説明

圧電セラミックスの製造方法と圧電セラミックス、並びに圧電素子

【課題】ナノサイズのチタン酸バリウム粉末に着目し、実用性の高い抵抗加熱2段焼結法を用いて、より高い電気機械結合係数を有するチタン酸バリウムの圧電セラミックスと、その製造方法並びにそれを用いた各種の圧電素子を低コストで提供する。
【解決手段】圧電体の性質を持つ50nm〜200nmのチタン酸バリウム粉末を所定形状に固めて、2段階の焼結温度により焼結体を形成する。焼結体の微細結晶構造は、その単体の結晶粒内に、0.5μm〜2μmで、結晶界面が明確ではないが、分子の配列方向の異なるサブ粒子構造が存在し、結晶粒の最大粒径が10μm以下に抑制されている。焼結体は、理論密度の98.5%以上の密度を有し、圧電素子は、セラミックスの焼結体を分極処理して形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、チタン酸バリウム粉末を焼結させた圧電セラミックスであって、圧電振動子、超音波探傷用等の素子、アクチュエータ、多くのセンサ類に使用される圧電セラミックスの製造方法と圧電セラミックス、並びに圧電素子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、圧電セラミックスとしては、鉛を含んだPZT(PbTiO3−PbZrO3)成分系が用いられてきた。PZTは、大きな圧電性と高い比誘電率を有しており、センサ,アクチュエータ,フィルター等の各用途に用いられる様々な特性の材料を容易に作製できる。ところが、PZTからなる圧電セラミックスは、優れた特性を有する一方で、その構成元素に鉛を含んでいるため、PZTを含んだ製品の産業廃棄物から有害な鉛が溶出し、環境汚染を引き起こすおそれがあった。そして、近年の環境問題に対する意識の高まりにより、PZTのように環境汚染の原因となりうる製品の製造と使用を極力抑えるようになってきている。
【0003】
そこで、有害な鉛を全く含まない高性能の圧電セラミックスの開発が環境問題として望まれ、特許文献1に示すように、本発明の発明者らは、ナノサイズのチタン酸バリウム粉末に着目し、実用性の高い抵抗加熱2段焼結法を用いて、より高い比誘電率と電気機械結合係数を有するチタン酸バリウムの圧電セラミックスと、その製造方法を提案した。
【0004】
特許文献1に開示された圧電セラミックスは、圧電体の性質を持つ50nm〜200nmのチタン酸バリウム粉末を所定形状に固めて、電気的な抵抗加熱等により2段階の焼結温度による2段焼結法で焼成し、平均粒径1μm〜2μmで最大粒径5μm以下に抑制され、かつ理論密度(チタン酸バリウムの理論密度は6.01g/cm)の98%以上の緻密な焼結体を焼成し、この焼結体を、室温乃至80℃で1kV/mmの電圧で30分間程度分極処理するものである。
【0005】
前記ナノサイズのチタン酸バリウム粉末は、その作製法が、水熱合成法、共沈殿法、部分共沈法(heterogeneous precipitation method)、アルコキシド法、蓚酸塩法、クエン酸塩法、ゾル・ゲル法及び固相反応法のいずれかから選択され、前記粉末を電気的な抵抗加熱による前記2段焼結法で焼結して成るものである。
【0006】
また、前記2段焼結法は、電気的な抵抗加熱により、第1焼結温度の1230℃〜1340℃に昇温した後、第2焼結温度の1150℃〜1200℃に下げて一定時間維持して焼結するものである。
【特許文献1】特開2008−150247号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に開示された製造方法により得られる、圧電セラミックスは、従来のPZTに近い性能を有するものであるが、電気機械結合係数がPZTには及ばないものであった。
【0008】
本発明は、上記背景技術に鑑みて成されたもので、ナノサイズのチタン酸バリウム粉末に着目し、実用性の高い抵抗加熱2段焼結法を用いて、より高い電気機械結合係数を有するチタン酸バリウムの圧電セラミックスと、その製造方法並びにそれを用いた各種の圧電素子を低コストで提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、圧電体の性質を持つ50nm〜200nmのチタン酸バリウム粉末を所定形状に固めて、第1焼結温度の1350℃〜1450℃に昇温した後、第2焼結温度の1190℃〜1250℃に下げて一定時間維持して焼結し、理論密度の98.5%以上の密度に形成して、個々の単体の結晶粒界中に分子の配列方向の異なる結晶構造が一体に形成された結晶構造(この発明ではサブ粒子構造と言う。)を有する結晶粒を形成し、この焼結体を分極処理する圧電セラミックスの製造方法である。
