説明

半導体発光素子およびそれを用いた光パルス試験器

【課題】複数の波長帯の光を発光可能であり、特に、複数の異なる波長帯の光を各々複数の縦モードで発振可能で、高出力且つ高歩留まりで製造可能な半導体発光素子、およびそれを用いた光パルス試験器を提供する。
【解決手段】第1の光出射端面に開口し第1の利得波長を有する第1のMQW活性層と第2の光出射端面に開口し第2の利得波長を有する第2のMQW活性層とそれらを光学的に結合させる結合導波路層とが光の導波方向に結合され、結合導波路層の上方の電極と下部電極とが短絡され、第1の利得波長は第2の利得波長より長く、結合導波路層近傍に第2の利得波長に相当するブラッグ波長を有する回折格子が形成され、第1のMQW活性層で生成された光が第1の光出射端面と第2の光出射端面とでなる共振器で発振し、第2のMQW活性層で生成された光が回折格子と第2の光出射端面とでなる共振器で発振し、ともに第2の光出射端面から出射される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体発光素子およびそれを用いた光パルス試験器に関する。
【背景技術】
【0002】
光通信の分野において、複数波長の光を出力するシステムが用いられている。そして、例えば2波長のレーザ光を出力するシステムの場合には、各波長用に製作された2つの半導体レーザを用意し、各半導体レーザからの出力光を合波して出力する構成としていた(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
これに対し本願出願人は、このような複雑な光学系を要さずに構成される2波長レーザ光源として、利得波長の大きく異なる複数の活性層を結合導波層を介して直列につなぎ、かつ結合導波層近傍に回折格子を配置して各波長が独立に発振を実現することで単体のチップから複数波長のレーザ光を出射できる半導体発光素子を提案している(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−209266号公報
【特許文献2】特願2010−58610
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献2に開示された構成においては、長波側の活性層に電流を注入して発振させた際に、隣接する結合導波路層へ漏れキャリアが流入し、これが自由キャリア吸収を惹き起おこして出力が低下するという問題があった。
【0006】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであって、複数の互いに異なる利得波長を有する活性層を結合導波路層を介して直列に接続した半導体発光素子において、長波の活性層で放出及び増幅された光が結合導波路層を通過する際に長波の活性層から漏れてくるキャリアによって吸収され光出力が低下することを抑制するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の半導体発光素子は、半導体基板上に、劈開によって形成された第1の光出射端面と第2の光出射端面とを有し、前記第1の光出射端面に開口し第1の利得波長を有する第1の多重量子井戸型活性層と前記第2の光出射端面に開口し第2の利得波長を有する第2の多重量子井戸型活性層とそれらを光学的に結合させる結合導波路層とが光の導波方向に結合され、前記第1の多重量子井戸型活性層の上方に第1の電極を、前記第2の多重量子井戸型活性層の上方に第2の電極を、前記結合導波路層の上方に第3の電極を、前記半導体基板の底面に前記第3の電極と短絡される第4の電極を備えている半導体発光素子であって、前記第1の利得波長は前記第2の利得波長より長く、前記結合導波路層近傍に、前記第2の利得波長に相当するブラッグ波長を有する回折格子が形成され、前記第1の電極と前記第4の電極との通電によって前記第1の多重量子井戸型活性層で生成された光が、前記第1の光出射端面と前記第2の光出射端面とで構成される共振器で発振し、前記第2の電極と前記第4の電極との通電によって前記第2の多重量子井戸型活性層で生成された光が、前記回折格子と前記第2の光出射端面とで構成される共振器で発振し、ともに前記第2の光出射端面から出射される構成を有している。
【0008】
この構成により、長波側の活性層へ注入した電流の一部が隣接する結合導波路層へ漏れだし、長波側の活性層が放出する光を吸収して発振出力を低下させることを防ぐことが出来る。
【0009】
さらに本発明の半導体発光素子は、前記結合導波路層が前記第2の利得波長と同じかまたはより短い組成波長を有するバルク型構造であってもよい。
【0010】
この構成により、高い製造歩留まりで製造できる。
【0011】
