容器、該容器への細胞の固定方法、該方法により固定された細胞の細胞内分子動態の測定方法および細胞内分子動態の測定装置
【課題】蛍光相関分光法等の解析に好適な、生きている細胞を固定できる容器、該容器への細胞の固定方法、該方法により固定された細胞の細胞内分子動態の測定方法および細胞内分子動態の測定装置を提供する。
【解決手段】底面が少なくとも直径2μmの円形で、細胞を載置できる形状でかつ平坦であり、側面がテーパー状である細胞保持部を有する容器であって、該容器の底面は平坦であり、前記細胞保持部は、細胞を含有する液を添加して保持する試料保持部の底部となっていることを特徴とする容器。および該容器と、試料保持部内の細胞に、振動、圧力、遠心力、電場、磁力からなる群より選ばれる少なくとも一つを加える細胞移動手段と、標識化細胞のシグナルを検出する手段とを有する細胞内分子動態の測定装置。細胞移動手段により試料保持部内の細胞を細胞保持部へ移動させて固定し、シグナル検出手段により細胞のシグナルを検出する。
【解決手段】底面が少なくとも直径2μmの円形で、細胞を載置できる形状でかつ平坦であり、側面がテーパー状である細胞保持部を有する容器であって、該容器の底面は平坦であり、前記細胞保持部は、細胞を含有する液を添加して保持する試料保持部の底部となっていることを特徴とする容器。および該容器と、試料保持部内の細胞に、振動、圧力、遠心力、電場、磁力からなる群より選ばれる少なくとも一つを加える細胞移動手段と、標識化細胞のシグナルを検出する手段とを有する細胞内分子動態の測定装置。細胞移動手段により試料保持部内の細胞を細胞保持部へ移動させて固定し、シグナル検出手段により細胞のシグナルを検出する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞に標識分子を取り込ませて、細胞内における標識分子の動態を測定する際に好適な、細胞を固定する容器、この容器への細胞の固定方法、容器に固定された細胞の細胞内分子動態の測定方法および細胞内分子動態の測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、細胞内の分子動態を解析する手法として、蛍光相関分光法(Fluorescence Correlation Spectroscopy:以下、FCSと略記)、蛍光強度分散分析法(Fluorescence Intensity Distribution Analysis:以下、FIDAと略記)等が知られている。これらは、蛍光物質で標識した分子を観察対象である細胞に取り込ませ、細胞内における該標識分子の動態を蛍光シグナルのゆらぎとして検出する手法である。またこの手法により、同時に複数の細胞を観察することで、これら細胞間のタイトジャンクションによる分子のやりとり等を解析することもできる。
【0003】
前記解析手法においては、観察対象である一つあるいは複数の細胞を容器内に保持し、この細胞に蛍光物質を励起できる波長の光を照射して、蛍光シグナルを検出するが、シグナルの検出に際しては、細胞内の非常に狭い特定領域に共焦点をあて、蛍光シグナルの強度および移動速度等の分子動態を、精密に検出することが求められる。
従来、このような蛍光シグナルの測定に用いる容器としては、カバースリップに8チャンバーを占有区画してある底面積0.8平方センチメートル程度のものや、直径0.8センチメートル、底面積0.5平方センチメートル程度のマルチウエルガラスボトムのプレート等が用いられている。
ここで、細胞内における分子動態を正確に解析するためには、生きている細胞を用いることが好ましく、この場合、観察対象である細胞を前記のような容器や通常用いるマイクロプレートに載せて観察しようとすると、測定中に細胞が動いてしまうため、正確に分子動態を検出することができないという問題点がある。すなわち、FCS、FIDA等の解析においては、生きている細胞を動かないように固定することが必要となる。
【0004】
この問題点を解決するために、観察対象の細胞を固定するための方法として、例えば、細胞を捕捉するための小さなウェルを備えたマイクロプレートを用いる方法が開示されている(例えば、特許文献1および2参照)。
また、底面に吸引口を設けた容器に、この吸引口よりも大きいサイズの細胞を一つ捕捉して、この吸引口を介して細胞を吸引することにより、細胞に穴を開けて、該容器内に細胞を固定する方法(パッチクランプ法)が開示されている。パッチクランプ法は、一つの観察対象の細胞における電流の変化により、薬剤に対する応答反応を測定する際に好適に用いられる手法である。
【特許文献1】国際公開第2004/077009号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2004/113492号パンフレット
【特許文献3】国際公開第2005/007866号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1および2に記載の発明では、ウェル内に細胞を捕捉することができても、細胞には種々のサイズのものがあり、その都度ウェルのサイズをこの種々の細胞のサイズに適したものとすることが困難であるという問題点がある。すなわち、細胞のサイズに対してウェルのサイズが大きすぎると、このウェル内に一つまたは複数の細胞を捕捉できても、ウェル内でしっかりと保持することができない。
【0006】
一方、特許文献3に記載の発明は、容器の底面に吸引口が設けられているため、細胞内の電位の変化等を測定するためには好適であるが、高精度に蛍光シグナルを検出したい場合には、蛍光物質を励起するための光を容器の底面側から照射することは好ましくなく、細胞の上方から照射する必要がある。しかし、このように細胞上方から光を照射して蛍光シグナルを検出しようとしても、多くのノイズを拾ってしまい、精度の高い測定ができなくなるという問題点がある。また、吸引口の大きさが小さいため、容器内に捕捉できる細胞は一つだけとなり、複数の細胞間におけるタイトジャンクションを測定できないという問題点もある。さらに、細胞には穴が開けられているため、必ずしも細胞内の正確な分子動態を解析できないという問題点もある。
【0007】
本発明は上記問題点に鑑みてなされたものであり、蛍光相関分光法(FCS)等の解析において好適な、観察対象の生きている細胞を固定することができる容器、該容器への細胞の固定方法、該方法により固定された細胞の細胞内分子動態の測定方法および細胞内分子動態の測定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、
請求項1に記載の発明は、底面が少なくとも直径2μmの円形で、細胞を載置できる形状でかつ平坦であり、側面がテーパー状である細胞保持部を有する容器であって、該容器の底面は平坦であり、前記細胞保持部は、細胞を含有する液を添加して保持する試料保持部の底部となっていることを特徴とする容器である。
【0009】
請求項2に記載の発明は、前記細胞保持部の底面が、直径2μm以上の円形であることを特徴とする請求項1に記載の容器である。
【0010】
請求項3に記載の発明は、前記細胞保持部の高さが4μm以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の容器である。
【0011】
請求項4に記載の発明は、前記試料保持部の側面全面がテーパー状であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の容器である。
【0012】
請求項5に記載の発明は、前記細胞保持部の底面近傍の側面に、容器外に通じる流路の一端が開口されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の容器である。
【0013】
請求項6に記載の発明は、屈折率が1.5以下の材質からなることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の容器である。
【0014】
請求項7に記載の発明は、細胞保持部以外の試料保持部の側面が、水に対する接触角が100°以上である材質からなるものであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の容器である。
【0015】
請求項8に記載の発明は、前記細胞保持部の側面が黒色に着色されていることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の容器である。
【0016】
請求項9に記載の発明は、複数の前記試料保持部を有する容器であって、互いに隣接する細胞保持部の底面の中心間距離が1mm以上であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の容器である。
【0017】
請求項10に記載の発明は、請求項1〜9のいずれか一項に記載の容器の試料保持部に、標識分子を取り込ませた細胞を含有する液を添加し、細胞に、振動、圧力、重力、遠心力、静電引力からなる群より選ばれる少なくとも一つを加えて、細胞を細胞保持部に移動させて固定することを特徴とする細胞の固定方法である。
【0018】
請求項11に記載の発明は、請求項1〜9のいずれか一項に記載の容器の試料保持部に、標識分子と磁気粒子を取り込ませた細胞を含有する液を添加し、細胞に磁力を印加して、細胞を細胞保持部に移動させて固定することを特徴とする細胞の固定方法である。
【0019】
請求項12に記載の発明は、前記標識分子が、蛍光物質で標識された分子であることを特徴とする請求項10または11に記載の細胞の固定方法である。
【0020】
請求項13に記載の発明は、請求項10〜12のいずれか一項に記載の細胞の固定方法により固定された細胞中の標識分子のシグナルを、細胞保持部の底面側より検出することを特徴とする細胞内分子動態の測定方法である。
【0021】
請求項14に記載の発明は、請求項1〜9のいずれか一項に記載の容器と、該容器の試料保持部内の細胞に、振動、圧力、遠心力、電場、磁力からなる群より選ばれる少なくとも一つを加える細胞移動手段と、細胞中の標識分子のシグナルを検出するシグナル検出手段と、を有することを特徴とする細胞内分子動態の測定装置である。
【0022】
請求項15に記載の発明は、標識分子を取り込ませた細胞を含有する液を、前記容器の試料保持部に添加する試料添加手段を有することを特徴とする請求項14に記載の細胞内分子動態の測定装置である。
【0023】
請求項16に記載の発明は、前記標識分子が、蛍光物質で標識された分子であることを特徴とする請求項14または15に記載の細胞内分子動態の測定装置である。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、一つあるいは複数の生きている細胞を容器内に固定することができるため、従来、細胞の動きにより測定が困難であった、光学的な手段を用いる細胞内の分子動態の測定を簡便に且つ高精度に行うことができる。例えば、FCSやFIDA等の手法を適用して、従来困難であった生きた複数の細胞間におけるタイトジャンクションの測定を行うことができる。また、電気泳動、ELISA等のIN VITROでスクリーニングされてきた創薬候補物質を、実際に生きた細胞を使ってスクリーニングすることで、生体内に近い反応を見ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明について、詳しく説明する。
本発明の容器は、底面が少なくとも直径2μmの円形で、細胞を載置できる形状でかつ平坦であり、側面がテーパー状である細胞保持部を有する容器であって、該容器の底面は平坦であり、前記細胞保持部は、細胞を含有する液を添加して保持する試料保持部の底部となっていることを特徴とする。
【0026】