【0010】
前記第1焼結温度までの昇温速度は1分間に7℃〜15℃であり、第1焼結温度での保持時間は0.5分〜2分間である。さらに、前記第1焼結温度から1分間20℃〜40℃の速度で第2焼結温まで下げ、前記第2焼結温度での保持時間は4時間から10時間である。
【0011】
またこの発明は、圧電体の性質を持つ50nm〜200nmのチタン酸バリウム粉末を所定形状に固めて、2段階の焼結温度により形成した焼結体であって、その微細結晶構造が、圧電焼結体の単体の結晶粒内に、0.5μm〜2μmで結晶界面が明確ではないが分子の配列方向の異なるサブ粒子構造が存在し、前記結晶粒の最大粒径10μm以下に抑制され、かつ理論密度の98.5%以上の密度を持つ焼結体を形成し、これを分極処理して成る圧電セラミックスである。
【0012】
前記焼結体は、比誘電率が4000以上であり、電気機械結合係数kpが0.44〜0.50である。また、前記焼結体は、圧電定数d33が460〜500pC/Nである。
【0013】
またこの発明は、前記チタン酸バリウム粉末の焼結体から成る圧電セラミックスを用いて、単板若しくは積層型、矩形、円盤形、ドーム形、またはリング形に形成された圧電素子である。
【0014】
さらにこの発明は、前記チタン酸バリウム粉末の焼結体から成る圧電セラミックスを用いて、振動検出素子や振動子として用いられる振動ピックアップ、超音波洗浄機、またはブザー用等の圧電振動子である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、50nmから200nmのナノサイズのチタン酸バリウム粉末を利用した圧電セラミックスとその製造方法及びそれを用いた圧電振動子を提供するものであり、焼結方法として、従来の固相法又はマイクロ波焼結法よりも圧電素子として高い電気機械結合係数を得ることができるものである。また、焼結温度の依存性もあり、適当な温度範囲を選択することで、より効果的に高密度の圧電セラミックス及びその製造方法を、低コストでしかも環境を汚染することなく提供することができる。
【0016】
さらに、ナノサイズのチタン酸バリウム粉末と抵抗加熱2段焼結法を利用した焼結方法により、チタン酸バリウムセラミックスの焼結密度も理論密度の98.5%以上に達し、圧電定数d33も非常に大きな値を示し、圧電素子としての良好な特性を得ることができた。
【0017】
本発明で得られた圧電セラミックスは、他の非鉛系圧電セラミックスや、同じくナノサイズチタン酸バリウム粉末をマイクロ波焼結したものよりも高性能であり、図1に示すように、鉛系圧電セラミックスに匹敵する性能を備えたものとなっている。よって、この発明の圧電セラミックスは、高d33又は高d31特性を求められる各種の圧電振動子としてより好適なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を具体的に説明する。本発明では、チタン酸バリウム粉末を用いて、電気的抵抗を利用した加熱法であって2段階の温度による焼結法である抵抗加熱2段階焼結法によって、高性能な圧電セラミックスが得られる。これには圧電の性質を持つ素材類として、50nmから200nmのナノサイズのセラミックス粉末が必須である。ナノサイズのチタン酸バリウム粉末を焼結して、圧電セラミックスを形成することにより、圧電焼結体の単体の結晶粒内に、0.5μm〜2μmで結晶界面が明確ではないが分子の配列方向の異なるサブ粒子構造が存在し、最大粒径10μmに抑えて、サブ粒子の粒径効果による微細な分極分域構造を形成し、電気機械結合係数kpと圧電定数d33が極めて大きい圧電素子を形成することができる。
【0019】
このナノサイズのチタン酸バリウム粉末は、公知の水熱合成法、共沈殿法、部分共沈法、アルコキシド法、蓚酸塩法、クエン酸塩法、ゾル・ゲル法及び固相反応法等によって得られる。特に、高性能な圧電セラミックスに適するのは、粉末の粒径分布がシャープで均一なものが望ましい。また、粒径サイズは、50nmから200nmのものがよい。例えば、水熱合成法は、高温高圧の水溶液を利用して無機化合物または有機化合物を合成する方法を基本としたものである。この方法を応用して、ナノサイズのチタン酸バリウム粉末を作製することができる。
【0020】
