壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置及び壁画漆喰層剥離方法
【課題】壁画に損傷を与えずに、その漆喰層を壁担体から剥離させる装置及びそれを用いた壁画漆喰層剥離方法を提供する。
【解決手段】(1) 壁担体上に設けられた漆喰層を有する壁画を挟んで対向配置される平行なレール1,1と、(2) レール1,1に沿って移動自在な一対のスライダ2,2と、(3) スライダ2,2に支持され、ダイヤモンドワイヤ4の繰り出し及び巻き取りを行ってワイヤ4を走行させる一対のリール5,5と、(4) リール5,5を駆動させる手段6,6と、(5) レール1,1の壁接触面を通る面とほぼ平行にワイヤ4が走行するようにスライダ2,2に設けられたガイドロールとを有し、上記壁担体と上記漆喰層の界面においてワイヤ4を走行させながら、スライダ2,2をレール1,1に沿って移動させて、ワイヤ4をその走行方向に対してほぼ直角方向に通過させる壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置。
【解決手段】(1) 壁担体上に設けられた漆喰層を有する壁画を挟んで対向配置される平行なレール1,1と、(2) レール1,1に沿って移動自在な一対のスライダ2,2と、(3) スライダ2,2に支持され、ダイヤモンドワイヤ4の繰り出し及び巻き取りを行ってワイヤ4を走行させる一対のリール5,5と、(4) リール5,5を駆動させる手段6,6と、(5) レール1,1の壁接触面を通る面とほぼ平行にワイヤ4が走行するようにスライダ2,2に設けられたガイドロールとを有し、上記壁担体と上記漆喰層の界面においてワイヤ4を走行させながら、スライダ2,2をレール1,1に沿って移動させて、ワイヤ4をその走行方向に対してほぼ直角方向に通過させる壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、古墳壁画等の漆喰層を剥離させるワイヤソー装置及びそれを用いた壁画漆喰層剥離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
古墳壁画等の文化財画作品は美術史上重要である。しかし、例えばキトラ古墳の壁画の現状を挙げると、絵画が描かれた漆喰層(描画層)の多くの部分が石壁(担体)から剥離しており、落下する危険性が高い。そのため傷んだ壁画を早急に修復し、保存を図る必要がある。
【0003】
そこで、壁画の剥離した描画層と担体とを接着する方法が提案されている。例えば、バーミヤーン仏教壁画の修復方法として、消石灰及びセルロースパルプを主成分とする充填材、並びにメチルセルロース、アクリル樹脂及びセルロースパルプを主成分とする充填材を、岩盤と描画層(顔料及び膠着材の混合物)との間隙に埋める方法が提案されている(大竹秀実、谷口陽子、青木繁夫、「バーミヤーン仏教壁画の保存修復(1)―グラウティングによる応急処置―」、保存科学、No.45、pp.17-24(2006)、独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所発行:非特許文献1)。
【0004】
しかし、漆喰層を有する古墳壁画を接着法により修復する場合、(1) 広範囲に剥離した漆喰層の裏側に万遍なく接着剤を塗布するのは困難であり、十分に接着できない、(2) 将来接着剤が漆喰層表面に滲み出して汚れが生じる可能性がある、(3) 剥離した漆喰層と石壁の間隙に、安全に除去するのが困難な岩石片、カビ胞子等が存在し、これらを除去しないまま接着すると、漆喰層に新たな亀裂が生じたり、内部からカビが生じたりする可能性があるといった問題がある。
【0005】
そこで、漆喰層を石壁から取り外して石室の外で保存処理する方法が検討されている。具体的な剥ぎ取り作業は、壁画の損傷を防止するため、漆喰層の表面に合成樹脂を塗布し、レーヨン紙及び和紙を貼る表打ちを行った後、漆喰層の割れ目にヘラを入れて漆喰層を外す手順で行われる[例えば“奈良・キトラ古墳「白虎」前脚はぎ取り成功”、(online)、2005年5月25日、読売新聞、(平成19年3月15日検索)、インターネット<URL:http://osaka.yomiuri.co.jp/inishie/news/is50525a.htm>:非特許文献2]。
【0006】
しかし壁画の漆喰は、厚さが0.5 mm程度の非常に薄い部位を有する。このような薄肉の部位は、損傷を与えずに、ヘラやナイフで剥ぎ取るのは非常に困難である。よって、古墳壁画に損傷を与えずに、その漆喰層を壁担体から剥離させる装置及び方法が求められる。
【0007】
【非特許文献1】大竹秀実、谷口陽子、青木繁夫、「バーミヤーン仏教壁画の保存修復(1)―グラウティングによる応急処置―」、保存科学、No.45、pp.17-24(2006)、独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所発行
【非特許文献2】“奈良・キトラ古墳「白虎」前脚はぎ取り成功”、(online)、2005年5月25日、読売新聞、(平成19年3月15日検索)、インターネット<URL:http://osaka.yomiuri.co.jp/inishie/news/is50525a.htm>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の目的は、壁画に損傷を与えずに、その漆喰層を壁担体から剥離させる装置及びそれを用いた壁画漆喰層剥離方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは、壁画の壁担体と漆喰層の界面において、多数のダイヤモンドビーズが鋼製ワイヤに固定されたダイヤモンドワイヤを走行させながら、その走行方向に対してほぼ直角方向に通過させると、壁画に損傷を与えずに、その漆喰層を壁担体から剥離させることができることを見出し、本発明に想到した。
【0010】
すなわち、本発明の壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置は、(1) 壁担体上に設けられた漆喰層を有する壁画を挟んで対向配置される一対の平行なレールと、(2) 前記両レール上のほぼ対向位置に設けられ、前記レールに沿って移動自在な一対のスライダと、(3) 前記スライダの各々に支持され、多数のダイヤモンドビーズを鋼製ワイヤに固定したダイヤモンドワイヤの繰り出し及び巻き取りを行って前記ダイヤモンドワイヤを走行させる一対のリールと、(4) 前記リールを駆動させる手段と、(5) 前記レールの壁接触面を通る面とほぼ平行に前記ダイヤモンドワイヤが走行するように前記スライダに設けられたガイドロールとを有し、前記壁担体と前記漆喰層の界面において前記ダイヤモンドワイヤを走行させながら、前記一対のスライダを前記レールに沿って移動させて、前記ダイヤモンドワイヤをその走行方向に対してほぼ直角方向に通過させることを特徴とする。
【0011】
かかる装置において、前記ダイヤモンドワイヤの直径は0.1〜0.5 mmであるのが好ましく、前記ダイヤモンドビーズの粒径は10〜200μmであるのが好ましい。
【0012】
本発明の壁画漆喰層剥離方法は、壁画の壁担体上に設けられた漆喰層を前記壁担体から剥離させるものであって、前記壁担体と前記漆喰層の界面において、多数のダイヤモンドビーズが鋼製ワイヤに固定されたダイヤモンドワイヤを走行させながら、その走行方向に対してほぼ直角方向に通過させることを特徴とする。
【0013】
かかる方法において、前記漆喰層を一層安全に剥離させるために、前記ダイヤモンドワイヤの走行速度を20〜100 m/分とするのが好ましい。前記ダイヤモンドワイヤを、その走行方向に対してほぼ直角方向に通過させる速度を5〜50 mm/分とするのが好ましい。前記漆喰層の表面に表打ち材料を貼り付けた状態で、前記漆喰層を前記壁担体から剥離させるのが好ましい。
【0014】
