説明

多層膜の形成方法

【課題】 膜厚制御誤差が小さい多層膜の形成方法を提供する。
【解決手段】 蒸着源4を有するチャンバ1内に、複数の基板を保持するホルダ5と、成膜中に所定の観測波長の光に対する反射率又は透過率をモニタして各層の膜厚を制御するために、各層を形成するごとに切り替わってホルダ5の開口部5aに露出する複数の第一のモニタ基板11と、多層膜の反射率又は透過率の分光特性をモニタするために、ホルダ5上に設置された第二のモニタ基板12とを有する装置により基板上に多層膜を形成する方法であって、第一のモニタ基板11の各層の反射率又は透過率から算出される各層の屈折率と、各層の屈折率及び第二のモニタ基板12上の多層膜の反射率又は透過率の分光特性から推定される各層の物理膜厚とに基づいて以降形成する層の膜厚の設計値を変更する工程を有することを特徴とする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液晶プロジェクタ、デジタルカメラ等の光学機器や光通信等に用いる光学素子及びそれに用いる多層膜フィルタ、及び多層膜フィルタの形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
SiO2,Ta2O5 ,TiO2等の誘電体膜を積層してなる多層膜フィルタは、カットフィルタ、バンドパスフィルタ、ダイクロイックフィルタ、ビームスプリッタ、偏光ビームスプリッタ等の光学フィルタとして機能し、特定の波長やエネルギー、偏光等の光を分離する光学デバイスとして、各種電子機器や光学機器に利用されている。近年、電子機器や光学機器の高性能化に伴い光学デバイスの高性能化の要望が高まっており、とりわけ多層膜フィルタについては、厳しい光学特性の精度及び再現性が要求されている。
【0003】
しかしながら、従来の成膜方法である真空蒸着法等で多層膜フィルタを作製した場合、膜厚制御誤差や屈折率のばらつき等により、目標とする光学特性と実際に得られる多層膜フィルタの光学特性との差異が生じてしまう。そのため成膜安定性の高いスパッタリング法、イオンアシスト法、プラズマアシスト法、イオンプレーティング法等を用いて成膜精度の向上を図ってきた。
【0004】
しかしながら、成膜安定性の高い方法を用いても、真空度や成膜温度等の条件の変化に伴い、膜の屈折率等の変化による成膜制御誤差が生じるのは避けられない。近年、電子機器の高性能化に伴い光学デバイスのさらなる高性能化の要望があり、従って、これらの要求に答えるために、成膜精度のさらなる向上が望まれている。
【0005】
その対策として、近年、多層膜の形成過程において、各層の成膜後に被成膜基板の分光反射率又は分光透過率を測定し、得られた分光スペクトルから各層の膜厚を推定することにより、実際に成膜された膜の厚さが設計通りであるかどうか(膜厚が設計値からどの程度ずれているか)を把握したり、成長過程から見て以降の層を当初の設計通り成膜を続けたと仮定した場合に最終的に得られる光学特性が目標とずれてしまうと判断された場合、以降に成膜する層の膜厚の設計値を変更し、目的の光学特性仕様を満たすように膜厚補正を行うことにより、高精度の光学特性を得たりするという手法が用いられるようになった。
【0006】
しかしながら、この従来の方法では、さらに高精度な光学特性の制御を実現することは困難である。各層の膜を形成する前後の分光反射率又は分光透過率の分光スペクトルの変化から各層の膜厚を推定しているが、分光スペクトルの変化は膜の物理膜厚dと屈折率nとの積(光学膜厚nd)に依存しているため、理論上、分光スペクトルの変化のみから膜の物理膜厚d及び屈折率nを一義的に求めることはできない。
【0007】
すなわち分光反射率又は分光透過率の変化のみから膜の物理膜厚d及び屈折率nを求めた場合、その値が必ずしも実際の膜の物理膜厚d及び屈折率nを正しく反映していない可能性がある。従って、この方法により推定された膜の物理膜厚d及び屈折率nに基づいて以降形成する層の膜厚の設計値を変更しても、意図するような補正効果は得られない。
