説明

多様性を表現するオリゴ糖またはその誘導体

【課題】新規な構造を有するオリゴ糖またはその誘導体を提供することであり、特に、未知糖鎖を解明する手がかりとなる構造解析の標準糖鎖用として用いられるオリゴ糖またはその誘導体を提供することである。
【解決手段】(1)N−アセチルラクトサミン(Gal−GlcNAc)を4個以上有し、(2)ガラクトースで分岐する構造を1個以上有し、(3)フコースを2個以上有する構造を含むオリゴ糖またはその誘導体、または、(1)N−アセチルラクトサミン(Gal−GlcNAc)を4個以上有し、(2)ラクトース(Gal−Glc)を1個以上有する構造を含むオリゴ糖またはその誘導体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体の機能発現の多様性を制御する新規な糖鎖構造を含むオリゴ糖またはその誘導体に関するものである。また、新規な糖鎖構造を含むオリゴ糖またはその誘導体に関し、更には、新規な糖鎖構造を含む単離精製もしくは合成されたオリゴ糖またはその誘導体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
「糖鎖」または「オリゴ糖」とは、単独でまたはタンパク質(ペプチドを含む)や脂質等に結合して存在し、構造多様性を持つ分子である。そして、天然に存在する混合物中のある糖鎖の構造や、特定の機能を有することがわかっている組成物中に含まれる糖鎖の構造が判明すれば、その糖鎖またはその糖鎖の誘導体を常法に従って合成することによって、特定の機能を有する糖またはその糖を含有する組成物等を工業的に得ることが可能になる。
【0003】
また、ある特定の機能を有すると思われる糖鎖の構造が判明すれば、その糖は、周辺物質の開発または周辺物質の構造同定の標準物質として産業上重要なものとなる。
【0004】
しかしながら、糖鎖は、分子量および組成が同一の構造異性体が存在するので、単離同定が困難で容易には詳細な構造情報が得られない。また、糖鎖の生合成は、糖転移酵素、糖分解酵素、糖供与体合成酵素、糖供与体輸送タンパク質等、様々なタンパク質が関与するので、それらの遺伝子発現を解析するだけでは構造が判明しない。
【0005】
そこで、構造が既知である標準糖鎖を天然から調製し、または化学的あるいは酵素学的に合成して、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)や質量分析等で解析したデータを集積して、未知糖鎖を解明する手がかりとすることが行われている。しかし、ポリラクトサミンが伸長した比較的単純な構造は、天然からの単離や合成が容易であるため入手しやすいが、分岐構造をもつ糖鎖や、様々なフコース修飾を有する糖鎖については、単離されたり、合成されたり、構造が同定されたりした種類が未だ不十分であるのが現状である。
【0006】
一方、例えば、ヒト母乳には様々なオリゴ糖が含まれていることが知られている。このオリゴ糖は遊離のまま存在し、上皮細胞の糖タンパク質糖鎖を合成する系と同一の系で合成されるので、構造類似性が極めて高い。従って、ヒト母乳中のオリゴ糖は上皮細胞が発現し得る極めて多様な糖鎖のライブラリーといえる。
【0007】
そこで、ヒトミルクオリゴ糖の解析は古くから行われており、ユニークな構造が報告されてきたが、数百種以上あるといわれる構造多様性のためにまだその全貌は明らかにはなっていない。現在、比較的含有量が大きく構造が複雑でない3−6糖の同定は、HPLCでの一斉分析が行われている。また、多量に得られたものはNMR解析も適用されている。しかしながら、上皮上糖鎖の多様性を担うと思われる、より分子量が大きく複雑な構造は、ごく一部が判明している他は質量測定による分子量情報のみが得られているにすぎなかった。
【0008】
例えば、非特許文献2にあるように、10糖(デカオース)にフコースが2個結合したと思われる分子量のオリゴ糖等が質量測定で観測されているが、ミルクオリゴ糖は分岐構造の有無や、フコース・シアル酸の結合が異なる等異性体が多岐にわたることが特徴であるので、質量測定による分子量情報だけでは構造同定は不可能であった。
【0009】
また、NMRにより同定されたデカオース以上のミルクオリゴ糖は、非特許文献1にある下記の構造(1)、および、非特許文献3にある下記の構造(2)だけであった。
【化4】


