説明

圧電体薄膜の製造方法および当該製造方法により製造される圧電体薄膜

【課題】スカンジウムを含有する窒化アルミニウム薄膜を備えた圧電体薄膜において、スカンジウムの含有率が35〜40原子%の範囲であっても、スカンジウムを含有させない場合と比較して圧電応答性が低下しない圧電体薄膜の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明に係るスカンジウムを含有する窒化アルミニウム薄膜を備えた圧電体薄膜の製造方法は、少なくとも窒素ガスを含む雰囲気下において、アルミニウムとスカンジウムとでスパッタリングするスパッタリング工程を含む。本発明に係る製造方法におけるスパッタリング工程では、基板温度を5〜450℃の範囲で、スカンジウムの含有率が0.5〜50原子%の範囲となるようにスパッタリングする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電体薄膜の製造方法に関するものであり、特に、基板上にスカンジウムを添加した窒化アルミニウム薄膜を備えた圧電体薄膜の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
圧電現象を利用するデバイスは、幅広い分野において用いられており、小型化および省電力化が強く求められている携帯電話機などの携帯用機器において、その使用が拡大している。その一例として、IF(Intermediate Frequency)およびRF(Radio Frequency)用フィルタなどを挙げることができる。IFおよびRF用フィルタの具体例としては、弾性表面波共振子(Surface Acoustic Wave Resonator;SAWR)を用いたフィルタであるSAWフィルタなどがある。
【0003】
SAWフィルタは、固体表面を伝わる音響波を利用する共振子を用いたフィルタであり、設計および生産技術の向上により、ユーザーの厳しい要求に対応している。しかし、SAWフィルタは、利用周波数の高周波数化とともに、特性向上の限界に近づいている。
【0004】
そこで、SAWフィルタに代わる新たなフィルタとして、RF−MEMS(Radio Frequency−Micro Electro Mechanical System)デバイスの一つである、薄膜バルク音響波共振子(Film Bulk Acoustic Resonator;FBAR)を用いた、FBARフィルタの開発が進められている。
【0005】
RF−MEMSは、近年注目を集めている技術であり、機械的な微小構造を主に半導体基板上に作り付け、極小のアクチュエータおよびセンサー、共振器などのデバイスを作製する技術であるMEMSをRFフロントエンドに適用したものである。
【0006】
RF−MEMSデバイスの一つであるFBARフィルタは、圧電応答性を示す薄膜の厚み縦振動モードを用いた共振子によるフィルタである。すなわち、入力される高周波電気信号に対して、圧電体薄膜が厚み縦振動を起こし、その振動が薄膜の厚さ方向において共振を起こす現象を用いた共振子によるフィルタであり、ギガヘルツ帯における共振が可能である。このような特性を有するFBARフィルタは、低損失であり、かつ広帯域における動作を可能としつつ、携帯用機器のさらなる小型化および省電力化を実現している。
【0007】
また、FBARフィルタ以外のRF−MEMSデバイスであるRF−MEMSキャパシタおよびRF−MEMSスイッチなどにおいても、圧電現象を利用することによって、高周波数帯における低損失、高アイソレーションおよび低ひずみを実現している。
【0008】
特許文献1には、第3成分としてスカンジウムを添加した窒化アルミニウム薄膜を備えた圧電体薄膜において、良好な圧電応答性が得られることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2009−010926号公報(公開日:2009年1月15日)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、特許文献1に記載の圧電体薄膜では、スカンジウムの原子数と窒化アルミニウム薄膜におけるアルミニウムの原子数との総量を100原子%としたとき、スカンジウムの原子数が35〜40原子%の範囲の場合には、スカンジウムを含有させない場合と比較して、圧電応答性が低下している(図1(b)参照)。すなわち、特許文献1に記載の圧電体薄膜には、未だ改良の余地が残されている。
