嚥下ロボット装置
【課題】 嚥下のメカニズムを解明すべく嚥下動作をロボットによって再現する。
【解決手段】 嚥下ロボット装置は、口腔期においては、板バネ12の舌尖側の取り付け孔12を凹状に変形し、その位置の形状を元に戻すと共に隣り合う舌根側の取り付け孔12位置を凹状に変形することを、舌尖側の位置から前記舌根側の位置まで順次行う。その結果、舌部材10の舌背10Aが舌尖方向から順に隆起して、舌部材10と上顎部材160との間にある食塊が、咽頭壁シート120の方向へ運搬される。
【解決手段】 嚥下ロボット装置は、口腔期においては、板バネ12の舌尖側の取り付け孔12を凹状に変形し、その位置の形状を元に戻すと共に隣り合う舌根側の取り付け孔12位置を凹状に変形することを、舌尖側の位置から前記舌根側の位置まで順次行う。その結果、舌部材10の舌背10Aが舌尖方向から順に隆起して、舌部材10と上顎部材160との間にある食塊が、咽頭壁シート120の方向へ運搬される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、嚥下ロボット装置に係り、特に、人が物を舌で運んで飲み込むまでの動作を再現した嚥下ロボット装置に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢化社会の急激な進行と共に脳疾患などによって「飲み込みの障害(嚥下障害)」を有する患者が増加している。一方、嚥下運動の仕組みや嚥下障害の病態が十分に解明されていないため、嚥下障害に対して十分な対応ができていないのが現状である。これは、嚥下が体の内側で起こっているために直接観察できないこと、嚥下運動の大半が反射運動であること、に起因する。
【0003】
近年、嚥下動作を調べる方法として、X線ビデオ画像処理、超音波診断、高速シネMRIなどが開発されている。なお、高速シネMRIとは、時間分解能を上げて空間分解能を下げて嚥下動作を何度も撮影することで、全体の画像を構築する方法をいう。
【0004】
また、特許文献1では、正確な測定結果を得るのが容易な咀嚼モニタ装置が開示されている。特許文献1に記載された技術は、咀嚼力計算手段により計算された咀嚼力に基づいて、被測定対象が咀嚼している物が嚥下可能な状態になったか否かを判断するものである。
【特許文献1】特開2004−57585号公報(請求項4)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
X線ビデオ画像処理では、X線の性質により軟組織の抽出が困難である。また、平面画像しか得られないため、嚥下動作の主体である舌や咽頭などの詳細な運動を明らかにするのが困難である。超音波診断では、材質が均一でないと描出しにくくなるために、骨、軟骨、軟組織で構成される口腔、咽頭、喉頭では画質が低下してしまう。また、高速シネMRIでは、嚥下動作を何度も撮影する手間がかかってしまう。さらに、特許文献1では、咀嚼している物が嚥下可能な状態になったか否かを判断することができても、嚥下のメカニズムまでは分からなかった。
【0006】
本発明は、上述した課題を解決するために提案されたものであり、嚥下のメカニズムを解明すべく嚥下動作をロボットによって再現できる嚥下ロボット装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る嚥下ロボット装置は、人体の舌骨を模した舌骨部材と、被嚥下物の嚥下方向に沿って配置された板状弾性体を備えると共に嚥下方向下端部が前記舌骨部材に固定された舌状部材と、前記舌状部材の嚥下方向上流側部分の上面に対向して配置された上顎部材と、前記舌状部材の嚥下方向下流側部分を覆う咽頭壁シート材と、前記舌状部材の嚥下方向下流側部分を複数箇所で押圧するように嚥下方向に沿って前記咽頭壁シート材の外側に配置された複数の押圧部材と、前記板状弾性体を変形させて前記舌状部材の嚥下方向上流側部分を蠕動運動させる蠕動運動手段と、前記蠕動運動手段による蠕動運動に連動させて前記咽頭壁シート材の上側から嚥下方向に沿って複数箇所で押圧するように前記複数の押圧部材を連動させる押圧運動手段と、前記押圧運動手段による前記押圧部材の運動に連動させて前記舌骨部材を揺動運動させる揺動運動手段と、を備えている。
【0008】
舌骨部材は、人体の舌骨を模したものであり、例えばコの字形状であるのが好ましい。
【0009】
舌状部材は、被嚥下物の嚥下方向に沿って配置された板状弾性体を備えている。この板状弾性体が変形すると、それに応じて舌状部材も変形する。また、舌状部材は、嚥下方向下端部が舌骨部材に固定されている。これにより、舌状部材は、舌骨部材と共に移動する。
【0010】
上顎部材は、舌状部材の嚥下方向上流側部分の上面に対向して配置されている。上顎部材は、舌状部材の嚥下方向上流側部分の上面に対して、相対的に所定の圧力がかかった状態で接しているとよい。また、上顎部材は、食塊の動きが分かるように、透明であるのが好ましい。
【0011】
咽頭壁シート材は、上顎部材の続きとして、前記舌状部材の嚥下方向下流側部分を覆っている。咽頭壁シート材は、食塊の動きが分かるように、透明であるのが好ましい。
【0012】
複数の押圧部材は、嚥下方向に沿って咽頭壁シート材の外側に配置されており、舌状部材の嚥下方向下流側部分の複数箇所を押圧する。
【0013】
蠕動運動手段は、板状弾性体を変形させて、舌状部材の嚥下方向上流側部分を蠕動運動させる。これにより、食塊が舌状部材と上顎部材との間にあるときは、その食塊は嚥下方向へと運搬される。
【0014】
押圧運動手段は、蠕動運動手段による蠕動運動に連動させて、咽頭壁シート材の上側から嚥下方向に沿って複数箇所で押圧するように、複数の押圧部材を連動させる。これにより、食塊が舌状部材と咽頭壁シート材との間にある場合、その食塊は、舌根方向である嚥下方向へ運搬される。
【0015】
さらに、揺動運動手段は、押圧運動手段による押圧部材の運動に連動させて舌骨部材を揺動運動させる。このとき、揺動運動手段は、舌骨部材を舌尖方向に移動させる共に当該舌骨部材を所定角度下向きに傾斜させて揺動するのが好ましい。
【0016】
したがって、本発明に係る嚥下ロボット装置は、舌状部材と上顎部材との間にある食塊を運搬する口腔期を再現し、さらに、舌状部材と咽頭壁シート材との間にある食塊を運搬する咽頭期を再現することができる。
【0017】
ここで、上記嚥下ロボット装置は、前記舌骨部材に連結し、気道入口孔を有する輪状軟骨部材と、前記舌骨部材の揺動運動に連動して、前記輪状軟骨部材の気道入口孔を塞ぐ口頭蓋軟骨部材と、を更に備えてもよい。これにより、上記嚥下ロボット装置は、食塊が気道入口孔に入ることなく、運搬されることを再現することもできる。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る嚥下ロボット装置は、口腔期及び咽頭期における嚥下動作を再現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0020】
[嚥下の原理]
嚥下とは、咀嚼された食塊を口腔から胃へ送り込む一連の輸送動作をいう。嚥下動作は、食塊を口腔から咽頭へ送る口腔期、咽頭から食道入り口までの移動を行う咽頭期、食道から胃の入り口である噴門まで移動させる食道期、の3期からなる。本発明は、主として口腔期及び咽頭期の動作に関するものである。
【0021】
図1(A)から(F)は、定常時及び口腔期から食道期までの嚥下動作を示す図である。
【0022】
同図(A)の定常時に、食べ物を口に含んで咀嚼し、食塊が舌の中央部に置かれて保持される。そして、飲み込もうという意思をトリガにして、嚥下動作が開始する。
【0023】
口腔期では、同図(B)及び(C)に示すように、舌の先端である舌尖と舌背中央部が強く上顎に密着し、その間の筋肉が弛緩されてできたくぼみに食塊が保持される。飲み込みが始まると、舌が舌尖から順次隆起し始め、舌背中央部のくぼみにあった食塊が押し出されるように咽頭部分に移動する。舌が上顎(硬口蓋、軟口蓋)に完全に密着し、舌背部の食塊がすべて咽頭部分に移動すると、口腔期が終了する。
【0024】
咽頭期は、咽頭部分に食塊が送られると始まる反射運動である。咽頭期では、図1(D)及び(E)に示すように、食塊が咽頭部分に送られると、舌骨が前方に移動し始め、食塊が通る空間を形成する。それとともに甲状軟骨がせり上がり、甲状軟骨に付いている口頭蓋軟骨が舌根部に押しつけられ、気管を開いていた口頭蓋軟骨が傾斜することにより、気管を閉じる。これにより、咽頭部分から食道に続く1本の道筋ができ、食塊が気管に入ることがなくなる。口頭蓋軟骨が気管を閉じた後、食塊は咽頭を通り過ぎ食道へ移動して、咽頭期が終了する。
