとパーライトとの合計の組織分率:85%以上
球状化焼鈍前組織におけるベイナイト分率が高くなると、変形抵抗が高くなって冷間鍛造性が悪化するため、フェライトとパーライトとの合計の組織分率を85%以上としてベイナイト分率を下げる必要がある。なお、上限は100%としてよい。
本発明では、前記(1)式等を満たす、焼入れ性の高い鋼を用いるため、通常の製造方法では上記フェライト+パーライトの量を確保しにくいが、圧延時の加熱温度、総圧下率および冷却速度を調整することにより、フェライト+パーライト:85%以上を実現することができる。
フェライト平均粒径:25μm以下
球状化焼鈍前組織は、球状化焼鈍後の特性に大きく影響する。すなわち、球状化焼鈍前組織におけるフェライト粒径が25μm超では球状化処理後の冷鍛性が悪化する。特に、限界据え込み率への影響が大きいことから、フェライトの平均粒径は25μm以下とする。技術思想上、とくに下限を規定する必要はないが、現実的な下限としては5μm程度である。
【0039】
次に、本発明の製造条件について説明する。
本発明では、上述した好適成分組成になる鋼素材を、1160℃以上1220℃未満に加熱後、Ar点以上の温度域にて圧延を終了して一旦450℃以下まで空冷し、次いで900℃超970℃以下の温度に再加熱し、再加熱後における総圧下率70%以上の条件にて熱間圧延を終了したのち、800〜500℃の温度域を0.1〜1.0℃/sの速度で冷却することが必要である。
以下、各処理条件を上記のように限定した理由について説明する。
【0040】
[鋼素材加熱温度(第1段):1160℃以上1220℃未満]
本発明では、凝固ままの状態から一度AlNを十分に固溶させておく必要があるため、鋼素材を1160℃以上の温度に加熱することとした。しかし、加熱温度が高すぎるとスケールロスや表面性状の悪化、燃料コストの増加などがあることから第1段加熱温度は1220℃未満とした。
【0041】
[Ar点以上の温度域にて熱間加工終了後一旦450℃以下まで冷却]
この熱間加工工程、好ましくは熱間圧延工程においては、鋳造組織を壊してフェライト−パーライト組織を得るために、Ar点以上で加工を終了し、450℃以下まで冷却する。また、熱間加工は、50%以上の圧下率にて行うことが、フェライト−パーライト組織を得る観点から有利である。冷却終了温度についてはとくに下限を設ける必要はなく、再加熱コストなどを考慮して現実的な値を選定すればよい。熱間加工の圧下率の上限もとくに設ける必要は無く、設備負荷などを考慮して現実的な値を選定すればよい。
【0042】
[鋼素材再加熱温度(第2段):900℃超970℃以下]
球状化焼鈍組織と低い硬さとを得るには、圧延まま組織を微細なフェライト−パーライト組織とする必要があるため、970℃以下の温度に再加熱することとした。970℃を超えるとAlNが粗大析出するのに対して、970℃以下であれば、微細析出することにより、浸炭時の粗粒化抑制にも有効である。しかし、900℃以下の加熱ではAlNの析出が十分になされないことから、第2段加熱温度は900℃超とする。好ましくは920℃以上である。
【0043】
[熱間加工における総圧下率:70%以上]
再加熱後の熱間加工における総圧下率、すなわち再加熱後の加工工程における圧下率の合計が少ないと、結晶粒が粗大となって冷却後のフェライト分率が減少し、浸炭時に粗大粒が発生し易くなるだけでなく、加工材の硬さが上昇するため、70%以上とする。圧下率の上限はとくに設ける必要は無く、設備負荷などを考慮して現実的な値を選定すればよい。
なお、この圧下率は、熱間加工により得る鋼材が板の場合には厚さの減少率を、一方棒鋼や線材の場合には減面率のことをいう。
【0044】
[500〜800℃の温度域の冷却速度:0.1〜1.0℃/s]
熱間加工後の冷却過程において、800〜500℃の温度域における冷却速度が0.1℃/sに満たないと、フェライト粒径が大きくなり、粗大なフェライト−パーライト組織となる。一方、1.0℃/sを超えると、冷却後のフェライト分率が減少して、ベイナイトとフェライト−パーライトの混合組織となる。よって、この温度域における冷却速度は0.1〜1.0℃/sの範囲に限定した。
【0045】
上記製法により得られた浸炭用鋼は、望ましくは球状化焼鈍を施され、その後冷間鍛造に供される。球状化焼鈍は760〜820℃にて2〜15時間程度施すことが好ましいが、本発明はとくに740〜760℃程度の比較的低温の球状化焼鈍でも、優れた冷間鍛造性を得ることができる。なお、球状化焼鈍後の組織は、前組織の層状パーライト中の板状セメンタイトを分断・球状化させた組織である。地組織はフェライトであるが、加熱段階でオーステナイトとフェライトの二相域に保持するため、前組織を概ね継承する。