【0011】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、その主たる目的は、スカンジウムを添加した窒化アルミニウム薄膜を備えた圧電体薄膜において、スカンジウムの原子数が35〜40原子%の範囲であっても、スカンジウムを含有させない場合と比較して圧電応答性が低下しない、圧電体薄膜を作製することができる製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の発明者らは、スカンジウムの原子数が35〜40原子%の範囲であっても圧電応答性が低下しない、圧電体薄膜の製造方法について鋭意検討した結果、スカンジウムおよびアルミニウムをスパッタリングする際の基板温度をある温度範囲とすることにより、圧電体薄膜における圧電応答性の低下が生じないことを見出し、本発明を完成させるに至った。本発明は、係る新規な知見に基づいて完成されたものであり、以下の発明を包含する。
【0013】
本発明に係る圧電体薄膜の製造方法では、上記課題を解決するために、基板上にスカンジウムを含有する窒化アルミニウム薄膜を備えた圧電体薄膜の製造方法であって、少なくとも窒素ガスを含む雰囲気下において、スカンジウムの原子数と上記窒化アルミニウム薄膜におけるアルミニウムの原子数との総量を100原子%としたときのスカンジウムの含有率が0.5〜50原子%の範囲となるように、アルミニウムとスカンジウムとでスパッタリングするスパッタリング工程を含み、上記スパッタリング工程における上記基板の温度が、5〜450℃の範囲であることを特徴としている。
【0014】
上記の構成によれば、スカンジウムの原子数と窒化アルミニウム薄膜におけるアルミニウムの原子数との総量を100原子%としたとき、スカンジウムの含有率が、35原子%〜40原子%である場合であっても、圧電体薄膜における圧電応答性が低下することを防止することができる。また、スカンジウムの含有率が35原子%〜40原子%の場合であっても、スカンジウムを含有させていない窒化アルミニウム薄膜と比べて向上させることができる。
【0015】
これによって、圧電体薄膜の製造におけるスカンジウムの含有率の緻密な設定を不要にすることができるため、スカンジウムを含有する窒化アルミニウム薄膜を備えた圧電体薄膜を容易に製造することができる効果を奏する。すなわち、製造される圧電体薄膜における不良品の発生率を低減することができる。
【0016】
本発明に係る圧電体薄膜の製造方法では、さらに、上記スパッタリング工程における上記基板の温度が200〜400℃の範囲であることが好ましい。
【0017】
上記の構成によれば、従来のスカンジウムを含有する窒化アルミニウム薄膜を備えた圧電体薄膜において生じていた、スカンジウム含有率35原子%〜40原子%の範囲における圧電応答性の低下を防止することができる。
【0018】
これによって、製造される圧電体薄膜における不良品の発生率をより一層低減することができるため、圧電体薄膜の製造品質を向上することができる効果を奏する。
【0019】
本発明に係る圧電体薄膜の製造方法では、さらに、上記スパッタリング工程における上記基板の温度が400℃であることが好ましい。
【0020】
上記の構成によれば、スカンジウムを含有する窒化アルミニウム薄膜を備えた圧電体薄膜における圧電応答性の最大値をより一層向上することができる効果を奏する。
【0021】
本発明に係る圧電体薄膜の製造方法では、さらに、上記スパッタリング工程では、上記スカンジウムの含有率が35〜40原子%の範囲となるようにスパッタリングすることが好ましい。
【0022】
なお、本発明に係る製造方法により製造される圧電体薄膜についても本発明の範疇に含まれる。
【0023】
また、製造された圧電体薄膜は、X線ロッキングカーブの半値全幅が3.2度以下であることが好ましい。
【0024】
また、製造された圧電体薄膜は、表面の算術平均粗さが1.2nmより小さい値であることが好ましい。
【発明の効果】
【0025】
以上説明したように、本発明に係る圧電体薄膜の製造方法では、少なくとも窒素ガスを含む雰囲気下において、アルミニウムとスカンジウムとで、スカンジウムの原子数と窒化アルミニウム薄膜におけるアルミニウムの原子数との総量を100原子%としたときのスカンジウムの含有率が0.5〜50原子%の範囲となるように、スパッタリングする。そして、スパッタリング時における基板の温度を5〜450℃の範囲とする。
