説明

変調アルゴリズムを用いたプラントの制御装置

【課題】非線形特性の強いプラントに対して十分に非線形特性を補償し、また、制御量の変動が大きいプラントに対しても、追従性、安定性を満たす制御手法を提供する。
【解決手段】本発明は、変調アルゴリズムを用いたプラントの制御装置を提供する。この制御装置は、プラントの出力を目標値に制御するための仮制御入力を算出する手段と、仮制御入力を複数の成分に分割する手段と、複数の成分のうち少なくとも1つを変調する手段と、変調された成分と、他の成分を加算して制御入力を生成する手段と、を有する。これによって、従来の変調アルゴリズムによるプラントのフリクションやヒステリシスなどの非線形特性の補償能力を維持しつつ、変調による入力変動を最小化できる。このため、仮制御入力が大きく変化するようなプラントにおいても、出力が振動的になることを防止でき、制御性が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラントのフィードバック制御手法に関する。より具体的には、内燃機関の可変リフト機構制御、可変位相機構の制御、および空燃比制御に関する。
【背景技術】
【0002】
プラントが強い非線形特性を有する場合、PDやPIDなど一般的な線形フィードバック制御器では追従性や安定性に問題があり、高精度な制御を実現することは困難である。例えば、内燃機関の可変リフト機構は、フリクションが大きく、リフト量の増減に対するヒステリシス特性を有するといった非線形特性を有するため、高精度なフィードバック制御は難しい。同様に、内燃機関の可変位相機構や空燃比制御機構、および自動変速機のアクチュエータ制御機構も、強い非線形を有する。
【0003】
内燃機関の制御は、複数の構成要素それぞれの高精度な動作の実現の上に成り立っており、上に列挙したような非線形特性の強い構成要素についても、動作安定性や追従性に高い精度が要求される。したがって、このような非線形特性の強いプラントにも適用可能な制御技術が必要となる。
【0004】
たとえば、特許文献1では、スライディングモードコントローラにディザ入力を付加した制御手法が開示されている。この手法は、プラントを目標値にフィードバック制御するためにスライディングモードコントローラから算出される制御量を、ディザ入力によって補正している。この処理により、フリクション特性などプラントの非線形特性による制御性の低下を補償する。
【0005】
しかし、この手法では、スライディングモードコントローラの切換関数がしきい値を超えた場合に、所定の振幅のディザ入力が制御量に付加されるにすぎない。つまり、目標値に近づいた状態(切換関数がしきい値以下)では、ディザ入力の付加は停止されるので、通常のフィードバック制御と同様となる。このため、フィードバック制御時の挙動は平滑化されるが、追従遅れと定常偏差の発生は改善されていない。また、これらの問題を改善するために、切換関数がしきい値以下の場合にもディザを加え、ディザ信号の振幅を大きくすると、目標値付近で振動が発生する場合がある。
【0006】
また、同様の制御手法としては、ΔΣ変調アルゴリズムが知られている(たとえば特許文献2を参照)。この手法は、コントローラからの参照入力信号から所定の2値信号へ変換された変調信号を制御入力とする。この場合、プラントがオン/オフの入力を再現する能力さえ有していれば、その応答特性の優劣に係わらず、非線形特性を補償して、高精度にプラントの出力を制御することが可能である。
【0007】
しかし、コントローラによって生成された参照入力信号の範囲全域において高い制御能力を実現するためには、変調信号は参照入力より大きい変動幅が要求される。可変リフト機構のように、参照入力の変動幅が大きく、変化も高速なプラントの場合、生成される変調信号の絶対値が大きくなってしまう。このような場合、安定した目標値に対しても、制御入力が振動し、プラントの出力が振動する可能性がある。
【特許文献1】特開2001-152885
【特許文献2】特開2003-195908
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように、従来技術において、プラントの非線形特性を補償する制御手法がこれまで提案されているが、非線形特性の強いプラントに適用するには信頼性に依然問題がある。特に、制御量の変動の大きいプラントにおいても、高精度な制御を実現できる手法が望まれている。
