説明

分泌障害性疾患の予防及び/又は治療のための医薬

【課題】1型糖尿病やシェーグレン症候群などの分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患の予防及び/又は治療のための医薬を提供する。
【解決手段】分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患の予防及び/又は治療のための医薬であって、例えば4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸などのレチノイドを有効成分として含む医薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は1型糖尿病やシェーグレン症候群などの分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患の予防及び/又は治療のための医薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
分泌腺へのリンパ球浸潤を伴い内分泌腺または外分泌腺が障害を受ける分泌障害性疾患では、分泌腺の損傷に伴い各種の分泌が妨げられた結果、それぞれの疾患に特有の症状を呈するようになる。例えば、1型糖尿病ではインスリンを内分泌する膵内分泌腺の膵臓ランゲルハンス島β細胞が破壊され、その結果インスリン分泌が不足するために血糖値上昇が起こる。主症状としては多尿症、多渇症、体重減少、強い空腹感あるいは糖尿病性ケトアシドーシスなどが挙げられ、さらに長期間の高血糖により様々な合併症を併発する。また、シェーグレン症候群では、リンパ球浸潤により涙腺や唾液腺の外分泌腺が破壊される結果、外分泌不全のための乾燥病態を特徴とする慢性炎症が発症する。主症状としては、目の乾燥、口腔乾燥が挙げられる。
【0003】
1型糖尿病では血糖値制御が患者の生命維持に必須となるため、生涯に渡って一日数回のインスリン投与(通常は注射による)を行う必要がある。その他の治療法として膵臓移植及び膵島移植が挙げられるが、移植に際してはヒトドナーが必要となり、生涯に渡って免疫抑制剤の使用が必要となることから、一般的に移植は重篤患者に限って行われる。現在のところ、注射などの煩雑な作業を必要とせず、多くの1型糖尿病患者に広く適用することができる薬物療法は開発されていない。シェーグレン症候群に対しては、副腎皮質ステロイド剤、非ステロイド性抗炎症剤による炎症抑制や炎症細胞の浸潤抑制、免疫抑制剤による自己免疫性反応の軽減、人工涙液や点眼薬による涙の補充、人工唾液による唾液の補充等の治療が行われており、分泌液の増加を目的とする分泌腺刺激剤として塩酸セビメリン等の副交感神経刺激薬の投与も行われる場合がある。しかしながら、これらの治療はシェーグレン症候群に対して対症療法として行われるものであり、根治療法を可能にする薬剤は未だ開発されていない。従って、1型糖尿病及びシェーグレン症候群などの分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患に対して優れた有効性を有する新たな医薬の提供が切望されている。
【0004】
一方、レチノイン酸(ビタミンA酸)はビタミンAの活性代謝産物であり、発生途上にある未熟な細胞を特有な機能を有する成熟細胞へと分化させる作用や、細胞の増殖制御作用や生命維持作用などの極めて重要な生理作用を有している。これまでに合成された種々のビタミンA誘導体、例えば、特開昭61-22047号公報や特開昭61-76440号公報記載の安息香酸誘導体、及びジャーナル・オブ・メディシナル・ケミストリー(Journal of Medicinal Chemistry, 1988, Vol. 31, No. 11, p.2182)に記載の化合物なども、同様な生理作用を有することが明らかにされている。レチノイン酸及びレチノイン酸様の生物活性を有する上記化合物は「レチノイド」と総称されている。
【0005】
例えば、オール・トランス(all-trans)・レチノイン酸は、細胞核内に存在する核内レセプター・スーパーファミリー (Evans, R.M., Science, 240, p.889, 1988) に属するレチノイン酸レセプター(RAR)にリガンドとして結合して、その転写因子としての活性を誘導することを通じて動物細胞の増殖・分化あるいは細胞死などを制御することが明らかにされている(Petkovich, M., et al., Nature, 330, pp.444-450, 1987)。また、9-cis-レチノイン酸をリガンドとするレチノイドX レセプター(RXR)の存在が証明されている。レチノイドX レセプターは、ホモダイマーまたはレチノイン酸レセプターとのヘテロ二量体を形成し、標的遺伝子の転写を惹起ないし抑制して、レチノイン酸の生理活性の発現に寄与していることが明らかにされた(Mangelsdorf, D.J. et al., Nature, 345, pp.224-229) 。
