説明

基材表面処理装置及び基材表面処理方法

【課題】面積の大きな基材に対して、均一に、スパッタリングによる成膜と、プラズマイオン注入による表面改質とを行うことが可能な基材表面処理装置を提供する。
【解決手段】本発明の基材表面処理装置100は、成膜槽30と、該成膜槽30の内部にシート状プラズマ27を発生させるシート状プラズマ発生装置と、前記成膜槽30の内部に配置されたスパッタリングターゲット33Aと、該スパッタリングターゲット33Aに対向するよう前記成膜槽30の内部に配置された基材34Aを保持可能な基材ホルダ34と、前記スパッタリングターゲット33Aに、前記シート状プラズマ27の電位に対して負の直流バイアス電圧を印加するためのバイアス電圧印加装置Vと、前記基材ホルダ34を介して前記基材34Aに、前記シート状プラズマ27の電位に対して負のパルス電圧を印加するためのパルス電圧印加装置Pと、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シート状に変形されたプラズマを用いて、スパッタリングによる成膜とプラズマイオン注入による表面改質とを行う、基材表面処理装置及び基材表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、図4に示すように、プラズマ源から発生する円柱状のプラズマ(以下、円柱状プラズマという)に永久磁石による磁界を作用させ、シート状に変形したプラズマ(以下、シート状プラズマという)を用いたシートプラズマ成膜装置が注目されている(特許文献1参照)。このシートプラズマ成膜装置では、陰極側5からの円柱状プラズマ流を永久磁石3によりシート状プラズマ6に形成し、該シート状プラズマ6に磁場コイル2を用いて陽極1へと導く。そして、シート状プラズマ6の移動過程において、スパッタリング室でターゲット7からスパッタ粒子を発生させ、基材8に成膜する。これにより、大面積の基材8に対しても成膜をすることが可能になる。
【0003】
また、スパッタリング室を接地電位とし、スパッタリング室とシートプラズマ成形室とを異なる電位としたシートプラズマ成膜装置も知られている(特許文献2の図1を参照)。このようなシートプラズマ成膜装置によると、シートプラズマ成形室でのシート状プラズマの電流ロス等による電力効率の低下を防止できる。
【0004】
一方、ワークの表面に正イオンを注入する表面処理装置として、プラズマCVD装置が知られている(特許文献3の図13を参照)。当該プラズマCVD装置は、平行平板電極を用いてプラズマを発生する。当該プラズマCVD装置は、真空容器を備え、該真空容器内において互いに平行に配置された一対の平板電極を備えている。そのうちの一方の平板電極の上にはワークが載置され、負電圧パルス電源が接続されている。負電圧パルス電源は、負電圧パルスをワークが載置された平板電極に印加する。他方の平板電極は、マッチングボックスを介して高周波電源(RF電源)に接続されている。高周波電源は、高周波電圧(RF電圧)を、他方の平板電極に供給する。
【0005】
当該プラズマCVD装置は、下記の動作によってワークの上に薄膜を成膜する。薄膜の原料を含む原料ガスが真空容器の内部に導入される。原料ガスが導入されている状態で、高周波電圧が他方の平板電極に供給されると、真空容器の内部には、プラズマが発生する。プラズマにより反応が促進されて、ワークの上に薄膜が成膜される。成膜の間、負電圧パルスが一方の平板電極に印加され、プラズマに存在する正イオンがワークに注入される。正イオンの注入は、ワークの上に成膜された薄膜の膜質の最適化を可能にする。
【特許文献1】特開2005−179767号公報
【特許文献2】特開平7−296988号公報
【特許文献3】特開2004−76069号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、シートプラズマ成膜装置を用いて、スパッタリングによる成膜とプラズマイオン注入による表面改質とを同時に行うことができれば便利である。しかしながら、従来例は、これについて一切開示されていない。また、これを実行するためには、以下のような問題がある。
【0007】
すなわち、特許文献1の構成においては、スパッタリング室(成膜槽)を接地電位としていない。したがって、特許文献1に記載された装置を用いてプラズマイオン注入を行おうと考えた場合には、負のパルス電圧を基材に印加すると、基材の周辺に形成されたイオンシースが成膜槽と干渉する。そうすると、成膜槽と基材とが同電位となるため、形成されるシート状プラズマが不安定になり、基材に対してスパッタイオンが引き込まれにくくなる。
【0008】
また、特許文献1の構成においては、たとえ、基材と成膜槽との間に、イオンシースが干渉しないような十分な距離が設けられていたとしても、基材に負のパルス電圧を印加することで、基材におけるシート状プラズマに面していない部分にもプラズマが形成され、所望の箇所以外にもイオンが注入されてしまう。さらに、基材と成膜槽とを電気的に絶縁している絶縁碍子に膜が形成されないように保護する機構を設けない限り、基材と成膜槽とが同電位となってしまうため、基材に対してプラズマイオン注入を安定して行うことができない。
【0009】
また、特許文献2の構成においては、スパッタリング室(成膜槽)を接地電位としているが、基材と成膜槽との間が電気的に絶縁されておらず、負のパルス電圧を印加することができない。たとえ、基材と成膜槽との間を絶縁碍子で電気的に絶縁したとしても、プラズマが基材の周囲で発生することが予測され、絶縁碍子の保護機構を設けない限り、基材に対するプラズマイオン注入は安定して行うことができないと考えられる。
【0010】
さらに、特許文献3の構成においては、プラズマ発生源が基材とターゲットとであるため、プラズマを形成するためには、加速された電子と中性粒子とが衝突するための十分な距離が必要となる。特に、基材の面積が大きい場合には、それに伴いターゲットの面積も大きくしなければならず、かつ、基材とターゲットとの間の距離を広くしなければならない。しかし、基材とターゲットとの距離が広くなればなるほど成膜レートが低くなる。また、スパッタされた粒子が他の中性粒子と衝突することで熱中性化が進み、緻密な膜が形成できなくなる。すなわち、特許文献3の構成においては、プラズマの形成と、成膜レート及び緻密な膜の形成とが、基材とターゲットとの距離の観点においてトレードオフの関係にある。
【0011】