【0009】
従って、本発明は、非線形特性の強いプラントに対して十分に非線形特性を補償し、また、制御量の変動が大きいプラントに対しても、追従性、安定性を満たす制御手法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、変調アルゴリズムを用いたプラントの制御装置を提供する。この制御装置は、プラントの出力を目標値に制御するための仮制御入力を算出する手段と、仮制御入力を複数の成分に分割する手段と、複数の成分のうち少なくとも1つを変調する手段と、変調された成分と、他の成分を加算して制御入力を生成する手段と、を有する。これによって、従来の変調アルゴリズムによるプラントのフリクションやヒステリシスなどの非線形特性の補償能力を維持しつつ、変調による入力変動を最小化できる。このため、仮制御入力が大きく変化するようなプラントにおいても、出力が振動的になることを防止でき、制御性が向上する。
【0011】
本発明の一実施形態によると、仮制御入力を分割した成分は、仮制御入力をフィルタ処理して算出される第1の成分と、仮制御入力と第1の成分の差分のうち、所定の絶対値内に含まれる第2の成分と、を有する。そして、これらの成分のうち、第2の成分が変調される。これによって、仮制御入力で実現できる応答性を維持しつつ、従来の変調アルゴリズムによる非線形特性の補償能力を付加することができる。変調される成分の振幅が最小化されるため、制御分解能が向上して出力の微小振動を抑制することが可能となり、制御性が向上する。
【0012】
本発明の一実施形態によれば、フィルタ処理は、線形フィルタまたはメジアンフィルタでフィルタ処理を実行する。これによって、仮制御入力がインパルス的な挙動や、ゆらぎの挙動を示す場合に、これらの挙動を十分に排除することが可能となり、制御系の安定性や制御性の低下を防止できる。
【0013】
本発明の一実施形態によれば、フィルタ処理は、さらにεフィルタでフィルタ処理を実行する。これによって、仮制御入力がゆらぎの挙動を示す場合に、これらの挙動を十分に排除することが可能となり、制御系の安定性や制御性の低下を防止できる。さらに、仮制御入力が大きくステップ状に変化した場合には、この挙動を保持することが可能であり、制御系の追従性を向上できる。
【0014】
本発明の一実施形態によれば、フィルタ処理は、εフィルタでフィルタ処理を実行する。これによって、仮制御入力が大きくステップ状に変化した場合には、この挙動を保持することが可能であり、制御系の追従性を向上できる。
【0015】
本発明の一実施形態によれば、変調アルゴリズムを用いた制御装置は、内燃機関の可変リフト機構、可変位相機構、空燃比制御、または自動変速機に適用することができる。これにより、制御精度を向上させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態を説明する。
【0017】
1.本発明の一実施形態による可変リフト機構制御手法
ΔΣ変調などの変調アルゴリズムは、制御対象のヒステリシス特性やフリクション特性などの非線形特性に対する高い補償能力を有する。しかし、入力信号の変化幅が大きく、または変動が速い場合、振動的な制御信号を出力してしまう問題点がある。入力が大きく変化するような制御対象においても、ΔΣ変調アルゴリズムの非線形補償効果を活用できる制御手法が望まれている。
【0018】
本発明の一実施形態では、制御対象として内燃機関の可変リフト機構を取り上げる。可変リフト機構は、カム、リフト可変リンク、アッパーリンク、ロアリンクから構成され、ロアリンクの角度をアクチュエータなどを用いて変更することにより、バルブの最大リフト量を調整する機能を有する。バルブの最大リフト量は、エンジンの運転状態や要求駆動力に応じて決定される。可変リフト機構の場合、コントローラによる参照入力の変動幅は±10Vと大きく、変化も速い。このような変動幅を補償しようとすると、変調信号は参照入力の変動幅より大きくする必要がある。この場合、制御量が振動して制御精度が低下してしまう。
【0019】
