説明

切削工具及びその製造方法

【課題】耐摩耗性に優れた切削工具を提供する。
【解決手段】切削工具の基材は、超硬合金、サーメット、又はセラミックで形成されており、この基材上にTi及びAlを含有するセラミック被膜が形成されている。この切削工具は、セラミック被膜の表面における結晶粒子の平均面積をSとし、セラミック被膜の膜厚をtとしたとき、S/t2≧0.03であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被膜焼結体を用いた切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、切削工具(「切削インサート」とも呼ぶ)には被削材の種類、加工工程、切削速度などによって各種の材料が使用されている。例えば、超硬合金、サーメット、セラミックス、さらにはこれらの表面に高硬度、耐摩耗性の表面被膜を被覆した材料が用いられている。しかし、切削工具材料に対しては、近年益々その要求性能が過酷化しており、さらなる高性能化、低コスト化も求められている。
【0003】
表面被膜を有する切削工具を用いて高速切削加工を行う場合には、低速切削時と比較して刃先温度が高くなるため、表面被膜が酸化し耐摩耗性が大幅に減少するといった問題がみられる。この問題の解決方法としては、基材上に、高硬度で耐酸化性に優れるTi及びAlの炭窒化物被膜を形成する方法が知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3358696号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1には、基材と表面被膜の間にアモルファスTi含有の中間層を形成することにより、被削性が改善するという記載がある。しかし、この技術によっても、近年要求される高速切削に対しては被膜の耐摩耗性が不十分であり、ダクタイル鋳鉄などの難削材に対しては十分な切削性能を得ることが出来ないという課題が依然として存在する。
【0006】
本発明の発明者らは、表面被膜が摩耗するメカニズムとして、被膜表面の結晶化の程度が低い粒界部分が被削材との接触により破壊され、その粒界破壊を起点として摩耗が進行する、というメカニズムに着目した。そして、このメカニズムを考慮した適切な特性を有する焼結材を形成することにより、切削工具の耐摩耗性が向上することを見いだして、本発明に至ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態又は適用例として実現することが可能である。
【0008】
[適用例1]
超硬合金、サーメット、又はセラミックで形成された基材上に、Ti及びAlを含有するセラミック被膜が形成された切削工具であって、
前記セラミック被膜の表面における結晶粒子の平均面積をSとし、前記セラミック被膜の膜厚をtとしたとき、S/t2≧0.03であることを特徴とする切削工具。
この構成によれば、セラミック被膜表面の結晶化の程度が低い粒界部分が少ないので、耐摩耗性に優れた切削工具を提供することができる。
【0009】
[適用例2]
適用例1記載の切削工具であって、
前記基材は1400MPa以上の抗折強度を持つ窒化珪素で形成されていることを特徴とする切削工具。
この構成によれば、特に高速切削条件において高い切削性能を有する切削工具を提供することができる。
【0010】
[適用例3]
適用例1又は2記載の切削工具であって、
前記基材と前記セラミック被膜との間に中間層が形成されていることを特徴とする切削工具。
この構成によれば、中間層によって、セラミック被膜と基材との間の密着性が向上し、さらに切削性能が向上する。
【0011】
[適用例4]
適用例3記載の切削工具であって、
前記中間層は、Ti金属層を含むことを特徴とする切削工具。
この構成によれば、セラミック被膜と基材との間の密着性が更に向上する。
【0012】
[適用例5]
超硬合金、サーメット、又はセラミックで形成された基材上に、Ti及びAlを含有するセラミック被膜が形成された切削工具の製造方法であって、
(a)前記基材を構成する焼結体を作成する工程と、
(b)前記焼結体の表面を、炭化水素系洗浄液、塩素系洗浄液、フッ素系洗浄液、及び、臭素系洗浄液のうちの少なくとも一種の洗浄液を含む洗浄剤を用いて洗浄する工程と、
