説明

含フッ素親水性フタロシアニン化合物およびその製造方法

【課題】含フッ素親水性フタロシアニン化合物およびその製造方法。
【解決手段】フッ素原子を置換基として有するフタロシアニンを、糖質を導入することで親水化する。糖質としては、β−シクロデキストリンが最も望ましい。水酸基が保護基によって保護されている場合、脱保護を行うことにより同様に操作できる。本含フッ素親水性、フタロシアニンは、水溶液中においても凝集作用が抑制された性質を示し、光線力学的治療の増感剤、インク、記録媒体用色素、センサー、消臭剤等に利用可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フッ素原子を含む親水性フタロシアニン化合物およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的にフタロシアニンは有機溶媒中での可視・UVスペクトルにおいて、600nm付近に弱い吸収を、680nm付近に非常に強い吸収を有する。一方で水溶性フタロシアニンは水溶液中で、その強い環同士の疎水性相互作用により凝集することが知られており、可視・UVスペクトルも会合体に特徴的な630nm付近の吸収が、本来の680nm付近の吸収より強くなる。
【0003】
本来の吸収より低波長側に最大吸光度を有するこの吸収帯は会合体に特徴的なものであり、蛍光を示さないことが知られている。フタロシアニンの蛍光強度を増大させるためには、この凝集作用を抑制し、上述の本来のフタロシアニンの吸収帯である長波長側の吸収強度を強くする必要がある。
【0004】
以前より、癌組織に対し選択的に集積するポルフィリン誘導体等を体内に投与後、光線を癌細胞に照射することにより、光を吸収したこれらの誘導体が化学反応して癌細胞を破壊する、いわゆる光線力学的治療法が知られている。
【0005】
この光化学治療剤としての例を挙げると、J.Moanらは、ヘマトポルフィリン誘導体を用いる例が記載されている(非特許文献1)。しかしながら、この報告における治療剤は癌組織に対する選択蓄積性も十分ではなく、又組織透過性の良い長波長光に対する吸収性が悪いため、治療の範囲が制限されるという欠点を有している。
これらを改善するために水溶性フタロシアニン化合物を用いる方法が開示されている。例えば、N.Brasseurら(非特許文献2および3)には、スルホン酸置換の亜鉛フタロシアニン、クロロアルミニウムフタロシアニンあるいはクロロガリウムフタロシアニン等を用いる例が記載されている。
【0006】
1994年に西坂らは、ペルフルオロ置換の水溶性フタロシアニンの合成、増感剤としての応用について報告している(特許文献1)。しかしながら、深部への組織に対して有効なものになりうるために、更なる癌組織に対する選択蓄積性と、更に長波長の光に対して光吸収性が求められているが、十分であるとは言い難い。臨床での効果的な使用を考えた場合、更なる改良が必要である。
【非特許文献1】Photochem.Photobiol.1986.43.681
【非特許文献2】Photochem.Photobiol.1987.44.581
【非特許文献3】Photochem.Photobiol.1988.47.705
【特許文献1】特開平6−72823号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
解決しようとする問題点は、無置換の亜鉛フタロシアニンより長波長側に吸収を有し、水溶液中においても凝集作用が抑制されたフタロシアニンを設計、製造することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、フッ素原子を含む置換基を導入したフタロシアニンを合成することで、吸収の長波長化、凝集作用の抑制を示し、また糖質を導入することで親水性の向上を達成した。
すなわち第1発明の含フッ素親水性フタロシアニン化合物は、下記の一般式1で表され、また、第2発明の前記含フッ素親水性フタロシアニン化合物の製造方法は、下記の式(2)で表されるフタロニトリル誘導体に下記の式(3)で表されるフタロニトリル糖誘導体を反応させる工程を備えることを特徴とする。
【0009】
【化1】


【0010】
式中R、R、R、Rはそれぞれ独立に水素原子、フッ素原子、フルオアルキル基、フルオロアルケニル基、フルオロアルキニル基、フルオロアリール基、フルオロアルコキシ基、フルオロアリールオキシ基、フルオロアルキルチオ基、又はフルオロアリールチオ基を表し、各々はさらに置換基を有していてもよい。C、C、C、Cはそれぞれ独立に、上記R、R、R、及びRがそれぞれ表す各基あるいは糖質を表し、各々糖質はさらに置換基を有していてもよい。但し、C、C、C、Cの少なくとも1つは、それ自体が糖質であるか、又は糖質を置換基として有し、各々糖質はさらに置換基を有していてもよい。l、m、n、p、は0、1、2、3、又は4の整数を表す。Mは、水素原子、金属元素、金属酸化物、金属水酸化物、又は金属ハロゲン化物を表す。
【0011】
【化2】