駆動手段を具備する一対のリールを、前記壁画を挟んで対向配置し、前記リール間で前記ダイヤモンドワイヤを走行させながら、その走行方向に対してほぼ直角方向に前記リールを移動させるのが好ましい。前記壁画を挟んで一対の平行なレールを対向配置し、前記両レールのほぼ対向位置に前記レールに沿って移動自在な一対のスライダを設け、前記一対のリールを前記スライダの各々に支持させ、前記一対のスライダを前記レールに沿って移動させることにより、前記ダイヤモンドワイヤをその走行方向に対してほぼ直角方向に移動させるのがより好ましい。前記ダイヤモンドワイヤをガイドするロールを前記スライダに設け、前記一対のレールの壁接触面を通る面とほぼ平行に前記ダイヤモンドワイヤを走行させるのが特に好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置及び壁画漆喰層剥離方法を用いると、壁画に損傷を与えずに、その漆喰層を壁担体から剥離させることができる。かかる装置及び方法は、特に薄肉部を有する古墳壁画の漆喰層を壁担体から剥離させるのに好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
[1] 壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置
図1〜3は、本発明の壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置の一例を示す。この例の装置は、(1) 壁画を挟んで対向配置される一対の平行なレール1,1と、(2) 両レール1,1上のほぼ対向位置に設けられ、レール1,1に沿って移動自在な一対のスライダ2,2と、(3) 支持部材3を介してスライダ2に支持され、ダイヤモンドワイヤ4の繰り出し及び巻き取りを行ってワイヤ4を走行させる一対のリール5,5と、(4) リール5,5を駆動させる手段6,6と、(5) スライダ2に設けられたガイドロール20、21、22及び23とを有する。
【0017】
リール5を駆動させる手段6としてはモータが好ましい。支持部材3,3は部材30により接続されている。そのためリール5,5は、レール1,1に沿って一体的に移動できる。レール1,1は、両端部が部材13,13により接続されて平行が保持されている。
【0018】
レール1の内側面には、その長手方向に延在する一対の対向する溝10,10が設けられている。スライダ2は、レール1の溝10,10により移動自在に挟持された滑り板24を有している。そのためリール5,5は、レール1,1に沿ってスムーズに移動できる。またワイヤソー装置を配置する壁面の角度に関わらず、リール5,5がレール1,1に保持される。そのためワイヤソー装置は、側壁のみならず、天井壁に配置しても、支障なく使用できる。滑り板24の代わりに、溝10,10により転動自在に挟持される車輪を設けてもよい。
【0019】
スライダ2には、リール5側から順に、ガイドロール20,21,22及び23が設けられている。ガイドロール20,22及び23は、レール1,1と平行な軸線を有する。一対のガイドロール21,21は、ガイドロール20及び23の軸線を通る面に対してほぼ垂直な軸線を有する。ガイドロール20,21及び22には、ワイヤ4をガイドする溝が設けられている。最も壁面に近いガイドロール23の下面は、レール1,1の壁接触面11とほぼ同じ高さとなっている。このような四段のガイドロール20,21,22及び23を設けることにより、レール1,1の壁接触面11,11を通る面とほぼ平行にワイヤ4を走行させることができ、また装置の運転中における漆喰層の厚さ方向及びスライダ移動方向のワイヤ4のブレを抑制したり、ワイヤ4に適度な張力を掛けたりすることができる。ワイヤ4に掛ける張力(長さ当りの張力)は、0.5〜10 kgf/mの範囲内が好ましい。
【0020】
ダイヤモンドワイヤ4の構造は特に制限されず、公知のものでよい。ダイヤモンドワイヤ4は、通常多数のダイヤモンドビーズが所定間隔で鋼製ワイヤの外周に固定された構造を有する。ダイヤモンドビーズは、鋼製ワイヤに金属バインダにより電着されていてもよいし、樹脂バインダを介して固着されていてもよい。限定的ではないが、ワイヤ4の直径は0.1〜0.5 mmが好ましい。ダイヤモンドビーズの粒径は10〜200μmが好ましい。ワイヤ4の長さは、特に制限されず、剥離させる漆喰層の面積に応じて適宜設定する。
【0021】
レール1,1の間隔及び長さは、剥離させる漆喰層の面積に応じて適宜設定する。レール1,1は壁面の形状に合わせた形状とすればよい。例えば装置を平らな壁面に配置する場合、図示の例のように、レール1,1は直線状でよい。装置をアーチ型の天井壁に配置する場合、レール1,1は配置部位の曲率に合わせた円弧状のものとすればよい。
【0022】
[2] 剥離方法
以下、本発明の壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置を用いて古墳壁画の漆喰層を剥離させる方法について、図面を用いて詳細に説明する。古墳壁画は、石壁を担体としており、その上に設けられた漆喰製下地に絵画が描かれた描画層(以下単に「描画漆喰層」とよぶことがある)を有する。
【0023】
図4(a)に示すように、石壁300から剥ぎ取る描画漆喰層200に、接着層120を介して表打ち材料8を貼る。接着層120は、予め表打ち材料8の一面に接着剤を塗布し、形成する。表打ち材料8としては、描画漆喰層200を転移させる時に損傷を与えない程度の強度を有し、描画漆喰層200から剥がす時に損傷を与えない程度の柔軟性を有するものが好ましい。表打ち材料8の具体例として、透明プラスチックフィルムの積層体、レーヨン紙及び和紙の積層体等が挙げられる。中でも透明プラスチックフィルムの積層体が好ましい。
【0024】
接着層120を形成する接着剤としては、表打ち材料8を剥がす時に描画層に損傷を与えない程度の接着力を有するものが好ましい。そのような接着剤として、セルロース誘導体、布海苔等が挙げられる。セルロース誘導体としてはハイドロキシプロピルセルロース及びメチルセルロースが好ましい。接着剤として、特開2005-336386号に記載の布海苔抽出物接着剤を使用してもよい。この接着剤は、布海苔を常温の水で抽出することにより得られる。これらの接着剤は、表打ち材料8に塗布する時に、溶媒により希釈した上で用いるのが好ましい。溶媒としては、接着剤を溶解するがフィルム80を溶解しないものが好ましい。そのような溶媒として、水及びエタノールが挙げられる。
【0025】
表打ち材料8は、少なくとも剥ぎ取る描画漆喰層200の範囲をカバーする形状であればよい。図4(b)に示すように、描画漆喰層200に接着した表打ち材料8を、緩衝材70を介して複数の長板状支持具7で押さえる。詳しくは、図5に示すように、ワイヤソー装置を壁面に配置し、描画漆喰層200に接着した表打ち材料8を、緩衝材70を介して、複数の長板状支持具7で押さえる。ワイヤソー装置はボルト等を用いて石壁300に固定すればよい。長板状支持具7はレール1,1に設けられた穴12,12に差し込むことにより固定する。
【0026】
駆動手段6により一方のリール5から繰り出されたワイヤ4は、スライダ2に設けられたガイドロール20,21,22及び23を介して、石壁300と描画漆喰層200の界面に沿って走行し、ガイドロール23,22,21及び20を介して、他方のリール5に巻き取られる。図5及び図6に示すように、石壁300と描画漆喰層200の界面においてダイヤモンドワイヤ4を走行させながら、スライダ2,2をレール1,1に沿って移動させ、ワイヤ4をその走行方向に対してほぼ直角方向に通過させると、描画漆喰層200を石壁300から剥がすことができる。走行するワイヤ4により、描画漆喰層200の石壁300に対する接触面に沿って描画漆喰層200が切削されるものと推測される。
【0027】
限定的ではないが、描画漆喰層200の周囲の無地の漆喰層は、予めヘラ等を用いて除去しておくのが好ましく、これにより石壁300と描画漆喰層200の界面にワイヤ4を通すのが容易となる。この場合、ワイヤソー装置のレール1,1を、露出した石壁300上に配置すればよい。ただし必要に応じて、描画漆喰層200の周囲の無地の漆喰層を残した状態で、無地の漆喰層上にワイヤソー装置のレール1,1を配置してもよい。この場合、石壁300と描画漆喰層200の界面にワイヤ4を通すために、描画漆喰層200の近傍の無地の漆喰層の割れ目等からワイヤ4を挿入する。
【0028】
描画漆喰層200を一層安全に剥離させるために、ワイヤ4の走行速度を20〜100 m/分とするのが好ましく、30〜60m/分とするのがより好ましく、45〜55 m/分とするのが特に好ましい。スライダ2,2の移動速度は、描画漆喰層200の厚さ、傷み具合等に応じて適宜設定する。限定的ではないが、スライダ2,2の移動速度は、5〜50 mm/分が好ましく、6〜30mm/分がより好ましく、10〜20 mm/分がより特に好ましい。スライダ2,2は手動で移動させればよいが、必要に応じてモータ等の駆動手段を設けて電動で移動させてもよい。