【0010】
【非特許文献1】Chai. et al., Arch. Biochem.Biophys., 434, 116-127 (2005)
【非特許文献2】Dreisewerd, K.et al., J. Am. Soc. Mass Spectrom. 17, 139-150 (2006)
【非特許文献3】Chai. et al.,Anal. Chem., 78, 1581-1592 (2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
例えば、ヒト母乳中のオリゴ糖は脂質に次いで含量が多く、未成熟な新生児の栄養源および生体防御に重要な役割を果たしている。ヒトミルクオリゴ糖は、外界と接してバリアーやアンテナとなっている上皮細胞表面の複合糖質糖鎖と類似の構造を持ち、遊離型で多量に存在することによって、細胞間相互作用の調節や病原性微生物の上皮への接着を阻害している。
【0012】
また、実際にすでに分離同定されたヒトミルクオリゴ糖の中には、血液型抗原、分化抗原、癌関連抗原、接着分子リガンド等と同じ構造が含まれていることが報告されている。すなわち、ヒトミルクオリゴ糖は上皮細胞が発現しうる極めて多様な糖鎖のライブラリーである。
【0013】
特定の疾患に関連する糖鎖としては、具体的には、ABO式血液型抗原やLewis式血液型抗原がある。これら糖鎖抗原はフコースを含み様々な生物活性や疾患に関与している。これらの糖鎖は血球表面だけでなく上皮組織や分泌液中の糖鎖、糖脂質、糖タンパク質等にも発現し、炎症性疾患、自己免疫性疾患、アレルギー性疾患、ウイルス性疾患、癌性疾患、感染性疾患、心臓疾患、高コレステロール血症等と重要な関係にある。
【0014】
例えば、コレラ菌、サルモネラ菌、ヘリコバクターピロリ菌、カンピロバクター菌、インフルエンザウイルス、ノーウォークウイルス、リノウイルス、エコウイルス等の感染症で、血液型との相関が報告されている。ここに挙げた例を含め、多くの病原性微生物と、フコースおよび/またはシアル酸を含む糖鎖や血液型抗原糖鎖との直接の相互作用が確認されている。
【0015】
大腸癌、胃癌、膀胱癌、肺癌、乳癌、肝癌、膵癌等の癌でも、フコースおよび/またはシアル酸を含む抗原や血液型抗原の発現変化が認められている。その発現変化は前癌状態から起こり、病気の進行や治療と密接に関連し、病態と高い相関がある。
【0016】
また、心臓疾患のリスクも血液型と相関する。血中コレステロールやLDL値、血圧が血液型と相関することや、血液凝固因子の活性が血液型抗原によって影響することが要因であるとされる。
【0017】
さらに、特定疾患が自己免疫疾患に起因しており、且つ血液型と相関があるとされている疾患の例として、小児脂肪症、インスリン非依存型糖尿病、グレーブス病、硬直性脊椎症等が挙げられる。
【0018】
そのほかにも、発生や分化の特定の段階でフコースおよび/またはシアル酸を含む様々な抗原が発現することが明らかになっており、細胞の機能発現に重要である。
【0019】
しかしながら、背景技術に記載した通り、かかる糖鎖の構造は殆ど判明していなかった。
【0020】
すなわち、本発明の課題は、オリゴ糖の構造を解析して、知られていない構造を有するオリゴ糖またはその誘導体を提供することであり、特にグライコミクスおよびグライコプロテオミクスに有用な多様性を表現する標準糖鎖を提供することである。すなわち、未知糖鎖を解明する手がかりとなる構造解析用として用いられる標準糖鎖としてのオリゴ糖またはその誘導体を提供することである。また、新規な糖鎖構造を含む単離精製もしくは合成されたオリゴ糖またはその誘導体に関するものである。
【0021】
更には、その構造が判明した糖鎖を用いた構造解析方法、炎症性疾患、自己免疫性疾患、アレルギー性疾患、ウイルス性疾患、癌性疾患、感染性疾患、心臓疾患等の診断方法または治療方法、上皮細胞の識別方法等を提供することである。
【0022】
オリゴ糖またはその誘導体を含有する種々の機能を有する、各種構造解析法の標準物質、炎症性疾患、自己免疫性疾患、アレルギー性疾患、ウイルス性疾患、癌性疾患、感染性疾患、心臓疾患等診断用もしくは治療用医薬、飲料、食品、化粧料等の原料等の組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、分岐を有し、様々な疾患マーカーとなりうるフコース結合を発現している多様なオリゴ糖の構造を見出して、本発明を完成するに至った。
