説明

単層カーボンナノチューブ合成用触媒及びその調製方法並びにこの触媒を使用した単層カーボンナノチューブの製造方法

【課題】 基板上に成長するSWNTの配向状態を、平行方向又は垂直方向に制御することのできるSWNT合成用触媒;基板上に分散・担持される主触媒金属の分散密度を制御できるSWNT合成用触媒の調製方法;一酸化炭素を用いた容易かつ低コストであって、常圧、低温で行うことができ、基板上に成長するSWNTの配向状態を制御できるSWNTの製造方法を提供。
【解決手段】 基板2上に触媒金属が担持されてなる単層カーボンナノチューブ合成用触媒であって、前記触媒金属が、8族、9族、10族からなる主触媒金属3と、6族からなる助触媒金属4とから構成され、この主触媒金属3が、前記基板2上に疎に分散されて担持されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単層カーボンナノチューブ合成用触媒及びその調製方法並びにこの触媒を使用した単層カーボンナノチューブの製造方法に関するものであり、特に、一酸化炭素を炭素源とした単層カーボンナノチューブの製造方法とこれに使用する単層カーボンナノチューブ合成用触媒及びその調製方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
単層カーボンナノチューブ(Single-walled carbon nanotubes:以下、「SWNT」と略す。)の合成法としては、従来より、アーク放電法、レーザーアブレーション法、化学的気相蒸着法(Chemical vapor deposition:CVD)、一酸化炭素(CO)を炭素源としたHiPco法(High Pressure CO:高圧CO熱分解法)等が知られている。
【0003】
そのなかでも、触媒を用いたCVD法(Catalytic chemical vapor deposition:CCVD)として、アルコールを炭素源とした丸山等によるアルコールCCVD(ACCVD)法が提案されている(例えば、非特許文献1参照)。
【0004】
このACCVD法では、炭素源としてアルコールを使用し、触媒としてからなる2元機能触媒を用いて、これを粒子状や板状の多孔質材に担持させたり、平滑な基板にディップコートして使用することにより、アモルファスをほとんど含まないSWNTの合成に成功している。
【0005】
このSWNTは、特に電子・光デバイスヘの利用が期待されている材料であり、基板上にSWNTを成長させて、その配向を制御する技術が重要視されている。しかし、SWNTの選択的合成は、近年実験的に確認され始めたばかりであり、丸山等がアルコールを炭素源として、石英基板上へのSWNTのACCVD成長において、事前に反応器内の清浄度を、真空引きして上げることにより、基板に対するSWNTの垂直配向に成功している例があるのみである(例えば、非特許文献2参照)。
【非特許文献1】Yoichi Murakami,Yuhei Miyauchi,Shohei Chiashi,and Shigeo Maruyama,ケミカル フィジックス レターズ(Chemical Physics Letters),377(2003),p.49−54
【非特許文献2】Yoichi Murakami,Shohei Chiashi,Yuhei Miyauchi,Minghui Hu,Masaru Ogura,Tatsuya Okubo,and Shigeo Maruyama,ケミカル フィジックス レターズ(Chemical Physics Letters),385(2004),p.298−303
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、非特許文献1に係るACCVD法にあっては、SWNTがマット状に生成し、この配向を制御することはできなかった。この理由としては、基板上の触媒金属微粒子の最初の分散状態は、SWNTの垂直配向に好適な状態にあったかもしれないが、反応容器内の清浄度が低いことにより、これらの触媒金属微粒子の活性点が失活してしまい、失活しなかった有効な触媒金属微粒子同士の間隔が広くなって、成長したSWNTは失活点を含む基板材質との相互作用によって基板に引き付けられて、マット状に成長したと考えられる。
【0007】
また、非特許文献2に係るACCVD法にあっては、SWNTの配向制御技術が反応器内の清浄度に依存しており、その要素が不確定であること、基板に対し垂直方向のみしか生成できないこと、低圧下で合成及び配向制御するため真空引きが必要でコスト面で不利であることといった問題があった。