【0029】
表打ち材料8が透明プラスチックフィルムの積層体からなる場合、剥ぎ取る描画漆喰層200の状況、作業の進行状況等を視認しながら、剥ぎ取り作業を行うことができるという利点がある。そのため透明プラスチックフィルムの積層体からなる表打ち材料8を用いると、不透明な紙からなる表打ち材料を用いる場合に比べて、剥ぎ取り作業が非常に容易となる。
【0030】
図4(c)及び(d)に示すように、描画漆喰層200を転移させた表打ち材料8が落ちないように、長板状支持具7を順次除きながら、表打ち材料8の表面に、一面に接着層130を設けた支持板400を貼る。接着層130に用いる接着剤も上記と同じでよい。支持板400は、剛性が高く、軽量であるのが好ましい。具体的には、支持板400は、ポリプロピレン、ポリカーボネート等のプラスチックのダンボール構造体からなるのが好ましい。必要に応じて、支持板400を複数重ねてもよい。
【0031】
図4(e)に示すように、描画漆喰層200、表打ち材料8及び支持板400の一体物を、石壁300から離隔し、水平に安置する。必要に応じて、描画漆喰層200の裏面(石壁300に接していた面)から、クリーニング等の修復処理を施してもよい。描画漆喰層200のクリーニング方法として、例えばレーザー光を照射する方法、過酸化水素水で酸化還元する方法等を用いることができる。
【0032】
図4(f)に示すように、描画漆喰層200の裏面に、接着層140を介して、紙により裏打ち層500を設ける。紙としてはレーヨン紙及び和紙が好ましい。接着層140に用いる接着剤も上記と同じでよい。描画漆喰層200に損傷を与えないように、表打ち材料8から支持板400を除々に剥した後、表打ち材料8を剥がす。表打ち材料8が透明プラスチックフィルムの積層体からなる場合、図4(g)に示すように、最外側のフィルム80から一枚ずつ順に剥がし、表打ち材料8を除く。柔軟なフィルム80を一枚ずつ剥がすことにより、描画漆喰層200に掛かる負荷を小さくできるので、描画漆喰層200に損傷を与えずに表打ち材料8を除去することができる。限定的ではないが、フィルム80を剥がす速度は0.5〜10 mm/秒が好ましく、1〜6mm/秒がより好ましい。特に描画漆喰層200に直接接着したフィルム80を剥がす速度は0.5〜3mm/秒が好ましく、1〜3mm/秒がより好ましい。フィルム80は、一端から一方向に剥がしても良いし、両端から剥がしても良い。必要に応じて、接着剤を溶解するがフィルム80を溶解しない溶媒を、フィルム80同士の間やフィルム80と描画漆喰層200との間に注入し、接着層81及び120を溶解させながらフィルム80を剥がしても良く、これにより描画漆喰層200に掛かる負荷を一層小さくできる。特に描画漆喰層200に直接接着したフィルム80は、接着層120を溶媒に溶解させながら剥がすのが好ましい。そのような溶媒として、水及びエタノールが挙げられる。
【0033】
表打ち材料8を除いた状態(図4(h)参照)とした後、描画漆喰層200の表側からクリーニング等の修復処理を施すのが好ましい。クリーニング方法は上記と同じでよい。修復処理後の描画漆喰層200は、石壁300から分離した状態で保管室等で保存するか、石室の元の位置に貼り直した状態で保存するか、石壁300を解体した石材に貼り直して保管室等で保存する。
【0034】
[3] 表打ち材料
上記のように、表打ち材料は透明プラスチックフィルムの積層体からなるのが好ましい。以下透明プラスチックフィルムの積層体からなる表打ち材料について詳細に説明する。図7は表打ち材料の一例を示す。表打ち材料8は、担体から転移させた描画層200に損傷を与えないように剥がす必要があるので、柔軟性を有する透明プラスチックフィルム80の積層体により構成されており、描画層200から剥がす時に最外側のフィルム80から一枚ずつ剥がす。図示の例では、表打ち材料8は、接着層81を介して積層された六枚の透明プラスチックフィルム80からなる。フィルム80は、その引き剥がしの開始が容易となるように、表打ち材料8の一方の端部が階段状となるように積層されている。
【0035】
(1) 透明プラスチックフィルム
透明プラスチックフィルム80は無色透明であるのが好ましい。フィルム80を構成する透明樹脂は特に制限されず、例えばポリエステル、ポリスチレン、ポリオレフィン、ポリウレタン、ポリアクリルウレタン、セルローストリアセテート、ポリビニルアルコール、ポリカーボネート、アイオノマー樹脂、ポリ塩化ビニル等が挙げられる。中でもポリエステル、ポリスチレン、ポリオレフィン及びポリウレタンが好ましい。
【0036】
ポリエステルフィルムは脂肪族系ポリエステル及び芳香族系ポリエステルの一方又は両方のいずれからなるものであってもよい。脂肪族系ポリエステルは、脂肪族ジオール及び脂肪族ジカルボン酸を主成分とする。脂肪族ジオール及び脂肪族ジカルボン酸の炭素数は2〜6が好ましい。脂肪族系ポリエステルの具体例として、ポリブチレンサクシネートが挙げられる。ポリブチレンサクシネートフィルムの市販品として、例えば「ビオノーレ」(昭和高分子株式会社製)が挙げられる。芳香族系ポリエステルは、脂肪族ジオール及び芳香族ジカルボン酸を主成分とする。脂肪族ジオールの炭素数は2〜6が好ましい。芳香族ジカルボン酸として、例えばテレフタル酸が挙げられる。芳香族系ポリエステルとしては、ポリエチレンテレフタレート及びポリブチレンテレフタレートが好ましい。ポリエチレンテレフタレートフィルムの市販品として、例えば「メリネックス」(帝人デュポンフィルム株式会社)が挙げられる。
【0037】
ポリスチレンフィルムは、スチレン単独重合体、スチレン−ブタジエン共重合体、スチレン−アクリロニトリル共重合体及びこれらの混合物のいずれからなるものであってもよい。好ましくは、スチレン単独重合体又はこれとスチレン−ブタジエン共重合体の混合物である。ポリスチレンフィルムの市販品として、例えば「プラバン」(アクリサンデー株式会社)が挙げられる。
【0038】
ポリオレフィンフィルムはポリエチレン及びポリプロピレンの一方又は両方のいずれからなるものであってもよい。ポリエチレン及びポリプロピレンは、単独重合体及び他のオレフィンとの共重合体のいずれでも良い。ポリエチレンが含んでも良い他のオレフィンとして、プロピレン、ブテン-1、ペンテン-1、ヘキセン-1、4-メチルペンテン-1、オクテン-1、酢酸ビニル、メタクリル酸メチル、スチレン等のα−オレフィン、ブタジエン、1,5-ヘキサジエン、1,7-オクタジエン、1,9-デカジエン等のジオレフィン等が挙げられる。ポリプロピレンが含んでも良い他のオレフィンとして、プロピレンを除く上記α−オレフィン及びジオレフィン、並びにエチレンが挙げられる。
【0039】
ポリウレタンフィルムは公知のポリウレタンからなるもので良い。ポリウレタンとして、例えばジイソシアネート、ポリオール及び低分子ジオールを主成分として反応させたものが挙げられる。ジイソシアネートは脂肪族系及び芳香族系のいずれでもよい。ポリオールとしては、ポリエーテルポリオール及びポリエステルポリオールが好ましい。低分子ジオールは脂肪族系及び芳香族系のいずれでもよい。ポリウレタンフィルムの市販品として、例えば「ユニグランドXN」(日本ユニポリマー株式会社)が挙げられる。
【0040】
透明プラスチックフィルム80は、透明性を損なわない限り、上記透明樹脂以外に熱可塑性エラストマー及び/又はゴムを含んでもよい。熱可塑性エラストマーは、オレフィン系、スチレン系、ウレタン系、ポリエステル系、ポリアミド系及び塩ビ系のいずれでもよい。オレフィン系エラストマーとして、例えばエチレン-プロピレン共重合体、エチレン-プロピレン-非共役ジエン共重合体等が挙げられる。ゴムとしては、ジエン系ゴム(例えばイソプレンゴム等)及び非ジエン系ゴム(例えばブチルゴム等)のいずれでもよい。
【0041】
透明プラスチックフィルム80は、必要に応じて、可塑剤、酸化肪止剤や紫外線吸収剤等の安定剤、帯電防止剤、界面活性剤、流動性の改善のための潤滑剤、無機充填剤等の添加剤を適宜含有しても良い。
【0042】
(2) 透明プラスチックフィルムの厚さ
