説明

多孔質シリコンの製造方法

【課題】特にリチウム電池の負極材料として好適な、大きな表面積を持つ多孔質シリコンを、簡易、安価且つクリーンに製造する方法を提供すること。
【解決手段】上記方法は、下記の工程(1)および(2)をこの順で経ることを特徴とする;
(1)粒子状または膜状であるシリコンを、40℃以上の温度において相対湿度75%以上の雰囲気に20時間以上暴露して、前記シリコンの少なくとも表面に酸化膜を形成する工程、および
(2)前記酸化膜をフッ化水素酸により除去する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は多孔質シリコンの製造方法に関する。
さらに詳しくは、特にリチウム電池の負極材料として好適な、大きな表面積を持つ多孔質シリコンを、簡易、安価且つクリーンに製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウム電池は、高電圧が得られること、容量が大きいこと、寿命が長いこと、低温においても使用可能なこと等の種々の有利な点があり、各種コンピュータにおけるメモリおよびクロックバッテリのバックアップ用電池、モバイル機器用の電池、各種小物のLED点灯用電池、住宅用火災警報器用電池等の用途に使用されている。
リチウム電池の負極材料としては、従来から黒鉛系の材料が使用されてきた。しかし近年は、新規な材料が種々提案されている。特にシリコンからなる負極材料は、容量の理論値が黒鉛系と比較して非常に大きいことから、次世代技術として注目されている。しかしシリコンは容量が大きい故に体積膨張も大きく、更にシリコン自体が硬くて脆い材料(以下、「ブリットルな材料」という)であるため、今のところ実用化には至っていない。
シリコン負極材料における体積膨張を緩和する技術が検討されている。
例えばシリコンの体積膨張を構造的に吸収することを目的として、シリコンを微粒子として使用する技術、グラファイトからなる繊維上にシリコン薄膜を堆積した複合材料を使用する技術等が提案されているほか、シリコンを多孔質化して使用しようとする試みがなされている。多孔質化したシリコンを負極材料として用いることにより、体積膨張を構造的に吸収できることとなる。すなわち、シリコンの表面に深い孔を多数形成することができれば、シリコンに弾力性を付与することが可能となり、構造的に壊れ難いシリコン粒子となる。また、多孔質化によってシリコンの表面積が増大して電池反応に寄与する面積が大きくなるから、電池の容量を更なる増大を期待することができる。
【0003】
シリコンを多孔質化する技術として、いくつかの方法が提案されている。
例えば特許文献1では、シリコンの単結晶からなる基板をフッ酸水溶液中で陽極化することにより多孔質のシリコン層を形成する技術が提案されている。特許文献2では、化学処理によってシリコンを多孔質化する技術が提案されている。さらに特許文献3では、シリコンウェハを光照射下で電解酸化することにより、多孔質のシリコン層を形成する技術が提案されている。
しかしながらこれらの技術によって形成される孔は深さが十分ではなく、リチウム電池の改良された負極材料として十分な表面積を有する多孔質シリコンを得ることはできない。
一方、特許文献4では、シリコン基板上に過酸化金属ポリ酸(例えば過酸化ポリタングステン酸)を塗布して乾燥した後、基板の温度を高温に維持しつつ、シリコン源(例えば四塩化ケイ素)および水素を含む混合気体を流通させ、基板上にシリコンを堆積することにより多孔質シリコン層を形成する技術が提案されている。この技術によると、比較的大きな表面積を有する多孔質シリコン層を得ることができる。しかし、この技術によると、シリコンの堆積のために900℃程度の高温が必要であるため、プロセスに要するエネルギーが大きく、従って高価であるほか、シリコン源としてプロセス温度において気体状の化合物を使用するため、製造装置の汚染が著しいとの問題がある。
簡易、安価且つクリーンな方法によって大きな表面積を持つ多孔質のシリコンを製造する技術はいまだ知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−344012号公報
【特許文献2】特開2007−281448号公報
【特許文献3】特開2010−129630号公報