【0024】
すなわち、本発明は、
(1)N−アセチルラクトサミン(Gal−GlcNAc)を4個以上有し、
(2)ガラクトースで分岐する構造を1個以上有し、
(3)フコースを2個以上有する
構造を含むオリゴ糖またはその誘導体を提供するものである。以下、上記(1)、(2)および(3)を満たす基本構造を有するものを「オリゴ糖−1」と略記する。
【0025】
また、本発明は、
(1)N−アセチルラクトサミン(Gal−GlcNAc)を4個以上有し、
(2)ラクトース(Gal−Glc)を1個以上有する
構造を含むオリゴ糖またはその誘導体(ただし、下記の構造(1)および(2)で示されるものを除く)を提供するものである。以下、上記(1)および(2)を満たす基本構造を有するものを「オリゴ糖−2」と略記する。
【化5】


【0026】
また、本発明は、下記の構造(3)で示される構造を含む上記のオリゴ糖またはその誘導体(ただし、上記の構造(1)および(2)で示されるものを除く)を提供するものである。以下、かかる基本構造を有するものを「オリゴ糖−3」と略記する。
【化6】

[構造(3)中、R1〜R8は、互いに同一でも異なっていてもよい、水素またはフコースを示し、m/n(m、nは1〜6の整数)なる標記は、それぞれ独立してmまたはnの位置に結合していることを示す。]
【0027】
また、本発明は、
(1)N−アセチルラクトサミン(Gal−GlcNAc)を5個以上有し、
(2)ラクトースを1個以上有する
構造を含むオリゴ糖またはその誘導体を提供するものである。以下、上記(1)および(2)を満たす基本構造を有するものを「オリゴ糖−4」と略記する。
【0028】
また、本発明は、下記の構造(4)で示される構造を含むオリゴ糖またはその誘導体を提供するものである。以下、かかる基本構造を有するものを「オリゴ糖−5」と略記する。
【化7】

[構造(4)中、R1〜R4は、互いに同一でも異なっていてもよい、水素またはフコースを示し、m/n(m、nは1〜6の整数)なる標記は、それぞれ独立してmまたはnの位置に結合していることを示す。]
【0029】
また、本発明は、上記の構造を含むオリゴ糖またはその誘導体であって、単離精製されたオリゴ糖またはその誘導体を提供するものである。
【0030】
また、本発明は、上記の構造を含むオリゴ糖またはその誘導体であって、合成されたオリゴ糖またはその誘導体を提供するものである。
【0031】
また、本発明は、糖鎖の構造解析の標準糖鎖として用いられる上記の構造を含むオリゴ糖またはその誘導体を提供するものである。
【0032】
また、本発明は、上記の構造を含むオリゴ糖またはその誘導体を標準糖鎖として用いることを特徴とする糖鎖の構造解析方法を提供するものである。
【0033】
また、本発明は、上記の構造を含むオリゴ糖またはその誘導体を用いることを特徴とする疾患診断薬もしくは治療薬をスクリーニングする方法、上皮細胞の識別方法を提供するものである。
【0034】
また、本発明は、上記の構造を含むオリゴ糖またはその誘導体を含有することを特徴とする構造解析の標準物質、治療用もしくは診断用医薬品、食品、飲料または化粧料を提供するものである。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば、糖タンパク質糖鎖構造と類似の多様性を有し、様々な疾患マーカーとなり得るフコース結合やシアル酸結合を発現している多様なオリゴ糖またはその誘導体を提供でき、グライコミクスおよびグライコプロテオミクスに有用な標準糖鎖が提供されることによって、糖タンパク質の機能解明や病態の解明に有用な情報を得ることができる。
【0036】
本発明によって、様々な細胞から糖鎖を切り出して調製して得たオリゴ糖と同様の構造をもつミルク中の多種類のオリゴ糖を分離し構造決定し、また他の新規糖鎖解析法の標準糖鎖として供与することが可能である。本発明によって、ポストゲノムの重要課題である機能グライコミクスおよびグライコプロテオミクス推進に有用な基盤を提供することができる。
【0037】
また、その構造が判明した糖鎖を用いた構造解析方法、炎症性疾患、自己免疫性疾患、アレルギー性疾患、ウイルス性疾患、癌性疾患、感染性疾患、心臓疾患等の診断方法もしくは治療方法、上皮細胞の識別方法等を提供することができる。