【0008】
特開2002-53957号(特許文献1)は、図13に示す成膜装置を用いた成膜方法を開示している。この成膜装置は、真空室100の底部に設けられた蒸発源101と、その上方に配設された製品基板保持用のドーム102と、ドーム102の中心部に設けられた特性モニタ基板103及び膜厚制御モニタ基板104を有する。特性モニタ手段は、特性モニタ基板103に積層された膜の光学特性を計測して、屈折率及び膜厚を検知するもので、特性モニタ基板103、投受光部105及び計測部106によって構成され、測定値は演算部を含む制御手段107に取り込まれる。膜厚制御モニタ手段は、特定された制御波長の単色光により膜厚制御モニタ基板104に成膜中の各層の膜厚を計測して膜厚制御を行うもので、膜厚制御モニタ基板104、モニタ交換機能を含む投受光部108及び計測部109によって構成され、測定値は制御手段107に取り込まれる。
【0009】
図14に示す成膜装置を用いて、所定の制御波長をもつ単色光を用いて多層膜の成膜中の各層に膜厚制御モニタ基板104上で計測し、白色光を用いて膜厚制御モニタ基板104上の各層の成膜後の膜厚Dmを計測し、特性モニタ基板103上に積層された膜の光学特性を計測することにより、各層の膜厚Dsを推定し、膜厚制御モニタによる膜厚Dmと特性モニタによる膜厚Dsから得られた実測膜厚比Ds/Dmに基づいて、次層以後の膜厚制御のための制御波長を変更することにより、膜厚制御誤差の大幅低減を図っている。
【0010】
しかしながら、この方法では各層の膜厚Dsを一義的に求めていないことができないため、やはり意図するような補正効果は得るのは難しい。また特性モニタ基板103及び膜厚制御モニタ基板104の両方において白色光を用いて屈折率及び膜厚を求めているため、成膜工程が複雑になる。加えて、実測膜厚比Ds/Dmは、特性モニタ基板103及び膜厚制御モニタ基板104の膜厚誤差の両方の影響を受けるため、誤差が生じやすく、安定性に欠ける。
【0011】
【特許文献1】特開2002-53957号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
従って本発明の目的は、膜厚制御誤差が小さい多層膜の形成方法を提供することである。
【0013】
本発明のさらに別の目的はかかる形成方法により得られた多層膜及びそれを有する光学素子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明者は、複数の第一のモニタ基板においてモニタされた各層の反射率から各層の屈折率を算出し、算出された屈折率を用いて第二のモニタ基板においてモニタされた多層膜の反射率の分光特性から各層の物理膜厚を推定し、各層の屈折率及び物理膜厚に基づいて、多層膜の光学特性が目標値を満足するように、以降積層する層の膜厚の設計値を変更することにより、膜厚制御誤差を小さく、正確かつ安定に所望の光学特性を有する多層膜が得られることを発見し、本発明に想到した。
【0015】
すなわち、本発明は以下の手段により達成される。
(1) 蒸着源を有するチャンバ内に、複数の基板を保持するホルダと、成膜中に所定の観測波長の光に対する反射率又は透過率をモニタして各層の膜厚を制御するために、各層を形成するごとに切り替わって前記ホルダの開口部に露出する複数の第一のモニタ基板と、多層膜の反射率又は透過率の分光特性をモニタするために、前記ホルダ上に設置された第二のモニタ基板とを有する装置により前記基板上に多層膜を形成する方法であって、前記第一のモニタ基板の各層の反射率又は透過率から算出される各層の屈折率と、前記各層の屈折率及び前記第二のモニタ基板上の多層膜の反射率又は透過率の分光特性から推定される各層の物理膜厚とに基づいて以降形成する層の膜厚の設計値を変更する工程を有することを特徴とする方法。
(2) 上記(1) に記載の多層膜の形成方法において、前記ホルダとして、回転自在のホルダを使用することを特徴とする方法。