【特許文献4】特開2009−46324号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、特にリチウム電池の負極材料として好適な、大きな表面積を持つ多孔質シリコンを簡易、安価且つクリーンに製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は上記課題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、シリコンを適切な温度と適切な湿度環境下に一定時間静置し、その後表面をフッ化水素酸で洗浄するという極めて簡易且つクリーンな方法により、本発明が所期する多孔質シリコンが容易に得られることを見出したのである。すなわち、本発明は、下記の工程(1)および(2)をこの順で経ることを特徴とする、多孔質シリコンの製造方法に関する。
(1)粒子状または膜状であるシリコンを、40℃以上の温度において相対湿度75%以上の雰囲気に20時間以上暴露して、前記シリコンの少なくとも表面に酸化膜を形成する工程(以下、「(1)酸化膜形成工程」という。)、および
(2)前記酸化膜をフッ化水素酸により除去する工程(以下、「(2)酸化膜除去工程」という。)。
【発明の効果】
【0007】
本発明によると、大きな表面積を持つ多孔質シリコンを簡易、安価且つクリーンに製造することができる。
本発明の方法によって製造された多孔質シリコンは、特にリチウム電池の負極材料として好適に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施例で製造した多孔質シリコンの走査型電子顕微鏡写真。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の方法に用いられる原料のシリコンは、その結晶性を問わず、アモルファス、多結晶もしくは単結晶またはこれらの組み合わせであることができる。また、得られる多孔質シリコンの使用に支障を来たさない限り、不純物を含んでいてもよい。この不純物としては、シリコンにp型半導体性を与える13族元素およびn型半導体性を与える15族元素のほか、シリコンよりもイオン化傾向の高い元素を挙げることができる。シリコンよりもイオン化傾向の高い元素を不純物として含むシリコンを原料として使用すると、本発明の方法の効果をより発揮することができる点で好ましい。なお、本明細書における元素の族は、国際純正応用化学連合(IUPAC)によって設定された族番号である。
不純物としての13族元素としては、例えばホウ素、アルミニウム、ガリウム等を;
15族元素としては、例えばリン、ヒ素、アンチモン等を、それぞれ挙げることができる。
シリコンよりもイオン化傾向の高い元素としては、例えば1族元素、2族元素、原子番号21〜30の元素等を挙げることができるほか、上記の13族元素もこれにあたる。シリコンよりもイオン化傾向の高い元素としては、上記のうち、水素、マンガン、亜鉛または鉄であることが好ましい。
【0010】
特に原料のシリコンがその内部に不純物として水素原子を含む場合、大きな表面積を持つ多孔質シリコンを形成し易い点で好ましい。シリコン内部に水素を含むシリコンを得るには、例えばシリコンを水素雰囲気中で溶融し次いで急冷する方法、モノシランを原料とするCVD法において、800℃以下の温度でSi−H結合を残しながら熱分解することによってシリコンを得る方法等を挙げることができる。
本発明の方法に用いられる原料のシリコンが含有する不純物の割合は、10,000ppma(parts per million atomic)以下とすることが好ましく、5,000ppma以下とすることがより好ましい。とりわけ好ましくは内部に水素を5,000ppma以下、特には100〜1,000ppmaの範囲で含有するシリコンを使用することであり、この場合に本発明の効果が最大限に発揮されることとなる。
【0011】
本発明の方法に用いられる原料は、粒子状または膜状のシリコンである。
原料のシリコンが粒子状である場合、粒子の形状は制限されないが、その粒径は、0.1〜100μmであることが好ましく、1〜20μmであることがより好ましい。リチウム電池の負極材料に利用する場合、粒径を小さくするほど材料の表面積を大きくすることができるため、リチウムイオンとの反応サイト数が増加して性能は向上する。しかし粒径が小さすぎると、多孔質シリコンの製造過程において、反応系中の液状媒体と粒子との分離のための装置を大型化することが必要となり、分離に時間がかかり、また粒子のロスも発生し易くなる等の理由から、粒径は上記の範囲が最適である。