【0038】
また、オリゴ糖またはその誘導体を含有する種々の機能を有する、各種構造解析法の標準物質、炎症性疾患、自己免疫性疾患、アレルギー性疾患、ウイルス性疾患、癌性疾患、感染性疾患、心臓疾患等の治療用医薬;食品、飲料または化粧料原料等の組成物を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
「オリゴ糖またはその誘導体」とは、本発明をもとに天然から分離精製して同定したオリゴ糖構造に、さらに糖が結合してもよいし、そのオリゴ糖にアミノ酸、ペプチドまたはタンパク質が結合してもよいし、ポリマー等に1種類または多種類のオリゴ糖が結合していてもよいし、オリゴ糖に化学的または酵素学的にアルキル基、カルボニル基、アミノ基、アルデヒド基、チオール基、アミド基等が導入されていてもよい。
【0040】
<同定方法>
本発明は、オリゴ糖−1ないしオリゴ糖−5の基本構造を含むオリゴ糖又はその誘導体であり、また、オリゴ糖−1ないしオリゴ糖−5の基本構造を含む単離精製もしくは合成されたオリゴ糖またはその誘導体であるが、以下にその同定法を具体的に詳述する。
【0041】
すなわち、オリゴ糖を標識あるいはそのままnegative−MALDI−MS/MS測定を行う。以下、ピレン標識されたオリゴ糖について述べるが、この標識法に限られるものではない。なお、ピレン標識は実施例記載の方法で行う。
【0042】
構造の同定は、例えば、以下の構造(5)に示したような母核が10糖であるオリゴ糖は、A(環が切断されて生じた非還元末端側のフラグメント)、D、Y(グリコシド結合が切断されて生じた還元末端側のフラグメント)タイプのプロダクトイオンを検出することによって行った。
【0043】
【化8】

【0044】
すなわち、R1およびR4にフコースが存在するかどうかは、囲んだ部分のDイオンあるいはA1イオンのm/zがわかればよい。また、R7がHの場合は、A2イオンが生じ、そのm/zによってその先の分岐側鎖にいくつのフコースが存在するかが判明する。Yイオンは、主に3分岐側鎖が切断した残りの母核8糖にフコースがいくつ有しているかを示す。表1にそれぞれのイオンにフコースが結合した場合のm/zを示す。
【0045】
【表1】

以上のイオンからフコースの側鎖上の分布を解析した。
【0046】
次に、R1、R2、R3にフコースが結合した場合は、Fuc−Galの2糖が遊離するので、Cイオン(m/z325)、あるいはプレカーサーイオンやプロダクトイオンから325少ないZイオンが検出される。
【0047】
また、R4、R5、R6にフコースが結合し、Galβ1−4(Fucα1−3)構造を有する時は、m/z364が検出され、Galβ1−3(Fucα1−4)構造を有する時は、m/z348が検出される。
【0048】
本発明の別の態様は、オリゴ糖−1ないしオリゴ糖−5、またはそれらの誘導体であって、新規な「単離精製されたオリゴ糖またはその誘導体」である。本発明によって、オリゴ糖−1ないしオリゴ糖−5の構造が判明したので、単離精製は常法に従って、ヒトの母乳等から例えば実施例に示した方法によって単離精製できる。
【0049】
オリゴ糖誘導体も新規物質である。更に、本発明により構造が分かれば、その物質およびその物質の誘導体は常法に従って合成できる。従って、本発明の別の態様は、オリゴ糖−1ないしオリゴ糖−5、またはそれらの誘導体であって、新規な「合成されたオリゴ糖またはその誘導体」である。本発明に係る新規な「オリゴ糖誘導体」、「単離精製されたオリゴ糖またはその誘導体」「合成されたオリゴ糖またはその誘導体」は、特にヒト母乳に含まれるオリゴ糖に構造が類似しているので、ヒト母乳またはヒト母乳中の特定成分が持つと考えられている前記特定の機能や効果を奏するものであり、極めて有用である。
【0050】
以上のようにして、オリゴ糖−1ないしオリゴ糖−5の構造が判明したので、その糖鎖またはその糖鎖の誘導体を常法に従って合成することによって、特定の機能を有する糖またはその糖を含有する組成物等を工業的に得ることができる。オリゴ糖−1ないしオリゴ糖−5は、消化管上皮において病原性微生物が付着するのを阻止する感染防御分子としての機能、ビフィズス菌の増殖分子としての機能、また、腸管免疫細胞の機能発現の調節分子としての機能等を有することが分かっているヒト母乳から得られたものであるので、種々の感染防御機能を有することが期待される。