フィルム80の柔軟性は、主として厚さを選択することにより調整する。フィルム80一枚当たりの厚さは、描画層の種類、傷み具合、フィルム80を構成する樹脂等に応じて適宜設定する。限定的ではないが、フィルム80一枚当たりの厚さは5〜500μmが好ましく、10〜400μmがより好ましい。特に古墳壁画の漆喰層や、板絵の漆層又は膠層を転移させる場合、フィルム80一枚当たりの厚さは10〜500μmが好ましく、50〜400μmがより好ましい。書画の本紙を転移させる場合、フィルム80一枚当たりの厚さは5〜300μmが好ましく、10〜250μmがより好ましい。
【0043】
(3) 透明プラスチックフィルムの柔軟性
フィルム80は、作業環境(約0℃〜約40℃)において十分な柔軟性を有する必要がある。具体的には、フィルム80は、半径1mm程度の小さな曲率で湾曲させた場合でも折れが生じないのが好ましい。折れが生じると、文化財画作品を傷つける恐れがある。フィルム80はまた、二つ折りにした場合でも破断しない程度の強度を有するのが好ましい。
【0044】
(4) 表打ち材料の厚さ
表打ち材料8の厚さ(フィルム80の合計厚)は、描画層を担体から転移させる時に描画層に損傷を与えない程度の強度であればよく、描画層の種類、傷み具合等に応じて適宜設定する。限定的ではないが、古墳壁画の漆喰層や、板絵の漆層を転移させる場合、表打ち材料8の厚さは100〜3,000μmが好ましく、200〜2,400μmがより好ましい。限定的ではないが、書画の本紙を転移させる場合、表打ち材料8の厚さは10〜1,800μmが好ましく、20〜1,600μmがより好ましい。
【0045】
(5) 層構成
フィルム80の材料及び厚さの組合せは特に制限されず、用途に応じて適宜設定する。例えば、古墳壁画の漆喰層を転移させるのに用いる場合、限定的ではないが、0.2 mm厚のポリエステルフィルム二層+0.3mm厚のポリスチレンフィルム四層からなる構成が挙げられる。書画の本紙を転移させるのに用いる場合、限定的ではないが、本紙側から、0.2 mm厚のポリウレタンフィルム三層+0.2 mm厚のポリエステルフィルム二層+0.2 mm厚のポリスチレンフィルム二層からなる構成が挙げられる。表打ち材料1の層数は、表打ち材料8の厚さ(フィルム80の合計厚)及びフィルム80一枚当たりの厚さの設定に応じて決まる。
【0046】
(6) 接着剤
接着層81を形成する接着剤としては、フィルム80を剥がす時に描画層に損傷を与えない程度の接着力を有するものが好ましい。そのような接着剤として、セルロース誘導体、布海苔等が挙げられる。セルロース誘導体としてはハイドロキシプロピルセルロース及びメチルセルロースが好ましい。これらの接着剤は、フィルム80に塗布する時に、接着剤を溶解するがフィルム80を溶解しない溶媒により希釈した上で用いるのが好ましい。そのような溶媒として、水及びエタノールが挙げられる。
【0047】
以上の通り、図面を参照して本発明の壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置及び壁画漆喰層剥離方法を説明したが、本発明はそれに限定されず、その趣旨を変更しない限り種々の変更を加えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明の漆喰層剥離用ワイヤソー装置の一例を示す平面図である。
【図2】図1のワイヤソー装置の斜視図である。
【図3】図1のワイヤソー装置の部分拡大斜視図である。
【図4(a)】表打ち材料を漆喰層に貼り付けた状態を示す断面図である。
【図4(b)】漆喰層を石壁から剥離させる様子を示す断面図である。
【図4(c)】漆喰層を転移させた表打ち材料に支持板を貼る様子を示す断面図である。
【図4(d)】漆喰層を転移させた表打ち材料に支持板を貼り付けた状態を示す断面図である。
【図4(e)】漆喰層、表打ち材料及び支持板の一体物を、石壁から離隔した状態を示す断面図である。
【図4(f)】漆喰層に裏打ち層を設けた状態を示す断面図である。
【図4(g)】漆喰層から表打ち材料を剥離する様子を示す断面図である。
【図4(h)】漆喰層から表打ち材料を除去した状態を示す断面図である。
【図5】図1のワイヤソー装置により漆喰層を石壁から剥離させる様子を示す斜視図である。
【図6】図1のワイヤソー装置により漆喰層を石壁から剥離させる様子を示す平面図である。
【図7】表打ち材料の一例を示す断面図である。
【符号の説明】
【0049】
1・・・レール
10・・・溝
11・・・壁接触面
12・・・穴
13・・・接続部材
2・・・スライダ
20,21,22,23・・・ロール
24・・・滑り板
3・・・支持部材
4・・・ダイヤモンドワイヤ
30・・・接続部材
5・・・リール
6・・・駆動手段
7・・・長板状支持具
70・・・緩衝材
8・・・表打ち材料
80・・・透明プラスチックフィルム
81・・・接着層
200・・・漆喰層
300・・・石壁
400・・・支持板
500・・・裏打ち層
120,130,140・・・接着層
【技術分野】
【0001】
本発明は、古墳壁画等の漆喰層を剥離させるワイヤソー装置及びそれを用いた壁画漆喰層剥離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
古墳壁画等の文化財画作品は美術史上重要である。しかし、例えばキトラ古墳の壁画の現状を挙げると、絵画が描かれた漆喰層(描画層)の多くの部分が石壁(担体)から剥離しており、落下する危険性が高い。そのため傷んだ壁画を早急に修復し、保存を図る必要がある。
【0003】
そこで、壁画の剥離した描画層と担体とを接着する方法が提案されている。例えば、バーミヤーン仏教壁画の修復方法として、消石灰及びセルロースパルプを主成分とする充填材、並びにメチルセルロース、アクリル樹脂及びセルロースパルプを主成分とする充填材を、岩盤と描画層(顔料及び膠着材の混合物)との間隙に埋める方法が提案されている(大竹秀実、谷口陽子、青木繁夫、「バーミヤーン仏教壁画の保存修復(1)―グラウティングによる応急処置―」、保存科学、No.45、pp.17-24(2006)、独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所発行:非特許文献1)。
【0004】
しかし、漆喰層を有する古墳壁画を接着法により修復する場合、(1) 広範囲に剥離した漆喰層の裏側に万遍なく接着剤を塗布するのは困難であり、十分に接着できない、(2) 将来接着剤が漆喰層表面に滲み出して汚れが生じる可能性がある、(3) 剥離した漆喰層と石壁の間隙に、安全に除去するのが困難な岩石片、カビ胞子等が存在し、これらを除去しないまま接着すると、漆喰層に新たな亀裂が生じたり、内部からカビが生じたりする可能性があるといった問題がある。
【0005】
そこで、漆喰層を石壁から取り外して石室の外で保存処理する方法が検討されている。具体的な剥ぎ取り作業は、壁画の損傷を防止するため、漆喰層の表面に合成樹脂を塗布し、レーヨン紙及び和紙を貼る表打ちを行った後、漆喰層の割れ目にヘラを入れて漆喰層を外す手順で行われる[例えば“奈良・キトラ古墳「白虎」前脚はぎ取り成功”、(online)、2005年5月25日、読売新聞、(平成19年3月15日検索)、インターネット<URL:http://osaka.yomiuri.co.jp/inishie/news/is50525a.htm>:非特許文献2]。
【0006】
しかし壁画の漆喰は、厚さが0.5 mm程度の非常に薄い部位を有する。このような薄肉の部位は、損傷を与えずに、ヘラやナイフで剥ぎ取るのは非常に困難である。よって、古墳壁画に損傷を与えずに、その漆喰層を壁担体から剥離させる装置及び方法が求められる。
【0007】
【非特許文献1】大竹秀実、谷口陽子、青木繁夫、「バーミヤーン仏教壁画の保存修復(1)―グラウティングによる応急処置―」、保存科学、No.45、pp.17-24(2006)、独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所発行
【非特許文献2】“奈良・キトラ古墳「白虎」前脚はぎ取り成功”、(online)、2005年5月25日、読売新聞、(平成19年3月15日検索)、インターネット<URL:http://osaka.yomiuri.co.jp/inishie/news/is50525a.htm>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の目的は、壁画に損傷を与えずに、その漆喰層を壁担体から剥離させる装置及びそれを用いた壁画漆喰層剥離方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは、壁画の壁担体と漆喰層の界面において、多数のダイヤモンドビーズが鋼製ワイヤに固定されたダイヤモンドワイヤを走行させながら、その走行方向に対してほぼ直角方向に通過させると、壁画に損傷を与えずに、その漆喰層を壁担体から剥離させることができることを見出し、本発明に想到した。