また、炭素源となるアルコール自身が商品価値のある物質であることから、炭素源の多様化も期待されている。
【0008】
本発明は、上記従来技術の問題点に鑑み、基板上に成長するSWNTの配向状態を、平行方向又は垂直方向に制御することのできるSWNT合成用触媒を提供することを目的とする。
【0009】
また、本発明は、基板上に分散されて担持される主触媒金属の分散密度を制御することのできるSWNT合成用触媒の調製方法を提供することを目的とする。
【0010】
さらに、本発明は、一酸化炭素を用いた容易かつ低コストであって、常圧、低温で行うことができ、基板上に成長するSWNTの配向状態を制御することができるSWNTの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
かかる課題を解決するため、
請求項1にかかる発明は、基板上に触媒金属が担持されてなる単層カーボンナノチューブ合成用触媒であって、前記触媒金属が、8族、9族、10族からなる主触媒金属と、6族からなる助触媒金属とから構成され、この主触媒金属が、前記基板上に疎に分散されて担持されていることを特徴とする単層カーボンナノチューブ合成用触媒である。
【0012】
請求項2にかかる発明は、基板上に触媒金属が担持されてなる単層カーボンナノチューブ合成用触媒であって、前記触媒金属が、8族、9族、10族からなる主触媒金属と、6族からなる助触媒金属とから構成され、この主触媒金属が、前記基板上に密に分散されて担持されていることを特徴とする単層カーボンナノチューブ合成用触媒である。
【0013】
請求項3にかかる発明は、8族、9族、10族を含有する主触媒金属前駆体と6族を含有する助触媒金属前駆体とを含む溶液又は分散液に、基板を浸漬し、次いで、この基板を4cm/分以上の速度で引き上げたのち、これを加熱することを特徴とする基板上に疎に分散されて担持された単層カーボンナノチューブ合成用触媒の調製方法である。
【0014】
請求項4にかかる発明は、8族、9族、10族を含有する主触媒金属前駆体と6族を含有する助触媒金属前駆体とを含む溶液又は分散液に、基板を浸漬し、次いで、この基板を4cm/分未満の速度で引き上げたのち、これを加熱することを特徴とする基板上に密に分散されて担持された単層カーボンナノチューブ合成用触媒の調製方法である。
【0015】
請求項5にかかる発明は、請求項1に記載の単層カーボンナノチューブ合成用触媒を用い、この触媒上に炭素源として一酸化炭素を流し、化学的気相成長法により、単層カーボンナノチューブを基板表面に対して平行に配向して成長させることを特徴とする単層カーボンナノチューブの製造方法である。
【0016】
請求項6にかかる発明は、請求項2に記載の単層カーボンナノチューブ合成用触媒を用い、この触媒上に炭素源として一酸化炭素を流し、化学的気相成長法により、単層カーボンナノチューブを基板表面に対して垂直に配向して成長させることを特徴とする単層カーボンナノチューブの製造方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明のSWNT合成用触媒によれば、基板上に分散・担持された主触媒金属の分散密度の違いにより、基板上に成長するSWNTの配向状態を、平行方向又は垂直方向に制御することができる。
【0018】
また、本発明のSWNT合成用触媒の調製方法によれば、基板の引き上げ速度を変えることにより、基板上に分散・担持される主触媒金属の分散密度を制御することができる。
【0019】
さらに、本発明のSWNTの製造方法によれば、構造欠陥が少なく、直径分布の狭い配向状態の制御された高品質なSWNTが得られる。また、その収率も高い。さらに、一酸化炭素を用いることにより、安価かつ豊富な炭素源として期待することができ、容易かつ低コストであって、反応条件が常圧で、比較的低温でSWNTを合成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態に係るSWNT合成用触媒の例を図面に示し、詳細に説明する。
【0021】
[第1の実施形態]
図1は、第1の実施形態に係るSWNT合成用触媒、すなわち触媒金属が担持された基板(以下、「触媒基板」と略す。)の例を模式的に示すものである。
図1に示した触媒基板1は、基板2と、この基板2の表面に分散されて担持された主触媒金属3と、助触媒金属4とから構成されている。
【0022】