原料のシリコンが膜状である場合、その膜は何らかの基体上に形成されたものであってもよく、基体を有さない独立物としての膜であってもよい。本発明の方法は、高温、低温、強酸、強アルカリ、高圧等の過酷な条件設定を要しないから、基体を構成する材料はほぼ任意のあらゆる物質であることができる。例えば、グラファイト、シリコンカーバイド、金属、金属酸化物等を使用することができるほか、合成または天然の樹脂、合成または天然のゴム、合成または天然の繊維またはその織物もしくは編物等の有機物、またはこれらの炭化物であってもよい。
シリコンは、膨張および収縮に弱いブリットルな材料である。そのため、これを膜として扱う場合、膜厚を薄くするほど柔軟性を高くすることができ、製品の耐久性を向上することができる。しかし膜厚が薄すぎると、これを多孔質化したときに孔が膜を突き抜けてしまって基材に到達する場合があり、工程上のトラブルを来たし易く、製品性能も損なわれることとなる。そこでこれら両面を考慮して、膜状シリコンの膜厚は、0.1〜100μmとすることが好ましく、1〜10μmとすることがより好ましい。この範囲の膜厚とすることにより、柔軟性を確保して製品の耐久性を維持しつつ、孔が膜を突き抜ける危険を回避することができる。
【0012】
本発明の方法に用いられる原料のシリコンは、新たに製造されたバージンのものであってもよく、あるいは公知の方法または本発明の方法を施され、すでに多孔性を有するシリコンであってもよい。
シリコンの表面に自然酸化膜が形成されている場合には、公知の方法によりこれを除去してから本発明の方法に供することが好ましい。酸化膜の形態は、シリコン粒子、シリコン膜の入手前の履歴により異なる。通常シリコンの表面には、非常に強固な酸化膜が形成される。表面にこのような強固な酸化膜が存在すると、本発明の方法による不均一な酸化膜が形成され難くなる。そのため、処理前に水酸化カリウム、水酸化ナトリウム等のアルカリ、またはフッ化水素酸により、表面の酸化膜を予め除去するとともに、表面のボンドを水素で終端しておくことが望ましい。
【0013】
本発明の方法は、上記のようなシリコンを原料として行われる。
以下、本発明の(1)酸化膜形成工程および(2)酸化膜除去工程について、順に説明する。
(1)酸化膜形成工程
本工程においては、上記のようなシリコンを、40℃以上の温度において相対湿度75%以上の雰囲気に20時間以上暴露して、前記シリコンの少なくとも表面に酸化膜を形成する。
暴露温度は、40〜90℃とすることが好ましく、さらに60〜70℃とすることが好ましい。
暴露の際の湿度は、相対湿度として75%以上であるが、より高湿度とすることが好ましく、従って相対湿度として、80%以上とすることが好ましく、90%以上とすることがより好ましく、さらに95%以上とし、結露が発生する程度の湿度とすることが好ましい。
暴露は、酸素の共存下で行うことが好ましい。この酸素の濃度としては、水分を除いた雰囲気の50体積%以下とすることが好ましく、5〜30体積%とすることが好ましく、さらに10〜25体積%とすることが好ましい。従って、水分を除いた雰囲気としては、空気を好適に適用することができる。
暴露の際の圧力は、特に制限されず、常圧で足りる。
このような条件下における暴露により、シリコンの少なくとも表面に酸化膜が形成される。ここで、本発明者の検討によると、上記の条件下で形成される酸化膜は、シリコン表面上に均一に形成されているのではなく、驚くべきことに、シリコン表面のうち、互いに離隔した多数の領域において、シリコンの内部にまで「根」を伸ばして侵食する特殊な形状に成長することが明らかとなった。従って酸化膜をこれらの「根」とともに除去することにより、多孔質シリコンを得ることができるのである。
酸化膜がこのような形状に成長する理由は未だ詳らかではないが、本発明者は、上記の条件下で形成された酸化膜はその少なくとも一部の領域において水分(ならびに存在する場合には酸素、および酸または酸化剤)を通過させることができることに起因すると推察している。恐らく酸化膜中に、二酸化ケイ素の化学量論が不十分である領域、緻密ではない領域等の不完全な領域が多数存在するのであろう。
【0014】
(2)酸化膜除去工程
