説明

大気圧化学イオン化質量分析装置およびその校正方法

【課題】低濃度VOCを含むガスを容易に調製して校正を実施できる大気圧化学イオン化質量分析装置を提供する。
【解決手段】大気圧化学イオン化質量分析計と、前記大気圧化学イオン化質量分析計へのガス導入路と、前記ガス導入路に接続された校正装置とを備え、前記校正装置は、有機化合物を分離する分離カラムと、前記分離カラムに校正用の有機溶液を注入するための溶液注入口と、前記分離カラムへ搬送ガスを導入するための搬送ガス流入口とを有し、前記分離カラムの流出部が前記ガス導入路に設けられた接続口に接続されていることを特徴とする大気圧化学イオン化質量分析装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は気体試料中に含まれる微量の揮発性有機化合物の濃度を測定する大気圧化学イオン化質量分析装置およびその校正方法に関する。
【背景技術】
【0002】
気体試料中の成分を定量分析するためのガス分析装置、たとえば大気圧化学イオン化質量分析装置を校正するには標準ガスを用いることが多い。一般に製造・市販されている、環境汚染物質としての揮発性有機化合物(VOC)を成分とする標準ガスの大部分は、成分濃度が1ppmあるいは100ppb程度である。一方、例えば大気中のVOCであるベンゼン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、ジクロロメタンの環境基準は1〜100ppbのレベルである。このため、環境基準の濃度領域でガス分析装置の校正を行ったり検量線を作成したりするには、標準ガスを窒素やアルゴンなどで希釈して数水準の濃度のガスを調製しなければならない。特に高倍率の希釈では、ガス流量の精度がガス濃度の精度に及ぼす影響が大きいため、高精度の流量制御機構を備えた希釈装置が必要となる。そこで、流量制御の精度を改善するために誤差の補正を行う方法が開示されている(特許文献1参照)。しかし、この方法を実施するに当っては複雑な制御が必要である。
【0003】
シングルppbレベルのVOC標準ガスを直接製造することもひとつの選択技である。しかし、このような低濃度の成分ガス、特にVOCのように常温より高い沸点を有する化合物では、容器の器壁および配管への吸着などによる濃度変動の問題が生ずるため、製造、取扱いおよび濃度の正確さの確保が困難である。また、標準ガスの製造には専用の設備が必要となるため、通常の分析機関での自製は困難である。
【0004】
標準ガスを用いずに低濃度VOCを含むガスを調製する方法として、細管を通したガス拡散に基づくディフュージョンチューブ法や、高分子中のガス浸透に基づくパーミエーションチューブ法があり、そのための装置も市販されている。これらの方法によって調製されるガス中のVOCの濃度は、ガス通気量とディフュージョンチューブ内またはパーミエーションチューブ内の有機化合物の重量減少から決定できる。しかし、通常の実験室環境における重量減少の測定には限界があり、ミクロ天秤を用いても実用的には数十μg程度が信頼できる秤量の下限と考えられる。いま、10μg/m3オーダーの成分濃度(VOCでppb〜10ppb程度の濃度)のガスをパーミエーションチューブ法またはディフュージョンチューブ法で発生させる場合を考える。ミクロ天秤による秤量精度を確保するには数10μgの重量変化が必要であるので、数m3の搬送ガスを流す必要がある。10μgの重量変化を得るために3m3の搬送ガスを流すものとし、ガス分析装置への導入ガス流量を例えば50ml/minとすると、1000時間を要することになり実用的な測定所要時間ではない。従って、パーミエーションチューブ法またはディフュージョンチューブ法を用いてppbレベルのガスを直接調製して濃度を確認することは実用的には不可能に近い。
【0005】
また、PCBなどの飽和蒸気圧が高くない成分の低濃度ガスを直接発生させる装置が開示されている(特許文献2参照)。しかし、この装置は一定条件下での飽和蒸気圧に基づいて濃度を計算して標準ガスとしているので、もともと飽和蒸気圧の高いベンゼン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレンなどのVOCに適用するのは適当でない。
【特許文献1】特開2001−305027号公報
【特許文献2】特開2003−247984号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