【0012】
【化3】

【0013】
式中R、R、R、Rはそれぞれ独立に水素原子、フッ素原子、フルオアルキル基、フルオロアルケニル基、フルオロアルキニル基、フルオロアリール基、フルオロアルコキシ基、フルオロアリールオキシ基、フルオロアルキルチオ基、又はフルオロアリールチオ基を表し、各々はさらに置換基を有していてもよい。C、C、C、Cはそれぞれ独立に、上記R、R、R、及びRがそれぞれ表す各基あるいは糖質を表し、各々糖質はさらに置換基を有していてもよい。但し、C、C、C、Cの少なくとも1つは、それ自体が糖質であるか、又は糖質を置換基として有し、各々糖質はさらに置換基を有していてもよい。
【発明の効果】
【0014】
これまで環に糖質を直接導入したフタロシアニンはいくつか報告がなされているが(非特許文献4乃至8)、いずれも水中での600−800nmでの可視・UVスペクトルにおいて、凝集作用である短波長側の吸収強度の方が強い。
【非特許文献4】Tetrahedron Lett.2005.46.1551
【非特許文献5】Tetrahedron Lett.2006.47.3283
【非特許文献6】Tetrahedron.Lett.2006.47.6129
【非特許文献7】Tetrahedron.Lett.2006.47.9177
【非特許文献8】Org.Lett.2007.9.231
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本明細書において、例えばR、R、R、Rが示すフッ素含有置換基はトリフルオロエトキ基、ヘキサフルオロイソプロピル基を用いることができる。
【0016】
、C、C、Cが示す糖質は、例えば5、6員環糖誘導体、鎖状糖誘導体、環状オリゴ糖を用いることができる。より具体的には、5員環糖誘導体としてはアロフラノース、グルコフラノース、マンノフラノース、リボフラノースなどを、6員環糖誘導体としてはアロース、アラビノース、フルクトース、ガラクトース、グルコースなどを、鎖状糖誘導体としては5、6員環糖誘導体の鎖状体、環状オリゴ糖はα―、β―、γ―又はδ―シクロデキストリンが挙げられる。C、C、C、Cが示す糖質が置換基を有する場合、低級アルキル基、低級アルコキシ基、ハロゲン原子、ハロゲン化低級アルキル基、置換基を有していてもよいアミノ基、ヒドロキシル基、低級アルキルチオ基、低級アルコキシカルボニル基、置換基を有していてもよいカルバモイル基、シアノ基ニトロ基、ベンジル基、置換基を有してもよいアリール基、低級アルケニル基、又は低級アルキニル基を示し、隣接する2つの基は一緒になって置換基を有していてもよい5、6又は7員環を形成してもよく、糖鎖であってもよい。
【0017】
、R、R、Rはそれぞれ独立に上記に定義されたいずれかの置換基を示すが、全部が同一の置換基であってもよい。なお、R、R、RかつRがトリフルオロエトキシ基である化合物が本発明の好ましい態様である。
【0018】
、C、C、Cはそれぞれ独立に上記に定義されたいずれかの置換基を示すが、全部が同一の置換基であってもよい。また、C、C、C、Cのうちの隣接する2つの基は一緒になって5、6又は7員環を形成していてもよく、環は炭化水素環又は複素環のいずれでもよい。なお、該環は置換基を有していてもよい。置換基の種類、個数、置換位置は特に限定されないが、置換基として、例えば、炭素数1、2、3、4、5又は6程度のアルキル基などを好適に用いることができる。例えば、上記の環は、1個のアルキル基、又は同一若しくは異なる2、3又は4個のアルキル基を有していてもよい。
【0019】
一般式1で表わされる本発明の化合物に存在する糖質の置換数はいずれであってもよく、いずれも本発明の範囲に包含される。また、異なる数の糖質置換基の任意の混合物も本発明の範囲に包含される。
【0020】
一般式1で表わされる異なる数の糖質置換基の任意の混合物は、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより単離することができる。糖質を1つ有する化合物が最も望ましい。
【0021】
本発明の化合物に存在する位置異性体はいずれであってもよく、いずれも本発明の範囲に包含される。また、位置異性体の任意の混合物も本発明の範囲に包含される。本発明のフタロシアニン化合物置換基の種類あるいは金属元素の種類に応じて塩や錯体を形成する場合があり、また水和物又は溶媒和物として存在する場合もあるが、これらの物質はいずれも本発明の範囲に包含される。
【0022】
本発明の含フッ素親水性フタロシアニン化合物製造方法は特に限定されないが、非特許文献9などによって合成される上記式(2)含フッ素フタロニトリル誘導体と、非特許文献10などによって合成される上記式(3)の含糖質フタロニトリル誘導体とを、金属塩存在下、又は非存在下で反応させることでフタロシアニンを製造することができる。
【非特許文献9】J.Heterocycl.Chem.2000.37.1193
【非特許文献10】Tetrahedron.Lett.2006.47.6129 溶媒はジメチルアミノエタノールを用いることが望ましいが、炭素数3以上6以下のアルコールもしくは炭素数3以上6以下のエーテル結合を有するアルコール、炭素数3以上6以下のアミノ結合を有するアルコールを用いることもでき、ブタノール、ペンタノール、エトキシエタノール、メトキシエタノールが好ましい。
【0023】
反応温度100℃から140℃で反応させることが最良の条件である。リチウム、ジアザビシクロウンデセン又はジアザビシクロノネン等の塩基を触媒もしくは当量用いることで反応温度を低下させることができ、室温から140℃で反応を行うことができる。
【0024】
反応時間は特に制限はないが、2時間以上72時間以下が好ましく、24時間が最良である。
【0025】
金属塩は塩化亜鉛、臭化亜鉛、酢酸亜鉛、亜鉛(単体)が望ましい。特に塩化亜鉛が最良である。
【0026】
糖質はβ−シクロデキストリンが最も望ましい。水酸基が保護基によって保護されている場合、脱保護を行うことにより一般式1で表される化合物を最良の形態へ変換することができる。
【0027】
含フッ素フタロニトリル誘導体(2)を含糖質フタロニトリル誘導体(3)に対して5当量以上用いることが好ましい。10当量が最良である。
【0028】
トリフルオロエトキシ基を導入した、β−シクロデキストリン置換フタロシアニンは、600−750nm領域の水溶液中での可視・UVスペクトルにおいて、非凝集体由来の長波長側の吸光度が高い性質を有する。
【0029】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
【実施例1】
【0030】
次式により含フッ素親水性フタロシアニンの合成を行う。
【0031】
【化4】