この基板2には、石英ガラス、耐熱ガラス等のガラス板、シリカ、アルミナ等のセラミック板が用いられる。また、これらをフィルム状にしたものであってもよい。例えば、(100)面に配向したSiウェハー等も基板として用いることはできるが、SWNTの成長方向がこの基板の表面の配向に引きずられてしまうため、SWNTの配向状態を制御する場合にはあまり好ましくない。
【0023】
また、主触媒金属3は、鉄(Fe)、ルテニウム(Ru)、オスミニウム(Os)の8族、コバルト(Co)、ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)の9族、ニッケル(Ni)、鉛(Pb)、白金(Pt)の10族の群から選択される少なくとも一種以上の金属の微細粒子からなるもので、主に、SWNTの生成に寄与する触媒機能を有するものである。そのなかでも、主触媒金属3として、コバルトが好ましい。
【0024】
また、助触媒4は、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)等の6族又はその酸化物の微粒子からなるもので、主に、主触媒金属3の凝集・焼結を防ぐスペーサーとしての機能を有するものである。そのなかでも、助触媒金属4として、モリブデン又はその酸化物が好ましい。
【0025】
本実施形態に係る触媒基板1では、基板2表面上、特に最表面において、少なくとも主触媒金属3が、疎に分散された状態で担持されている。ここで、「疎に分散された状態」とは、主金属触媒3の粒子間の間隔が広い状態で分散されている状態を言い、例えば、隣接する主触媒金属3間の中心間距離が4nm超であることを言う。
【0026】
また、助触媒金属4も、同様に疎に分散された状態で担持されていることが好ましく、このものにおける疎に分散された状態とは、先の主触媒金属3のものと同様である。
【0027】
[第2の実施形態]
図2は、第2の実施形態に係るSWNT合成用触媒(触媒基板1)の例を模式的に示すものである。本実施形態の触媒基板1が、第1の実施形態のものと異なるところは、少なくとも主触媒金属3が基板2の表面、特に最表面において、密に分散された状態で担持されている点である。ここで、「密に分散された状態」とは、主金属触媒3の粒子間の間隔が狭い状態で分散されている状態を言い、例えば、隣接する主触媒金属3間の中心間距離が3〜4nm程度であることを言う。
【0028】
また、助触媒金属4も、同様に密に分散された状態で担持されていることが好ましく、このものにおける密に分散された状態とは、先の主触媒金属3のものと同様である。
【0029】
[第3の実施形態]
次に、第1及び第2の実施形態に係るSWNT合成用触媒の調製方法について説明する。
この調製方法は、基本的には、主触媒金属3となる主触媒金属前駆体と、助触媒金属4となる助触媒金属前駆体とを含む溶液又は分散液に、基板2を浸漬し、次いで、この基板2を所定の速度で引き上げ、さらに400℃で加熱するものである。
【0030】
主触媒金属前駆体としては、上述した8族、9族、10族を含有する可溶性塩やこれら金属の酸化物等が用いられ、そのなかでも、酢酸コバルト(II)四水和物が好ましい。また、助触媒金属前駆体としては、上述した6族を含有する可溶性塩やこれら金属の酸化物等が用いられ、そのなかでも、酢酸モリブデン(II)が好ましい。
これらの前駆体をアルコール、水等の溶媒又は分散媒に溶解もしくは分散した溶液又は分散液として使用に供される。
【0031】
この溶液又は分散液に対する8族、9族、10族の質量比は、0.01〜0.05質量%であり、6族の質量比は、0.01〜0.05質量%である。そのなかでも、8族、9族、10族と6族とを等量にするのが好ましい。この溶液又は分散液は、触媒金属前駆体投入後、1〜2時間程度超音波分散を行ってから使用に供し、この中に基板2を数分間浸漬した後、基板2を引き上げる。
【0032】
本発明の調製方法においては、基板2の引き上げ速度が重要な意味を持つ。すなわち、基板2の引き上げ速度を4cm/分以上とした場合には、第1の実施形態に係る触媒基板1、すなわち主触媒金属3が基板2上、特に最表面において、疎に分散した状態で担持されたものになる。
また、この引き上げ速度を4cm/分未満とした場合には、第2の実施形態に係る触媒基板1、すなわち主触媒金属3が基板2上、特に最表面において、密に分散した状態で担持されたものになる。
【0033】
