説明

加熱対象物の温度制御方法および温度制御装置

【課題】鋼板等の加熱対象物が低放射率である等の理由により温度計による所望精度での温度測定が見込めず、かつ所望精度でのモデル化も困難な加熱プロセスにおいても高精度な温度制御を行うことが可能な温度制御方法および温度制御装置の提供。
【解決手段】鋼板1の必要昇温量ΔTからモデル計算によりヒータ3の出力値を推定するための所要パワー計算モデル10と、ヒータ3による鋼板1の加熱後の温度を放射温度計4により測定し、この測定結果と温度目標値との偏差からヒータ3の出力値を算出する温度FB制御手段11と、モデル計算値をヒータ3へ出力指令するに際し、モデル計算値を温度FB制御出力値により補正する補正手段とを含む温度制御装置5である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加熱装置により加熱する鋼板等の加熱対象物の温度制御方法および温度制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板等の連続溶融めっき設備等には、帯状の鋼板等の金属板が目標温度に達するように、加熱対象物を加熱する加熱装置が設けられる。この加熱装置における金属板の温度制御は、製品としての金属板の品質に影響するため、金属板の製造において重要である。従来の金属板の温度制御技術としては、例えば特許文献1,2に記載のものが知られている。
【0003】
特許文献1に記載の板温制御方法は、算出された処理炉体出口板温を目標板温に設定するフィードフォーワード制御/フィードバック制御のゲイン毎に板温調節部の操作量変更量を算出し、算出された操作量変更量と、処理炉体内における熱収支モデルとから、処理炉出口における板温の変動を、ゲイン毎に予測算出し、予測算出された処理炉体出口板温と目標板温との温度差と、操作量変更量に基づいて、ゲイン毎に算出された操作量変更量の中から最適な操作量変更量を決定するものである。
【0004】
特許文献2に記載の板温制御方法は、板厚、目標板温などの熱負荷変化時には所定のタイミングで伝熱式に基づく加熱条件の設定替えをするフィードフォーワード制御を行い、所定時間経過後は加熱条件設定値を初期値として板温偏差に応じて加熱条件を修正するフィードバック制御を行うものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−266715号公報
【特許文献2】特開平6−49546号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の板温制御方法では、処理炉体出口における板温測定値を全面的に信用して熱収支モデルによる板温予測値との偏差が小さくなるようにゲインを強引に合わせ込んでいることになる。したがって、この板温制御方法は、板温計の測定誤差が許容される場合にのみ適用可能な技術である。
【0007】
一方、特許文献2に記載の板温制御方法では、所定時間経過後は加熱条件設定値を初期値として板温偏差に応じて加熱条件を修正するフィードバック制御を行うが、板温検出器から得た板温検出値が所望の精度で温度測定されていることが大前提である。
【0008】
ところが、鋼板等の金属板を接触式の温度計で温度計測することは表面傷等の問題により難しいため、非接触で温度測定することが可能な放射温度計が多く用いられているが、放射温度計は被測定物の表面性状によっては高精度な温度測定ができないという問題がある。特に、放射温度計は、鋼板等のように鏡面状で放射率が低い場合は実用に耐えない場合が多い。特許文献2では測定精度の悪い温度計を使用することは想定されていない。
【0009】
そこで、本発明においては、鋼板等の加熱対象物が低放射率である等の理由により温度計による所望精度での温度測定が見込めず、かつ所望精度でのモデル化も困難な加熱プロセスにおいても高精度な温度制御を行うことが可能な温度制御方法および温度制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の加熱対象物の温度制御方法は、加熱装置により加熱する加熱対象物の温度制御方法であって、加熱対象物の必要昇温量からモデル計算により加熱装置の出力値(以下、「モデル計算値」と称す。)を推定すること、加熱装置による加熱対象物の加熱後の温度を温度計により測定し、この測定結果と温度目標値との偏差から加熱装置の出力値(以下、「温度フィードバック制御出力値」と称す。)を算出すること、モデル計算値を加熱装置へ出力指令するに際し、温度フィードバック制御出力値により補正することを含むことを特徴とする。
【0011】