【0006】
レチノイン酸様の生物活性を有する上記化合物(例えば、4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸: Am80など)も、レチノイン酸と同様にRAR に結合して生理活性を発揮することが示唆されている(Hashimoto, Y., Cell struct. Funct., 16, pp.113-123, 1991; Hashimoto, Y., et al., Biochem. Biophys. Res. Commun., 166, pp.1300-1307, 1990を参照)。これらの化合物は、臨床的には、ビタミンA欠乏症、上皮組織の角化症、リウマチ、遅延型アレルギー、骨疾患、及び白血病やある種の癌の治療や予防に有用であることが見出されている。
【0007】
なお、レチノイドと1型糖尿病などの分泌障害性疾患との関連については、1型糖尿病患者においてレチノイドの一つであるビタミンA(レチノール)の血漿中量が減少していることが知られている(Nutrition, 13, pp. 804-806, 1997)。1型糖尿病動物モデルであるストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットモデルにおいても血漿中ビタミンAの低下が見られるとの報告があるが、ビタミンAの補給によっても血漿中のビタミンA濃度は回復されないことが明らかにされている(Br. J. Nutr., 75, pp. 615-622, 1996)。また、1型糖尿病モデルであるBB/Wor糖尿病高発症ラットでは、餌からレチノイドを取り除くことによりレチノール欠乏を導くと糖尿病が軽減されることが報告されている(Metabolism, 45, pp. 248-252, 1996)。従って、当業者には、レチノイドが1型糖尿病に対して何らかの治療効果を奏するとの理解はない。
【特許文献1】特開昭61-22047号公報
【特許文献2】特開昭61-76440号公報
【非特許文献1】Journal of Medicinal Chemistry, 31, No. 11, p.2182, 1988
【非特許文献2】Cell struct. Funct., 16, pp.113-123, 1991
【非特許文献3】Biochem. Biophys. Res. Commun., 166, pp.1300-1307, 1990
【非特許文献4】Nutrition, 13, pp. 804-806, 1997
【非特許文献5】Br. J. Nutr., 75, pp. 615-622, 1996
【非特許文献6】Metabolism, 45, pp. 248-252, 1996
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患に対して高い有効性を発揮できる医薬を提供することにある。特に、1型糖尿病やシェーグレン症候群などの分泌障害性疾患に対して優れた予防及び/又は治療効果を達成可能な医薬を提供することが本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、レチノイン酸などのレチノイドが1型糖尿病やシェーグレン症候群などの分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患に対して優れた予防及び/又は治療効果を有していることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明により、分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患の予防及び/又は治療のための医薬であって、レチノイドを有効成分として含む医薬が提供される。