本発明の光パルス試験器は上記いずれかの半導体発光素子と、該半導体発光素子の前記第1の電極または前記第2の電極のいずれか一方と前記第4の電極との間に光パルスを発するためのパルス状の駆動電流を印加する発光素子駆動回路とを含み、該半導体発光素子の前記第2の光出射端面から出射された前記光パルスを被測定光ファイバに出力する発光部と、前記被測定光ファイバからの前記光パルスの戻り光を電気信号に変換する受光部と、前記受光部によって変換された電気信号に基づいて前記被測定光ファイバの損失分布特性を解析する信号処理部と、を備えている。
【0012】
この構成により、複数の波長帯の光を複数の縦モードで高光出力で発振可能な半導体発光素子を備えるため、小型且つ高性能な光パルス試験器を実現できる。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、複数の波長帯の光を発光可能な半導体発光素子を高光出力で動作させることが出来る半導体発光素子、およびそれを用いた小型且つ高性能な光パルス試験器を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の第1の実施形態の半導体発光素子を示す断面図
【図2】本発明の第2の実施形態の光パルス試験器の構成を示すブロック図
【図3】本発明の第1の実施形態の半導体発光素子の特性を示す図
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る半導体発光素子およびそれを用いた光パルス試験器の実施形態について、図面を用いて説明する。
【0016】
(第1の実施形態)
本発明に係る半導体発光素子の第1の実施形態を図1に示す。この図は第1の実施形態の半導体発光素子10を光の伝搬方向に沿って切断した断面図である。
【0017】
半導体発光素子10は、図1に示すように、例えば、n型InP(インジウム・リン)からなるn型半導体基板11と、n型InPクラッド層12と、利得波長λ1を有するInGaAsP(インジウム・ガリウム・砒素・リン)からなる第1の多重量子井戸型の活性層13aを有する第1の利得領域Iと、利得波長λ2(<λ1)を有するInGaAsPからなる第2の多重量子井戸型の活性層13bを有する第2の利得領域IIと、λ2よりさらに短い組成波長を有するInGaAsPからなるバルク型結合導波路層19を有する結合導波路領域IIIを備える。
【0018】
ここで、利得波長とは、後述する複数の縦モードの発振波長のうち所望の縦モードのピーク波長を示すものとする。本実施形態では、利得波長λ1、λ2として光パルス試験器で用いる波長1.55μm、1.3μmを例にして説明する。なお、利得波長λ1、λ2は、それぞれ1.52≦λ1≦1.58、1.28≦λ2≦1.34の範囲内の値であってもよい。
【0019】
あるいは1.28〜1.34、1.47〜1.50、1.52〜1.55、1.60〜1.65の各波長範囲からの任意の組み合わせであってもよい(ただしλ1>λ2として選択する。単位はμm、以下同じ)。
【0020】
またその時の結合導波路層19の組成波長λjは1.05≦λj≦1.27であっても良い。なお組成波長とは、半導体混晶のバンドギャップエネルギーを光の波長で表したもので、混晶組成の表現方法の一つである。
【0021】
第1の多重量子井戸型の活性層13a、結合導波路層19および第2の多重量子井戸型の活性層13bは、光の導波方向に沿って配置され、バットジョイント手法により光学的に結合されている。なお、ここで言う第1の多重量子井戸型の活性層13aおよび第2の多重量子井戸型の活性層13bは、多重量子井戸(MQW:Multiple Quantum Well)構造とそれを挟む光分離閉じ込め(SCH:Separate Confinement Heterostructure)層を含んでいる。
【0022】
また、第1の多重量子井戸型の活性層13a、結合導波路層19および第2の多重量子井戸型の活性層13bの上面にはp型InPクラッド層14、p型InGaAs(インジウム・ガリウム・砒素)からなるコンタクト層15がこの順に積層されている。
【0023】
また、コンタクト層上には第1の利得領域I用の第1の上部電極17a、第2の利得領域II用の第2の上部電極17b、結合導波路領域III用の第3の上部電極17c、およびn型半導体基板11の下面には下部電極(または第4の電極)16が蒸着形成されている。
【0024】
なおこの図1では、各上部電極間の分離抵抗を改善するため、コンタクト層は各上部電極の下方部分を残してエッチングにより除去し、第1の上部電極17aの下方に第1のコンタクト層15aが、第2の上部電極17bの下方に第2のコンタクト層15bが、第3の上部電極の下方に第3のコンタクト層15cが、それぞれ独立して形成された構成を表している。
【0025】
