説明

回転機械の転がり軸受診断方法

【課題】振動センサの共振特性の影響を含んだ信号でも、従来の有線方式のセンサ出力で診断するQ値と同等の値を確保することのできる転がり軸受診断方法を提供する。
【解決手段】振動センサ1から送信されてきたデジタル化された出力信号を分析して周波数スペクトルを求め、その最大ピーク周波数に対応した振動センサの周波数応答倍率を補正係数αとしてQ値を補正し、この補正されたQa値に基づいて診断を行なう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発電機や電動機など機械装置の軸受け部分に発生する異常振動を機械装置を運転したままの状態で測定し、電波として出力する振動センサを用いた回転機械の転がり軸受診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、多くの回転機械で構成されるプラントでは、設備の異常による操業停止を防止するため、主要な回転機械の振動監視が行われており、その方法も振動の変化をオンラインで常時監視する方法やオフラインで定期的に監視する方法により、コンピュータ等によるデータ収集装置でFFT(Fast Fourier Transform)等の解析処理が行われている(特許文献1参照)。
回転機械の軸受部で検出される振動には、例えばロータやファンなどの回転部の不釣合いに起因する回転数成分の1倍に相当する周波数成分や、電動機や発電機等ではロータの極数Nに起因する回転周波数のN倍に相当する周波数成分が計測された加速度信号の中に含まれている。さらに、転がり軸受の場合には、回転周波数fと軸受の玉数mの整数倍(n*f*m ここでn=1,2・・・・)や転動面に発生した傷に起因して励振される高調波成分が含まれるため、振動センサで測定された振動信号の中には、約10Hz〜10kHzの広帯域の振動周波数成分を含んでいる。
この中で、転がり軸受の振動は1kHz〜10kHzの高周波領域の振動加速度となるため、1KHz〜10kHzを通過するバンドパスフィルタ処理後に解析処理が行われる。
圧電型の加速度センサを用いた従来の振動センサでは、加速度センサの信号をアンプ回路で増幅し、そのアナログ信号をA/D変換器によりデジタル信号に変換し、伝送回路によりセンサ周囲に設置した受信機で収集し、収集したデジタル信号を用いて解析処理により診断が行なわれる。
【特許文献1】特開平11-337400号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
前記で説明したような振動センサは、検出した加速度信号の増幅、A/D変換およびメモリ機能をもつアンプ回路基板や送信回路基板、それらを駆動するための電池を内蔵し、さらに送受信用アンテナが取付けられる。また、これらの電気部品は振動センサの取付け環境、例えば粉塵・油・湿気などに対応するため樹脂モールドされる場合が一般的である。
このように、無線方式の振動センサでは、有線方式のセンサと比較して必然的にサイズが大きくなり重くなるため、振動センサの固有振動数を転がり軸受の対象周波数1kHz〜10kHzに影響しない数10KHzにすることが困難になる。
また、固有振動数が10kHzよりも十分に高い市販の振動センサは、重さが数g程度であり、100gを超えるような重さ(大きさ)のものはない。このことから分かるように、伝送方式の振動センサ、例えば振動センサや無線基板が組み込まれた一体型のRFIDタグは、重さ(大きさ)の関係で10kHz以内にタグの共振特性による影響を避けることは困難であった。
このため、無線方式の振動センサを用いる場合には、振動センサの固有振動数を転がり軸受の対象周波数の上限以上にしても、10kHzから十分離れていないために共振特性の影響が現れて周波数応答特性が平坦にならず、正確な加速度振幅値が検出できないといった問題が生じる。
【0004】