【0025】
このような咽頭期では、嚥下反射の始まりとともに咽頭収縮筋が上から順に収縮し咽頭を閉じていく。詳しくは、軟口蓋の挙上と上咽頭の収縮により、鼻腔が閉じられ、下と中咽頭の収縮により食塊が下咽頭へ移送され、そして、食道に流れる。
【0026】
図2は、咽頭壁の形状を示す図である。咽頭は、鼻腔、口腔、喉頭と脊椎との間にできた約12cmの長さの筒状空間である。内壁は粘膜で覆われ、唾液により常に濡れた状態になっている。
【0027】
食道期では、食塊を食道から胃まで輸送する。食塊は、食道の蠕動によりゆっくり胃に送られる。このため、重力に逆らった輸送も行え、身体がどのような姿勢であっても胃に食塊が運ばれる。
【0028】
[嚥下ロボット装置の構成]
以下、嚥下ロボット装置の構成について説明する。なお、本体に対して舌尖のある方向を正面方向、正面方向と反対方向を背面方向、正面方向に対して右側を右方向、正面方向に対して左側を左方向とする。
【0029】
図3は、嚥下ロボット装置の全体的な構成を示す斜視図である。嚥下ロボット装置は、ステンレスフレーム2によって支持されている。嚥下ロボット装置は、アクチュエータによって嚥下動作を行い、アクチュエータを制御する構成も備えている。
【0030】
図4は、嚥下ロボット装置のアクチュエータを制御する構成を示すブロック図である。嚥下ロボット装置は、図3の構成の他に、圧縮空気を送り出すエアコンプレッサ3と、エアコンプレッサ3から送り出された圧縮空気を調整する電空レギュレータ4と、電空レギュレータ4による圧縮空気の調整を制御する制御装置5と、電空レギュレータ4によって調整された圧縮空気によって伸縮動作する複数のアクチュエータ6と、を備えている。
【0031】
制御装置5は、いわゆるパーソナルコンピュータでもよい。制御装置5は、連続した嚥下動作について数十フレーム分の情報を記憶している。制御装置5は、1フレーム毎に、各アクチュエータ6の制御量を記憶している。アクチュエータ6の制御量は、人体の嚥下動作を実際に計測したときの値を用いるとよい。制御装置5は、1フレーム毎に、上記制御量に従って電空レギュレータ4を制御することで、後述する舌部材の蠕動運動、ビニールシートの押圧運動、舌骨部材の揺動運動を制御することができる。
【0032】
アクチュエータ6は、例えばMcKibben型人工筋肉が好ましい。アクチュエータ6は、ステンレスフレーム2に取り付けられている一方、後述するワイヤに接続されている。そして、アクチュエータ6は、圧縮空気が入れられると収縮し、ワイヤを引っ張るようになっている。
【0033】
図5は嚥下ロボット装置の要部分解図、図6は嚥下ロボット装置の要部斜視図、図7は嚥下ロボット装置の嚥下動作の機構に関する要部斜視図である。
【0034】
[舌部]
嚥下ロボット装置は、人の舌を模した舌部材10と、舌部材10の上面である舌背10Aに取り付けられた板バネ12と、板バネ12を凹凸させるためのロッド16、18、20、22と、を有している。
【0035】
舌部材10は、耐久性があり、柔軟に変形・復元が可能な材料、例えば本実施形態ではウレタンフォームで構成されている。舌部材10の表面には、防水性を高めるためにシリコンコートが貼り付けられている。舌部材10は、直方体状に切り出されたウレタンフォームを図示しない針金に押し通すことによって、水平方向から鉛直下側に向けて略L字状に曲げた状態に保持されている。このとき、舌部材10の舌尖部分は正面方向に向いており、舌部材10の舌根部分は鉛直下方向に向いている。
【0036】
板バネ12は、舌部材10のL字外側の舌背10A形状を変形させるものである。板バネ12は、被嚥下物の嚥下方向に沿って舌背10A上に配置されている。具体的には、板バネ12は、舌部材10の舌背10A上に、舌背10Aの長手方向に沿って舌尖部から舌根部に向かって配置されている。板バネ12には、舌尖側から舌根に向けて所定間隔でロッド取り付け孔12A、12B、12C、12Dが形成されている。
【0037】
ロッド16、18、20、22の一端側は、舌部材10の内側面10Bから当該舌部材10を貫通して、板バネ12のロッド取り付け孔12A、12B、12C、12Dにそれぞれ取り付けられている。ロッド16、18、20、22の他端側は、コイルバネ40、42、44、46をそれぞれ貫通して、図示しないワイヤに取り付けられている。
【0038】
そして、ロッド16、18、20、22が順次引っ張られると、板バネ12が貼り付けられた舌背10Aが、舌尖側から順に滑らか隆起するようになる。このような構成により、アクチュエータの数を少なくしつつも(本実施形態では、ロッド16、18、20、22にそれぞれ接続されたワイヤを引っ張るためにアクチュエータの数は4個。)、舌部材10の舌背10Aを滑らかに隆起させることができる。
【0039】
また、舌背10Aの対面である下面10Bには、舌部材10を固定するための舌部材固定棒24、25、26、27が取り付けられている。舌部材固定棒24、25、26、27の他端側は、ビス32、34、36、38によって、舌骨延長板54に固定されている。舌骨延長板54は、長方形板であり、舌骨部材50に取り付けられている。このため、舌部材10は、舌骨部材50と共に動作するようになっている。
【0040】
[舌骨]
舌骨は、嚥下に関わる各器官の中心に位置する骨である。このため、舌骨の動作が、舌、甲状軟骨の動作を決定する。舌骨の動作を解析した結果、舌骨は、最大で、下顎に向かって12mm移動し、ピッチ回転が7度になることが分かった。そこで、舌骨を模した舌骨部材50は、次のように各部材に接続されている。
【0041】
舌骨部材50は、角柱状の正面舌骨角柱50Aと、前記正面舌骨角柱50Aの両端に設けられた側面舌骨角柱50B及び側面舌骨角柱50Cと、によってコの字状に形成されている。舌骨部材50は、当該舌骨部材50を含んだ平面が水平面に平行になり、かつ当該舌骨部材50の開口側が背面方向を向くように、舌骨支持部材56、58、70、72によって支持されている。
【0042】
舌骨部材50は、舌部材10の鉛直下側部分をその断面方向から固定している。換言すると、舌部材10は、嚥下方向下端部が舌骨部材50に固定されている。これにより、舌骨部材50が舌尖方向へ所定距離(例えば12mm)移動すれば、それに応じて舌部材10も舌尖方向へ所定距離移動する。このとき、舌骨部材50が所定角度(例えば7度)下向きに傾斜すれば、舌部材10も所定角度下向きに傾斜する。なお、嚥下ロボット装置が実物より数倍大きく構成されているときは、上記所定距離の12mmもそれに応じて数倍大きくすればよい。
【0043】
舌骨支持部材56、58、70、72は、それぞれ棒状に形成され、舌骨部材50が移動可能なように支持するものである。舌骨支持部材56、58、70、72の一端側は、それぞれ舌骨部材50の所定の箇所に取り付けられている。舌骨支持部材56、58、70、72の他端側は、それぞれL字部材の所定の箇所に取り付けられている。
【0044】
具体的には、舌骨支持部材56、58の一端側は、側面舌骨部材50Bの異なる端部にそれぞれ回転可能に接続されている。舌骨支持部材58と側面舌骨部材50Bの間には、これら2つの部材のなす角を大きくするように力を作用させるコイルバネ60が介在している。舌骨支持部材70、72は、側面舌骨部材50Cの異なる端部にそれぞれ回転可能に接続されている。舌骨支持部材72と側面舌骨部材50Cの間には、これら2つの部材のなす角を大きくするように力を作用させるコイルバネ74が介在している。
【0045】
一方、舌骨支持部材56、58の他端側は、2つの長方形状面が略90度(L字状)で突き合わされたL字部材66の一面側(左方向側)に、回転自在に取り付けられている。舌骨支持部材56には、ナット64に挟まれるように、コイルバネ62が取り付けられている。コイルバネ62の一端側は支持基板68に取り付けられ、その他端側は舌骨支持部材56に取り付けられている。舌骨支持部材70、72の他端側は、2つの長方形状面が略90度(L字状)で突き合わされたL字部材80の一面側(右方向側)に、回転自在に取り付けられている。舌骨支持部材70には、ナット78に挟まれるように、コイルバネ76が取り付けられている。コイルバネ76の一端側は支持基板68に取り付けられ、その他端側は舌骨支持部材70に取り付けられている。そして、舌骨部材50は、コイルバネ60、62、74、76の弾性力(反発力)によって、正面方向に付勢されている。
【0046】
L字部材66、80の他面側(鉛直下方向側)は、長方形に形成された支持基板68の上面に設けられている。このとき、支持基板68の左方向の辺に沿って舌骨支持部材56、58が配置され、支持基板68の右方向の辺に沿って舌骨支持部材70、72が配置される。