また、特許文献3の構成においては、ターゲットをスパッタするためにターゲットに負のバイアス電圧を印加し、プラズマイオン注入をするために基材に負の高電圧バイアスを印加すると、互いの周囲に形成されたイオンシースが干渉し、基材とターゲットとの間の電子が他に追いやられてプラズマを維持できなくなる。換言すると、基材とターゲットとの間の電位差が消失するため、スパッタリングターゲットへのスパッタと基材に対するプラズマイオン注入とが行えなくなる。
【0012】
本発明は上記のような課題を解決するためになされたもので、面積の大きな基材に対して、均一に、スパッタリングによる成膜と、プラズマイオン注入による表面改質とを行うことができる基材表面処理装置及び基材表面処理方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
そこで、上記課題を解決するために、本発明の基材表面処理装置は、内部を減圧可能な成膜槽と、前記成膜槽の内部にシート状プラズマを発生させるシート状プラズマ発生装置と、前記成膜槽の内部において、前記発生されるシート状プラズマの厚み方向における一方の側に配置されたスパッタリングターゲットと、前記成膜槽の内部において、前記シート状プラズマの厚み方向における他方の側に前記スパッタリングターゲットに対向するよう基材を保持可能なように配置された基材ホルダと、前記スパッタリングターゲットに、前記シート状プラズマの電位に対して負の直流バイアス電圧を印加するためのバイアス電圧印加装置と、前記基材ホルダを介して前記基材に、前記シート状プラズマの電位に対して負のパルス電圧を印加するためのパルス電圧印加装置と、を備える。
【0014】
このような構成とすると、スパッタリングターゲットに負の直流バイアス電圧を印加することにより、シート状プラズマ中の陽イオン(たとえば、Arイオン)が引き付けられて、スパッタリングターゲットをスパッタする。一方、前記基材ホルダを介して前記基材に、前記シート状プラズマの電位に対して負のパルス電圧を印加することにより、シート状プラズマ中の陽イオンが基材中に注入される。したがって、基材に対して、スパッタリングによる成膜と、プラズマイオン注入による表面改質とを、同時に又は交互に行うことができる。
【0015】
また、上記のような構成とすると、スパッタリングターゲットと基材の周囲に形成されるイオンシースとがシート状プラズマによって仕切られるため、基材及びスパッタリングターゲットの面積に依存せず、基材とスパッタリングターゲットとの間隔を任意の間隔とすることができる。したがって、面積の大きな基材に対して、均一に、スパッタリングによる成膜と、プラズマイオン注入による表面改質とを行うことができる。
【0016】
前記シート状プラズマ発生装置は前記シート状プラズマが収束する陽極を有し、前記成膜槽と前記陽極とが接地電位にあることが好ましい。
【0017】
このような構成とすると、基材の周囲のイオンシースと前記成膜槽とが干渉することが防止され、その結果、前記基材と前記成膜槽との電位がシート状プラズマと同電位となることが防止される。したがって、シート状プラズマを安定して維持したまま、基材に対してプラズマイオン注入を行うことができる。
【0018】
前記スパッタリングターゲットと前記成膜槽とが絶縁部材により電気的に絶縁され、前記基材ホルダと前記成膜槽とが絶縁部材により電気的に絶縁されていることが好ましい。
【0019】
前記基材又は前記基材ホルダの外縁と前記成膜槽の内壁との距離が、前記シート状プラズマを構成するガス粒子の平均自由工程の100分の1以上10分の1以下の範囲であることが好ましい。
【0020】
前記基材又は前記基材ホルダの外縁と前記成膜槽の内壁との距離が、0.7mm以上70mm以下の範囲であることが好ましい。
【0021】
このような構成とすると、前記基材又は前記基材ホルダの外縁と前記成膜槽の内壁との間に、中性粒子と電子とが衝突する十分な距離がないため、プラズマが基材ホルダの裏側に回りこむことが防止される。これにより、絶縁部材の表面に導電性の膜が形成されず、前記基材ホルダと成膜槽との導通が防止される。したがって、基材の周囲に形成されるイオンシースが安定するので、基材に対するプラズマイオン注入を適切に行うことができる。
【0022】
前記成膜槽内が1×10−3Pa以上1×10−1Pa以下の圧力である状態において基材表面処理を行うことが好ましい。
【0023】
このように、成膜槽内の圧力を1×10−3Pa以上にすると、シート状プラズマの形成が良好になり、基材に対するスパッタリングを十分に行うことができる。一方、成膜槽内の圧力を、1×10−1Pa以下にするとプラズマイオン注入に関与しないガスの存在確率が低下し、基材に対するプラズマイオン注入を十分に行うことができる。
【0024】
前記発生されるシート状プラズマの中心のプラズマ密度が、1×10cm−3以上1×1012cm−3以下の範囲であることが好ましい。
【0025】
このように、プラズマ密度を1×10cm−3以上とすると、イオンシースが拡がりすぎることが防止される。一方、プラズマ密度を1×1012cm−3以下とすると、プラズマの熱による影響が抑制され、基材の加熱が防止される。
【0026】
前記基材に印加する負のパルス電圧の電圧値が、前記シート状プラズマの電位に対しマイナス30kV以上マイナス6kV以下の範囲であり、パルスの幅が0.1μsec以上20μsec以下の範囲であり、かつ、パルスの周波数が500Hz以上5000Hz以下の範囲であることが好ましい。
【0027】
このような構成とすると、基材の周囲に形成されるイオンシースが拡がりすぎることが防止され、基材に対するプラズマイオン注入が適切に行われる。
【0028】
前記成膜槽が反応性ガス導入部を有することが好ましい。
【0029】
このような構成とすると、基材に対して、反応性スパッタリングによる成膜を行うことが可能になる。
【0030】
一方、本発明の基材表面処理方法は、成膜槽の内部を減圧し、シート状プラズマ発生装置により、前記成膜槽の内部にシート状プラズマを発生させ、前記成膜槽の内部において、前記発生されるシート状プラズマの厚み方向における一方の側にスパッタリングターゲットを配置し、前記成膜槽の内部において、前記シート状プラズマの厚み方向における他方の側に前記スパッタリングターゲットに対向するよう基材を保持可能なように基材ホルダを配置し、バイアス電圧印加装置により、前記スパッタリングターゲットに、前記シート状プラズマの電位に対して負の直流バイアス電圧を印加し、パルス電圧印加装置により、前記基材ホルダを介して前記基材に、前記シート状プラズマの電位に対して負のパルス電圧を印加し、これにより、前記基材に対して、スパッタリングによる成膜とプラズマイオン注入による表面改質とを前記成膜槽内において同時に又は交互に行う。