この問題点を解消するために、この実施形態では、バイパス式ΔΣ変調アルゴリズムを可変リフト機構制御に適用する。以下にその詳細を述べる。
【0020】
1.1 バイパス式ΔΣ変調アルゴリズムの概略
図1は、バイパス式ΔΣ変調アルゴリズムの概略図である。以下、この概略図に従って説明すると、バイパス式ΔΣ変調アルゴリズムは、まずコントローラからの参照入力Rsldを式(1)のように3成分に分割する(図中A)。
【0021】
Rsld(k) = Uliftin_cent(k) + Duliftin_L(k) + Duliftin_H(k) (1)
ここで、Uliftin_cent(k)は参照入力の変動幅の中心値成分を表し、Duliftin_L(k)は中心値成分Uliftin_cent(k)からの一定範囲内の変動である小変動成分を表し、Duliftin_H(k)はUliftin_cent(k)からの一定範囲以上の変動である大変動成分を表す。
【0022】
次に、小変動成分Duliftin_L(k)のみをΔΣ変調アルゴリズムによって変調し、小変動成分の変調成分Duliftin_L_dsm(k)を得る(図中B)。その後、式(2)のように変調成分Duliftin_L_dsm(k)と他成分を再合成して制御入力Uliftin(k)を算出する(図中C)。
【0023】
Uliftin(k) = Uliftin_cent(k) + Duliftin_L_dsm(k) + Duliftin_H(k) (2)
これにより、参照入力Rsldの大局的な動きに沿った、振幅の小さいΔΣ変調信号を制御入力として生成することができる。制御信号のうち、変動の大きい成分はそのまま保存し、残りの成分のうち、所定の振幅以内の信号成分のみをΔΣ変調する手法は、ΔΣ変調アルゴリズムの特徴である非線形特性の補償能力を有し、さらに振動も抑制される制御信号を生成することを可能にする。
【0024】
以下、前述の分割される3成分の算出方法について説明する。
【0025】
1.2 中心値成分Uliftin_centの算出
コントローラからの参照入力Rsldの中心値成分Uliftin_centは、参照入力のインパルス的な挙動や小振幅の変動に追従せず(条件1)、かつ参照入力のステップ状波形などの大きな変動に追従する(条件2)ことが求められる。条件1は、制御の収束性を高めるためであり、条件2は、制御の追従性を高めるための条件である。
【0026】
条件1と条件2は相反する条件であり、両条件を満たすことは一般的な線形フィルタでは不可能である。線形フィルタでインパルス波形や微小振動などの高周波成分を除去する(条件1)と、ステップ状波形なども形状が平滑化されてしまい、逆に、ステップ状波形などの大きな変動を保持する(条件2)と、高周波成分の除去が不完全なものになるからである。
【0027】
したがって、本発明の一実施形態では、複数のフィルタを組み合わせた非線形フィルタを適用して所望の中心値成分Uliftin_centを抽出する。図2は、本発明の一実施形態で適用する非線形フィルタ20の構成図を示している。この実施形態の非線形フィルタでは、移動平均フィルタまたはメジアンフィルタのいずれか一方21と、εフィルタ22を組み合わせて使用する。
【0028】
移動平均フィルタは、所定のデータ数の平均値を計算するフィルタであり、インパルス波形や微小振動などの高周波成分を平滑化する。フィルタ処理を図2の表現に従って説明すると、現時点の入力信号Rsld(k)からmステップ前の入力信号Rsld(k-m)までのm+1データを用いて平均値Rsld_flt(k)を算出する。移動平均フィルタは、一般的に式(3)のように表される。
【数1】



【0029】
また、移動平均フィルタは典型的な線形フィルタであり、ローパスフィルタなどの他の線形フィルタを代替することも可能である。
【0030】
メジアンフィルタは、所定数のデータから中心値を選択するフィルタである。メジアンフィルタは、非線形フィルタの一種であり、インパルス波形や微小振動などの高周波成分を平滑化する。また、線形フィルタに比べてステップ状波形などの平滑化による変形が少ない。メジアンフィルタは、一般的に式(4)のように表される。
【0031】
Rsld_flt(k) = Fmed(Rsld(k)、 Rsld(k-1)、 …、 Rsld(k-2m’)) (4)