【0010】
すなわち、本発明の壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置は、(1) 壁担体上に設けられた漆喰層を有する壁画を挟んで対向配置される一対の平行なレールと、(2) 前記両レール上のほぼ対向位置に設けられ、前記レールに沿って移動自在な一対のスライダと、(3) 前記スライダの各々に支持され、多数のダイヤモンドビーズを鋼製ワイヤに固定したダイヤモンドワイヤの繰り出し及び巻き取りを行って前記ダイヤモンドワイヤを走行させる一対のリールと、(4) 前記リールを駆動させる手段と、(5) 前記レールの壁接触面を通る面とほぼ平行に前記ダイヤモンドワイヤが走行するように前記スライダに設けられたガイドロールとを有し、前記壁担体と前記漆喰層の界面において前記ダイヤモンドワイヤを走行させながら、前記一対のスライダを前記レールに沿って移動させて、前記ダイヤモンドワイヤをその走行方向に対してほぼ直角方向に通過させることを特徴とする。
【0011】
かかる装置において、前記ダイヤモンドワイヤの直径は0.1〜0.5 mmであるのが好ましく、前記ダイヤモンドビーズの粒径は10〜200μmであるのが好ましい。
【0012】
本発明の壁画漆喰層剥離方法は、壁画の壁担体上に設けられた漆喰層を前記壁担体から剥離させるものであって、前記壁担体と前記漆喰層の界面において、多数のダイヤモンドビーズが鋼製ワイヤに固定されたダイヤモンドワイヤを走行させながら、その走行方向に対してほぼ直角方向に通過させることを特徴とする。
【0013】
かかる方法において、前記漆喰層を一層安全に剥離させるために、前記ダイヤモンドワイヤの走行速度を20〜100 m/分とするのが好ましい。前記ダイヤモンドワイヤを、その走行方向に対してほぼ直角方向に通過させる速度を5〜50 mm/分とするのが好ましい。前記漆喰層の表面に表打ち材料を貼り付けた状態で、前記漆喰層を前記壁担体から剥離させるのが好ましい。
【0014】
駆動手段を具備する一対のリールを、前記壁画を挟んで対向配置し、前記リール間で前記ダイヤモンドワイヤを走行させながら、その走行方向に対してほぼ直角方向に前記リールを移動させるのが好ましい。前記壁画を挟んで一対の平行なレールを対向配置し、前記両レールのほぼ対向位置に前記レールに沿って移動自在な一対のスライダを設け、前記一対のリールを前記スライダの各々に支持させ、前記一対のスライダを前記レールに沿って移動させることにより、前記ダイヤモンドワイヤをその走行方向に対してほぼ直角方向に移動させるのがより好ましい。前記ダイヤモンドワイヤをガイドするロールを前記スライダに設け、前記一対のレールの壁接触面を通る面とほぼ平行に前記ダイヤモンドワイヤを走行させるのが特に好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置及び壁画漆喰層剥離方法を用いると、壁画に損傷を与えずに、その漆喰層を壁担体から剥離させることができる。かかる装置及び方法は、特に薄肉部を有する古墳壁画の漆喰層を壁担体から剥離させるのに好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
[1] 壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置
図1〜3は、本発明の壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置の一例を示す。この例の装置は、(1) 壁画を挟んで対向配置される一対の平行なレール1,1と、(2) 両レール1,1上のほぼ対向位置に設けられ、レール1,1に沿って移動自在な一対のスライダ2,2と、(3) 支持部材3を介してスライダ2に支持され、ダイヤモンドワイヤ4の繰り出し及び巻き取りを行ってワイヤ4を走行させる一対のリール5,5と、(4) リール5,5を駆動させる手段6,6と、(5) スライダ2に設けられたガイドロール20、21、22及び23とを有する。
【0017】
リール5を駆動させる手段6としてはモータが好ましい。支持部材3,3は部材30により接続されている。そのためリール5,5は、レール1,1に沿って一体的に移動できる。レール1,1は、両端部が部材13,13により接続されて平行が保持されている。
【0018】
レール1の内側面には、その長手方向に延在する一対の対向する溝10,10が設けられている。スライダ2は、レール1の溝10,10により移動自在に挟持された滑り板24を有している。そのためリール5,5は、レール1,1に沿ってスムーズに移動できる。またワイヤソー装置を配置する壁面の角度に関わらず、リール5,5がレール1,1に保持される。そのためワイヤソー装置は、側壁のみならず、天井壁に配置しても、支障なく使用できる。滑り板24の代わりに、溝10,10により転動自在に挟持される車輪を設けてもよい。
【0019】
スライダ2には、リール5側から順に、ガイドロール20,21,22及び23が設けられている。ガイドロール20,22及び23は、レール1,1と平行な軸線を有する。一対のガイドロール21,21は、ガイドロール20及び23の軸線を通る面に対してほぼ垂直な軸線を有する。ガイドロール20,21及び22には、ワイヤ4をガイドする溝が設けられている。最も壁面に近いガイドロール23の下面は、レール1,1の壁接触面11とほぼ同じ高さとなっている。このような四段のガイドロール20,21,22及び23を設けることにより、レール1,1の壁接触面11,11を通る面とほぼ平行にワイヤ4を走行させることができ、また装置の運転中における漆喰層の厚さ方向及びスライダ移動方向のワイヤ4のブレを抑制したり、ワイヤ4に適度な張力を掛けたりすることができる。ワイヤ4に掛ける張力(長さ当りの張力)は、0.5〜10 kgf/mの範囲内が好ましい。
【0020】
ダイヤモンドワイヤ4の構造は特に制限されず、公知のものでよい。ダイヤモンドワイヤ4は、通常多数のダイヤモンドビーズが所定間隔で鋼製ワイヤの外周に固定された構造を有する。ダイヤモンドビーズは、鋼製ワイヤに金属バインダにより電着されていてもよいし、樹脂バインダを介して固着されていてもよい。限定的ではないが、ワイヤ4の直径は0.1〜0.5 mmが好ましい。ダイヤモンドビーズの粒径は10〜200μmが好ましい。ワイヤ4の長さは、特に制限されず、剥離させる漆喰層の面積に応じて適宜設定する。
【0021】
レール1,1の間隔及び長さは、剥離させる漆喰層の面積に応じて適宜設定する。レール1,1は壁面の形状に合わせた形状とすればよい。例えば装置を平らな壁面に配置する場合、図示の例のように、レール1,1は直線状でよい。装置をアーチ型の天井壁に配置する場合、レール1,1は配置部位の曲率に合わせた円弧状のものとすればよい。
【0022】
[2] 剥離方法
以下、本発明の壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置を用いて古墳壁画の漆喰層を剥離させる方法について、図面を用いて詳細に説明する。古墳壁画は、石壁を担体としており、その上に設けられた漆喰製下地に絵画が描かれた描画層(以下単に「描画漆喰層」とよぶことがある)を有する。
【0023】
図4(a)に示すように、石壁300から剥ぎ取る描画漆喰層200に、接着層120を介して表打ち材料8を貼る。接着層120は、予め表打ち材料8の一面に接着剤を塗布し、形成する。表打ち材料8としては、描画漆喰層200を転移させる時に損傷を与えない程度の強度を有し、描画漆喰層200から剥がす時に損傷を与えない程度の柔軟性を有するものが好ましい。表打ち材料8の具体例として、透明プラスチックフィルムの積層体、レーヨン紙及び和紙の積層体等が挙げられる。中でも透明プラスチックフィルムの積層体が好ましい。
【0024】
接着層120を形成する接着剤としては、表打ち材料8を剥がす時に描画層に損傷を与えない程度の接着力を有するものが好ましい。そのような接着剤として、セルロース誘導体、布海苔等が挙げられる。セルロース誘導体としてはハイドロキシプロピルセルロース及びメチルセルロースが好ましい。接着剤として、特開2005-336386号に記載の布海苔抽出物接着剤を使用してもよい。この接着剤は、布海苔を常温の水で抽出することにより得られる。これらの接着剤は、表打ち材料8に塗布する時に、溶媒により希釈した上で用いるのが好ましい。溶媒としては、接着剤を溶解するがフィルム80を溶解しないものが好ましい。そのような溶媒として、水及びエタノールが挙げられる。