以上のように、例えば環境省が定める環境基準レベルの低濃度VOCを含むガスによる校正を容易に実施できる大気圧化学イオン化質量分析装置および方法は知られていない。
【0007】
本発明は、低濃度VOCを含むガスを容易に調製して校正を実施できる大気圧化学イオン化質量分析装置、および低濃度VOCを含むガスによる大気圧化学イオン化質量分析装置の校正方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の大気圧化学イオン化質量分析装置は、大気圧化学イオン化質量分析計と、前記大気圧化学イオン化質量分析計へのガス導入路と、前記ガス導入路に接続された校正装置(校正用ガス発生装置)とを備え、前記校正装置は、有機化合物を分離する分離カラムと、前記分離カラムに校正用の有機溶液を注入するための溶液注入口と、前記分離カラムへ搬送ガスを導入するための搬送ガス流入口とを有し、前記分離カラムの流出部が前記ガス導入路に設けられた接続口に接続されていることを特徴とする。
【0009】
本発明の大気圧化学イオン化質量分析装置の校正方法は、上記の大気圧化学イオン化質量分析装置を用い、既知量の被検物質を有機溶媒に溶解した有機溶液を調製し、一定量の有機溶液を気化させて搬送ガスとともに前記分離カラムに導入し、前記分離カラムで被検物質ガスと有機溶媒ガスとを分離し、分離された被検物質ガスを搬送ガスとともに大気圧化学イオン化質量分析計に導入することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の大気圧化学イオン化質量分析装置およびその校正方法によれば、被検物質を含む校正用の有機溶液を分離カラムに導入した後に被検物質ガスを分離することにより、任意量の微量被検物質ガスを正確に含むガスを容易に調製することができ、被検物質を定量分析するための検量線を容易に作成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に本発明をさらに詳細に説明する。
【0012】
本発明者は鋭意検討の結果、被検物質である揮発性有機化合物(VOC)を有機溶媒に溶解した有機溶液を一定量採取して加熱気化させ、搬送ガスとともに分離カラムに導入し、分離カラムにおいて溶質であるVOCガスを有機溶媒ガスから分離し、分離されたVOCガスをさらに大気圧化学イオン化質量分析計へのガス導入路に合流させて搬送ガスとともに大気圧化学イオン化質量分析計に導入する装置および方法を考案した。このようにVOCを有機溶液として調製して気化した後、VOCガスを有機溶媒ガスから分離することにより、従来の方法では困難であった微量VOCガスを含むガスを正確かつ容易に調製して大気圧化学イオン化質量分析計に導入することができ、校正を容易に実施できる。
【0013】
本発明では、一定濃度のVOCガスを連続的に大気圧化学イオン化質量分析計に導入するのではなく、一定量のVOCガスをパルス的に大気圧化学イオン化質量分析計に導入する。従って、VOCの導入量、検出波形面積および出現時間から大気圧化学イオン化質量分析計の応答出力のVOC濃度依存性を算出して検量線を容易に作成できる。
【0014】
本発明の対象となるVOCは、室温での溶液調製が困難とならず、また適当な希釈溶媒が得られるものであれば特に制限はない。希釈に用いる有機溶媒は、その沸点が溶質であるVOCのそれと近接していると分離に不利となるので、VOCとの沸点差が20℃以上であることが好ましく、30℃以上であることがより好ましい。VOC溶液の濃度は、大気圧化学イオン化質量分析計の校正に必要な値に応じて任意に設定できる。溶液状態での希釈は、気体状態での希釈に比較し、特別の装置を必要とせずに容易に実施できる点で有利である。
【0015】
図1に、本発明に係る、校正装置(校正用ガス発生装置)を備えた大気圧化学イオン化質量分析装置の構成を示す。大気圧化学イオン化質量分析計1にはガス導入路2が接続されている。通常の使用時には、ガス導入路2から試料ガス(例えば大気)を同伴する搬送ガスが導入され、試料ガス中の被検物質(たとえばVOC)の測定が行われる。このガス導入路2には接続口3が設けられ、校正装置(校正ガス発生装置)が接続されている。この校正装置は、分離カラム11を有し、分離カラム11は最適な分離がなされるようにオーブン12によって加熱される。この分離カラム11には溶液注入口13から校正用のVOCの有機溶液が注入される。溶液注入口13は加熱されており、注入された有機溶液は気化される。溶液注入口13には搬送ガス流入口14が接続されており、搬送ガス容器15の搬送ガスが、圧力調整弁16、流量調整器17、搬送ガス流入口14を通して溶液注入口13に導入され、VOCを含む有機溶液のガスが搬送ガスとともに分離カラム11に導入される。分離カラム11の流出部は三方コック18を介してガス導入路2に設けられた接続口3に接続されている。なお、溶液注入口12、分離カラム11、接続口3およびこれらを接続する配管は、オーブン12などの加熱機構(オーブン12以外は図示していない)により室温以上の温度に制御される。