【0026】
これによって、スカンジウムの含有率が、35〜40原子%である場合であっても、スカンジウムを含有させない場合と比較して圧電応答性が低下することを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明に係る圧電体薄膜におけるスカンジウム含有率と圧電応答性との関係を示す図であり、(a)はスパッタリング工程時の基板温度が400℃の場合であり、(b)はスパッタリング工程時の基板温度が580℃の場合である。
【図2】本発明に係る圧電体薄膜のX線回折強度を示す図であり、(a)はスパッタリング工程時の基板温度を変化させた場合であり、(b)はスカンジウム含有率を変化させた場合である。
【図3】実施例1において作製した圧電体薄膜および比較例1において作製した圧電体薄膜のX線回折パターンに基づいて算出したパラメータを示す図であり、(a)はSc含有窒化アルミニウムの結晶格子におけるc軸の長さを示す図であり、(b)はSc含有窒化アルミニウムのX線ロッキングカーブのFWHMを示す図である。
【図4】実施例2および比較例2における表面粗さおよび結晶の粒径を原子間力顕微鏡を用いて測定した図であり、(a)は基板温度580℃でSc含有率0原子%の場合であり、(b)は基板温度580℃でSc含有率36原子%の場合であり、(c)は基板温度580℃でSc含有率43原子%の場合であり、(d)は基板温度400℃でSc含有率0原子%の場合であり、(e)は基板温度400℃でSc含有率36原子%の場合であり、(f)は基板温度400℃でSc含有率43原子%の場合であり、(g)はスパッタリング時の基板温度を400℃または580℃としたときのSc含有率とSc含有窒化アルミニウムの粒径との関係を示す図である。
【図5】基板温度を常温(20℃)、200℃、400℃、450℃、500℃および580℃としたときのスカンジウム含有率42%のスカンジウム含有窒化アルミニウム薄膜の圧電応答性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明に係る圧電体薄膜について、図1(a)および(b)〜図2(a)および(b)を参照して以下に説明する。本発明に係る圧電体薄膜について説明するに先立って、本明細書等において用いる用語等について以下に説明する。
【0029】
本発明に係る圧電体薄膜は、圧電現象を利用した圧電素子に用いる場合、その具体的な用途は特に限定されるものではない。例えば、SAWデバイスまたはRF−MEMSデバイスに利用することができる。ここで、本明細書等における「圧電体」とは、力学的な力が印加されることにより電位差を生じる性質、すなわち圧電性(以下、圧電応答性とも称する)を有する物質を意味する。また、「圧電体薄膜」とは、上記性質を有する薄膜を意味する。
【0030】
また、本明細書等における「原子%」とは、原子百分率を指しており、本明細書等においては、特に断りのない限り、スカンジウム原子数とアルミニウム原子数との総量を100原子%としたときのスカンジウム原子の数またはアルミニウム原子の数を表す。すなわち、スカンジウムを含有した窒化アルミニウムにおけるスカンジウム原子およびアルミニウム原子の濃度と言い換えることもできる。また、本明細書においては、スカンジウムの原子%を、窒化アルミニウムに対するスカンジウムの含有率として以下に説明する。
【0031】
スカンジウムを含有した窒化アルミニウム薄膜(以下、Sc含有窒化アルミニウム薄膜とも称する)は、一般式を用いて、ScAl1−xN(式中、xはスカンジウムの含有率を示し、0.005〜0.5の範囲である)と表すこともある。例えば、スカンジウムの含有率が10原子%である窒化アルミニウム薄膜は、「Sc0.10Al0.90N」と表す。
【0032】
(圧電体薄膜の構成)
以下に、本発明に係る圧電体薄膜の構成について説明する。本発明に係る圧電体薄膜は、基板上にSc含有窒化アルミニウム薄膜が形成されている。Sc含有窒化アルミニウム薄膜は、スカンジウムの原子数とアルミニウムの原子数との総量を100原子%としたとき、0.5〜50原子%の範囲のスカンジウム原子を含有している。
【0033】
基板は、Sc含有窒化アルミニウム薄膜を変形することなく保持することができるものであれば特に限定されるものではない。基板の材質としては、例えば、シリコン(Si)単結晶、またはSi単結晶などの基材の表面にシリコン、ダイヤモンドおよびその他の多結晶膜を形成したものを用いることができる。
