説明

圧電磁器、圧電素子及び積層型圧電素子

【課題】高電圧下でも十分優れた圧電特性を有し、かつ機械的強度に優れる圧電磁器及び圧電素子を提供すること。
【解決手段】下記一般式(1)で表される複合酸化物を主成分として含有する焼結体を備え、焼結体の粒界にCu元素が偏在している圧電磁器1及びそれを備える圧電素子20を提供する。
(Pb1−x−yMe)[(Ni1/3Nb2/3TiZr]O …(1)
[式(1)中、MeはCa、Sr及びBaからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を表し、a、b、c、x及びyは下記式(2)〜(9)を満たす。
0<a≦0.1 …(2)
0<b<1 …(3)
0<c<1 …(4)
a+b+c=1 …(5)
0.788≦b(1−a)/c≦0.941 …(6)
0≦x<1 …(7)
0≦y≦0.05 …(8)
0<1−x−y …(9)]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電磁器、圧電素子及び積層型圧電素子に関する。
【背景技術】
【0002】
電界を加えると機械的な歪み及び応力を発生する、いわゆる圧電現象を示す圧電磁器が知られている。このような圧電磁器は、アクチュエータ、圧電ブザー、発音体又はセンサなどに用いられる。
【0003】
圧電素子の圧電体層に用いられる圧電磁器に要求される特性の1つとして、電界の強さに対する歪の大きさを表す指標である圧電歪定数が大きいことが挙げられる。圧電磁器を形成する材料のうち、大きな圧電歪定数を有する圧電磁器を形成できる材料としては、ニッケル・ニオブ酸鉛(Pb(Ni1/3Nb2/3)O;PNN)と、チタン酸鉛(PbTiO;PT)と、ジルコン酸鉛(PbZrO;PZ)とを含有する材料、すなわちPNN−PT−PZ系の材料などが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特許第4018597号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
圧電磁器は、様々な分野で利用されており、その分野に応じて求められる特性が異なる。例えば、燃料噴射用アクチュエータに用いられる圧電磁器には、高温下及び高電圧下において優れた圧電特性を発揮すること、並びに機械的強度に優れることなどが求められる。
【0005】
しかしながら、本発明者らの検討によれば、特許文献1に記載されているような、従来のPNN−PT−PZ系の複合酸化物からなる圧電磁器は、高電圧下での圧電特性が十分ではないことがわかった。
【0006】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであり、高電圧下でも十分優れた圧電特性を有し、かつ機械的強度に優れる圧電磁器、並びにこのような特性を有する圧電磁器を備える圧電素子及び積層型圧電素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明では、下記一般式(1)で表される複合酸化物を主成分として含有する焼結体を備えており、焼結体の粒界にCu元素が偏在している圧電磁器を提供する。
(Pb1−x−yMe)[(Ni1/3Nb2/3TiZr]O …(1)
【0008】
ここで、式(1)中、MeはCa、Sr及びBaからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を表し、a、b、c、x及びyは下記式(2)〜(9)を満たす。
0<a≦0.1 …(2)
0<b<1 …(3)
0<c<1 …(4)
a+b+c=1 …(5)
0.788≦b(1−a)/c≦0.941 …(6)
0≦x<1 …(7)
0≦y≦0.05 …(8)
0<1−x−y …(9)
【0009】
本発明の圧電磁器は、上述の構成を備えることにより、上述の構成を備えない圧電磁器と比べて、高電圧下でも十分優れた圧電特性を発揮し、かつ機械的強度に優れたものとなる。また、本発明の圧電磁器はこのような効果に加え、キュリー温度が高く十分に広い使用温度範囲を有し、低い焼成温度で形成できる効果をも有する。このように焼成温度を低下させることができることから、積層型圧電素子に銅(Cu)を主成分として含有する内部電極層を用いることも可能である。Cuは、Ag−Pd合金などと比較し安価であることから、コスト的に有利となる。
【0010】
このような効果が得られる理由は以下のとおりである。本発明の圧電磁器においては、aが式(2)を満たすことでキュリー温度が高くなり、かつ高電圧下での圧電特性を向上させることができる。また、粒界にCu元素が偏在しているという微細構造を有することにより、圧電磁器の比抵抗を高めることができる。これにより、十分な分極電圧を印加することができ、十分に大きな発生変位量を得ることができる。ただし、上述の効果が得られる理由はこれに限定されるものではない。