所定の部品形状に冷間鍛造された鋼は、常法により浸炭熱処理を施される。浸炭熱処理後の部材は表面がマルテンサイト(焼戻し処理した場合は焼戻しマルテンサイト)主体の組織となる。
【実施例】
【0046】
表1に示す種々の成分組成になる鋼を、100kg真空溶解炉にて溶製し、鋳片を表2に示す熱間加工条件および冷却条件にて圧延を実施し、棒鋼とした。すなわち、表2に示した加熱温度で加熱して第1段熱間加工を行い、450℃以下まで冷却した後、表2に示した加熱温度、総圧下率および冷却速度条件にて、加熱、圧延および冷却の第2段熱間加工を行って、棒鋼を得た。得られた棒鋼について、組織分率およびフェライト平均粒径、冷間加工性、球状化熱処理性、浸炭部特性および疲労特性の評価を、以下の条件にて行った。
【0047】
(1)組織分率およびフェライト平均粒径
棒鋼のL方向断面の1/4D位置を鏡面研磨したのち、ナイタールで腐食し、400倍で撮影した写真を画像解析することにより、フェライト+パーライトの組織分率(面積分率)およびフェライトの平均粒径を求めた。
【0048】
(2)冷間加工性(冷間鍛造性)の評価方法
冷間加工性は、変形抵抗値および限界据え込み率の2項目で評価した。
すなわち、変形抵抗値は、圧延ままの棒鋼(直径D)の表面から1/4Dの位置から、直径:10mmおよび高さ:15mmの試験片を採取し、300t(3000kN)プレス機を用いて、70%据え込み時の圧縮荷重を測定し、日本塑性加工学会が提唱している端面拘束圧縮による変形抵抗測定方法を用いて求めた。
限界据え込み率は、変形抵抗を測定した方法で圧縮加工を行い、端部に割れが入ったときの据え込み率を限界据え込み率とした。
変形抵抗値が 918 MPa以下、限界据え込み率が76%以上であれば冷間加工性は良好であるといえる。
【0049】
(3)球状化熱処理性の評価方法
球状化熱処理性は、球状化熱処理後の硬さ、変形抵抗値および限界据え込み率の3項目にて評価した。
すなわち、上記(2)の冷間加工性の評価と同様にして、圧延ままの棒鋼(直径D)の表面から1/4Dの位置から、直径:10mmおよび高さ:15mmの試験片を採取し、この試験片に球状化熱処理を施した後、変形抵抗値および限界据え込み率を求めた。球状化熱処理は、図4に示す2条件(A)および(B)にて行い、ビッカース硬さ試験〔荷重:98N(10kgf)〕で9点測定し、平均値および最大値を求めた。球状化熱処理後の硬さの平均値がHV130未満および最大値がHV135以下であれば、冷間鍛造性に非常に優れ、かつその安定性にも優れていると言える。
また、球状化熱処理(条件(A))後の変形抵抗値が890MPa以下および限界据え込み率が80%以上であれば、冷間加工性は良好であるといえる。
【0050】
(4)浸炭部特性の評価方法
浸炭部特性は、930℃、7時間、カーボンポテンシャル:0.8%の条件で浸炭を実施後、浸炭部での粗大粒発生の有無と粒界酸化深さの2項目で評価した。
すなわち、浸炭部において、粗大粒の発生がなかった場合を○、粗大粒の発生があった場合を×とした。
粒界酸化挙動は、浸炭処理後の試験片の表面を光学顕微鏡で観察し、粒界酸化深さを測定することで評価した。すなわち、倍率:400倍で光学顕微鏡観察し、各視野での最大粒界酸化深さを求め、10視野の平均値を粒界酸化深さとした。
浸炭部での粗大粒の発生がなく、粒界酸化深さが10μm 以下であれば、浸炭部特性に優れているといえる。
【0051】
(5)疲労特性の評価方法
疲労特性は、回転曲げ疲労試験片と面疲労強度の2項目で評価した。
すなわち、圧延ままの棒鋼から回転曲げ疲労試験片と面疲労強度を評価するためのローラピッチング試験片とを加工し、試験に供した。これらの試験片に930℃、7時間、カーボンポテンシャル:0.8%の条件で浸炭を実施後、180℃,1時間の加熱焼戻し処理を施した。
回転曲げ疲労試験は、回転数:1800rpmで実施し、107回時間強度で評価した。
ローラピッチング試験は、すべり率:40%、油温:80℃の条件で107回時間強度で評価した。
回転曲げ疲労強度が806MPa以上で、面疲労強度が3250MPa以上であれば、疲労強度は良好であるといえる。
得られた結果を表3に示す。
【0052】
【表1】