【0034】
また、本発明に係る圧電体薄膜は、X線ロッキングカーブのFWHMが3.2度以下であることが好ましい。X線ロッキングカーブのFWHMが3.2度以下となるスカンジウム含有率は、0.5原子%〜45原子%である。したがって、本発明に係る圧電体薄膜は、スカンジウム含有率が0.5原子%〜45原子%であることが好ましいと換言することもできる。なお、圧電体薄膜におけるX線ロッキングカーブの測定条件などの詳細については下記に示すため、ここではその説明を省略する。
【0035】
さらに、本発明に係る圧電体薄膜は、表面粗さRaが1.2nmより小さい値であることが好ましい。
【0036】
X線ロッキングカーブのFWHMが3.2度以下であり、圧電体薄膜の表面粗さRaが1.2nmより小さい値であるということは、結晶配向度が大きいことを意味している。すなわち、X線ロッキングカーブのFWHMおよび圧電体薄膜の表面粗さを上記の範囲内とすることにより、結晶が同じ方向を向いている度合いを大きくなるため、圧電体薄膜の圧電性を高めることができる。
【0037】
(圧電体薄膜の製造方法)
次に、本発明に係る圧電体薄膜の製造方法について、以下に説明する。本発明に係る圧電体薄膜の製造方法は、窒素ガス(N)を含む雰囲気下(例えば、窒素ガス(N)雰囲気下、または、窒素ガス(N)およびアルゴンガス(Ar)混合雰囲気下)において、基板(例えばシリコン(Si)基板)に、アルミニウムとスカンジウムとで、スカンジウムの原子数と窒化アルミニウム薄膜におけるアルミニウムの原子数との総量を100原子%としたときのスカンジウムの含有率が0.5〜50原子%の範囲内となるように、スパッタリングするスパッタリング工程を含む。また、本発明に係る圧電体薄膜の製造方法では、スパッタリング工程における基板温度を5〜450℃とする。この温度範囲内においても、スパッタリング工程における基板温度は、200〜400℃であることが好ましく、400℃であることが最も好ましい。
【0038】
スパッタリング工程における基板温度を5〜450℃とすることにより、スパッタリングにより薄膜を形成することによって、密着性に優れ、純度の高いSc含有窒化アルミニウム薄膜を形成することができる。スパッタリング工程における基板温度を5〜450℃とすることにより、スカンジウムの含有率が35〜40原子%の範囲内の圧電応答性を、スカンジウム含有率が0%の窒化アルミニウム薄膜の圧電応答性と比べて向上することができる。
【0039】
また、スパッタリング工程における基板温度を、200〜400℃とすることにより、従来では圧電応答性に低下が生じていたスカンジウム含有率35〜40原子%における範囲における圧電応答性の低下を防止することができる。これによって、製造される圧電体薄膜における不良品の発生率をより一層低減することができるため、圧電体薄膜の製造品質を向上することができる。
【0040】
なお、スパッタリング工程は、スカンジウムとアルミニウムとを用いればよいが、スカンジウムとアルミニウムとを同時にスパッタリングすることが好ましい。スカンジウムとアルミニウムとを同時にスパッタリングすることによって、スカンジウムおよびアルミニウムが一部に偏在することなく、均一に分布したSc含有窒化アルミニウム薄膜を形成することができる。
【0041】
(スパッタリング工程の詳細:基板温度)
続いて、スパッタリング工程における基板温度の範囲について以下に説明する。本発明に係る圧電体薄膜の製造において、スパッタリング工程時には、基板温度を常温〜450℃の温度範囲とする。上述したように、この温度範囲の中でも、スパッタリング工程時の基板温度を400℃とすることが最も好ましい。
【0042】
以下には、基板温度を400℃することが最も好ましいことを導出した理由について簡単に説明する。図2(a)は、シリコン基板上にSc0.43Al0.57N薄膜を形成する際の基板温度を27〜580℃までの間で変化させた時のX線回折強度を示す図である。なお、X線回折強度は、マックサイエンス社製のM03X−HFを用いて測定している。
【0043】
図2(a)に示すように、基板温度が27〜400℃の間は、単一のピークが37.00°に観測され、400℃のときに最大となる。基板温度が500℃を超えると、ピークは、36.06°および37.30°の2つの角度において観測され、ピークの大きさも減少する。そして、基板温度が580℃では、再度単一のピークが37.30°に観測されるものの、ピークの大きさはさらに減少する。