ここで、Fmedは、入力された2m’+1個のデータの中心値を抽出する関数である。2m’+1は基本的に奇数であって、この場合、中心値はm’番目の値となる。2m’+1が偶数の場合、中心値は、m’番目またはm’+1番目の値とするか、両者の平均値としても良い。
【0032】
εフィルタは、過渡状態では入力信号がそのまま出力され、定常状態では移動平均を出力する特徴を持つ非線形フィルタである。εフィルタは、基本的には、現時点の入力Rsld_flt(k)から、nステップ前の入力Rsld_flt(k-n)までのn+1個のデータを用いて移動平均値を算出する。ただし、現時点の入力Rsld_flt(k)から所定のしきい値εの範囲外のデータは、Rsld_flt(k)に置換される。つまり、εフィルタは、非線形関数Fεによる効果を有する移動平均フィルタであり、一般的に式(5)のように表される。
【数2】



【0033】
ここで、非線形関数Fεは、式(6)のように定義される。
【数3】



【0034】
このようなεフィルタを用いることにより、定常状態におけるゆらぎを低減しつつ、過渡状態における位相遅れを無くすことができる。
【0035】
図3は、参照入力からの中心値成分の抽出における、各フィルタの性能比較を示す図である。図中(a)は、コントローラからの参照入力Rsldである。図中(b)〜(d)は、上述の3種類のフィルタ(移動平均、メジアン、ε)を単独で使用した場合のフィルタ処理結果である。図中(e)は、図2に示した非線形フィルタ20のうち、移動平均フィルタとεフィルタを組み合わせた場合のフィルタ処理結果である。図中(f)は、図2に示した非線形フィルタ20のうち、メジアンフィルタとεフィルタを組み合わせた場合のフィルタ処理結果である。
【0036】
なお、図3において、移動平均フィルタとメジアンフィルタの使用データ数は、それぞれ6データである。また、εフィルタの使用データ数も6データである。
【0037】
以下、各フィルタ処理の結果について説明する。これらの説明では、参照入力Rsldが有するインパルス的挙動(図中A)と、ステップ状の挙動(図中B)について特に着目している。
【0038】
移動平均フィルタを用いてフィルタ処理した場合(図中(b))、完全ではないが参照入力Rsldのインパルス挙動を抑制し、ステップ状の挙動に対する追従性も良い。しかし、小振幅変動の影響が残っており、これを減少させるためには、移動平均の計算に用いるデータ数を増やす必要が生じる。この場合、ステップ状の変化に対する追従性が低下してしまう。
【0039】
メジアンフィルタを用いた場合(図中(c))、参照入力Rsldのインパルス挙動は除去され、ステップ状の挙動に対する追従性も良い。しかし、小振幅変動の影響の抑制能力は低い。メジアンフィルタにおいて、小振幅変動の抑制能力を向上させるためには、メジアン値(中央値)の算出に用いるデータ数を増やす必要が生じる。この場合は、ステップ状の変化に対する追従性が低下してしまう。
【0040】
εフィルタを用いた場合(図中(d))、ステップ状の挙動に対する追従性は非常に高く、遅れは生じない。しかし、小振幅変動の影響やインパルス挙動の抑制能力が非常に低い。
【0041】
非線形フィルタ20(移動平均フィルタ+εフィルタ)を用いた場合(図中(e))、移動平均フィルタによりインパルス挙動を抑制し、移動平均フィルタにて使用したデータの時間間隔よりも広い時間間隔のフィルタリング値に対してεフィルタを施している。これによって、ステップ状の挙動に対する高い追従性を維持しつつ、インパルス挙動や小振幅変動に対する高い減衰を実現している。
【0042】
非線形フィルタ20(メジアンフィルタ+εフィルタ) を用いた場合(図中(f))、メジアンフィルタによりインパルス挙動を抑制し、メジアンフィルタにて使用したデータの時間間隔よりも広い時間間隔のフィルタリング値に対してεフィルタを施している。これによって、ステップ状の挙動に対する高い追従性を維持しつつ、インパルス挙動や小振幅変動に対する高い減衰を実現している。
【0043】
また、非線形フィルタ(e)と(f)を比較すると、(f)はステップ状の挙動に対する追従性に優れ、(e)はインパルス挙動や小振幅変動の減衰能力に優れている。