(3) 上記(1) 又は(2) に記載の多層膜の形成方法において、前記ホルダとして、頂上に開口部を有するドーム状ホルダを使用することを特徴とする方法。
(4) 上記(1)〜(3) のいずれかに記載の多層膜の形成方法において、前記第二のモニタ基板が前記ホルダ上の前記基板の設置範囲内に設置されていることを特徴とする方法。
(5) 上記(1)〜(4) のいずれかに記載の多層膜の形成方法において、前記第二のモニタ基板が前記基板と同じ素材の平板であることを特徴とする方法。
(6) 上記(1)〜(3) のいずれかに記載の多層膜の形成方法において、前記第二のモニタ基板が前記基板のうちの一つ以上であることを特徴とする方法。
(7) 上記(1)〜(6) のいずれかに記載の多層膜の形成方法において、前記多層膜をプラズマアシスト法、イオンアシスト法又はイオンプレーティング法により形成することを特徴とする方法。
(8) 上記(1)〜(7) のいずれかに記載の方法により形成された多層膜。
(9) 上記(8) に記載の多層膜を有する光学素子。
【発明の効果】
【0016】
本発明の多層膜の形成方法は、製品基板と同条件の基板に積層した多層膜の各層の屈折率及び膜厚に基づいて、以降積層する層の膜厚の設計値を変更しているので、膜厚制御誤差が小さく、正確かつ安定に所望の光学特性を有する多層膜が得られる。またかかる多層膜を有する光学素子が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
[1] 多層膜の形成装置
図1〜3は本発明の一実施例による多層膜の形成装置を概略的に示す。この例では、真空チャンバ1の底面には、蒸着源2と、電子銃2aと、開閉自在なシャッタ3と、プラズマ銃4とが設けられており、真空チャンバ1内の上部には、開口部5aを中心に有するドーム状のホルダ5と、膜厚モニタ交換装置20とが設けられている。ホルダ5には、複数の製品用の基板10、第二のモニタ基板12及び内側を遮蔽板25で覆われたキャリブレーション用基板13が嵌合されている。膜厚モニタ交換装置20には、複数の第一のモニタ基板11が設けられている。開口部5aの上方には膜厚モニタ21が設けられており、ホルダ5の上方には分光光度計22及び光ファイバ23が設けられている。真空チャンバ1の内壁には、ホルダ5の周囲を塞ぐように水平方向に延在したシールド26が設けられている。それにより、ホルダ5の上側に蒸着源2より蒸発した膜原料、及びプラズマ銃4から照射された電子によりチャンバ内で発生したプラズマが入り込むのを防止する。真空チャンバ1の側壁には反応ガス導入用のボンベ27及び排気装置28が設けられている。以下、主要な部位について詳細に説明する。
【0018】
(1) ホルダ
ホルダ5は開口部5aを中心にして回転自在である。ホルダ5の回転機構を図4を用いてさらに詳細に説明する。ホルダ5は、基板を保持するためのドーム状のホルダ部51と、筒部52と、ホルダ5を回転させるためのギア部53とからなる。ホルダ部51、筒部52及びギア部53は中央部が縦方向に空洞になっており、合わせて開口部5aを形成している。さらに筒部52は、ギア部53と接続している部分に、半径方向外側に延在した縁部52aを有する。筒部52の外周より僅かに大きい開口部を有する支持板32が真空チャンバ1の内壁に取り付けられており(真空チャンバ1と接する部分は図示せず。)、ホルダ5は、縁部52aにおいて、複数のボールベアリング31を介して支持板32と接している。このような機構により、ホルダ5は真空チャンバ1内に回転自在に設置している。ギア部53はモータ33のギア34と噛合しており、モータ33によりホルダ5の回転を制御することができる。
【0019】
(2) 第一のモニタ基板
第一のモニタ基板が設置されている膜厚モニタ交換装置20は回転自在であり、その中心軸は図2に示すようにホルダ5の中心軸とずらして設置されている。各第一のモニタ基板11は膜厚モニタ交換装置20の同一半径方向位置に設置されている。従って、膜厚モニタ交換装置20を回転させると、第一のモニタ基板11が入れ替わり、新しい第一のモニタ基板11を開口部5aから露出させることができる。