(c)洗浄後の前記焼結体の表面に前記セラミック被膜を形成することによって、前記セラミック被膜の表面における結晶粒子の平均面積をSとし、前記セラミック被膜の膜厚をtとしたとき、S/t2≧0.03である表面被覆焼結体を作成する工程と、
を備えることを特徴とする切削工具の製造方法。
この方法によれば、炭化水素系洗浄液、塩素系洗浄液、フッ素系洗浄液、及び、臭素系洗浄液などの洗浄液を含む洗浄剤を用いた洗浄によって、焼結体表面の不純物が極めて少ない状態になるので、その後の成膜によってS/t2≧0.03となるセラミック被膜を有する表面被覆焼結体を作成することができる。この結果、セラミック被膜表面の結晶化の程度が低い粒界部分が少なく、耐摩耗性に優れた切削工具を製造することができる。
【0013】
なお、本発明は、種々の形態で実現することが可能であり、例えば、表面被覆焼結体、耐摩耗性部材、切削工具、及び、それらの製造方法等の形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】切削工具の外観を示す斜視図である。
【図2】切削工具の製造方法を示すフローチャートである。
【図3】基材として超硬合金を用いたサンプルの組成と試験結果を示す図である。
【図4】インターセプト法による粒平均面積の算出方法及び被膜膜厚を示す説明図である。
【図5】切削性能評価試験における最大摩耗幅wの測定方法を示す説明図である。
【図6】基材として窒化珪素を用いたサンプルの組成と試験結果を示す図である。
【図7】指標値S/t2と最大摩耗幅wとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1は、本発明の一実施形態としての切削工具10の外観を示す斜視図である。この切削工具10は、JIS-B4121に準拠したSNGN120708形状のスローアウェイチップである。切削工具10は、丸みを帯びた4つのコーナー部を有する略正方形状の上表面を有しており、全体として略角柱形状を有している。切削工具10のコーナー部の辺は、切刃12として使用される。また、コーナー部の上表面部分はすくい面14として使用され、側面は逃げ面16として使用される。但し、切削工具10の形状としては、これ以外の種々の形状を採用することが可能である。また、本発明は、切削工具以外の種々の用途の焼結材や耐摩耗性部材として構成することも可能である。
【0016】
図2は、本発明の実施形態における切削工具の製造方法を示すフローチャートである。ステップT100では、切削工具の基材用の成形体を作成する。なお、基材の材料としては、超硬合金(Cemented Carbide)、各種のサーメット、又は、各種のセラミックなどを利用可能である。特に、窒化珪素(Si3N4)製の基材を用いる場合には、その抗折強度が1400MPa以上の基材を使用することにより、高速切削条件において高い切削性能を発揮することが可能である。
【0017】
ステップT110では、成形体を焼結する。焼結条件としては、通常の焼結条件を使用可能である。ステップT120では、製作した焼結体を所望の切削工具形状に加工・研磨する。ステップT130では、研磨された焼結体の表面を洗浄する。洗浄液としては、炭化水素系洗浄液、塩素系洗浄液、フッ素系洗浄液、臭素系洗浄液などの1種以上の洗浄液を含む各種の洗浄剤を用いることが可能である。また、洗浄方法としては、超音波洗浄、真空洗浄、脱気洗浄といった洗浄方法を採用することが好ましい。適切な洗浄液や洗浄剤を用い適切な洗浄方法を採用することによって、焼結材の表面に残るわずかな汚れ、特に珪素(Si)を含む遊離成分まできれいに除去することが可能となる。焼結材の表面に残るわずかな汚れまで除去することにより、その後に焼結材の表面に形成するセラミック被膜の硬質粒子が粒成長しやすくなり、広い粒面積を持つ被膜を得ることができる。
【0018】
ステップT140では、表面洗浄された焼結体の表面に、セラミック被膜(「セラミック硬質膜」とも呼ぶ)を形成する。セラミック被膜は、通常の種々の成膜方法を用いて形成することが可能である。例えば、アークイオンプレーティング法を用いて、窒化チタンアルミ膜(TiAlN)を形成することができる。この後、必要に応じて、加工・研磨を行うことにより、所望の形状の切削工具を得ることができる。
【0019】