上記発明の好ましい態様によれば、分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患が耳下腺炎、唾液腺炎、涙腺炎、眼乾燥症、口腔乾燥症、汗腺炎、又は膵炎などの外分泌性疾患、あるいは甲状腺機能低下症、視床下部下垂体炎、副甲状腺機能低下症、副腎炎、性腺炎、又はランゲルハンス島炎などの内分泌性疾患である上記の医薬;分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患が流行性耳下腺炎、急性化膿性耳下腺炎、反復性耳下腺炎、急性化膿性唾液腺炎、慢性硬化性唾液腺炎、シェーグレン症候群、急性化膿性涙腺炎、慢性涙腺炎、化膿性汗腺炎、慢性膵炎、急性膵炎、多発性内分泌不全、多腺性自己免疫症候群、多腺性欠乏症候群、シュミット症候群、慢性甲状腺炎、自己免疫性視床下部下垂体炎、自己免疫性副腎炎、ミクリッツ症候群、又は1型糖尿病である上記の医薬;分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患が慢性硬化性唾液腺炎、シェーグレン症候群、慢性涙腺炎、慢性膵炎、多発性内分泌不全、多腺性自己免疫症候群、多腺性欠乏症候群、シュミット症候群、慢性甲状腺炎、自己免疫性視床下部下垂体炎、自己免疫性副腎炎、ミクリッツ症候群、又は1型糖尿病である上記の医薬;及び分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患が1型糖尿病又はシェーグレン症候群である上記の医薬が提供される。
【0011】
上記の発明の別の好ましい態様によれば、該レチノイドが非天然型のレチノイドである上記の医薬;該レチノイドが芳香環と芳香族カルボン酸又はトロポロンとが連結基を介して結合した基本骨格を有するレチノイドである上記の医薬が提供される。
【0012】
上記発明のさらに好ましい態様によれば、該レチノイドがレチノイン酸レセプター(RAR)・サブタイプα及びサブタイプβに結合するレチノイドである上記の医薬;該レチノイドがレチノイドXレセプターX(RXR)に結合するレチノイドである上記の医薬;該レチノイドが置換フェニル基と安息香酸又はトロポロンとが連結基を介して結合した基本骨格を有するレチノイドである上記の医薬;該レチノイドが4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸又は4-[(3,5-ビストリメチルシリルフェニル)カルボキサミド]安息香酸である上記の医薬;該レチノイドがジベンゾ[b,f][1,4]チアゼピニル安息香酸を基本骨格とするレチノイドである上記の医薬;該レチノイドが4-[2,3-(2,5-ジメチル-2,5-ヘキサノ)ジベンゾ[b,f][1,4]-チアゼピン-11-イル]安息香酸である上記の医薬;及び、該レチノイドが4-[5-(4,7-ジメチルベンゾフラン-2-イル)ピロール-2-イル]安息香酸である上記の医薬が提供される。
【0013】
別の観点からは、上記の医薬の製造のための上記レチノイドの使用;及び分泌障害性疾患の予防及び/又は治療方法であって、上記のレチノイドの有効量をヒトを含む哺乳類動物に投与する工程を含む方法が本発明により提供される。
さらに別の観点からは、分泌腺へのリンパ球浸潤を抑制するための医薬であって、剤レチノイドを有効成分として含む医薬が提供される。
【発明の効果】
【0014】
本発明の医薬は1型糖尿病やシェーグレン症候群などの分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患に対して優れた予防及び/又は治療効果を発揮できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本明細書において、レチノイドとはオール-トランス-レチノイン酸または9-シス-レチノイン酸が生理作用を発現するために必要な受容体に結合してレチノイン酸に類似する作用又はその一部の作用を発揮する化合物のことであり、少なくとも1種以上のレチノイド様作用、例えば、細胞分化作用、細胞増殖促進作用、及び生命維持作用などの1種以上の作用を有している化合物を意味している。レチノイドであるか否かは、H. de The, A. Dejean: 「Retinoids: 10 years on.」, Basel, Karger, 1991, pp.2-9に記載された方法により容易に判定できる。
【0016】
また、レチノイドは一般的にレチノイン酸レセプター(RAR)に結合する性質を有しており、場合によりRARとともにRXRに結合する性質を有しているが、本発明の医薬の有効成分として用いられるレチノイドはRARのサブタイプα(RARα)に結合してアゴニスト活性を示すものであることが好ましい。RARαのアゴニストであるか否かの判定については、レチノイン酸レセプター・サブタイプへの結合についても上記文献記載の方法により容易に確認することができる。
【0017】