【0011】
一般式(1)におけるyは下記式(10)を満たすことが好ましい。
0<y≦0.03 …(10)
【0012】
yをこのような範囲とすることで、圧電磁器の圧電特性を更に向上することができる。
【0013】
一般式(1)におけるxは下記式(11)を満たすことが好ましい。
0<x≦0.05 …(11)
【0014】
xをこのような範囲とすることで、圧電磁器の圧電特性をより一層向上させることができる。
【0015】
本発明の圧電磁器においては、焼結体が、構成元素としてTa、Nb及びWからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素R1を有する第1副成分を含有し、主成分100モルに対する第1副成分の含有量が、金属元素R1換算で0より大きく0.9モル以下であることが好ましい。
【0016】
圧電磁器が上述の第1副成分を特定の範囲で含有することによって、圧電磁器の機械的強度及び圧電特性を更に向上させることができる。
【0017】
また、本発明の圧電磁器においては、焼結体が、構成元素として、Dy、Gd及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素R2と、Ta、Nb及びWからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素R3と、を有する第2副成分を含有し、主成分100モルに対する前記第2副成分の含有量が、Pb(R2R3)O換算で0より大きく0.6モル以下であることが好ましい。
【0018】
ここで、d及びeはそれぞれ0を超える数値であり下記式(12)を満たす。
d+e=1 …(12)
【0019】
圧電磁器が上述の第2副成分を特定の範囲で含有することによって、圧電特性を更に向上させることができる。
【0020】
本発明は、上述の圧電磁器を備える圧電素子を提供する。このような圧電素子は、上記特徴を有する圧電磁器を備えているため、高電圧下でも優れた圧電特性を発揮し、かつ機械的強度にも十分優れている。
【0021】
本発明はまた、上述の圧電磁器からなる圧電体層と、Cu元素を含む内部電極層と、が交互に積層された積層型圧電素子を提供する。
【0022】
このような積層型圧電素子は、上記特徴を有する圧電磁器を備えているため、高電圧下でも優れた圧電特性を発揮し、かつ機械的強度にも十分優れている。さらに、キュリー温度が高く十分に広い使用温度範囲を有する。また、Cu元素を含む内部電極層を用いることで、Cu元素を含む電極からの拡散を利用して、焼結体の粒界にCu元素を偏在させることができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、高電圧下でも十分優れた圧電特性を有し、かつ機械的強度に優れる圧電磁器、並びにこのような特性を有する圧電磁器を備える圧電素子及び積層型圧電素子を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、場合により図面を参照して、本発明の好適な実施形態について説明する。なお、図面の説明において、同一又は同等の要素には同一符号を用い、重複する説明を省略する。
【0025】
図1は本発明の圧電素子の好適な一実施形態を示す斜視図である。圧電素子20は、圧電磁器1と、この圧電磁器1の対向する一対の面上にそれぞれ設けられた一対の電極2,3とを備えている。
【0026】
圧電磁器1は、例えば、厚さ方向、すなわち一対の電極2,3が対向する方向に分極されており、電極2,3を介して電圧が印加されることにより、厚み方向に縦振動及び径方向に広がり振動することができる。電極2,3は、例えば、金(Au)などの金属によりそれぞれ構成されている。電極2,3には、ワイヤなどを介して外部電源と電気的に接続することができる(図示しない)。
【0027】
圧電磁器1は、下記一般式(1)で表される複合酸化物を主成分として含有する焼結体を備えており、焼結体の粒界にCu元素が偏在している。
(Pb1−x−yMe)[(Ni1/3Nb2/3TiZr]O …(1)
【0028】
ここで、式(1)中、MeはCa、Sr及びBaからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を表し、a、b、c、x及びyは下記式(2)〜(9)を満たす。
0<a≦0.1 …(2)
0<b<1 …(3)
0<c<1 …(4)
a+b+c=1 …(5)
0.788≦b(1−a)/c≦0.941 …(6)
