説明

圧電膜素子及び圧電膜デバイス

【課題】印加電界±100kV/cmを印加した寿命テストにおいて、初期の圧電定数に対する10億回駆動後の圧電定数の比率が95%以上である信頼性の高い圧電膜を用いた圧電膜素子及び圧電膜デバイスを提供する。
【解決手段】基板上に、下部電極層と、組成式(K1−xNa)NbO(0.4≦x
≦0.7)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電膜と、上部電極
とを備える圧電膜素子において、印加電界+100kV/cmでの誘電損失および印加電界−100kV/cmでの誘電損失が共に、0.45以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカリニオブ酸化物系の圧電膜を用いた圧電膜素子及び圧電膜デバイスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
圧電体は種々の目的に応じて様々な圧電素子に加工され、特に電圧を加えて変形を生じさせるアクチュエータや、逆に素子の変形から電圧を発生するセンサなどの機能性電子部品として広く利用されている。アクチュエータやセンサの用途に利用されている圧電体としては、優れた圧電特性を有する鉛系材料の誘電体、特にPZTと呼ばれるPb(Zr1−xTi)O系のペロブスカイト型強誘電体が、これまで広く用いられている。PZTなどの圧電体は、通常、圧電体材料の酸化物を焼結することにより形成されている。現在、各種電子部品の小型化、高性能化が進むにつれ、圧電素子においても小型化、高性能化が強く求められるようになった。
【0003】
ところが、従来からの焼結法を中心とした製造方法により作製した圧電体は、その厚みを薄くするにつれ、特に厚みが10μm程度の厚さに近づくにつれて、圧電材料を構成する結晶粒の大きさに近づくため、特性のばらつきや劣化が顕著になるといった問題が発生する。これを回避するために、焼結法に変わる薄膜技術等を応用した圧電膜の形成法が近年研究されるようになってきた。最近、シリコン基板上にスパッタリング法で形成したPZT薄膜が、高速高精細のインクジェットプリンタヘッド用アクチュエータの圧電膜として実用化されている。
【0004】
しかしながら、前記PZTからなる圧電体や圧電膜は、鉛を60〜70重量%程度含有しており、生態学的見地および公害防止の面から好ましくない。そこで、環境への配慮から鉛を含有しない圧電材料の開発が望まれている。現在、様々な非鉛圧電材料が研究されているが、その中に組成式:(K1−xNa)NbO(0<x<1)で表されるニオブ酸カリウムナトリウム(以降、「KNN」とも記す]がある(例えば、特許文献1、特許文献2参照))。このKNNは、ペロブスカイト構造を有する材料であり、特に圧電膜としての非鉛圧電材料の有力な候補として期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−184513号公報
【特許文献2】特開2008−159807号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
KNN膜は、スパッタリング法でのシリコン基板上に成膜が試みられており、(001)配向したスパッタKNN膜において実用化レベルの特性であるd31=−100pm/Vを実現したとの報告もある。しかしながら、これらのKNN膜では、しばしば誘電損失tanδが高くなるという問題があった。tanδが高い圧電膜を有する圧電膜素子をアクチュエータとして用いる場合は、動作時の発熱が大きくなり、圧電膜素子の劣化を早めることになる。これまで、例えばインクジェットプリンタヘッドのアクチュエータに圧電膜を用いる場合は、tanδの値が0.5以下であることが必要であると言われている。
【0007】
ところで、近年インクジェットプリンタの高性能化に伴い、圧電膜素子に従来よりも高い電界(例えば100kV/cm)を印加して利用するケースが増えてきた。高い印加電