本発明は、上記に鑑み、振動センサの共振特性の影響を含んだ信号でも従来の有線方式のセンサ出力で診断するQ値と同等の値を確保することのできる転がり軸受診断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題を解決するために、本発明は、回転機械の軸受部に設けた振動センサで振動加速度を検出して電気信号に変換し、該電気信号から所定帯域の高周波数領域のアナログ信号を抽出した後、前記アナログ信号をデジタル化して外部に電波として出力し、前記デジタル化された出力信号を包絡線化処理して波高率に変換し、前記包絡線化処理波形と波高率よりQ値を算出し、該Q値の大きさにより回転機械の転がり軸受を診断する方法において、前記デジタル化された出力信号を分析して周波数スペクトルを求め、その最大ピーク周波数に対応した補正係数αで前記Q値を補正し、この補正されたQa値に基づいて診断を行なうことを特徴とする。
また、上記の発明において、前記補正係数αを振動センサの周波数応答倍率とすることを特徴とする。
また、上記の発明において、前記Q値を次式(1)にて算出し、
【0006】
[数1]
Q=Vrms×Vpeak×[a|(Vpeak/Vrms)-5|+b]・・・(1)
但し、Vrms :包絡線波形の自乗平均平方根値
Vpeak:包絡線波形のピーク値
a、b:定数
前記Qa値を次式(2)にて算出することを特徴とする。
【0007】
[数2]
Qa=Q/α2・・・(2)
さらに、上記の各発明において、前記所定帯域の高周波領域は、1kHz〜10kHzの領域であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
出力信号の主要周波数に対応した応答倍率で補正するため、振動センサの共振特性による応答レベルの増大を削減することができ、固有振動数が10KHzに近い振動センサでも精度よいQ値を求めることができる。
また、無線方式の振動センサの固有振動数を数10KHzにする必要がないために、比較的形状を大きくすることができ、振動センサの回路基板やバッテリーの大きさに余裕ができる。このため、基板設計の簡素化や電池の長寿命化が可能になる。 さらに、振動センサの形状・構造が簡素化でき低コスト化が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本発明の転がり軸受診断方法を実施するための振動センサおよび診断器の構成を示すブロック図であり、振動センサ1と診断器2の内部構成を示している。振動センサ1は、圧電素子を使用した加速度検出素子11と、その加速度検出素子11の電荷出力を電圧に変換するチャージアンプ12と、チャージアンプ12の出力信号から例えば1kHz〜10KHzの高周波帯域を通過するバンドパスフィルタ13と、その出力信号を増幅するアンプ14と、アンプ14からのアナログ信号をデジタル信号に変換するためのA/D変換器15と、変換されたデジタル信号を一旦記憶するデータ記憶部16と、記憶されたデジタル信号を外部からの指令に基づいて無線送信するための無線送信部17と、各部に電源を供給するバッテリーからなる電源供給部18とで構成されている。
また、診断器2は、データ記憶部16に記憶されているデジタル信号を無線送信部17を介して伝送させるための無線受信部21と、受信したデジタル信号の周波数分析を行なって周波数スペクトルを算出する周波数分析処理部22と、その周波数スペクトルの中の最大値における周波数を検出する最大ピーク周波数検出部23と、最大ピーク周波数検出部23で検出された周波数に対する補正値を予め記憶された補正値から抽出、あるいは演算式から算出する補正値設定部24と、受信したデジタル信号を包絡線の波形の波高率に変換する包絡線化処理部25と、包絡線波形の自乗平均平方根と尖頭値と、補正値よりQ値を算出するQ値算出処理部26とで構成されている。
【0010】
このような構成において、軸受部の振動を例えば圧電素子などの加速度検出素子11により検出し、チャージアンプ12で電気信号に変換し、バンドパスフィルタ13で1kHz〜10KHzの帯域成分を抽出しアンプ14で増幅する。増幅された電気信号はA/D変換器15によりデジタル変換し、データ記憶部16、無線送信部17を介して無線受信部21に向けて電波として出力する。
診断器2は、無線受信部21でデジタルデータを受信し、その受信信号を周波数分析器22で周波数スペクトルを算出し、最大ピーク周波数検出部23で周波数スペクトルの中から最大値を示す周波数を検出し、その検出周波数に対応したQ値の補正値を補正値設定部24で設定する。