本発明によれば、加熱対象物の必要昇温量からモデル計算により加熱装置の出力値(モデル計算値)を推定し、このモデル計算値に基づいて加熱装置を制御することを主体とし、所望精度での温度測定が見込めない温度計の測定値を補助的に温度フィードバック制御によりモデル計算値の補正に利用することで、モデル誤差を解消することができる。
【0012】
ここで、温度フィードバック制御出力値はリミッタにより制限されることが望ましい。温度フィードバック制御出力値に制限を設けることで、モデル誤差以上には温度フィードバック制御出力値による補正が行われないようになり、際限なく補正が加わるのを防止することができる。
【0013】
本発明の温度制御装置は、加熱装置により加熱する加熱対象物の温度制御装置であって、加熱対象物の必要昇温量からモデル計算により加熱装置の出力値(モデル計算値)を推定するための所要パワー計算モデルと、加熱装置による加熱対象物の加熱後の温度を温度計により測定し、この測定結果と温度目標値との偏差から加熱装置の出力値(温度フィードバック制御出力値)を算出する温度フィードバック制御手段と、モデル計算値を加熱装置へ出力指令するに際し、モデル計算値を温度フィードバック制御出力値により補正する補正手段とを含むものである。
【0014】
本発明によれば、所要パワー計算モデルにより加熱対象物の必要昇温量からモデル計算により加熱装置の出力値(モデル計算値)を推定し、このモデル計算値に基づいて加熱装置を制御することを主体とし、所望精度での温度測定が見込めない温度計の測定値を補助的に温度フィードバック制御手段により算出して、補正手段によりモデル計算値の補正に利用することで、モデル誤差を解消することができる。
【0015】
また、本発明の温度制御装置は、温度フィードバック制御出力値を制限するリミッタをさらに含むものであることが望ましい。これにより、温度フィードバック制御出力値に制限を設けることで、モデル誤差以上には温度フィードバック制御出力値による補正が行われないようになり、際限なく補正が加わるのを防止することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、モデル計算値に基づく温度制御および温度計測定値による温度フィードバック制御のそれぞれ単体では所望精度を満足できない加熱プロセスにおいても高精度な温度制御を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施の形態における鋼板表面処理ラインの概略構成図である。
【図2】(a)は本実施形態における温度制御装置の温度制御性を示す図、(b)はモデル計算値に基づく温度制御のみの場合の温度制御性を示す図、(c)は温度計測定値による温度フィードバック制御のみの場合の温度制御性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1は本発明の実施の形態における鋼板表面処理ラインの概略構成図である。
図1に示すように、本発明の実施の形態における鋼板表面処理ラインには、鋼板1を連続的に搬送する搬送ローラ2、鋼板1を加熱処理する加熱装置としての近赤外線(NIR)ヒータ(以下、「ヒータ」と称す。)3と、被測定物としての鋼板1の温度を非接触で測定する温度計である放射温度計4と、ヒータ3の加熱温度を制御する温度制御装置5とを有する。
【0019】
ヒータ3は、有機樹脂等の塗付液が塗付された鋼板1を加熱し、表面処理後の乾燥や成膜化等を行うためのものである。なお、ヒータ3はNIRの他、抵抗加熱や赤外線加熱等の方式のものを用いることが可能である。放射温度計4は、ヒータ3による加熱処理後の鋼板1の温度を非接触で測定するものである。
【0020】
温度制御装置5は、鋼板1の必要昇温量からモデル計算によりヒータ3の所要パワーである出力値(以下、「モデル計算値」と称す。)を推定する所要パワー計算モデル10と、放射温度計4による測定結果と温度目標値との偏差からヒータ3の出力値(以下、「温度FB制御出力値」と称す。)を算出する温度FB制御手段11と、温度FB制御手段11により出力される温度FB制御出力値を制限するリミッタ12とを有する。
【0021】
所要パワー計算モデル10は、より詳しくは、鋼板サイズ(板幅、板厚)、通板速度(ライン速度)、比熱、加熱効率や温度目標値等の鋼板条件およびヒータ3の入側温度(推定値)から求められる必要昇温量ΔTからモデル計算によりヒータ3の出力値を算出するものである。なお、所要パワー計算モデル10は、定周期(例えば、PLC(プログラマブルロジックコントローラ)により20sec.周期)に実行される。
【0022】
上記構成の鋼板表面処理ラインでは、鋼板1を連続的にヒータ3に通板して加熱処理を行うに際し、温度制御装置5は、鋼板1の温度目標値とヒータ3の入側温度とから鋼板1の必要昇温量ΔTを求め、この必要昇温量ΔTと前述の鋼板条件とから所要パワー計算モデル10によりヒータ3の出力値(モデル計算値)を推定し、主としてこのモデル計算値に基づいてヒータ3を制御する。