さらに、第1の多重量子井戸型の活性層13aおよび第2の多重量子井戸型の活性層13bは、劈開によって形成された第1の光出射端面10aおよび第2の光出射端面10bをそれぞれ有する。第1の光出射端面10aには高反射(HR)コート18aが、第2の光出射端面10bには低反射(LR)コート18bがそれぞれ施されており、第2の光出射端面10bから出射される光に対する反射率が、第1の光出射端面10aから出射される光に対する反射率より低くなっている。
【0026】
ここで、HRコート18aが施された第1の光出射端面10a側の反射率は90%以上、LRコート18bが施された第2の光出射端面10b側の反射率は1〜10%程度とすることが好ましい。
【0027】
さらに、n型InPクラッド層12の結合導波路領域IIIにおいて、結合導波路層19近傍に、1.3μmのブラッグ波長λgおよび100cm-1以上の結合係数κを有する回折格子20が形成されている。
【0028】
なお、回折格子20が形成される位置は、図1に示したように結合導波路層19の下方であってもよく、あるいは結合導波路層19の上方のp型InPクラッド層14内であってもよい(図示せず)。また、第1の利得領域Iの第1の光出射端面10a近傍に1.55μmのブラッグ波長を有する回折格子が同時に形成されていてもよい。
【0029】
このような構造を有する半導体発光素子の製造方法については、特許文献2に詳細に述べられている。
【0030】
さらに、第3の上部電極17cはAuワイヤの配線により下部電極16と電気的に短絡される。なお、両電極を共に接地した構成としてもよい。
【0031】
次に、以上のように構成された本実施形態の半導体発光素子10の動作について説明する。
【0032】
第1の利得領域I用の第1の上部電極17aと下部電極16との間に電流が印加された場合には、第1の多重量子井戸型の活性層13aの内部が発光状態となる。しかし第1の上部電極17aと第3の上部電極17cの間の分離抵抗が有限であるため、電流の一部は結合導波路領域IIIへと漏れてくる。
【0033】
しかし本発明では結合導波路領域IIIの第3の上部電極17cが下部電極16と電気的に短絡しているため、漏れ電流は結合導波路層19へは流入せず、第3の上部電極17cへと流れる。これにより第1の利得領域Iからの漏れ電流が結合導波路領域IIIおよび第2の利得領域IIを流れることで生じるキャリアによる光吸収が抑制され、第1の利得領域Iの発光によるレーザ光出力が向上する。
【0034】
これにより図3に示すように、特に高電流時における1.55μm光出力の飽和が大きく改善され、高出力動作が実現される。チップ出力が200mW以上得られているので、光パルス試験器の代表例である光タイムドメインリフレクトメータ(Optical Time Domain Reflectometer)に用いた場合、ダイナミックレンジとして35dB以上の高性能が得られる。
【0035】
一方、第2の利得領域II用の第2の上部電極17bと下部電極16との間に電流が印加された場合には、第2の多重量子井戸型の活性層13bの内部が発光状態となる。
【0036】
第2の多重量子井戸型の活性層13bで生成された1.3μm帯の光は、第2の活性層13bに沿って伝搬する。この1.3μmの光は、1.3μmのブラッグ波長λgを有する回折格子20で90%以上反射されるため、利得波長が1.55μmの第1の多重量子井戸型の活性層13aにおける光吸収は抑制されている。
【0037】
この場合には第2の多重量子井戸型の活性層13bで生成された1.3μm帯の光はほとんど第1の多重量子井戸型の活性層13aへ侵入しないため、図3に示すように第3の上部電極17cをショートした効果は前記の場合に比べて小さくなる。
【0038】
以上説明したように、本実施形態の半導体発光素子は、結合導波路層領域の上部電極を下部電極にショートすることで光出力の飽和を抑制し高光出力化を実現する。特に長波側の光を発振させる時に大きな効果が得られる。
【0039】
(第2の実施形態)
複数の異なる波長帯の光を複数の縦モードで発振可能な第1の実施形態の半導体発光素子10は、光パルス試験器の光源として用いることができる。以下、半導体発光素子10を備えた光パルス試験器の実施形態について図面を用いて説明する。
【0040】
図2に示すように、第2の実施形態の光パルス試験器は、半導体発光素子10および半導体発光素子10に光パルスを発するためのパルス状の駆動電流を印加する発光素子駆動回路2を有し、半導体発光素子10の第2の光出射端面10bから出射された光パルスを被測定光ファイバ3に出力する発光部1と、被測定光ファイバ3からの光パルスの戻り光を電気信号に変換する受光部4と、受光部4によって変換された電気信号に基づいて被測定光ファイバ3の損失分布特性を解析する信号処理部5と、を備える。
【0041】
なお、信号処理部5は、発光素子駆動回路2が半導体発光素子10に駆動電流を印加するタイミングを制御する。