Q値は、一例として、特開昭56-135140号公報に記載されている次の(1)式により算出される。
【0011】
[数3]
Q=Vrms×Vpeak×[a|(Vpeak/Vrms)-5|+b]・・・(1)
但し、Vrms :包絡線波形の自乗平均平方根値
Vpeak:包絡線波形のピーク値
a、b:定数
この(1)式の意味は、特開昭56-135140号公報に記載されているが、次の通りである。
すなわち、Vrms×Vpeakを変形すると、(2)式のように表すことができる。
【0012】
[数4]
Vrms×Vpeak=(Vrms)2×(Vpeak/Vrms)・・・(2)
(2)式の右辺において、(Vrms)2はランダム波形のパワーを示しており、通常ランダム波のエネルギーを表すのに用いられる値である。一方、(Vpeak/Vrms)はクレストファクタリーまたは波形率と称して、波形のおおよその形の定義として用いられるものである。ここで、(Vrms)2の値について考えてみると、軸受にキズ、うねり、電食等の損傷がある場合にはランダム波形は大きくなるため、当然のことながら(Vrms)2の値は大きくなる。
これに対して、(Vpeak/Vrms)の値はランダム波よりもピーク値が大きく出るような波形の場合、すなわち、軸受にキズがある場合には5よりも大きくなるため、図2において(Vpeak/Vrms)=5の線より上方に位置する。
なお、図2は、(Vpeak/Vrms)、Vrms×Vpeakを演算し、縦軸に(Vpeak/Vrms)、横軸にVrms×Vpeakをとって両対数グラフ上にプロットしたものである。図2からも明らかなとおり、(Vpeak/Vrms)=5に集中しており、軸受を分解した結果、まだ十分使用に耐えるものは○印、かなり損傷があるが、まだ使用にたえなくもないものは△印、損傷がひどく使用できないものは×印でそれぞれプロットされている。
【0013】
また、ランダム波よりも低周波成分の多い波形の場合、すなわち、軸受にうねり、電食等がある場合には5よりも小さくなるため、図2において、(Vpeak/Vrms)の値を掛け算することにより、(Vpeak/Vrms)=5を掛け算する場合に比べて(Vrms)2×(Vpeak/Vrms)の値は小さくなる。しかしながら、損傷がある場合には、(Vrms)2の値のほうが大きな変化を示すこと、損傷としてはうねりや電食よりもキズのほうが重大であることを考えれば、Vrms×Vpeakの値により良否の判別を行なうことができるのである。
次に(1)式の右辺において、[a|(Vpeak/Vrms)-5|+b]について説明する。前述において、Vrms×Vpeakの値により良否の判別を行なうことができることを説明したが、(Vrms)2の値に対して(Vpeak/Vrms)の値の変化のほうが小さいため、Vrms×Vpeakの値だけの良否の判別では(Vpeak/Vrms)=5の線から離れた損傷に対しては不十分なことがある。
そのため、[a|(Vpeak/Vrms)-5|+b]なる補正係数を掛け算し、Vrms×Vpeakの値を補正してQ値を算出しているのである。
この補正の効果は、図2を用いて説明すると、Vrms×Vpeakの値にて良否の判別を行なう場合には、破線bが境界となりVrms×Vpeakの値が小さいが、(Vpeak/Vrms)の値が5より離れているものも含むことができるようになる。なお、軸受の種類によって定数a,bの値を設定することにより、図2において境界bの傾きを変えることができる。
【0014】
本発明においては、このQ値を補正値設定部24における補正値αで補正する。この補正値αは、最大ピーク周波数検出部23で検出した周波数に基づいて、図3に示すような振動センサの周波数応答特性による応答倍率の数値データを記憶したテーブルから選択したり、応答倍率の近似式から求めたりすることができる。
近似式を用いる場合には、一例として次の(3)式を用いることができる。
【0015】
[数5]
α=a×Fmax4−b×Fmax3+c×Fmax2−d×Fmax +e・・・(3)
但し、a〜eは近似のための係数