【0023】
このとき、温度制御装置5は、ヒータ3の出側の放射温度計4により測定した鋼板1の温度と温度目標値との偏差から温度FB制御手段11により温度フィードバック制御出力値を算出し、モデル計算値に加算することで、モデル計算値を補正する。図1におけるサミングポイント13は、モデル計算値を温度FB制御出力値により補正してヒータ3へ出力指令する補正手段として機能する。なお、温度フィードバック制御出力値は、リミッタ12により制限されているので、モデル誤差以上の補正は行われない。
【0024】
ここで、温度FB制御手段11は、モデル誤差による定常偏差分を除去することを目的としているため、放射温度計4の測定値にはフィルタリング処理を行い、ノイズ分を除去し、さらに微分要素は不使用として、積分要素主体のゲイン設定としている。また、リミッタ12は、経験的に確認された通常のモデル誤差範囲、例えば予め接触式温度計を用いてモデル誤差の実態を調査することにより確認された制限値が設定されている。これにより、確認されたモデル誤差以上には温度FB制御手段11による補正が加わらないようにいている。
【0025】
このように、本実施形態における温度制御装置5では、鋼板1の必要昇温量ΔTからモデル計算によりヒータ3の出力値(モデル計算値)を推定し、このモデル計算値に基づいてヒータ3を制御することを主体とし、所望精度での温度測定が見込めない放射温度計3の測定値を同時並行的に温度フィードバック制御によりモデル計算値の補正に利用することで、モデル誤差による定常偏差を解消することができる。
【0026】
したがって、本実施形態における温度制御装置5では、モデル計算値に基づく温度制御および温度計測定値による温度フィードバック制御のそれぞれ単体では所望精度を満足できない加熱プロセスにおいても高精度な温度制御を行うことが可能である。
【0027】
なお、従来のように温度フィードバック制御のみでこのような条件で制御した場合、加熱条件が変化した際に目標温度に収束させるには長い時間を要することになるが、本実施形態における温度制御装置5ではモデル計算値と併用していることで、条件変化に伴い必要となるパワー変更の大部分は、モデル計算結果に基づいてタイムリーに行われ、温度フィードバック制御はモデル誤差による定常偏差分の解消に寄与することとなる。
【0028】
また、本実施形態においてモデル計算はプリセットだけでなく定周期に実行するため、目標温度、鋼板1のサイズや処理速度が変動した際にもタイムリーに追従した温度制御が可能となる。しかし、これだけではモデルと実プロセスの誤差により目標温度との差が生じるので、前述のように当該モデル計算値に温度FB制御手段11による補正を加えてヒータ3の出力指令値とすることで、誤差分の解消を行っている。
【0029】
このように、本実施形態における温度制御装置5では、温度フィードバック制御とモデル計算値に基づく温度制御とを常に並行的に実行していることから、微小な条件変化にもモデル計算によりタイムリーに対応可能である。特に、本実施形態のように鋼板表面処理ラインのように応答性の高いプロセスにおいては、ライン加減速の過渡期においてもモデル誤差分の補正が可能となるため、特許文献2のようなフィードフォーワード制御とフィードバック制御とを切り替える方式よりも適している。
【0030】
なお、ヒータ3の入側温度は実測値を使用することも可能であるが、本実施形態のような鋼板表面処理ラインでは入側温度の変動要素が多いため、出側温度と同様に所望精度で測定できないケースが多い。そこで、本実施形態においては入側温度を推定する検量線を作成して推定値を用いている。
【0031】
当該鋼板表面処理ラインにおいてはヒータ3の前に水槽を通過するセクションがあり、そこの水温によって板温が左右されるため、水槽温度、板厚および雰囲気温度をパラメータとして、入側温度を接触式温度計で測定した結果から検量線を作成し、操業中のこれらのパラメータの実績値から入側温度推定値を読み取ってヒータ3の入側温度として採用している。
【0032】
なお、本実施形態においてはヒータ3としてNIRヒータを用いているが、このNIRヒータはランプ数百本が加熱源であることから少々断線しても運転継続することが可能である。このとき、ヒータ3への出力指令は断線の有無に関係なく行われ、電源(サイリスタ)の出力電圧が変わるのみである。したがって、NIRヒータの断線本数を検出し、断線状態に応じてリミッタ12の制限値を変化させることで対応可能である。
【0033】