本発明の医薬の有効成分としては、天然型レチノイド又は非天然型のレチノイドのいずれを用いてもよいが、好ましくは非天然型のレチノイドを用いることができる。非天然型レチノイドとしては、例えば、芳香環と芳香族カルボン酸又はトロポロンとが連結基を介して結合した基本骨格を有するレチノイドを用いることができる。
【0018】
より具体的には、非天然型のレチノイドとして、下記の一般式:B−X−A(式中、Bは置換基を有していてもよい芳香族基を示し、Xは連結基を示し、Aは置換基を有していてもよいカルボン酸置換芳香族基又はトロポロニル基を示す)で表されるレチノイドを用いることができる。
【0019】
Bで表される芳香族基としては置換基を有していてもよいフェニル基が好ましい。フェニル基上の置換基の種類、個数、及び置換位置は特に限定されない。フェニル基上の置換基としては、例えば、低級アルキル基を用いることができる(本明細書において低級とは炭素数1ないし6個程度、好ましくは炭素数1ないし4個を意味する)。低級アルキル基としては直鎖又は分枝鎖のアルキル基が好ましく、より具体的には、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、又はtert- ブチル基などを挙げることができる。また、フェニル基上の置換基として、例えば、メトキシ基などの低級アルコキシ基、ハロゲン原子(ハロゲン原子としてはフッ素原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子のいずれでもよい)、例えばトリメチルシリル基などの低級アルキル置換シリル基などを挙げることができる。フェニル基としては、例えば、2ないし4個の低級アルキル基で置換されたフェニル基、あるいは1又は2個のトリ低級アルキルシリル基で置換されたフェニル基などが好ましく、2ないし4個のアルキル基で置換されたフェニル基、又は2個のトリメチルシリル基で置換されたフェニル基などがより好ましい。
【0020】
フェニル基上に置換する2個の低級アルキル基が隣接する場合には、それらの2つの低級アルキル基は一緒になってそれらが結合するフェニル基の環構成炭素原子とともに5員環又は6員環を1個又は2個、好ましくは1個形成してもよい。このようにして形成される環は飽和でも不飽和でもよく、環上には1又は2個以上の低級アルキル基、例えばメチル基、エチル基などが置換していてもよい。上記の形成された環上には、好ましくは2〜4個のメチル基、さらに好ましくは4個のメチル基が置換していてもよい。例えば、フェニル環上に置換する2個の隣接する低級アルキル基が一緒になって5,6,7,8-テトラヒドロナフタレン環や5,5,8,8-テトラメチル-5,6,7,8-テトラヒドロナフタレン環などが形成されることが好ましい。Bで表される芳香族基としては、芳香族複素環基を用いてもよい。そのような例として、Bが置換基を有していてもよいベンゾフラニル基、好ましくはベンゾルフラン-2-イル基、特に好ましくはBが4,7-ジメチルベンゾフラン-2-イル基であるレチノイドを例示することができる。
【0021】
Aで表されるカルボン酸置換芳香族基としてはカルボン酸置換フェニル基又はカルボン酸置換複素環基などを用いることができるが、4-カルボキシフェニル基が好ましい。Aが示すカルボン酸置換複素環基を構成する複素環カルボン酸の例として、例えばピリミジン-5-カルボン酸などを挙げることができる。また、Aで表されるトロポロニル基としてはトロポロン-5-イル基が好ましい。これらのカルボン酸置換芳香族基またはトロポロニル基の環上には1以上の他の置換基が存在していてもよい。
【0022】
Xで表される連結基の種類は特に限定されないが、例えば、-NHCO-、-CONH-、-N(RA)-(RAは低級アルキル基、例えばシクロプロピルメチル基などを示す)、又は-C(RB)(RC)-(RB及びRCはそれぞれ独立に水素原子又は低級アルキル基などを示す)などを例示することができる。また、Xが2価の芳香族基であってもよい。例えば、Xがピロールジイル基である場合などを挙げることができる。さらに、Xで表される連結基とBで表される芳香族基とが結合して環構造を形成してもよい。そのような例として、B−X−Aで表されるレチノイドの基本骨格がジベンゾ[b,f][1,4]チアゼピニル安息香酸又はジベンゾ[b,f][1,4]ジアゼピニル安息香酸となる場合を挙げることができる。なお、本明細書において「基本骨格」という用語は1又は2以上の任意の置換基が結合するための主たる化学構造を意味する。
【0023】