【0047】
支持基板68の上面の長手方向中央部には、細長形状の滑車支持部材82が、上記長手方向に直交するように配置されている。滑車支持部材82の正面方向には、滑車84が設けられている。滑車84は、ロッド16、18、20、22等にそれぞれ接続されたワイヤの向きを変えるものである。
【0048】
支持基板68は、細長形状に成形された下部部材86上に配置されている。下部部材86は、その長手方向が正面方向に直交するように配置されている。
【0049】
下部部材86の一端(左方向)側にはL字金具88が取り付けられ、下部部材86の他端(右方向)側にはL字金具92が取り付けられている。このとき、L字金具88、92の一片は下部部材86に取り付けられ、L字金具88、92の他片は鉛直上方向を向いている。
【0050】
[喉頭]
喉頭とは、いわゆる喉仏のことをいう。喉頭は、食道と気道が分離する箇所に、誤嚥防止を図るための気道の安全装置として機能する器官であり、下咽頭の前(正面側)に隣接している。
【0051】
正面部材100は、図5に示すように、例えば六面体に形成され、六面体のうち相対する2つの面(以下「取り付け面」という。)100L、100Rが約60度をなしている。なお、取り付け面100Lは左側方向の面であり、取り付け面100Rは右側方向の面である。
【0052】
甲状軟骨部材102、104は、喉仏にあたる部位であり、長方形板の1つの角が切り欠き形成されたようになっている。甲状軟骨部材102、104は、約60度の角度をなして対称になるように、正面部材100の取り付け面100L、100R上にそれぞれ取り付けられている。 甲状軟骨部材102、104には、長尺板状の甲状軟骨支持部材106、108が設けられている。
【0053】
甲状軟骨支持部材106は、その長手方向が鉛直方向と平行になるように、当該甲状軟骨部材102の内側(甲状軟骨部材104に向き合う面)に設けられている。同様に、甲状軟骨支持部材108は、その長手方向が鉛直方向と平行になるように、当該甲状軟骨部材104の内側(甲状軟骨部材102に向き合う面)に設けられている。
【0054】
甲状軟骨支持部材106、108の上端部は、それぞれ舌骨部材50の側面舌骨角柱50B及び側面舌骨角柱50Cに取り付けられる。これにより、喉頭が舌骨部材50にぶら下がるようになる。また、甲状軟骨支持部材106、108の下端部には、それぞれ長手方向に沿って2つの穴が形成されている。
【0055】
口頭蓋軟骨部材110は、嚥下時に、食塊が気道入口に入らないように封鎖するものである。口頭蓋軟骨部材110は、二等辺三角形状に形成され、その底角が切り欠きされ、その頂角が正面部材100に取り付けられている。なお、口頭蓋軟骨部材110は、当該頂角を軸にして回動自在になるように、正面部材100に取り付けられている。
【0056】
輪状軟骨部材112は、断面が台形形状の筒を長軸方向に対して、背面上方向から正面下方向に斜めに切った形状になっている。輪状軟骨部材112は、気管の最上部の部位に相当する。輪状軟骨部材112の鉛直方向には、気道入口孔112Aが形成されている。
【0057】
輪状軟骨部材112の左側には、支持棒114、116が突接している。同様に、輪状軟骨部材112の右側には、支持棒118、119が突接している。支持棒114、116は甲状軟骨支持部材106の下端部に形成された2つの穴に挿通され、支持棒118、119は甲状軟骨支持部材108の下端部に形成された2つの穴に挿通される。これにより、輪状軟骨部材112は、甲状軟骨部材102、104の間に保持される。よって、甲状軟骨部材102、104及び輪状軟骨部材112が、咽頭を支えると共に、気道をつぶれないように支えている。
【0058】
[咽頭]
人間の咽頭は、図2に示したように、舌と咽頭壁で構成されている。そこで、舌部材10の舌背10Aの下半分(鉛直方向部分)には、咽頭壁シート120が覆われている。
【0059】
図8(A)は咽頭壁を形成するための咽頭壁シート120の展開図であり、(B)は咽頭壁シート120の斜視図である。咽頭壁シート120は、ビニールシートであり、図2に示した咽頭壁を模した形状になっている。咽頭壁シート120は、後述する上顎部材に連続していると共に、舌部材10のL字外側面の鉛直下側部分(嚥下方向下流側部分)を覆うことで咽頭壁を形成する。
【0060】
また、咽頭壁シート120の外側(舌部材10と向き合う側の反対側)には、図5に示すように、嚥下方向に沿って板バネ122が接している。板バネ120は、咽頭壁シート120の上部から下部の順に、長尺状の主要部122A、分岐部122B、終端部122Cを有している。
【0061】
主要部122Aは、咽頭壁シート120の長手方向に平行に、かつ、咽頭壁シート120の上部中心部から咽頭壁シート120の下部に向かって形成されている。分岐部122Bは、主要部122Aから2つに分岐し、咽頭壁シート120の幅方向の両端を押さえるように形成され、再び咽頭壁シート120の幅方向の中心部で1つになるように形成されている。終端部122Cは、分岐部122Bの分岐が終了した部分から、咽頭壁シート120の長手方向に平行にかつ咽頭壁シート120の終端部分まで形成されている。
【0062】
このような板バネ122の形状は、食塊が舌部材10と咽頭壁シート120との間を流れるルートにほぼ対応している。なお、板バネ122が分岐部122Bを有しているのは、分岐部122Bの分岐の間に輪状軟骨部材112が存在しており、食塊は輪状軟骨部材112の気道入口孔112Aを避けて食道に運ばれるからである。
【0063】
図9は、嚥下ロボット装置の背面側の構成を示す図である。
【0064】
板バネ122の主要部122Aには、ロール状のゴムシート124、128、132、136が接している。これらのゴムシート124、128、132、136は、それぞれアルミパイプ126、130、134、138の中央部に巻回されている。
【0065】
また、板バネ122の分岐部122Bの左側部分には、ロール状のゴムシート140、146、152が接している。板バネ122の分岐部122Bの右側部分には、ロール状のゴムシート142、148、154が接している。
【0066】
また、ゴムシート140、142はアルミパイプ144の両端にそれぞれ巻回されている。ゴムシート146、148は、アルミパイプ150の両端にそれぞれ巻回されている。ゴムシート152、154は、アルミパイプ156の両端にそれぞれ巻回されている。
【0067】
ゴムシート124、128、132、136、140、146、152、154には伸縮可能な弾性部材(本実施形態ではゴム)が取り付けられ、そのゴムの他方側はステンレスフレーム2に留められている。
【0068】
これにより、嚥下動作前では、ゴムシート124、128、132、136、140、146、152、154は、背面側に付勢されている。このため、舌部材10と咽頭壁シート120の間は、密接しているのではなく、食塊が入るスペースを有している。
【0069】
アルミパイプ126、130、134、138、144、150、156にはワイヤが挿通され、それらの両端から出たワイヤは正面側の図示しない滑車にかけらている。これにより、例えばアルミパイプ126を挿通しているワイヤが引っ張られると、ゴムシート124は、板バネ122を介して、ゴムシート124の上から舌部材10を押圧する。
【0070】
このように、各々のゴムシートが板バネ122を介して咽頭壁シート120の上から舌部材10を押圧する構成によって、咽頭壁シート120を隆起させるためのアクチュエータの数を少なくしつつも(本実施形態では、アルミパイプと同数の7)、咽頭壁シート120を滑らかに隆起させることができる。
【0071】
[嚥下ロボット装置の動作]
図10乃至図13は、左方向からみた嚥下ロボット装置の動作を表したときの断面図である。
【0072】
嚥下動作開始前では、図10に示すように、舌部材10の舌背10Aに取り付けられた板バネ12は、ロッド16、18、20、22を介して、コイルバネ40、42、44、46の弾性力によって、上顎部材160に押しつけられている。すなわち、嚥下動作開始前では、上顎部材160は、舌部材10の嚥下方向上流側部分の舌背10Aに対向して配置され、所定の圧力で舌背10Aに接している。
【0073】
図14は、図4に示した制御装置5による嚥下動作の制御手順を示すフローチャートである。制御装置5は、電空レギュレータ4、アクチュエータ6を介して、口腔期、咽頭期の嚥下動作を制御する。具体的には、制御装置5は、口腔期では、舌部材10の蠕動運動を制御し(ステップS1)、咽頭期では、ゴムシートによる押圧運動を制御し(ステップST2)、さらに舌骨部材50の揺動運動も制御する(ステップST3)。
