説明

変速機の同期装置

【課題】簡単な構成で変速ギヤの遊転時にシンクロナイザリングの引き摺りトルクが発生するのを防止して、製造コストが増大するのを防止することができるとともに小型化を図ることができる信頼性の高い変速機の同期装置を提供すること。
【解決手段】シンクロナイザリング14のスプライン23の背面部23bに傾斜面100cを設けることにより、この傾斜面100cに接触する潤滑油Oの反力を受けてシンクロナイザリング14を変速ギヤのコーン面から離隔させる方向Fに付勢するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変速機の同期装置に関し、特に、手動変速機に設けられ、回転軸に相対回転可能に取付けられた変速ギヤを回転軸の回転速度に同期させる同期装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、手動変速機は、複数段の変速ギヤ列を有しており、シフトレバーによって変速段を切換えて各段のギヤを噛合させることにより、内燃機関の動力を走行条件に応じて変換して取り出し、駆動輪を駆動している。
【0003】
このような手動変速機においては、ギヤの噛み合い状態を切換えて変速する際に、変速を迅速、かつ容易に行うために、同期装置を備えている。
この同期装置は、ハブスリーブがシンクロナイザリングを押圧することによって同期荷重を発生させ、回転差を有する変速ギヤとハブスリーブの回転を同期させ、変速ギヤとハブスリーブの同期が終了したときに、シンクロナイザリングがハブスリーブによって掻き分けられ、次いで、ハブスリーブが変速ギヤに一体的に取付けられたギヤピース部を掻き分けることにより、変速が完了する。
【0004】
このような同期装置にあっては、変速ギヤの係合時および同期動作時以外には、シンクロナイザリングのテーパ状のコーン面とこのコーン面に対向するギヤピース部のコーン面とが互いに離間されており、相対回転されている。このとき、シンクロナイザリングは、変速ギヤとハブスリーブとの間に遊嵌されているだけで、径方向への変位がある程度許容された状態となっている。
【0005】
このため、シンクロナイザリングにその径方向へのぶれが生じることがあり、ギヤピース部のコーン面とシンクロナイザリングのコーン面との間の隙間をシンクロナイザリングの円周方向に亘って一定に保持しておくことが困難となる。
【0006】
このため、シンクロナイザリングとギヤピース部との相対回転中に、このぶれによってシンクロナイザリングのコーン面とギヤピース部のコーン面とが部分的に接触してシンクロナイザリングの引き摺りが発生し、不要な摩擦が生じてしまうことがある。
【0007】
このようにシンクロナイザリングの引き摺りトルクによる摩擦抵抗の増大が発生してしまうと、手動変速機の駆動効率が悪化してしまい、結果的に燃費の悪化を招いてしまうおそれがある。
【0008】
このようにシンクロナイザリングの引き摺りトルクが発生するのを防止するものとしては、回転軸に取付けられ、外周にスプラインを有するクラッチハブと、クラッチハブの外周部にスプライン嵌合されるとともに、軸方向に摺動自在に取付けられたハブスリーブと、クラッチハブと共に回転し、内周部にテーパ状のコーン面を有するシンクロナイザリングと、変速ギヤと一体的に形成され、外周部にシンクロナイザリングのコーン面と対向するテーパ状のコーン面と、クラッチハブのスプラインに設けられ、シンクロナイザリングが変速ギヤのコーン面から離間する方向にシンクロナイザリングを付勢するピース部材とを備えた変速機の同期装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0009】
また、シンクロナイザリングのテーパ状のコーン面が形成された内周面の裏面にあたる外周面に対して、シンクロナイザリングのコーン面を変速ギヤのコーン面から離間させる方向に付勢するばね部材を設けた変速機の同期装置も知られている(例えば、特許文献2参照)。
【0010】
これらの同時装置では、簡単な構成で変速ギヤの遊転時(ニュートラル時等)におけるシンクロナイザリングと変速ギヤのコーン面との間の摩擦による引き摺りトルクを低減することができる。
【特許文献1】特開2007−292151号公報
【特許文献2】特開2004−76764号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このような従来の変速機の同期装置にあっては、シンクロナイザリングのコーン面を変速ギヤのコーン面から離間させる方向に付勢するピース部材やばね部材を設けたため、同期装置に新たに構成部品を追加する必要があった。このため、同期装置の製造コストが増大してしまうとともに同期装置が大型化してしまうという問題があった。