本発明においては、測定対象である細胞中のシグナルの検出等、光学的な測定を正確に行うため、光の照射面およびシグナルの検出面にあたる容器および細胞保持部の底面は平坦となっている。
【0027】
また、本発明の容器は、その細胞保持部に種々の大きさの細胞を少なくとも一つ保持できるようにする必要がある。観察対象となる通常の細胞は、最小のもので5μm程度の大きさであるため、細胞保持部の底面は、直径5μmの円形のものを載置できる形状であればほぼ足りる。しかし、特殊な細胞として、血小板は、その大きさが2〜3μmとさらに小さいため、本発明の容器においては、細胞保持部の底面は、少なくとも直径2μmの円形のものを載置できる形状となっている。なかでも、直径2μm以上の円形であることが好ましい。
【0028】
また、観察対象の細胞は、必ずしも細胞保持部の底面上に接するように固定する必要はない。細胞が細胞保持部の底面上に接していなくても、側面に接することにより、該細胞が固定される。
【0029】
一方、細胞保持部の側面をテーパー状とすることで、細胞保持部の底部に固定した細胞上に、さらに一つまたは複数の細胞を保持することができ、細胞間のタイトジャンクションを測定することができる。
血小板の大きさは2〜3μmであり、動物細胞の大きさは5〜50μm程度の大きさであり、植物細胞の大きさは10〜500μm程度である。そこで、細胞保持部に細胞を二つ以上積み重ねることができるよう、特に動きやすい動物細胞を重ねて固定することを考慮して、細胞保持部の高さは4μm以上であることが好ましく、10μm以上であることがより好ましく、100μm以上であることが特に好ましい。
【0030】
さらに、細胞保持部の側面は、テーパー角が一定の形状のものでも良いし、異なるテーパー角を有する形状のものでも良く、特に限定されないが、テーパー角は、細胞保持部の底面に対して90度以上170度以下であることが好ましく、より好ましくは110度以上145度以下であり、更に好ましくは120度以上135度以下である。このテーパー角は、細胞の細胞保持部への移動し易さと、固定する細胞の大きさにより選択することができる。例えば、細胞を細胞保持部の底面から浮かせて側面で支持して固定する場合には、固定する細胞と、細胞保持部の平坦な底面との距離が、50μmから200μmになるようにテーパー角を選択すると、細胞と細胞保持部の底面との距離が近すぎず、薬剤を添加した場合等に細胞周囲の溶液の混合が妨げられないため、充分に溶液が混合され、生体反応を正確に検出することができる。
【0031】
本発明の容器の試料保持部は、その底部に、側面がテーパー状である細胞保持部を有するが、細胞保持部以外の側面の形状は特に限定されない。ただし、細胞を含有する液を試料保持部に添加した後、細胞にごく小さな力を加えるだけで、細胞を容易に細胞保持部に移動させることができることから、試料保持部の側面全面がテーパー状であることが好ましい。
【0032】
本発明の容器の細胞保持部は、その底面近傍の側面に、容器外に通じる流路の一端が開口されているものであっても良い。このような形状の細胞保持部を有する容器を用いることにより、細胞を含有する液を試料保持部に添加した後に、この流路の他端にポンプを接続して細胞保持部内を減圧することにより、容易に細胞を細胞保持部に移動させることができる。
流路の形状および長さは、特に限定されないが、細胞保持部内の開口部の面積は、細胞の大きさよりも小さいことが必要である。
また、細胞保持部内に開口されている流路の一端は、細胞保持部の底部に設けると細胞内の分子動態を正確に測定することができず、また、細胞保持部の側面上部に設けると減圧による細胞の移動を行うことが困難となるため、前記のように細胞保持部の底面近傍の側面に設けることが好ましい。
さらに、一つの細胞保持部に設ける流路の数は特に限定されず、複数でも良いが、一つだけでも細胞を細胞保持部へ移動させる十分な効果が得られる。
【0033】
本発明の容器が有する試料保持部の数は、特に限定されず、測定の目的に沿って適宜選択すれば良い。
試料保持部を複数有する容器の場合は、シグナル測定に用いる検出器の対物レンズの開口数に応じて、それぞれの細胞保持部の間に一定の距離を設けることが好ましい。例えば、開口数が0.9〜1.2程度である場合には、互いに隣接する細胞保持部の底面の中心間距離を1mm以上とすることが好ましく、3〜5mmとすることがより好ましい。このようにすることで、シグナル測定時における隣の細胞保持部からのノイズ光の影響を低減でき、細胞内の分子動態をより高精度に測定することができる。
【0034】
本発明の容器の材質は、測定対象の細胞中のシグナルが高精度に測定できるものであれば特に限定されないが、光の散乱を低減することができ、ノイズを小さくできるので、屈折率が1.5以下の材質であることが好ましい。このようなものとして、例えば、屈折率1.5以下のガラス、あるいは、テトラフルオロエチレン(屈折率1.35)等のフッ素樹脂、シリコン樹脂(屈折率1.43)、ポリメチルペンテン(屈折率1.463)、ブニルブチラール(屈折率1.47)、ポリアセタール(屈折率1.48)、PMMA(屈折率1.488)、ポリプロピレン(屈折率1.49)、ポリアロマー(屈折率1.492)等の各種樹脂が挙げられる。
【0035】
また、容器の材質は、細胞保持部の底面と側面とで異なる種類のものを用いても良い。すなわち、細胞保持部の底面を屈折率が1.5以下の材質とし、側面にはこれよりもさらに屈折率の小さい材質のものを用いることで、底面側から細胞内の分子動態を測定する際に、光の散乱を抑制してノイズを低減することができる。
細胞保持部の底面と側面とに用いる材質の組み合わせは、好ましくは前記のものから選択されるが、側面に用いる材質を、試料保持部に添加される測定対象の細胞を含有する液の屈折率(例えば、水の場合は1.33)に近似の屈折率のものとすることがより好ましく、このようにすることで、細胞保持部内における光の散乱をより一層抑制してノイズをさらに低減することができる。
【0036】
このように、細胞保持部の底面と側面とに用いる材質を異なる種類のものとする場合には、このような容器は、例えば、テーパー状の穴を成型した前記材質のプレートを、屈折率がこれよりも大きく且つ1.5以下である前記材質のプレートとを張り合わせることで作製することができる。または、前記材質の樹脂で容器を成型した後、細胞保持部の側面を、屈折率がこれよりもさらに小さい樹脂でコーティングや貼り合わせ、はめ込みをすることにより作製することも出来る。
【0037】
さらに、本発明の容器は、細胞保持部の側面が、黒色等に着色されていることが好ましい。このように側面が黒色等に着色されていることにより、細胞保持部内における反射光を低減して、ノイズをさらに低減することができる。
細胞保持部内の側面を黒色等に着色するためには、例えば、前記材質の樹脂に黒色等の顔料や染料を練りこんで成型したものを用いて、前記と同様に容器を作成すれば良い。
この時用いる顔料としては、例えば、カーボンブラック、酸化鉄系顔料、鉄とそれ以外の金属とからなる複合酸化鉄系顔料等が挙げられるが、なかでも、カーボンブラックを用いることが好ましい。
また、この時用いる染料としては、特に限定されず、アゾ系染料、アントラキノン系染料等、多くの合成染料が挙げられる。
【0038】
一方、容器の材質として、フッ素樹脂を用いる場合には、フッ素樹脂そのもので容器を作製すると容器が不透明になる場合が多く、この場合、容器の底面が不透明になってしまうと、細胞内の分子動態を正確に測定することができなくなってしまう。そこで、フッ素樹脂を用いる場合には、例えば、屈折率がフッ素樹脂よりも大きく且つ1.5以下である前記材質の透明な樹脂で容器を成型した後、細胞保持部の側面上にフッ素樹脂をコーティングや貼り合わせ、はめ込みをして用いることが好ましい。
【0039】
本発明の容器においては、細胞保持部以外の試料保持部の側面が、水に対する接触角が100°以上である材質からなるものであることが好ましい。
通常、測定対象である細胞は水や緩衝液に浮遊させて、この細胞を含有する液を試料保持部へ添加するが、この時、細胞保持部以外の試料保持部の側面が、水に対する接触角が100°以上である材質からなるものであると、細胞を含有する液中の水が、前記材質からなる側面と接触しにくくなるために、細胞もこの側面に付着しにくくなり、容易に細胞を細胞保持部へ移動させることができる。
【0040】
このような、細胞保持部以外の試料保持部の側面が、水に対する接触角が100°以上である材質からなるものとするためには、例えば、この側面にシリコン樹脂、フッ素樹脂、フッ素を含有したシランカップリング剤等をコーティングすれば良く、また、水に対する接触角が100°以上である材質そのものでこの側面部分を形成しても良い。
また、例えば、MPC(2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)ポリマー(日本油脂株式会社製)を側面にコーティングすると、タンパク質の吸着を減少させることができる。
【0041】
本発明の細胞の固定方法は、前記容器の試料保持部に、標識分子を取り込ませた細胞を含有する液を添加し、細胞に、振動、圧力、重力、遠心力、静電引力からなる群より選ばれる少なくとも一つを加えて、細胞を細胞保持部に移動させて固定することを特徴とする。
または、前記容器の試料保持部に、標識分子と磁気粒子を取り込ませた細胞を含有する液を添加し、細胞に磁力を印加して、細胞を細胞保持部に移動させて固定することを特徴とする。
【0042】
細胞に、振動、圧力、遠心力、静電引力、磁力を加える際は、これらを発生する各手段、例えば、遠心力であれば遠心機を用いれば良いが、振動は手動で加えても良い。また、振動により細胞を細胞保持部へ移動させる際は、容器に振動を加えることで細胞に間接的に振動を加えれば良い。
一方、重力で細胞を細胞保持部へ移動させる場合は、試料保持部内に細胞を含有する液を添加して、そのまま容器を静置しておけば良い。ただし、細胞の細胞保持部への移動を効率的に行うためには、さらに、前記の振動、圧力、遠心力、静電引力、磁力のいずれか一つ以上を加えることが好ましい。
【0043】
細胞に静電引力を加えて該細胞を細胞保持部へ移動させる場合は、細胞の外表面は通常負の電荷を帯びているため、細胞保持部近傍、例えば、容器の下に正電荷を発生させれば、これら電荷の間に生じる静電引力により、細胞を細胞保持部へ移動させることができる。
細胞保持部近傍に正電荷を発生させる方法としては、例えば、電源に接続した電極のうち、負電荷を帯びた電極を容器の上に、正電荷を帯びた電極を容器の下にそれぞれ配置して、これら電極で容器中の細胞保持部を挟みこむ方法が挙げられる。またこの場合は、電極に正電荷を発生させる時期は、細胞を含有する液が添加されている容器を電極間に設置する前でも良いし、設置した後でも良い。あるいは、電極間にあらかじめ容器を設置して、細胞を含有する液を試料保持部に添加してから電極に正電荷を発生させても良いし、電極に正電荷を発生させてから試料保持部に細胞を含有する液を添加しても良い。
【0044】
細胞に磁力を加えて該細胞を細胞保持部へ移動させる場合は、細胞内にあらかじめ微小な磁気粒子を取り込ませておくことが必要である。磁気粒子を細胞内に取り込ませる方法は、従来公知の方法を用いれば良い。
このような細胞に対して、磁力発生手段を用いて、細胞を細胞保持部へ移動させれば良い。
【0045】
細胞に圧力を加えて該細胞を細胞保持部へ移動させる場合は、例えば、前記のような細胞保持部の底面近傍の側面に、容器外に通じる流路の一端が開口されている容器を用いて、この流路の他端の開口部に吸引ポンプを接続し、細胞保持部内を吸引すること、すなわち、細胞に負の圧力を加えることで、細胞を細胞保持部に移動させることができる。