【0044】
このように、図2(a)には、基板温度が400℃のときにピークが最大となり、500℃を超えると、ピーク位置が高い角度にシフトすると共に、ピークの大きさが減少することが示されている。これは、基板温度が400℃の場合に、Sc含有窒化アルミニウムの結晶性が最も高くなり、基板温度が500℃を超えると、結晶の格子定数cが短くなると換言することもできる。
【0045】
なお、本明細書等における「常温」とは、JIS規格(JIS Z 8703)において規定された温度であり、20℃±15℃(すなわち、5〜35℃)の範囲の温度を意味している。
【0046】
(スパッタリング工程の詳細:スカンジウム含有率)
続いて、Sc含有窒化アルミニウム薄膜におけるスカンジウムの含有率について以下に説明する。
【0047】
Sc含有窒化アルミニウム薄膜におけるスカンジウムの含有率は、0.5〜50原子%の範囲であればよく、35〜43原子%の範囲であることがより好ましく、43原子%であることが最も好ましい。
【0048】
ここで、スカンジウムを含有しない(すなわち、Sc含有率0原子%)の窒化アルミニウムであっても、ある程度の圧電応答性を示す(図1(a))。そのため、本発明に係る圧電体薄膜におけるSc含有窒化アルミニウム薄膜は、スカンジウム含有率0原子%である場合の圧電応答性を超えるように、スカンジウム含有率を0.5〜50原子%とする。
【0049】
以下には、43原子%が好ましいことを導出した理由について簡単に説明する。図2(b)は、スカンジウム含有率を0〜55原子%の間で変化させたときのX線回折強度の変化を示す図である。なお、X線回折強度は、先と同様に、マックサイエンス社製のM03X−HFを用いて測定している。
【0050】
図2(b)に示すように、スカンジウム含有率が41原子%まではスカンジウム含有率の増加と共にX線回折強度も増加している。しかし、スカンジウム含有率が45原子%以上となるとX線回折強度は急激に低下する。このように、図2(b)には、スカンジウム含有率が43原子%のときにピークが最大となることが示されている。
【0051】
なお、ピーク位置は、スカンジウム含有率の増加と共に、角度2θが小さくなるようにシフトした後、スカンジウム含有率が37%以上になると角度2θが大きくするようにシフトする。これらのことは、Sc含有窒化アルミニウム薄膜の結晶がウルツ鉱型構造であり、c軸配向を有していることを示している。
【0052】
次に、スパッタリング工程時の基板温度を400℃とし、スカンジウム含有率を0〜55原子%の間で変化させたときの圧電応答性について図1(a)を参照しつつ以下に説明する。図1(a)に示すデータの測定方法については、下記の実施例1において詳述するため、ここではその詳細な説明は省略する。
【0053】
図1(a)には、スカンジウム含有率を0〜43原子%まで増加すると、それに伴って圧電応答性が増加することが示されている。そして、スカンジウム含有率が43原子%のときに、圧電体薄膜の圧電応答性を最大値(約28pC/N)となる。これは、従来の基板温度580℃の場合の圧電応答性(約25pC/N)よりも大きい。
【0054】
また、図1(a)に示すように、本発明に係る圧電体薄膜では、従来のSc含有窒化アルミニウム薄膜を備えた圧電体薄膜と異なり、スカンジウム含有率が35〜40原子%の間で圧電応答性の低下が生じていない。
【0055】
続いて、スカンジウム含有率を0.5〜50原子%の範囲とするための手法について、以下に説明する。スカンジウム含有率を0.5〜50原子%の範囲とするためには、スパッタリング工程において、アルミニウムのターゲット電力密度を7.9W/cmの範囲内と固定した場合、スカンジウムのターゲット電力密度を、0.05〜10W/cmの範囲内とするようにすればよい。
【0056】
なお、本明細書等における「電力密度」とは、スパッタリング電力をターゲット面積で割った値である。また、本発明に係る圧電体薄膜の製造方法では、スカンジウムとアルミニウムとを同時にスパッタリングするため、スカンジウムのターゲット電力密度と、アルミニウムのターゲット電力密度との2種類のターゲット電力密度がある。本明細書等において、単に「ターゲット電力密度」と称する場合には、特に断りのない限り、スカンジウムのターゲット電力密度のことを指すものとする。