0≦x<1 …(7)
0≦y≦0.05 …(8)
0<1−x−y …(9)
【0029】
上記一般式(1)で表される複合酸化物は、いわゆるペロブスカイト構造(ABO)を有している。具体的には、AサイトにPb及び置換元素Meを有し、BサイトにNi、Nb、Ti及びZrを有する。
【0030】
上記一般式(6)に示されるように、BサイトにおけるTiとZrの含有量の比(b/c)は、リラクサ(relaxer)と称される(Ni1/3Nb2/3)の置換量aに合わせて調整される。上記一般式(6)を満たすことによって上記複合酸化物がモルフォトロピック相境界付近の組成を有するため、圧電歪定数を増加させることができる。
【0031】
また、Aサイトにおける化学量論組成からのPbの減量を表すyは、上記一般式(8)で表される範囲に調整される。なお、化学量論組成からのPbの減量とは、下記一般式(13)で表される化合物からのPbの減量を示す。本実施形態における複合酸化物は、式(13)の化学量論組成に対し、最大で5mol%のPbが減量されていてもよいが、3mol%以内であれば、特に焼結性を良好に保つことができる。
(Pb1−xMe)[(Ni1/3Nb2/3TiZr]O …(13)
【0032】
なお、式(1)において、酸素の組成は化学量論的に求めたものであり、実際の組成においては、化学量論組成からの若干のずれ(例えば、化学量論組成を基準とし、95〜105mol%程度)は許容される。
【0033】
図2は、本実施形態に係る圧電磁器の微細構造を示すTEM(透過電子顕微鏡)写真である。図2には複合酸化物の結晶粒30と、結晶粒30同士の境界部分である粒界50が示されている。Cu元素が偏在した状態とは、例えば、結晶粒30の粒内にはCu元素は殆んど存在せず、焼結体の粒界50にはCu元素が存在する状態を示す。
【0034】
表1は、図2のL11の矢印方向に沿って、粒界50からの距離による元素分布の変化を、エネルギー分散X線分光分析装置(EDS)を用いて測定した結果である。
【0035】
【表1】

【0036】
表1に示す数値は、主成分に対する検出元素の酸化物換算の含有量[mol%]を示している。表1に示すように、粒内、すなわち粒界からの距離が0nmの点については、Cu元素(CuO)が検出されているが、5nm、10nmの点では、Cu元素は検出されていない。
【0037】
圧電磁器1は、このように焼結体の粒界にCu元素が偏在した微細構造を備えることによって、高い比抵抗を有する。粒界に偏析したCu元素は、例えば、Cu化合物の状態で存在する。Cu化合物としてはCuOなどのCu酸化物が挙げられる。
【0038】
圧電磁器1のCu元素の含有量は、主成分である上記一般式(1)で表される複合酸化物に対し、CuO換算で、0.1〜1.0質量%であることが好ましく、0.2〜1.0質量%であることがより好ましい。当該含有量が0.1質量%未満の場合、十分な圧電特性の向上効果が得られない傾向がある。一方、当該含有量が1.0質量%を超える場合、Cu成分が複合酸化物の粒子内に侵入し易くなり、優れた圧電特性が損なわれる傾向がある。
【0039】
上記一般式(1)におけるx及びyは、それぞれ下記式(10)及び(11)を満たすことが好ましい。
0<y≦0.03 …(10)
0<x≦0.05 …(11)
【0040】
圧電磁器1は、焼結体が、構成元素として、Ta、Nb及びWからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素R1を有する第1副成分を含有し、主成分100モルに対する第1副成分の含有量が、金属元素R1換算で0より大きく0.9モル以下であることが好ましい。
【0041】
また、圧電磁器1においては、焼結体が、構成元素としてDy、Gd及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素R2と、Ta、Nb及びWからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素R3と、を有する第2副成分を含有し、主成分100モルに対する第2副成分の含有量が、ペロブスカイト型酸化物であるPb(R2R3)Oに換算して0より大きく0.6モル以下であることが好ましい。このようにペロブスカイト型酸化物に換算するのは、第2副成分は通常ペロブスカイト型酸化物として存在すると考えられるからである。ただし、第2副成分はペロブスカイト型酸化物に限定されるものではない。
【0042】
ここで、d及びeはそれぞれ0を超える数値であり下記式(12)を満たす数値であり、具体的な組み合わせとして(d,e)=(1/2,1/2),(2/3,1/3),(1/3,2/3)が挙げられる。