この時の吸引は、細胞が傷つくことがないよう、適宜圧力を調整して行うことが必要である。また、試料保持部内に細胞を含有する液を添加してから、吸引を行うことが好ましい。
【0046】
本発明においては、細胞内における動態を測定したい分子を、標識化合物で標識化した後、該標識分子を細胞に取り込ませて、そのシグナルを測定する。
ここで用いる標識化合物としては、好ましいものとして蛍光物質を挙げることができる。
蛍光物質としては、例えば、フルオレセイン、ローダミン、アクリフラビン、Alexa等従来公知のものを挙げることができる。
また、標識分子の作製方法および標識分子を細胞に取り込ませる方法は、従来公知の方法を適用すれば良い。
【0047】
本発明の、細胞内分子動態の測定方法は、前記細胞の固定方法により固定された細胞中の標識分子のシグナルを、細胞保持部の底面側より検出することを特徴とする。該測定方法により、生きている細胞を細胞保持部内で固定でき、さらに、固定された細胞の上に一つあるいは複数の細胞を固定できるため、簡便且つ高精度に細胞内の分子動態、細胞間のタイトジャンクションを測定することができる。
【0048】
本発明の細胞内分子動態の測定装置は、細胞を固定する前記容器と、細胞移動手段と、シグナル検出手段とを備える。
細胞移動手段は、細胞に振動、圧力、遠心力、静電引力、磁力のいずれかを加える手段であり、振動発生手段、圧力発生手段、遠心力発生手段、電場発生手段、磁力発生手段からなる群より選ばれる一つ以上を備えるものである。
圧力発生手段を用いる場合は、容器は、前記のような細胞保持部の底面近傍の側面に、容器外に通じる流路の一端が開口されているものを用い、この流路を圧力伝達手段とする。
【0049】
振動発生手段としては、例えば、超音波発生機、振動板を振動させることにより液を撹拌するミキサー等が挙げられる。
圧力発生手段としては、例えば、吸引ポンプ等が挙げられ、前記流路を備える容器の、該流路の他端に該圧力発生装置を接続する。
遠心力発生手段としては、例えば、卓上遠心機等が挙げられる。
【0050】
また、電場発生手段としては、例えば、電極に接続された2枚の電極を含む回路からなる電場発生装置等を挙げることができる。この場合は、2枚の電極のうち、正電荷を帯びた電極を容器の底面側、負電荷を帯びた電極を容器の開口部側にそれぞれ設置して、これら2枚の電極で容器を挟み込むように該電極を設けることが好ましい。
磁力発生手段としては、例えば、電磁石および電源に接続された該電磁石を含む回路、あるいは永久磁石等を挙げることができる。この場合、該磁力発生手段を容器の底部側に設けることが好ましい。
【0051】
本発明におけるシグナル検出手段としては、前記各種標識分子のシグナルを検出できる、従来公知の検出装置を用いることができる。例えば、標識分子が蛍光物質で標識されたものである場合は、共焦点蛍光顕微鏡等を用いることができる。
【0052】
また、本発明の細胞内分子動態の測定装置は、標識分子を取り込ませた細胞を含有する液を、前記容器の試料保持部に添加する試料添加手段を有することが好ましい。
試料添加手段を前記装置に設けておくと、細胞を含有する液を自動的に容器へ供給することにより、測定対象である細胞中のシグナルを時系列的に連続して測定することできる。このようにすることで、例えば、細胞の薬剤に対する反応をリアルタイムに測定することができ、より効率的な細胞内分子動態の測定が可能となる。ここで、添加手段としては、例えば、溶液を吸引および分注する機能を有する各種分注装置等を挙げることができる。
【0053】
このような、細胞内分子動態の測定装置の一例について、その概略構成図を図1に示す。
該装置は、細胞内に蛍光物質で標識した分子を取り込ませ、その蛍光シグナルを測定する形態のものであり、基本的な装置構成は、共焦点蛍光顕微鏡をベースとしたものである。
【0054】
シグナル検出手段は、光源2、ダイクロイック・ミラー6、対物レンズ3、バンドパス・フィルター7、反射プリズム8、レンズ9および11、ピンホール10、光検出器12、コンピューター13、ディスプレイ14とから概略構成されている。光源2から光を照射することにより、光検出器12で受光されたシグナルは、光検出器12に接続されたコンピューター13に記憶されて相関解析などの演算が行われ、その結果がディスプレイ14上に表示されるようになっている。
光源2としては、例えば、レーザー発生装置等が用いられ、光検出器12としては、例えば、アバランシェ・フォトダイオード(APD)または光電子増倍管等の微弱光検出器が用いられる。光検出器12は、ピンホール10後方に配置されたレンズ11の焦点位置に受光面を合わせて配置されている。
【0055】
また、符号1は試料ステージであり、容器4を載置し、固定するものである。容器4の水平位置および垂直位置は、試料ステージ1により調整され、さらに、対物レンズ縦軸調整機構(図示略)により対物レンズ3の位置を微調整することで、細胞の最適な測定位置が調整される。
【0056】
さらに、符号5は、容器4内の細胞に、振動、圧力、遠心力、静電引力、磁力からなる群より選ばれる少なくとも一つを加える細胞移動手段であり、ここでは電場発生装置を示している。容器4は、試料ステージ1の移動により、電場発生装置5の中へ移動して、細胞が容器4の細胞保持部へ移動されるようになっている。
また、符号15は、標識分子を取り込ませた細胞を含有する液を、容器4の試料保持部に添加する試料添加手段であり、ここでは分注装置を示している。
【0057】
このような、本発明の細胞内分子動態の測定装置により、細胞内のシグナルの検出は以下のように行われる。
すなわち、標識化合物を取り込ませた細胞を含有する液を、分注装置15を用いて容器4の試料保持部へ添加した後、試料ステージ1を移動させ、容器4を電場発生装置5の中に移動させる。ここで、容器4の細胞保持部へ細胞を移動させた後、試料ステージ1を移動させ、さらに対物レンズ縦軸調整機構を用いて対物レンズ3の位置を微調整することで、細胞の最適な測定位置が調整される。すなわち、光源2から発せられて対物レンズ3で集光された光の共焦点領域に、前記細胞が位置するように容器が設置される。
【0058】
光源2から発せられた光は、ダイクロイック・ミラー6により反射されて対物レンズ3に入り、容器4の細胞保持部内で集光する。集光された光は、細胞内の蛍光物質を励起するので、細胞中の標識分子から蛍光が発せられる。この蛍光は再び対物レンズ3、続いてダイクロイック・ミラー6を通過して、バンドパス・フィルター7に入射する。バンドパス・フィルター7により、信号光となる蛍光の発光スペクトルの波長領域の光のみがここを通過する。これにより、容器4内で発生する散乱光や、容器4の壁面などから反射して入射光路に戻ってくる入射光の一部等のノイズ光をカットすることができる。
バンドパス・フィルター7を通過した信号光は、反射プリズム8で反射され、レンズ9によりレンズ9の後方に配置されたピンホール10のピンホール面に集光される。ここでさらに、ボケの原因となるノイズ光が除去されて、目的とする信号光がシグナルとしてレンズ11を通過して光検出器12により検出される。そして、光検出器12で検出した信号光について、コンピューター13により相関解析などの演算が行われ、その結果が、蛍光の強度ゆらぎの自己相関関数あるいは相互相関関数等としてディスプレイ14の画面上に、グラフまたはデータとして提示される。
【0059】
なおここでは、蛍光物質のシグナルを測定する際に好適な装置について説明したが、細胞に取り込ませる標識化合物の種類及びそのシグナルの検出方法に応じて、該装置中のシグナル検出手段を適宜変更すれば、蛍光物質以外の標識化合物で標識した分子の細胞内動態も同様に測定することができる。
【実施例】
【0060】
以下、具体的実施例により、本発明をさらに詳しく説明する。ただし、本発明は、以下の実施例に何ら限定されるものではない。
(実施例1)
金型を用いてポリメチルペンテン(TPX(登録商標))を成型し、図2に示すような形状の容器20を製造した。図2(a)は該容器20の概略断面図、図2(b)は概略斜視図である。該容器20は、幅4.1mm、高さ2.7mmのブロック状でその底面は平坦であり、円錐台形状の試料保持部21を有している。試料保持部21のうち、底面から、直径が100μmの部分までが細胞保持部22となっている。試料保持部21の開口部は直径3mmの円形であり、細胞保持部22の底面は直径5μmの円形で平坦となっている。また、試料保持部21および細胞保持部22は、その断面において、これらの側面23の成す角が60°のV字形状となるように成型されている。したがって、テーパー角は、細胞保持部の底面に対して120度になっている。
【0061】
容器20の試料保持部21に、細胞を含有する液を50μL添加し、下記3通りの方法で、細胞を該容器20の細胞保持部22へ移動させることを試みた。
(1)容器20を卓上遠心機(CT6D、日立工機株式会社製)にセットして、1000〜3000rpmで5〜10分間遠心した。
(2)振動板を振動させることにより液を撹拌する装置である試験管ミキサー(IWAKI製TM−250)を用いて容器20を振動させた。
(3)図6に示したように、容器20を上下にはさむ形で、負電荷を帯びた電極61を容器20の開口部側に、正電荷を帯びた電極62を容器20の底面側にそれぞれ配置した電場発生装置により、容器20内の細胞へ静電引力を加えた。ただし、これら電極は、容器20内の細胞が観察および測定可能なように、細胞保持部22の位置に対応した位置に穴63を有するものである。通常細胞外面は負電荷を帯びているため、細胞を細胞保持部22に効率よく引き寄せることが可能である。
この後に、顕微鏡で容器20の細胞保持部22を観察したところ、(1)〜(3)のいずれの方法によっても、細胞保持部22には細胞が一つ保持され、さらに、その細胞の上には複数の細胞が保持されていることが確認された。
【0062】
(実施例2)
金型を用いてPMMAを成型し、図3に示すような形状の容器30を製造した。図3(a)は該容器30の概略断面図、図3(b)は概略斜視図である。該容器30は、幅4.1mm、高さ2.7mmのブロック状でその底面は平坦であり、円錐台が三つ繋がった形状の、試料保持部31を有している。その開口部は直径3mmの円形であり、底面は直径5μmの円形で平坦となっている。底面から、直径が30μmの部分までが細胞保持部32となっており、その断面において、側面33の成す角が60度のV字形状となるように成型されている。したがって、テーパー角は、細胞保持部の底面に対して120度になっている。
【0063】
図3に示すような形状の容器30を用いたこと以外は、実施例1と同様に、3通りの方法で、細胞を該容器30の細胞保持部32へ移動させることを試みた。
その結果、実施例1と同様、いずれの方法によっても、細胞保持部32には細胞が一つ保持され、さらに、その細胞の上には複数の細胞が保持されていることが確認された。
【0064】
(実施例3)
実施例2と同じ形状の容器に対して、その細胞保持部の底面近傍の側面に、圧力伝達手段である流路を一つ付加した形状の容器40を、実施例2と同様に樹脂成型により製造した。図4にその概略断面図を示す。流路44は、その一端が細胞保持部42の底面近傍の側面に、他端が該容器40の底面にそれぞれ開口しており、内径は1.5μmである。
そして、この流路の容器底面側の開口部へ、カセットチューブポンプ(IWAKI製、PST−350、図示略)を接続した。
【0065】
次に、細胞を含有する液50μLをこの容器の試料保持部41へ添加した。続いて、カセットチューブポンプを作動させて、流路44内および細胞保持部42内を減圧して、試料保持部41内の液を容器40外に吸引し、細胞を細胞保持部42へ移動させることを試みた。
その結果、細胞保持部42には細胞が一つ保持され、さらに、その細胞の上には複数の細胞が保持されていることが確認された。