【0031】
前記シート状プラズマ発生装置は前記シート状プラズマが収束する陽極を有し、前記成膜槽と前記陽極とが接地電位にあることが好ましい。
【0032】
前記スパッタリングターゲットと前記成膜槽とが絶縁部材により電気的に絶縁され、前記基材ホルダと前記成膜槽とが絶縁部材により電気的に絶縁されていることが好ましい。
【0033】
前記プラズマイオン注入時において発生した二次電子を前記スパッタリングターゲットに入射させることによりスパッタリングを行うことが好ましい。
【0034】
このような構成とすると、基材表面にプラズマイオン注入されることで発生する二次電子が、イオンシース内で反発してシート状プラズマの方向へと加速され、スパッタリングターゲットに入射される。そうすると、絶縁物からなるスパッタリングターゲットがプラズマイオンによってチャージアップされた場合においても、二次電子がこれを電気的に中和することができる。したがって、絶縁物からなるスパッタリングターゲットに対しても、直流バイアス電源を用いてスパッタリングが行うことができる。
【0035】
また、本発明の基材表面処理方法は、前記成膜槽が反応性ガス導入部を有し、前記反応性ガス導入部から反応性ガスを導入しながら、前記パルス電圧印加装置により前記シート状プラズマの電位に対し負のパルス電圧を前記基材に印加して、反応性ガスのプラズマイオン注入による表面改質を前記基材に対して行い、その後、前記反応性ガス導入部からの反応性ガスの導入を停止し、前記バイアス印加装置により前記シート状プラズマの電位に対し負の直流バイアス電圧を前記スパッタリングターゲットに印加して、スパッタリングによる成膜を前記基材に対して行う。
【0036】
また、本発明の基材表面処理方法は、前記成膜槽が反応性ガス導入部を有し、前記反応性ガス導入部から反応性ガスを導入しながら、前記パルス電圧印加装置により前記シート状プラズマの電位に対し負のパルス電圧を前記基材に印加すると共に、前記バイアス印加装置により前記シート状プラズマの電位に対し負の直流バイアス電圧を前記スパッタリングターゲットに印加し、これにより、前記基材に対して、反応性スパッタリングと、プラズマイオン注入による表面改質と、該プラズマイオン注入により発生したエネルギーを利用したプラズマ重合と、を前記成膜槽内において同時に又は交互に行う。
【0037】
前記反応性ガスが、窒素、アンモニア、酸化窒素、酸素、オゾン、水素、炭化水素、一酸化炭素、二酸化炭素、シラン系ガス、及びハロゲン化物ガスのうちから選択される少なくとも一種のガスであることが好ましい。
【発明の効果】
【0038】
本発明の基材表面処理装置及び基材表面処理方法は、上記のような構成としたため、面積の大きな基材に対して、均一に、スパッタリングによる成膜と、プラズマイオン注入による表面改質とを行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
以下、本発明の実施形態を、図面を参照しながら説明する。
【0040】
(第1実施形態)
図1は、本発明の第1実施形態に係る基材表面処理装置の概略構成の一例を示す正面図である。図2は、図1の基材表面処理装置の基材ホルダに印加する負のパルス電圧の波形を示す波形図である。以下、図1及び図2を参照しながら、本実施形態に係る基材表面処理装置について説明する。なお、ここでは便宜上、図1に示すように、プラズマ輸送の方向をZ方向にとり、このZ方向に直交し、かつ永久磁石24A、24B(後述)の磁化方向をY方向にとり、これらのZ方向及びY方向の両方に直交する方向をX方向にとって、この基材表面処理装置の構成を説明する。
【0041】
<一般的構成>
まず、本実施形態の基材表面処理装置100の一般的構成について説明する。
【0042】
本実施形態の基材表面処理装置100は、図1に示すように、YZ平面において略十字形をなしている。本実施形態の基材表面処理装置100は、プラズマ輸送の方向(Z方向)から見て順番に、プラズマを高密度に形成するプラズマガン10と、Z方向の軸を中心とした円筒状のシートプラズマ変形室20と、Y方向の軸を中心とした円筒状の成膜槽30と、Z方向の軸を中心とした円筒状の陽極室50と、を備えて構成されている。なおこれらの各部10、20、30、50は、プラズマを輸送する通路を介して互いに気密状態を保って連通されている。ここで、プラズマガン10と、シートプラズマ変形室20と、陽極室50とが、シート状プラズマ発生装置を構成する。
【0043】
プラズマガン10は、筒状部材13から構成される減圧可能な放電空間14を有し、このプラズマガン10のZ方向の一端は、この放電空間14を塞ぐようにフランジ11が配置されている。筒状部材13は、例えば、ガラスで構成される。フランジ11には、プラズマ放電誘発用の熱電子を放出する陰極12が配置されている。そして、フランジ11には、この放電により電離される放電ガスとしてのアルゴン(Ar)ガスを、この放電空間14に導くガス導入手段17が設けられている。ガス導入手段17には、マスフローコントローラ16が配設されている。マスフローコントローラ16は、放電空間14への放電ガスの流量を調節する。なお、放電ガスとしては、アルゴン以外の希ガス等の不活性ガスを用いることができる。
【0044】
そして、上記陰極12と、後述する陽極51とが、抵抗体Rを介して主バイアス電圧印加装置Vの負極端子及び正極端子にそれぞれ接続されている。プラズマガン10は、第一中間電極Gと第二中間電極Gとを備えている。第一中間電極Gは、抵抗体Rを介して上記主バイアス電圧印加装置Vの正極端子と接続されている。第二中間電極Gは、抵抗体Rを介して上記主バイアス電圧印加装置Vの正極端子と接続されている。そして、陰極12と陽極51との間でプラズマ放電(グロー放電)を維持するため、直流の主バイアス電圧印加装置Vと適宜の抵抗体R、R、Rとの組合せにより所定のプラス電圧が印加される。このようなプラズマ放電により、プラズマガン10の放電空間14には、荷電粒子(ここではArと電子)の集合体としてのプラズマが形成される。なおここでは、主バイアス電圧印加装置Vに基づく低電圧かつ大電流の直流アーク放電により、陰極12と後述する陽極51との間に高密度のプラズマ放電を可能にする、公知の圧力勾配型のプラズマガン10が採用されている。プラズマガン10は、円柱状のソースプラズマ(以下、「円柱状プラズマ22」という)を発生させる。