【0032】
100mLナスフラスコにβ―シクロデキストリン置換フタロニトリルを0.30g(0.24mmol)、テトラ(トリフルオロエトキシ)フタロニトリル1.24g(2.4mmol)、塩化亜鉛200mg(1.4mmol)を取り、フラスコ内を窒素置換した。ジメチルアミノエタノール10mLを加え、140℃で24時間攪拌した。室温に冷却後、蒸留水を加えてろ過したあと、減圧下乾燥して緑色の固体を得た。得られた固体をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(THF/水)により精製し、生成物を186mgで得た。更なるシリカゲルカラムクロマトグラフィー(THF/水)により、シクロデキストリン1置換のフタロシアニン化合物を96mg、収率14%で得た。
分子式 C98963647Zn
MALDI−TOF MS 2885 [M+H]
可視・UV(DMSO)703.5nm、630.5nm、365.5nm
蛍光スペクトル(DMSO)720nm
HPLC:(Develosil ODS−HG−5、HO/MeCN/THF=15/65/20、1.0mL/min)tR=4.4min
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明の含フッ素親水性フタロシアニン及びその製造方法は、光線力学的治療の増感剤の他、インク、記録媒体用色素、センサー、消臭剤に利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式1で表わされるフタロシアニン化合物。
【化1】



式中R、R、R、Rはそれぞれ独立に水素原子、フッ素原子、フルオアルキル基、フルオロアルケニル基、フルオロアルキニル基、フルオロアリール基、フルオロアルコキシ基、フルオロアリールオキシ基、フルオロアルキルチオ基、又はフルオロアリールチオ基を表し、各々はさらに置換基を有していてもよい。C、C、C、Cはそれぞれ独立に、上記R、R、R、及びRがそれぞれ表す各基あるいは糖質を表し、各々糖質はさらに置換基を有していてもよい。但し、C、C、C、Cの少なくとも1つは、それ自体が糖質であるか、又は糖質を置換基として有し、各々糖質はさらに置換基を有していてもよい。l、m、n、p、は0、1、2、3、又は4の整数を表す。Mは、水素原子、金属元素、金属酸化物、金属水酸化物、又は金属ハロゲン化物を表す。
【請求項2】
前記フタロシアニン化合物の製造方法であって、下記の式(2)で表されるフタロニトリル誘導体に下記の式(3)で表される糖構造を有するフタロニトリル誘導体を反応させる工程を備えることを特徴とする製造方法。
【化2】


【化3】


式中R、R、R、Rはそれぞれ独立に水素原子、フッ素原子、フルオアルキル基、フルオロアルケニル基、フルオロアルキニル基、フルオロアリール基、フルオロアルコキシ基、フルオロアリールオキシ基、フルオロアルキルチオ基、又はフルオロアリールチオ基を表し、各々はさらに置換基を有していてもよい。C、C、C、Cはそれぞれ独立に、上記R、R、R、及びRがそれぞれ表す各基あるいは糖質を表し、各々糖質はさらに置換基を有していてもよい。但し、C、C、C、Cの少なくとも1つは、それ自体が糖質であるか、又は糖質を置換基として有し、各々糖質はさらに置換基を有していてもよい。

【公開番号】特開2009−67874(P2009−67874A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−237267(P2007−237267)
【出願日】平成19年9月12日(2007.9.12)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】