【0066】
(実施例4)
図5に示すような、開口部が直径6mmの円形であるウェル50を96個(16×6)有するマイクロプレートを製造した。ウェル50は、黒色の樹脂部材51とガラス部材52とからなっており、樹脂部材51は、カーボンブラックを含有したポリスチレンを、金型を用いて成型したもので、ガラス部材52は、厚さ0.2mmの無蛍光ソーダライムガラス板である。また、樹脂部材51の底面およびガラス部材52の底面と上面は、いずれも平坦となっている。
樹脂部材51は、その底部に、円錐台が二つ繋がった形状の試料保持部511を有し、その開口部は直径50μmの円形となっている。また、細胞保持部の底面に相当する部位には、直径5μmの円形の孔が開いている。そして、底面から、直径が30μmの部分までが細胞保持部512となっており、その断面において、側面の成す角が60度のV字形状となるように成型されている。したがって、テーパー角は、細胞保持部の底面に対して120度になっている。この試料保持部511は、互いにその開口部が接するように、直径方向に120個並んだ構造を有している。
このようなウェル50を有するマイクロプレートを、樹脂部材51の底面外側とガラス部材52とを接着剤を用いて張り合わせることにより製造した。
【0067】
(実施例5)
磁気粒子導入キットMagnetfection Kit CombiMag(OZ Bioscience社製)およびGFP融合エストロゲンレセプターDNAプラスミドを用いて、常法により、ヒト子宮頸ガン細胞であるHeLa細胞内に、磁気粒子を導入した。
続いて、実施例1および2で製造した容器の試料保持部へ、この磁気粒子を導入した細胞を含有する液を50μL添加した。そして、市販の磁気プレート上に10分間のせた後に、顕微鏡でこれら容器の細胞保持部を観察したところ、細胞保持部には細胞が一つ保持され、さらに、その細胞の上には複数の細胞が保持されていることが確認された。すなわち、細胞内に取り込まれた磁気粒子に磁力を作用させることで、細胞を効率よく細胞保持部に移動させることができた。
【0068】
(実施例6)
細胞移動手段5として電場発生装置を有する図1に示す装置、および実施例4で用いたマイクロプレートを容器として用いて、細胞内分子動態の測定を行った。
すなわち、常法により、EGFP(Enhanced Green Fluorescence Protein)をエストロゲンレセプター(以下、ERと略記)発現遺伝子と融合させたベクターDNAを、HeLa細胞にリポフェクションにて導入し、この蛍光物質(以下、EGFP−ERと略記)を導入したHeLa細胞を含有する液を容器4の試料添加部へ添加した。次に、電場発生装置5を用いて前記細胞を容器4の細胞保持部へと移動させ、前記細胞一つの蛍光画像を得、さらにFCSにより細胞内のEGFP−ERの揺らぎを測定し、並進拡散時間を算出した。結果を図7に示す。図7(a)は前記EGFP−ER発現細胞の蛍光画像、図7(b)は該細胞内におけるEGFP−ERの並進拡散時間のグラフをそれぞれ示す。
【0069】
続いて、前記EGFP−ER発現HeLa細胞にエストロゲンの一種である17β−エストラジオールを最終濃度が10nMになるように細胞培養液中に添加した。ERのリガンドである17β−エストラジオールは細胞内にてERに結合し、ERは細胞DNA上のエストロゲン応答エレメント(以下、EREと略記)に2量体を形成して結合する。図8は、17β−エストラジオールを細胞培養液中に添加してから30分後の蛍光画像を示す。17β−エストラジオールの添加により、EGFP−ERは細胞DNAのEREに結合する。EGFP−ERは、核マトリックスのERE上に結合しているため、画像のようにEGFP−ER分子が存在していないところは、黒く斑点のように観察された。
【0070】
一方、633nmの波長の光で励起される蛍光色素Alexa647を、常法に従い、ERと特異的に結合する配列を有するDNAオリゴマーの末端に結合させて標識化し、このAlexa647結合DNAオリゴマーを、常法に従い、HeLa細胞および前記EGFP−ER発現HeLa細胞にそれぞれトランスフェクションした。これら細胞を容器4の細胞保持部へと移動させ、細胞一つの蛍光画像を得、さらにFCSにより、細胞内のAlexa647の揺らぎを測定し、並進拡散時間を算出した。結果を図9および図10に示す。
【0071】
図9(a)は、Alexa647結合DNAオリゴマーをトランスフェクションしたHeLa細胞の蛍光画像、図9(b)は、該細胞内におけるAlexa647の並進拡散時間のグラフをそれぞれ示す。
また、図10(a)は、Alexa647結合DNAオリゴマーをトランスフェクションしたEGFP−ER発現HeLa細胞の633nmの波長の光を照射した時の蛍光画像、図10(b)は、該細胞の488nmの波長の光を照射した時の蛍光画像を示す。
さらに、図10(c)は、633nmの波長の光を照射した時の該細胞内におけるAlexa647の並進拡散時間のグラフ、図10(d)は488nmの波長の光を照射した時の該細胞内におけるEGFP−ERの並進拡散時間のグラフをそれぞれ示す。
【0072】
これらの結果から、EGFP−ER発現HeLa細胞に対して、該細胞にAlexa647結合DNAオリゴマーをトランスフェクションしたものは、図11(a)のグラフに示すように、並進拡散時間が大きくなっており、EGFP−ER発現HeLa細胞中のERに、Alexa647結合DNAオリゴマーが結合していることが確認された。
また、Alexa647結合DNAオリゴマーをトランスフェクションしたEGFP−ER発現HeLa細胞は、17β−エストラジオールを添加したものおよびしないもののいずれも、図11(b)に示すように、Alexa647結合DNAオリゴマーをトランスフェクションしたHeLa細胞よりも並進拡散時間が大きくなっており、前記EGFP−ER発現HeLa細胞中のERに、Alexa647結合DNAオリゴマーが結合していることが確認された。
【0073】
(比較例1)
従来のマイクロプレートを容器として用いたこと以外は、実施例6と同様の方法で、細胞内分子動態の測定を試みたところ、測定中に容器内の細胞が移動してしまい、細胞中の蛍光シグナルの測定が途中で行えなくなってしまった。
【0074】
以上のように、本発明の容器を用いて、その細胞保持部へ、標識分子を取り込ませた測定対象の細胞を固定できることが確認され、また、本発明の細胞内分子動態の測定装置を用いて、該標識分子のシグナルを検出し、細胞内の分子動態を簡便に且つ高精度に測定できることが確認された。上述した実施例では、蛍光標識した例について説明した。蛍光による検出は信号強度が強いので好ましいが、本発明を適用して、化学発光や生物発光を対象にして検出を行うことも可能である。化学発光や生物発光は、信号強度は弱いがノイズは非常に小さく、S/Nが良い検出を行うことができる利点を有する。
【産業上の利用可能性】
【0075】
生きている細胞内における分子動態および細胞間におけるタイトジャンクションを簡便且つ高精度に測定できるため、創薬候補物質のスクリーニング法等に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】本発明の細胞内分子動態の測定装置の一例を示す概略構成図である。
【図2】本発明の容器の一例を示す概略図である。
【図3】本発明の容器の一例を示す概略図である。
【図4】本発明の容器の一例を示す概略図である。
【図5】本発明の容器の一例を示す概略図である。
【図6】本発明の細胞内分子動態の測定装置中の細胞移動手段に対する、本発明の容器の設置例を示す概略図である。
【図7】本発明の実施例6におけるEGFP−ER発現HeLa細胞の(a)は蛍光画像であり、(b)はEGFP−ERの並進拡散時間のグラフである。
【図8】本発明の実施例6における、EGFP−ER発現HeLa細胞へ17β−エストラジオールを添加した時の該細胞の蛍光画像である。
【図9】本発明の実施例6における、標識DNAをトランスフェクションしたHeLa細胞の(a)は蛍光画像であり、(b)は標識DNAの並進拡散時間のグラフである。
【図10】本発明の実施例6における、EGFP−ERおよび標識DNAによる標識化HeLa細胞の(a)および(b)は蛍光画像であり、(c)は標識DNAの並進拡散時間のグラフ、(d)はEGFP−ERの並進拡散時間のグラフである。
【図11】本発明の実施例6における、EGFP−ERおよび標識DNAの並進拡散時間の変化を示すグラフである。
【符号の説明】
【0077】
20・・・容器、21・・・試料保持部、22・・・細胞保持部、23・・・側面
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞に標識分子を取り込ませて、細胞内における標識分子の動態を測定する際に好適な、細胞を固定する容器、この容器への細胞の固定方法、容器に固定された細胞の細胞内分子動態の測定方法および細胞内分子動態の測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、細胞内の分子動態を解析する手法として、蛍光相関分光法(Fluorescence Correlation Spectroscopy:以下、FCSと略記)、蛍光強度分散分析法(Fluorescence Intensity Distribution Analysis:以下、FIDAと略記)等が知られている。これらは、蛍光物質で標識した分子を観察対象である細胞に取り込ませ、細胞内における該標識分子の動態を蛍光シグナルのゆらぎとして検出する手法である。またこの手法により、同時に複数の細胞を観察することで、これら細胞間のタイトジャンクションによる分子のやりとり等を解析することもできる。
【0003】
前記解析手法においては、観察対象である一つあるいは複数の細胞を容器内に保持し、この細胞に蛍光物質を励起できる波長の光を照射して、蛍光シグナルを検出するが、シグナルの検出に際しては、細胞内の非常に狭い特定領域に共焦点をあて、蛍光シグナルの強度および移動速度等の分子動態を、精密に検出することが求められる。
従来、このような蛍光シグナルの測定に用いる容器としては、カバースリップに8チャンバーを占有区画してある底面積0.8平方センチメートル程度のものや、直径0.8センチメートル、底面積0.5平方センチメートル程度のマルチウエルガラスボトムのプレート等が用いられている。
ここで、細胞内における分子動態を正確に解析するためには、生きている細胞を用いることが好ましく、この場合、観察対象である細胞を前記のような容器や通常用いるマイクロプレートに載せて観察しようとすると、測定中に細胞が動いてしまうため、正確に分子動態を検出することができないという問題点がある。すなわち、FCS、FIDA等の解析においては、生きている細胞を動かないように固定することが必要となる。
【0004】
この問題点を解決するために、観察対象の細胞を固定するための方法として、例えば、細胞を捕捉するための小さなウェルを備えたマイクロプレートを用いる方法が開示されている(例えば、特許文献1および2参照)。
また、底面に吸引口を設けた容器に、この吸引口よりも大きいサイズの細胞を一つ捕捉して、この吸引口を介して細胞を吸引することにより、細胞に穴を開けて、該容器内に細胞を固定する方法(パッチクランプ法)が開示されている。パッチクランプ法は、一つの観察対象の細胞における電流の変化により、薬剤に対する応答反応を測定する際に好適に用いられる手法である。
【特許文献1】国際公開第2004/077009号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2004/113492号パンフレット