d+e=1 …(12)
【0043】
すなわち、R2及びR3の含有割合を示すd及びeは、(R2R3)が4価のストイキオとなるように調整される。
【0044】
次に、図1に示す圧電素子20の製造方法について以下に説明する。まず、圧電磁器1の主成分となる複合酸化物の原料として、鉛、ニッケル、ニオブ、チタン及びジルコニウムを含む酸化物粉末をそれぞれ準備する。
【0045】
また、粒界に偏在させるCu元素の原料として、例えば、Cu酸化物粉末などのCu化合物又はCu粉末を準備する。なお、主成分となる複合酸化物及び粒界に偏在させるCu元素の原料は、上述のものでなくともよく、例えば、炭酸塩又はシュウ酸塩のように、焼成により酸化物となるものを用いてもよい。またこれらの原料粉末は、通常、平均粒子径0.5〜10μm程度のものが用いられる。
【0046】
圧電磁器1において、Pbの一部をMeで置換する場合には、Ca、Sr及びBaからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を含む酸化物粉末を、金属元素R1を有する第1副成分を含ませる場合には、Ta、Nb及びWの酸化物粉末を準備する。
【0047】
また、金属元素R2及びR3を有する第2副成分を含ませる場合には、例えば、R2を含む酸化物粉末及びR3を含む酸化物粉末を準備する。ここで、R2はDy、Gd及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素を表し、R3はTa、Nb及びWからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素を表す。なお、R2を含む酸化物としては、例えば、Dyなどがあり、R3を含む酸化物としては、例えば、Taなどがある。
【0048】
続いて、準備した原料を十分に乾燥させたのち、圧電磁器1の組成が所望の組成となるような比率で、上記原料を秤量する。
【0049】
秤量した原料を例えばボールミルを用いて湿式粉砕・混合して、原料混合物とする。粒界に偏在させるCu元素の原料、第1副成分、第2副成分の原料については、後述する仮焼成後に添加してもよい。但し、均質な圧電磁器を作製する観点からは、仮焼成の前に添加することが好ましい。なお、仮焼成後に添加する場合には、その原料には酸化物を用いることが好ましい。
【0050】
その後、この混合物を乾燥し、例えば、750〜950℃で1〜6時間仮焼成する。仮焼成は、大気中で行ってもよく、また大気中よりも酸素分圧の高い雰囲気又は純酸素雰囲気で行ってもよい。得られた仮焼成物を微粉砕した後、ボールミルを用いて湿式粉砕し、再び乾燥し仮焼成粉とする。さらに、仮焼成粉にバインダとしてアクリル系樹脂を加えて造粒後、1軸プレス成形機を用いてプレス成形することによって成形体を得ることができる。
【0051】
得られた成形体を、例えば、酸素分圧1×10−10〜1×10−6atm程度の低酸素還元性雰囲気中で、950℃で8時間焼成することで、焼結体を得ることができる。焼成温度や焼成雰囲気は、各成分の組成などに応じて適宜変更することができる。粒界にCu元素を一層高濃度に偏在させる観点から、焼成は、上述のような低酸素還元性雰囲気中で行うことが好ましい。
【0052】
なお、上述のように主成分の原料にCu酸化物などのCu化合物を添加することにより焼結体の粒界にCu化合物を偏在させることも可能であるが、別の方法で偏在させてもよい。例えば、Cu化合物を含有しない成形体を、Cuを含有する化合物と接触させた状態で、適正な焼成条件で焼成することによって偏析させることも可能である。このように、成形体にCuを含有する化合物を接触させた状態で焼成することによって、Cuが焼結体中に拡散し、Cu元素が粒界に偏在した焼結体を得ることができる。
【0053】
次に、得られた焼結体を、必要に応じて加工して圧電磁器1を形成し、電極2,3を設け、加熱したシリコーンオイル中で電界を印加して分極処理を行う。これにより、図1に示す圧電磁器1及び圧電素子20を得ることができる。電極2,3は、Ag(銀)などのペーストを塗布した後、乾燥し、焼成することによって形成することができる。
【0054】
次に、本発明の圧電素子の別の実施形態について説明する。
【0055】
図3は本発明の圧電素子の別の実施形態を示す一側面図である。図3に示す積層型の圧電素子である積層型圧電素子10は、直方体状の積層体11と、この積層体11の対向する端面にそれぞれ形成された一対の端子電極17A,17Bとを備えている。
【0056】
積層体11は、圧電体層12を介して内部電極層(電極層)13A,13Bを交互に積層してなる素体14と、この素体14をその積層方向の両端面側(図中上下方向)から挟み込むように設けられた一対の保護層15及び16とから構成される。素体14においては、圧電体層12と内部電極層13A,13Bとが交互に積層されている。