【0051】
更には、オリゴ糖−1ないしオリゴ糖−5を用いた構造解析方法は、液体クロマトグラフィー、質量分析法、ゲル電気泳動、キャピラリー電気泳動、糖鎖チップ、レクチンアレイ、ELISA、表面プラズモン共鳴法等である。
【0052】
オリゴ糖−1ないしオリゴ糖−5の基本構造を含有するマススペクトル用の標準物質は、未知試料のマススペクトルと比較することによって、同一構造をもつ、あるいは同一部分構造をもつことで構造を推定することができる。
【0053】
また、オリゴ糖−1ないしオリゴ糖−5を有効成分として、常法に従って炎症性疾患、自己免疫性疾患、アレルギー性疾患、ウイルス性疾患、癌性疾患、感染性疾患、心臓疾患等を診断したり、予防したり、治療したりする目的の薬剤を得ることができる。
【0054】
また、オリゴ糖−1ないしオリゴ糖−5を含む構造を抗原として抗体を調製したり、特異的に結合する分子を調製したりすることによって、それらの抗体や分子を利用して診断、治療や上皮細胞の識別ができる。
【0055】
また、オリゴ糖−1ないしオリゴ糖−5を含む構造を固定した分子を用いることによって、上皮細胞の識別やオリゴ糖に特異的に結合する分子の調製ができる。
【0056】
また、オリゴ糖−1ないしオリゴ糖−5を含むオリゴ糖またはその誘導体を有効成分として、常法に従って配合させることによって、種々の食品;飲料;化粧液、乳液、クリーム等の化粧料を得ることができる。
【0057】
オリゴ糖−1ないしオリゴ糖−5は、本発明により構造が判明したので、その工業的大量合成は常法に従って可能である。また、種々の用途物に対しては、かかるオリゴ糖またはその誘導体を配合すればよいだけであるので、常法に従って製造すれば上記本発明の用途物・組成物が得られる。
【0058】
オリゴ糖−1ないしオリゴ糖−5の上記した方法、用途および組成物としての使用は本発明の範囲であり、常法に従って配合すればよいだけであるので、その限りにおいては、かかる使用は本明細書の記載で明確である。また、ヒト母乳を配合することは知られていたとしても、オリゴ糖−1ないしオリゴ糖−5のみを単離または合成して、それを有効成分として、または主成分として配合した本発明の各種製品は新規なものである。
【実施例】
【0059】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限りこれらの実施例に限定されるものではない。
【0060】
実施例1
<ミルクオリゴ糖の調製方法>
脂肪およびタンパク質を除くために、メタノール−クロロホルム抽出を行った。ヒト母乳250mLに対し、2倍容量のメタノールをおよび3倍容量のクロロホルムを加え、十分な撹拌を行った後、遠心分離(5000rpm、5分間)を行った。
【0061】
糖鎖を含む水相を回収し、粗オリゴ糖画分を得た。粗オリゴ糖画分をゲル濾過クロマトグラフィー(SephadexG−25、アマシャムバイオサイエンス社、5.0×66.7cm)を行ない、溶出には高純水を用いた。フェノール−硫酸法によりヘキソースを検出し、ラクトースより大きいオリゴ糖を集めた。中性オリゴ糖と酸性オリゴ糖を分離するため、陰イオン交換クロマトグラフィー(SuperQ−Toyopearl 650M、東ソー社、1.6×9.7cm)を行ない、中性オリゴ糖は高純水で、酸性オリゴ糖は、100、200、300、400、500mMの酢酸ピリジン(pH5)により溶出した。
【0062】
中性オリゴ糖画分をゲル濾過クロマトグラフィー(SephadexG−25、アマシャムバイオサイエンス社、5.0×66.7cm)により分離する。デカオースより大きい糖鎖が含まれる画分を1−ピレンブタン酸ヒドラジドで標識し、Aleuria aurantia(AAL)−アガロースカラム(J−オイルミルズ社:直径4.6mm×長さ 3cm、ベッド容量2mL)を用いてフコース結合糖鎖を分画した。
【0063】
50mM酢酸アンモニウム緩衝液(pH7.4)で溶出し、さらにフコース(0.5mM)を加えた50mM酢酸アンモニウム緩衝液(pH7.4)で溶出した。さらに、逆相カラムとして、Inertsil WP−300 C18カラム(4.6mmID×250mmlong、 ジーエルサイエンス社)を2本連結して用いた高速液体クロマトグラフィー(25%アセトニトリル、流速1.0mL/分、カラム温度40℃)によって、種々のオリゴ糖を分離精製した。このようにして下記のD1、D2、D3、D4およびDD1を得た。