本工程においては、(1)酸化膜形成工程において形成された酸化膜をフッ化水素酸により除去する。(1)酸化膜形成工程において形成された酸化膜は、上記のとおり、シリコンの内部にまで「根」を伸ばして成長している。従ってこれを機械的研磨または化学機械的研磨によって除去することは適当ではなく、化学的方法によって除去する必要がある。本発明の方法においては、シリコン基板等の酸化膜除去のための洗浄に一般的に使用されているフッ化水素酸を用いて酸化膜を除去する。フッ化水素酸を用いることにより、実質的に酸化膜のみを溶解・除去することができ、表面積の大きな多孔質シリコンを得ることができる。ここで酸化膜以外の部分も溶解し得る試薬を用いると、多孔質シリコンが得難くなり好ましくない。
フッ化水素酸の濃度は、酸化膜が除去できれば特に制限されないが、0.1〜50質量%とすることが好ましく、1〜10質量%とすることがより好ましい。
酸化膜除去の処理温度は、5〜80℃とすることが好ましく、10〜60℃とすることがより好ましい。処理時間は、0.1〜60分とすることが好ましく、1〜5分とすることがより好ましい。
洗浄後は、水でリンスする等して、処理液(フッ化水素酸)を除去することが好ましい。
【0015】
上記のようにして、多孔質シリコンを得ることができる。
本発明の方法によって製造された多孔質シリコンは、酸化膜の「根」が除去された後の痕跡である深い孔が多数形成されたものであり、従って大きな表面積を有することとなる。
本発明の方法によってシリコンに形成される径の直径の平均は、100〜1000nmとすることができ、さらに100〜200nmとすることができる。
本発明の方法は、1回だけ行っても十分に表面積の広い多孔質シリコンを製造することができるが、これを複数回繰り返すことにより、シリコンの表面積をさらに大きくすることができる。本発明における繰り返しの合計回数としては、1〜10回とすることが好ましく、1〜5回とすることがより好ましい。ここで繰り返しの合計回数が1回とは、本発明の方法を1回だけ行うことをいう。
【実施例】
【0016】
実施例1
粒子状のシリコン(平均粒径10μm、溶融析出法により水素雰囲気中で溶融し、グラファイト製の冷却板に落下させて急冷したもの。水素含有率500ppma)を、濃度1.5質量%のフッ化水素酸中で20℃において3分間予備洗浄して表面の自然酸化膜を除去し、次いで純水でリンスした。
上記処理後のシリコン粒子を、相対湿度95%の空気中に、50℃において3日間(72時間)静置した。この処理により、シリコン粒子の少なくとも表面に不規則な膜厚の酸化膜が形成された((1)酸化膜形成工程)。
次いで、酸化膜が形成されたシリコン粒子を濃度1.5質量%のフッ化水素酸中で20℃において3分間処理し、酸化膜を化学的に除去した((2)酸化膜除去工程)。次いで酸化膜除去後のシリコン粒子を純水でリンスした後、温度105℃に設定した乾燥機内で30分間乾燥することにより、多孔質シリコン粒子を得た。
この多孔質シリコン粒子の表面近傍の走査型電子顕微鏡写真を図1に示した。この写真により、本発明の製法により、シリコンの多孔質体が形成されていることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0017】
本発明の方法によって製造された多孔質シリコンは、特にリチウム電池の負極材料として好適に使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の工程(1)および(2)をこの順で経ることを特徴とする、多孔質シリコンの製造方法;
(1)粒子状または膜状であるシリコンを、40℃以上の温度において相対湿度75%以上の雰囲気に20時間以上暴露して、前記シリコンの少なくとも表面に酸化膜を形成する工程、および
(2)前記酸化膜をフッ化水素酸により除去する工程。
【請求項2】
工程(1)における暴露が酸素の共存下に行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の方法によって製造された多孔質シリコン。
【請求項4】
請求項3に記載の多孔質シリコンからなるリチウム電池負極材料。

【図1】
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【公開番号】特開2013−8487(P2013−8487A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−139150(P2011−139150)
【出願日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【出願人】(000003182)株式会社トクヤマ (839)
【Fターム(参考)】