【0057】
ターゲット電力密度が0.05〜10W/cmの範囲内である場合には、スカンジウム含有率が0.5〜50原子%の範囲内である場合に対応する。
【0058】
スカンジウム含有率を35〜40原子%とする場合には、ターゲット電力密度を6.5〜8.5W/cmの範囲とすればよい。
【0059】
なお、スパッタリング工程において、基板温度が常温〜450℃の範囲であり、ターゲット電力密度が上記の範囲内であれば、その他の条件は、特に限定されるものではない。例えば、スパッタリング圧力およびスパッタリング時間は作製する圧電体薄膜に応じて、適宜設定することができる。
【0060】
(本発明に係る製造方法により作製された圧電体薄膜の利点)
以上説明したように、Sc含有窒化アルミニウム薄膜を備えた圧電体薄膜におけるスパッタリング工程時の基板温度を常温〜450℃の範囲とすることにより、スカンジウム含有率が35〜40原子%の際に生じる圧電応答性の低下を防止するだけでなく、Scを含有させていない窒化アルミニウム薄膜と比べて、スカンジウム含有率が35〜40原子%の圧電体薄膜における圧電応答性を向上させることができる。
【0061】
これによって、Sc含有窒化アルミニウム薄膜を備えた圧電体薄膜の製造におけるScの含有率の緻密な設定を不要にすることができるため、より一層容易に圧電応答性の向上したSc含有窒化アルミニウム薄膜を備えた圧電体薄膜を製造することができる。
【0062】
また、Sc含有窒化アルミニウム薄膜を備えた圧電体薄膜の工業的な生産の際には、緻密なスカンジウム含有率を設定する必要がないため、圧電体薄膜の製造に要するコストを低減することができる。また、製造される圧電体薄膜における不良品の発生率を低減することができるため、圧電体薄膜の製造品質を向上することもできる。
【実施例】
【0063】
〔実施例1〕
(スカンジウムを添加した窒化アルミニウム薄膜の作製方法)
シリコン基板に対して、窒素雰囲気下でアルミニウムおよびスカンジウムをスパッタリングし、シリコン基板上にSc含有窒化アルミニウム薄膜を作製した。
【0064】
スパッタリングには、デュアルRFマグネトロン反応性スパッタリング装置(ULVAC社製、MPSシリーズ)を用いた。スパッタリング条件は、基板温度400℃、窒素ガス濃度40%、粒子成長圧力0.25Paとした。このとき、アルミニウムおよびスカンジウムは、直径50.8mmのターゲットに、それぞれ160Wのターゲット電力でスパッタリングした。
【0065】
また、スパッタリングチャンバーは、1.2×10−6Pa以下に減圧し、99.999%のアルゴンおよび99.999%の窒素ガスを導入した。なお、ターゲットは、蒸着前に、蒸着条件と同条件で3分間スパッタリングした。
【0066】
なお、作製したSc含有窒化アルミニウム薄膜中のスカンジウム含有率は、エネルギー分散型蛍光X線分析装置(Horida社製、EX−320X)により分析した結果に基づいて算出した。
【0067】
(圧電応答性測定方法)
作製したSc含有窒化アルミニウム薄膜の圧電応答性は、ピエゾメーター(Piezoptest社製 PM100)を用いて、加重0.25N、周波数110Hzで測定した。
【0068】
(X線による結晶構造解析)
作製したSc含有窒化アルミニウム薄膜におけるSc含有窒化アルミニウムの結晶構造および配向は、X線源としてCuKα線を使用した全自動X線回折装置(マックサイエンス社製、M03X−HF)により測定した。
【0069】
測定されたX線回折パターンに基づいて結晶格子におけるc軸の長さを算出した。また、X線ロッキングカーブの半値全幅(FWHM)を測定した。
【0070】
〔比較例1〕
スパッタリングにおけるシリコン基板の温度を580℃とした以外は、実施例1と同様の製造方法によりSc含有窒化アルミニウム薄膜を作製した。
【0071】
また、実施例1と同様の方法により作製したSc含有窒化アルミニウム薄膜の圧電応答性を測定した。さらに、実施例1と同様の方法で、結晶格子におけるc軸の長さおよびX線ロッキングカーブの半値全幅(FWHM)についても測定した。
【0072】
〔実施例1および比較例1の測定結果〕
実施例1において測定された圧電応答性を図1(a)に示し、比較例1において測定された圧電応答性を図1(b)に示す。
【0073】