【0044】
このように、この実施形態で適用するフィルタの組み合わせは、各フィルタの長所を生かしつつ、短所を補っていることがわかる。
【0045】
1.3 小変動成分Duliftin_Lと大変動成分Dliftin_Hの算出
図4は、参照入力に対する小変動成分Duliftin_Lと大変動成分Dliftin_Hの関係を示す図である。参照入力に対して、まず中心値成分Uliftin_centが算出され、両者の差分Dliftinが求められる。そして、差分Dliftinのうち、所定の分割しきい値Duliftin_LMT範囲内の参照入力信号を、小変動成分Duliftin_Lとして抽出する。分割しきい値を超える信号成分は、大変動成分Dliftin_Hとして抽出される。
【0046】
本実施形態では、小変動成分Duliftin_Lと大変動成分Dliftin_Hは、式(7)〜式(9)のように算出される。
【数4】



【0047】
1.4 ΔΣ変調小変動成分Duliftin_L_DSMの算出
続いて、分割した成分のうち、小変動成分Duliftin_LをΔΣ変調アルゴリズムにより変調し、ΔΣ変動小変動成分Duliftin_L_DSMを算出する。詳細には、以下に示す演算が実行される。
【0048】
式(10)に示すように、小変動成分Duliftin_Lは、何ら処理なくΔΣ変調の入力値r(k)となる。通常、ΔΣ変調では、リミット処理やオフセット処理などの前処理が行われるが、小変動成分Duliftin_Lは、分割しきい値(±Duliftin_LMT)の範囲内で抽出された成分なので、既にこれらの前処理を実施されたのと同等であるからである。
【0049】
r(k) = Duliftin_L(k) (10)
次に式(11)に示すように、入力値r(k)と、前時刻k−1の変調信号u(k−1)との偏差δ(k)を算出する。続いて、式(12)に示すように、偏差信号δ(k)と前時刻k−1の偏差積分値σ(k−1)とを加算し、偏差積分値σ(k)を算出する。
【0050】
δ(k) = r(k)- u(k-1) (11)
σ(k) = σ(k-1) + δ(k) (12)
次に式(13)に示すように、偏差積分値σ(k)は、非線形関数fnlを適用して+Rまたは−Rに2値化される。つまり、偏差積分値σ(k)がゼロ以上ならば、非線形関数fnlは+Rの変調信号u(k)を出力し、偏差積分値σ(k)がゼロより小さければ、非線形関数は−Rの変調信号を出力する。ここで、Rは入力値rの絶対値の最大値より大きい所定値である。また、非線形関数fnlは、偏差積分値σ(k)がゼロの場合、0を変調信号として出力しても良い。続いて、式(14)に示されるように、変調信号u(k)が、変調小変動成分Duliftin_L_DSMとして出力される。
【0051】
u(k) = fnl(σ(k)) (13)
Duliftin_L_dsm(k) = u(k) (14)
1.5 可変リフト機構制御システム
図5は、これまで説明したバイパス式ΔΣ変調器52を組み込んだ、可変リフト機構制御システム50のブロック図である。
【0052】
まず、目標リフト量と、計測値liftinがコントローラ51へ入力される。この計測値は、可変リフト機構56に設置されたセンサ55を用いて、既知の方法で計測された最大リフト量である。コントローラは、誤差を解消するための補正量である参照入力Rsldを算出する。次に、参照入力Rsldがバイパス式ΔΣ変調器52に入力され、非線形フィルタ20によって中央値成分Uliftin_centが抽出される。
【0053】
つづいて、参照入力Rsldと中央値成分Uliftin_centとの差分が、しきい値によってさらに小変動成分Dliftin_Lと大変動成分Dliftin_Hに分割される。小変動成分Dliftin_Lは、ΔΣ変調アルゴリズム54による演算処理が行われ、ΔΣ変調小変動成分Dliftin_L_dsmが算出される。最後に、中央値成分、大変動成分と、変調小変動成分が合成され、制御入力Uliftinが生成される。
【0054】
なお、上記のシステムは、変調器としてΔΣ変調アルゴリズム54を用いているが、Δ変調アルゴリズム64やΣΔ変調アルゴリズム74を用いて変調器を構成することも可能である。
【0055】