【0020】
膜厚モニタ21よりある特定の観測波長λを基板に照射し、開口部5aに露出する第一のモニタ基板11の成膜中の反射率の経時変化を連続的にモニタすることにより、各第一のモニタ基板11に形成される各層の屈折率及び光学膜厚が得られる。第一のモニタ基板11の設置数は、基板10に形成する多層膜の層数より多いことが望ましい。
【0021】
成膜中に測定された第一のモニタ基板11の反射率の経時変化より、各層の屈折率及び光学膜厚を求める方法を以下に示す。第一のモニタ基板の反射率Rと第一のモニタ基板に形成された膜の屈折率n1及び膜厚d1との間には下記関係が成り立つ。
【数1】

【数2】

(ただし、n0は入射媒質の屈折率であり、nmは第一のモニタ基板11の屈折率である。)
【0022】
反射率Rと光学膜厚nd1(屈折率n1×膜厚d1)との関係を表したグラフを図5に示す。反射率Rは光学膜厚nd1の変化に伴い変動し、図5に示すように、光学膜厚nd1が観測波長λの1/2の自然数倍のとき、反射率Rは第一のモニタ基板11の反射率と一致する。また光学膜厚nd1が観測波長λの1/4の奇数倍のとき、反射率Rの値はピークとなる。式(1) より、n1<nmのときピークは極大値を取り、n1>nmのときピークは極小値を取る。従って、反射率に対応する光学膜厚を予め調べていれば、その値と反射率Rの実測値とを比較することにより、光学膜厚nd1を求めることができる。
【0023】
図5に示すように、反射率Rが最初のピークを示すとき、光学膜厚nd1は観測波長λの1/4倍となる。そのときの反射率Rは、式(3) に示すようになる。
【数3】

観測時における第一のモニタ基板のまわりは真空状態であるため、入射媒質の屈折率は1として良い。基板の屈折率nmは既知であるため、反射率Rより基板上に形成されている膜の屈折率n1を求めることができる。なお、この方法で屈折率n1を求めるためには、最初のピークがあることが条件であるため、観測波長λとしては光学膜厚の設計値の4倍以下のものを用いる必要がある。
【0024】
(3) 第二のモニタ基板及びキャリブレーション用基板
ホルダ5の上方に設けられた分光光度計22及び光ファイバ23により、第二のモニタ基板12及びキャリブレーション用基板13の反射率の分光特性をモニタする。光ファイバ23が向けられている箇所と第二のモニタ基板12及びキャリブレーション用基板13の設置箇所は同一半径方向である。膜厚モニタ21、分光光度計22及びホルダ5の回転は膜厚制御システム24によりそれぞれ制御される。
【0025】
第二のモニタ基板12及びキャリブレーション用基板13はホルダ5に嵌合され、ホルダ5と一緒に回転しているのに対し、分光光度計22及び光ファイバ23は装置に固定されている。そのため、第二のモニタ基板12が光ファイバ23の下に来たときに第二のモニタ基板12の光学特性をモニタすることができる。具体的には、第二のモニタ基板12が所定の位置に来たことをセンサ(図示せず)により検知した後、分光光度計22から第二のモニタ基板12に白色光を照射することにより、第二のモニタ基板12の反射率の分光特性をモニタする。その際に、成膜を一旦中断し、かつホルダ5を停止させるのが好ましい。
【0026】
第二のモニタ基板12は基板10の設置範囲内に設置されているのが好ましい。ここで基板10の設置範囲とは、複数の基板10が設置されたホルダ5において、各基板10に形成される多層膜の光学特性がほぼ等しい範囲を意味する。従って、第二のモニタ基板12を基板10の設置範囲内に設置することにより、基板10と第二のモニタ基板12とに形成される多層膜の光学特性をほぼ等しくすることができる。
【0027】
第二のモニタ基板12として、複数の基板10のうちの一つを用いても良い。第二のモニタ基板12として新たに基板を設けることなく、基板10のうちの一つを直接モニタすることにより、基板10における成膜条件と同一の条件で成膜することができる。また基板10の表面がレンズのように曲面である場合、第二のモニタ基板12として基板10と同様の素材の平板を代わりに用いることもできる。