【特許文献3】国際公開第2005/007866号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1および2に記載の発明では、ウェル内に細胞を捕捉することができても、細胞には種々のサイズのものがあり、その都度ウェルのサイズをこの種々の細胞のサイズに適したものとすることが困難であるという問題点がある。すなわち、細胞のサイズに対してウェルのサイズが大きすぎると、このウェル内に一つまたは複数の細胞を捕捉できても、ウェル内でしっかりと保持することができない。
【0006】
一方、特許文献3に記載の発明は、容器の底面に吸引口が設けられているため、細胞内の電位の変化等を測定するためには好適であるが、高精度に蛍光シグナルを検出したい場合には、蛍光物質を励起するための光を容器の底面側から照射することは好ましくなく、細胞の上方から照射する必要がある。しかし、このように細胞上方から光を照射して蛍光シグナルを検出しようとしても、多くのノイズを拾ってしまい、精度の高い測定ができなくなるという問題点がある。また、吸引口の大きさが小さいため、容器内に捕捉できる細胞は一つだけとなり、複数の細胞間におけるタイトジャンクションを測定できないという問題点もある。さらに、細胞には穴が開けられているため、必ずしも細胞内の正確な分子動態を解析できないという問題点もある。
【0007】
本発明は上記問題点に鑑みてなされたものであり、蛍光相関分光法(FCS)等の解析において好適な、観察対象の生きている細胞を固定することができる容器、該容器への細胞の固定方法、該方法により固定された細胞の細胞内分子動態の測定方法および細胞内分子動態の測定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、
請求項1に記載の発明は、底面が少なくとも直径2μmの円形で、細胞を載置できる形状でかつ平坦であり、側面がテーパー状である細胞保持部を有する容器であって、該容器の底面は平坦であり、前記細胞保持部は、細胞を含有する液を添加して保持する試料保持部の底部となっていることを特徴とする容器である。
【0009】
請求項2に記載の発明は、前記細胞保持部の底面が、直径2μm以上の円形であることを特徴とする請求項1に記載の容器である。
【0010】
請求項3に記載の発明は、前記細胞保持部の高さが4μm以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の容器である。
【0011】
請求項4に記載の発明は、前記試料保持部の側面全面がテーパー状であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の容器である。
【0012】
請求項5に記載の発明は、前記細胞保持部の底面近傍の側面に、容器外に通じる流路の一端が開口されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の容器である。
【0013】
請求項6に記載の発明は、屈折率が1.5以下の材質からなることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の容器である。
【0014】
請求項7に記載の発明は、細胞保持部以外の試料保持部の側面が、水に対する接触角が100°以上である材質からなるものであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の容器である。
【0015】
請求項8に記載の発明は、前記細胞保持部の側面が黒色に着色されていることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の容器である。
【0016】
請求項9に記載の発明は、複数の前記試料保持部を有する容器であって、互いに隣接する細胞保持部の底面の中心間距離が1mm以上であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の容器である。
【0017】
請求項10に記載の発明は、請求項1〜9のいずれか一項に記載の容器の試料保持部に、標識分子を取り込ませた細胞を含有する液を添加し、細胞に、振動、圧力、重力、遠心力、静電引力からなる群より選ばれる少なくとも一つを加えて、細胞を細胞保持部に移動させて固定することを特徴とする細胞の固定方法である。
【0018】
請求項11に記載の発明は、請求項1〜9のいずれか一項に記載の容器の試料保持部に、標識分子と磁気粒子を取り込ませた細胞を含有する液を添加し、細胞に磁力を印加して、細胞を細胞保持部に移動させて固定することを特徴とする細胞の固定方法である。
【0019】
請求項12に記載の発明は、前記標識分子が、蛍光物質で標識された分子であることを特徴とする請求項10または11に記載の細胞の固定方法である。
【0020】
請求項13に記載の発明は、請求項10〜12のいずれか一項に記載の細胞の固定方法により固定された細胞中の標識分子のシグナルを、細胞保持部の底面側より検出することを特徴とする細胞内分子動態の測定方法である。
【0021】
請求項14に記載の発明は、請求項1〜9のいずれか一項に記載の容器と、該容器の試料保持部内の細胞に、振動、圧力、遠心力、電場、磁力からなる群より選ばれる少なくとも一つを加える細胞移動手段と、細胞中の標識分子のシグナルを検出するシグナル検出手段と、を有することを特徴とする細胞内分子動態の測定装置である。
【0022】
請求項15に記載の発明は、標識分子を取り込ませた細胞を含有する液を、前記容器の試料保持部に添加する試料添加手段を有することを特徴とする請求項14に記載の細胞内分子動態の測定装置である。
【0023】
請求項16に記載の発明は、前記標識分子が、蛍光物質で標識された分子であることを特徴とする請求項14または15に記載の細胞内分子動態の測定装置である。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、一つあるいは複数の生きている細胞を容器内に固定することができるため、従来、細胞の動きにより測定が困難であった、光学的な手段を用いる細胞内の分子動態の測定を簡便に且つ高精度に行うことができる。例えば、FCSやFIDA等の手法を適用して、従来困難であった生きた複数の細胞間におけるタイトジャンクションの測定を行うことができる。また、電気泳動、ELISA等のIN VITROでスクリーニングされてきた創薬候補物質を、実際に生きた細胞を使ってスクリーニングすることで、生体内に近い反応を見ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明について、詳しく説明する。
本発明の容器は、底面が少なくとも直径2μmの円形で、細胞を載置できる形状でかつ平坦であり、側面がテーパー状である細胞保持部を有する容器であって、該容器の底面は平坦であり、前記細胞保持部は、細胞を含有する液を添加して保持する試料保持部の底部となっていることを特徴とする。
【0026】
本発明においては、測定対象である細胞中のシグナルの検出等、光学的な測定を正確に行うため、光の照射面およびシグナルの検出面にあたる容器および細胞保持部の底面は平坦となっている。
【0027】
また、本発明の容器は、その細胞保持部に種々の大きさの細胞を少なくとも一つ保持できるようにする必要がある。観察対象となる通常の細胞は、最小のもので5μm程度の大きさであるため、細胞保持部の底面は、直径5μmの円形のものを載置できる形状であればほぼ足りる。しかし、特殊な細胞として、血小板は、その大きさが2〜3μmとさらに小さいため、本発明の容器においては、細胞保持部の底面は、少なくとも直径2μmの円形のものを載置できる形状となっている。なかでも、直径2μm以上の円形であることが好ましい。
【0028】
また、観察対象の細胞は、必ずしも細胞保持部の底面上に接するように固定する必要はない。細胞が細胞保持部の底面上に接していなくても、側面に接することにより、該細胞が固定される。
【0029】
一方、細胞保持部の側面をテーパー状とすることで、細胞保持部の底部に固定した細胞上に、さらに一つまたは複数の細胞を保持することができ、細胞間のタイトジャンクションを測定することができる。
血小板の大きさは2〜3μmであり、動物細胞の大きさは5〜50μm程度の大きさであり、植物細胞の大きさは10〜500μm程度である。そこで、細胞保持部に細胞を二つ以上積み重ねることができるよう、特に動きやすい動物細胞を重ねて固定することを考慮して、細胞保持部の高さは4μm以上であることが好ましく、10μm以上であることがより好ましく、100μm以上であることが特に好ましい。
【0030】
さらに、細胞保持部の側面は、テーパー角が一定の形状のものでも良いし、異なるテーパー角を有する形状のものでも良く、特に限定されないが、テーパー角は、細胞保持部の底面に対して90度以上170度以下であることが好ましく、より好ましくは110度以上145度以下であり、更に好ましくは120度以上135度以下である。このテーパー角は、細胞の細胞保持部への移動し易さと、固定する細胞の大きさにより選択することができる。例えば、細胞を細胞保持部の底面から浮かせて側面で支持して固定する場合には、固定する細胞と、細胞保持部の平坦な底面との距離が、50μmから200μmになるようにテーパー角を選択すると、細胞と細胞保持部の底面との距離が近すぎず、薬剤を添加した場合等に細胞周囲の溶液の混合が妨げられないため、充分に溶液が混合され、生体反応を正確に検出することができる。
【0031】
本発明の容器の試料保持部は、その底部に、側面がテーパー状である細胞保持部を有するが、細胞保持部以外の側面の形状は特に限定されない。ただし、細胞を含有する液を試料保持部に添加した後、細胞にごく小さな力を加えるだけで、細胞を容易に細胞保持部に移動させることができることから、試料保持部の側面全面がテーパー状であることが好ましい。
【0032】
本発明の容器の細胞保持部は、その底面近傍の側面に、容器外に通じる流路の一端が開口されているものであっても良い。このような形状の細胞保持部を有する容器を用いることにより、細胞を含有する液を試料保持部に添加した後に、この流路の他端にポンプを接続して細胞保持部内を減圧することにより、容易に細胞を細胞保持部に移動させることができる。
流路の形状および長さは、特に限定されないが、細胞保持部内の開口部の面積は、細胞の大きさよりも小さいことが必要である。
また、細胞保持部内に開口されている流路の一端は、細胞保持部の底部に設けると細胞内の分子動態を正確に測定することができず、また、細胞保持部の側面上部に設けると減圧による細胞の移動を行うことが困難となるため、前記のように細胞保持部の底面近傍の側面に設けることが好ましい。
さらに、一つの細胞保持部に設ける流路の数は特に限定されず、複数でも良いが、一つだけでも細胞を細胞保持部へ移動させる十分な効果が得られる。
【0033】
本発明の容器が有する試料保持部の数は、特に限定されず、測定の目的に沿って適宜選択すれば良い。
試料保持部を複数有する容器の場合は、シグナル測定に用いる検出器の対物レンズの開口数に応じて、それぞれの細胞保持部の間に一定の距離を設けることが好ましい。例えば、開口数が0.9〜1.2程度である場合には、互いに隣接する細胞保持部の底面の中心間距離を1mm以上とすることが好ましく、3〜5mmとすることがより好ましい。このようにすることで、シグナル測定時における隣の細胞保持部からのノイズ光の影響を低減でき、細胞内の分子動態をより高精度に測定することができる。
【0034】