これは、引き上げ速度を遅くすると、液面が波立たず穏やかに引き上げられるため、膜厚が均一で薄く成膜できると考えられ、さらにこの溶液又は分散液中に溶解もしくは分散している溶質である触媒金属も基板2表面に均一に保持されると考えられる。この触媒金属のうち、SWNTの合成に寄与するのは、最表面に位置する一原子層の主触媒金属3であり、これらも均一に分散・担持されていると考えられ、結果的には、最表面に位置する一原子層の主金属触媒3の粒子間間隔が狭くなり、密に分散した状態になると考えられる。
一方、引き上げ速度を速くすると、波立ち等の影響を受け、基板2表面上に触媒金属が不均一に保持されることとなり、結果的には、最表面に位置する一原子層の主金属触媒3の粒子間間隔が広くなり、疎に分散した状態になると考えられる。
【0034】
主触媒金属の分散密度は、この引き上げ速度以外に、上記溶液中又は分散液中の主触媒金属前駆体の濃度や溶液等の粘度にも依存するが、本発明にあっては、この濃度は薄く、粘度も低いためこれらの影響は少なく、その分散密度は、ほとんど基板2の引き上げ速度によって定まることになる。したがって、実用上は、この引き上げ速度4cm/分を境界として制御することで、第1及び第2の実施形態に係る触媒基板1を製造することができる。
【0035】
このように、本発明のSWNT合成用触媒の調製方法によれば、基板の引き上げ速度を変えることにより、基板上に分散・担持される主触媒金属の分散密度を制御することができる。
【0036】
[第4の実施形態]
次に、このようなSWNT合成用触媒を用いたSWNTの製造方法について説明する。
【0037】
図3は、この製造方法に用いられる製造設備の一例を示すブロック図である。この製造設備は、ガス供給部11と、反応部12と、ガス冷却部13とから概略構成されている。
【0038】
ガス供給部11は、炭素源となるCOと、水素ガスを反応部12に供給するもので、図示しない各ガス供給源からのCO又は水素ガスが流量制御弁111,111、流量計112,112、及び開閉弁113,113を介して、ガス供給管117に送られ、ガス加熱器14で室温〜300℃、好ましくは300℃に予熱され、反応部12に送られるようになっている。
【0039】
この反応部12には、石英ガラス等からなる反応管121と、この反応管121を包囲して、これを加熱するヒーター122とから構成されており、反応管121のヒーター122から突出した両端部は、冷却水によって冷却されるようになっている。
また、反応管121の一端部には、ガス加熱器14で予熱された反応用ガスが導入されるようになっている。
また、反応管121の他端部には、ガス排出管124が接続され、反応後の排ガスがガス冷却部13に排出されるようになっている。
【0040】
ガス冷却部13には、排ガスを冷却するガス冷却器131と、このガス冷却器131から排出される水を貯めるドレインタンク132とから構成され、排ガスを常温付近まで冷却して系外に排出するものである。
【0041】
次に、この製造設備を用いてSWNTを製造する方法を説明する。
初めに、石英ボート等に上述のSWNT合成用触媒を載置して、反応管121の内部に装填する。次いで、水素ガスを反応管121内に流しながら、ヒーター122を動作させて反応管121内部の温度を700〜800℃に昇温して、この温度に保持しつつ触媒に担持されている主触媒金属及び助触媒金属を還元する。
【0042】
次いで、CO及び水素ガスをガス加熱器14で室温〜300℃、好ましくは300℃に予熱して、反応管121内に供給し、化学的気相成長反応(CVD反応)によりSWNTを成長させる。
この反応時の触媒基板1の温度は700〜800℃、圧力は1.3〜101.3kPa、好ましくは101.3kPa、時間は10〜240分、好ましくは10分とされる。
また、COの空間速度は1〜10min−1、好ましくは5〜10min−1、水素ガスの空間速度は1〜10min−1、好ましくは1〜5min−1とされる。
【0043】
反応後、COと水素ガスの供給を停止し、反応管121内にアルゴンガス等の不活性ガスを流して、室温まで冷却する。
反応中に生成した排ガスは、ガス冷却器131で室温まで冷却されて系外に排出され、冷却によって生じた水分はドレインタンク132に貯められる。
以上の反応により、SWNT合成用触媒にSWNTが合成され、成長する。
【0044】
図4及び図5は、このようにして合成されたSWNTの成長状態を模式的に示すものである。
【0045】