【0057】
圧電体層12は、圧電磁器で構成される層である。圧電磁器としては、上述の圧電素子20に備えられる圧電磁器1と同様のものを用いることができる。
【0058】
圧電体層12の1層当たりの厚さは、任意に設定することができるが、例えば1〜100μmにすることができる。
【0059】
内部電極層13A,13Bはそれぞれ平行となるように設けられている。内部電極層13Aは、一方の端部が積層体11における端子電極17Aが形成された端面に露出するように形成されている。また、内部電極層13Bは、一方の端部が積層体11における端子電極17Bが形成された端面に露出するように形成されている。さらに、内部電極層13Aと内部電極13Bとは、これらの大部分が積層方向に重なり合うように配置されている。そして、内部電極13A,13B間に挟まれた圧電体層12の活性領域18は、内部電極13A,13Bに電圧を印加したときに積層方向に伸縮(変位)する活性部分となる。一方、内部電極13A,13B間に挟まれていない領域19は不活性部分である。
【0060】
内部電極層13A,13Bの材質としては、通常Pt,Au,Pd,Ag−Pd合金が用いられるが、Cuを含有するものでもよい。内部電極層13A,13Bとして、Cuを含有するものを用いることにより、後述する焼成時において、内部電極層13A,13BのCuを圧電体層12中に拡散させることができる。これによって、主成分の原料にCu酸化物などのCu化合物を添加しなくても、圧電体層12を構成する圧電磁器の粒界にCu化合物を偏析させることが可能となる。
【0061】
保護層15,16は、セラミックスから構成され、圧電磁器で構成される層であることが好ましい。この保護層15,16を形成する圧電磁器としては、圧電体層12と同様のものが挙げられる。保護層15,16及び圧電体層12を構成する圧電磁器は、同じであっても異なっていてもよい。
【0062】
端子電極17A,17Bは、これらが設けられている端面において、当該端面に露出している内部電極13A,13Bの端部とそれぞれ接している。これにより、端子電極17A,17Bは、内部電極13A,13Bとそれぞれ電気的に接続される。この端子電極17A,17Bは、Ag、Au、Cu等を主成分とする導電材料から構成することができる。端子電極17A,17Bの厚さは、用途や積層型圧電素子のサイズ等によって適宜設定されるが、例えば10〜50μmにすることができる。
【0063】
次に積層型圧電素子10の製造方法について説明する。圧電体層12は圧電磁器により構成される。なお、仮焼成して仮焼成粉を得るまでの工程は、上述の圧電素子20の製造方法と同様である。以下、仮焼成粉を得た後の工程について説明する。
【0064】
得られた仮焼成粉を、ボールミル等を用いて溶媒中で湿式粉砕を行うことで、仮焼成粉スラリとする。このとき、溶媒としては、水もしくはエタノールなどのアルコール、又は水とエタノールとの混合溶媒を用いることができる。湿式粉砕は、仮焼成粉の平均粒径が0.5〜2.0μm程度となるまで行うことが好ましい。
【0065】
次いで、バインダを有機溶剤に溶解させて得られる有機ビヒクル中に、得られた仮焼成粉スラリを分散させ、圧電体ペーストを得る。有機ビヒクルに用いられるバインダは、バインダとしての機能を発揮すれば特に限定されず、エチルセルロース、ポリビニルブチラール、アクリル等の通常の各種バインダから適宜選択することができる。また、有機ビヒクルに用いられる有機溶剤も特に限定されず、印刷法やシート成形法など、利用する方法に応じてテルピネオール、ブチルカルビトール、アセトン、トルエン、MEK(メチルエチルケトン)、ターピネオール等の有機溶剤から適宜選択すればよい。圧電体ペースト中のバインダ及び有機溶剤の含有量は、特に限定されないが、通常、バインダが5〜10質量%程度、有機溶剤が10〜50質量%程度である。また、圧電体ペーストには必要に応じて各種分散剤、可塑剤、誘電体、絶縁体等から選択される添加物が含有されてもよい。
【0066】
上述の方法では、有機ビヒクルを用いているが、有機ビヒクルの代わりに、水溶性のバインダや分散剤などを水に溶解させた水系ビヒクルを用いてもよい。水系ビヒクルに用いる水溶性バインダは、水に溶解可能なものであれば特に限定されず、例えば、ポリビニルアルコール、セルロース、水溶性アクリル樹脂などを用いることができる。
【0067】