図1(a)に示すように、スパッタリング工程時の基板温度を400℃とすることにより、基板温度を580℃とした際にみられたSc含有率35〜40原子%における圧電応答性の低下を防止することができることが示された。
【0074】
また、基板温度を400℃として作製したSc含有窒化アルミニウム薄膜では、図1(a)に示すように、Sc含有率35〜40原子%における圧電応答性の低下を防ぐだけでなく、スカンジウムを含有させないときと比べて、圧電応答性の向上を確認することができた。
【0075】
次に、実施例1において作製したSc含有窒化アルミニウム薄膜と比較例1において作製したSc含有窒化アルミニウム薄膜とのX線回折パターンに基づいて算出したパラメータについて図3(a)および(b)に示す。図3(a)は、作製したSc含有窒化アルミニウムの結晶格子におけるc軸の長さを示す図であり、図3(b)は、作製したSc含有窒化アルミニウムのX線ロッキングカーブのFWHM(半値全幅)を示す図である。
【0076】
図3(a)に示すように、実施例1(基板温度400℃)および比較例1(基板温度580℃)とのいずれも、Sc含有率が30原子%を超えると格子定数cの値は急激に低下していた。しかし、実施例1と比較例1との間には、Sc含有率の増加に伴う格子定数cの値の増減にほとんど違いはみられなかった。
【0077】
しかし、X線ロッキングカーブのFWHMは、図3(b)に示すように、実施例1と比較例1との間で大きく異なっていた。実施例1(基板温度400℃)では、Sc含有率の増加と共にFWHMが徐々に低下し、Sc含有率43原子%を超えると、急激にFWHMの値が増加していた。一方で、比較例1(基板温度580℃)では、FWHMの値が、Sc含有率30原子%を超えると急激に増加し、35原子%を超えると急激に減少していた。そして、実施例1と同様に、Sc含有率が43原子%を超えると、再度急激に増加していた。
【0078】
なお、ロッキングカーブのFWHMは、株式会社マックサイエンス製の全自動X線回折装置(MXP3VA-B型)を使用して測定した。X線回折装置において、X線源としてはCu−Kα使用し、スリットはD:1°、S:1°、R:0.3°を使用した。
【0079】
〔実施例2〕
スパッタリング時における基板温度を400℃とし、スカンジウム含有率が0原子%、36原子%、43原子%であるSc含有窒化アルミニウム薄膜における表面粗さを測定した。また、Sc含有窒化アルミニウムの粒子サイズ(粒径)についても測定した。
【0080】
表面粗さは、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて測定した。なお、本明細書等における「表面粗さ」とは、算術平均粗さ(Ra)を意味している。
【0081】
なお、表面粗さの測定には、株式会社SII製のSPI3800Nを使用し、カンチレバーにオリンパスのSN−AF−01(長さ100ミクロン、周波数34kHz、Spring constant:0.08N/m)を使用した。
【0082】
〔比較例2〕
スパッタリング時における基板温度を580℃とした以外は、実施例2と同様にしてSc含有窒化アルミニウム薄膜における表面粗さおよび粒径を測定した。
【0083】
〔実施例2および比較例2の測定結果〕
実施例2および比較例2において測定した表面粗さの結果を図4(a)〜(g)に示す。図4(a)〜(g)は、実施例2および比較例2における表面粗さおよび結晶の粒径を原子間力顕微鏡を用いて測定した図であり、(a)は基板温度580℃でSc含有率0原子%の場合であり、(b)は基板温度580℃でSc含有率36原子%の場合であり、(c)は基板温度580℃でSc含有率43原子%の場合であり、(d)は基板温度400℃でSc含有率0原子%の場合であり、(e)は基板温度400℃でSc含有率36原子%の場合であり、(f)は基板温度400℃でSc含有率43原子%の場合である。また、図4(g)はスパッタリング時の基板温度を400℃または580℃としたときのSc含有率とSc含有窒化アルミニウムの粒径との関係を示す図である。
【0084】
図4(g)に示すように、基板温度が高い方が、粒径も大きくなることが示された。また、基板温度に関わらず、スカンジウム含有率が増加するにつれて粒径が大きくなることが示された。
【0085】