【0016】
溶液注入口13の加熱温度は、有機溶液を注入した直後に有機溶媒と溶質(VOC)が気化するように設定する。具体的には、有機溶媒と溶質(VOC)のいずれの沸点よりも少なくとも50℃以上高い温度に設定する。ただし、VOCおよび有機溶媒の熱分解を避けるために、溶液注入口13の加熱温度は300℃以下とすることが好ましい。
【0017】
校正用の有機溶液のガスを搬送する搬送ガスの種類は、分離カラム11におけるVOCと有機溶媒との分離および大気圧化学イオン化質量分析計1におけるVOCの検出に影響を及ぼさない種類のものであれば特に制限はなく、窒素、アルゴン、ヘリウムなどの不活性ガスを好適に使用できる。搬送ガスの流量は、圧力調整弁16および流量調整弁17を用い、分離カラム11の内径に応じて0.5〜10ml/minに調整する。
【0018】
分離カラム11はガラス管、金属管などに充填剤を充填したものを用いることができ、ガスクロマトグラフィー用の溶融シリカキャピラリーカラムまたはガラス細管にガスクロマトグラフィー用充填剤を充填したもの(通常「充填カラム」と称されるもの)を使用するのが簡便である。溶融シリカキャピラリーカラムおよび充填剤の種類に特に制限はないが、VOCと有機溶媒の分離には、市販の低分子量化合物または低沸点有機化合物や揮発性有機化合物分離用カラム(例えばSUPELCO社製“PLOTカラム”、“VOCOLカラム”)または充填剤(例えばSUPELCO社製“Carbopack B”)などを好適に使用できる。
【0019】
分離カラム11で分離されたVOCと有機溶媒は三方コック18を経由して接続口3でガス導入路2に接続され、ガス導入路2に流される搬送ガスと混合されて大気圧化学イオン化質量分析計1へ導入される。このとき、予め被検物質であるVOCと有機溶媒がそれぞれ分離カラム11から流出する時間を測定しておき、有機溶媒が流出する時間帯に三方コック18を切り替えて排出口19から排出されるようにすると、大気圧化学イオン化質量分析計1の負荷が軽減されるので好ましい。
【0020】
図2を参照して大気圧化学イオン化質量分析計1の構造を説明する。試料ガス導入部21から導入されたVOCを含む搬送ガスは、針電極22の先端に到達する。この針電極22の先端では、同電極に印加される電圧によりコロナ放電が発生し、ガスの分子がイオン化される。この部分はイオン化部と称される。このコロナ放電によって生じた一次イオンと、これに引き続いて生じるVOCの反応によって、VOCはイオン化される。このイオンは第1細孔23およびこれに対向する第2細孔24を通過し、引出し電極25によって引き出される。第1細孔23と第2細孔24との間の圧力は、第1細孔23が約0.2〜1トール(27〜133パスカル)高くなるように保持されている。また、第1細孔23と第2細孔24との間には、ドリフト電源31によってドリフト電圧が印加されるようになっており、この印加電圧を変化させることで、イオン化されたVOCのイオン衝突解離の程度を変化させることができる。この際、ドリフト電圧が低いとクラスタイオンが解裂されず正確な分子量情報が得られないが、ドリフト電圧を上げるとクラスタイオンが解裂してそれぞれの分子イオン情報が得られる。さらにドリフト電圧を上げた場合、分子イオンが解裂し、分子構造に関する情報が得られる。このようにして解裂されるイオンは、第2細孔24を通って磁場27(励磁電源30および励磁コイル26によって形成される)で質量電荷比に応じて分離され、検出器28で検出され、データ処理装置33に取り込まれ、記録計32で記録される。第2細孔24から検出器28に至る部分の圧力は高真空に保たれている。
【0021】
上述したように本発明では、校正用ガスとして一定濃度のVOCガスを連続供給するのではなく、一定量のVOCガスをパルス的に供給するので、大気圧化学イオン化質量分析計の検出出力は図3のようにパルス状となる。このような測定データからVOC濃度に対する検出出力の検量線を作成するためには次のようにする。
【0022】