【0064】
なお、上記「ピレン標識」は以下のように行った。すなわち、試料をねじふた付きガラス反応管に加え乾固させ、500nmoLの1−ピレンブタン酸ヒドラジド(以下、「PBH」と略記する)をメタノール20μLに溶解して反応管に加え、更に、メタノールで希釈した酢酸(酢酸とメタノールの比は体積比で1:8)2μLを加えてふたを完全に閉めた。よく撹拌後、80℃で20分間加熱し、1MのNaOH水溶液加えて中和した。1.7MのNaBH溶液30μLを加えて40℃で30分間反応させ、更に1.7MのNaBH溶液10μLを加えて40℃で30分間反応させた。次いで、過剰の試薬を除去するために以下の操作を行った。純水400μLおよびクロロホルム400μLを加えてよく振った後静置した。下層のクロロホルムを捨て、新しいクロロホルム400μLを加えてもう一度抽出した。上層を取り乾固させた。Sep−pak C18カートリッジをメタノール続いて純水で洗浄し、乾固した反応物を純水に溶解してカートリッジに通した。純水でカートリッジを洗浄し、次に、アセトニトリル−純水(体積比6:4)で溶出することによって、PBHで標識、還元された、上記のピレン標識オリゴ糖を得た。
【0065】
<テトラフコシルデカオース異性体の同定>
互いに分子量および組成式が同一で構造異性体の関係にあるピレン標識テトラフコシルデカオースD1およびD2をMALDI−QIT−TOFMSで測定した。
【0066】
[M−H]イオンm/z2671を選択してMS/MS測定を行った。結果を図1に示す。図1の(a)はD1から得られたMALDI−TOF MS/MSスペクトルであり、図1の(b)はD2から得られたMALDI−TOF MS/MSスペクトルである。D1よりm/z2161、2015、1243、672を検出し、D2よりm/z2161、2015、1390、672を検出した。
【0067】
まず、プリカーサーイオンからラクトサミン側鎖が遊離したYイオンに着目すると、側鎖にフコースがいくつ結合したものがあるかが判明する。D1およびD2には、m/z2161(2671−FucHexHexNAc)およびm/z2015(2671−Fuc2HexHexNAc)が検出されたので、フコースが1個結合した側鎖およびフコースが2個結合した側鎖をもつことが分かった。
【0068】
D1のAイオンm/z1243はフコースが2個結合しているので、R1、R2、R4、R5のいずれかにフコースを有する。D2のAイオンm/z1390はR1、R2、R4、R5のいずれかにフコースが3個結合していることを示す。また、D1およびD2ともにDイオンとしてm/z672が検出されているので、R1またはR4にフコースが1個存在する。またAイオンが生じたのでR7にフコースを有しない。従って、D1はR2またはR5にフコースが存在し、D2はR2およびR5にフコースが存在する。以上のことから、D1にはR1またはR4、R2またはR5、R3およびR6に、D2にはR1またはR4、R3またはR6、R2およびR5にフコースが結合していることが分かった。
【0069】
この物質はオリゴ糖−1、オリゴ糖−2およびオリゴ糖−3の構造を含むオリゴ糖に該当しているものである。従って、オリゴ糖−1、オリゴ糖−2およびオリゴ糖−3の構造を含むオリゴ糖は、母乳または母乳中の特定成分の有する機能・効果を有しているものである。
【0070】
実施例2
<トリフコシルデカオース異性体の同定>
実施例1において、ヒト母乳から得た、最後の分離精製過程の逆相カラム高速液体クロマトグラフィーによって、ピレン標識トリフコシルデカオースD3およびD4を得た。互いに分子量および組成式が同一で構造異性体の関係にあるD3およびD4をMALDI−QIT−TOFMSで測定した。
【0071】
[M−H]イオンであるm/z2526を選択してMS/MS測定を行った。結果を図2に示す。図2の(a)はD3から得られたMALDI−TOF MS/MSスペクトルであり、図2の(b)はD4から得られたMALDI−TOF MS/MSスペクトルである。D3よりm/z2201、2015、1243、672、D4よりm/z2201、2015、1869、1243、656、526を検出した。
【0072】