【0045】
プラズマガン10のZ方向の他端には、シートプラズマ変形室20が配設されている。プラズマガン10とシートプラズマ変形室20とは、絶縁物15を介して接続されている。シートプラズマ変形室20は、筒状部材19を備えている。筒状部材19の内部は、Z方向の軸を中心とした円柱状の輸送空間21を有する。筒状部材19は、非磁性体で構成されており、例えば、ガラスやステンレスを用いて構成される。筒状部材19のXY平面に平行な断面の形状は、例えば、円形又は四角形であり、本実施形態においては円形に構成されている。筒状部材19の外側には、一対の永久磁石24A,24Bが配設されている。一対の永久磁石24A,24Bは、各永久磁石24A,24BのN極を、筒状部材19をY方向において挟んで対向させるように配設されている。筒状部材19の長さ方向において永久磁石24A,24Bの両側に、第一電磁コイル23と第二電磁コイル28とが配設されている。第一電磁コイル23は、プラズマガン10から筒状部材19へと円柱状プラズマ22を引き出すために用いられる。第一電磁コイル23及び第二電磁コイル28は、後述するシート状プラズマ27の幅方向(X方向)の形状を整えるために用いられる。
【0046】
図1に示すように、プラズマガン10から放出された円柱状プラズマ22は、輸送空間21の永久磁石24A,24Bが配設された位置にまで進むと、永久磁石24A,24Bによって形成された磁界により、シート状に変形される(以下、シート状プラズマ27という)。シート状プラズマ27は、第二電磁コイル28により、その幅方向(X方向)の形状が規制される。形成されたシート状プラズマ27は、後述する陽極51へと導かれる。
【0047】
シートプラズマ変形室20のZ方向の前端は、成膜槽30と連結されている。成膜槽30は、円筒状の導電性のチャンバ40を備えている。チャンバ40の一方の端部は上蓋35により閉鎖されており、チャンバ40の他方の端部は下蓋36により閉鎖されている。チャンバ40は、非磁性の材料、例えば、ステンレスで構成される。チャンバ40には、その高さ方向(Y方向)のほぼ中間に、第一開口部42が設けられている。第一開口部42の内部空間は、形成されたシート状プラズマ27が該開口を通り抜けることができる大きさに形成されている。第一開口部42には、該開口と接合するフランジ29が配設されている。シートプラズマ変形室20と成膜槽30とは、チャンバ40の側壁に形成された第一開口部42及びフランジ29を介して連結されている。
【0048】
チャンバ40は、その内部に成膜空間31を有する。ここで、以下においては、成膜空間31は、その機能上、上下方向(Y方向)において、第一開口部42の内部空間に対応する水平面(XZ平面)に沿った中央空間を境にして、後述するスパッタリングターゲット33Aを格納する囲い部により区画されたターゲット空間31Aと、後述する基材34Aを格納する囲い部により区画された基材空間31Bと、に区分けして説明する。なお、上記中央空間は、成膜槽30においてシートプラズマ27の高密度部分が輸送される空間である。
【0049】
ターゲット空間31Aには、スパッタリングターゲット33Aを保持する導電性のターゲットホルダ33が配設されている。ターゲットホルダ33は、円板状の導電性のホルダ33Bを備えている。該ホルダ33Bには、Y方向に延びる円柱状の導電性の支軸33Cが接続されている。そして、支軸33Cは、前記成膜槽30の上蓋35に設けられた貫通穴(図示せず)に挿通されている。支軸33Cは、絶縁部材33Dを介して上蓋35に取り付けられている。すなわち、支軸33Cは、成膜槽30と短絡しないよう、成膜槽30に対して電気的に絶縁されている。絶縁部材33Dとしては、アルミナセラミック等の絶縁碍子や、ポリテトラフルオロエチレン等の樹脂が用いられる。支軸33Cは、成膜槽30内部の成膜空間31の真空度を保つことができるよう、チャンバ40に対して気密的に配設されている。スパッタリングターゲット33Aの材料としては、単体の金属材料や誘電体等の絶縁物材料その他の材料を用いることができる。この材料は、後述する基材34Aに形成される膜に応じて適宜選択される。以下では、スパッタリングターゲット33Aの材料が絶縁物である場合について説明する。
【0050】
また、基材空間31Bには、基材34Aを保持する導電性の基材ホルダ34が配設されている。基材ホルダ34は、円板状の導電性のホルダ34Bを備えている。該ホルダ34Bには、Y方向に延びる円柱状の導電性の支軸34Cが接続されている。そして、支軸34Cは、前記成膜槽30の下蓋36に設けられた貫通穴(図示せず)に挿通されている。支軸34Cは、絶縁部材34Dを介して下蓋36に取り付けられている。すなわち、支軸34Cは、成膜槽30と短絡しないよう、成膜槽30に対して電気的に絶縁されている。絶縁部材34Dとしては、アルミナセラミック等の絶縁碍子や、ポリテトラフルオロエチレン等の樹脂が用いられる。基材ホルダ34は、形成されたシート状プラズマ27を挟んで前記ターゲットホルダ33と対向するよう(ここでは共に水平に)配設されている。支軸34Cは、成膜槽30内部の成膜空間31の真空度を保つことができるよう、成膜槽30に対して気密的に配設されている。
【0051】
チャンバ40の適所には、該チャンバ40内の成膜空間31を真空引きするための排気口32が設けられている。排気口32は、バルブ37により開閉可能に構成されている。排気口32には、真空ポンプ38が接続されている。真空ポンプ38は、シート状プラズマ27が輸送できるレベルにまで、成膜空間31内を速やかに減圧する。
【0052】
成膜槽30のチャンバ40の後端(Z方向)には第二開口部45が形成されている。第二開口部45には、該開口に接合する第二フランジ47が配設されている。成膜槽30と後述する陽極室50とは、第二開口部45及び第二フランジ47を介して連結されている。
【0053】
陽極室50は、筒状部材53を備えている。筒状部材53は、本実施形態ではガラスで構成される。陽極室50は、上記フランジ47に筒状部材53の一端が接続され、該筒状部材53の他端が陽極51で閉鎖されて形成されている。筒状部材53の周囲には、第三電磁コイル48が配設されている。該第三電磁コイル48は、形成されたシート状プラズマ27の幅方向の形状を整えるために用いられる。筒状部材53と陽極51とは、絶縁物(図示せず)を介して接続されている。陽極51の裏面には、永久磁石52が配設されている。永久磁石52は、そのS極が陽極51と接触するように配設されている。永久磁石52は、シート状プラズマ27のZ方向の末端の形状を整える。