いま、校正装置(校正用ガス発生装置)から大気圧化学イオン化質量分析計1へ供給されるVOCの量をqとする。qは溶液注入口13から注入された有機溶液中のVOC量に等しく、有機溶液中のVOC濃度と有機溶液の注入量とから算出できる。このVOC量に対応する大気圧化学イオン化質量分析計1からの検出出力(図3のピーク状シグナル)のピーク出現時間をw、ピークの面積をSとする。また、搬送ガス容器15から分離カラム11へ供給される搬送ガスの流量をVr、ガス導入路2から供給される搬送ガスの流量をVsとする。すると、時間幅wにおける大気圧化学イオン化質量分析計1の出力強度Hの平均値Havは、
Hav=S/w (1)
で表される。一方、Havに対応するVOC濃度Cの平均値Cavは、
Cav=q/(Vr+Vs)・w (2)
で表される。したがって、たとえばCavに対してHavをプロットしたものを検量線とすることができる。
【0023】
実際に、図1の装置を用い、大気中のベンゼンを定量するために校正用ガスを発生させて検量線を作成した例を説明する。図1において、分離カラム11としてSUPELCO社製VOCOL(30m×0.25mmφ)を用い、搬送ガス容器15からヘリウムを1ml/minの流量で供給した。ベンゼンを数水準の濃度となるようにN,N−ジメチルホルムアミドに溶解した有機溶液を調製し、溶液注入口13から1μlを注入した。カラム温度を40℃から210℃まで8℃/minの速度で昇温させた。ガス導入路2から供給する搬送ガスの流量は50m/minとした。
【0024】
図4に、(2)式で表されるベンゼンの平均濃度とシグナル面積との関係を示す。このように、本発明によれば、試料ガス中の微量揮発性有機化合物(VOC)を定量分析するための検量線を容易に作成できる。
【0025】
なお、以上では大気圧化学イオン化質量分析装置について説明したが、本発明に係る校正装置はppbレベルのVOCを検出可能な電子衝撃イオン化質量分析装置、ヘリウムマイクロ波プラズマ発光分析装置などにも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明に係る校正装置を備えた大気圧化学イオン化質量分析装置の概略構成図。
【図2】図1に含まれる大気圧化学イオン化質量分析計の構成図。
【図3】本発明の方法による校正ガス導入時の検出出力強度を示す図。
【図4】本発明の方法を用いて作成したベンゼンの検量線を示す図。
【符号の説明】
【0027】
1…大気圧化学イオン化質量分析計、2…ガス導入路、3…接続口、11…分離カラム、12…オーブン、13…溶液注入口、14…搬送ガス流入口、15…搬送ガス容器、16…圧力調整弁、17…流量調整器、18…三方コック、19…排出口、21…試料ガス導入部、22…針電極、23…第1細孔、24…第2細孔、25…引出し電極、26…励磁コイル、27…磁場、28…検出器、30…励磁電源、31…ドリフト電源、32…記録計、33…データ処理装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大気圧化学イオン化質量分析計と、前記大気圧化学イオン化質量分析計へのガス導入路と、前記ガス導入路に接続された校正装置とを備え、前記校正装置は、有機化合物を分離する分離カラムと、前記分離カラムに校正用の有機溶液を注入するための溶液注入口と、前記分離カラムへ搬送ガスを導入するための搬送ガス流入口とを有し、前記分離カラムの流出部が前記ガス導入路に設けられた接続口に接続されていることを特徴とする大気圧化学イオン化質量分析装置。
【請求項2】
溶液注入口、分離カラム、接続口およびこれらを接続する配管を、一括してまたは各々独立に室温以上の温度に制御する加熱機構を備えたことを特徴とする請求項1に記載の大気圧化学イオン化質量分析装置。
【請求項3】
請求項1に記載の大気圧化学イオン化質量分析装置を用い、既知量の被検物質を有機溶媒に溶解した有機溶液を調製し、一定量の有機溶液を気化させて搬送ガスとともに前記分離カラムに導入し、前記分離カラムで被検物質ガスと有機溶媒ガスとを分離し、分離された被検物質ガスを搬送ガスとともに大気圧化学イオン化質量分析計に導入することを特徴とする大気圧化学イオン化質量分析装置の校正方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−145383(P2006−145383A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−336016(P2004−336016)
【出願日】平成16年11月19日(2004.11.19)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】