【0074】
(口腔期)
口腔期では、図11に示すように、最初に、ロッド16に取り付けられたワイヤ200が鉛直下方向に引っ張られ、ロッド16の引力によって板バネ12の取り付け孔12Aの周辺部分が凹状に変形する。このとき、上顎部材160と舌部材10の間は、取り付け孔12Aの周辺部分のみ空間ができ、その他の部分では密着している。食塊は、上顎部材160と舌部材10との間にできた空間に保持される。
【0075】
つぎに、ワイヤ200の鉛直下方向への引力が小さくなると共に、ロッド18に取り付けられたワイヤ202が鉛直下方向に引っ張られる。これにより、板バネ12の復元力によって取り付け孔12Aの周辺部分が上顎部材160に密着すると共に、ロッド18の引力によって板バネ12の取り付け孔12Bの周辺部分が凹状に変形する。このとき、上顎部材160と舌部材10との間は、取り付け孔12Bの周辺部分のみ空間ができ、その他の部分では密着している。この結果、食塊は、取り付け孔12Aの位置から取り付け孔12Bの位置に移動する。
【0076】
以降も同様にして、ワイヤ202の鉛直下方向への引力が小さくなると共に、ロッド20に取り付けられたワイヤ204が鉛直下方向に引っ張られる。これにより、上顎部材160と舌部材10との間は、取り付け孔12Cの周辺部分のみ空間ができ、その他の部分では密着している。よって、食塊は、取り付け孔12Bの位置から取り付け孔12Cの位置に移動する。
【0077】
さらに、ワイヤ204の鉛直下方向への引力が小さくなると共に、ロッド22に取り付けられたワイヤ206が鉛直下方向に引っ張られる。これにより、上顎部材160と舌部材10との間は、取り付け孔12Dの周辺部分のみ空間ができ、その他の部分では密着している。よって、食塊は、取り付け孔12Cの位置から取り付け孔12Dの位置に移動する。その後、ワイヤ206の鉛直下方向への引力が小さくなると、食塊は、舌部材10と咽頭壁シート120の間のゴムシート124の近傍に運搬される。
【0078】
このように、嚥下ロボット装置は、口腔期においては、板バネ12の舌尖側の取り付け孔12を凹状に変形し、その位置の形状を元に戻すと共に隣り合う舌根側の取り付け孔12位置を凹状に変形することを、舌尖側の位置から前記舌根側の位置まで順次行う。その結果、舌部材10の舌背10Aが舌尖方向から順に隆起して、舌部材10の嚥下方向上流部分が蠕動運動する。そして、舌部材10と上顎部材160との間にある食塊が、咽頭壁シート120の方向へ運搬される。
【0079】
(咽頭期)
咽頭期では、最初に、アルミパイプ126を挿通している図示しないワイヤの引力が大きくなると、アルミパイプ126に巻回されたゴムシート124が、板バネ122を介して、咽頭壁シート120の上から舌部材10を押圧する。これにより、ゴムシート124近傍にあった食塊は、ゴムシート128の方へ運搬される。
【0080】
つぎに、アルミパイプ126を挿通しているワイヤの引力が小さくなると共に、アルミパイプ130を挿通しているワイヤの引力が大きくなる。このとき、アルミパイプ130に巻回されたゴムシート128が、板バネ122を介して、咽頭壁シート120の上から舌部材10を押圧する。よって、図12に示すように、ゴムシート128近傍にあった食塊は、ゴムシート132の方へ運搬される。
【0081】
このように、嚥下ロボット装置は、鉛直上方向から順に、アルミパイプを挿通したワイヤを引っ張ることによって、食塊を舌下方向に移動させることができる。具体的には、アルミパイプを挿通したワイヤを引っ張ることによって、各々のゴムシートが、咽頭壁シート120の鉛直上方向から鉛直下方向の嚥下方向の順に、各々の押圧位置において、板バネ122を介して咽頭壁シート120の上から舌部材10を押圧する。これにより、口腔期を経て、舌部材10と咽頭壁シート120との間にある食塊が、舌根方向へ運搬される。
【0082】
(咽頭期における喉頭の動作)
図12に示すように、舌骨延長板54の正面側の端には、ワイヤ220が接続されている。食塊が咽頭部を運搬されて輪状軟骨部材112に近付くと、ワイヤ220がアクチュエータによって引っ張られる。このとき、図13に示すように、舌骨延長板54に接続されている舌骨部材50及び咽頭部は、舌骨支持部材56、58、70、72によって規制されながら、正面方向に移動すると共に約7度下向きに傾斜する。これにより、人が食塊を飲み込んだときの舌骨や喉頭部の揺動運動を再現することができる。
【0083】
このとき更に、口頭蓋軟骨部材110が、正面部材100との接続点を軸にして回転して、甲状軟骨部材102、104の間に保持された輪状軟骨部材112の気道入口孔112Aを塞ぐ。このため、食塊は、口頭蓋軟骨部材110によって、輪状軟骨部材112の気道入口孔112Aに入ることなく、輪状軟骨部材112の左側又は右側を通過して、外部(実際の人体では食道に相当する。)に運搬される。
【0084】
以上のように、本発明の実施形態に係る嚥下ロボット装置は、舌部材10の舌背10Aに板バネ12を貼り合わせ、板バネ12を舌尖から順に変形させることによって、口腔期の嚥下動作を再現することができる。
【0085】
また、嚥下ロボット装置は、各々のゴムシートが板バネ122を介して咽頭壁シート120の上から舌部材10を押圧することによって、咽頭期の嚥下操作を再現することができる。上記嚥下ロボット装置は、特に、食塊が喉頭近傍まで運搬されたときは、舌骨部材50を前方移動及び傾斜させると共に、口頭蓋軟骨部材110によって気道入口孔112Aを塞ぐことによって、食塊が気道に入ることなく食道へ運搬されることも忠実に再現することができる。
【0086】
なお、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、例えば板バネ12、122を変形させる手段、舌骨部材50を移動させる部材等などは、特に限定されないのは勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】(A)から(F)は、定常時及び口腔期から食道期までの嚥下動作を示す図である。
【図2】咽頭壁の形状を示す図である。
【図3】嚥下ロボット装置の全体的な構成を示す斜視図である。
【図4】嚥下ロボット装置のアクチュエータを制御する構成を示すブロック図である。
【図5】嚥下ロボット装置の要部分解図である。
【図6】嚥下ロボット装置の要部斜視図である。
【図7】嚥下ロボット装置の嚥下動作の機構に関する要部斜視図である。
【図8】(A)は咽頭壁を形成するための咽頭壁シートの展開図であり、(B)は咽頭壁シートの斜視図である。
【図9】嚥下ロボット装置の背面側の構成を示す図である。
【図10】左方向からみた嚥下ロボット装置の動作を表したときの断面図である。
【図11】左方向からみた嚥下ロボット装置の動作を表したときの断面図である。
【図12】左方向からみた嚥下ロボット装置の動作を表したときの断面図である。
【図13】左方向からみた嚥下ロボット装置の動作を表したときの断面図である。
【図14】制御装置による嚥下動作の制御手順を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0088】
10 舌部材
12 板バネ
50 舌骨部材
56、58、70、72 舌骨支持部材
102、104 甲状軟骨部材
110 口頭蓋軟骨部材
112 輪状軟骨部材
112A 気道入口孔
120 咽頭壁シート
【技術分野】
【0001】
本発明は、嚥下ロボット装置に係り、特に、人が物を舌で運んで飲み込むまでの動作を再現した嚥下ロボット装置に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢化社会の急激な進行と共に脳疾患などによって「飲み込みの障害(嚥下障害)」を有する患者が増加している。一方、嚥下運動の仕組みや嚥下障害の病態が十分に解明されていないため、嚥下障害に対して十分な対応ができていないのが現状である。これは、嚥下が体の内側で起こっているために直接観察できないこと、嚥下運動の大半が反射運動であること、に起因する。
【0003】
近年、嚥下動作を調べる方法として、X線ビデオ画像処理、超音波診断、高速シネMRIなどが開発されている。なお、高速シネMRIとは、時間分解能を上げて空間分解能を下げて嚥下動作を何度も撮影することで、全体の画像を構築する方法をいう。
【0004】