界100kV/cmを印加した寿命テストにおいて、初期の圧電定数に対する10億回駆動後の圧電定数の比率(疲労率、圧電定数保持率)が95%以上であることが求められている。しかしながら、tanδが0.5以下の圧電膜であっても、印加電界±100kV/cmを印加した寿命テストにおいて、上記圧電定数の比率が95%以下になる事例が頻繁に発生していた。
【0008】
本発明の目的は、印加電界±100kV/cmを印加した寿命テストにおいて、初期の圧電定数に対する10億回駆動後の圧電定数の比率が95%以上である信頼性の高い圧電膜を用いた圧電膜素子及び圧電膜デバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の態様は、基板上に、下部電極層と、組成式(K1−xNa)NbO(0.4≦x≦0.7)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電膜と、上部電極とを備える圧電膜素子において、印加電界+100kV/cmでの誘電損失および印加電界−100kV/cmでの誘電損失が共に、0.45以下である圧電膜素子で
ある。
【0010】
本発明の第2の態様は、基板上に、下部電極層と、組成式(K1−xNa)NbO(0.4≦x≦0.7)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電膜と、上部電極とを備える圧電膜素子において、印加電界+100kV/cmでの誘電損失および印加電界−100kV/cmでの誘電損失が共に、印加電界0kV/cmでの誘電損失よりも小さい圧電膜素子である。
【0011】
本発明の第3の態様は、第1の態様又は第2の態様に記載の圧電膜素子において、前記圧電膜は、擬立方晶または正方晶であり、(001)面方位に優先配向している圧電膜素子である。
【0012】
本発明の第4の態様は、第1〜第3の態様のいずれかに記載の圧電膜素子において、前記下部電極層は、(111)面方位に優先配向した白金を含む圧電膜素子である。
【0013】
本発明の第5の態様は、第1〜第4の態様のいずれかに記載の圧電膜素子と、前記圧電膜素子の前記下部電極層と前記上部電極との間に接続される電圧印加手段または電圧検出手段とを備えた圧電膜デバイスである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、印加電界±100kV/cmを印加した寿命テストにおいて、初期の圧電定数に対する10億回駆動後の圧電定数の比率が95%以上である信頼性の高い圧電膜を用いた圧電膜素子及び圧電膜デバイスが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の圧電膜素子の一実施形態を示す概略断面図である。
【図2】本発明の圧電膜デバイスの一実施形態を示す概略構成図である。
【図3】圧電膜素子のtanδ測定時に印加した印加電圧のプロファイルである。
【図4】実施例1、比較例1〜3の圧電膜素子のtanδ及び比誘電率εを示すグラフである。
【図5】実施例2〜3、比較例4〜5の圧電膜素子のtanδ及び比誘電率εを示すグラフである。
【図6】実施例4、比較例6〜8の圧電膜素子におけるtanδ及び比誘電率εを示すグラフである。
【図7】比較例9〜10の圧電膜素子のtanδ及び比誘電率εを示すグラフである。
【図8】本発明の実施例及び比較例の圧電膜素子を用いて作製したアクチュエータの概略構成図である。
【図9】図8のアクチュエータの圧電定数の測定方法を説明するための概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明に係る圧電膜素子及び圧電膜デバイスの実施形態を図面を用いて説明する。
【0017】
(圧電膜素子の実施形態)
図1に、本発明の一実施形態に係る圧電膜素子の概略的な断面図を示す。
本実施形態の圧電膜素子は、図1に示すように、基板1上に、下部電極層2と、組成式(K1−xNa)NbO(0.4≦x≦0.7)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電膜3と、上部電極4とを備える。圧電膜素子は、圧電膜3に印加電界+100kV/cmを印加した状態での誘電損失tanδ、および圧電膜3に印加電界