まず、Fucα1-2Galが遊離した断片、m/z2201が得られたので、これらの異性体にはR1、R2またはR3にフコースが結合していることがわかる。更に、D3のm/z2015、D4のm/z1869を選択したMS測定で、325減少したイオンが得られたことからも、フコースが1個結合した側鎖には、Fucα1-2Galが存在することを裏付けられた。
【0073】
D3は、Yイオンとしてm/z2015しか生じないことや、フコースが2個結合したAイオンm/z1243、およびフコースを1個有するDイオンm/z672が生じたので、全ての側鎖にフコースが1個ずつ結合していることが分かった。D4では、フコースを有しないDイオンm/z526が検出されたので、R1およびR4にはフコースが存在しないことが明らかである。また、D4には、m/z656が検出され、フコースが2個結合した側鎖が存在する。これらのこと、およびAイオンとしてm/z1243が検出されたので、D4はR2、R3、およびR5にフコースが結合していることが明らかになった。
【0074】
この物質はオリゴ糖−1、オリゴ糖−2およびオリゴ糖−3の構造を含むオリゴ糖に該当しているものである。従って、オリゴ糖−1、オリゴ糖−2およびオリゴ糖−3の構造を含むオリゴ糖は、母乳または母乳中の特定成分の有する機能・効果を有しているものである。
【0075】
実施例3
<ジフコシルドデカオースの同定>
実施例1において、ヒト母乳から得た、最後の分離精製過程の逆相カラム高速液体クロマトグラフィーによって下記のジフコシルドデカオースDD1を得て、MALDI−QIT−TOFMSにより測定した。
【0076】
[M−H]イオンm/z2745をプリカーサーイオンとして選択してMS/MS測定を実施した。結果を図3に示す。m/z2380、2234、1869、1462、1403、1037、875を検出した。Yイオンはプリカーサーイオンからラクトサミン側鎖が遊離したことにより生じる。まず、このYイオンに着目することにより、側鎖に結合したフコース残基数が判明する。m/z2380(2745−Hex1HexNAc1)およびm/z2234(2745−Fuc1Hex1HexNAc1)が検出されたことから、フコースが0および1結合した側鎖が存在することが示された。
【0077】
m/z875は、Fuc1Hex2HexNAc2の存在を示し、ラクトサミンが2回繰り返された側鎖にフコース1個結合していることを示す。Dイオンとして、m/z1037が検出されたことは、以下に示した化合物にR1、R4、R5のいずれか1ヶ所にフコース残基が結合していることを示す。フコース1個のみ結合したAイオンm/z1462が検出されたこと、およびもう一つのDイオンとして、m/z1403が検出されたことは、上述したように、R1、R4、R5のいずれか1ヶ所にフコース残基が結合していることに合わせ、R2およびR6およびR7にはフコース残基が結合していないことを示す。
【0078】
更に、Aイオンm/z1462を選択してMS測定を行うと、Fuc-Galが遊離したm/z1137が検出され、R1にフコースが存在することが示された。従って、もう一つのフコース残基は、R3またはR8に結合していることが分かった。
【0079】
以上の測定結果から、ジフコシルドデカオースDD1は、R1、R3、R8のうちいずれか1ヶ所にフコース残基が結合している下記の構造であることが明らかになった。
【0080】
【化9】

【0081】
この物質はオリゴ糖−1、オリゴ糖−2、オリゴ糖−3およびオリゴ糖−4の構造を含むオリゴ糖に該当しているものである。従って、オリゴ糖−1ないしオリゴ糖−4、およびそれに類似するオリゴ糖−5の構造を含むオリゴ糖は、母乳または母乳中の特定成分の有する機能・効果を有しているものである。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明の特定の構造を有するオリゴ糖は、特にグライコミクスおよびグライコプロテオミクスに有用な多様性を表現する標準糖鎖、すなわち、未知糖鎖を解明する手がかりとなる構造解析用の標準糖鎖として極めて有用であるため、糖タンパク質の機能解明や病態の解明の分野に広く利用されるものである。また、本発明の特定の構造を有する単離されたもしくは合成されたオリゴ糖は、オリゴ糖を配合してなることが知られている種々の用途に広く用いられるものである。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】実施例1において得られたMALDI−TOF MS/MSスペクトルであり、(a)はD1から得られたスペクトルを示し、(b)はD2から得られたスペクトルを示す。