さらに、上述の圧電体ペーストとは別に、内部電極用ペースト及び端子電極用ペーストを作製する。内部電極用ペースト及び端子電極用ペーストは、Pt,Au,Pd,Ag、Cu及びNiからなる群より選ばれる少なくとも一種の金属を含有する導電材料と、上述した有機ビヒクルとを混練することで調製される。また、必要に応じて、電極の焼成時の収縮緩和及び内部電極層13A,13Bと圧電体層12との剥離防止のために圧電体層12と同等の成分を内部電極用ペーストに加えることもできる。なお、内部電極用ペーストに導電材料としてCuを含ませると、後述する焼成工程において、圧電体層用ペーストの焼成によって形成される圧電体層12中にCuを拡散させることができる。これによって圧電特性に一層優れる圧電磁器を得ることができる。
【0068】
なお、内部電極用ペースト及び端子電極用ペースト中のバインダ及び有機溶剤の含有量は、特に限定されないが、通常、バインダが5〜10質量%程度、有機溶剤が10〜50質量%程度である。また、圧電体ペーストには必要に応じて各種分散剤、可塑剤、誘電体、絶縁体等から選択される添加物が含有されてもよい。
【0069】
次に、上述のように作製した圧電体ペーストを、例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)製の基板上に所定厚さで印刷法により塗布して、圧電体層12を形成するための圧電体グリーンシートを得る。
【0070】
その後、圧電体グリーンシート上に、内部電極13A,13B形成用の電極ペーストを印刷法により塗布し、この電極ペーストからなる電極ペースト層を形成する。さらに、同様に、当該電極ペースト層上への圧電体ペーストの塗布、圧電体ペースト上への電極ペースト層の塗布を所定回数繰り返すことで、圧電体グリーンシート及び電極ペースト層を交互に複数枚備える積層シートを得る。なお、印刷の際、電極ペースト層は、上述した内部電極13A及び13Bの形状が得られるようなパターンでそれぞれ形成する。得られた積層シートを、適宜加熱しながら積層方向に加圧し、更に必要に応じて所望のサイズに切断することで、積層体グリーン(グリーンチップ)を得ることができる。
【0071】
なお、ここでは印刷法による積層体グリーンの製造方法を例示したが、積層体グリーンは、例えば、圧電体グリーンシート上に電極ペースト層が形成されたシートを複数枚積層して加熱・加圧するシート成形法によっても得ることができる。
【0072】
次に、作製した積層体グリーンについて脱バインダ処理を行う。脱バインダ処理においては、内部電極前駆体中の導電材料によって、その雰囲気を決定することが好ましい。例えば、導電材料がCu元素を含有する場合には、Cuの酸化と、圧電体層前駆体に含まれるPbOなどの酸化物の還元を考慮し、CuとCuOの平衡酸素分圧及びPbとPbOの平衡酸素分圧に基づいて、その雰囲気を設定することが好ましい。
【0073】
脱バインダ処理は、通常、300℃〜650℃で行われる。なお、脱バインダ処理の時間は、温度及び雰囲気によって定める必要があるが、0.5〜50時間の範囲で選定することが好ましい。
【0074】
続いて、脱バインダ処理を施した積層体グリーンを、例えば、800〜1050℃で焼成(本焼成)し、積層体11を得る。なお、導電材料がCu元素を含有する場合、焼成は、酸素分圧1×10−10〜1×10−6atmの低酸素還元性雰囲気で行うことが好ましい。酸素分圧が1×10−10atm未満では圧電体層前駆体に含まれる酸化物、例えばPbOが還元されて金属Pbとして析出し、最終的に得られる焼成体の圧電特性を低下させる恐れがある。一方、1×10−6atmを超えるとCuの酸化が懸念される。さらに好ましい酸素分圧は1×10−9〜1×10−8atmである。
【0075】
ここでは、脱バインダ処理は、後述の焼成とは別の工程として行う方法について説明したが、上記脱バインダ処理は、焼成と連続的に行ってもよい。焼成と連続的に行う場合には、焼成の昇温過程において脱バインダ処理を施せばよい。
【0076】
この本焼成処理において、圧電体グリーンシート及び電極ペースト層が一体焼成され、電極ペースト層から内部電極13A,13Bが形成され、内部電極13A,13B間に挟まれた圧電体グリーンシートから圧電体層12が形成される。また、積層体グリーンの積層方向の両端面上に積層された圧電体グリーンシートから、保護層15,16がそれぞれ形成される。なお、内部電極がCu又はCuを含有する化合物(合金)を含有する場合、焼成時に、内部電極13A,13BからCu成分が圧電体層12に拡散する。これによって、圧電体層12を構成する圧電磁器の粒界にCu化合物を偏析させることも可能である。この場合は、焼成温度や焼成時間、雰囲気を調整することによって、内部電極からのCu成分の拡散量を調整することができる。なお、圧電体層12を構成する複合酸化物の組成に応じて、焼成条件は適宜調整することができる。
【0077】