【0012】
また、同期装置は、高い回転数で回転するため、同期装置の遠心力、回転変動、あるいは振動等によってピース部材やばね部材から異音が発生したり、ピース部材やばね部材の破損が生じるおそれがあり、同期装置の信頼性が低下してしまうおそれがあった。
【0013】
本発明は、上述のような従来の問題を解決するためになされたもので、簡単な構成で変速ギヤの遊転時にシンクロナイザリングの引き摺りトルクが発生するのを防止して、製造コストが増大するのを防止することができるとともに小型化を図ることができる信頼性の高い変速機の同期装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に係る変速機の同期装置は、上記目的を達成するため、(1)回転軸と共に回転するクラッチハブと、前記回転軸と相対回転可能なように前記回転軸に遊嵌された変速ギヤと、前記回転軸の軸方向に沿って移動自在に設けられ、内周部に前記クラッチハブの外周部にスプライン嵌合するハブスリーブスプラインが形成されたハブスリーブと、前記変速ギヤに設けられ、外周部に前記ハブスリーブスプラインに嵌合可能なギヤスプラインが形成されたギヤピース部と、前記ハブスリーブと前記変速ギヤの間に設けられ、前記ハブスリーブの軸方向への移動に伴って前記ギヤピース部のコーン面と摺接するコーン面を有するとともに、外周部に前記ハブスリーブスプラインが通過可能なシンクロナイザリングスプラインが形成されたシンクロナイザリングとを備え、前記シンクロナイザリングに潤滑油が供給される変速機の同期装置において、前記シンクロナイザリングの回転に伴って潤滑油に接触する前記シンクロナイザリングの任意の部位に、前記シンクロナイザリングに接触する潤滑油の反力を受けて前記シンクロナイザリングを前記変速ギヤのコーン面から離隔させるように付勢するテーパ部を設けたものから構成されている。
【0015】
この構成により、シンクロナイザリングの回転に伴って潤滑油に接触するシンクロナイザリングの任意の部位に、シンクロナイザリングに接触する潤滑油の反力を受けてシンクロナイザリングを変速ギヤのコーン面から離隔させるように付勢するテーパ部を設けたので、変速ギヤの遊転時に、テーパ部に接触する潤滑油を利用してシンクロナイザリングをギヤピース部のコーン面から離隔させることができる。このため、構成部品を追加することなしにシンクロナイザリングに引き摺りトルクが発生するのを防止することができ、変速機の駆動効率が悪化するのを防止して燃費を向上させることができる。
【0016】
このように構成部品を追加することなしにシンクロナイザリングに引き摺りトルクが発生するのを防止することができるため、同期装置の製造コストが増大してしまうのを防止することができるとともに、同期装置の小型化を図ることができる。
また、構成部品を追加する必要がないため、従来のように同期装置の高回転時に追加部品による異音の発生や破損が生じることがなく、同期装置の信頼性を向上させることができる。
【0017】
上記(1)の変速機の同期装置において、(2)前記テーパ部が、前記シンクロナイザリングスプラインに形成されるものから構成されている。
この構成により、潤滑の必要があって潤滑油が直接供給されるシンクロナイザリングスプラインにテーパ部を形成したので、同期装置の構成が複雑になるのを防止することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、簡単な構成で変速ギヤの遊転時にシンクロナイザリングの引き摺りトルクが発生するのを防止して、製造コストが増大するのを防止することができるとともに小型化を図ることができる信頼性の高い変速機の同期装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明に係る変速機の同期装置の実施の形態について、図面を用いて説明する。
図1〜図10は、本発明に係る変速機の同期装置の一実施の形態を示す図である。
まず、構成を説明する。
図1において、変速機としての手動変速機1は、自動車等の車両の走行状態に応じて内燃機関の回転速度および回転トルクを変換して駆動輪に伝える動力伝達装置である。手動変速機1としては、車両の運転者が操作するシフトレバーと手動変速機1とが離れており、その間をケーブルおよびリンク等で連結する、所謂、リモートコントロール型の手動変速機1だけでなく、手動変速機1に直接シフトレバーを取付けた、所謂、ダイレクトコントロール方式の手動変速機1であってもよい。
【0020】