【0053】
【表2】

【0054】
【表3】

【0055】
表3に示したとおり、本発明に従い得られた発明例はいずれも、圧延ままおよび球状化熱処理後の冷間加工性に優れ、また粒界酸化深さが浅く、かつ浸炭部に粗大粒の発生もなく、さらに比較例に比べて回転曲げ疲労強度および面圧疲労強度に優れていることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明により、冷間加工性に優れ、また回転曲げ疲労強度および面圧疲労強度に優れる浸炭用鋼の提供が可能になる。従って、例えば歯車に加工した場合に、歯元の曲げ疲労特性だけでなく、歯面の面圧疲労特性に優れた浸炭用鋼を、冷間鍛造を伴う工程において量産化の下で得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.1〜0.35%、
Si:0.01〜0.22%、
Mn:0.3〜1.5%、
Cr:1.35〜3.0%、
P:0.018%以下、
S:0.02%以下、
Al:0.015〜0.05%、
N:0.008〜0.015%および
O:0.0015%以下
を、下記式(1)、(2)および(3)を満足する範囲で含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成であり、さらに鋼組織におけるフェライトとパーライトとの合計の組織分率が85%以上であり、かつフェライトの平均粒径が25μm以下である浸炭用鋼。

3.1≧{([%Si]/2)+[%Mn]+[%Cr]}≧2.2 ---(1)
[%C]−([%Si]/2)+([%Mn]/5)+2[%Cr]≧3.0 ---(2)
2.5 ≧ [%Al]/[%N] ≧ 1.7 ---(3)
但し、[%M]は、元素Mの含有量(質量%)
【請求項2】
請求項1において、前記鋼は、さらに、質量%で、
Cu:1.0%以下、
Ni:0.5%以下、
Mo:0.5%以下、
V:0.5%以下および
Nb:0.06%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有する浸炭用鋼。
【請求項3】
質量%で、
C:0.1〜0.35%、
Si:0.01〜0.22%、
Mn:0.3〜1.5%、
Cr:1.35〜3.0%、
P:0.018%以下、
S:0.02%以下、
Al:0.015〜0.05%、
N:0.008〜0.015%および
O:0.0015%以下
を、下記式(1)、(2)および(3)を満足する範囲で含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になる鋼素材を、1160℃以上1220℃未満に加熱して熱間加工を施し、Ar点以上の温度域にて熱間加工を一旦終了して、450℃以下まで冷却し、次いで900℃超970℃以下の温度に再加熱して熱間加工を再開し、再加熱後における総圧下率70%以上の条件にて熱間加工を終了したのち、800〜500℃の温度域を0.1〜1.0℃/sの速度で冷却する、浸炭用鋼の製造方法。

3.1≧{([%Si]/2)+[%Mn]+[%Cr]}≧2.2 ---(1)
[%C]−([%Si]/2)+([%Mn]/5)+2[%Cr]≧3.0 ---(2)
2.5 ≧ [%Al]/[%N] ≧ 1.7 ---(3)
但し、[%M]は、元素Mの含有量(質量%)
【請求項4】
請求項3において、前記鋼素材は、さらに、質量%で、
Cu:1.0%以下、
Ni:0.5%以下、
Mo:0.5%以下、
V:0.5%以下および
Nb:0.06%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有する浸炭用鋼の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−82988(P2013−82988A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−260725(P2011−260725)
【出願日】平成23年11月29日(2011.11.29)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】