【0028】
図1に示す例では、第二のモニタ基板12は一つであるが、本発明はこれに限らず、第二のモニタ基板12を複数設置しても良い。また基板10のうちの複数の基板を第二のモニタ基板12として用いても良い。複数の第二のモニタ基板12を、例えば異なる半径方向位置に設置し、それらの光学特性を測定して平均値を取ることにより、さらに高精度な膜厚制御が可能になる。
【0029】
図1に示す例では、第一のモニタ基板11に形成される各層の膜厚、及び第二のモニタ基板12及びキャリブレーション用基板13に形成される多層膜の光学特性を、反射光をモニタすることにより推定しているが、反射光の代わりに透過光を用いても良い。また図1に示す例では、各基板10,11,12の裏側(膜が形成されない側)から光を当てているが、各基板10,11,12の表側(膜が形成される側)から光を当てても良い。
【0030】
[2] 多層膜の形成方法
以下、本発明の多層膜の形成方法の一例を、図6のフローチャートに基づいて詳細に説明する。
【0031】
(1) 1層目の成膜
排気装置28により真空チャンバ1内を10-5〜10-7Torr台の高真空状態にした後、1.0×10-4torr程度の圧力になるまで反応ガスを導入する(例えばO2)。電子銃2aから電子を照射して蒸着源2に載置された膜原料(Ta2O5)を蒸発させ、同時にプラズマ銃4によりチャンバ内に電子を照射し、反応ガスおよび蒸発粒子をプラズマ化しながら、基板10、第一のモニタ基板11及び第二のモニタ基板12にそれぞれ膜原料を付着させ、1層目の成膜を行う(ステップA)。その際、目標となる光学膜厚を予め設計しておく(例えば、1層目の光学膜厚の設計値を180 nmとする。)。
【0032】
成膜中、膜厚モニタ21により、第一のモニタ基板11の観測波長λにおける反射率Rを経時的にモニタする(ステップB)。そのときの反射率Rと光学膜厚nd11との関係を図7(a1)に示す。1層目(Ta2O5)の光学膜厚に対応する反射率を式(1) 及び図5より予め計算しておき、反射率Rが光学膜厚の設計値180 nmに対応する反射率に達したときに、成膜を終了する(ステップC)。成膜中の層が最終層の場合ここで成膜を終了する。そうでなければ次のステップに進む。通常1層目は最終層ではないので次のステップに進む。
【0033】
第二のモニタ基板12に形成された1層目の反射率の分光特性をモニタする(ステップD)。得られた反射率の分光特性を図7(a2)に実線で示す。多層膜の反射率の分光特性から屈折率n21及び膜厚d21を一義的に求めることはできないため、まずステップBにおいて経時的にモニタした観測波長λにおける反射率Rのピーク値から、式(3)を用いて、第一のモニタ基板11に形成される膜の観測波長λにおける屈折率を算出する。このようにして得られた第一のモニタ基板上の1層目の屈折率をn11とする(ステップE)。
【0034】
一般的に誘電体の屈折率は光の波長により値が異なる波長分散を有するため、図8に示すように、第一のモニタ基板11に形成する膜と同じ成分の膜の屈折率の波長分散特性を予め求めておき、観測波長λにおける屈折率が屈折率n11と一致するように波長分散特性全体を修正する。修正後の波長分散特性を第一のモニタ基板11に形成された1層目の膜の屈折率の波長分散特性とする。ここで第一のモニタ基板11に形成された膜の屈折率と第二のモニタ基板11に形成された膜の屈折率とはほぼ同じであるため、修正後の波長分散特性を第二のモニタ基板12に形成された1層目の膜の屈折率の波長分散特性n21であると推定する(ステップF)。
【0035】
ステップFで求めた屈折率n21を用い、1層目の膜厚をパラメータとしたシミュレーション計算により1層目の反射率の分光特性を計算する(図7(a2)の破線)。これと第二のモニタ基板12で測定した1層目の反射率の分光特性(図7(a2)の実線)とを比較して、両者が最も良く一致したときの膜厚を第二のモニタ基板12に形成された1層目の物理膜厚d21とする(ステップG)。