また、リモートコントロール方式において、シフトレバーの位置に関しては特に限定されず、ステアリングコラム部にシフトレバーが取付けられたコラムシフト式、シフトレバーがフロアに取付けられたフロアシフト式等を採用することが可能である。
【0021】
図1では、常時噛合い式の手動変速機1を示している。また、手動変速機1としては、アクチュエータ等によりセレクトレバーを移動させて変速を行う、半自動変速機や全自動変速機にも本発明を適用することが可能である。
【0022】
手動変速機1は、回転軸2を備えており、内燃機関からの回転力が伝達されることにより、回転軸2は一点鎖線で示す軸心3を中心として回転するようになっている。回転軸2内には、潤滑油を供給するための潤滑油通路4が設けられており、潤滑油通路4は、回転軸2に沿って一方向に延在し、その一部分が枝分かれして回転軸2の放射方向外方に向かって延びている。なお、潤滑油通路4においては、矢印で示す方向に潤滑油が供給される。
【0023】
回転軸2には、ギヤ5が接続されており、ギヤ5と回転軸2とが一体となって回転するようになっている。回転軸2にはクラッチハブ6が取付けられており、クラッチハブ6は、回転軸2と共に回転するように、回転軸2にスプライン嵌合している。なお、回転軸2に対するクラッチハブ6の固定方法としては、スプライン嵌合に限られず、その他の方法を用いてもよい。
【0024】
回転軸2には、変速ギヤ7、8が遊転自在に設けられており、変速ギヤ7、8は回転軸2に対して相対回転するようになっている。すなわち、図1で示す状態では、回転軸2の回転力が変速ギヤ7、8には伝達されず、変速ギヤ7、8は空転する。
【0025】
このときに、変速ギヤ7、8の内周部は回転軸2に対して摺動するので、この摺動時の摩擦を低減させるために、潤滑油通路4から矢印で示すように、回転軸2と変速ギヤ7、8との間の摩擦面に潤滑油が供給される。
【0026】
変速ギヤ7、8には、ギヤピース部9、10が一体的に設けられており、変速ギヤ7、8とギヤピース部9、10は一体的に回転する。なお、ギヤピース部9、10は図1で示す状態ではクラッチハブ6に固定されていない。このため、変速ギヤ7、8はクラッチハブ6に対して自由に回転することができる。
【0027】
ギヤピース部9、10には回転軸2に対して傾斜したテーパ面であるコーン面11、12が設けられており、このコーン面11、12上にシンクロナイザリング13、14が嵌合されている。
【0028】
シンクロナイザリング13、14は、ハブスリーブ15と変速ギヤ7、8の間に設けられており、ハブスリーブ15の軸方向への移動に伴ってギヤピース部9、10とクラッチハブ6との回転を同期させるための部品であり、内周部にテーパ面であるコーン面16、17が設けられている。
【0029】
シンクロナイザリング13、14のコーン面16、17は、ギヤピース部9、10のコーン面11、12に接触しており、シンクロナイザリング13、14およびギヤピース部9、10は、コーン面11、12、16、17を介して摩擦摺動するようになっている。
【0030】
クラッチハブ6の外周部にはスプライン18が形成されており、クラッチハブ6の外周部にはハブスリーブ15が嵌合している。ハブスリーブ15は、回転軸2の軸心3方向に摺動(スライド)自在となっており、ハブスリーブ15の内周部に形成されたハブスリーブスプラインとしてのスプライン19は、クラッチハブ6のスプライン18に噛合している。
【0031】
クラッチハブ6はハブスリーブ15をスライド自在に保持しており、ハブスリーブ15は変速ギヤ7または変速ギヤ8のいずれへもスライドすることができるようになっている。
【0032】
また、ハブスリーブ15の外周部には円環状のシフトフォーク溝15aが形成されており、このシフトフォーク溝15aには図示しないシフトフォークが嵌合され、ハブスリーブ15は、シフトフォークによって軸方向に摺動されるようになっている。
【0033】
また、ギヤピース部9、10の外周部にはギヤスプラインとしてのスプライン20、21が形成されており、このスプライン20、21は、ハブスリーブ15の内周部に形成されたスプライン19に嵌合可能になっている。
【0034】
なお、本実施の形態では、クラッチハブ6、変速ギヤ7、8、ギヤピース部9、10、シンクロナイザリング13、14およびハブスリーブ15が同期装置30を構成している。
【0035】
また、シンクロナイザリング13、14の外周部にシンクロナイザリングスプラインとしてのスプライン22、23が形成されており、このスプライン22、23に対してスプライン19が通過可能になっている。
【0036】
