説明

導電性摺動材組成物

【課題】低摩擦・低摩耗性と、帯電防止に求められる以上の導電性とを併せ持つ導電性摺動材組成物を提供する。
【解決手段】導電性摺動材組成物は多孔質体に潤滑剤を含浸してなる潤滑性付与材と、粒子状導電材とを基材に少なくとも配合してなり、これらの配合割合は、上記潤滑性付与材が 5 体積%以上、60 体積%未満であり、上記粒子状導電材が 0.1 体積%以上、5 体積%未満であり、かつ上記基材が 40 体積%以上であり、上記粒子状導電材はBET法による表面積 500 m2/g 以上で、かつ一次粒子径 50 nm 以下の形状を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑性と導電性とを併せ持つ樹脂組成物、エラストマー組成物、塗膜組成物などの導電性摺動材組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
潤滑性樹脂組成物を成形して得られる樹脂摺動材、ゴム弾性を有する摺動材、潤滑性塗膜などの摺動材組成物に求められる機能は、年々厳しさを増しており、初期状態における優れた低摩擦・低摩耗化と、最近では帯電防止に求められる以上の導電性の付与が加わり、これらの性能を併せ持ち、かつこれらの初期特性を長期間維持することが強く要求されている。これまで低摩擦・低摩耗化のためには、黒鉛やポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFEと記す)樹脂、二硫化モリブデン(以下、MoS2と記す)、窒化硼素(以下、BNと記す)等の固体潤滑剤を配合したり、ガラス繊維やカーボン繊維等の補強材を樹脂に配合したりして摺動特性を付与してきた。しかし、固体潤滑剤の配合のみでは、摩擦特性の低下には限界があり、潤滑油などの潤滑剤を配合する手法が試みられている。
【0003】
潤滑油を配合させた樹脂材料は、摺動時にベースの樹脂層が少しずつ摩耗して潤滑油層が摺動部に現れると、潤滑油が摺動部表面に滲み出す。潤滑油の滲み出し具合は制御することが困難であり、潤滑油が滲み出した跡の空孔は樹脂層の強度低下を引き起こすおそれがある。さらに充填材を加えて機械的強度や耐摩耗性を向上させようとすると、充填材の界面に油が局在化するため、補強効果が十分とならない場合がある。
これらの問題を解決する方法として、樹脂に多孔質シリカおよび潤滑剤を少なくとも配合してなり、潤滑剤を摺動部表面に継続的に供給することによって優れた低摩擦・低摩耗性を有する摺動材組成物が知られている(特許文献1参照)。
【0004】
しかしながら、含油系樹脂摺動材は、通常の保油体を用いない含油樹脂や固体潤滑剤を配合した摺動材に比べて優れた低摩擦化が可能であるが、単に導電材を配合しただけでは導電性の付与が難しい。
すなわち、配合された導電材が油などの潤滑成分により隠蔽され、導電性能が発現しにくくなったり、また潤滑成分が導電材/樹脂界面に保持され、摺動に必要な潤滑成分が摺動界面に供給されず、耐摩耗性や摩擦トルクが著しく悪化し短寿命となる場合がある。またアルミ等の軟質材からなる軸を摺動相手材として使用する場合、上述の油切れや、配合した導電材により相手材を損傷する場合もある。多孔質シリカと潤滑成分とを配合した特許文献1のような樹脂組成物においては帯電防止に求められる以上の十分な導電性を有する樹脂組成物は従来知られていなかった。
【特許文献1】特開2002−129183号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような問題に対処するためになされたもので、潤滑剤を摺動部表面に継続的に供給することが可能となる優れた低摩擦・低摩耗性と、帯電防止に求められる以上の導電性とを併せ持つことができ、軟質相手材を損傷させない導電性摺動材組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の導電性摺動材組成物は、基材に、多孔質体および潤滑剤からなる潤滑性付与材と、粒子状導電材とを少なくとも配合してなる導電性摺動材組成物であって、該導電性摺動材組成物中に占める配合割合は、上記潤滑性付与材が 5 体積%以上、60 体積%未満であり、上記粒子状導電材が 0.1 体積%以上、5 体積%未満であり、かつ上記基材が 40 体積%以上であり、上記粒子状導電材は、BET法による表面積 500 m2/g 以上で、かつ一次粒子径 50 nm 以下の形状を有することを特徴とする。なお、一次粒子径は顕微鏡法にて測定した値である。
本発明において、基材とは摺動材を形成できる物質をいい、特に樹脂材料、ゴム弾性を有する材料、塗膜を形成できる材料をいう。
【0007】
また、上記粒子状導電材は炭素原子からなることを特徴とする。