【0036】
上述の手順により求めた屈折率n21及び膜厚d21が1層目の屈折率及び膜厚の設計値と一致しておらず、このまま成膜を続行した場合に最終的に得られる多層膜の光学特性が目標値を満足しないと判断した場合、目標値と一致するように以降積層する層の膜厚の設計値の補正を行う(ステップH)。第一のモニタ基板11を新しいものと交換する(ステップI)。
【0037】
(2) 2層目以降の成膜
蒸着源2に2層目の膜成分をセットして、1層目と同様に、2層目の成膜を行う(例えば、膜成分をSiO2とし、光学膜厚の設計値を160 nmとする。)(ステップA)。第一のモニタ基板11に形成される膜の光学膜厚nd12に対する反射率Rの経時変化をモニタし(図7(b1))(ステップB)、第一のモニタ基板11に形成される膜の光学膜厚nd12が160 nmになった時点で成膜を終了(ステップC)する。第二のモニタ基板12に形成された多層膜の反射率の分光特性をモニタする(図7(b2))(ステップD)。また第一のモニタ基板11より求めた屈折率n12から屈折率の波長分散特性n22を推定する(ステップE,F)。
【0038】
第二のモニタ基板12に形成された多層膜の1層目の屈折率n21及び膜厚d21、及び2層目の屈折率の波長分散特性n22から、シミュレーションにより2層目の膜厚d22をパラメータとして多層膜の反射率の分光特性を計算し、算出された分光特性がモニタされた多層膜の反射率の分光特性(図7(b2))と最も良く一致するときの物理膜厚d22を求め、それを2層目の膜厚d22と決定する(ステップG)。2層目の屈折率n22及び膜厚d22が設計値と一致せず、このまま成膜を続けた場合、最終的に得られる多層膜の光学特性が目標値と一致しないと判断した場合は、光学特性が目標に近づくように、以降積層する層の膜厚の設計値の補正を行う(ステップH)。
【0039】
第一のモニタ基板11を新しいものと交換し(ステップI)、蒸着源2に3層目の膜成分をセットして、3層目の成膜を行う(例えば、膜成分をTa2O5とし、光学膜厚の設計値を180 nmとする。)。同様の方法で、第一のモニタ基板11に形成される膜の屈折率n13、及び第二のモニタ基板12に形成された多層膜の反射率の分光特性を求める。第二のモニタ基板12に形成された多層膜の1,2層目の屈折率の波長分散特性n21,n22及び膜厚d21,d22、及び3層目の屈折率n23から、シミュレーションにより3層目の膜厚d23を求める(図7(c1), (c2))。
【0040】
同様の方法で、1〜3層目の屈折率の波長分散特性n21〜n23、膜厚d21〜d23及び4層目の屈折率n24から4層目の膜厚d24を求める(図7(d1), (d2))。以上の工程を繰り返し、多層膜の設計膜数を成膜し終わるか、多層膜の光学特性が目標値を達成した時点で終了する。
【0041】
上述した例では、多層膜の形成として、Ta2O5とSiO2とを交互に積層させたが、本発明はこれに限らない。また蒸着源2の成分としては、一般的に多層膜に用いられるものであれば何でも良いが、Ta2O5,SiO2,ZrO2,TiO2等の誘電体が好ましい。蒸着源2を蒸発させて基板に膜原料を付着させる方法としては、プラズマ銃を用いたプラズマアシスト法が好ましく、イオンアシスト法又はイオンプレーティング法等を用いても良い。これらの方法を用いれば、通常の真空蒸着法と比較して成膜エネルギーが大きく向上するため、高密度の膜が形成することができ、かつ屈折率の再現性が良くなる。そのため安定した屈折率を有する多層膜が得られ、膜厚制御誤差、温度変化、湿度変化等に伴う分光特性変化である波長シフトが低減する。成膜時における各基板10,11,12の温度は、室温(20℃程度)〜300℃であるのが好ましい。
【0042】
上述した例では、各層を形成するごとに、屈折率及び膜厚を測定し、それに基づく次層以降の膜厚補正を行っているが、必ずしも全層行う必要はなく、精度や膜構成に応じて、少なくとも一層に対して行えば良い。また上述した例では、各層を形成するごとに第二のモニタ基板12の反射率の分光特性をモニタしたが、各層の成膜中にモニタしても良い。