−100kV/cmを印加した状態での誘電損失tanδが共に、0.45以下である。
【0018】
通常、圧電膜の誘電損失tanδは印加電界0kV/cmで測定された値であるが、我々
は、圧電膜に直流電圧(印加電界)を印加した状態で、tanδ測定用の交流電圧を印加す
ることで、各印加電界が印加された場合の圧電膜のtanδの値を測定した。具体的には、
本明細書では、図3に示すように、近似的な直流電圧(印加電界)として電界0〜±100kV/cm、周波数0.2Hzの三角波のベース波を印加しながら、±3Vの3000
Hzの交流電圧をtanδの測定用波として圧電膜3に印加することで、tanδの値を測定した。その結果、印加電界0kV/cmの場合にはtanδの値が0.5以下と小さい圧電膜であっても、印加電界が大きくなった場合にtanδの値が急激に大きくなる圧電膜があるこ
とが分かってきた(後述の実施例における図4〜図7及び表1参照)。
【0019】
この高いtanδの値は、その印加電界においては、かなりのリーク電流が圧電膜素子に
流れていることを意味する。±100kV/cm印加時のtanδの値と、初期の圧電定数
に対する10億回駆動後の圧電定数の比率({[10億回駆動後の圧電定数]/[初期の圧電定数]}×100(%))との関係を調査したところ、両者に明確な相関があることが分かった。すなわち、電界±100kV/cm印加時のtanδの値が0.45以下の圧電膜である場合に、初期の圧電定数に対する10億回駆動後の圧電定数の比率(疲労率(fatigue ratio)(%)ともいう)を95%以上にできることが分かった(表1参照)。
【0020】
また、印加電界+100kV/cmでの誘電損失tanδおよび印加電界−100kV/
cmでの誘電損失tanδが共に、印加電界0kV/cmでの誘電損失tanδよりも小さい圧電膜の圧電膜素子の場合にも、上記の疲労率を95%以上にできることが分かった(表1参照)。
【0021】
電界±100kV/cm印加時のtanδの値が0.45以下の圧電膜(KNN膜)の圧電膜素子、及び、電界+100kV/cm印加時の誘電損失tanδおよび電界−100kV
/cm印加時の誘電損失tanδが共に、電界0kV/cm印加時の誘電損失tanδよりも小さいKNN圧電膜の圧電膜素子は、KNN膜をスパッタリングによって成膜する場合には、KNN膜のスパッタリング成膜温度およびスパッタリング成膜後の熱処理温度の最適化を行うことで実現できることも分かった(表1参照)。
【0022】
図1において、基板1は、Si(シリコン)基板、Si基板表面に酸化膜を有する表面酸化膜付きSi基板、またはSOI(Silicon On Insulator)基板を用いるのが好ましい
。Si基板には、例えば、Si基板表面が(100)面方位の(100)Si基板が用いられたりするが、(100)面とは異なる面方位のSi基板を用いても勿論よい。また、基板1には、石英ガラス基板、GaAs基板、サファイヤ基板、ステンレスなどの金属基板、MgO基板、SrTiO基板などを用いてもよい。
【0023】
下部電極層2は、電極であると共に圧電膜3の下地層でもあり、下部電極層2には、Pt(白金)からなり、かつ(111)面方位に優先配向しているPt層が好ましい。Si基板等の基板1上に形成したPt層は、自己配向性のため(111)面方位に配向しやすい。下部電極層2の材料には、Pt以外に、Ptを含む合金、Au(金)、Ru(ルテニウム)、Ir(イリジウム)などの金属、またはSrTiO、LaNiOなどの金属酸化物を用いてもよい。下部電極層2はスパッタリング法、蒸着法などを用いて形成する。なお、基板1と下部電極層2の密着性を高めるために、基板1と下部電極層2との間に密着層を設けてもよい。
【0024】
(K1−xNa)NbOの圧電膜3は、擬立方晶または正方晶であり、(001)面方位に優先配向していることが好ましく、この場合のKNN圧電膜は優れた圧電特性を有する。また、同様の理由から、組成比xを0.40≦x≦0.7の範囲とするのがよい。圧電膜3の形成には、スパッタリング法を用いるのが好ましい。その他の圧電膜3の形成方法としては、CVD(Chemical Vapor Deposition)法、ゾルゲル法、水熱合成法など