【0025】
表打ち材料8は、少なくとも剥ぎ取る描画漆喰層200の範囲をカバーする形状であればよい。図4(b)に示すように、描画漆喰層200に接着した表打ち材料8を、緩衝材70を介して複数の長板状支持具7で押さえる。詳しくは、図5に示すように、ワイヤソー装置を壁面に配置し、描画漆喰層200に接着した表打ち材料8を、緩衝材70を介して、複数の長板状支持具7で押さえる。ワイヤソー装置はボルト等を用いて石壁300に固定すればよい。長板状支持具7はレール1,1に設けられた穴12,12に差し込むことにより固定する。
【0026】
駆動手段6により一方のリール5から繰り出されたワイヤ4は、スライダ2に設けられたガイドロール20,21,22及び23を介して、石壁300と描画漆喰層200の界面に沿って走行し、ガイドロール23,22,21及び20を介して、他方のリール5に巻き取られる。図5及び図6に示すように、石壁300と描画漆喰層200の界面においてダイヤモンドワイヤ4を走行させながら、スライダ2,2をレール1,1に沿って移動させ、ワイヤ4をその走行方向に対してほぼ直角方向に通過させると、描画漆喰層200を石壁300から剥がすことができる。走行するワイヤ4により、描画漆喰層200の石壁300に対する接触面に沿って描画漆喰層200が切削されるものと推測される。
【0027】
限定的ではないが、描画漆喰層200の周囲の無地の漆喰層は、予めヘラ等を用いて除去しておくのが好ましく、これにより石壁300と描画漆喰層200の界面にワイヤ4を通すのが容易となる。この場合、ワイヤソー装置のレール1,1を、露出した石壁300上に配置すればよい。ただし必要に応じて、描画漆喰層200の周囲の無地の漆喰層を残した状態で、無地の漆喰層上にワイヤソー装置のレール1,1を配置してもよい。この場合、石壁300と描画漆喰層200の界面にワイヤ4を通すために、描画漆喰層200の近傍の無地の漆喰層の割れ目等からワイヤ4を挿入する。
【0028】
描画漆喰層200を一層安全に剥離させるために、ワイヤ4の走行速度を20〜100 m/分とするのが好ましく、30〜60m/分とするのがより好ましく、45〜55 m/分とするのが特に好ましい。スライダ2,2の移動速度は、描画漆喰層200の厚さ、傷み具合等に応じて適宜設定する。限定的ではないが、スライダ2,2の移動速度は、5〜50 mm/分が好ましく、6〜30mm/分がより好ましく、10〜20 mm/分がより特に好ましい。スライダ2,2は手動で移動させればよいが、必要に応じてモータ等の駆動手段を設けて電動で移動させてもよい。
【0029】
表打ち材料8が透明プラスチックフィルムの積層体からなる場合、剥ぎ取る描画漆喰層200の状況、作業の進行状況等を視認しながら、剥ぎ取り作業を行うことができるという利点がある。そのため透明プラスチックフィルムの積層体からなる表打ち材料8を用いると、不透明な紙からなる表打ち材料を用いる場合に比べて、剥ぎ取り作業が非常に容易となる。
【0030】
図4(c)及び(d)に示すように、描画漆喰層200を転移させた表打ち材料8が落ちないように、長板状支持具7を順次除きながら、表打ち材料8の表面に、一面に接着層130を設けた支持板400を貼る。接着層130に用いる接着剤も上記と同じでよい。支持板400は、剛性が高く、軽量であるのが好ましい。具体的には、支持板400は、ポリプロピレン、ポリカーボネート等のプラスチックのダンボール構造体からなるのが好ましい。必要に応じて、支持板400を複数重ねてもよい。
【0031】
図4(e)に示すように、描画漆喰層200、表打ち材料8及び支持板400の一体物を、石壁300から離隔し、水平に安置する。必要に応じて、描画漆喰層200の裏面(石壁300に接していた面)から、クリーニング等の修復処理を施してもよい。描画漆喰層200のクリーニング方法として、例えばレーザー光を照射する方法、過酸化水素水で酸化還元する方法等を用いることができる。
【0032】
図4(f)に示すように、描画漆喰層200の裏面に、接着層140を介して、紙により裏打ち層500を設ける。紙としてはレーヨン紙及び和紙が好ましい。接着層140に用いる接着剤も上記と同じでよい。描画漆喰層200に損傷を与えないように、表打ち材料8から支持板400を除々に剥した後、表打ち材料8を剥がす。表打ち材料8が透明プラスチックフィルムの積層体からなる場合、図4(g)に示すように、最外側のフィルム80から一枚ずつ順に剥がし、表打ち材料8を除く。柔軟なフィルム80を一枚ずつ剥がすことにより、描画漆喰層200に掛かる負荷を小さくできるので、描画漆喰層200に損傷を与えずに表打ち材料8を除去することができる。限定的ではないが、フィルム80を剥がす速度は0.5〜10 mm/秒が好ましく、1〜6mm/秒がより好ましい。特に描画漆喰層200に直接接着したフィルム80を剥がす速度は0.5〜3mm/秒が好ましく、1〜3mm/秒がより好ましい。フィルム80は、一端から一方向に剥がしても良いし、両端から剥がしても良い。必要に応じて、接着剤を溶解するがフィルム80を溶解しない溶媒を、フィルム80同士の間やフィルム80と描画漆喰層200との間に注入し、接着層81及び120を溶解させながらフィルム80を剥がしても良く、これにより描画漆喰層200に掛かる負荷を一層小さくできる。特に描画漆喰層200に直接接着したフィルム80は、接着層120を溶媒に溶解させながら剥がすのが好ましい。そのような溶媒として、水及びエタノールが挙げられる。
【0033】
表打ち材料8を除いた状態(図4(h)参照)とした後、描画漆喰層200の表側からクリーニング等の修復処理を施すのが好ましい。クリーニング方法は上記と同じでよい。修復処理後の描画漆喰層200は、石壁300から分離した状態で保管室等で保存するか、石室の元の位置に貼り直した状態で保存するか、石壁300を解体した石材に貼り直して保管室等で保存する。
【0034】
[3] 表打ち材料
上記のように、表打ち材料は透明プラスチックフィルムの積層体からなるのが好ましい。以下透明プラスチックフィルムの積層体からなる表打ち材料について詳細に説明する。図7は表打ち材料の一例を示す。表打ち材料8は、担体から転移させた描画層200に損傷を与えないように剥がす必要があるので、柔軟性を有する透明プラスチックフィルム80の積層体により構成されており、描画層200から剥がす時に最外側のフィルム80から一枚ずつ剥がす。図示の例では、表打ち材料8は、接着層81を介して積層された六枚の透明プラスチックフィルム80からなる。フィルム80は、その引き剥がしの開始が容易となるように、表打ち材料8の一方の端部が階段状となるように積層されている。
【0035】
(1) 透明プラスチックフィルム
透明プラスチックフィルム80は無色透明であるのが好ましい。フィルム80を構成する透明樹脂は特に制限されず、例えばポリエステル、ポリスチレン、ポリオレフィン、ポリウレタン、ポリアクリルウレタン、セルローストリアセテート、ポリビニルアルコール、ポリカーボネート、アイオノマー樹脂、ポリ塩化ビニル等が挙げられる。中でもポリエステル、ポリスチレン、ポリオレフィン及びポリウレタンが好ましい。
【0036】
ポリエステルフィルムは脂肪族系ポリエステル及び芳香族系ポリエステルの一方又は両方のいずれからなるものであってもよい。脂肪族系ポリエステルは、脂肪族ジオール及び脂肪族ジカルボン酸を主成分とする。脂肪族ジオール及び脂肪族ジカルボン酸の炭素数は2〜6が好ましい。脂肪族系ポリエステルの具体例として、ポリブチレンサクシネートが挙げられる。ポリブチレンサクシネートフィルムの市販品として、例えば「ビオノーレ」(昭和高分子株式会社製)が挙げられる。芳香族系ポリエステルは、脂肪族ジオール及び芳香族ジカルボン酸を主成分とする。脂肪族ジオールの炭素数は2〜6が好ましい。芳香族ジカルボン酸として、例えばテレフタル酸が挙げられる。芳香族系ポリエステルとしては、ポリエチレンテレフタレート及びポリブチレンテレフタレートが好ましい。ポリエチレンテレフタレートフィルムの市販品として、例えば「メリネックス」(帝人デュポンフィルム株式会社)が挙げられる。
【0037】