また、図2に示すように、シンクロナイザリング14(シンクロナイザリング13はシンクロナイザリング14と同一の構成であるため図示略)は、環状に形成されており、スプライン23は、シンクロナイザリング14の円周方向に等間隔に形成されている。
【0037】
図3は、図1中の矢印Aで示す方向から見た同期装置30の平面図である。図3において、ギヤピース部10のスプライン21は、1列に並ぶように配置されており、それぞれが一定の間隔を有している。スプライン21は、相手側のハブスリーブ15のスプライン19に嵌合可能なように先端部が細く形成されている。
【0038】
シンクロナイザリング14のスプライン23は、ギヤピース部10のスプライン21とハブスリーブ15のスプライン19との間に設けられており、ギヤピース部10のスプライン21と一定の間隔を隔てた位置に配置されている。
【0039】
一方、本実施の形態のクラッチハブ6、ギヤピース部9、10、シンクロナイザリング13、14およびハブスリーブ15の各スプライン18、19、20、21、22、23には潤滑油が供給されるようになっており、この潤滑油は、手動変速機1の図示しないミッションケースの底面に貯留された潤滑油が手動変速機1の変速ギヤの回転によって掻き上げられることで、各スプライン18、19、20、21、22、23に供給されるものである。
【0040】
この潤滑油は、クラッチハブ6、ギヤピース部9、10、シンクロナイザリング13、14およびハブスリーブ15の回転による遠心力によってクラッチハブ6、ギヤピース部9、10、シンクロナイザリング13、14およびハブスリーブ15の円周方向に移動するようになっており、シンクロナイザリング14のスプライン23に着目すると、図4(a)に示すように、シンクロナイザリング14の回転方向Rに沿って流れることになる。
【0041】
図4(b)に示すように、ハブスリーブ15に対向するスプライン23のチャンファ部23aには傾斜面100a、100bが形成されており、この傾斜面100a、100bは、軸心3に対する傾斜角度がαとなるようにチャンファ部23aに形成されている。
【0042】
また、ギヤピース部10に対向するスプラインの背面部23bにはテーパ部を構成する傾斜面100cが形成されており、この傾斜面100cは、軸心3に対する傾斜面100cの傾斜角度がθとなるように背面部23bに形成されている。
【0043】
本実施の形態では、図4(c)に示すように、スプライン23の背面部23bに傾斜面100cを設けることにより、この傾斜面100cに接触する潤滑油Oの反力を受けてシンクロナイザリング14を変速ギヤ8のコーン面12から離隔させる方向Fに付勢するようになっているものであり、図示していないが、スプライン22もスプライン23と同一の傾斜面100a、100b、100cが形成されている。
【0044】
なお、傾斜面100cの傾斜角度θは、45°に形成すると、シンクロナイザリング14を変速ギヤ8のコーン面12から最も離隔させ易く、また、傾斜面100cの傾斜幅Xが大きい程、シンクロナイザリング14を変速ギヤ7のコーン面12から最も離隔させ易い。
【0045】
また、傾斜角度α、θの関係を、45°<θ<αとするか、傾斜面100a、100bの傾斜幅Wと傾斜面100cの傾斜幅Xを、W<Xとすれば、シンクロナイザリング14を変速ギヤ7のコーン面12から離隔させることが可能となる。
【0046】
次に、同期の動作について説明する。
同期前には、図1および図3で示すように、ハブスリーブ15は中立位置にあり、変速ギヤ8およびギヤピース部10は、ハブスリーブ15に対して空転(遊転)している。
【0047】
図5は、同期時の同期装置30の平面図である。ハブスリーブ15と変速ギヤ8との回転を同期させる場合には、図1で示す状態からハブスリーブ15を変速ギヤ8に近づく方向に移動させる。これにより、シンクロナイザリング14のスプライン23とハブスリーブ15のスプライン19とが接触する。
【0048】
なお、シンクロナイザリング14のスプライン23は、図2に示すようにシンクロナイザリング14の円周方向に沿って多数設けられているが、説明の便宜上、図5〜図7においては、スプライン23は、3つだけを図示している。
【0049】
図6は、押し分け後の同期装置30の平面図である。図6を参照して、さらに同期動作を進めると、ハブスリーブ15が変速ギヤ8側に移動する。これにより、図5で示す位置からハブスリーブ15のスプライン19がギヤピース部10のスプライン21に移動する。このときに、シンクロナイザリング14のスプライン23は、ハブスリーブ15の複数のスプライン19の間を掻き分ける。
【0050】
図7は、シフト完了後の同期装置30の断面図である。図6で示す位置からさらにハブスリーブ15を変速ギヤ8に近づく方向に押込むと、図7で示すようにハブスリーブ15のスプライン19がギヤピース部10のスプライン21の間に入り込む。