【0043】
本発明を以下の実施例によってさらに詳細に説明するが、本発明はそれに限定されるものではない。
【0044】
実施例1
図1に示す形成装置を用いて、真空チャンバ1内の圧力を排気装置28により5.0×10-6 Torrにした後、基板10の上に五酸化タンタル(Ta2O5)及びシリカ(SiO2)から構成される16層からなる多層膜フィルタを作成した。その際に、多層膜フィルタの特性の目標として以下の要件を定めた。
(a) 反射率が50%となる波長が500 nmとする。
(b) 400〜480 nm付近の透過帯域の反射率をできるたけ低くする。
【0045】
上述した工程で多層膜の形成を行い、得られた多層膜の反射率の分光特性と目標値とを比較した。図9から明らかなように、両者のスペクトルはほとんどずれておらず、反射率が50%となる波長の値も、目標値の500 nm±1nm以内に収まっている。また450〜480 nm付近の反射率も低く抑えられている。本発明の形成方法により得られた多層膜が高い再現性を有することが分かった。
【0046】
比較例1
図1に示す形成装置を用いて、膜厚補正を行うことなく、基板10の上に五酸化タンタル(Ta2O5)及びシリカ(SiO2)から構成される16層からなる多層膜フィルタを作成した。得られた多層膜の反射率の分光特性と目標値とを比較した。図10から明らかなように、反射率の分光特性は目標値と大きくずれた。また反射率が50%となる波長の値は、目標値の500 nmに対して5nm短く、450〜480 nm付近の反射率には大きなリップルが見られた。
【0047】
比較例2
第二のモニタ基板の多層膜の反射率の分光特性とシミュレーション計算して得られた分光特性とを比較して物理膜厚を求める際、パラメータとして第一モニタ基板の反射率から算出した屈折率を用いずに、予め設定した屈折率値を用いること以外は、実施例1と同じ方法で、基板10の上に五酸化タンタル(Ta2O5)及びシリカ(SiO2)から構成される16層からなる多層膜フィルタを作成した。得られた多層膜の反射率の分光特性と目標値とを比較した。図11から明らかなように、反射率の分光特性は目標値と大きくずれた。また反射率が50%となる波長の値は、目標値の500 nmに対して2nm短く、450〜480 nm付近の反射率には大きなリップルが見られた。
【0048】
比較例3
第二のモニタ基板の多層膜の反射率の分光特性とシミュレーション計算して得られた分光特性とを比較して物理膜厚を求める際、パラメータとして第一モニタ基板の反射率から算出した屈折率を用いずに、測定された分光特性と最も一致するように屈折率及び物理膜厚の組み合わせを計算することにより物理膜厚を推定すること以外は、実施例1と同じ方法で、基板10の上に五酸化タンタル(Ta2O5)及びシリカ(SiO2)から構成される16層からなる多層膜フィルタを作成した。得られた多層膜の反射率の分光特性と目標値とを比較した。図12から明らかなように、反射率の分光特性は目標値と大きくずれた。また反射率が50%となる波長の値は、目標値の500 nmに対して3nm短く、450〜480 nm付近の反射率には大きなリップルが見られた。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の多層膜の形成方法に用いる装置の一例を概略的に示す模式図である。
【図2】ホルダと膜厚モニタ交換装置とを示す上面図である。
【図3】ホルダを示す上面図である。
【図4】ホルダを示す図であり、(a) は半断面図であり、(b) は(a) のA−A断面図である。
【図5】反射率と光学膜厚との関係を示すグラフである。
【図6】本発明の一実施例による多層膜の形成方法を示すフローチャートである。
【図7】反射率の経時変化及び分光特性を示すグラフである。
【図8】第二のモニタ基板の多層膜の各層の屈折率の波長分散特性を推定方法を示す図である。
【図9】本発明の多層膜の反射率の分光特性を示すグラフである。