ポリスチレンフィルムは、スチレン単独重合体、スチレン−ブタジエン共重合体、スチレン−アクリロニトリル共重合体及びこれらの混合物のいずれからなるものであってもよい。好ましくは、スチレン単独重合体又はこれとスチレン−ブタジエン共重合体の混合物である。ポリスチレンフィルムの市販品として、例えば「プラバン」(アクリサンデー株式会社)が挙げられる。
【0038】
ポリオレフィンフィルムはポリエチレン及びポリプロピレンの一方又は両方のいずれからなるものであってもよい。ポリエチレン及びポリプロピレンは、単独重合体及び他のオレフィンとの共重合体のいずれでも良い。ポリエチレンが含んでも良い他のオレフィンとして、プロピレン、ブテン-1、ペンテン-1、ヘキセン-1、4-メチルペンテン-1、オクテン-1、酢酸ビニル、メタクリル酸メチル、スチレン等のα−オレフィン、ブタジエン、1,5-ヘキサジエン、1,7-オクタジエン、1,9-デカジエン等のジオレフィン等が挙げられる。ポリプロピレンが含んでも良い他のオレフィンとして、プロピレンを除く上記α−オレフィン及びジオレフィン、並びにエチレンが挙げられる。
【0039】
ポリウレタンフィルムは公知のポリウレタンからなるもので良い。ポリウレタンとして、例えばジイソシアネート、ポリオール及び低分子ジオールを主成分として反応させたものが挙げられる。ジイソシアネートは脂肪族系及び芳香族系のいずれでもよい。ポリオールとしては、ポリエーテルポリオール及びポリエステルポリオールが好ましい。低分子ジオールは脂肪族系及び芳香族系のいずれでもよい。ポリウレタンフィルムの市販品として、例えば「ユニグランドXN」(日本ユニポリマー株式会社)が挙げられる。
【0040】
透明プラスチックフィルム80は、透明性を損なわない限り、上記透明樹脂以外に熱可塑性エラストマー及び/又はゴムを含んでもよい。熱可塑性エラストマーは、オレフィン系、スチレン系、ウレタン系、ポリエステル系、ポリアミド系及び塩ビ系のいずれでもよい。オレフィン系エラストマーとして、例えばエチレン-プロピレン共重合体、エチレン-プロピレン-非共役ジエン共重合体等が挙げられる。ゴムとしては、ジエン系ゴム(例えばイソプレンゴム等)及び非ジエン系ゴム(例えばブチルゴム等)のいずれでもよい。
【0041】
透明プラスチックフィルム80は、必要に応じて、可塑剤、酸化肪止剤や紫外線吸収剤等の安定剤、帯電防止剤、界面活性剤、流動性の改善のための潤滑剤、無機充填剤等の添加剤を適宜含有しても良い。
【0042】
(2) 透明プラスチックフィルムの厚さ
フィルム80の柔軟性は、主として厚さを選択することにより調整する。フィルム80一枚当たりの厚さは、描画層の種類、傷み具合、フィルム80を構成する樹脂等に応じて適宜設定する。限定的ではないが、フィルム80一枚当たりの厚さは5〜500μmが好ましく、10〜400μmがより好ましい。特に古墳壁画の漆喰層や、板絵の漆層又は膠層を転移させる場合、フィルム80一枚当たりの厚さは10〜500μmが好ましく、50〜400μmがより好ましい。書画の本紙を転移させる場合、フィルム80一枚当たりの厚さは5〜300μmが好ましく、10〜250μmがより好ましい。
【0043】
(3) 透明プラスチックフィルムの柔軟性
フィルム80は、作業環境(約0℃〜約40℃)において十分な柔軟性を有する必要がある。具体的には、フィルム80は、半径1mm程度の小さな曲率で湾曲させた場合でも折れが生じないのが好ましい。折れが生じると、文化財画作品を傷つける恐れがある。フィルム80はまた、二つ折りにした場合でも破断しない程度の強度を有するのが好ましい。
【0044】
(4) 表打ち材料の厚さ
表打ち材料8の厚さ(フィルム80の合計厚)は、描画層を担体から転移させる時に描画層に損傷を与えない程度の強度であればよく、描画層の種類、傷み具合等に応じて適宜設定する。限定的ではないが、古墳壁画の漆喰層や、板絵の漆層を転移させる場合、表打ち材料8の厚さは100〜3,000μmが好ましく、200〜2,400μmがより好ましい。限定的ではないが、書画の本紙を転移させる場合、表打ち材料8の厚さは10〜1,800μmが好ましく、20〜1,600μmがより好ましい。
【0045】
(5) 層構成
フィルム80の材料及び厚さの組合せは特に制限されず、用途に応じて適宜設定する。例えば、古墳壁画の漆喰層を転移させるのに用いる場合、限定的ではないが、0.2 mm厚のポリエステルフィルム二層+0.3mm厚のポリスチレンフィルム四層からなる構成が挙げられる。書画の本紙を転移させるのに用いる場合、限定的ではないが、本紙側から、0.2 mm厚のポリウレタンフィルム三層+0.2 mm厚のポリエステルフィルム二層+0.2 mm厚のポリスチレンフィルム二層からなる構成が挙げられる。表打ち材料1の層数は、表打ち材料8の厚さ(フィルム80の合計厚)及びフィルム80一枚当たりの厚さの設定に応じて決まる。
【0046】
(6) 接着剤
接着層81を形成する接着剤としては、フィルム80を剥がす時に描画層に損傷を与えない程度の接着力を有するものが好ましい。そのような接着剤として、セルロース誘導体、布海苔等が挙げられる。セルロース誘導体としてはハイドロキシプロピルセルロース及びメチルセルロースが好ましい。これらの接着剤は、フィルム80に塗布する時に、接着剤を溶解するがフィルム80を溶解しない溶媒により希釈した上で用いるのが好ましい。そのような溶媒として、水及びエタノールが挙げられる。
【0047】
以上の通り、図面を参照して本発明の壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置及び壁画漆喰層剥離方法を説明したが、本発明はそれに限定されず、その趣旨を変更しない限り種々の変更を加えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明の漆喰層剥離用ワイヤソー装置の一例を示す平面図である。
【図2】図1のワイヤソー装置の斜視図である。
【図3】図1のワイヤソー装置の部分拡大斜視図である。
【図4(a)】表打ち材料を漆喰層に貼り付けた状態を示す断面図である。
【図4(b)】漆喰層を石壁から剥離させる様子を示す断面図である。
【図4(c)】漆喰層を転移させた表打ち材料に支持板を貼る様子を示す断面図である。
【図4(d)】漆喰層を転移させた表打ち材料に支持板を貼り付けた状態を示す断面図である。
【図4(e)】漆喰層、表打ち材料及び支持板の一体物を、石壁から離隔した状態を示す断面図である。
【図4(f)】漆喰層に裏打ち層を設けた状態を示す断面図である。
【図4(g)】漆喰層から表打ち材料を剥離する様子を示す断面図である。
【図4(h)】漆喰層から表打ち材料を除去した状態を示す断面図である。
【図5】図1のワイヤソー装置により漆喰層を石壁から剥離させる様子を示す斜視図である。
【図6】図1のワイヤソー装置により漆喰層を石壁から剥離させる様子を示す平面図である。
【図7】表打ち材料の一例を示す断面図である。
【符号の説明】
【0049】
1・・・レール
10・・・溝
11・・・壁接触面
12・・・穴
13・・・接続部材
2・・・スライダ
20,21,22,23・・・ロール
24・・・滑り板
3・・・支持部材
4・・・ダイヤモンドワイヤ
30・・・接続部材
5・・・リール
6・・・駆動手段
7・・・長板状支持具
70・・・緩衝材
8・・・表打ち材料
80・・・透明プラスチックフィルム
81・・・接着層
200・・・漆喰層
300・・・石壁
400・・・支持板
500・・・裏打ち層
120,130,140・・・接着層
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1) 壁担体上に設けられた漆喰層を有する壁画を挟んで対向配置される一対の平行なレールと、(2) 前記両レール上のほぼ対向位置に設けられ、前記レールに沿って移動自在な一対のスライダと、(3) 前記スライダの各々に支持され、多数のダイヤモンドビーズを鋼製ワイヤに固定したダイヤモンドワイヤの繰り出し及び巻き取りを行って前記ダイヤモンドワイヤを走行させる一対のリールと、(4) 前記リールを駆動させる手段と、(5) 前記レールの壁接触面を通る面とほぼ平行に前記ダイヤモンドワイヤが走行するように前記スライダに設けられたガイドロールとを有し、前記壁担体と前記漆喰層の界面において前記ダイヤモンドワイヤを走行させながら、前記一対のスライダを前記レールに沿って移動させて、前記ダイヤモンドワイヤをその走行方向に対してほぼ直角方向に通過させることを特徴とする壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置。