本発明の容器の材質は、測定対象の細胞中のシグナルが高精度に測定できるものであれば特に限定されないが、光の散乱を低減することができ、ノイズを小さくできるので、屈折率が1.5以下の材質であることが好ましい。このようなものとして、例えば、屈折率1.5以下のガラス、あるいは、テトラフルオロエチレン(屈折率1.35)等のフッ素樹脂、シリコン樹脂(屈折率1.43)、ポリメチルペンテン(屈折率1.463)、ブニルブチラール(屈折率1.47)、ポリアセタール(屈折率1.48)、PMMA(屈折率1.488)、ポリプロピレン(屈折率1.49)、ポリアロマー(屈折率1.492)等の各種樹脂が挙げられる。
【0035】
また、容器の材質は、細胞保持部の底面と側面とで異なる種類のものを用いても良い。すなわち、細胞保持部の底面を屈折率が1.5以下の材質とし、側面にはこれよりもさらに屈折率の小さい材質のものを用いることで、底面側から細胞内の分子動態を測定する際に、光の散乱を抑制してノイズを低減することができる。
細胞保持部の底面と側面とに用いる材質の組み合わせは、好ましくは前記のものから選択されるが、側面に用いる材質を、試料保持部に添加される測定対象の細胞を含有する液の屈折率(例えば、水の場合は1.33)に近似の屈折率のものとすることがより好ましく、このようにすることで、細胞保持部内における光の散乱をより一層抑制してノイズをさらに低減することができる。
【0036】
このように、細胞保持部の底面と側面とに用いる材質を異なる種類のものとする場合には、このような容器は、例えば、テーパー状の穴を成型した前記材質のプレートを、屈折率がこれよりも大きく且つ1.5以下である前記材質のプレートとを張り合わせることで作製することができる。または、前記材質の樹脂で容器を成型した後、細胞保持部の側面を、屈折率がこれよりもさらに小さい樹脂でコーティングや貼り合わせ、はめ込みをすることにより作製することも出来る。
【0037】
さらに、本発明の容器は、細胞保持部の側面が、黒色等に着色されていることが好ましい。このように側面が黒色等に着色されていることにより、細胞保持部内における反射光を低減して、ノイズをさらに低減することができる。
細胞保持部内の側面を黒色等に着色するためには、例えば、前記材質の樹脂に黒色等の顔料や染料を練りこんで成型したものを用いて、前記と同様に容器を作成すれば良い。
この時用いる顔料としては、例えば、カーボンブラック、酸化鉄系顔料、鉄とそれ以外の金属とからなる複合酸化鉄系顔料等が挙げられるが、なかでも、カーボンブラックを用いることが好ましい。
また、この時用いる染料としては、特に限定されず、アゾ系染料、アントラキノン系染料等、多くの合成染料が挙げられる。
【0038】
一方、容器の材質として、フッ素樹脂を用いる場合には、フッ素樹脂そのもので容器を作製すると容器が不透明になる場合が多く、この場合、容器の底面が不透明になってしまうと、細胞内の分子動態を正確に測定することができなくなってしまう。そこで、フッ素樹脂を用いる場合には、例えば、屈折率がフッ素樹脂よりも大きく且つ1.5以下である前記材質の透明な樹脂で容器を成型した後、細胞保持部の側面上にフッ素樹脂をコーティングや貼り合わせ、はめ込みをして用いることが好ましい。
【0039】
本発明の容器においては、細胞保持部以外の試料保持部の側面が、水に対する接触角が100°以上である材質からなるものであることが好ましい。
通常、測定対象である細胞は水や緩衝液に浮遊させて、この細胞を含有する液を試料保持部へ添加するが、この時、細胞保持部以外の試料保持部の側面が、水に対する接触角が100°以上である材質からなるものであると、細胞を含有する液中の水が、前記材質からなる側面と接触しにくくなるために、細胞もこの側面に付着しにくくなり、容易に細胞を細胞保持部へ移動させることができる。
【0040】
このような、細胞保持部以外の試料保持部の側面が、水に対する接触角が100°以上である材質からなるものとするためには、例えば、この側面にシリコン樹脂、フッ素樹脂、フッ素を含有したシランカップリング剤等をコーティングすれば良く、また、水に対する接触角が100°以上である材質そのものでこの側面部分を形成しても良い。
また、例えば、MPC(2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)ポリマー(日本油脂株式会社製)を側面にコーティングすると、タンパク質の吸着を減少させることができる。
【0041】
本発明の細胞の固定方法は、前記容器の試料保持部に、標識分子を取り込ませた細胞を含有する液を添加し、細胞に、振動、圧力、重力、遠心力、静電引力からなる群より選ばれる少なくとも一つを加えて、細胞を細胞保持部に移動させて固定することを特徴とする。
または、前記容器の試料保持部に、標識分子と磁気粒子を取り込ませた細胞を含有する液を添加し、細胞に磁力を印加して、細胞を細胞保持部に移動させて固定することを特徴とする。
【0042】
細胞に、振動、圧力、遠心力、静電引力、磁力を加える際は、これらを発生する各手段、例えば、遠心力であれば遠心機を用いれば良いが、振動は手動で加えても良い。また、振動により細胞を細胞保持部へ移動させる際は、容器に振動を加えることで細胞に間接的に振動を加えれば良い。
一方、重力で細胞を細胞保持部へ移動させる場合は、試料保持部内に細胞を含有する液を添加して、そのまま容器を静置しておけば良い。ただし、細胞の細胞保持部への移動を効率的に行うためには、さらに、前記の振動、圧力、遠心力、静電引力、磁力のいずれか一つ以上を加えることが好ましい。
【0043】
細胞に静電引力を加えて該細胞を細胞保持部へ移動させる場合は、細胞の外表面は通常負の電荷を帯びているため、細胞保持部近傍、例えば、容器の下に正電荷を発生させれば、これら電荷の間に生じる静電引力により、細胞を細胞保持部へ移動させることができる。
細胞保持部近傍に正電荷を発生させる方法としては、例えば、電源に接続した電極のうち、負電荷を帯びた電極を容器の上に、正電荷を帯びた電極を容器の下にそれぞれ配置して、これら電極で容器中の細胞保持部を挟みこむ方法が挙げられる。またこの場合は、電極に正電荷を発生させる時期は、細胞を含有する液が添加されている容器を電極間に設置する前でも良いし、設置した後でも良い。あるいは、電極間にあらかじめ容器を設置して、細胞を含有する液を試料保持部に添加してから電極に正電荷を発生させても良いし、電極に正電荷を発生させてから試料保持部に細胞を含有する液を添加しても良い。
【0044】
細胞に磁力を加えて該細胞を細胞保持部へ移動させる場合は、細胞内にあらかじめ微小な磁気粒子を取り込ませておくことが必要である。磁気粒子を細胞内に取り込ませる方法は、従来公知の方法を用いれば良い。
このような細胞に対して、磁力発生手段を用いて、細胞を細胞保持部へ移動させれば良い。
【0045】
細胞に圧力を加えて該細胞を細胞保持部へ移動させる場合は、例えば、前記のような細胞保持部の底面近傍の側面に、容器外に通じる流路の一端が開口されている容器を用いて、この流路の他端の開口部に吸引ポンプを接続し、細胞保持部内を吸引すること、すなわち、細胞に負の圧力を加えることで、細胞を細胞保持部に移動させることができる。
この時の吸引は、細胞が傷つくことがないよう、適宜圧力を調整して行うことが必要である。また、試料保持部内に細胞を含有する液を添加してから、吸引を行うことが好ましい。
【0046】
本発明においては、細胞内における動態を測定したい分子を、標識化合物で標識化した後、該標識分子を細胞に取り込ませて、そのシグナルを測定する。
ここで用いる標識化合物としては、好ましいものとして蛍光物質を挙げることができる。
蛍光物質としては、例えば、フルオレセイン、ローダミン、アクリフラビン、Alexa等従来公知のものを挙げることができる。
また、標識分子の作製方法および標識分子を細胞に取り込ませる方法は、従来公知の方法を適用すれば良い。
【0047】
本発明の、細胞内分子動態の測定方法は、前記細胞の固定方法により固定された細胞中の標識分子のシグナルを、細胞保持部の底面側より検出することを特徴とする。該測定方法により、生きている細胞を細胞保持部内で固定でき、さらに、固定された細胞の上に一つあるいは複数の細胞を固定できるため、簡便且つ高精度に細胞内の分子動態、細胞間のタイトジャンクションを測定することができる。
【0048】
本発明の細胞内分子動態の測定装置は、細胞を固定する前記容器と、細胞移動手段と、シグナル検出手段とを備える。
細胞移動手段は、細胞に振動、圧力、遠心力、静電引力、磁力のいずれかを加える手段であり、振動発生手段、圧力発生手段、遠心力発生手段、電場発生手段、磁力発生手段からなる群より選ばれる一つ以上を備えるものである。
圧力発生手段を用いる場合は、容器は、前記のような細胞保持部の底面近傍の側面に、容器外に通じる流路の一端が開口されているものを用い、この流路を圧力伝達手段とする。
【0049】
振動発生手段としては、例えば、超音波発生機、振動板を振動させることにより液を撹拌するミキサー等が挙げられる。
圧力発生手段としては、例えば、吸引ポンプ等が挙げられ、前記流路を備える容器の、該流路の他端に該圧力発生装置を接続する。
遠心力発生手段としては、例えば、卓上遠心機等が挙げられる。
【0050】
また、電場発生手段としては、例えば、電極に接続された2枚の電極を含む回路からなる電場発生装置等を挙げることができる。この場合は、2枚の電極のうち、正電荷を帯びた電極を容器の底面側、負電荷を帯びた電極を容器の開口部側にそれぞれ設置して、これら2枚の電極で容器を挟み込むように該電極を設けることが好ましい。
磁力発生手段としては、例えば、電磁石および電源に接続された該電磁石を含む回路、あるいは永久磁石等を挙げることができる。この場合、該磁力発生手段を容器の底部側に設けることが好ましい。
【0051】
本発明におけるシグナル検出手段としては、前記各種標識分子のシグナルを検出できる、従来公知の検出装置を用いることができる。例えば、標識分子が蛍光物質で標識されたものである場合は、共焦点蛍光顕微鏡等を用いることができる。
【0052】
また、本発明の細胞内分子動態の測定装置は、標識分子を取り込ませた細胞を含有する液を、前記容器の試料保持部に添加する試料添加手段を有することが好ましい。
試料添加手段を前記装置に設けておくと、細胞を含有する液を自動的に容器へ供給することにより、測定対象である細胞中のシグナルを時系列的に連続して測定することできる。このようにすることで、例えば、細胞の薬剤に対する反応をリアルタイムに測定することができ、より効率的な細胞内分子動態の測定が可能となる。ここで、添加手段としては、例えば、溶液を吸引および分注する機能を有する各種分注装置等を挙げることができる。
【0053】
このような、細胞内分子動態の測定装置の一例について、その概略構成図を図1に示す。
該装置は、細胞内に蛍光物質で標識した分子を取り込ませ、その蛍光シグナルを測定する形態のものであり、基本的な装置構成は、共焦点蛍光顕微鏡をベースとしたものである。
【0054】
シグナル検出手段は、光源2、ダイクロイック・ミラー6、対物レンズ3、バンドパス・フィルター7、反射プリズム8、レンズ9および11、ピンホール10、光検出器12、コンピューター13、ディスプレイ14とから概略構成されている。光源2から光を照射することにより、光検出器12で受光されたシグナルは、光検出器12に接続されたコンピューター13に記憶されて相関解析などの演算が行われ、その結果がディスプレイ14上に表示されるようになっている。
光源2としては、例えば、レーザー発生装置等が用いられ、光検出器12としては、例えば、アバランシェ・フォトダイオード(APD)または光電子増倍管等の微弱光検出器が用いられる。光検出器12は、ピンホール10後方に配置されたレンズ11の焦点位置に受光面を合わせて配置されている。
【0055】
また、符号1は試料ステージであり、容器4を載置し、固定するものである。容器4の水平位置および垂直位置は、試料ステージ1により調整され、さらに、対物レンズ縦軸調整機構(図示略)により対物レンズ3の位置を微調整することで、細胞の最適な測定位置が調整される。