また、放射温度計4が汚れ等により出力低下してくると、ヒータ3のパワー変化(ΔP)に対する温度変化(ΔT)も小さくなってくる。そこで、ライン速度が変動する部分は除いてΔPに対するΔTをロギングしておき、現状と比較し、温度変化が鈍ってきたら、放射温度計4の汚れ等が懸念されると判断し、プラス側の温度FB制御出力値の上限を低く設定する構成とすることも可能である。
【実施例】
【0034】
モデル計算値に基づく温度制御および温度計測定値による温度フィードバック制御を併用する本実施形態における温度制御装置5の温度制御性について検証した。図2(a)は本実施形態における温度制御装置5の温度制御性を示している。なお、図2には比較例としてモデル計算値に基づく温度制御のみの例(b)と温度計測定値による温度フィードバック制御のみの例(c)を示した。
【0035】
図2(b)に示すように、モデル計算値に基づく温度制御のみの場合、モデル計算により、ライン速度変更と同時に(厳密には制御周期の遅れはあり)所要パワーも上がるため、条件変化に対する追従性は良いが、モデル誤差による定常偏差は避けられない。また、被加熱物のマス増大に伴い定常偏差も拡大する。
【0036】
また、図2(c)に示すように、温度計測定値による温度フィードバックのみの場合、ライン速度の変化により温度偏差が生じて初めてPIDゲインに応じてNIR出力が変化するため、反応が遅い。そのため、温度計の精度が悪く、フィルタ処理と積分要素とが主体となる場合には、特に緩やかな反応となってしまう。
【0037】
一方、図2(a)に示すように、本実施形態における温度制御装置5では、温度フィードバック要素により定常偏差が解消された状態から加速した場合、加速分に対するモデル計算誤差により、一旦定常偏差を生ずるが、やがて積分主体の温度フィードバックにより定常偏差が解消している。
【0038】
このように、本実施形態における温度制御装置5では、温度計による所望精度での温度測定が見込めない場合であっても、従来のモデル計算値に基づく温度制御および温度計測定値による温度フィードバック制御のそれぞれ単体では解消できなかった定常偏差を解消することが可能であり、高精度な温度制御を行うことが可能であることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明は、鋼板等の連続溶融めっき設備等において加熱装置により加熱する加熱対象物の温度制御方法および温度制御装置として有用である。
【符号の説明】
【0040】
1 鋼板
2 搬送ローラ
3 ヒータ
4 放射温度計
5 温度制御装置
10 所要パワー計算モデル
11 温度FB制御手段
12 リミッタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加熱装置により加熱する加熱対象物の温度制御方法であって、
前記加熱対象物の必要昇温量からモデル計算により前記加熱装置の出力値(以下、「モデル計算値」と称す。)を推定すること、
前記加熱装置による前記加熱対象物の加熱後の温度を温度計により測定し、この測定結果と温度目標値との偏差から前記加熱装置の出力値(以下、「温度フィードバック制御出力値」と称す。)を算出すること、
前記モデル計算値を前記加熱装置へ出力指令するに際し、前記モデル計算値を前記温度フィードバック制御出力値により補正すること
を含む温度制御方法。
【請求項2】
前記温度フィードバック制御出力値はリミッタにより制限されることを特徴とする請求項1記載の温度制御方法。
【請求項3】
加熱装置により加熱する加熱対象物の温度制御装置であって、
前記加熱対象物の必要昇温量からモデル計算により前記加熱装置の出力値(以下、「モデル計算値」と称す。)を推定するための所要パワー計算モデルと、
前記加熱装置による前記加熱対象物の加熱後の温度を温度計により測定し、この測定結果と温度目標値との偏差から前記加熱装置の出力値(以下、「温度フィードバック制御出力値」と称す。)を算出する温度フィードバック制御手段と、
前記モデル計算値を前記加熱装置へ出力指令するに際し、前記モデル計算値を前記温度フィードバック制御出力値により補正する補正手段と
を含む温度制御装置。
【請求項4】
前記温度フィードバック制御出力値を制限するリミッタをさらに含む請求項3記載の温度制御装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−191008(P2011−191008A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−58247(P2010−58247)
【出願日】平成22年3月15日(2010.3.15)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】