が挙げられる。
【0025】
上部電極4は、Pt、Au、Al(アルミニウム)などをスパッタリング法、蒸着法、メッキ法、金属ペースト法などを用いて形成すればよい。上部電極4は、下部電極層2のように圧電膜3の結晶構造に大きな影響を与えるものではないため、上部電極4の材料は特に限定されない。
【0026】
また、上記の圧電膜素子を製造する際には、上部電極4の形成前又は形成後に熱処理を行なう。通常、大気雰囲気で、600℃〜750℃程度の温度で数時間の熱処理を行うが、窒素雰囲気や真空雰囲気で熱処理を行っても構わない。スパッタリングによって成膜された圧電膜には、成膜後に600℃以上の熱処理を行うのが好ましい。熱処理によって圧電膜3の膜応力が緩和され圧電定数が向上する。
【0027】
なお、図1に示す上記実施形態の圧電薄膜素子の圧電膜3は、単一のKNN膜であるが、複数のKNN膜で形成してもよい。また、KNNの圧電膜に、K(カリウム)、Na(ナトリウム)、Nb(ニオブ)、O(酸素)以外の元素、例えば、Li(リチウム)、Ta(タンタル)、Sb(アンチモン)、Ca(カルシウム)、Cu(銅)、Ba(バリウム)、Ti(チタン)などを5原子数%以下で添加してもよく、この場合も同様の効果が得られる。
【0028】
(圧電膜デバイスの実施形態)
図2に、本発明の圧電膜素子を用いて作製した圧電膜デバイスの一実施形態の概略的な構成図を示す。
【0029】
本実施形態の圧電膜デバイスに用いられる圧電膜素子10は、図2に示すように、図1に示す上記実施形態の圧電膜素子と同様の断面構造を有し、所定の形状に成形された圧電膜素子10の下部電極層2と上部電極4との間に、少なくとも電圧検知手段(または電圧印加手段)11が接続されている。
【0030】
下部電極層2と上部電極4の間に、電圧検知手段11を接続することで、圧電膜デバイスとしてのセンサが得られる。このセンサの圧電膜素子10が何らかの物理量の変化に伴
って変形すると、その変形によって電圧が発生するので、この電圧を電圧検知手段11で検知することで各種物理量を測定することができる。センサとしては、例えば、ジャイロセンサ、超音波センサ、圧カセンサ、速度・加速度センサなどが挙げられる。
【0031】
また、圧電膜素子10の下部電極層2と上部電極4との間に、電圧印加手段11を接続することで、圧電膜デバイスとしてのアクチュエータが得られる。このアクチュエータの圧電膜素子10に電圧を印加して、圧電膜素子10を変形することによって各種部材を作動させることができる。アクチュエータは、例えば、インクジェットプリンタ、スキャナー、超音波発生装置などに用いることができる。
【実施例】
【0032】
以下に、本発明の実施例を具体的に説明する。
【0033】
本発明の実施例および比較例の圧電膜素子は、熱酸化膜を有するSi基板上に、Ti密着層と、Pt下部電極層と、KNN圧電膜と、Pt上部電極とが順次積層されている。
【0034】
[KNN圧電膜の成膜]
実施例および比較例におけるKNN圧電膜の成膜方法を説明する。
基板には、熱酸化膜付きSi基板((100)面方位、厚さ0.525mm、形状20
mm×20mm、熱酸化膜の厚さ200nm)を用いた。まず、基板上にRFマグネトロンスパッタリング法で、Ti密着層(膜厚10nm)、Pt下部電極層((111)面優先配向、膜厚200nm)を形成した。Ti密着層とPt下部電極層は、基板温度350℃、放電パワー300W、導入ガスAr、Ar雰囲気の圧力2.5Pa、成膜時間は、T
i密着層では3分、Pt下部電極層では10分の条件で成膜した。
【0035】
続いて、Pt下部電極層の上に、RFマグネトロンスパッタリング法で膜厚3μmの(K1−xNaNbO圧電膜を形成した。(K1−xNaNbO圧電膜は、組成比x=Na/(K+Na)=0.65の(K1−xNa)NbO焼結体をターゲットに用い、基板温度(基板表面の温度)520℃、570℃、または620℃、放電パワー75W、導入ガスAr/O混合ガス(Ar/O=99/1〜90/10)、雰囲気ガスの圧力1.3Pa、ターゲット−基板間距離250mmの条件で成膜した。KN