セラミック被膜としては、TiとAlを含有するセラミック硬質膜を使用することができ、例えば、AlとTiの他にNを含むセラミック被膜を利用することが可能である。このようなセラミック被膜としては、TiAlN膜、TiAlCN膜、TiAlBN膜、TiAlBCN膜等が挙げられる。なお、TiAlN膜の組成は、(TiAl)N又は(TiAl)Nxとも記載されるが、本明細書では簡略な呼称を使用する。他の膜も同様である。セラミック被膜としては、更に、TiAlN膜にCrやSiを加えたTiSiAlN膜、TiCrAlN膜、TiCrSiAlN膜等も採用可能である。なお、AlとTiとNを含むセラミック被膜におけるAl、Ti、Nの原子比は、Al及びTiを1とした場合、Nは0.7〜1.3の範囲とすることが好ましい。
【0020】
膜厚が大きくなるにつれて結晶粒子の面積が粒成長により大きくなるが、膜厚が厚くなると内部応力により密着性の低下が生じる。そのため、セラミック被膜の膜厚は、0.5μm以上、3μm以下とすることが好ましい。0.5μmより薄膜であると十分な耐摩耗性を付与することができず、3μmより厚膜であると熱応力により剥離し易くなるためである。
【0021】
なお、基材に窒化珪素(Si3N4)を用いる場合には、基材とセラミック被膜との間に1層以上の中間層を形成することが好ましい。この中間層としては、基材/セラミック被膜の間の密着性よりも、基材/中間層の間の密着性及び中間層/セラミック被膜の間の密着性がいずれも高いものを使用することができる。具体的には、Ti金属層などの金属層や、TiN層などのセラミック層を中間層として形成することが可能である。このような中間層を形成すれば、基材とセラミック被膜との間の密着性が向上するので、さらに切削性能が向上する。なお、中間層は、2層以上設けてもよい。中間層全体の膜厚は、0.5μm以下とすることが好ましい。この理由は、これよりも厚いと、基材/中間層/セラミック被膜の間に生じる熱応力により、セラミック被膜が剥離しやすくなる可能性があるためである。
【実施例】
【0022】
図3は、基材として超硬合金を用いたサンプルの組成と試験結果を示す図である。サンプルS01,S02は、いずれも超硬合金(Cemented Carbide)を基材とし、セラミック被膜としてTiAlN膜を使用した表面被覆焼結体である。これらのサンプルS01,S02は、図2のステップT100〜T140に従ってそれぞれ作成した。まず、ステップT100,T110で超硬合金の焼結体を形成した後、ステップT120でJIS-B4121に準拠したSNGN120408形状に研磨した。
【0023】
ステップT130では、研磨された焼結体に対して洗浄を行った。サンプルS01に対しては、2種類の炭化水素系洗浄液(ドデカンを主成分とした洗浄液、及び、デカンを主成分とした洗浄液)及びアルカリ水溶液(モノエタノールアミン及び水酸化カリウムを主成分とした洗浄液)を用いて、以下の手順で洗浄(「精密洗浄」と呼ぶ)を実施した。
<精密洗浄>
(洗浄工程1a)ドデカン主成分洗浄液にて超音波洗浄
(洗浄工程2a)アルコール洗浄
(洗浄工程3a)水洗い
(洗浄工程4a)アルカリ水溶液洗浄
(洗浄工程5a)純水リンス
(洗浄工程6a)デカン主成分洗浄液にて減圧超音波洗浄
(洗浄工程7a)熱風乾燥
【0024】
一方、サンプルS02に対しては、アルカリ水系洗浄液(モノエタノールアミン及び水酸化カリウムを主成分とした洗浄液)を用いた通常の洗浄法を採用し、以下の手順で洗浄を実施した。
<通常洗浄>
(洗浄工程1b)アルカリ水洗浄液にて超音波洗浄
(洗浄工程2b)純水リンス
(洗浄工程3b)洗浄工程1b、2bを計3回繰り返す
(洗浄工程4b)熱風乾燥
【0025】
図3の右端から2番目の欄には、洗浄後にX線光電子分光法(XPS)により表面の珪素量を測定した結果が示されている。通常の洗浄法を施したサンプルS02の焼結体表面には珪素(Si)が検出されたのに対し、精密洗浄を施したサンプルS01の焼結体表面には珪素は検出されなかった。すなわち、サンプルS01に関しては、強力な洗浄剤である炭化水素系洗浄液を用いた精密洗浄を施すことによって、焼結体の表面に残るわずかな汚れ、特に珪素を含む遊離成分まで除去することができた。なお、焼結体表面で検出された珪素(Si)は、ステップT120の研磨時に使用した研磨剤に含まれる炭化珪素(SiC)に由来するものであると推定される。焼結体の表面に珪素を含む遊離成分が残存している場合には、その残存Siがセラミック被膜の粒成長に悪影響を与えるため、被膜の結晶粒子が十分に成長しない可能性がある。このため、洗浄工程においては、焼結体の表面にSiが残存しないように十分な洗浄を行うことが好ましい。