【0051】
この状態では、ハブスリーブ15のスプライン19がシンクロナイザリング14のスプライン23を通過した後、ハブスリーブ15のスプライン19とギヤピース部10のスプライン21とが一体となって回転し、ハブスリーブ15からギヤピース部10に動力が伝達される。これによりシフト動作が完了する。この結果、回転軸2と変速ギヤ8とが一体回転する。なお、図5〜図7に示す同期動作は、変速ギヤ7側とシンクロナイザリング13側も同様の動作である。
【0052】
一方、図1、図3で示すように、ニュートラル時等のように変速ギヤ7、8の遊転時には、シンクロナイザリング13、14とギヤピース部9、10との相対回転中に、シンクロナイザリング13、14のコーン面16、17とギヤピース部9、10とのコーン面11、12とが部分的に接触してシンクロナイザリング13、14の引き摺りが発生してしまうおそれがある。
本実施の形態では、スプライン23の背面部23bに傾斜面100cを設けることにより、この傾斜面100cに接触する潤滑油Oの反力を受けてシンクロナイザリング14を変速ギヤ7のコーン面12から離隔させる方向Fに付勢するようにしたので、変速ギヤ7、8の遊転時に、傾斜面100cに接触する潤滑油Oを利用してシンクロナイザリング13、14をギヤピース部9、10のコーン面11、12から離隔させることができる。このため、構成部品を追加することなしにシンクロナイザリング13、14に引き摺りトルクが発生するのを防止することができ、手動変速機1の駆動効率が悪化してしまうのを防止して燃費を向上させることができる。
【0053】
このように本実施の形態では、構成部品を追加することなしにシンクロナイザリング13、14に引き摺りトルクが発生するのを防止することができるので、同期装置30の製造コストが増大してしまうのを防止することができるとともに、同期装置30の小型化を図ることができる。また、構成部品を追加する必要がないため、従来のように同期装置30の高回転時に追加部品による異音の発生や破損が生じることがなく、同期装置30の信頼性を向上させることができる。
【0054】
ここで、図8に示すように、一般的なシンクロナイザリングのスプライン24は、シンクロナイザリングのスプライン24が回転方向Rに回転するのに伴って潤滑油Oが接触する部位が軸心3方向と略平行であるため、シンクロナイザリング14を変速ギヤ7のコーン面12から離隔させる方向Fに付勢することはできない。
【0055】
また、本実施の形態では、傾斜面100cを、潤滑の必要があって潤滑油が直接供給されるシンクロナイザリング13、14のスプライン22、23に形成したので、同期装置30の構成が複雑になるのを防止することができる。
【0056】
なお、本実施の形態では、ギヤピース部9、10を変速ギヤ7、8と一体的にしているが、これに限らず、図9に示すように、変速ギヤ7、8と別体のギヤピース部31、32を設け、このギヤピース部31、32の内周部に設けられたスプラインを変速ギヤ7、8にスプライン嵌合するようにしてギヤピース部31、32を変速ギヤ7、8と一体回転させるようにしてもよい。
【0057】
このように変速ギヤ7、8と別体のギヤピース部31、32を設けた場合には、ギヤピース部31、32の外周部に形成されたギヤスプラインとしてのスプライン35またはスプライン36をハブスリーブ15のスプライン19と噛合させることによって、回転軸2と変速ギヤ7または回転軸2と変速ギヤ8とを一体回転させることができる。
また ギヤピース部31、32には回転軸2に対して傾斜したテーパ面であるコーン面33、34が設けられており、このコーン面33、34上にシンクロナイザリング13、14が嵌合されている。
【0058】
また、本実施の形態では、テーパ部としての傾斜面100cをスプライン22、23に形成しているが、これに限らず、図10に示すように、テーパ部をシンクロナイザリング26のシンクロナイザリングスプラインを構成するスプライン25の間に設けてもよい。
【0059】
すなわち、スプライン25を間引いて本来スプライン25が形成されるべき部位に突出片41を設け、この突出片41を軸心3に対して所定角度、例えば、45°傾斜させることにより、潤滑油Oが接触する突出片41の対向面41aを、突出片41に接触する潤滑油Oの反力を受けてシンクロナイザリング26を変速ギヤ7のコーン面11から離隔させる方向Fに付勢するテーパ部としてもよい。
【0060】
また、今回開示された実施の形態は、全ての点で例示であってこの実施の形態に制限されるものではない。本発明の範囲は、上記した実施の形態のみの説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【0061】