N膜のスパッタリング成膜時間は、KNN膜の膜厚がほぼ2μmになるように調整して行った。また、全ての実施例のKNN膜および一部の比較例のKNN膜では、成膜後に大気雰囲気で600℃、700℃、800℃、または900℃の温度で2時間の熱処理を行った。
【0036】
[KNN圧電膜の組成分析・X線回折測定]
ICP−AES(誘導結合型プラズマ発光分析)法によって、実施例および比較例のKNN膜の組成分析を行った。分析は、KNN膜の一部を切り出し、湿式酸分解法を用い、酸にはフッ化水素酸と硝酸の混合液を用いた。実施例および比較例のKNN膜のNa/(K+Na)比率は全て約0.55であった。またKNN膜のX線回折測定を行った結果、
実施例および比較例の全てのKNN膜において、ペロブスカイト構造を有する擬立方晶又は正方晶の(001)優先配向のKNN膜が形成されていた。
【0037】
[誘電損失tanδの測定]
KNN圧電膜の比誘電率εおよび誘電損失tanδを測定するために、上記実施例およ
び比較例のKNN圧電膜の上にPt上部電極(膜厚100nm、サイズ直径0.5mm)
をRFマグネトロンスパッタリング法で形成した。この上部電極と下部電極層とを強誘電体テスター(aixACCT社製のTF−analyzer)に接続し、印加電界0〜±100kV/cmを印加(周波数0.2Hzの三角波として印加)しながら、±3Vの3000H
zの交流電圧を印加することで、静電容量とtanδの値を測定した(なお、今回は±3V
の交流電圧を印加してtanδ等を測定したが、±1V、±2Vの交流電圧を印加した場合
も、ほぼ同様の測定結果が得られる)。比誘電率εは、測定された静電容量から算出した。印加電圧のプロファイルは図3に示すものとなるが、実施例および比較例の圧電膜素子の場合、KNN圧電膜の膜厚が2μmであるため、印加電圧20Vが印加電界100kV/cmに相当する。実施例1〜4、比較例1〜10のtanδ特性及びε特性を、図4
、図5、図6、図7に示す。図4〜図7のグラフから、印加電界0kV/cm時のtanδ
の値(tanδ(0kV/cm))、印加電界+100kV/cm時のtanδの値(tanδ(
+100kV/cm))、印加電界−100kV/cm時のtanδの値(tanδ(−100kV/cm))を読み取った。結果を表1に示す。表1には、実施例1〜4および比較例1〜10における、KNN圧電膜のスパッタリング成膜温度(Si基板の表面温度)、スパッタリング成膜後のアニール温度(熱処理温度)、各印加電界でのtanδの値、疲労率
(fatigue ratio)を示している。
【0038】
【表1】

【0039】
[アクチュエータ動作での寿命評価]
KNN圧電膜の圧電定数d31の疲労率(fatigue ratio)を評価するために、図8に
示す構成のユニモルフカンチレバーを試作した。まず、上記実施例および比較例のKNN圧電膜の上にPt上部電極(膜厚100nm)をRFマグネトロンスパッタリング法で形成した後、長さ15mm、幅2.5mmの短冊形に切り出し、KNN圧電膜を有する圧電
膜素子20を作製した。
次に、この圧電膜素子20の長手方向の一端をクランプ21で固定することで簡易的なユニモルフカンチレバーを作製した。このカンチレバーの上部電極4と下部電極2との間のKNN圧電膜3に電圧印加手段(図示せず)によって電圧を印加し、KNN膜を伸縮させることで、カンチレバー全体を屈曲させ、カンチレバー先端を上下方向(KNN圧電膜3の厚さ方向)に往復動作させた。このときのカンチレバーの先端変位量Δを、レーザードップラ変位計22からレーザー光Lをカンチレバー先端に照射して測定した(図9)。圧電定数d31は、カンチレバー先端の変位量Δ、カンチレバー長さ、基板1およびKNN圧電膜3の厚さとヤング率、および印加電圧から算出される。圧電定数d31の算出は、文献1(T.Mino, S. Kuwajima, T.Suzuki, I.Kanno, H.Kotera, and K.Wasa, Jpn. J. Appl. Phys., 46(2007) 6960)に記載の方法で行った。KNN圧電膜のヤング率は104GPaを用い、印加電界100kV/cm(2μm厚のKNN圧電膜3に20Vの電圧)、700Hzのsin波電圧を印加した時の圧電定数d31を測定した(初期の圧電定数d