【図10】従来の多層膜の反射率の分光特性を示すグラフである。
【図11】従来の多層膜の反射率の分光特性を示すグラフである。
【図12】従来の多層膜の反射率の分光特性を示すグラフである。
【図13】従来の多層膜の形成装置の一例を概略的に示す模式図である。
【符号の説明】
【0050】
1・・・真空チャンバ
2・・・蒸着源
2a・・・電子銃
3・・・シャッタ
4・・・プラズマ銃
5・・・ホルダ
5a・・・開口部
51・・・ホルダ部
52・・・筒部
52a・・・縁部
53・・・ギア部
10・・・基板
11・・・第一のモニタ基板
12・・・第二のモニタ基板
13・・・キャリブレーション用基板
20・・・膜厚モニタ交換装置
21・・・膜厚モニタ
22・・・分光光度計
23・・・光ファイバ
24・・・膜厚制御システム
25・・・遮蔽板
26・・・シールド
27・・・排気装置
28・・・ボンベ
31・・・ボールベアリング
32・・・支持板
33・・・モータ
34・・・ギア

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸着源を有するチャンバ内に、複数の基板を保持するホルダと、成膜中に所定の観測波長の光に対する反射率又は透過率をモニタして各層の膜厚を制御するために、各層を形成するごとに切り替わって前記ホルダの開口部に露出する複数の第一のモニタ基板と、多層膜の反射率又は透過率の分光特性をモニタするために、前記ホルダ上に設置された第二のモニタ基板とを有する装置により前記基板上に多層膜を形成する方法であって、前記第一のモニタ基板の各層の反射率又は透過率から算出される各層の屈折率と、前記各層の屈折率及び前記第二のモニタ基板上の多層膜の反射率又は透過率の分光特性から推定される各層の物理膜厚とに基づいて以降形成する層の膜厚の設計値を変更する工程を有することを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1に記載の多層膜の形成方法において、前記ホルダとして、回転自在のホルダを使用することを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の多層膜の形成方法において、前記ホルダとして、頂上に開口部を有するドーム状ホルダを使用することを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の多層膜の形成方法において、前記第二のモニタ基板が前記ホルダ上の前記基板の設置範囲内に設置されていることを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の多層膜の形成方法において、前記第二のモニタ基板が前記基板と同じ素材の平板であることを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれかに記載の多層膜の形成方法において、前記第二のモニタ基板が前記基板のうちの一つ以上であることを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の多層膜の形成方法において、前記多層膜をプラズマアシスト法、イオンアシスト法又はイオンプレーティング法により形成することを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の方法により形成された多層膜。
【請求項9】
請求項8に記載の多層膜を有する光学素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2007−113091(P2007−113091A)
【公開日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−307639(P2005−307639)
【出願日】平成17年10月21日(2005.10.21)
【出願人】(000000527)ペンタックス株式会社 (1,878)
【Fターム(参考)】