以上のように、本発明に係る変速機の同期装置は、簡単な構成で変速ギヤの遊転時にシンクロナイザリングの引き摺りトルクが発生するのを防止して、製造コストが増大するのを防止することができるとともに小型化を図ることができる信頼性の高い変速機の同期装置を提供することができるという効果を有し、手動変速機に設けられ、回転軸に相対回転可能に取付けられた変速ギヤを回転軸の回転速度に同期させる同期装置等として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明に係る同期装置の一実施の形態を示す図であり、同期装置を備えた手動変速機の断面図である。
【図2】本発明に係る同期装置の一実施の形態を示す図であり、シンクロナイザリングの斜視図である。
【図3】本発明に係る同期装置の一実施の形態を示す図であり、図1の矢印A方向から見た同期装置の要部平面図である。
【図4】本発明に係る同期装置の一実施の形態を示す図であり、(a)は、シンクロナイザリングの要部構成図、(b)は、シンクロナイザリングのスプラインに作用する潤滑油の方向と潤滑油の反力によってスプラインが移動する方向を示す図、(c)は、シンクロナイザリングのスプラインのチャンファ部と背面部との傾斜面の角度と傾斜幅を示す図である。
【図5】本発明に係る同期装置の一実施の形態を示す図であり、同期時の同期装置の要部平面図である。
【図6】本発明に係る同期装置の一実施の形態を示す図であり、押し分け後の同期装置の要部平面図である。
【図7】本発明に係る同期装置の一実施の形態を示す図であり、シフト完了後の同期装置の要部平面図である。
【図8】本発明に係る同期装置の一実施の形態を示す図であり、比較のために用いた従来のシンクロナイザリングのスプラインに作用する潤滑油の方向を示す図である。
【図9】本発明に係る同期装置の一実施の形態を示す図であり、他の形状の同期装置を備えた手動変速機の断面図である。
【図10】本発明に係る同期装置の一実施の形態を示す図であり、他の形状のシンクロナイザリングのスプラインを示す図である。
【符号の説明】
【0063】
1 手動変速機(変速機)
2 回転軸
6 クラッチハブ
7、8 変速ギヤ
9、10 ギヤピース部
11、12、16、17 コーン面
13、14、26 シンクロナイザリング
15 ハブスリーブ
19 スプライン(ハブスリーブスプライン)
20、21 スプライン(ギヤスプライン)
22、23、25 スプライン(シンクロナイザリングスプライン)
30 同期装置
31、32 ギヤピース部
35、36 スプライン(ギヤスプライン)
41a 対向面(テーパ部)
100c 傾斜面(テーパ部)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸と共に回転するクラッチハブと、前記回転軸と相対回転可能なように前記回転軸に遊嵌された変速ギヤと、前記回転軸の軸方向に沿って移動自在に設けられ、内周部に前記クラッチハブの外周部にスプライン嵌合するハブスリーブスプラインが形成されたハブスリーブと、前記変速ギヤに設けられ、外周部に前記ハブスリーブスプラインに嵌合可能なギヤスプラインが形成されたギヤピース部と、前記ハブスリーブと前記変速ギヤの間に設けられ、前記ハブスリーブの軸方向への移動に伴って前記ギヤピース部のコーン面と摺接するコーン面を有するとともに、外周部に前記ハブスリーブスプラインが通過可能なシンクロナイザリングスプラインが形成されたシンクロナイザリングとを備え、前記シンクロナイザリングに潤滑油が供給される変速機の同期装置において、
前記シンクロナイザリングの回転に伴って潤滑油に接触する前記シンクロナイザリングの任意の部位に、前記シンクロナイザリングに接触する潤滑油の反力を受けて前記シンクロナイザリングを前記変速ギヤのコーン面から離隔させるように付勢するテーパ部を設けたことを特徴とする変速機の同期装置。
【請求項2】
前記テーパ部が、前記シンクロナイザリングスプラインに形成されることを特徴とする請求項1に記載の変速機の同期装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−71361(P2010−71361A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−238055(P2008−238055)
【出願日】平成20年9月17日(2008.9.17)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】