好ましいレチノイドとして、天然型レチノイン酸のオールトランスレチノイン酸及び、非天然型レチノイド、例えば、フェニル置換カルバモイル安息香酸又はフェニル置換カルボキサミド安息香酸を基本骨格とするレチノイドを用いることができる。フェニル置換カルバモイル安息香酸又はフェニル置換カルボキサミド安息香酸を基本骨格とするレチノイドは種々知られている。フェニル置換カルバモイル安息香酸を基本骨格とするレチノイドの代表例としてAm80(4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸, Hashimoto, Y., Cell struct. Funct., 16, pp.113-123, 1991; Hashimoto, Y., et al., Biochem. Biophys. Res. Commun., 166, pp.1300-1307, 1990を参照)、フェニル置換カルボキサミド安息香酸を基本骨格とするレチノイドの代表例としてTac101(4-[(3,5-ビストリメチルシリルフェニル)カルボキサミド]安息香酸, J. Med. Chem., 33, pp.1430-1437, 1990)を挙げることができる。
【0024】
好ましいレチノイドとしては、例えば、下記の一般式(I):
【化1】

〔式中、R1、R2、R3、R4、及びR5はそれぞれ独立に水素原子、低級アルキル基、又は低級アルキル置換シリル基を示し、R1、R2、R3、R4、及びR5のうち隣接するいずれか2つの基が低級アルキル基である場合には、それらが一緒になってそれらが結合するベンゼン環上の炭素原子とともに5員環又は6員環を形成してもよく(該環は1又は2以上のアルキル基を有していてもよい)、X1は-CONH-又は-NHCO-を示す〕で表される化合物を挙げることができる。
【0025】
上記一般式(I) において、R1、R2、R3、R4、及びR5が示す低級アルキル基としては、炭素数1ないし6個程度、好ましくは炭素数1ないし4個の直鎖又は分枝鎖のアルキル基を用いることができる。例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、又はtert- ブチル基などを用いることができる。上記の低級アルキル基上には1個又は2個以上の任意の置換基が存在していてもよい。置換基としては、例えば、水酸基、低級アルコキシ基、ハロゲン原子などを例示することができる。R1、R2、R3、R4、及びR5が示す低級アルキル置換シリル基としては、例えば、トリメチルシリル基などを挙げることができる。
【0026】
R1、R2、R3、R4、及びR5からなる群から選ばれる隣接する2つの低級アルキル基が一緒になって、それらが結合するベンゼン環上の炭素原子とともに5員環又は6員環を1個又は2個、好ましくは1個形成してもよい。このようにして形成される環は飽和、部分飽和、又は芳香族のいずれであってもよく、環上には1又は2以上のアルキル基を有していてもよい。環上に置換可能なアルキル基としては、炭素数1ないし6個程度、好ましくは炭素数1ないし4個の直鎖又は分枝鎖のアルキル基を用いることができる。例えば、メチル基、エチル基などを用いることができ、好ましくは2〜4個のメチル基、さらに好ましくは4個のメチル基が置換していてもよい。例えば、R2及びR3が置換するベンゼン環とR2及びR3とにより、5,6,7,8-テトラヒドロナフタレン環や5,5,8,8-テトラメチル-5,6,7,8- テトラヒドロナフタレン環などが形成されることが好ましい。
【0027】
他の好ましいレチノイドとしては、例えば、B−X−Aで表されるレチノイドの基本骨格がジベンゾ[b,f][1,4]チアゼピニル安息香酸又はジベンゾ[b,f][1,4]ジアゼピニル安息香酸であるレチノイドを挙げることができる。このレチノイドの一例は、例えば、特開平10-59951号公報に記載されている。このようなレチノイドの特に好ましい例として、例えば、HX630(4-[2,3-(2,5-ジメチル-2,5-ヘキサノ)ジベンゾ[b,f][1,4]-チアゼピン-11-イル]安息香酸)を挙げることができる。また、Xが-N(RA)-であり、Bが芳香族複素環カルボン酸であるレチノイドとしては、例えば、2-[2-(N-5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル-N-シクロプロピルメチル)アミノ]ピリミジン-5-カルボン酸を挙げることができる。また、Xが2価の芳香族基であるレチノイドとしては、例えば、4-[5-(4,7-ジメチルベンゾフラン-2-イル)ピロール-2-イル]安息香酸を挙げることができる。Aがトロポロニル基である化合物としては、例えば、5-[[5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル]カルボキサミド]トロポロンなどを挙げることができる。