【0054】
また、本実施形態の基材表面処理装置100は、制御装置(図示せず)を備えている。制御装置は、主バイアス電圧印加装置V、真空ポンプ38、後述するバイアス電圧印加装置V、パルス電圧印加装置P等の動作を制御する。
【0055】
なお、本実施形態においては、円筒状プラズマ22及びシート状プラズマ27の形状を整えるための磁場の発生手段として第一電磁コイル23乃至第三電磁コイル48を用いたが、その他の手段を用いることも可能である。例えば、第一電磁コイル23乃至第三電磁コイル48の替わりに、永久磁石や、超伝導体(により発生するマイスナー効果)を用いることもできる。
【0056】
<特徴的構成>
次に、本実施形態の基材表面処理装置100の特徴的構成について説明する。
【0057】
本実施形態では、陽極51が接地されている。このような場合、成膜槽30におけるチャンバ40は通常は接地されないが、本実施形態ではチャンバ40は接地されている。これにより、チャンバ40(成膜槽30)の電位は接地電位とされている。つまり、チャンバ40と陽極51とが同電位となる。この場合、シート状プラズマ27が、チャンバ40の第一開口部42を通過して成膜槽30内に移動するか否かが懸念されるが、本実施形態では、圧力勾配型のプラズマガン10が用いられているので、シート状プラズマ27は、上記第一開口部42を通過して成膜槽30内に移動する。
【0058】
このような構成とすると、基材34Aの周囲のイオンシースと成膜槽30とが干渉することが防止され、その結果、基材34Aと成膜槽30との電位がシート状プラズマ27と同電位となることが防止される。したがって、シート状プラズマ27を安定して維持したまま、基材34Aに対してプラズマイオン注入を行うことができる。
【0059】
ここで、発生されるシート状プラズマ27の中心のプラズマ密度は、1×10cm−3以上1×1012cm−3以下の範囲である。
【0060】
このように、プラズマ密度を1×10cm−3以上とすると、イオンシースが拡がりすぎることが防止される。一方、プラズマ密度を1×1012cm−3以下とすると、プラズマの熱による影響が抑制され、基材34Aの加熱が防止される。
【0061】
基材34A又は基材ホルダ34の外縁と成膜槽30の内壁との距離は、以下のような範囲とする。
【0062】
基材ホルダ34(ホルダ34B)の外縁よりも基材34Aの外縁のほうが張り出している場合には、基材ホルダ34に保持された基材34Aの外縁と成膜槽30の内壁との距離が、アルゴン粒子の平均自由工程100分の1以上10分の1以下の範囲になるように構成する。具体的には、後述する成膜槽30内の圧力に応じて、前記基材34Aの外縁と前記成膜槽30の内壁との距離が、0.7mm以上70mm以下の範囲になるように構成する。
【0063】
一方、基材ホルダ34に保持された基材34Aの外縁よりも基材ホルダ34(ホルダ34B)の外縁のほうが張り出している場合には、基材ホルダ34(ホルダ34B)の外縁と成膜槽30の内壁との距離が、アルゴン粒子の平均自由工程100分の1以上10分の1以下の範囲になるように構成する。具体的には、後述する成膜槽30内の圧力に応じて、前記基材ホルダ34(ホルダ34B)の外縁と前記成膜槽30の内壁との距離が、0.7mm以上70mm以下の範囲になるように構成する。
【0064】
このような構成とすると、前記基材34A又は前記基材ホルダ34(ホルダ34B)の外縁と前記成膜槽30の内壁との間に、中性粒子と電子とが衝突する十分な距離がないため、プラズマが基材ホルダ34の裏側に回りこむことが防止される。これにより、絶縁部材34Dの表面に導電性の膜が形成されず、基材ホルダ34と成膜槽30との導通が防止される。したがって、基材34Aの周囲に形成されるイオンシースが安定するので、基材34Aに対するプラズマイオン注入を適切に行うことができる。
【0065】
ターゲットホルダ33には、バイアス電圧印加装置Vが接続されている。このバイアス電圧印加装置Vにより、ターゲットホルダ33を介してスパッタリングターゲット33Aに、シート状プラズマ27の電位に対する負の直流バイアス電圧が印加される。負の直流バイアス電圧は、マイナス1000V以上マイナス10V以下の範囲である。
【0066】
基材ホルダ34には、パルス電圧印加装置Pが接続されている。このパルス電圧印加装置Pにより、基材ホルダ34を介して基材34Aに負のパルス電圧が印加される。ここで、負のパルス電圧は、電圧値がシート状プラズマ27の電位に対してマイナス10kVであり、パルスの幅が10μsecであり、かつ、パルスの周波数が2500Hzである。なお、負の電圧パルスは、電圧値が、シート状プラズマ27の電位に対しマイナス30kV以上マイナス6kV以下の範囲であり、パルスの幅が0.1μsec以上20μsec以下の範囲であり、かつ、パルスの周波数が500Hz以上5000Hz以下の範囲であることが好ましい。
【0067】
このような構成とすると、基材34Aの周囲に形成されるイオンシースが拡がりすぎることが防止され、基材34Aに対するプラズマイオン注入が適切に行われる。
【0068】
<動作>
本実施形態の基材表面処理装置100は、前述のように制御装置を備えていて、この制御装置により、以下の動作が遂行される。
【0069】
まず、接地電位にされた成膜槽30内を、真空ポンプ38により1×10−6Paのオーダーまで真空引きする。次に、シートプラズマ変形室20内に、プラズマガン10で形成した円柱状プラズマ22を導入する。そして、この円柱状プラズマ22は、一対の永久磁石24A,24Bにより、シート状プラズマ27に形成される。その後、成膜槽30内の圧力は、1×10−2Paのオーダーとされる。ここで、成膜槽30内が1×10−3Pa以上1×10−1Pa以下の圧力である状態において成膜を行うことが好ましい。このように、成膜槽30内の圧力を1×10−3Pa以上にすると、シート状プラズマ27の形成が良好になり、基材34Aに対するスパッタリングを十分に行うことができる。一方、成膜槽30内の圧力を1×10−1Pa以下にすると、プラズマイオン注入に関与しないガスの存在確率が低下し、基材34Aに対するプラズマイオン注入を十分に行うことができる。
【0070】
次に、バイアス電圧印加装置Vがバイアス電圧をスパッタリングターゲット33Aに印加する場合の、基材表面処理装置100の動作について説明する。