また、特許文献1では、正確な測定結果を得るのが容易な咀嚼モニタ装置が開示されている。特許文献1に記載された技術は、咀嚼力計算手段により計算された咀嚼力に基づいて、被測定対象が咀嚼している物が嚥下可能な状態になったか否かを判断するものである。
【特許文献1】特開2004−57585号公報(請求項4)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
X線ビデオ画像処理では、X線の性質により軟組織の抽出が困難である。また、平面画像しか得られないため、嚥下動作の主体である舌や咽頭などの詳細な運動を明らかにするのが困難である。超音波診断では、材質が均一でないと描出しにくくなるために、骨、軟骨、軟組織で構成される口腔、咽頭、喉頭では画質が低下してしまう。また、高速シネMRIでは、嚥下動作を何度も撮影する手間がかかってしまう。さらに、特許文献1では、咀嚼している物が嚥下可能な状態になったか否かを判断することができても、嚥下のメカニズムまでは分からなかった。
【0006】
本発明は、上述した課題を解決するために提案されたものであり、嚥下のメカニズムを解明すべく嚥下動作をロボットによって再現できる嚥下ロボット装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る嚥下ロボット装置は、人体の舌骨を模した舌骨部材と、被嚥下物の嚥下方向に沿って配置された板状弾性体を備えると共に嚥下方向下端部が前記舌骨部材に固定された舌状部材と、前記舌状部材の嚥下方向上流側部分の上面に対向して配置された上顎部材と、前記舌状部材の嚥下方向下流側部分を覆う咽頭壁シート材と、前記舌状部材の嚥下方向下流側部分を複数箇所で押圧するように嚥下方向に沿って前記咽頭壁シート材の外側に配置された複数の押圧部材と、前記板状弾性体を変形させて前記舌状部材の嚥下方向上流側部分を蠕動運動させる蠕動運動手段と、前記蠕動運動手段による蠕動運動に連動させて前記咽頭壁シート材の上側から嚥下方向に沿って複数箇所で押圧するように前記複数の押圧部材を連動させる押圧運動手段と、前記押圧運動手段による前記押圧部材の運動に連動させて前記舌骨部材を揺動運動させる揺動運動手段と、を備えている。
【0008】
舌骨部材は、人体の舌骨を模したものであり、例えばコの字形状であるのが好ましい。
【0009】
舌状部材は、被嚥下物の嚥下方向に沿って配置された板状弾性体を備えている。この板状弾性体が変形すると、それに応じて舌状部材も変形する。また、舌状部材は、嚥下方向下端部が舌骨部材に固定されている。これにより、舌状部材は、舌骨部材と共に移動する。
【0010】
上顎部材は、舌状部材の嚥下方向上流側部分の上面に対向して配置されている。上顎部材は、舌状部材の嚥下方向上流側部分の上面に対して、相対的に所定の圧力がかかった状態で接しているとよい。また、上顎部材は、食塊の動きが分かるように、透明であるのが好ましい。
【0011】
咽頭壁シート材は、上顎部材の続きとして、前記舌状部材の嚥下方向下流側部分を覆っている。咽頭壁シート材は、食塊の動きが分かるように、透明であるのが好ましい。
【0012】
複数の押圧部材は、嚥下方向に沿って咽頭壁シート材の外側に配置されており、舌状部材の嚥下方向下流側部分の複数箇所を押圧する。
【0013】
蠕動運動手段は、板状弾性体を変形させて、舌状部材の嚥下方向上流側部分を蠕動運動させる。これにより、食塊が舌状部材と上顎部材との間にあるときは、その食塊は嚥下方向へと運搬される。
【0014】
押圧運動手段は、蠕動運動手段による蠕動運動に連動させて、咽頭壁シート材の上側から嚥下方向に沿って複数箇所で押圧するように、複数の押圧部材を連動させる。これにより、食塊が舌状部材と咽頭壁シート材との間にある場合、その食塊は、舌根方向である嚥下方向へ運搬される。
【0015】
さらに、揺動運動手段は、押圧運動手段による押圧部材の運動に連動させて舌骨部材を揺動運動させる。このとき、揺動運動手段は、舌骨部材を舌尖方向に移動させる共に当該舌骨部材を所定角度下向きに傾斜させて揺動するのが好ましい。
【0016】
したがって、本発明に係る嚥下ロボット装置は、舌状部材と上顎部材との間にある食塊を運搬する口腔期を再現し、さらに、舌状部材と咽頭壁シート材との間にある食塊を運搬する咽頭期を再現することができる。
【0017】
ここで、上記嚥下ロボット装置は、前記舌骨部材に連結し、気道入口孔を有する輪状軟骨部材と、前記舌骨部材の揺動運動に連動して、前記輪状軟骨部材の気道入口孔を塞ぐ口頭蓋軟骨部材と、を更に備えてもよい。これにより、上記嚥下ロボット装置は、食塊が気道入口孔に入ることなく、運搬されることを再現することもできる。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る嚥下ロボット装置は、口腔期及び咽頭期における嚥下動作を再現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0020】
[嚥下の原理]
嚥下とは、咀嚼された食塊を口腔から胃へ送り込む一連の輸送動作をいう。嚥下動作は、食塊を口腔から咽頭へ送る口腔期、咽頭から食道入り口までの移動を行う咽頭期、食道から胃の入り口である噴門まで移動させる食道期、の3期からなる。本発明は、主として口腔期及び咽頭期の動作に関するものである。
【0021】
図1(A)から(F)は、定常時及び口腔期から食道期までの嚥下動作を示す図である。
【0022】
同図(A)の定常時に、食べ物を口に含んで咀嚼し、食塊が舌の中央部に置かれて保持される。そして、飲み込もうという意思をトリガにして、嚥下動作が開始する。
【0023】
口腔期では、同図(B)及び(C)に示すように、舌の先端である舌尖と舌背中央部が強く上顎に密着し、その間の筋肉が弛緩されてできたくぼみに食塊が保持される。飲み込みが始まると、舌が舌尖から順次隆起し始め、舌背中央部のくぼみにあった食塊が押し出されるように咽頭部分に移動する。舌が上顎(硬口蓋、軟口蓋)に完全に密着し、舌背部の食塊がすべて咽頭部分に移動すると、口腔期が終了する。
【0024】
咽頭期は、咽頭部分に食塊が送られると始まる反射運動である。咽頭期では、図1(D)及び(E)に示すように、食塊が咽頭部分に送られると、舌骨が前方に移動し始め、食塊が通る空間を形成する。それとともに甲状軟骨がせり上がり、甲状軟骨に付いている口頭蓋軟骨が舌根部に押しつけられ、気管を開いていた口頭蓋軟骨が傾斜することにより、気管を閉じる。これにより、咽頭部分から食道に続く1本の道筋ができ、食塊が気管に入ることがなくなる。口頭蓋軟骨が気管を閉じた後、食塊は咽頭を通り過ぎ食道へ移動して、咽頭期が終了する。
【0025】
このような咽頭期では、嚥下反射の始まりとともに咽頭収縮筋が上から順に収縮し咽頭を閉じていく。詳しくは、軟口蓋の挙上と上咽頭の収縮により、鼻腔が閉じられ、下と中咽頭の収縮により食塊が下咽頭へ移送され、そして、食道に流れる。
【0026】
図2は、咽頭壁の形状を示す図である。咽頭は、鼻腔、口腔、喉頭と脊椎との間にできた約12cmの長さの筒状空間である。内壁は粘膜で覆われ、唾液により常に濡れた状態になっている。
【0027】
食道期では、食塊を食道から胃まで輸送する。食塊は、食道の蠕動によりゆっくり胃に送られる。このため、重力に逆らった輸送も行え、身体がどのような姿勢であっても胃に食塊が運ばれる。
【0028】
[嚥下ロボット装置の構成]
以下、嚥下ロボット装置の構成について説明する。なお、本体に対して舌尖のある方向を正面方向、正面方向と反対方向を背面方向、正面方向に対して右側を右方向、正面方向に対して左側を左方向とする。
【0029】
図3は、嚥下ロボット装置の全体的な構成を示す斜視図である。嚥下ロボット装置は、ステンレスフレーム2によって支持されている。嚥下ロボット装置は、アクチュエータによって嚥下動作を行い、アクチュエータを制御する構成も備えている。
【0030】
図4は、嚥下ロボット装置のアクチュエータを制御する構成を示すブロック図である。嚥下ロボット装置は、図3の構成の他に、圧縮空気を送り出すエアコンプレッサ3と、エアコンプレッサ3から送り出された圧縮空気を調整する電空レギュレータ4と、電空レギュレータ4による圧縮空気の調整を制御する制御装置5と、電空レギュレータ4によって調整された圧縮空気によって伸縮動作する複数のアクチュエータ6と、を備えている。
【0031】
制御装置5は、いわゆるパーソナルコンピュータでもよい。制御装置5は、連続した嚥下動作について数十フレーム分の情報を記憶している。制御装置5は、1フレーム毎に、各アクチュエータ6の制御量を記憶している。アクチュエータ6の制御量は、人体の嚥下動作を実際に計測したときの値を用いるとよい。制御装置5は、1フレーム毎に、上記制御量に従って電空レギュレータ4を制御することで、後述する舌部材の蠕動運動、ビニールシートの押圧運動、舌骨部材の揺動運動を制御することができる。