図4は、図1に示した第1の実施形態に係る触媒基板1を用いて、SWNT5を成長させたときのもので、主触媒金属3が疎に分散されて担持されたものを用いた場合である。図6(a)、(b)には、このSWNTを走査型電子顕微鏡で観察した写真を示す。図6(b)は、図6(a)を拡大した写真である。この図6からも、SWNTが基板表面に対して平行に配向して成長しているのがわかる。
このように主触媒金属3が疎に分散されて担持された触媒基板1を用いることによって、これに成長するSWNTは基板2表面に平行に配向し、表面上を這うように成長する。
【0046】
図5は、図2に示した第2の実施形態に係る触媒基板1を用いて、SWNT5を成長させたときのもので、主触媒金属3が密に分散されて担持されたものを用いた場合である。図7(a)、(b)には、このSWNTを走査型電子顕微鏡で観察した写真を示す。図7(b)は、図7(a)を拡大した写真である。この図7からも、SWNTが基板表面に対して垂直に配向して成長しているのがわかる。
このように主触媒金属3が密に分散されて担持された触媒基板1を用いることによって、これに成長するSWNTは基板2表面に垂直に配向し、草木が伸びるように成長する。
【0047】
このように、本発明のSWNT合成用触媒を用いてSWNTを合成することにより、基板上に分散・担持された主触媒金属の分散密度が違うため、基板上に成長するSWNTの配向状態を、平行方向又は垂直方向に制御することができる。
【0048】
また、本発明のSWNTの製造方法では、基板上に担持された触媒金属を用いているため、合成したSWNTは構造欠陥が少なく、直径分布が狭く均一で、配向状態が基板表面に対して制御されたものとなる。また、その収率も高い。さらに、一酸化炭素を炭素源に用いているため、安価かつ豊富で低コストとなる。また、その反応条件も常圧、低温であるため、容易にSWNTを合成でき、設備も安価とすることができる。
【0049】
このSWNT合成用触媒によって、COからSWNTが合成するメカニズムは以下のように考えられる。例えば、石英基板に主触媒金属としてコバルト、助触媒金属としてモリブデンを担持したCo/Mo触媒の場合、XPSの分析等によって水素還元後(CVD直前の高温状態)にあっては、コバルト金属の下部あるいはその周囲にモリブデン酸化物が存在していることがわかっている。そして、このモリブデン酸化物が、SWNTの生成に有効なコバルト微粒子(クラスター構造をとる。)の凝集・焼結を抑制するスペーサーの役割を果たすことが判明した。
【0050】
触媒の一般論では、コバルトは水素化(H解離)や水素化分解(C−H解離)に有効であると考えられており、モリブデン酸化物は選択的酸化(O活性化/気相のOと格子内の酸素イオンが交換を起こす。)に有効であると考えられている。この考え方は、非特許文献1及び2に示したACCVD法には当てはまる。
すなわち、アルコールはコバルト上で効果的に分解され、コバルトのクラスター内に炭素原子が入り込み、過飽和後にこのクラスター構造由来の炭素の六員環構造が成長してSWNTとなる。コバルトクラスター上の活性点に五員環構造あるいはアモルファス状の炭素ネットワークが生じると活性点が失活するが、これらの阻害因子をモリブデン酸化物が酸化消失させていることにより、SWNTの成長が阻害されないと考えられている。
【0051】
これに対し、本発明に係る一酸化炭素を炭素源とするCVDによるSWNT合成メカニズムは、上記とはまったく異なり、図8に示すような金属からCOへ向けて電子の非局在化による逆供与結合が起こっていると考えられる。
すなわち、一酸化炭素は、コバルト上に配位結合して吸着する。一酸化炭素の5σ軌道の電子が、コバルトに流れ込み、コバルトのd軌道の電子は一酸化炭素の反結合性2π軌道へ移行(逆供与)し、図8に示すπ結合を作る。この結果、C−O結合が弱められ、一酸化炭素が解離すると考えられる。
【0052】
一方、モリブデン酸化物上では、モリブデンがカチオン性であるため、電子が不足しており、図8の逆供与の寄与が少なくなり、C−O結合は弱められない。このため、モリブデン酸化物上にはSWNTは合成されない。このモリブデン酸化物の活性点は、一酸化炭素で覆われることにより、アモルファスカーボンの酸化能を阻害する役割があると考えられる。すなわち、アモルファスカーボンが生成すると、コバルトクラスター上のSWNT合成の活性点が失活し、SWNT生成速度が遅くなるのだが、モリブデン酸化物が共存することで、これを防止しているものと考えられる。
【0053】
また、この主触媒金属の分散密度の違いにより、基板上に成長するSWNTの配向状態が変わるのは、主触媒金属が疎に分散され担持されていると、有効な主触媒金属同士の間隔が広いため、失活点を含む基板とSWNTの相互作用によって、成長したSWNTが基板に引き付けられることにより、平行に成長したと考えられる。
