説明

固定素子

【課題】水素脆化に対し高い耐性を備え、同時に安価に製造可能な固定素子を実現する。
【解決手段】比較的硬い、炭素鋼からなるコアゾーン14と、このコアゾーン14より外側にある、第1合金金属との合金である、第1低炭素オーステナイト鋼からなる外周ゾーン17とを有する固定素子において、コアゾーン(14)と外周ゾーン17との間に、コアゾーン14の鋼よりも硬度が低い第2低炭素鋼からなる第1中間ゾーン(15a,15b)を少なくとも1つ配設し、第1中間ゾーン(15a)の第2低炭素鋼を、第2合金金属との合金であるオーステナイト鋼またはフェライト鋼とし、フェライト鋼からなる第1中間ゾーン(15b)と外周ゾーン(17)との間に、比較的硬い、炭素鋼からなる第2中間ゾーン(16)を配設する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、請求項1の前段に記載したタイプの固定素子に関する。
【0002】
鋼、とくに高強度鋼からなる、例えば釘、ボルト、ねじ、アンカまたはこれらに類似する種類の固定素子は、対象物を金属または石材などの硬い受け側材料に固定する固定技術、または対象物を互いにつなぎ止める際に使用される。これらの固定素子は、さらに、必要に応じて第1端部に尖端部、および他方の端部にシャフトの直径よりも大きい径を有するヘッドを備えるシャフトを備える。打ち込み作業や固定作業は、例えば燃焼力駆動の打ち込み装置による打撃や、電動ドライバによる回転、または他の適切な方法で達成される。
【0003】
通常使用される高強度の鋼は、高い引張り強度と高い降伏点(約800Mpa以上)とを同時に呈する。そのため、横断面の小さい固定素子は、同時に、より高強度に作られることができる。しかし、腐食の影響により、この高強度の鋼が有する許容公差は小さい。なぜならば、表面に近い領域で、化学的および/または電気化学的なプロセスまたはサブプロセスの経過において生じる応力腐食割れ(SpRK)によって、脆性破壊傾向が高くなるからである。ここでの主成分は水素原子である。水素脆化(水素誘因性の亀裂)は、とくに、約800Mpa以上の引張り強度という高強度の鋼において発生する。概して、電気メッキ法による亜鉛メッキプロセスにおいて生じ得る一次水素脆化と、いわゆる二次脆化(腐食誘引性の水素脆化とも呼ばれる)とに大別される。このとき重要となるパラメータは、強度が高いことや、局部的に組織が不均質であることで生じる内部応力(引張り応力)、組織に特徴のある製品(マルテンサイト,ベイナイトなど)、また、外から加わる引張り応力や時間の要因などの環境条件などである。
【0004】
一次水素脆化は、いわゆる耐久性を向上させるための通常適切な熱処理によって生じる。電気メッキ法による精製プロセスに続き、この部分は、焼き戻しによって約200°Cに数時間保たれる。このとき、製品に溶け込んだ水素の一部は、再び追い出され、そのため溶け込んだ水素濃度は、固定素子の臨界閾値以下に下がるか、または細かく分散する。
【0005】
二次的な(腐蝕誘引性の)水素脆化は、通常高強度の固定素子において、固定素子が既に腐食被害を被っていた場合に生じる。この典型例として挙げられるのが、電気メッキ法により亜鉛メッキされた高強度のねじおよび釘などであって、直接天候に影響される屋外において使用されるものに生じる応力腐食割れである。この種の応力腐食割れは、ある一定の「潜伏期」を経過して始めて生じるものであるので、例えばねじや釘において見られるこの現象は、破損が遅くなるということでも知られるようになった。このため、このような固定素子は、乾燥した屋内空間にのみ使用でき、屋外での使用には適さない。
【背景技術】
【0006】
特許文献1(独国特許公開第3804824号)には、例えば高硬度の穿孔ねじとして構成された加工材が記載されており、この加工材は、マルテンサイト系クロム鋼からなる硬いコアゾーンと、クロム,ニッケル,および鉄からなる、組織が均質でない、硬度の低いオーステナイト外周ゾーンとを有する。この外周ゾーンを得るために、クロム鋼からなる加工材に、ニッケルおよびコバルトを主に含む合金金属から成る被膜を設ける。続いて最低850°Cの無酸素状態での熱処理をすることで、均質化によって、オーステナイト外周ゾーンが得られ、含有されている水素が追い出される。こうして得られた加工材は、水素脆化に強く、高い耐食性が得られるとされる。さらに、オーステナイト外周ゾーンの外側に、金属被膜を設けることもできる。