【0056】
さらに、符号5は、容器4内の細胞に、振動、圧力、遠心力、静電引力、磁力からなる群より選ばれる少なくとも一つを加える細胞移動手段であり、ここでは電場発生装置を示している。容器4は、試料ステージ1の移動により、電場発生装置5の中へ移動して、細胞が容器4の細胞保持部へ移動されるようになっている。
また、符号15は、標識分子を取り込ませた細胞を含有する液を、容器4の試料保持部に添加する試料添加手段であり、ここでは分注装置を示している。
【0057】
このような、本発明の細胞内分子動態の測定装置により、細胞内のシグナルの検出は以下のように行われる。
すなわち、標識化合物を取り込ませた細胞を含有する液を、分注装置15を用いて容器4の試料保持部へ添加した後、試料ステージ1を移動させ、容器4を電場発生装置5の中に移動させる。ここで、容器4の細胞保持部へ細胞を移動させた後、試料ステージ1を移動させ、さらに対物レンズ縦軸調整機構を用いて対物レンズ3の位置を微調整することで、細胞の最適な測定位置が調整される。すなわち、光源2から発せられて対物レンズ3で集光された光の共焦点領域に、前記細胞が位置するように容器が設置される。
【0058】
光源2から発せられた光は、ダイクロイック・ミラー6により反射されて対物レンズ3に入り、容器4の細胞保持部内で集光する。集光された光は、細胞内の蛍光物質を励起するので、細胞中の標識分子から蛍光が発せられる。この蛍光は再び対物レンズ3、続いてダイクロイック・ミラー6を通過して、バンドパス・フィルター7に入射する。バンドパス・フィルター7により、信号光となる蛍光の発光スペクトルの波長領域の光のみがここを通過する。これにより、容器4内で発生する散乱光や、容器4の壁面などから反射して入射光路に戻ってくる入射光の一部等のノイズ光をカットすることができる。
バンドパス・フィルター7を通過した信号光は、反射プリズム8で反射され、レンズ9によりレンズ9の後方に配置されたピンホール10のピンホール面に集光される。ここでさらに、ボケの原因となるノイズ光が除去されて、目的とする信号光がシグナルとしてレンズ11を通過して光検出器12により検出される。そして、光検出器12で検出した信号光について、コンピューター13により相関解析などの演算が行われ、その結果が、蛍光の強度ゆらぎの自己相関関数あるいは相互相関関数等としてディスプレイ14の画面上に、グラフまたはデータとして提示される。
【0059】
なおここでは、蛍光物質のシグナルを測定する際に好適な装置について説明したが、細胞に取り込ませる標識化合物の種類及びそのシグナルの検出方法に応じて、該装置中のシグナル検出手段を適宜変更すれば、蛍光物質以外の標識化合物で標識した分子の細胞内動態も同様に測定することができる。
【実施例】
【0060】
以下、具体的実施例により、本発明をさらに詳しく説明する。ただし、本発明は、以下の実施例に何ら限定されるものではない。
(実施例1)
金型を用いてポリメチルペンテン(TPX(登録商標))を成型し、図2に示すような形状の容器20を製造した。図2(a)は該容器20の概略断面図、図2(b)は概略斜視図である。該容器20は、幅4.1mm、高さ2.7mmのブロック状でその底面は平坦であり、円錐台形状の試料保持部21を有している。試料保持部21のうち、底面から、直径が100μmの部分までが細胞保持部22となっている。試料保持部21の開口部は直径3mmの円形であり、細胞保持部22の底面は直径5μmの円形で平坦となっている。また、試料保持部21および細胞保持部22は、その断面において、これらの側面23の成す角が60°のV字形状となるように成型されている。したがって、テーパー角は、細胞保持部の底面に対して120度になっている。
【0061】
容器20の試料保持部21に、細胞を含有する液を50μL添加し、下記3通りの方法で、細胞を該容器20の細胞保持部22へ移動させることを試みた。
(1)容器20を卓上遠心機(CT6D、日立工機株式会社製)にセットして、1000〜3000rpmで5〜10分間遠心した。
(2)振動板を振動させることにより液を撹拌する装置である試験管ミキサー(IWAKI製TM−250)を用いて容器20を振動させた。
(3)図6に示したように、容器20を上下にはさむ形で、負電荷を帯びた電極61を容器20の開口部側に、正電荷を帯びた電極62を容器20の底面側にそれぞれ配置した電場発生装置により、容器20内の細胞へ静電引力を加えた。ただし、これら電極は、容器20内の細胞が観察および測定可能なように、細胞保持部22の位置に対応した位置に穴63を有するものである。通常細胞外面は負電荷を帯びているため、細胞を細胞保持部22に効率よく引き寄せることが可能である。
この後に、顕微鏡で容器20の細胞保持部22を観察したところ、(1)〜(3)のいずれの方法によっても、細胞保持部22には細胞が一つ保持され、さらに、その細胞の上には複数の細胞が保持されていることが確認された。
【0062】
(実施例2)
金型を用いてPMMAを成型し、図3に示すような形状の容器30を製造した。図3(a)は該容器30の概略断面図、図3(b)は概略斜視図である。該容器30は、幅4.1mm、高さ2.7mmのブロック状でその底面は平坦であり、円錐台が三つ繋がった形状の、試料保持部31を有している。その開口部は直径3mmの円形であり、底面は直径5μmの円形で平坦となっている。底面から、直径が30μmの部分までが細胞保持部32となっており、その断面において、側面33の成す角が60度のV字形状となるように成型されている。したがって、テーパー角は、細胞保持部の底面に対して120度になっている。
【0063】
図3に示すような形状の容器30を用いたこと以外は、実施例1と同様に、3通りの方法で、細胞を該容器30の細胞保持部32へ移動させることを試みた。
その結果、実施例1と同様、いずれの方法によっても、細胞保持部32には細胞が一つ保持され、さらに、その細胞の上には複数の細胞が保持されていることが確認された。
【0064】
(実施例3)
実施例2と同じ形状の容器に対して、その細胞保持部の底面近傍の側面に、圧力伝達手段である流路を一つ付加した形状の容器40を、実施例2と同様に樹脂成型により製造した。図4にその概略断面図を示す。流路44は、その一端が細胞保持部42の底面近傍の側面に、他端が該容器40の底面にそれぞれ開口しており、内径は1.5μmである。
そして、この流路の容器底面側の開口部へ、カセットチューブポンプ(IWAKI製、PST−350、図示略)を接続した。
【0065】
次に、細胞を含有する液50μLをこの容器の試料保持部41へ添加した。続いて、カセットチューブポンプを作動させて、流路44内および細胞保持部42内を減圧して、試料保持部41内の液を容器40外に吸引し、細胞を細胞保持部42へ移動させることを試みた。
その結果、細胞保持部42には細胞が一つ保持され、さらに、その細胞の上には複数の細胞が保持されていることが確認された。
【0066】
(実施例4)
図5に示すような、開口部が直径6mmの円形であるウェル50を96個(16×6)有するマイクロプレートを製造した。ウェル50は、黒色の樹脂部材51とガラス部材52とからなっており、樹脂部材51は、カーボンブラックを含有したポリスチレンを、金型を用いて成型したもので、ガラス部材52は、厚さ0.2mmの無蛍光ソーダライムガラス板である。また、樹脂部材51の底面およびガラス部材52の底面と上面は、いずれも平坦となっている。
樹脂部材51は、その底部に、円錐台が二つ繋がった形状の試料保持部511を有し、その開口部は直径50μmの円形となっている。また、細胞保持部の底面に相当する部位には、直径5μmの円形の孔が開いている。そして、底面から、直径が30μmの部分までが細胞保持部512となっており、その断面において、側面の成す角が60度のV字形状となるように成型されている。したがって、テーパー角は、細胞保持部の底面に対して120度になっている。この試料保持部511は、互いにその開口部が接するように、直径方向に120個並んだ構造を有している。
このようなウェル50を有するマイクロプレートを、樹脂部材51の底面外側とガラス部材52とを接着剤を用いて張り合わせることにより製造した。
【0067】
(実施例5)
磁気粒子導入キットMagnetfection Kit CombiMag(OZ Bioscience社製)およびGFP融合エストロゲンレセプターDNAプラスミドを用いて、常法により、ヒト子宮頸ガン細胞であるHeLa細胞内に、磁気粒子を導入した。
続いて、実施例1および2で製造した容器の試料保持部へ、この磁気粒子を導入した細胞を含有する液を50μL添加した。そして、市販の磁気プレート上に10分間のせた後に、顕微鏡でこれら容器の細胞保持部を観察したところ、細胞保持部には細胞が一つ保持され、さらに、その細胞の上には複数の細胞が保持されていることが確認された。すなわち、細胞内に取り込まれた磁気粒子に磁力を作用させることで、細胞を効率よく細胞保持部に移動させることができた。
【0068】
(実施例6)
細胞移動手段5として電場発生装置を有する図1に示す装置、および実施例4で用いたマイクロプレートを容器として用いて、細胞内分子動態の測定を行った。
すなわち、常法により、EGFP(Enhanced Green Fluorescence Protein)をエストロゲンレセプター(以下、ERと略記)発現遺伝子と融合させたベクターDNAを、HeLa細胞にリポフェクションにて導入し、この蛍光物質(以下、EGFP−ERと略記)を導入したHeLa細胞を含有する液を容器4の試料添加部へ添加した。次に、電場発生装置5を用いて前記細胞を容器4の細胞保持部へと移動させ、前記細胞一つの蛍光画像を得、さらにFCSにより細胞内のEGFP−ERの揺らぎを測定し、並進拡散時間を算出した。結果を図7に示す。図7(a)は前記EGFP−ER発現細胞の蛍光画像、図7(b)は該細胞内におけるEGFP−ERの並進拡散時間のグラフをそれぞれ示す。
【0069】
続いて、前記EGFP−ER発現HeLa細胞にエストロゲンの一種である17β−エストラジオールを最終濃度が10nMになるように細胞培養液中に添加した。ERのリガンドである17β−エストラジオールは細胞内にてERに結合し、ERは細胞DNA上のエストロゲン応答エレメント(以下、EREと略記)に2量体を形成して結合する。図8は、17β−エストラジオールを細胞培養液中に添加してから30分後の蛍光画像を示す。17β−エストラジオールの添加により、EGFP−ERは細胞DNAのEREに結合する。EGFP−ERは、核マトリックスのERE上に結合しているため、画像のようにEGFP−ER分子が存在していないところは、黒く斑点のように観察された。
【0070】
一方、633nmの波長の光で励起される蛍光色素Alexa647を、常法に従い、ERと特異的に結合する配列を有するDNAオリゴマーの末端に結合させて標識化し、このAlexa647結合DNAオリゴマーを、常法に従い、HeLa細胞および前記EGFP−ER発現HeLa細胞にそれぞれトランスフェクションした。これら細胞を容器4の細胞保持部へと移動させ、細胞一つの蛍光画像を得、さらにFCSにより、細胞内のAlexa647の揺らぎを測定し、並進拡散時間を算出した。結果を図9および図10に示す。
【0071】
図9(a)は、Alexa647結合DNAオリゴマーをトランスフェクションしたHeLa細胞の蛍光画像、図9(b)は、該細胞内におけるAlexa647の並進拡散時間のグラフをそれぞれ示す。
また、図10(a)は、Alexa647結合DNAオリゴマーをトランスフェクションしたEGFP−ER発現HeLa細胞の633nmの波長の光を照射した時の蛍光画像、図10(b)は、該細胞の488nmの波長の光を照射した時の蛍光画像を示す。