【0032】
アクチュエータ6は、例えばMcKibben型人工筋肉が好ましい。アクチュエータ6は、ステンレスフレーム2に取り付けられている一方、後述するワイヤに接続されている。そして、アクチュエータ6は、圧縮空気が入れられると収縮し、ワイヤを引っ張るようになっている。
【0033】
図5は嚥下ロボット装置の要部分解図、図6は嚥下ロボット装置の要部斜視図、図7は嚥下ロボット装置の嚥下動作の機構に関する要部斜視図である。
【0034】
[舌部]
嚥下ロボット装置は、人の舌を模した舌部材10と、舌部材10の上面である舌背10Aに取り付けられた板バネ12と、板バネ12を凹凸させるためのロッド16、18、20、22と、を有している。
【0035】
舌部材10は、耐久性があり、柔軟に変形・復元が可能な材料、例えば本実施形態ではウレタンフォームで構成されている。舌部材10の表面には、防水性を高めるためにシリコンコートが貼り付けられている。舌部材10は、直方体状に切り出されたウレタンフォームを図示しない針金に押し通すことによって、水平方向から鉛直下側に向けて略L字状に曲げた状態に保持されている。このとき、舌部材10の舌尖部分は正面方向に向いており、舌部材10の舌根部分は鉛直下方向に向いている。
【0036】
板バネ12は、舌部材10のL字外側の舌背10A形状を変形させるものである。板バネ12は、被嚥下物の嚥下方向に沿って舌背10A上に配置されている。具体的には、板バネ12は、舌部材10の舌背10A上に、舌背10Aの長手方向に沿って舌尖部から舌根部に向かって配置されている。板バネ12には、舌尖側から舌根に向けて所定間隔でロッド取り付け孔12A、12B、12C、12Dが形成されている。
【0037】
ロッド16、18、20、22の一端側は、舌部材10の内側面10Bから当該舌部材10を貫通して、板バネ12のロッド取り付け孔12A、12B、12C、12Dにそれぞれ取り付けられている。ロッド16、18、20、22の他端側は、コイルバネ40、42、44、46をそれぞれ貫通して、図示しないワイヤに取り付けられている。
【0038】
そして、ロッド16、18、20、22が順次引っ張られると、板バネ12が貼り付けられた舌背10Aが、舌尖側から順に滑らか隆起するようになる。このような構成により、アクチュエータの数を少なくしつつも(本実施形態では、ロッド16、18、20、22にそれぞれ接続されたワイヤを引っ張るためにアクチュエータの数は4個。)、舌部材10の舌背10Aを滑らかに隆起させることができる。
【0039】
また、舌背10Aの対面である下面10Bには、舌部材10を固定するための舌部材固定棒24、25、26、27が取り付けられている。舌部材固定棒24、25、26、27の他端側は、ビス32、34、36、38によって、舌骨延長板54に固定されている。舌骨延長板54は、長方形板であり、舌骨部材50に取り付けられている。このため、舌部材10は、舌骨部材50と共に動作するようになっている。
【0040】
[舌骨]
舌骨は、嚥下に関わる各器官の中心に位置する骨である。このため、舌骨の動作が、舌、甲状軟骨の動作を決定する。舌骨の動作を解析した結果、舌骨は、最大で、下顎に向かって12mm移動し、ピッチ回転が7度になることが分かった。そこで、舌骨を模した舌骨部材50は、次のように各部材に接続されている。
【0041】
舌骨部材50は、角柱状の正面舌骨角柱50Aと、前記正面舌骨角柱50Aの両端に設けられた側面舌骨角柱50B及び側面舌骨角柱50Cと、によってコの字状に形成されている。舌骨部材50は、当該舌骨部材50を含んだ平面が水平面に平行になり、かつ当該舌骨部材50の開口側が背面方向を向くように、舌骨支持部材56、58、70、72によって支持されている。
【0042】
舌骨部材50は、舌部材10の鉛直下側部分をその断面方向から固定している。換言すると、舌部材10は、嚥下方向下端部が舌骨部材50に固定されている。これにより、舌骨部材50が舌尖方向へ所定距離(例えば12mm)移動すれば、それに応じて舌部材10も舌尖方向へ所定距離移動する。このとき、舌骨部材50が所定角度(例えば7度)下向きに傾斜すれば、舌部材10も所定角度下向きに傾斜する。なお、嚥下ロボット装置が実物より数倍大きく構成されているときは、上記所定距離の12mmもそれに応じて数倍大きくすればよい。
【0043】
舌骨支持部材56、58、70、72は、それぞれ棒状に形成され、舌骨部材50が移動可能なように支持するものである。舌骨支持部材56、58、70、72の一端側は、それぞれ舌骨部材50の所定の箇所に取り付けられている。舌骨支持部材56、58、70、72の他端側は、それぞれL字部材の所定の箇所に取り付けられている。
【0044】
具体的には、舌骨支持部材56、58の一端側は、側面舌骨部材50Bの異なる端部にそれぞれ回転可能に接続されている。舌骨支持部材58と側面舌骨部材50Bの間には、これら2つの部材のなす角を大きくするように力を作用させるコイルバネ60が介在している。舌骨支持部材70、72は、側面舌骨部材50Cの異なる端部にそれぞれ回転可能に接続されている。舌骨支持部材72と側面舌骨部材50Cの間には、これら2つの部材のなす角を大きくするように力を作用させるコイルバネ74が介在している。
【0045】
一方、舌骨支持部材56、58の他端側は、2つの長方形状面が略90度(L字状)で突き合わされたL字部材66の一面側(左方向側)に、回転自在に取り付けられている。舌骨支持部材56には、ナット64に挟まれるように、コイルバネ62が取り付けられている。コイルバネ62の一端側は支持基板68に取り付けられ、その他端側は舌骨支持部材56に取り付けられている。舌骨支持部材70、72の他端側は、2つの長方形状面が略90度(L字状)で突き合わされたL字部材80の一面側(右方向側)に、回転自在に取り付けられている。舌骨支持部材70には、ナット78に挟まれるように、コイルバネ76が取り付けられている。コイルバネ76の一端側は支持基板68に取り付けられ、その他端側は舌骨支持部材70に取り付けられている。そして、舌骨部材50は、コイルバネ60、62、74、76の弾性力(反発力)によって、正面方向に付勢されている。
【0046】
L字部材66、80の他面側(鉛直下方向側)は、長方形に形成された支持基板68の上面に設けられている。このとき、支持基板68の左方向の辺に沿って舌骨支持部材56、58が配置され、支持基板68の右方向の辺に沿って舌骨支持部材70、72が配置される。
【0047】
支持基板68の上面の長手方向中央部には、細長形状の滑車支持部材82が、上記長手方向に直交するように配置されている。滑車支持部材82の正面方向には、滑車84が設けられている。滑車84は、ロッド16、18、20、22等にそれぞれ接続されたワイヤの向きを変えるものである。
【0048】
支持基板68は、細長形状に成形された下部部材86上に配置されている。下部部材86は、その長手方向が正面方向に直交するように配置されている。
【0049】
下部部材86の一端(左方向)側にはL字金具88が取り付けられ、下部部材86の他端(右方向)側にはL字金具92が取り付けられている。このとき、L字金具88、92の一片は下部部材86に取り付けられ、L字金具88、92の他片は鉛直上方向を向いている。
【0050】
[喉頭]
喉頭とは、いわゆる喉仏のことをいう。喉頭は、食道と気道が分離する箇所に、誤嚥防止を図るための気道の安全装置として機能する器官であり、下咽頭の前(正面側)に隣接している。
【0051】
正面部材100は、図5に示すように、例えば六面体に形成され、六面体のうち相対する2つの面(以下「取り付け面」という。)100L、100Rが約60度をなしている。なお、取り付け面100Lは左側方向の面であり、取り付け面100Rは右側方向の面である。
【0052】
甲状軟骨部材102、104は、喉仏にあたる部位であり、長方形板の1つの角が切り欠き形成されたようになっている。甲状軟骨部材102、104は、約60度の角度をなして対称になるように、正面部材100の取り付け面100L、100R上にそれぞれ取り付けられている。 甲状軟骨部材102、104には、長尺板状の甲状軟骨支持部材106、108が設けられている。
【0053】
甲状軟骨支持部材106は、その長手方向が鉛直方向と平行になるように、当該甲状軟骨部材102の内側(甲状軟骨部材104に向き合う面)に設けられている。同様に、甲状軟骨支持部材108は、その長手方向が鉛直方向と平行になるように、当該甲状軟骨部材104の内側(甲状軟骨部材102に向き合う面)に設けられている。