この(3)式による求められる応答倍率(補正値α)は、各係数a〜eを、例えばa=0.0122,b=0.1872,c=1.0779,d=2.3607,e=2.5442とした場合には、図4に破線で示すとおりであり、実線で記載されている図3の応答倍率とほぼ一致する。
この補正値αを用いての補正は、VrmsとVpeakとをそれぞれαで割るため、結果的にQ値をαの2乗で割ることと同じになる。従って、補正後の軸受判定値Qaは、(4)式で示される。
【0016】
[数6]
Qa=Q/α2・・・(4)
この軸受判定値Qaに応じて、図5に示すように良好、注意、危険の判定を行なう。図5は、転動体(軸受)の公転速度の指標であるDm×Nに対してのQa値の判定図表を示したものである。但し、Dmは転動体の公転直径(mm)、Nは機械の回転速度(r.p.m)である。
全周波数帯域をまずフーリエ変換し、各周波数スペクトル毎に振幅補正し、その後に逆フーリエ変換して波形に戻し、波形のピーク値や実行値を求めてQ値を演算することもできるが、ソフトウェアが複雑となり、コストが高くなる。
しかし、軸受の傷による振動は、軸受部の固有振動数で励振されるため、主要成分が特定の周波数成分になることから、本発明のようにピーク周波数成分で補正することが有効になる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明による転がり軸受の診断方法の処理を説明するためのブロック図。
【図2】軸受を分解点検した結果をプロットした図。
【図3】振動センサの周波数応答特性による応答倍率を示す図。
【図4】近似式により求めた振動センサの周波数応答特性による応答倍率を示す図。
【図5】Qa値の判定図表。
【符号の説明】
【0018】
1・・・・振動センサ
2・・・・診断器
11・・・加速度検出素子
15・・・Q値算出処理
12・・・チャージアンプ
13・・・バンドローパスフィルタ
15・・・A/D変換器
16・・・データ記憶部
17・・・無線送信部
21・・・無線受信部
22・・・周波数分析処理部
23・・・最大ピーク周波数検出部
24・・・補正値設定部
25・・・包絡線化処理部
26・・・Q値算出処理部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転機械の軸受部に設けた振動センサで振動加速度を検出して電気信号に変換し、該電気信号から所定帯域の高周波数領域のアナログ信号を抽出した後、前記アナログ信号をデジタル化して外部に電波として出力し、前記デジタル化された出力信号を包絡線化処理して波高率に変換し、前記包絡線化処理波形と波高率とよりQ値を算出し、該Q値の大きさにより回転機械の転がり軸受を診断する方法において、
前記デジタル化された出力信号を分析して周波数スペクトルを求め、その最大ピーク周波数に対応した補正係数αで前記Q値を補正し、この補正されたQa値に基づいて診断を行なうことを特徴とする回転機械の転がり軸受診断方法。
【請求項2】
請求項1に記載の回転機械の転がり軸受診断方法において、前記補正係数αを振動センサの周波数応答倍率とすることを特徴とする回転機械の転がり軸受診断方法。
【請求項3】
請求項2に記載の回転機械の転がり軸受診断方法において、前記Q値を次式(1)にて算出し、
Q=Vrms×Vpeak×[a|(Vpeak/Vrms)-5|+b]・・・(1)
但し、Vrms :包絡線波形の自乗平均平方根値
Vpeak:包絡線波形のピーク値
a、b:定数
前記Qa値を次式(2)にて算出することを特徴とする回転機械の転がり軸受診断方法。
Qa=Q/α2・・・(2)
【請求項4】
請求項1ないし3の何れか1項に記載の回転機械の転がり軸受診断方法において、前記所定帯域の高周波領域は、1kHz〜10kHzの領域であることを特徴とする回転機械の転がり軸受診断方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−229089(P2009−229089A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−71343(P2008−71343)
【出願日】平成20年3月19日(2008.3.19)
【出願人】(591083244)富士電機システムズ株式会社 (1,717)
【Fターム(参考)】