【0071】
まず、バイアス電圧印加装置Vが、ターゲットホルダ33を介して、スパッタリングターゲット33Aに、シート状プラズマ27の電位に対する負の直流バイアス電圧を印加する。これにより、シート状プラズマ27を構成するプラズマイオン(本実施形態では、アルゴンイオン)をスパッタリングターゲット33Aに入射させる。これにより、スパッタリングターゲット33Aを構成する物質が弾性衝突により弾き出され、この弾き出された物質が中性のスパッタ粒子となる。なお、スパッタ粒子は、スパッタリングターゲット33Aに入射したアルゴンイオンの運動エネルギーを弾性衝突により引き継ぐ。したがって、スパッタ粒子の運動エネルギーは、シート状プラズマ27を構成するアルゴンイオンの運動エネルギーよりも高くなる。上記スパッタ粒子は、シート状プラズマ27をその厚み方向に通過する際に、スパッタ粒子の一部が正の電荷を持つ陽イオンに変換され、スパッタイオンとなる。この場合、スパッタイオンは、陽イオンに変換されなかった中性のスパッタ粒子とともに、基材34Aに堆積される。一方、シート状プラズマ27中のアルゴンイオン(正電荷)は、絶縁物からなるスパッタリングターゲット33Aに捕捉され、スパッタリングターゲット33Aの表面が正電荷によりチャージアップされる。
【0072】
次に、基材34Aに対して、プラズマイオン注入による表面改質と、スパッタリングによる成膜とを同時に行う場合の、基材表面処理装置100の動作について説明する。
【0073】
この場合、パルス電圧印加装置Pが、基材ホルダ34を介して基材34Aに、図2に示す負のパルス電圧を印加する。ここで、負のパルス電圧がオンのとき、基材34Aの周囲の電子は急速に追い返されるが、アルゴンイオンの質量は電子の質量に比べて大きいので、基材34Aの周囲のアルゴンイオンはその場にとどまる。このようにして、シート状プラズマ27と基材34Aとの間にアルゴンイオンリッチなイオンシースが形成される。そして、シート状プラズマ27と基材34Aとの間の電位差によりアルゴンイオンは加速され、基材34Aに対してプラズマイオン注入による表面改質が行われる。
【0074】
また、プラズマイオン注入の際に基材34Aから発生する二次電子は、基材34Aの周囲に形成されたイオンシースの電場で加速され、シート状プラズマ27を挟んで反対側の位置に配設されたスパッタリングターゲット33Aに入射される。このようにして、プラズマイオン注入の際に基材34Aから発生した二次電子が、正電荷によりチャージアップされた絶縁物からなるスパッタリングターゲット33Aの表面を電気的に中和する。これにより、シート状プラズマ27中のアルゴンイオンがスパッタリングターゲット33Aをスパッタすることが可能になる。したがって、基材34Aに印加する負のパルス電圧がオンの場合には、基材34Aに対して、プラズマイオン注入による表面改質と、スパッタリングによる成膜とを、同時に行うことができる。
【0075】
そして、基材34Aに印加された負のパルス電圧がオフすると(負のパルス電圧の電圧値がシート状プラズマ27の電位Vと等しくなると)、シート状プラズマ27と基材34Aとの間に負の電位差が生じなくなるので、スパッタイオンは加速されず、中性のスパッタ粒子と共に基材34Aに堆積する。すなわち、基材34Aに対して、通常のスパッタリングによる成膜のみが行われる。このようにして、基材34A上に成膜し、かつその膜をプラズマイオン注入により表面改質しながら、当該成膜を行うことができる。
【0076】
なお、スパッタリングターゲット33Aが導電物である場合にも、スパッタリングターゲット33Aにチャージアップが生じない点を除いて、上記と同様である。
【0077】
以上のように、本実施形態の基材表面処理装置100によれば、スパッタリングターゲット33Aと基材34Aの周囲に形成されるイオンシースとがシート状プラズマ27によって仕切られる。これにより、基材34A及びスパッタリングターゲット33Aの面積に依存せず、基材34Aとスパッタリングターゲット33Aとの間隔を任意の間隔とすることができる。したがって、面積の大きな基材34Aに対して、均一に、スパッタリングによる成膜と、プラズマイオン注入による表面改質とを行うことができる。
【0078】
また、基材34Aに対して、スパッタリングによる成膜と、プラズマイオン注入による表面改質とを、同時に行うことができる。
【0079】
さらに、プラズマイオン注入の際に基材34Aから発生する二次電子を用いてスパッタリングターゲット33Aに捕捉されたアルゴンイオンを電気的に中和することができるため、スパッタリングターゲット33Aが絶縁物で構成される場合においても、スパッタリングターゲット33Aのチャージアップが防止され、直流バイアス電源を用いたスパッタリングを行うことが可能になる。
【0080】
[変形例]
上記第1実施形態においては、基材34Aに対して、スパッタリングによる成膜と、プラズマイオン注入による表面改質とを同時に行う場合について説明したが、本発明はこれに限定されるわけではない。
【0081】
すなわち、本変形例の基材表面処理装置においては、まず、バイアス電圧印加装置Vにより、スパッタリングターゲット33Aに、シート状プラズマ27の電位に対する負の直流バイアス電圧を印加する。これにより、基材34Aに対してスパッタリングによる成膜が行われる。次に、スパッタリングターゲット33Aへの直流バイアス電圧の印加を停止し、パルス電圧印加装置Pにより、基材ホルダ34を介して基材34Aに負のパルス電圧を印加する。これにより、シート状プラズマ27中からアルゴンイオンが引き出され、基材34Aに対してプラズマイオン注入による表面改質が行われる。
【0082】
このようにして、基材34Aに対して、スパッタリングによる成膜と、プラズマイオン注入による表面改質とが、交互に行われる。
【0083】
(第2実施形態)
図3は、本発明の第2実施形態に係る基材表面処理装置の概略構成の一例を示す正面図である。図3において、図1と同一又は相当する部分には同一符号を付してその説明を省略する。
【0084】
以下、第1実施形態と同様の構成については説明を省略し、本実施形態の基材表面処理装置200の特徴的構成のみ説明する。
【0085】