特に好ましいレチノイドとして、Am80(4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸)又はAm580(4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8- テトラメチル-2- ナフタレニル)カルボキサミド] 安息香酸)が挙げられる。
【0028】
本発明の医薬の有効成分としては、上記のレチノイドの塩を用いてもよい。例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、若しくはカルシウム塩などの金属塩、アンモニウム塩、又はトリエチルアミン塩若しくはエタノールアミン塩などの有機アミン塩などの生理学的に許容される塩を本発明の医薬の有効成分として用いることができる。本発明の医薬の有効成分としては、上記のレチノイドのプロドラッグを用いてもよい。プロドラッグとは、哺乳類動物に経口的又は非経口的に投与した後に生体内、好ましくは血中で加水分解などの変化を受けてレチノイド又はその塩を生成する化合物又はその塩のことである。例えば、カルボキシル基、アミノ基、または水酸基などを有する薬剤をプロドラッグ化する手段は多数知られており、当業者は適宜の手段を選択可能である。レチノイド又はその塩のプロドラッグの種類は特に限定されないが、例えば、レチノイドがカルボキシル基を有する場合には、該カルボキシル基をアルコキシカルボニル基に変換したプロドラッグが例示される。好ましい例としては、メトキシカルボニル基又はエトキシカルボニル基などのエステル化合物が挙げられる。
【0029】
上記のレチノイドは、置換基の種類に応じて1個または2個以上の不斉炭素を有する場合があるが、これらの不斉炭素に基づく任意の光学異性体、光学異性体の任意の混合物、ラセミ体、2個以上の不斉炭素に基づくジアステレオ異性体、ジアステレオ異性体の任意の混合物などは、いずれも本発明の医薬の有効成分として利用可能である。さらに、二重結合のシス又はトランス結合に基づく幾何異性体、及び幾何異性体の任意の混合物や、遊離化合物又は塩の形態の化合物の任意の水和物又は溶媒和物も本発明の医薬の有効成分として用いることができる。
【0030】
本発明の医薬は分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患の予防及び/又は治療のために用いることができる。本明細書において「分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患」とは、外分泌腺又は内分泌腺のいずれか又は両方の分泌腺へのリンパ球浸潤が認められ、かつ分泌障害を症状として含む疾患を意味する。例えば、耳下腺炎、唾液腺炎、涙腺炎、眼乾燥症、口腔乾燥症、汗腺炎、又は膵炎などの外分泌性疾患、あるいは甲状腺機能低下症、視床下部下垂体炎、副甲状腺機能低下症、副腎炎、性腺炎、又はランゲルハンス島炎などの内分泌性疾患などを挙げることができる。より具体的には、流行性耳下腺炎、急性化膿性耳下腺炎、反復性耳下腺炎、急性化膿性唾液腺炎、慢性硬化性唾液腺炎、シェーグレン症候群、急性化膿性涙腺炎、慢性涙腺炎、化膿性汗腺炎、慢性膵炎、急性膵炎、多発性内分泌不全、多腺性自己免疫症候群、多腺性欠乏症候群、シュミット症候群、慢性甲状腺炎、自己免疫性視床下部下垂体炎、自己免疫性副腎炎、ミクリッツ症候群、1型糖尿病などが含まれる。分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患のうち、慢性硬化性唾液腺炎、シェーグレン症候群、慢性涙腺炎、慢性膵炎、多発性内分泌不全、多腺性自己免疫症候群、多腺性欠乏症候群、シュミット症候群、慢性甲状腺炎、自己免疫性視床下部下垂体炎、自己免疫性副腎炎、ミクリッツ症候群、又は1型糖尿病は本発明の医薬の好ましい適用対象であり、1型糖尿病又はシェーグレン症候群は本発明の医薬の特に好ましい適用対象である。本発明の医薬が分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患に対して有効性を示すことは本明細書の実施例に具体的に示した方法により当業者が容易に確認できる。
【0031】
本発明の医薬は、上記のレチノイド及びその塩、並びにそれらの水和物及び溶媒和物からなる群から選ばれる物質の1種または2種以上を有効成分として含んでいる。2種以上の異なるレチノイドを組み合わせて投与することにより好ましい有効性が得られることがある。本発明の医薬としては上記の物質それ自体を投与してもよいが、好ましくは、当業者に周知の方法によって製造可能な経口用あるいは非経口用の医薬組成物として投与することができる。