【0007】
この既知の加工材の欠点は、錆びないクロム鋼は比較的高価である点である。
【特許文献1】独国特許公開第3804824号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
したがって、本発明の課題は、上述の欠点を避け、水素脆化に対し高い耐性を備え、同時に安価に製造できる固定素子を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この課題は、独立項に記載する本発明の特徴により達成され、従属項に記載する特徴はこれを補完する。
【0010】
本発明によれば、コアゾーンと外周ゾーンとの間に、第2低炭素鋼からなる第1中間ゾーンを少なくとも1つ配設し、この第2低炭素鋼は、コアゾーンの鋼よりも硬度が低いものとする。このコアゾーンの鋼は、好適には、マルテンサイトまたはベイナイトの組織を有する鋼とする。外周ゾーンの低炭素鋼とは異なる金属組織を有する第2低炭素鋼からなる中間ゾーンを設けることで、二次的な水素脆化に対する高い耐性を有し、安価に製造可能である固定素子が生まれる。このため、クロム鋼を使用しないで済む。
【0011】
好適には、第1中間ゾーンの第2低炭素鋼を、第2合金金属との合金であるオーステナイト鋼とする。このオーステナイト鋼は、第1合金金属を一部に含有しても良い。ただし、この場合、中間ゾーンであるオーステナイト鋼の第2合金金属の密度は、第1合金金属の密度よりも有意に高いものとする。水素浸入に対する2重のフィルタ作用によって二次的な水素脆化に対する高い耐性を有するという利点に加え、異なる態様に合金化した外周ゾーンおよび中間ゾーンによって、例えば残留応力分布に関する硬度固定素子などの固定素子の特性を最適化することができる。
【0012】
さらに、第1中間ゾーンの第2低炭素鋼をフェライト鋼としてもまた好適である。こうすることで、固定素子の靭性も飛躍的に高まり、同時に、外周ゾーン領域(中間ゾーンおよび外周ゾーン)の残留応力分布にも良い影響を及ぼす。
【0013】
さらに好適には、フェライト鋼から成る第1中間ゾーンと外周ゾーンとの間に、比較的硬い、炭素鋼からなる第2中間ゾーンを配設する。この構成により、よりコストをかけずに生産可能となる。この第2中間ゾーンは、例えばマルテンサイト系とする。
【0014】
好適には、第2合金金属との合金であるオーステナイト鋼からなる第1中間ゾーンの、コアゾーン表面に直交する方向の厚さを、0.001mm〜1.0mmの範囲内とする。この構成により、一方では、水素脆化に対する充分なバリアが構成され、他方では、オーステナイト化プロセスが比較的短いため、このゾーンの製造コストが低く抑えられる。
【0015】
好適には、フェライト鋼からなる第1中間ゾーンの、コアゾーン表面に直交する方向の厚さを、0.01mm〜0.2mmの範囲内とする。この構成により、一方では、水素脆化に対する充分なバリアを生じ、他方では、脱炭プロセスが比較的短いため、このゾーンの製造コストが低く抑えられる。
【0016】
さらに好適には、比較的硬い炭素鋼からなる第2中間ゾーンの、第1中間ゾーン表面に直交する方向の厚さを、0.002mm〜0.3mmの範囲内とする。この構成により、ゾーンの境界が明瞭になる。
【0017】
好適には、外周ゾーンの鋼の第1合金金属を、Ni,Mn,Co,Al,Cr,VおよびMoの群からなる金属とする。この構成により、外周ゾーンのオーステナイト鋼において最適な治金学的特性が実現できる。このとき、第1合金金属も、上記の金属のうち少なくとも1種との合金又は混合とすることができる。
【0018】
また、第1中間ゾーンの鋼の第2合金金属を、Ni,Mn,Co,Al,Cr,VおよびMoの群からなる金属としても好適である。第1中間ゾーンのオーステナイト鋼において、最適な治金学的特性を実現できる。このとき、第2合金金属は、第1合金金属とは異なるものとする。第2合金金属は、上記の金属のうち少なくとも1種との合金または混合としてよい。