本実施形態の基材表面処理装置200は、成膜槽30を構成する上蓋35に反応性ガス導入部(貫通孔)64が設けられている。反応性ガス導入部64には、反応性ガス導入管61が挿入され、その先端部が成膜槽30の内部に導入されている。反応性ガス導入管61は、成膜槽30の上蓋35に対して、気密的に挿入されている。反応性ガス導入管61の途中には、マスフローコントローラ62が配設されている。マスフローコントローラ62は、成膜槽30内への反応性ガスの流量を調節する。また、成膜槽30内に挿入された反応性ガス導入管61の先端には、反応性ガス噴霧部材63が取り付けられている。反応性ガス噴霧部材63は、本実施形態では、多数の孔を有する中空ドーナツ状に形成されている。それ以外の構成については、第1実施形態の基材表面処理装置100と同様である。
【0086】
次に、以上のように構成された基材表面処理装置200の動作を説明する。本実施形態の基材表面処理装置200には以下のような使い方がある。そこで、その使い方に応じて動作を説明する。
【0087】
<表面改質を行った後に成膜を行う場合>
基材34Aの種類によっては、まず基材34Aの表面を表面改質した後に、成膜を行うことが好ましい場合がある。この場合には、本実施形態の基材表面処理装置200は、以下のように動作する。
【0088】
まず、反応性ガス導入管61を介して、反応性ガスを反応性ガス導入部64から成膜槽30内に導入する。そうすると、成膜槽30内が、反応性ガス噴霧部材63から噴霧される反応性ガスで満たされる。ここで、反応性ガスとしては、例えば、窒素、アンモニア、酸化窒素(NO)、酸素、オゾン、水素、炭化水素(C)、一酸化炭素、二酸化炭素、シラン系ガス(SiH等)、及びハロゲン化ガス(BF等)等から選択される少なくとも一種類以上のガスを含むものを用いることができる。この反応性ガスの種類は、基材34Aの材料に基づき、適宜選択される。
【0089】
次に、成膜槽30内が反応性ガスで満たされた状態でシート状プラズマ27を発生させると、シート状プラズマ27中に、放電ガスからなるプラズマイオンと共に、反応性ガスからなるプラズマイオンも含まれるようになる。この状態で、パルス電圧印加装置Pにより、基材ホルダ34を介して基材34Aに負のパルス電圧を印加すると、反応性ガスからなるプラズマイオンが基材34Aの表面にプラズマイオン注入されて、表面改質が行われる。
【0090】
次に、マスフローコントローラ62が、反応性ガスの成膜槽30への供給を停止する。その後、バイアス電圧印加装置Vにより、ターゲットホルダ33を介してスパッタリングターゲット33Aにバイアス電圧を印加する。これにより、プラズマイオン注入によって表面改質された基材34Aの表面に、さらにターゲット材料による膜が形成される。
【0091】
<反応性スパッタリングを行う場合>
次に、本実施形態の基材表面処理装置200を用いて、基材34Aに対して反応性スパッタリングを行う場合について説明する。
【0092】
具体的には、前記反応性ガス導入部64から反応性ガスを導入しながら、バイアス電圧印加装置Vにより、ターゲットホルダ33を介してスパッタリングターゲット33Aにバイアス電圧を印加する。このようにすると、いわゆる反応性スパッタリングにより、基材34Aに対して複数の材料からなる複合膜を形成することができる。例えば、スパッタリングターゲット33Aの材料としてチタンを用い、反応性ガスとして窒素を用いた場合には、反応性スパッタリングによりTiNからなる膜を基材34Aに形成することができる。
【0093】
次に、パルス電圧印加装置Pにより、基材ホルダ34を介して基材34Aに対し、図2に示す負のパルス電圧が印加される。これにより、負のパルス電圧がオンの場合には、基材34Aに対して、プラズマイオン注入による表面改質を行うことができる。
【0094】
したがって、基材34Aに対して、反応性スパッタリングによる成膜と、プラズマイオン注入による表面改質とを同時に行うことができる。
【0095】
<反応性スパッタリングとプラズマ重合とを行う場合>
また、本実施形態の基材表面処理装置200においては、プラズマイオン注入時に発生したエネルギーを利用して、上記反応性ガスを活性化し、プラズマ重合反応を起こさせることが可能である。このように、プラズマ重合反応によって得られた物質(例えば、シラン系ガスと窒素とを反応性ガスとして用いた場合の窒化シリコン)を、基材34Aに対して成膜することができる。すなわち、基材34Aに対して、反応性スパッタリングと、プラズマイオン注入による表面改質とを同時に行うと共に、さらに同時に、プラズマ重合による成膜を行うことも可能になる。
【0096】
なお、本実施形態においては、反応性ガスを、反応性ガス導入管61及び反応性ガス導入部64を介して成膜槽30内に導入したが、第1実施形態の基材表面処理装置100を用い、放電ガス導入管17を介して反応性ガスを導入し、放電ガスと反応性ガスとからなるシート状プラズマ27を発生させてもよい。このようにしても、上記と同様の効果が得られる。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明の基材表面処理装置及び基材表面処理方法は、面積の大きな基材に対して、均一に、スパッタリングによる成膜と、プラズマイオン注入による表面改質とを行うことが可能な基材表面処理装置及び基材表面処理方法として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0098】
【図1】本発明の第1実施形態に係る基材表面処理装置の概略構成の一例を示す正面図である。
【図2】図1の基材表面処理装置の基材ホルダに印加する負のパルス電圧の波形を示す波形図である。
【図3】本発明の第2実施形態に係る基材表面処理装置の概略構成の一例を示す正面図である。
【図4】従来におけるシートプラズマ成膜装置の構成を示す概略図である。
【符号の説明】
【0099】
10 プラズマガン
11 フランジ
12 陰極
13 筒状部材
14 放電空間
15 絶縁体
16 マスフローコントローラ
17 放電ガス導入管
19 筒状部材
20 シートプラズマ変形室
21 輸送空間
22 円柱状プラズマ
23 第一電磁コイル
24A,24B 永久磁石
27 シート状プラズマ
28 第二電磁コイル
29 第一フランジ
30 成膜槽
31 成膜空間
31A ターゲット空間
31B 基材空間
32 排気口
33 ターゲットホルダ
33A スパッタリングターゲット
33B ホルダ
33C 支軸
33D 絶縁部材
34 基材ホルダ
34A 基材
34B ホルダ
34C 支軸
34D 絶縁部材
35 上蓋
36 下蓋
37 バルブ
38 真空ポンプ
40 チャンバ
42 第一開口部
45 第二開口部