【請求項2】
請求項1に記載の壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置において、前記ダイヤモンドワイヤの直径は0.1〜0.5 mmであり、前記ダイヤモンドビーズの粒径は10〜200μmであることを特徴とする壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置。
【請求項3】
壁画の壁担体上に設けられた漆喰層を前記壁担体から剥離させる方法であって、前記壁担体と前記漆喰層の界面において、多数のダイヤモンドビーズが鋼製ワイヤに固定されたダイヤモンドワイヤを走行させながら、その走行方向に対してほぼ直角方向に通過させることを特徴とする壁画漆喰層剥離方法。
【請求項4】
請求項3に記載の壁画漆喰層剥離方法において、前記ダイヤモンドワイヤの走行速度を20〜100 m/分とすることを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の壁画漆喰層剥離方法において、前記ダイヤモンドワイヤを、その走行方向に対してほぼ直角方向に通過させる速度を5〜50 mm/分とすることを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項3〜5のいずれかに記載の壁画漆喰層剥離方法において、駆動手段を具備する一対のリールを、前記壁画を挟んで対向配置し、前記リール間で前記ダイヤモンドワイヤを走行させながら、その走行方向に対してほぼ直角方向に前記リールを移動させることを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項6に記載の壁画漆喰層剥離方法において、前記壁画を挟んで一対の平行なレールを対向配置し、前記両レールのほぼ対向位置に前記レールに沿って移動自在な一対のスライダを設け、前記一対のリールを前記スライダの各々に支持させ、前記一対のスライダを前記レールに沿って移動させることにより、前記ダイヤモンドワイヤをその走行方向に対してほぼ直角方向に移動させることを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項7に記載の壁画漆喰層剥離方法において、前記ダイヤモンドワイヤをガイドするロールを前記スライダに設け、前記一対のレールの壁接触面を通る面とほぼ平行に前記ダイヤモンドワイヤを走行させることを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項3〜8のいずれかに記載の壁画漆喰層剥離方法において、前記漆喰層の表面に表打ち材料を貼り付けた状態で、前記漆喰層を前記壁担体から剥離させることを特徴とする方法。
【請求項1】
(1) 壁担体上に設けられた漆喰層を有する壁画を挟んで対向配置される一対の平行なレールと、(2) 前記両レール上のほぼ対向位置に設けられ、前記レールに沿って移動自在な一対のスライダと、(3) 前記スライダの各々に支持され、多数のダイヤモンドビーズを鋼製ワイヤに固定したダイヤモンドワイヤの繰り出し及び巻き取りを行って前記ダイヤモンドワイヤを走行させる一対のリールと、(4) 前記リールを駆動させる手段と、(5) 前記レールの壁接触面を通る面とほぼ平行に前記ダイヤモンドワイヤが走行するように前記スライダに設けられたガイドロールとを有し、前記壁担体と前記漆喰層の界面において前記ダイヤモンドワイヤを走行させながら、前記一対のスライダを前記レールに沿って移動させて、前記ダイヤモンドワイヤをその走行方向に対してほぼ直角方向に通過させることを特徴とする壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置。
【請求項2】
請求項1に記載の壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置において、前記ダイヤモンドワイヤの直径は0.1〜0.5 mmであり、前記ダイヤモンドビーズの粒径は10〜200μmであることを特徴とする壁画漆喰層剥離用ワイヤソー装置。
【請求項3】
壁画の壁担体上に設けられた漆喰層を前記壁担体から剥離させる方法であって、前記壁担体と前記漆喰層の界面において、多数のダイヤモンドビーズが鋼製ワイヤに固定されたダイヤモンドワイヤを走行させながら、その走行方向に対してほぼ直角方向に通過させることを特徴とする壁画漆喰層剥離方法。
【請求項4】
請求項3に記載の壁画漆喰層剥離方法において、前記ダイヤモンドワイヤの走行速度を20〜100 m/分とすることを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の壁画漆喰層剥離方法において、前記ダイヤモンドワイヤを、その走行方向に対してほぼ直角方向に通過させる速度を5〜50 mm/分とすることを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項3〜5のいずれかに記載の壁画漆喰層剥離方法において、駆動手段を具備する一対のリールを、前記壁画を挟んで対向配置し、前記リール間で前記ダイヤモンドワイヤを走行させながら、その走行方向に対してほぼ直角方向に前記リールを移動させることを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項6に記載の壁画漆喰層剥離方法において、前記壁画を挟んで一対の平行なレールを対向配置し、前記両レールのほぼ対向位置に前記レールに沿って移動自在な一対のスライダを設け、前記一対のリールを前記スライダの各々に支持させ、前記一対のスライダを前記レールに沿って移動させることにより、前記ダイヤモンドワイヤをその走行方向に対してほぼ直角方向に移動させることを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項7に記載の壁画漆喰層剥離方法において、前記ダイヤモンドワイヤをガイドするロールを前記スライダに設け、前記一対のレールの壁接触面を通る面とほぼ平行に前記ダイヤモンドワイヤを走行させることを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項3〜8のいずれかに記載の壁画漆喰層剥離方法において、前記漆喰層の表面に表打ち材料を貼り付けた状態で、前記漆喰層を前記壁担体から剥離させることを特徴とする方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4(a)】
【図4(b)】
【図4(c)】
【図4(d)】
【図4(e)】
【図4(f)】
【図4(g)】
【図4(h)】
【図5】
【図6】
【図7】
【図2】
【図3】
【図4(a)】
【図4(b)】
【図4(c)】
【図4(d)】
【図4(e)】
【図4(f)】
【図4(g)】
【図4(h)】
【図5】
【図6】
【図7】
【公開番号】特開2008−279534(P2008−279534A)
【公開日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−124996(P2007−124996)
【出願日】平成19年5月9日(2007.5.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 掲載年月日:平成18年11月17日 掲載アドレス:http://mytown.asahi.com/nara/news.php?k_id=30000120611170001
【出願人】(507151858)独立行政法人国立文化財機構 (5)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年5月9日(2007.5.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 掲載年月日:平成18年11月17日 掲載アドレス:http://mytown.asahi.com/nara/news.php?k_id=30000120611170001
【出願人】(507151858)独立行政法人国立文化財機構 (5)
【Fターム(参考)】
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