【0026】
ステップT140では、表面洗浄された焼結体の全面に、アークイオンプレーティング法に従って、窒化チタンアルミ硬質膜(TiAlN膜)を形成した。具体的には、TiAlターゲットに50〜100Aの直流電源を印加してアーク放電させ、続いて基材焼結体に対するバイアス電圧を100Vに調整し、その状態で高純度窒素ガスを導入して窒化チタンアルミ硬質膜を生成させた。窒化チタンアルミ硬質膜の厚みは、必要に応じて、窒素を流しアークイオン流を発生させた状態での保持時間により調整した。
【0027】
こうして作成された表面被覆焼結体のサンプルS01、S02について、以下のような各種の観察・試験を行った。
【0028】
(1)被膜表面の観察:
表面被覆焼結体のサンプルS01、S02の表面写真を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて約15000倍で撮影した。図4(A)は、この表面写真で観察される粒子の様子を示す説明図である。表面被覆焼結体の表面写真では、粒界で囲まれた結晶粒子の領域(「粒状小領域」とも呼ぶ)が観察される。そこで、これらの結晶粒子の平均直径Rをインターセプト法により測定し、結晶粒子の平均面積Sを円近似により以下の式に従って算出した。
S=πR2/4 ...(1)
ここで、Rは、インターセプト法で得られた粒子平均直径である。なお、この面積Sを、「粒平均面積S」と呼ぶ。
【0029】
インターセプト法は、図4(A)に示すように、表面写真において十分な長さLの直線を引き、その直線上における各粒子の弦の長さ(すなわち直線と粒界の交点の間の幅)の平均値を、粒子平均直径Rとして求める方法である。粒子平均直径Rは、直線の長さLを、その直線上にある粒子の数Nで除した値L/Nに等しい。なお、直線の長さLは、その直線上に存在する粒子が約50個以上となるように十分に長く設定することが好ましい。また、インターセプト法で得られる粒平均面積Sの値は、直線の選び方によって多少の差が発生するため、10回程度の測定の平均値を採用することが好ましい。
【0030】
図3に示すように、サンプルS01の粒平均面積Sは0.135μm2であり、サンプルS02の粒平均面積Sの値(0.086μm2)よりもかなり大きい。上述したように、サンプルS01とサンプルS02の差異は、洗浄方法だけであり、基材と表面被膜の組成や製造方法は両者ともに同一である。従って、サンプルS01とサンプルS02の粒平均面積Sの値は、洗浄方法の差異に起因しているものと推定される。すなわち、サンプルS01では、焼結体の表面にSi等の不純物が残存しないように十分な洗浄が行われたので、セラミック被膜の結晶粒子が十分に成長したものと推定される。一方、サンプルS02では、焼結体の表面に不純物が残存していたので、その不純物がセラミック被膜の粒成長に悪影響を与えて結晶粒子が十分に成長しなかったものと推定される。
【0031】
(2)セラミック被膜の膜厚測定:
セラミック被膜の厚みを測定するため、図4(B)に示すように、基材30とセラミック被膜20とを有する焼結体10aを破断し、その断面写真を走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて約5000倍で撮影した。そして、厚みが最大の箇所でセラミッ被膜の厚みtを測定した。なお、サンプルS01,S02では、表面被膜焼結体の上表面(図1のすくい面14に相当)よりも、側面(図1の逃げ面に相当)の方が被膜が厚いため、側面における厚みtがセラミック被膜の厚みとして得られた。この点は、後述する図6のサンプルでも同様であった。
【0032】
図3に示すように、サンプルS01、S02のセラミック被膜の厚みtはいずれも2μmであった。図3には、さらに、粒平均面積Sと膜厚tから算出した指標値S/t2が示されている。この指標値S/t2は、表面被膜の粒平均面積Sと被膜の厚みtとの相対関係を示す値である。この指標値S/t2と切削性能との関連ついては後述する。