47 第二フランジ
48 第三電磁コイル
50 陽極室
51 陽極
52 永久磁石
53 筒状部材
61 反応性ガス導入管
62 マスフローコントローラ
63 反応性ガス噴霧部材
64 反応性ガス導入部(貫通孔)
100,200 基材表面処理装置
第一中間電極
第二中間電極
P パルス電圧印加装置
主バイアス電圧印加装置
バイアス電圧印加装置
シート状プラズマの電位

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部を減圧可能な成膜槽と、
該成膜槽の内部にシート状プラズマを発生させるシート状プラズマ発生装置と、
前記成膜槽の内部において、前記発生されるシート状プラズマの厚み方向における一方の側に配置されたスパッタリングターゲットと、
前記成膜槽の内部において、前記シート状プラズマの厚み方向における他方の側に前記スパッタリングターゲットに対向するよう基材を保持可能なように配置された基材ホルダと、
前記スパッタリングターゲットに、前記シート状プラズマの電位に対して負の直流バイアス電圧を印加するためのバイアス電圧印加装置と、
前記基材ホルダを介して前記基材に、前記シート状プラズマの電位に対して負のパルス電圧を印加するためのパルス電圧印加装置と、を備える、基材表面処理装置。
【請求項2】
前記シート状プラズマ発生装置は前記シート状プラズマが収束する陽極を有し、前記成膜槽と前記陽極とが接地電位にある、請求項1に記載の基材表面処理装置。
【請求項3】
前記スパッタリングターゲットと前記成膜槽とが絶縁部材により電気的に絶縁され、前記基材ホルダと前記成膜槽とが絶縁部材により電気的に絶縁されている、請求項1に記載の基材表面処理装置。
【請求項4】
前記基材又は前記基材ホルダの外縁と前記成膜槽の内壁との距離が、前記シート状プラズマを構成するガス粒子の平均自由工程の100分の1以上10分の1以下の範囲である、請求項1に記載の基材表面処理装置。
【請求項5】
前記基材又は前記基材ホルダの外縁と前記成膜槽の内壁との距離が、0.7mm以上70mm以下の範囲である、請求項1に記載の基材表面処理装置。
【請求項6】
前記成膜槽内が1×10−3Pa以上1×10−1Pa以下の圧力である状態において基材表面処理を行う、請求項1に記載の基材表面処理装置。
【請求項7】
前記発生されるシート状プラズマの中心のプラズマ密度が、1×10cm−3以上1×1012cm−3以下の範囲である、請求項1に記載の基材表面処理装置。
【請求項8】
前記基材に印加する負のパルス電圧の電圧値が、前記シート状プラズマの電位に対しマイナス30kV以上マイナス6kV以下の範囲であり、パルスの幅が0.1μsec以上20μsec以下の範囲であり、かつ、パルスの周波数が500Hz以上5000Hz以下の範囲である、請求項1に記載の基材表面処理装置。
【請求項9】
前記成膜槽が反応性ガス導入部を有する、請求項1に記載の基材表面処理装置。
【請求項10】
成膜槽の内部を減圧し、
シート状プラズマ発生装置により、前記成膜槽の内部にシート状プラズマを発生させ、
前記成膜槽の内部において、前記発生されるシート状プラズマの厚み方向における一方の側にスパッタリングターゲットを配置し、
前記成膜槽の内部において、前記シート状プラズマの厚み方向における他方の側に前記スパッタリングターゲットに対向するよう基材を保持可能なように基材ホルダを配置し、
バイアス電圧印加装置により、前記スパッタリングターゲットに、前記シート状プラズマの電位に対して負の直流バイアス電圧を印加し、
パルス電圧印加装置により、前記基材ホルダを介して前記基材に、前記シート状プラズマの電位に対して負のパルス電圧を印加し、
これにより、前記基材に対して、スパッタリングによる成膜とプラズマイオン注入による表面改質とを前記成膜槽内において同時に又は交互に行う、基材表面処理方法。
【請求項11】
前記シート状プラズマ発生装置は前記シート状プラズマが収束する陽極を有し、前記成膜槽と前記陽極とが接地電位にある、請求項10に記載の基材表面処理方法。
【請求項12】
前記スパッタリングターゲットと前記成膜槽とが絶縁部材により電気的に絶縁され、前記基材ホルダと前記成膜槽とが絶縁部材により電気的に絶縁されている、請求項10に記載の基材表面処理方法。
【請求項13】
前記プラズマイオン注入時において発生した二次電子を前記スパッタリングターゲットに入射させることによりスパッタリングを行う、請求項10に記載の基材表面処理方法。
【請求項14】
前記成膜槽が反応性ガス導入部を有し、
前記反応性ガス導入部から反応性ガスを導入しながら、前記パルス電圧印加装置により前記シート状プラズマの電位に対し負のパルス電圧を前記基材に印加して、反応性ガスのプラズマイオン注入による表面改質を前記基材に対して行い、
その後、前記反応性ガス導入部からの反応性ガスの導入を停止し、前記バイアス印加装置により前記シート状プラズマの電位に対し負の直流バイアス電圧を前記スパッタリングターゲットに印加して、スパッタリングによる成膜を前記基材に対して行う、請求項10に記載の基材表面処理方法。
【請求項15】
前記成膜槽が反応性ガス導入部を有し、
前記反応性ガス導入部から反応性ガスを導入しながら、前記パルス電圧印加装置により前記シート状プラズマの電位に対し負のパルス電圧を前記基材に印加すると共に、前記バイアス印加装置により前記シート状プラズマの電位に対し負の直流バイアス電圧を前記スパッタリングターゲットに印加し、
これにより、前記基材に対して、反応性スパッタリングと、プラズマイオン注入による表面改質と、該プラズマイオン注入により発生したエネルギーを利用したプラズマ重合と、を前記成膜槽内において同時に又は交互に行う、請求項10に記載の基材表面処理方法。
【請求項16】
前記反応性ガスが、窒素、アンモニア、酸化窒素、酸素、オゾン、水素、炭化水素、一酸化炭素、二酸化炭素、シラン系ガス、及びハロゲン化物ガスのうちから選択される少なくとも一種のガスである、請求項14又は請求項15に記載の基材表面処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−277638(P2007−277638A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−105919(P2006−105919)
【出願日】平成18年4月7日(2006.4.7)
【出願人】(000002358)新明和工業株式会社 (919)
【Fターム(参考)】