さらに、図10(c)は、633nmの波長の光を照射した時の該細胞内におけるAlexa647の並進拡散時間のグラフ、図10(d)は488nmの波長の光を照射した時の該細胞内におけるEGFP−ERの並進拡散時間のグラフをそれぞれ示す。
【0072】
これらの結果から、EGFP−ER発現HeLa細胞に対して、該細胞にAlexa647結合DNAオリゴマーをトランスフェクションしたものは、図11(a)のグラフに示すように、並進拡散時間が大きくなっており、EGFP−ER発現HeLa細胞中のERに、Alexa647結合DNAオリゴマーが結合していることが確認された。
また、Alexa647結合DNAオリゴマーをトランスフェクションしたEGFP−ER発現HeLa細胞は、17β−エストラジオールを添加したものおよびしないもののいずれも、図11(b)に示すように、Alexa647結合DNAオリゴマーをトランスフェクションしたHeLa細胞よりも並進拡散時間が大きくなっており、前記EGFP−ER発現HeLa細胞中のERに、Alexa647結合DNAオリゴマーが結合していることが確認された。
【0073】
(比較例1)
従来のマイクロプレートを容器として用いたこと以外は、実施例6と同様の方法で、細胞内分子動態の測定を試みたところ、測定中に容器内の細胞が移動してしまい、細胞中の蛍光シグナルの測定が途中で行えなくなってしまった。
【0074】
以上のように、本発明の容器を用いて、その細胞保持部へ、標識分子を取り込ませた測定対象の細胞を固定できることが確認され、また、本発明の細胞内分子動態の測定装置を用いて、該標識分子のシグナルを検出し、細胞内の分子動態を簡便に且つ高精度に測定できることが確認された。上述した実施例では、蛍光標識した例について説明した。蛍光による検出は信号強度が強いので好ましいが、本発明を適用して、化学発光や生物発光を対象にして検出を行うことも可能である。化学発光や生物発光は、信号強度は弱いがノイズは非常に小さく、S/Nが良い検出を行うことができる利点を有する。
【産業上の利用可能性】
【0075】
生きている細胞内における分子動態および細胞間におけるタイトジャンクションを簡便且つ高精度に測定できるため、創薬候補物質のスクリーニング法等に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】本発明の細胞内分子動態の測定装置の一例を示す概略構成図である。
【図2】本発明の容器の一例を示す概略図である。
【図3】本発明の容器の一例を示す概略図である。
【図4】本発明の容器の一例を示す概略図である。
【図5】本発明の容器の一例を示す概略図である。
【図6】本発明の細胞内分子動態の測定装置中の細胞移動手段に対する、本発明の容器の設置例を示す概略図である。
【図7】本発明の実施例6におけるEGFP−ER発現HeLa細胞の(a)は蛍光画像であり、(b)はEGFP−ERの並進拡散時間のグラフである。
【図8】本発明の実施例6における、EGFP−ER発現HeLa細胞へ17β−エストラジオールを添加した時の該細胞の蛍光画像である。
【図9】本発明の実施例6における、標識DNAをトランスフェクションしたHeLa細胞の(a)は蛍光画像であり、(b)は標識DNAの並進拡散時間のグラフである。
【図10】本発明の実施例6における、EGFP−ERおよび標識DNAによる標識化HeLa細胞の(a)および(b)は蛍光画像であり、(c)は標識DNAの並進拡散時間のグラフ、(d)はEGFP−ERの並進拡散時間のグラフである。
【図11】本発明の実施例6における、EGFP−ERおよび標識DNAの並進拡散時間の変化を示すグラフである。
【符号の説明】
【0077】
20・・・容器、21・・・試料保持部、22・・・細胞保持部、23・・・側面
【特許請求の範囲】
【請求項1】
底面が少なくとも直径2μmの円形で、細胞を載置できる形状でかつ平坦であり、側面がテーパー状である細胞保持部を有する容器であって、
該容器の底面は平坦であり、前記細胞保持部は、細胞を含有する液を添加して保持する試料保持部の底部となっていることを特徴とする容器。
【請求項2】
前記細胞保持部の底面が、直径2μm以上の円形であることを特徴とする請求項1に記載の容器。
【請求項3】
前記細胞保持部の高さが4μm以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の容器。
【請求項4】
前記試料保持部の側面全面がテーパー状であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の容器。
【請求項5】
前記細胞保持部の底面近傍の側面に、容器外に通じる流路の一端が開口されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の容器。
【請求項6】
屈折率が1.5以下の材質からなることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の容器。
【請求項7】
細胞保持部以外の試料保持部の側面が、水に対する接触角が100°以上である材質からなるものであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の容器。
【請求項8】
前記細胞保持部の側面が黒色に着色されていることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の容器。
【請求項9】
複数の前記試料保持部を有する容器であって、互いに隣接する細胞保持部の底面の中心間距離が1mm以上であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の容器。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか一項に記載の容器の試料保持部に、標識分子を取り込ませた細胞を含有する液を添加し、細胞に、振動、圧力、重力、遠心力、静電引力からなる群より選ばれる少なくとも一つを加えて、細胞を細胞保持部に移動させて固定することを特徴とする細胞の固定方法。
【請求項11】
請求項1〜9のいずれか一項に記載の容器の試料保持部に、標識分子と磁気粒子を取り込ませた細胞を含有する液を添加し、細胞に磁力を印加して、細胞を細胞保持部に移動させて固定することを特徴とする細胞の固定方法。
【請求項12】
前記標識分子が、蛍光物質で標識された分子であることを特徴とする請求項10または11に記載の細胞の固定方法。
【請求項13】
請求項10〜12のいずれか一項に記載の細胞の固定方法により固定された細胞中の標識分子のシグナルを、細胞保持部の底面側より検出することを特徴とする細胞内分子動態の測定方法。
【請求項14】
請求項1〜9のいずれか一項に記載の容器と、該容器の試料保持部内の細胞に、振動、圧力、遠心力、電場、磁力からなる群より選ばれる少なくとも一つを加える細胞移動手段と、細胞中の標識分子のシグナルを検出するシグナル検出手段と、を有することを特徴とする細胞内分子動態の測定装置。
【請求項15】
標識分子を取り込ませた細胞を含有する液を、前記容器の試料保持部に添加する試料添加手段を有することを特徴とする請求項14に記載の細胞内分子動態の測定装置。
【請求項16】
前記標識分子が、蛍光物質で標識された分子であることを特徴とする請求項14または15に記載の細胞内分子動態の測定装置。
【請求項1】
底面が少なくとも直径2μmの円形で、細胞を載置できる形状でかつ平坦であり、側面がテーパー状である細胞保持部を有する容器であって、
該容器の底面は平坦であり、前記細胞保持部は、細胞を含有する液を添加して保持する試料保持部の底部となっていることを特徴とする容器。
【請求項2】
前記細胞保持部の底面が、直径2μm以上の円形であることを特徴とする請求項1に記載の容器。
【請求項3】
前記細胞保持部の高さが4μm以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の容器。
【請求項4】
前記試料保持部の側面全面がテーパー状であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の容器。
【請求項5】
前記細胞保持部の底面近傍の側面に、容器外に通じる流路の一端が開口されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の容器。
【請求項6】
屈折率が1.5以下の材質からなることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の容器。
【請求項7】
細胞保持部以外の試料保持部の側面が、水に対する接触角が100°以上である材質からなるものであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の容器。
【請求項8】
前記細胞保持部の側面が黒色に着色されていることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の容器。
【請求項9】
複数の前記試料保持部を有する容器であって、互いに隣接する細胞保持部の底面の中心間距離が1mm以上であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の容器。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか一項に記載の容器の試料保持部に、標識分子を取り込ませた細胞を含有する液を添加し、細胞に、振動、圧力、重力、遠心力、静電引力からなる群より選ばれる少なくとも一つを加えて、細胞を細胞保持部に移動させて固定することを特徴とする細胞の固定方法。
【請求項11】
請求項1〜9のいずれか一項に記載の容器の試料保持部に、標識分子と磁気粒子を取り込ませた細胞を含有する液を添加し、細胞に磁力を印加して、細胞を細胞保持部に移動させて固定することを特徴とする細胞の固定方法。
【請求項12】
前記標識分子が、蛍光物質で標識された分子であることを特徴とする請求項10または11に記載の細胞の固定方法。
【請求項13】
請求項10〜12のいずれか一項に記載の細胞の固定方法により固定された細胞中の標識分子のシグナルを、細胞保持部の底面側より検出することを特徴とする細胞内分子動態の測定方法。
【請求項14】
請求項1〜9のいずれか一項に記載の容器と、該容器の試料保持部内の細胞に、振動、圧力、遠心力、電場、磁力からなる群より選ばれる少なくとも一つを加える細胞移動手段と、細胞中の標識分子のシグナルを検出するシグナル検出手段と、を有することを特徴とする細胞内分子動態の測定装置。
【請求項15】
標識分子を取り込ませた細胞を含有する液を、前記容器の試料保持部に添加する試料添加手段を有することを特徴とする請求項14に記載の細胞内分子動態の測定装置。
【請求項16】
前記標識分子が、蛍光物質で標識された分子であることを特徴とする請求項14または15に記載の細胞内分子動態の測定装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2007−124971(P2007−124971A)
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−321933(P2005−321933)
【出願日】平成17年11月7日(2005.11.7)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年11月7日(2005.11.7)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】
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