【0033】
(3)切削性能評価試験:
サンプルS01,S02の切削工具を用いて以下の切削条件でそれぞれ切削性能評価試験を行った。被削材は、切削面面積25mm×250mmの板状の部材である。切削性能評価試験では、各サンプルの切削工具を固定具により取り付けたカッタを回転させ、被削材を2面切削した後の切刃の最大摩耗幅を測定した。
【0034】
<切削条件>
・被削材:ダクタイル鋳鉄(FCD600)
・切削速度:300m/min
・送り速度:0.1mm/刃
・切り込み深さ:2.0mm
・切削油:なし
【0035】
図5は、切削性能評価試験における最大摩耗幅wの測定方法を示す説明図である。図5は、切削工具10の平面図の一部を拡大した図であり、すくい面14と、逃げ面16と、切刃12とを示している。また、切刃12から摩耗した部分をハッチングで示している。最大摩耗幅wは、切削工具10の切刃12で切削した後に、切刃12が摩耗した幅の最大値である。この最大摩耗幅wが小さいほど、切削性能(耐摩耗性)に優れた切削工具である。図3の右端に示すように、サンプルS01では最大摩耗幅wが0.13mmであり、サンプルS02の最大摩耗幅w(0.19mm)よりも小さい。従って、サンプルS02に比べてサンプルS01の方が切削性能に優れていることが理解できる。
【0036】
従来技術においても述べたように、表面被膜が摩耗するメカニズムとしては、被膜表面の結晶化の程度が低い粒界部分が被削材との接触により破壊され、その粒界破壊を起点として摩耗が進行する、というメカニズムが重要である。サンプルS01は、
サンプルS02に比べて被膜表面の粒平均面積Sがより大きく、また、最大摩耗幅wがより小さい。すなわち、被膜表面の粒平均面積Sがより大きなサンプルS01では、粒界が少ないので、切削工具の耐摩耗性が向上しているものと推定される。この意味では、被膜表面の粒平均面積Sの値は大きいほど好ましい。但し、以下で説明する図6の試験結果も考慮すると、粒平均面積Sよりも指標値S/t2の方が切削性能とより高い相関関係があることが判明した。
【0037】
図6は、基材として窒化珪素(Si3N4)を用いたサンプルの組成と試験結果を示す図である。サンプルS11〜S14,S21〜S22,S31〜S32は、いずれも窒化珪素(Si3N4)を基材としている。サンプルS11〜S14は表面被膜としていずれもTiAlN膜を使用しており、サンプルS21〜S22はTi中間層とTiAlN膜との2重構造の被膜を使用している。なお、Ti中間層は、基材とTiAlN膜と間に形成された金属Ti製の中間層である。サンプルS31〜S32は、サンプルS11〜S14と同様に、表面被膜としてTiAlN膜を使用している。但し、サンプルS31〜S32は、基材の抗折強度(1200MPa)がサンプルS11〜S14の基材の抗折強度(1470MPa)よりも低いものを使用している。
【0038】
図6の各サンプルの焼結体は、図2のステップT100〜T140に従って図3のサンプルS01〜S02と同様の条件でそれぞれ作成した。なお、図6の各サンプルで基材として使用した窒化珪素(Si3N4)は、通常使用される窒化珪素の抗折強度(約1000MPa)よりも高い抗折強度(1200MPa及び1470MPa)を有している。このような窒化珪素は、以下の工程で作成した。
【0039】
まず、図2のステップT100では、平均粒径0.5μmかつα率が95%の窒化珪素粉末と、焼結助剤とを、合計100重量%となるように配合し、配合された粉末をエタノールと共にボールミル中で約40時間混合し混合物(スラリー)を生成し、次に、スラリーを湯煎乾燥により造粒し粉末を形成した。α率とは、配合される全粉末に含まれるα型の窒化珪素粉末の割合を表している。焼結助剤としては、マグネシウム(Mg)が酸化マグネシウム(MgO)換算で2〜5重量%含み、イッテルビウム(Yb)が酸化イッテルビウム(Yb2O3)換算で3〜11重量%含むものを使用した。一般に、1400MPa以上の抗折強度を持つ窒化珪素焼結体は、焼結体組織中の窒化珪素粒子を微細、かつ、針状組織化することによって作成可能であり、通常の切削工具に用いられる窒化珪素焼結体よりも焼結助剤をより多く添加することによって作成できる。このような焼結助剤としては、マグネシウム(Mg)とイッテルビウム(Yb)とが、酸化マグネシウム(MgO)と酸化イッテルビウム(Yb2O3)換算による合計で、約7重量%〜約15重量%含まれていることが好ましい。なお、サンプルS31〜S32の基材は、これよりも若干少ない焼結助剤を使用して作成した。