図6は、Δ変調アルゴリズム64を適用した可変リフト機構制御システム60のブロック図である。Δ変調アルゴリズム64で行われる演算を式(15)から式(19)に示す。
【0056】
r(k) = Duliftin_L(k) (15)
σu(k) = σu(k-1) + u(k-1) (16)
δru(k) = r(k)-σu(k) (17)
u(k) = fnl(δru (k)) (18)
Duliftin_L_dsm(k) = u(k) (19)

図7は、ΣΔ変調アルゴリズム74を適用した可変リフト機構制御システム70のブロック図である。ΣΔ変調アルゴリズム74で行われる演算を式(20)から式(24)に示す。
【0057】
r(k) = Duliftin_L(k) (20)
σr(k) = σr(k-1) + r(k) (21)
σu(k) = σu(k-1) + u(k-1) (22)
δru(k) = σr(k)-σu(k) (23)
Duliftin_L_dsm(k) = u(k) (24)


2.他の制御対象への応用
従来のΔΣ変調などの変調アルゴリズムは、高い非線形補償能力を有するが、制御量の変動の大きい制御対象には振動発生などの問題がある。本発明によるバイパス式変調アルゴリズムは、このような制御対象に対しても適用可能となった。本発明の他の実施形態では、可変リフト機構以外の、従来の変調アルゴリズムでは制御に問題のあった制御対象に対しても、バイパス式変調アルゴリズムが適用されている。
【0058】
図8は、バイパス式ΔΣ変調器52を可変位相機構86に適用した制御システム80のブロック図である。可変位相機構86は、油圧や電磁ブレーキなどを用いてカム位相Cainを変化させることによりバルブタイミングを制御する。この場合、従来の変調器にくらべて、変調幅を小さくしつつ、油圧ソレノイドや電磁ブレーキのヒステリシス特性や制御分解能の低さを、変調入力により補償することができるため、位相Cainの制御性が向上する。
【0059】
図9は、バイパス式ΔΣ変調器52を空燃比制御に適用したシステム90のブロック図である。空燃比制御システムは、排気系に取り付けられた排ガスセンサ95の出力Vexを、燃料パラメータUfuel(たとえば燃料補正量)の調整により目標値Vex_cmdに制御する。この場合、エンジン96や触媒の応答遅れやばらつきを補償し、排ガスセンサ出力Vexを排ガス中の有害成分が少なくなる目標値に精度良く制御することができる。また、制御入力である燃料パラメータの変化幅を小さくすることにより、エンジン96での燃焼変動が少なくなり、未燃HC(炭化水素)をより少なくすることができる。
【0060】
図10は、バイパス式ΔΣ変調器52を自動変速機のアクチュエータ制御に適用したシステム100のブロック図である。自動変速機のアクチュエータ制御は、AMT(自動マニュアル付きトランスミッション)のクラッチやシフト制御用の油圧または電動アクチュエータの位置決め制御、AT(自動トランスミッション)の油圧多板クラッチの締結、切り離し、滑り率制御、およびベルト式CVT(無段変速機)の側圧制御などが挙げられる。これらの制御では、自動変速機機構106やアクチュエータのフリクションやヒステリシス特性により、高い制御性を確保することが困難である。そこで、図10のようにバイパス式ΔΣ変調器52を適用することにより、高い制御性を実現し、変速時の変速ショックの低減や伝達効率の向上による燃費の向上を実現することができる。
【0061】
なお、図8から図10で示したシステムは、変調器としてバイパス式ΔΣ変調器52を用いているが、バイパス式Δ変調器62やバイパス式ΣΔ変調器72を用いることも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明の一実施形態である、バイパス式Δ変調アルゴリズムの概略図。
【図2】本発明の一実施形態で適用する非線形フィルタの構成図。
【図3】各フィルタを用いた参照入力のフィルタ処理結果を示す図。
【図4】参照入力に対する小変動成分と大変動成分の関係を示す図。
【図5】バイパス式ΔΣ変調器を適用した可変リフト機構制御システムのブロック図。
【図6】バイパス式Δ変調器のブロック図。
【図7】バイパス式ΣΔ変調器のブロック図。