次に、得られた積層体11の積層方向に平行であり互いに対向している端面(内部電極13A,13Bの端部が露出している端面)に、バレル研磨やサンドブラストなどによる端面研磨を施した後、その端面に端子電極17A,17Bをそれぞれ焼き付ける。具体的には、端子電極17A,17Bを構成する金属、有機バインダ等を含む端子電極形成用のペーストを積層体11の上記端面に塗布した後、これを焼成することで、端子電極17A,17Bが形成される。このようにして、図3に示す構造を有する積層型圧電素子10が得られる。なお、端子電極17A,17Bは、上記の焼付けのほか、スパッタリング、蒸着、無電解めっき等の方法によっても形成することができる。
【0078】
そして、例えば、この積層型圧電素子10に対し、120℃の環境下、端子電極17A,17B間に電界強度が2〜5kV/mm程度となるように10分間程度電圧を印加する分極処理を行うことで、圧電アクチュエータとして機能する積層型圧電素子10を得ることができる。
【0079】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0080】
以下、実施例及び比較例に基づき本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0081】
(実施例1〜43、比較例1、3〜5)
まず、主成分の原料として、PbO粉末、SrCO粉末、NiO粉末、Nb粉末、TiO粉末、ZrO粉末を用意し、焼成後の主成分の組成が、後述の表2〜4に示す組成となるように秤量した。さらに、第1副成分及び第2副成分の焼成後の組成が、表2〜4の組成となるようにそれぞれの原料酸化物を秤量した。また、CuOを、表2〜4の主成分に対して0.03質量%秤量した。
【0082】
なお、表2〜4において、PNN[mol%]、PT[mol%]及びPZ[mol%]は、それぞれ上記一般式(1)中のa、b及びcを100倍した値である。また、Pb減量[mol%]及びPb置換量[mol%]は、それぞれ上記一般式(1)中のy及びxを100倍した値であり、Pb置換元素はMeとして用いた元素を示す。さらに、R1及びR2R3は、それぞれ第1副成分及び第2副成分として使用した元素を示し、R1[mol%]は、主成分に対する第1副成分の含有量であり、R2R3[mol%]は、主成分に対する第2副成分のPb(R2R3)O換算の含有量である。
【0083】
次に、ボールミルを用いて、秤量した主成分の原料、副成分の原料酸化物及びCuOを配合して16時間湿式混合し、大気中において700〜900℃で2時間仮焼した。
【0084】
得られた仮焼成物を微粉砕した後、ボールミルを用いて16時間湿式粉砕した。これを乾燥した後、バインダとしてアクリル系樹脂を加えて造粒し、1軸プレス成形機を用いて約3〜5ton/cmの圧力で直径17mm、厚さ3mmの円板状に成形した。
【0085】
得られた成形体を低酸素還元性雰囲気中(酸素分圧1×10−10〜1×10−6atm、全圧1atm)において950℃で8時間焼成した。
【0086】
得られた焼結体をスライス加工及びラップ加工により厚さ2.0mmの円板状とし、圧電定数d33の評価が可能な形状に加工した。得られたサンプルの両面に蒸着にてAg全面電極を形成し、外周研削をした後、120℃のシリコーンオイル中で3kV/mmの電界を15分間印加して、分極処理を行い、評価用の試料を作製した。
【0087】
(比較例2)
焼成後の主成分の組成が表3の組成となるように主成分の原料を配合したこと、及び、CuOを配合しなかったこと以外は、上述の実施例1と同様の方法で試料を作製した。
【0088】
(比較例6)
焼成後の主成分の組成が表4の組成となるように主成分の原料を配合したこと、及び、焼成を低酸素還元性雰囲気に変えて空気雰囲気で行ったこと以外は、上述の実施例1と同様の方法で試料を作製した。
【0089】
【表2】

【0090】
【表3】

【0091】
【表4】

【0092】
<試料の評価>
作製した各実施例及び各比較例の試料について、比抵抗と、抗折強度と、圧電特性として圧電d定数(d33)とを測定した。比抵抗はデジタル超高抵抗計(ADVANTEST社製、商品名:R8340A)を用いて測定した。抗折強度は、JIS−R1602に準拠して3点曲げ試験により抗折強度を測定した。圧電d定数(d33)は、2.0kV/mmの電界を印加したときの変位を、フリンジカウンタ式レーザ変位計を使用して測定した。なお、圧電定数d33は電極面に垂直(厚さ)方向の歪みに基づくものである。比抵抗、抗折強度、圧電d定数(d33)の測定結果を表5〜7に示す。
【0093】