【0040】
次に、造粒した粉末を、1500kgf/cm2、で冷間等方圧加圧(cold isostatic pressing:CIP)成形により成形した。続いて、ステップT110では、CIP成形により成形された成形体を1次焼成した。具体的には、成形体を、1気圧の窒素(N2)雰囲気下において、約1450℃〜1550℃で2時間保存した。続いて、1次焼成された成形体を2次焼成した。具体的には、1次焼成された成形体を、1000気圧の窒素(N2)雰囲気下において、約1450℃〜約1550℃で約4時間保持した。この結果、抗折強度1400MPa以上の窒化珪素焼結体が得られた。
【0041】
図6の各サンプルに関するステップT120以降の工程は、図3のサンプルS01,S02について説明したものと同様な条件で実施した。なお、サンプルS11,S12,S21,S31では、上記洗浄工程1a〜7aに従った精密洗浄を実施し、サンプルS13,S14,S22,S32では上記洗浄工程1b〜4bに従った通常洗浄を実施した。また、サンプルS11〜S14に関しては、ステップT140におけるアークイオンプレーティング法に従った成膜時に、アークイオン流の保持時間によりTiAlN膜の膜厚を調整した。なお、中間層(Ti金属層)を設けたサンプルS21,S22では、TiAlN膜の成膜前に、同じ成膜装置を用いてTi金属層の成膜を行った。
【0042】
こうして作成された表面被覆焼結体のサンプルS11〜S14,S21〜S22,S31〜S32について、上述した図3のサンプルで行ったものと同じ各種の観察・試験(洗浄後の表面珪素量測定を除く)を行った。但し、切削性能評価試験においては、窒化珪素基材を用いた切削工具に適した以下の条件を採用した。
【0043】
<切削試験条件>
・被削材:ダクタイル鋳鉄(FCD600)
・切削速度:1000m/min
・送り速度:0.1mm/刃
・切り込み深さ:2.0mm
・切削油:なし
【0044】
図6には、こうして測定された膜厚tと,粒平均面積Sと,指標値S/t2と、基材の抗折強度と、切削試験での最大摩耗幅wとが示されている。なお、サンプルS21〜S22では、図4(C)に示すように、基材30の上に中間層22が形成され、さらにその上に表面被膜20が形成されている。これらのサンプルS21〜S22に関する膜厚tは、中間層22を含まない表面被膜20(TiAlN膜)のみの厚みである。
【0045】
図6のサンプルS11〜S14の比較から以下のことが分かる。サンプルS11は、サンプルS12よりも膜厚tが小さく、粒平均面積Sも小さいが、サンプルS12よりも最大摩耗幅wが小さい点で切削能力に優れている。サンプルS13とサンプルS14の関係も同様である。また、サンプルS11とサンプルS13を比較すると、サンプルS11の方が膜厚tと粒平均面積Sがいずれも大きく、また、サンプルS11の方が最大摩耗幅wが小さい点で切削能力に優れている。これらの比較から、膜厚tや粒平均面積Sは、切削能力(最大摩耗幅w)とは直接的な相関は無いと考えられる。
【0046】
ところで、被膜表面の結晶化の程度が低い粒界部分が被削材との接触により破壊され、その粒界破壊を起点として摩耗が進行する、というメカニズムに着目すると、結晶化の程度が低い粒界部分がより少ないほど切削性能が向上すると考えられる。そこで、表面被膜の結晶化の程度を示す指標値として、表面被膜の粒平均面積Sと被膜の厚みtとの相対関係を示す指標値S/t2を各サンプルについて算出した。
【0047】