【0019】
好適には、第1中間ゾーンの鋼に含まれる第2合金金属の比率を、外側から内側に向かって徐々に変化させ、とくに、第2合金金属の比率を外側から内側に向かって徐々に減少させる。また、さらに好適には、外周ゾーンの鋼に含まれる第1合金金属の比率を、外側から内側に向かって徐々に変化させ、とくには、第1合金金属の比率を、外側から内側に向かって徐々に減少させる。この構成により、連続的な変遷が外周ゾーンおよび中間ゾーンの特性を保証することができる、
【0020】
さらに好適には、外周ゾーンの外側に、防食被膜による被膜加工を施す。このとき被膜は、例えばZn,Sn,Co又はAlのいずれか1つの金属からなる金属メッキとしても良く、このメッキは、例えば電気メッキ法により外周ゾーンの表面に施す。防食被膜(好適には固定素子を完全に覆うもの)を設けることで、本発明固定素子に高い腐食抵抗を備えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
図1および図2は、釘として構成した固定素子10を示す。この固定素子10はシャフト11を有し、このシャフト11の一方の端部にはヘッド12を、他方の端部には尖端部13を設ける。図2に示すように、固定素子10は、マルテンサイト組織またはベイナイト組織を有する炭素鋼からなるコアゾーン14を備え、この炭素鋼の硬さは約30〜62HRCとする。少なくともシャフト11の一部領域は、このシャフトの半径方向外方に、硬度の低い、合金金属との合金である第1低炭素鋼から成る外周ゾーン17を有する。この外周ゾーン17は、コアゾーン14の表面に直交する方向の厚さDRが0.001mm〜1.0mmの範囲とし、また、オーステナイト組織を有する。このとき、この合金金属は、Ni,Mn,Co,Al,Cr,VまたはMoのグループからなる金属とする。外周ゾーン17に含まれる合金金属の密度は、内側から外側にむかって増大させる。このオーステナイト系の外周ゾーンは、例えば合金-被膜加工(例えば、被膜厚さを0.001mm〜1.0mmの範囲とする)をシャフト11に施し、続いて熱処理をする。このとき、外周ゾーン17は、80〜400HVの硬度を有する。
【0022】
コアゾーン14と外周ゾーン17との間に、硬度の低い第2低炭素鋼からなる第1中間ゾーン15aを設ける。この第1中間ゾーン15aは、80〜400HVの硬度とする。
【0023】
上述の実施例では、この低炭素鋼を、第2合金金属との合金であるオーステナイト鋼とし、外周ゾーン17の鋼における第1合金金属とは異なるものとする。この第2合金金属は、Ni,Mn,Co,Al,Cr,VまたはMoの群からなる金属とする。また、第1中間ゾーン15aに含まれる第2合金金属の密度を、内側から外側にむかって増大させる。この第1中間ゾーン15aは、コアゾーン14の表面に直交する方向の厚さD1aを0.001mm〜1.0mmの範囲とし、また、コアゾーンを第2合金金属で被膜加工し、続いて均質化焼きなましをすることで得られる。外周ゾーン17は、第1中間ゾーン15aを第1合金金属で被覆し、続いて新たに均質化焼きなましをすることで得られ、この外周ゾーン17は、第1中間ゾーン15aの外側に連続する。固定素子10は、最終的に、好適には全体を防食被膜18で被膜加工する。この防食被膜18は、例えば、Zn,Sn,CoまたはAlのうち少なくとも1つの金属からなる金属メッキとし、例えば電気メッキにより外周ゾーン17の表面に施す。
【0024】
図3には、本発明固定素子の他の実施例における断面を示すものである。この実施例における固定素子は、マルテンサイトまたはベイナイトの組織を有する炭素鋼(硬度30〜62HRC)からなるコアゾーン14と、硬度の低い、第1合金金属の合金である第2低炭素鋼(硬度80〜400HV)からなる外周ゾーン17との間に、フェライト鋼(硬度50〜250HV)からなる第1中間ゾーン15b、および、この第1中間ゾーン15bの外側に連続するマルテンサイトまたはベイナイト組織を有する炭素鋼(硬度30〜62HRC)からなる第2中間ゾーン16を設けるという点において、上述の固定素子とは異なる。このフェライト鋼からなる第1中間ゾーン15bは、0.01mm〜0.2mmの範囲の厚さD1bとし、マルテンサイト系またはベイナイト系の炭素鋼からなる第2中間ゾーン16は、0.002mm〜0.3mmの範囲の厚さD2とする。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明固定素子の第1実施例である。