【図2】実施例2において得られたMALDI−TOF MS/MSスペクトルであり、(a)はD3から得られたスペクトルを示し、(b)はD4から得られたスペクトルを示す。
【図3】実施例3において得られたDD1のMALDI−TOF MS/MSスペクトルを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)N−アセチルラクトサミン(Gal−GlcNAc)を4個以上有し、
(2)ガラクトースで分岐する構造を1個以上有し、
(3)フコースを2個以上有する
構造を含むオリゴ糖またはその誘導体。
【請求項2】
(1)N−アセチルラクトサミン(Gal−GlcNAc)を4個以上有し、
(2)ラクトース(Gal−Glc)を1個以上有する
構造を含むオリゴ糖またはその誘導体(ただし、下記の構造(1)および(2)で示されるものを除く)。
【化1】


【請求項3】
下記の構造(3)で示される構造を含む請求項1または請求項2に記載のオリゴ糖またはその誘導体(ただし、上記の構造(1)および(2)で示されるものを除く)。
【化2】

[構造(3)中、R1〜R8は、互いに同一でも異なっていてもよい、水素またはフコースを示し、m/n(m、nは1〜6の整数)なる標記は、それぞれ独立してmまたはnの位置に結合していることを示す。]
【請求項4】
(1)N−アセチルラクトサミン(Gal−GlcNAc)を5個以上有し、
(2)ラクトースを1個以上有する
構造を含む請求項2に記載のオリゴ糖またはその誘導体。
【請求項5】
下記の構造(4)で示される構造を含むオリゴ糖またはその誘導体。
【化3】

[構造(4)中、R1〜R4は、互いに同一でも異なっていてもよい、水素またはフコースを示し、m/n(m、nは1〜6の整数)なる標記は、それぞれ独立してmまたはnの位置に結合していることを示す。]
【請求項6】
請求項1ないし請求項5の何れかの請求項に記載の構造を含むオリゴ糖またはその誘導体であって、単離精製されたオリゴ糖またはその誘導体。
【請求項7】
請求項1ないし請求項5の何れかの請求項に記載の構造を含むオリゴ糖またはその誘導体であって、合成されたオリゴ糖またはその誘導体。
【請求項8】
糖鎖の構造解析の標準糖鎖として用いられる請求項1ないし請求項7の何れかの請求項に記載の構造を含むオリゴ糖またはその誘導体。
【請求項9】
請求項1ないし請求項7の何れかの請求項に記載の構造を含むオリゴ糖またはその誘導体を標準糖鎖として用いることを特徴とする糖鎖の構造解析方法。
【請求項10】
請求項1ないし請求項7の何れかの請求項に記載の構造を含むオリゴ糖またはその誘導体を用いることを特徴とする疾患診断薬または治療薬をスクリーニングする方法。
【請求項11】
請求項1ないし請求項7の何れかの請求項に記載の構造を含むオリゴ糖またはその誘導体を用いることを特徴とする上皮細胞の識別方法。
【請求項12】
請求項1ないし請求項7の何れかの請求項に記載の構造を含むオリゴ糖またはその誘導体を含有することを特徴とする構造解析の標準物質。
【請求項13】
請求項1ないし請求項7の何れかの請求項に記載の構造を含むオリゴ糖またはその誘導体を含有することを特徴とする治療用もしくは診断用医薬品、食品、飲料または化粧料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−297521(P2007−297521A)
【公開日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−127109(P2006−127109)
【出願日】平成18年4月28日(2006.4.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、糖鎖エンジニアリングプロジェクト/糖鎖構造解析技術開発委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000173924)財団法人野口研究所 (108)
【Fターム(参考)】