図7(A)は、サンプルS11〜S14に関して、指標値S/t2と最大摩耗幅wとの関係をプロットしたグラフである。指標値S/t2と最大摩耗幅wとの間には強い負の相関があり、指標値S/t2が大きいほど最大摩耗幅wが小さいことが理解できる。図7(B)は、図3と図6のすべてのサンプルに関して指標値S/t2と最大摩耗幅wとの関係をプロットしたグラフである。この図においても、指標値S/t2が大きいほど最大摩耗幅wが小さいことが明らかである。なお、最大摩耗幅wの目標値を約0.15mmとすると、指標値S/t2は0.025以上が好ましく、0.03以上であることが更に好ましい。図3および図6を参照すると、指標値S/t2が0.03以上のサンプルS01,S11,S12,S21,S31は、すべて精密洗浄を行ったサンプルである。これらのサンプルS01,S11,S12,S21,S31では、基材の焼結体の表面に不純物が残存しないように十分な洗浄が行われたので、セラミック被膜の結晶粒子が十分に成長し、結晶化の程度が低い粒界部分がより少ない焼結体が得られたものと推定される。また、被削材との接触による粒界破壊が少ないため、より良好な切削性能が得られたものと考えられる。
【0048】
図6のサンプルS21は、表面被膜(TiAlN膜)の膜厚tが1μmであり、サンプルS11,S12,S31に比べて薄いが、最大摩耗幅wは最も小さい。これは、サンプルS21は、中間層(Ti金属層)を有するので、表面被膜(TiAlN膜)と基材との間の密着性が向上し、表面被膜が摩耗し難いためであると推定される。
【0049】
なお、図3および図6の全体を考慮すると、粒平均面積Sは0.01μm2≦S≦1μm2の範囲が好ましい。また、表面被膜(セラミック硬質膜)の膜厚tは、0.5μm≦t≦3.0μmの範囲が好ましい。膜厚tは、0.5μmより薄膜であると十分な耐摩耗性を付与することができず、3μmより厚膜であると熱応力により剥離し易くなるためである。
【0050】
サンプルS11とサンプルS31は、基材および表面被膜の組成、表面被膜の膜厚t、粒平均面積Sなどの値がほぼ同一であるが、サンプルS11の方がサンプルS31よりも最大摩耗幅wが小さい点で好ましい。この理由は、サンプルS11の基材の抗折強度(1470MPa)が、サンプルS31の抗折強度(1200MPa)よりも大きいことに起因すると考えられる。すなわち、基材の抗折強度が大きい切削工具は切削時において刃先がチッピング(微小な欠損)しにくく、チッピングから表面被膜の剥離や摩耗が進行することを回避できるからであると推定される。従って、窒化珪素基材を使用する場合には、抗折強度が1400MPa以上の窒化珪素を用いることが好ましい。
【符号の説明】
【0051】
10…切削工具
12…切刃
14…すくい面
16…逃げ面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超硬合金、サーメット、又はセラミックで形成された基材上に、Ti及びAlを含有するセラミック被膜が形成された切削工具であって、
前記セラミック被膜の表面における結晶粒子の平均面積をSとし、前記セラミック被膜の膜厚をtとしたとき、S/t2≧0.03であることを特徴とする切削工具。
【請求項2】
請求項1記載の切削工具であって、
前記基材は1400MPa以上の抗折強度を持つ窒化珪素で形成されていることを特徴とする切削工具。
【請求項3】
請求項1又は2記載の切削工具であって、
前記基材と前記セラミック被膜との間に中間層が形成されていることを特徴とする切削工具。
【請求項4】
請求項3記載の切削工具であって、
前記中間層は、Ti金属層を含むことを特徴とする切削工具。
【請求項5】
超硬合金、サーメット、又はセラミックで形成された基材上に、Ti及びAlを含有するセラミック被膜が形成された切削工具の製造方法であって、
(a)前記基材を構成する焼結体を作成する工程と、
(b)前記焼結体の表面を、炭化水素系洗浄液、塩素系洗浄液、フッ素系洗浄液、及び、臭素系洗浄液のうちの少なくとも一種の洗浄液を含む洗浄剤を用いて洗浄する工程と、
(c)洗浄後の前記焼結体の表面に前記セラミック被膜を形成することによって、前記セラミック被膜の表面における結晶粒子の平均面積をSとし、前記セラミック被膜の膜厚をtとしたとき、S/t2≧0.03である表面被覆焼結体を作成する工程と、
を備えることを特徴とする切削工具の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2011−224734(P2011−224734A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−97459(P2010−97459)
【出願日】平成22年4月21日(2010.4.21)
【出願人】(000004547)日本特殊陶業株式会社 (2,912)
【Fターム(参考)】