31)。また、そのまま700Hzのsin波電圧を連続で印加し、カンチレバーを10
億回駆動させた後に再びd31を測定した(10億回駆動後の圧電定数d31)。測定した初期の圧電定数d31と10億回駆動後の圧電定数d31から疲労率を算出した。実施例および比較例の疲労率(%)を表1に示す。
【0040】
表1において、実施例1〜4では、tanδ(+100kV/cm)の値、およびtanδ(−100kV/cm)の値が共に、0.45以下の場合に、疲労率が95%以上になって
いることが分かる。また、実施例1〜3では、tanδ(−100kV/cm)およびtanδ(+100kV/cm)がtanδ(0kV/cm)よりも小さい場合に、疲労率が95%
以上になっている。
つまり、KNN圧電膜のtanδ(+100kV/cm)およびtanδ(−100kV/cm)が共に、0.45以下の場合、及び、KNN圧電膜のtanδ(−100kV/cm)およびtanδ(+100kV/cm)がtanδ(0kV/cm)よりも小さい場合に、KNN圧電膜素子の寿命改善の効果が現れる。また、上記実施例では、KNN膜のNa/(K+Na)比率は約0.55の場合であるが、N/(K+Na)比率が0.4〜0.7の範囲の
場合にも同様の寿命改善効果が確認できている。
【符号の説明】
【0041】
1 基板
2 下部電極層
3 圧電膜
4 上部電極
10 圧電膜素子
11 電圧検知手段または電圧印加手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、下部電極層と、組成式(K1−xNa)NbO(0.4≦x≦0.7)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電膜と、上部電極とを備える圧電膜素子において、
印加電界+100kV/cmでの誘電損失および印加電界−100kV/cmでの誘電損失が共に、0.45以下であることを特徴とする圧電膜素子。
【請求項2】
基板上に、下部電極層と、組成式(K1−xNa)NbO(0.4≦x≦0.7)で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電膜と、上部電極とを備える圧電膜素子において、
印加電界+100kV/cmでの誘電損失および印加電界−100kV/cmでの誘電損失が共に、印加電界0kV/cmでの誘電損失よりも小さいことを特徴とする圧電膜素子。
【請求項3】
請求項1または2に記載の圧電膜素子において、
前記圧電膜は、擬立方晶または正方晶であり、(001)面方位に優先配向していることを特徴とする圧電膜素子。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の圧電膜素子において、
前記下部電極層は、(111)面方位に優先配向した白金を含むことを特徴とする圧電膜素子。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の圧電膜素子と、前記圧電膜素子の前記下部電極層と前記上部電極との間に接続される電圧印加手段または電圧検出手段とを備えたことを特徴とする圧電膜デバイス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−253109(P2012−253109A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−123091(P2011−123091)
【出願日】平成23年6月1日(2011.6.1)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】