【0042】
さらに、本実施形態の光パルス試験器は、発光部1からの光パルスをバンドパスフィルタ(BPF)6に出力するとともに、被測定光ファイバ3からの戻り光を受光部4に出力する光カプラ7と、被測定光ファイバ3と光結合する光コネクタ8と、信号処理部5の処理結果を表示する表示部9と、を備える。
【0043】
次に、以上のように構成された本実施形態の光パルス試験器の動作を説明する。なお、以下の説明においては、本実施形態の光パルス試験器は半導体発光素子10を備えているものとする。
【0044】
まず、発光素子駆動回路2によって、半導体発光素子10の第1の利得領域I(または第2の利得領域II)にパルス状の駆動電流が印加され、第3の上部電極17cは下部電極16とショートされていることにより、発光部1から1.55μm帯(または1.3μm帯)の光パルスが出力される。
【0045】
そして、発光部1から出力された光パルスが、光カプラ7、BPF6、光コネクタ8を経て、被測定光ファイバ3に入射される。被測定光ファイバ3に入射された光パルスは、戻り光となって光カプラ7を介して受光部4に受光される。
【0046】
戻り光は、受光部4によって電気信号に変換され、信号処理部5に入力される。そして、信号処理部5によって、被測定光ファイバ3の損失分布特性が算出される。算出された損失分布特性は表示部9に表示される。
【0047】
以上説明したように、本実施形態の光パルス試験器は、1つの素子で複数の異なる波長帯の光を高光出力で発振可能な半導体発光素子を備えるため、小型化および高性能化を実現できる。
【符号の説明】
【0048】
1 発光部
2 発光素子駆動回路
3 被測定光ファイバ
4 受光部
5 信号処理部
10 半導体発光素子
10a 第1の光出射端面
10b 第2の光出射端面
13a 第1の活性層
13b 第2の活性層
19 結合導波路層
20 回折格子
17a 第1の上部電極(または第1の電極)
17b 第2の上部電極(または第2の電極)
17c 第3の上部電極(または第3の電極)
16 下部電極(または第4の電極)
18a 高反射(HR)コート
18b 低反射(LR)コート
20 回折格子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体基板上に、
劈開によって形成された第1の光出射端面と第2の光出射端面とを有し、前記第1の光出射端面に開口し第1の利得波長を有する第1の多重量子井戸型活性層と前記第2の光出射端面に開口し第2の利得波長を有する第2の多重量子井戸型活性層とそれらを光学的に結合させる結合導波路層とが光の導波方向に結合され、前記第1の多重量子井戸型活性層の上方に第1の電極を、前記第2の多重量子井戸型活性層の上方に第2の電極を、前記結合導波路層の上方に第3の電極を、前記半導体基板の底面に前記第3の電極と短絡される第4の電極を備えている半導体発光素子であって、
前記第1の利得波長は前記第2の利得波長より長く、
前記結合導波路層近傍に、前記第2の利得波長に相当するブラッグ波長を有する回折格子が形成され、
前記第1の電極と前記第4の電極との通電によって前記第1の多重量子井戸型活性層で生成された光が、前記第1の光出射端面と前記第2の光出射端面とで構成される共振器で発振し、前記第2の電極と前記第4の電極との通電によって前記第2の多重量子井戸型活性層で生成された光が、前記回折格子と前記第2の光出射端面とで構成される共振器で発振し、ともに前記第2の光出射端面から出射されることを特徴とする半導体発光素子。
【請求項2】
前記結合導波路層は、前記第2の利得波長と同じかまたはより短い組成波長を有するバルク型構造であることを特徴とする請求項1に記載の半導体発光素子。
【請求項3】
請求項1または2に記載の半導体発光素子と、該半導体発光素子の前記第1の電極または前記第2の電極のいずれか一方と前記第4の電極との間に光パルスを発するためのパルス状の駆動電流を印加する発光素子駆動回路とを含み、該半導体発光素子の前記第2の光出射端面から出射された前記光パルスを被測定光ファイバに出力する発光部と、
前記被測定光ファイバからの前記光パルスの戻り光を電気信号に変換する受光部と、
前記受光部によって変換された電気信号に基づいて前記被測定光ファイバの損失分布特性を解析する信号処理部と、を備えた光パルス試験器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−84627(P2012−84627A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−228266(P2010−228266)
【出願日】平成22年10月8日(2010.10.8)
【出願人】(000000572)アンリツ株式会社 (838)
【Fターム(参考)】