【0054】
甲状軟骨支持部材106、108の上端部は、それぞれ舌骨部材50の側面舌骨角柱50B及び側面舌骨角柱50Cに取り付けられる。これにより、喉頭が舌骨部材50にぶら下がるようになる。また、甲状軟骨支持部材106、108の下端部には、それぞれ長手方向に沿って2つの穴が形成されている。
【0055】
口頭蓋軟骨部材110は、嚥下時に、食塊が気道入口に入らないように封鎖するものである。口頭蓋軟骨部材110は、二等辺三角形状に形成され、その底角が切り欠きされ、その頂角が正面部材100に取り付けられている。なお、口頭蓋軟骨部材110は、当該頂角を軸にして回動自在になるように、正面部材100に取り付けられている。
【0056】
輪状軟骨部材112は、断面が台形形状の筒を長軸方向に対して、背面上方向から正面下方向に斜めに切った形状になっている。輪状軟骨部材112は、気管の最上部の部位に相当する。輪状軟骨部材112の鉛直方向には、気道入口孔112Aが形成されている。
【0057】
輪状軟骨部材112の左側には、支持棒114、116が突接している。同様に、輪状軟骨部材112の右側には、支持棒118、119が突接している。支持棒114、116は甲状軟骨支持部材106の下端部に形成された2つの穴に挿通され、支持棒118、119は甲状軟骨支持部材108の下端部に形成された2つの穴に挿通される。これにより、輪状軟骨部材112は、甲状軟骨部材102、104の間に保持される。よって、甲状軟骨部材102、104及び輪状軟骨部材112が、咽頭を支えると共に、気道をつぶれないように支えている。
【0058】
[咽頭]
人間の咽頭は、図2に示したように、舌と咽頭壁で構成されている。そこで、舌部材10の舌背10Aの下半分(鉛直方向部分)には、咽頭壁シート120が覆われている。
【0059】
図8(A)は咽頭壁を形成するための咽頭壁シート120の展開図であり、(B)は咽頭壁シート120の斜視図である。咽頭壁シート120は、ビニールシートであり、図2に示した咽頭壁を模した形状になっている。咽頭壁シート120は、後述する上顎部材に連続していると共に、舌部材10のL字外側面の鉛直下側部分(嚥下方向下流側部分)を覆うことで咽頭壁を形成する。
【0060】
また、咽頭壁シート120の外側(舌部材10と向き合う側の反対側)には、図5に示すように、嚥下方向に沿って板バネ122が接している。板バネ120は、咽頭壁シート120の上部から下部の順に、長尺状の主要部122A、分岐部122B、終端部122Cを有している。
【0061】
主要部122Aは、咽頭壁シート120の長手方向に平行に、かつ、咽頭壁シート120の上部中心部から咽頭壁シート120の下部に向かって形成されている。分岐部122Bは、主要部122Aから2つに分岐し、咽頭壁シート120の幅方向の両端を押さえるように形成され、再び咽頭壁シート120の幅方向の中心部で1つになるように形成されている。終端部122Cは、分岐部122Bの分岐が終了した部分から、咽頭壁シート120の長手方向に平行にかつ咽頭壁シート120の終端部分まで形成されている。
【0062】
このような板バネ122の形状は、食塊が舌部材10と咽頭壁シート120との間を流れるルートにほぼ対応している。なお、板バネ122が分岐部122Bを有しているのは、分岐部122Bの分岐の間に輪状軟骨部材112が存在しており、食塊は輪状軟骨部材112の気道入口孔112Aを避けて食道に運ばれるからである。
【0063】
図9は、嚥下ロボット装置の背面側の構成を示す図である。
【0064】
板バネ122の主要部122Aには、ロール状のゴムシート124、128、132、136が接している。これらのゴムシート124、128、132、136は、それぞれアルミパイプ126、130、134、138の中央部に巻回されている。
【0065】
また、板バネ122の分岐部122Bの左側部分には、ロール状のゴムシート140、146、152が接している。板バネ122の分岐部122Bの右側部分には、ロール状のゴムシート142、148、154が接している。
【0066】
また、ゴムシート140、142はアルミパイプ144の両端にそれぞれ巻回されている。ゴムシート146、148は、アルミパイプ150の両端にそれぞれ巻回されている。ゴムシート152、154は、アルミパイプ156の両端にそれぞれ巻回されている。
【0067】
ゴムシート124、128、132、136、140、146、152、154には伸縮可能な弾性部材(本実施形態ではゴム)が取り付けられ、そのゴムの他方側はステンレスフレーム2に留められている。
【0068】
これにより、嚥下動作前では、ゴムシート124、128、132、136、140、146、152、154は、背面側に付勢されている。このため、舌部材10と咽頭壁シート120の間は、密接しているのではなく、食塊が入るスペースを有している。
【0069】
アルミパイプ126、130、134、138、144、150、156にはワイヤが挿通され、それらの両端から出たワイヤは正面側の図示しない滑車にかけらている。これにより、例えばアルミパイプ126を挿通しているワイヤが引っ張られると、ゴムシート124は、板バネ122を介して、ゴムシート124の上から舌部材10を押圧する。
【0070】
このように、各々のゴムシートが板バネ122を介して咽頭壁シート120の上から舌部材10を押圧する構成によって、咽頭壁シート120を隆起させるためのアクチュエータの数を少なくしつつも(本実施形態では、アルミパイプと同数の7)、咽頭壁シート120を滑らかに隆起させることができる。
【0071】
[嚥下ロボット装置の動作]
図10乃至図13は、左方向からみた嚥下ロボット装置の動作を表したときの断面図である。
【0072】
嚥下動作開始前では、図10に示すように、舌部材10の舌背10Aに取り付けられた板バネ12は、ロッド16、18、20、22を介して、コイルバネ40、42、44、46の弾性力によって、上顎部材160に押しつけられている。すなわち、嚥下動作開始前では、上顎部材160は、舌部材10の嚥下方向上流側部分の舌背10Aに対向して配置され、所定の圧力で舌背10Aに接している。
【0073】
図14は、図4に示した制御装置5による嚥下動作の制御手順を示すフローチャートである。制御装置5は、電空レギュレータ4、アクチュエータ6を介して、口腔期、咽頭期の嚥下動作を制御する。具体的には、制御装置5は、口腔期では、舌部材10の蠕動運動を制御し(ステップS1)、咽頭期では、ゴムシートによる押圧運動を制御し(ステップST2)、さらに舌骨部材50の揺動運動も制御する(ステップST3)。
【0074】
(口腔期)
口腔期では、図11に示すように、最初に、ロッド16に取り付けられたワイヤ200が鉛直下方向に引っ張られ、ロッド16の引力によって板バネ12の取り付け孔12Aの周辺部分が凹状に変形する。このとき、上顎部材160と舌部材10の間は、取り付け孔12Aの周辺部分のみ空間ができ、その他の部分では密着している。食塊は、上顎部材160と舌部材10との間にできた空間に保持される。
【0075】
つぎに、ワイヤ200の鉛直下方向への引力が小さくなると共に、ロッド18に取り付けられたワイヤ202が鉛直下方向に引っ張られる。これにより、板バネ12の復元力によって取り付け孔12Aの周辺部分が上顎部材160に密着すると共に、ロッド18の引力によって板バネ12の取り付け孔12Bの周辺部分が凹状に変形する。このとき、上顎部材160と舌部材10との間は、取り付け孔12Bの周辺部分のみ空間ができ、その他の部分では密着している。この結果、食塊は、取り付け孔12Aの位置から取り付け孔12Bの位置に移動する。
【0076】
以降も同様にして、ワイヤ202の鉛直下方向への引力が小さくなると共に、ロッド20に取り付けられたワイヤ204が鉛直下方向に引っ張られる。これにより、上顎部材160と舌部材10との間は、取り付け孔12Cの周辺部分のみ空間ができ、その他の部分では密着している。よって、食塊は、取り付け孔12Bの位置から取り付け孔12Cの位置に移動する。
【0077】
さらに、ワイヤ204の鉛直下方向への引力が小さくなると共に、ロッド22に取り付けられたワイヤ206が鉛直下方向に引っ張られる。これにより、上顎部材160と舌部材10との間は、取り付け孔12Dの周辺部分のみ空間ができ、その他の部分では密着している。よって、食塊は、取り付け孔12Cの位置から取り付け孔12Dの位置に移動する。その後、ワイヤ206の鉛直下方向への引力が小さくなると、食塊は、舌部材10と咽頭壁シート120の間のゴムシート124の近傍に運搬される。