一方、主触媒金属が密に分散され担持されていると、有効な主触媒金属同士の間隔が狭いため、失活点を含む基板とSWNTの相互作用が弱まり、成長したSWNTが基板に引き付けられることなく、そのまま真上方向に向かって垂直に成長したと考えられる。
【実施例】
【0054】
以下、実施例により、本発明をさらに詳しく説明する。本発明は、下記実施例に何ら制限されるものではない。
【0055】
[実施例1]
〈SWNT用合成触媒の調製〉
酢酸コバルト(II)四水和物と酢酸モリブデン(II)からなる水和金属塩をCo/Moのモル比が1:1になるよう秤量し、これを乾燥したビーカに入れ、エタノールを注入した。エタノールに対する、金属Co、Moの質量比は、両者とも0.01質量%とした。
次いで、このビーカーをバスソニケータ中で1〜2時間超音波分散した。
その後、ディップコート台にビーカを載せ、クリップに石英基板を取付け、5分間浸漬した後、4cm/分の引き上げ速度で引き上げてディップコートした。
引き上げ後、この触媒基板を石英ボートに載せ、400℃に加熱した電気炉に投入して乾燥させた。5分後に、これを取り出し、角型スチロールケースに入れて保管した。
【0056】
〈CVDによるSWNTの製造〉
この触媒基板を石英ボートに載置し、図3に示す反応管121の内部に装填した。次いで、水素ガスを反応管121内に流しながら、反応管121内部の温度を700〜800℃に昇温し、この温度に保持しつつ水素ガスを流しながら、触媒に担持されているCo及びMoを還元した。
【0057】
次いで、CO及び水素ガスをガス加熱器14で室温のまま予熱せずに、反応管121内に供給し、化学的気相成長反応(CVD反応)によりSWNTを成長させた。
この反応時の触媒基板の温度は750℃、圧力は101.3kPa、時間は30分とした。
また、COの流量は0.8NLM、水素ガスの流量は0.2NLMとした。
反応後、COと水素ガスの供給を停止し、反応管121内にアルゴンガスを流して、室温まで冷却した。
【0058】
〈SWNTの分析〉
生成したSWNTは、走査型電子顕微鏡(日立製作所製 電界放出型SEM S−4700 I型)で観察した。また、ラマン分光分析装置(堀場Jobin Yvon製、顕微レーザラマン分光分析装置 LabRam HR−800 励起波長:488nm、対物×50)で、ラマン散乱スペクトルを分析した。図6(a)、(b)に、このSWNTを走査型電子顕微鏡で観察した写真を示す。
【0059】
図6(a)、(b)の写真から、SWNTが基板に対し平行に配向しているのが確認された。また、ラマン散乱スペクトルによると、Dバンドに対しGバンドの強度が極めて高く、また、RBMのピークが150〜200cm−1の範囲内にあり、SWNT1本当りの直径は1〜1.3nm程度と細く、かつ直径分布の幅が狭くて、非常に高純度のSWNTが生成していることがわかった。
このラマン散乱スペクトルから評価したSWNTの直径と、図6の写真を比較することによって、SWNTはバンドルを形成していることもわかった。
また、アモルファスカーボンや触媒金属を取り込んだSWNTはまったく見られず、SWNTの収率もほぼ100%に近かった。
【0060】
[実施例2]
エタノールに対する、金属Co、Moの質量比を、両者とも0.05質量%とした点、ディップコートの引き上げ速度を2cm/分とした点、ガス加熱器14の温度を300℃に昇温して予熱処理した点、COの流量を0.2NLM、水素ガスの流量を0.2NLMとした点以外は、実施例1と同様にして、触媒基板とSWNTを製造した。
また、実施例1と同様に、走査型電子顕微鏡で観察し、ラマン散乱スペクトルを分析した。図7(a)、(b)に、このSWNTを走査型電子顕微鏡で観察した写真を示す。
【0061】
図7(a)、(b)の写真から、SWNTが基板に対し垂直に配向しているのが確認された。また、ラマン散乱スペクトルによると、Dバンドに対しGバンドの強度が高く、また、RBMのピーク位置が高周波側にシフトしており、SWNT1本当りの直径は1nm程度と細く、かつ直径分布の幅が狭くて、高純度で均質なSWNTが生成していることがわかった。
このラマン散乱スペクトルから評価したSWNTの直径と、図7の写真を比較することによって、SWNTはバンドルを形成していることもわかった。
また、アモルファスカーボンや触媒金属を取り込んだSWNTはまったく見られず、SWNTの収率もほぼ100%に近かった。