次に、50nmから200nmのナノサイズのチタン酸バリウム粉末を焼結して形成する圧電セラミックスの製造方法について述べる。焼成に先立ち、目的とする用途、形状等で決定された成型体を作製する。バインダーとしてポリビニールアルコールの水溶液を用いて、チタン酸バリウム粉末と均一に混合してから金型成型により成型した。成型圧力は200MPaで、成型体の寸法は直径12mmから20mm、厚みは1mmから5mmとした。その後、600℃で保持2時間の脱バインダーを行ってから、抵抗加熱2段焼結法による本焼成に使う。他の成型方法、例えば押出し成型、ドクターブレード成型などで成形したものでも、最適焼結条件で焼結が可能である。
【0021】
次に、抵抗加熱2段焼結法について述べる。図2はチタン酸バリウム粉末を焼結し圧電セラミックスの製造を行う際の焼結スケジュールを示したものである。図は縦軸が焼結温度、横軸が焼結時間である。T1が第1焼結温度、T2が第2焼結温度である。室温から1000℃までの昇温速度は圧電セラミックスの性能に影響しないが、実施例としては1分間10℃で行った。1000℃から第1焼結温度の1350℃〜1450℃までの昇温速度は、1分間に7℃〜15℃、例えば1分間10℃である。第1焼結温度での保持時間は0.5分〜2分、例えば1分間であり、第1焼結温度から第2焼結温度の1190℃〜1250℃までの降温速度は、1分間に20℃〜40℃、例えば1分間30℃である。第2焼結温度での保持時間は4時間から10時間、第2焼結温度から室温までの冷却速度は1分間4℃〜5℃である。
【0022】
第1焼結温度での保持時間は1分間であるが、これは制御プログラムの関係で抵抗加熱による焼結炉内の温度が均一になるまで必要な時間であり、炉の構造及び焼結量により延長する場合もある。第2焼結温度での保持時間はその温度によるもので、理論密度の98.5%以上になるまでの保持時間が必要である。
【0023】
この発明の圧電セラミックスは、50nm〜200nmのチタン酸バリウム粉末を所定形状に固めて、上述の段階の焼結温度により形成した焼結体である。この圧電セラミックスの微細結晶構造は、その結晶粒単体中に、0.5μm〜2μmで、結晶界面が明確ではないが分子の配列方向の異なるサブ粒子構造が存在する。図3は、この発明の実施例の圧電セラミックス表面を30秒間エッチングした表面の電子顕微鏡写真である。図3に示すように、単体の結晶粒界中に、組織の方向が異なる配列が見られ、その異なる個々の配列がサブ粒子構造であり、その粒界がサブ粒界と言えるものである。図4に、サブ粒子構造におけるサブ粒界sを示す拡大電子顕微鏡写真を示す。図左上と右下の各サブ粒子の結晶構造の配列方向がサブ粒界sを境に異なることが分かる。各サブ粒子構造の配列方向は、図左上と右下の模式図の通りである。そして、この実施例のセラミックスは、結晶粒の最大粒径10μm以下に抑制され、かつ理論密度の98.5%以上の密度を持つ焼結体を構成している。
【0024】
この焼結体は、比誘電率が4000以上であり、電気機械結合係数kpが0.44〜0.50である。また、圧電定数d33が460〜500pC/Nである。
【0025】
この発明のチタン酸バリウム粉末の焼結体から成る圧電セラミックスは、その用途として、単板若しくは積層型、矩形、円盤形、ドーム形、またはリング形に形成された圧電素子を形成することができる。
【0026】
この発明による圧電セラミックスは、振動検出素子や振動子として用いられる。特に、高密度、高誘電率、高d33、高d31の優れた圧電セラミックスを用いた非鉛系圧電振動子として、例えば、高感度振動子ピックアップ、圧電ブザー、超音波洗浄機、探傷器等としての極めて高性能な振動子として期待される。これらの振動子の製造は公知のそれぞれの手段によって得られ、低コストで、さらに環境を汚染することなく製造することができる。
【実施例】
【0027】
次にこの発明の実施例について以下に述べる。ここで、形成される圧電セラミックスの結晶粒の粒径は主に第1焼結温度に依存する。図5は第1焼結温度が1350℃で1分間保持後、第2焼結温度1190℃で4時間保持後の電子顕微鏡写真である。
【0028】
図6は第1焼結温度が1410℃で1分間保持後、第2焼結温度1190℃で4時間保持後の電子顕微鏡写真である。
【0029】
図7は第1焼結温度が1410℃で1分間保持後、第2焼結温度1250℃で4時間保持後の電子顕微鏡写真である。
【0030】