【0078】
このように、嚥下ロボット装置は、口腔期においては、板バネ12の舌尖側の取り付け孔12を凹状に変形し、その位置の形状を元に戻すと共に隣り合う舌根側の取り付け孔12位置を凹状に変形することを、舌尖側の位置から前記舌根側の位置まで順次行う。その結果、舌部材10の舌背10Aが舌尖方向から順に隆起して、舌部材10の嚥下方向上流部分が蠕動運動する。そして、舌部材10と上顎部材160との間にある食塊が、咽頭壁シート120の方向へ運搬される。
【0079】
(咽頭期)
咽頭期では、最初に、アルミパイプ126を挿通している図示しないワイヤの引力が大きくなると、アルミパイプ126に巻回されたゴムシート124が、板バネ122を介して、咽頭壁シート120の上から舌部材10を押圧する。これにより、ゴムシート124近傍にあった食塊は、ゴムシート128の方へ運搬される。
【0080】
つぎに、アルミパイプ126を挿通しているワイヤの引力が小さくなると共に、アルミパイプ130を挿通しているワイヤの引力が大きくなる。このとき、アルミパイプ130に巻回されたゴムシート128が、板バネ122を介して、咽頭壁シート120の上から舌部材10を押圧する。よって、図12に示すように、ゴムシート128近傍にあった食塊は、ゴムシート132の方へ運搬される。
【0081】
このように、嚥下ロボット装置は、鉛直上方向から順に、アルミパイプを挿通したワイヤを引っ張ることによって、食塊を舌下方向に移動させることができる。具体的には、アルミパイプを挿通したワイヤを引っ張ることによって、各々のゴムシートが、咽頭壁シート120の鉛直上方向から鉛直下方向の嚥下方向の順に、各々の押圧位置において、板バネ122を介して咽頭壁シート120の上から舌部材10を押圧する。これにより、口腔期を経て、舌部材10と咽頭壁シート120との間にある食塊が、舌根方向へ運搬される。
【0082】
(咽頭期における喉頭の動作)
図12に示すように、舌骨延長板54の正面側の端には、ワイヤ220が接続されている。食塊が咽頭部を運搬されて輪状軟骨部材112に近付くと、ワイヤ220がアクチュエータによって引っ張られる。このとき、図13に示すように、舌骨延長板54に接続されている舌骨部材50及び咽頭部は、舌骨支持部材56、58、70、72によって規制されながら、正面方向に移動すると共に約7度下向きに傾斜する。これにより、人が食塊を飲み込んだときの舌骨や喉頭部の揺動運動を再現することができる。
【0083】
このとき更に、口頭蓋軟骨部材110が、正面部材100との接続点を軸にして回転して、甲状軟骨部材102、104の間に保持された輪状軟骨部材112の気道入口孔112Aを塞ぐ。このため、食塊は、口頭蓋軟骨部材110によって、輪状軟骨部材112の気道入口孔112Aに入ることなく、輪状軟骨部材112の左側又は右側を通過して、外部(実際の人体では食道に相当する。)に運搬される。
【0084】
以上のように、本発明の実施形態に係る嚥下ロボット装置は、舌部材10の舌背10Aに板バネ12を貼り合わせ、板バネ12を舌尖から順に変形させることによって、口腔期の嚥下動作を再現することができる。
【0085】
また、嚥下ロボット装置は、各々のゴムシートが板バネ122を介して咽頭壁シート120の上から舌部材10を押圧することによって、咽頭期の嚥下操作を再現することができる。上記嚥下ロボット装置は、特に、食塊が喉頭近傍まで運搬されたときは、舌骨部材50を前方移動及び傾斜させると共に、口頭蓋軟骨部材110によって気道入口孔112Aを塞ぐことによって、食塊が気道に入ることなく食道へ運搬されることも忠実に再現することができる。
【0086】
なお、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、例えば板バネ12、122を変形させる手段、舌骨部材50を移動させる部材等などは、特に限定されないのは勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】(A)から(F)は、定常時及び口腔期から食道期までの嚥下動作を示す図である。
【図2】咽頭壁の形状を示す図である。
【図3】嚥下ロボット装置の全体的な構成を示す斜視図である。
【図4】嚥下ロボット装置のアクチュエータを制御する構成を示すブロック図である。
【図5】嚥下ロボット装置の要部分解図である。
【図6】嚥下ロボット装置の要部斜視図である。
【図7】嚥下ロボット装置の嚥下動作の機構に関する要部斜視図である。
【図8】(A)は咽頭壁を形成するための咽頭壁シートの展開図であり、(B)は咽頭壁シートの斜視図である。
【図9】嚥下ロボット装置の背面側の構成を示す図である。
【図10】左方向からみた嚥下ロボット装置の動作を表したときの断面図である。
【図11】左方向からみた嚥下ロボット装置の動作を表したときの断面図である。
【図12】左方向からみた嚥下ロボット装置の動作を表したときの断面図である。
【図13】左方向からみた嚥下ロボット装置の動作を表したときの断面図である。
【図14】制御装置による嚥下動作の制御手順を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0088】
10 舌部材
12 板バネ
50 舌骨部材
56、58、70、72 舌骨支持部材
102、104 甲状軟骨部材
110 口頭蓋軟骨部材
112 輪状軟骨部材
112A 気道入口孔
120 咽頭壁シート
【特許請求の範囲】
【請求項1】
人体の舌骨を模した舌骨部材と、
被嚥下物の嚥下方向に沿って配置された板状弾性体を備えると共に嚥下方向下端部が前記舌骨部材に固定された舌状部材と、
前記舌状部材の嚥下方向上流側部分の上面に対向して配置された上顎部材と、
前記舌状部材の嚥下方向下流側部分を覆う咽頭壁シート材と、
前記舌状部材の嚥下方向下流側部分を複数箇所で押圧するように嚥下方向に沿って前記咽頭壁シート材の外側に配置された複数の押圧部材と、
前記板状弾性体を変形させて前記舌状部材の嚥下方向上流側部分を蠕動運動させる蠕動運動手段と、
前記蠕動運動手段による蠕動運動に連動させて前記咽頭壁シート材の上側から嚥下方向に沿って複数箇所で押圧するように前記複数の押圧部材を連動させる押圧運動手段と、
前記押圧運動手段による前記押圧部材の運動に連動させて前記舌骨部材を揺動運動させる揺動運動手段と、
を備えた嚥下ロボット装置。
【請求項2】
前記舌骨部材に連結し、気道入口孔を有する輪状軟骨部材と、
前記舌骨部材の揺動運動に連動して、前記輪状軟骨部材の気道入口孔を塞ぐ口頭蓋軟骨部材と、
を更に備えた請求項1に記載の嚥下ロボット装置。
【請求項1】
人体の舌骨を模した舌骨部材と、
被嚥下物の嚥下方向に沿って配置された板状弾性体を備えると共に嚥下方向下端部が前記舌骨部材に固定された舌状部材と、
前記舌状部材の嚥下方向上流側部分の上面に対向して配置された上顎部材と、
前記舌状部材の嚥下方向下流側部分を覆う咽頭壁シート材と、
前記舌状部材の嚥下方向下流側部分を複数箇所で押圧するように嚥下方向に沿って前記咽頭壁シート材の外側に配置された複数の押圧部材と、
前記板状弾性体を変形させて前記舌状部材の嚥下方向上流側部分を蠕動運動させる蠕動運動手段と、
前記蠕動運動手段による蠕動運動に連動させて前記咽頭壁シート材の上側から嚥下方向に沿って複数箇所で押圧するように前記複数の押圧部材を連動させる押圧運動手段と、
前記押圧運動手段による前記押圧部材の運動に連動させて前記舌骨部材を揺動運動させる揺動運動手段と、
を備えた嚥下ロボット装置。
【請求項2】
前記舌骨部材に連結し、気道入口孔を有する輪状軟骨部材と、
前記舌骨部材の揺動運動に連動して、前記輪状軟骨部材の気道入口孔を塞ぐ口頭蓋軟骨部材と、
を更に備えた請求項1に記載の嚥下ロボット装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2006−39311(P2006−39311A)
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−220589(P2004−220589)
【出願日】平成16年7月28日(2004.7.28)
【出願人】(000125370)学校法人東京理科大学 (27)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年7月28日(2004.7.28)
【出願人】(000125370)学校法人東京理科大学 (27)
【Fターム(参考)】
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