【0032】
経口投与に適する医薬用組成物としては、例えば、錠剤、カプセル剤、細粒剤、顆粒剤、液剤、及びシロップ剤等を挙げることができ、非経口投与に適する医薬組成物としては、例えば、注射剤、坐剤、吸入剤、点眼剤、点鼻剤、軟膏剤、クリーム剤、及び貼付剤等を挙げることができる。2種以上の医薬組成物を組み合わせて用いることもできる。本発明の医薬の好ましい形態として経口投与用の医薬組成物を挙げることができる。
【0033】
上記の医薬組成物は、薬理学的、製剤学的に許容しうる1種又は2種以上の製剤用添加物を加えて製造することができる。製剤用添加物としては、例えば、賦形剤、崩壊剤ないし崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、希釈剤、基剤、溶解剤ないし溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、安定化剤、噴射剤、及び粘着剤等を挙げることができるがこれらに限定されることはない。
【0034】
例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤などの経口投与用医薬組成物の製造には、乳糖や結晶セルロース、デンプン等の賦形剤、ステアリン酸マグネシウム、タルク等の滑沢剤、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン等の結合剤、力ルボキシメチルセルロースカルシウム、低置換ヒドロキシプロピルメチルセルロース等の崩壊剤、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、マクロゴール、シリコン樹脂等のコーティング剤などを必要に応じて用いることができる。点眼剤の製造には、塩化ナトリウム、塩化カリウム、濃グリセリン等の等張化剤、リン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、ホウ酸、モノエタノールアミン等の緩衝化剤、クエン酸ナトリウム、エデト酸ナトリウム等の安定化剤、塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸エステル等の防腐剤、ポリソルベート80、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油等の界面活性剤、希塩酸、水酸化ナトリウム等のpH調整剤などを必要に応じて用いることができる。点眼剤のpHは特に限定されないが、眼科用製剤に許容される範囲内として例えば4〜8の範囲が好ましい。
【0035】
本発明の医薬の投与量は特に限定されず、患者の症状、年齢、体重などの条件や投与方法及び有効成分の種類などに応じて適宜選択できる。例えば、経口投与の場合には1日あたり0.01〜1000 mg、好ましくは0.1〜100 mgを1回又は数回に分けて投与すればよい。もっとも、上記の投与量は例示のためのものであり、適宜増減することができる。
【実施例】
【0036】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
例1:NODマウスでの評価
NODマウスは1型糖尿病及びシェーグレン症候群の自然発症モデル動物として利用されている。膵臓ランゲルハンス島には1型糖尿病類似のリンパ球浸潤病変が発症し、かつ唾液腺においてもシェーグレン症候群類似のリンパ球浸潤した病態が形成される(Eur. J. Immunol., 28, pp. 3336-3345, 1998)。雌性NOD/Shi Jicの6週齢マウスに、19週間にわたりタミバロテン(Am80:4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸)を混餌投与した。試験期間中、週1回尿検査を行い尿糖を測定した。マウス新鮮尿に尿検査用試験紙プレテスト3aII(和光純薬工業)を浸し、ブドウ糖判定値が2000mg/dl以上であった場合、マウスを糖尿病と判定した。身体的苦悶の徴候を示した場合はマウスを安楽死させた。投与期間終了後に安楽死させたマウスから膵臓および顎下腺を摘出し、10%中性緩衝ホルマリン固定液に浸漬して固定した。固定した膵臓と顎下腺について、ヘマトキシン・エオジン染色病理組織標本を作製し、タミバロテンの膵臓および唾液腺への影響を病理組織学的に評価した。タミバロテン投与群および対照群につき、一群各6匹のマウスを用いた。
【0037】