【図2】図1に示す固定素子の点線IIで囲った部分の拡大断面図である。
【図3】本発明固定素子の第2実施例における、図2に対応する拡大断面図である。
【符号の説明】
【0026】
10 固定素子
11 シャフト
12 ヘッド
14 コアゾーン
15a 第1中間ゾーン
15b 第1中間ゾーン
16 第2中間ゾーン
17 外周ゾーン
18 防食被膜
D1a 厚さ
D1b 厚さ
D2 厚さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
比較的硬い、炭素鋼からなるコアゾーン(14)と、このコアゾーン(14)より外側にある、第1合金金属との合金である、第1低炭素オーステナイト鋼からなる外周ゾーン(17)とを有する固定素子であって、
前記コアゾーン(14)と前記外周ゾーン(17)との間に、前記コアゾーン(14)の鋼よりも硬度が低い第2低炭素鋼からなる第1中間ゾーン(15a,15b)を少なくとも1つ配設したことを特徴とする固定素子。
【請求項2】
請求項1に記載する固定素子において、前記第1中間ゾーン(15a)の前記第2低炭素鋼を、第2合金金属との合金であるオーステナイト鋼とした固定素子。
【請求項3】
請求項1に記載する固定素子において、前記第1中間ゾーン(15a)の前記第2低炭素鋼をフェライト鋼とした固定素子。
【請求項4】
請求項1または3に記載する固定素子において、フェライト鋼からなる前記第1中間ゾーン(15b)と前記外周ゾーン(17)との間に、比較的硬い、炭素鋼からなる第2中間ゾーン(16)を配設した固定素子。
【請求項5】
請求項1または2に記載する固定素子において、前記第1中間ゾーン(15a)の、前記コアゾーン(14)の表面に直交する方向の厚さ(D1a)を、0.001mm〜1.0mmの範囲内とした固定素子。
【請求項6】
請求項1または請求項3〜4のいずれか1項に記載する固定素子において、前記第1中間ゾーン(15b)の、前記コアゾーン(14)の表面に直交する方向の厚さ(D1b)を、0.01mm〜0.2mmの範囲内とした固定素子。
【請求項7】
請求項4に記載する固定素子において、前記第2中間ゾーン(16)の、前記第1中間ゾーン(15b)の表面に直交する方向の厚さ(D2)を、0.002mm〜0.3mmの範囲内とした固定素子。
【請求項8】
請求項1に記載する固定素子において、前記外周ゾーン(17)の鋼における前記第1合金金属を、Ni,Mn,Co,Al,Cr,VおよびMoの群からなる金属とした固定素子。
【請求項9】
請求項2または請求項5〜8のいずれか1項に記載する固定素子において、前記第1中間ゾーン(15a)の鋼における前記第2合金金属を、Ni,Mn,Co,Al,Cr,VおよびMoの群からなる金属とした固定素子。
【請求項10】
請求項2または請求項5〜9のいずれか1項に記載する固定素子において、前記第1中間ゾーン(15a)の鋼に含まれる前記第2合金金属の比率を、外側から内側に向って徐々に変化させた固定素子。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1項に記載する固定素子において、前記外周ゾーン(17)の鋼に含まれる前記第1合金金属の比率を、外側から内側に向かって徐々に変化させた固定素子。
【請求項12】
請求項1に記載する固定素子において、防食被膜(18)で被覆した固定素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−62616(P2009−62616A)
【公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−223818(P2008−223818)
【出願日】平成20年9月1日(2008.9.1)
【出願人】(591010170)ヒルティ アクチエンゲゼルシャフト (339)
【Fターム(参考)】