また、作製した各実施例及び比較例の試料について、エネルギー分散X線分光分析装置(EDS)を用いてCu偏在の有無を評価した。なお、粒界からの距離が0nmの点でCu元素が検出されるが、5nm及び10nmの点ではCu元素が検出されないものをCu偏在「有」、粒界からの距離が5nm及び10nmの点でもCu元素が検出されるものをCu偏在「無」と評価した。各試料のCu偏在の有無を表5〜7に示す。
【0094】
【表5】

【0095】
【表6】

【0096】
【表7】

【0097】
以上より、実施例1〜43の圧電磁器は、比較例1〜6の圧電磁器と比較し、高電圧下でも十分優れた圧電特性を有し、かつ機械的強度に優れることが確認された。
【0098】
また、実施例11及び比較例4で作製した試料については、測定電界を変えて、d33の電界依存性を確認した。結果を表8に示す。
【0099】
【表8】

【0100】
実施例11の試料は、比較例4の試料に比較し、高電圧下での圧電特性に特に優れることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0101】
【図1】本発明の圧電素子の好適な一実施形態を示す斜視図である。
【図2】本実施形態に係る圧電磁器の微細構造を示すTEM(透過電子顕微鏡)写真である。
【図3】本発明の圧電素子の別の実施形態を示す一側面図である。
【符号の説明】
【0102】
1…圧電磁器、2,3…電極、10…積層型圧電素子、11…積層体、12…圧電体層、13A,13B…内部電極、14…素体、15,16…保護層、17A,17B…端子電極、18…活性領域、19…不活性領域、20…圧電素子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される複合酸化物を主成分として含有する焼結体を備えており、
前記焼結体の粒界にCu元素が偏在している圧電磁器。
(Pb1−x−yMe)[(Ni1/3Nb2/3TiZr]O …(1)
[式(1)中、MeはCa、Sr及びBaからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を表し、a、b、c、x及びyは下記式(2)〜(9)を満たす。
0<a≦0.1 …(2)
0<b<1 …(3)
0<c<1 …(4)
a+b+c=1 …(5)
0.788≦b(1−a)/c≦0.941 …(6)
0≦x<1 …(7)
0≦y≦0.05 …(8)
0<1−x−y …(9)]
【請求項2】
前記一般式(1)におけるyが下記式(10)を満たす請求項1に記載の圧電磁器。
0<y≦0.03 …(10)
【請求項3】
前記一般式(1)におけるxが下記式(11)を満たす請求項1又は2に記載の圧電磁器。
0<x≦0.05 …(11)
【請求項4】
前記焼結体が、構成元素としてTa、Nb及びWからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素R1を有する第1副成分を含有し、
前記主成分100モルに対する前記第1副成分の含有量が、金属元素R1換算で0より大きく0.9モル以下である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の圧電磁器。
【請求項5】
前記焼結体が、構成元素として、Dy、Gd及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素R2と、Ta、Nb及びWからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素R3と、を有する第2副成分を含有し、
前記主成分100モルに対する前記第2副成分の含有量が、Pb(R2R3)O換算(d及びeは下記式(12)を満たす。)で0より大きく0.6モル以下である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の圧電磁器。
d+e=1 …(12)
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の圧電磁器を備える圧電素子。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の圧電磁器からなる圧電体層と、Cu元素を含む内部電極層と、が交互に積層された積層型圧電素子。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−286662(P2009−286662A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−141325(P2008−141325)
【出願日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】