また、図4(a)および図4(d)ならびに図4(c)および図4(f)に示すように、スカンジウム含有率が0原子%および43原子%である場合は、基板温度が400℃であっても580℃であっても、表面粗さにほとんど差異はみられなかった。しかし、図4(b)および図4(e)に示すように、スカンジウム含有率が36原子%の場合には、基板温度400℃では表面粗さが0.5nmであるのに対し、基板温度580℃では表面粗さが2.7nmであった。また、図4(g)に示すように、基板温度が580℃であって、スカンジウム含有率が36原子%である場合には、粒子のサイズが不均一となっていた。
【0086】
図4(a)〜(g)から、基板温度を580℃としたときのスカンジウム含有率35〜40原子%におけるSc含有窒化アルミニウム薄膜における圧電応答性の低下が、粒子成長の不均一性に起因するものであることが示された。
【0087】
〔実施例3〕
スパッタリング時の基板温度を、常温(20℃)、200℃、400℃、450℃、500℃および580℃としたときのSc含有率が37原子%であるSc含有窒化アルミニウム薄膜の圧電応答性を測定した。なお、Sc含有窒化アルミニウム薄膜の製造における基板温度以外の条件および圧電応答性の測定条件は、実施例1と同様である。
【0088】
基板温度を常温(20℃)、200℃、400℃、450℃、500℃および580℃としたときの圧電応答性を示す図を図5に示す。
【0089】
図5に示すように、圧電応答性は、常温から400℃までは基板温度の増加と共に増加し、400℃において最大値を示した。基板温度が400℃を超えると、圧電応答性は急激に減少し、500℃ではSc含有率が0原子%の窒化アルニウム薄膜の圧電応答性を下回る値となった。図5に示す結果から、Sc含有率35〜40原子%において、Sc含有率が0原子%の場合よりも圧電応答性が低下するという現象は、スパッタリング時の基板温度を常温(20℃)〜450℃の範囲とすることにより防止できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明に係る製造方法により製造された圧電体薄膜は、例えば、RF−MEMSデバイスなどの圧電現象を利用したデバイスにおいて好適に用いることができる。また、本発明に係る製造方法により製造された圧電体薄膜を備えたRF−MEMSデバイスは、携帯電話などの小型かつ高性能な電子機器類に好適に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上にスカンジウムを含有する窒化アルミニウム薄膜を備えた圧電体薄膜の製造方法であって、
少なくとも窒素ガスを含む雰囲気下において、スカンジウムの原子数と上記窒化アルミニウム薄膜におけるアルミニウムの原子数との総量を100原子%としたときのスカンジウムの含有率が0.5〜50原子%の範囲となるように、アルミニウムとスカンジウムとでスパッタリングするスパッタリング工程を含み、
上記スパッタリング工程における上記基板の温度が、5〜450℃の範囲であることを特徴とする製造方法。
【請求項2】
上記スパッタリング工程における上記基板の温度が200〜400℃の範囲であることを特徴とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
上記スパッタリング工程における上記基板の温度が400℃であることを特徴とする請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
上記スパッタリング工程では、上記スカンジウムの含有率が35〜40原子%の範囲となるようにスパッタリングすることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載の製造方法により製造される圧電体薄膜。
【請求項6】
X線ロッキングカーブの半値全幅が3.2度以下であることを特徴とする請求項5に記載の圧電体薄膜。
【請求項7】
表面の算術平均粗さが1.2nmより小さい値であることを特徴とする請求項5または6に記載の圧電体薄膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−15148(P2011−15148A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−157031(P2009−157031)
【出願日】平成21年7月1日(2009.7.1)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】