表1に結果を示す。結果は、群中の尿糖陽性例、膵臓ランゲルハンス島(以下、「膵ラ島」と略す場合がある)におけるリンパ球浸潤を伴う崩壊スコア(膵ラ島リンパ球浸潤スコア)、膵臓ランゲルハンス島の数的減少度スコア(膵ラ島数量スコア)顎下腺リンパ球浸潤スコアで示した。各スコアは、以下の判定方法に従って評価された。
0:該当所見無し
1:軽度の病変
2:中等度の病変
3:高度の病変
【0038】
【表1】

【0039】
対照群では尿糖陽性例が2例見られたが、タミバロテン投与群では尿糖陽性例は見られなかった。病理組織学的検査では、対照群で膵臓ランゲルハンス氏島においてリンパ球浸潤を伴う崩壊がみられ、その程度は、タミバロテン投与群で対照群よりも明らかに軽減していた。顎下腺に関しても、対照群と比較してタミバロテン投与群でリンパ球浸潤の発現が低下していた。これらの実験結果から、本発明の医薬は膵臓ランゲルハンス島及び顎下腺におけるリンパ球浸潤を抑制することにより、ランゲルハンス島の破壊に伴う1型糖尿病の発症を抑える効果を持つことが示された。よって、本発明の医薬は分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患の予防及び/又は治療に有効性を有すると結論された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患の予防及び/又は治療のための医薬であって、レチノイドを有効成分として含む医薬。
【請求項2】
分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患が耳下腺炎、唾液腺炎、涙腺炎、眼乾燥症、口腔乾燥症、汗腺炎、又は膵炎を含む外分泌性疾患、あるいは甲状腺機能低下症、視床下部下垂体炎、副甲状腺機能低下症、副腎炎、性腺炎、又はランゲルハンス島炎を含む内分泌性疾患である請求項1に記載の医薬。
【請求項3】
分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患が流行性耳下腺炎、急性化膿性耳下腺炎、反復性耳下腺炎、急性化膿性唾液腺炎、慢性硬化性唾液腺炎、シェーグレン症候群、急性化膿性涙腺炎、慢性涙腺炎、化膿性汗腺炎、慢性膵炎、急性膵炎、多発性内分泌不全、多腺性自己免疫症候群、多腺性欠乏症候群、シュミット症候群、慢性甲状腺炎、自己免疫性視床下部下垂体炎、自己免疫性副腎炎、ミクリッツ症候群、又は1型糖尿病である請求項1に記載の医薬。
【請求項4】
分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患が慢性硬化性唾液腺炎、シェーグレン症候群、慢性涙腺炎、慢性膵炎、多発性内分泌不全、多腺性自己免疫症候群、多腺性欠乏症候群、シュミット症候群、慢性甲状腺炎、自己免疫性視床下部下垂体炎、自己免疫性副腎炎、ミクリッツ症候群、又は1型糖尿病である請求項1に記載の医薬。
【請求項5】
分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患が1型糖尿病である請求項1に記載の医薬。
【請求項6】
分泌腺へのリンパ球浸潤を伴う分泌障害性疾患がシェーグレン症候群である請求項1に記載の医薬。
【請求項7】
レチノイドが非天然型のレチノイドである請求項1ないし5のいずれか1項に記載の医薬。
【請求項8】
レチノイドがレチノイン酸レセプターRARのサブタイプαに結合するレチノイドである請求項6に記載の医薬。
【請求項9】
レチノイドが芳香環と芳香族カルボン酸又はトロポロンとが連結基を介して結合した基本骨格を有するレチノイドである請求項6又は7に記載の医薬。
【請求項10】
レチノイドがAm80(4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8-テトラメチル-2-ナフタレニル)カルバモイル]安息香酸)又はAm580(4-[(5,6,7,8-テトラヒドロ-5,5,8,8- テトラメチル-2- ナフタレニル)カルボキサミド] 安息香酸) ある請求項1ないし5のいずれか1項に記載の医薬。

【公開番号】特開2008−81427(P2008−81427A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−261845(P2006−261845)
【出願日】平成18年9月27日(2006.9.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年9月15日発行 第15回日本シェーグレン症候群研究会 プログラム抄録集に発表
【出願人】(505342623)アールアンドアール株式会社 (3)
【Fターム(参考)】