図5〜図7から分かるように、セラミックス焼結体の単体の結晶粒界中に、組織の方向が異なる配列が見られ、その異なる個々の配列がサブ粒子構造であり、その粒界がサブ粒界である。特に、焼結体表面の粒界内に現れる凹凸は、サブ粒子構造の存在を示し、各凹部または凸部領域の大きさは、その粒界内にあるサブ粒子の大きさを示すものである。
【0031】
以下の表1に、第1焼結温度と第2焼結温度を変化させたときの焼結体の密度を示す。表2には、第1焼結温度と第2焼結温度を変化させたときの焼結体の電気機械結合係数を示す。
【表1】

【表2】

【0032】
得られた焼結体は、80〜100℃で1kV/mmの電圧をかけ、30分間分極処理してから、24時間後に誘電、圧電特性を測定した。ただし、電極として、銀ペイントを試料に塗布し、600℃で30分間焼き付けたものを使用した。
【0033】
表1と表2から分かるように、焼結体の密度が5.93g/cm3以上であれば、電気機械結合係数kpが0.44以上になる。例えば、第1焼結温度が1350℃、第2焼結温度が1190℃、保持時間が4時間で得た理論密度の98.5%の試料には、kp=0.50に達し、その圧電定数d33=500pC/Nであった。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】各種圧電セラミックスの電気結合係数kpと比誘電率の関係を示す図。
【図2】本発明の抵抗加熱2段焼結法の焼結スケジュール図。
【図3】この発明の実施例の圧電セラミックス表面を30秒エッチングした後の表面の電子顕微鏡写真である。
【図4】図3の写真をさらに拡大した電子顕微鏡写真である。
【図5】この発明の実施例の圧電セラミックスの製造方法により、第1焼結温度1350℃で1分間保持後、第2焼結温度1190℃で4時間保持後の電子顕微鏡写真である。
【図6】この発明の実施例の圧電セラミックスの製造方法により、第1焼結温度1410℃で1分間保持後、第2焼結温度1190℃で4時間保持後の電子顕微鏡写真である。
【図7】この発明の実施例の圧電セラミックスの製造方法により、第1焼結温度1410℃で1分間保持後、第2焼結温度1250℃で4時間保持後電子顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電体の性質を持つ50nm〜200nmのチタン酸バリウム粉末を所定形状に固めて、第1焼結温度の1350℃〜1450℃に昇温した後、第2焼結温度の1190℃〜1250℃に下げて一定時間維持して焼結し、理論密度の98.5%以上の密度に形成して、個々の結晶粒界中に分子の配列方向の異なるサブ粒子構造を有する結晶粒を形成し、この焼結体を分極処理することを特徴とする圧電セラミックスの製造方法。
【請求項2】
前記第1焼結温度までの昇温速度は1分間に7℃〜15℃であり、第1焼結温度での保持時間は0.5分〜2分間であり、前記第1焼結温度から1分間20℃〜40℃の速度で第2焼結温まで下げ、前記第2焼結温度での保持時間は4時間から10時間である請求項1記載の圧電セラミックスの製造方法。
【請求項3】
圧電体の性質を持つ50nm〜200nmのチタン酸バリウム粉末を所定形状に固めて、2段階の焼結温度により形成した焼結体であって、その微細結晶構造が、圧電焼結体の単体の結晶粒内に、0.5μm〜2μmで結晶界面が明確ではないが分子の配列方向の異なるサブ粒子構造が存在し、前記結晶粒の最大粒径10μm以下に抑制され、かつ理論密度の98.5%以上の密度を持つ焼結体を形成し、これを分極処理して成ることを特徴とする圧電セラミックス。
【請求項4】
前記焼結体は、比誘電率が4000以上であることを特徴とする請求項3記載の圧電セラミックス。
【請求項5】
前記焼結体は、電気機械結合係数kpが0.44〜0.50であることを特徴とする請求項3記載の圧電セラミックス。
【請求項6】
前記焼結体は、圧電定数d33が460〜500pC/Nであることを特徴とする請求項3記載の圧電セラミックス。
【請求項7】
前記チタン酸バリウム粉末の焼結体から成る圧電セラミックスを用いて、振動検出素子または振動子として用いられる請求項3,4,5または6記載の圧電セラミックスからなる圧電素子。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−42969(P2010−42969A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−209853(P2008−209853)
【出願日】平成20年8月18日(2008.8.18)
【出願人】(000236920)富山県 (197)
【Fターム(参考)】