【図8】バイパス式ΔΣ変調器を可変位相機構に適用したシステムのブロック図。
【図9】バイパス式ΔΣ変調器を空燃比制御に適用したシステムのブロック図。
【図10】バイパス式ΔΣ変調器を自動変速機のアクチュエータ制御に適用したシステムのブロック図。
【符号の説明】
【0063】
51 コントローラ
52 バイパス式ΔΣ変調器
20 非線形フィルタ
54 ΔΣ変調アルゴリズム
55 センサ
56 可変リフト機構
62 バイパス式Δ変調器
64 Δ変調アルゴリズム
72 バイパス式ΣΔ変調器
74 ΣΔアルゴリズム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
変調アルゴリズムを用いたプラントの制御装置であって、
前記プラントの出力を目標値に制御するための仮制御入力を算出する手段と、
前記仮制御入力を複数の成分に分割する手段と、
前記複数の成分のうち少なくとも1つを変調する手段と、
変調された前記成分と、他の成分を加算して制御入力を生成する手段と、
を有する、プラントの制御装置。
【請求項2】
前記複数の成分が、
前記仮制御入力をフィルタ処理して算出される第1の成分と、
前記仮制御入力と前記第1の成分の差分のうち、所定の絶対値内に含まれる第2の成分と、
を有し、前記第2の成分が変調される、請求項1に記載のプラントの制御装置。
【請求項3】
前記変調は、ΔΣ変調アルゴリズム、ΣΔ変調アルゴリズム、またはΔ変調アルゴリズムのうちのいずれかを用いて行われる、請求項1に記載のプラントの制御装置。
【請求項4】
前記フィルタ処理は、線形フィルタまたはメジアンフィルタを用いてフィルタ処理を実行する、請求項2に記載のプラントの制御装置。
【請求項5】
前記フィルタ処理は、さらにεフィルタを用いてフィルタ処理を実行する、請求項4に記載のプラントの制御装置。
【請求項6】
前記フィルタ処理は、εフィルタを用いてフィルタ処理を実行する、請求項2に記載のプラントの制御装置。
【請求項7】
変調アルゴリズムを用いた内燃機関の可変リフト機構の制御装置であって、
前記可変リフト機構の最大リフト量を目標リフト量に制御するための仮制御入力を算出する手段と、
前記仮制御入力を複数の成分に分割する手段と、
前記複数の成分のうち少なくとも1つを変調する手段と、
変調された前記成分と、他の成分を加算して制御入力を生成する手段と、
を有する、内燃機関の可変リフト機構の制御装置。
【請求項8】
変調アルゴリズムを用いた内燃機関の可変位相機構の制御装置であって、
前記可変位相機構のカム位相を目標位相に制御するための仮制御入力を算出する手段と、
前記仮制御入力を複数の成分に分割する手段と、
前記複数の成分のうち少なくとも1つを変調する手段と、
変調された前記成分と、他の成分を加算して制御入力を生成する手段と、
を有する、内燃機関の可変位相機構の制御装置。
【請求項9】
変調アルゴリズムを用いた内燃機関の空燃比制御装置であって、
排ガスセンサ出力を目標値に制御するための仮制御入力を算出する手段と、
前記仮制御入力を複数の成分に分割する手段と、
前記複数の成分のうち少なくとも1つを変調する手段と、
変調された前記成分と、他の成分を加算して制御入力を生成する手段と、
を有する、内燃機関の空燃比制御装置。
【請求項10】
変調アルゴリズムを用いた内燃機関の自動変速機の制御装置であって、
前記自動変速機の出力位置を目標位置に制御するための仮制御入力を算出する手段と、
前記仮制御入力を複数の成分に分割する手段と、
前記複数の成分のうち少なくとも1つを変調する手段と、
変調された前記成分と、他の成分を加算して制御入力を生成する手段と、
を有する、内燃機関の自動変速機の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2005−275489(P2005−275489A)
【公開日】平成17年10月6日(2005.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−83859(P2004−83859)
【出願日】平成16年3月23日(2004.3.23)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】