【0062】
以上の結果から、本発明の基板上に主触媒金属が疎に分散・担持されたSWNT合成用触媒によれば、基板上に成長するSWNTの配向状態を平行方向に制御でき、逆に、主触媒金属が密に分散・担持されたSWNT合成用触媒によれば、基板上に成長するSWNTの配向状態を垂直方向に制御できることが確認された。
また、本発明のSWNTの製造方法によれば、構造欠陥が少なく、SWNT1本当りの直径が細く、直径分布の狭い配向状態の制御された高品質なSWNTが得られることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】第1の実施形態に係るSWNT合成用触媒の例を模式的に示したものである。
【図2】第2の実施形態に係るSWNT合成用触媒の例を模式的に示したものである。
【図3】第4の実施形態に係るSWNTの製造方法に用いられる製造設備の一例を示すブロック図である。
【図4】第1の実施形態に係るSWNT合成用触媒を用い、基板表面に対して平行に配向して合成されたSWNTの成長状態を示す模式図である。
【図5】第2の実施形態に係るSWNT合成用触媒を用い、基板表面に対して垂直に配向して合成されたSWNTの成長状態を示す模式図である。
【図6】(a)第1の実施形態に係るSWNT合成用触媒を用い、基板表面に対して平行に配向して合成されたSWNTを走査型電子顕微鏡で観察した写真である。 (b)図6(a)を拡大した写真である。
【図7】(a)第2の実施形態に係るSWNT合成用触媒を用い、基板表面に対して垂直に配向して合成されたSWNTを走査型電子顕微鏡で観察した写真である。 (b)図6(a)を拡大した写真である。
【図8】COのコバルト上への配位の模式図である。
【符号の説明】
【0064】
2 基板
3 主触媒金属
4 助触媒金属
5 単層カーボンナノチューブ(SWNT)



【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に触媒金属が担持されてなる単層カーボンナノチューブ合成用触媒であって、
前記触媒金属が、8族、9族、10族からなる主触媒金属と、6族からなる助触媒金属とから構成され、
この主触媒金属が、前記基板上に疎に分散されて担持されていることを特徴とする単層カーボンナノチューブ合成用触媒。
【請求項2】
基板上に触媒金属が担持されてなる単層カーボンナノチューブ合成用触媒であって、
前記触媒金属が、8族、9族、10族からなる主触媒金属と、6族からなる助触媒金属とから構成され、
この主触媒金属が、前記基板上に密に分散されて担持されていることを特徴とする単層カーボンナノチューブ合成用触媒。
【請求項3】
8族、9族、10族を含有する主触媒金属前駆体と6族を含有する助触媒金属前駆体とを含む溶液又は分散液に、基板を浸漬し、
次いで、この基板を4cm/分以上の速度で引き上げたのち、これを加熱することを特徴とする基板上に疎に分散されて担持された単層カーボンナノチューブ合成用触媒の調製方法。
【請求項4】
8族、9族、10族を含有する主触媒金属前駆体と6族を含有する助触媒金属前駆体とを含む溶液又は分散液に、基板を浸漬し、
次いで、この基板を4cm/分未満の速度で引き上げたのち、これを加熱することを特徴とする基板上に密に分散されて担持された単層カーボンナノチューブ合成用触媒の調製方法。
【請求項5】
請求項1に記載の単層カーボンナノチューブ合成用触媒を用い、
この触媒上に炭素源として一酸化炭素を流し、
化学的気相成長法により、単層カーボンナノチューブを基板表面に対して平行に配向して成長させることを特徴とする単層カーボンナノチューブの製造方法。
【請求項6】
請求項2に記載の単層カーボンナノチューブ合成用触媒を用い、
この触媒上に炭素源として一酸化炭素を流し、
化学的気相成長法により、単層カーボンナノチューブを基板表面に対して垂直に配向して成長させることを特徴とする単層カーボンナノチューブの製造方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−26532(P2006−26532A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−208996(P2004−208996)
【出願日】平成16年7月15日(2004.7.15)
【出願人】(000217686)電源開発株式会社 (207)
【出願人】(504273771)
【Fターム(参考)】