また、上記多孔質体は、連通孔を有し、平均粒子径 0.5μm〜100μm であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明の導電性摺動材組成物は、潤滑剤が多孔質体内に保持され、かつ摺動界面において潤滑剤を少量ずつ供給できる潤滑性付与性能と、粒子状導電材により帯電防止に求められる以上の導電性能とを併せ持つことができ、かつ軟質相手材の損傷を防止することができる。特に、粒子状導電材であってBET法による表面積 500 m2/g 以上で、かつ一次粒子径 50 nm 以下の形状を有するので、本発明の導電性摺動材組成物は構成成分全体に導電材が分布し優れた導電性を付与できる。また、潤滑剤の供給が継続でき、導電材が導電性樹脂組成物全体に分散しているので、これらの効果は長期にわたって持続できる。
【0009】
本発明に用いる潤滑性付与材は、多孔質体に潤滑剤を含浸してなることで、基材と、潤滑剤との相溶性により、これまで混練できなかった潤滑剤と基材との組み合わせでも、問題なく配合・混練できる。また、基材中にも潤滑剤を配合できるので、多量の潤滑剤を配合できる。また、基材が射出成形できる樹脂である場合に、射出成形時等にスクリュがすべる、計量が不安定となってサイクルタイムが長くなる、寸法精度が出にくい、金型表面に潤滑剤が付着して成形面の仕上がりが悪くなるなどの不具合が生じない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
持続性ある摺動特性と導電性とを併せ持つ導電性摺動材組成物を得るべく鋭意検討の結果、多孔質体および潤滑剤からなる潤滑性付与材と、所定の特徴を有する粒子状導電材とを少なくとも基材に所定割合で配合することにより得られた導電性摺動材組成物は摩擦・摩耗特性が向上するとともに、帯電防止に求められる以上の導電性を併せ持つことができ、かつ、これらの特性が長期間維持できることを見出した。本発明はこのような知見に基づくものである。
導電性摺動材組成物に所定の特徴を有する粒子状導電材を配合することにより、次のような作用が認められた。
(1)導電材はBET法による表面積 500 m2/g 以上で、かつ一次粒子径 50 nm 以下の形状を有するので、導電性摺動材組成物全体に対し優れた導電性を付与・持続できる。これは導電材が、非常に微小でかつ高比表面積であり、その形状から基材/導電材の界面エネルギーが非常に大きくなるので、導電性摺動材組成物を構成する他材料中で分散した際、容易に再配置され、パーコレーション現象が発生し、極小配合量であっても他材料中に均一で微細な導電性ネットワークを形成することができる。
(2)導電材は炭素原子からなるので帯電防止に求められる以上の導電性を付与できる。
(3)導電材は炭素原子からなるBET法による表面積 500 m2/g 以上で、かつ一次粒子径 50 nm 以下の形状を有するので、アルミのような軟質材料を摺動相手材とした場合でも相手材を損傷することなく使用できる。
(4)導電材を所定量配合することで、導電性摺動材組成物の摺動特性を損なわずに耐摩耗性を向上させることができ、かつ導電性を付与できる。
【0011】
また、導電性摺動材組成物に潤滑性付与材を配合することにより、次のような作用が認められた。
(1)摺動界面に継続して潤滑剤を供給できるので、優れた摩擦・摩耗特性を持続できる。
(2)潤滑剤が含浸された多孔質体を配合することで、組成物中の含油量を多くできるので、従来の潤滑剤配合量である 5 体積%〜10 体積%よりも多く配合できる。
(3)潤滑剤成分が多孔質体に保持されるので、基材が射出成形できる樹脂である場合、射出成形時等にスクリュがすべる、計量が不安定となってサイクルタイムが長くなる、寸法精度がでにくい、金型表面に潤滑剤が付着して成形面の仕上がりが悪くなるなどの不具合が生じない。
(4)基材である樹脂やエラストマー材料と潤滑剤との相溶性により、これまで混練できなかった材料の組み合わせでも、問題なく混練できる。
(5)含油基材と補強材との併用を考えた場合、潤滑剤と補強材とをそれぞれ単体で配合して混練すれば補強材と基材との界面に潤滑剤が局存化し易く、補強効果が十分発揮できない場合が生じる。しかし、潤滑剤を多孔質体に含浸させた潤滑性付与材を補強材と混練すれば、補強材と基材との界面に潤滑剤が存在しないため、所定の補強効果が得られる。
【0012】
本発明に用いる粒子状導電材は、BET法による表面積 500 m2/g 以上で、かつ一次粒子径 50 nm 以下の形状を有する粒子状の導電性物質であれば使用できる。
導電性物質としては、金属、炭素系物質が挙げられるが、これらの中で摺動相手材として一般に使用される金属材に対する凝着性が小さく、特にアルミのような軟質材に対する攻撃性も小さいことから炭素系物質を用いることが好ましい。炭素系物質としては導電性のカーボンブラックを用いることがさらに好ましい。
導電材を所定量配合することで、導電性摺動材組成物の摺動特性を損なわずに耐摩耗性を向上させることができ、基材に対し充填材としても作用し、基材の機械的強度を向上させることができる。
本発明に使用できる粒子状導電材の具体例としては、導電性カーボンブラックや中空のシェル状粒子の融着および凝集体からなるライオン社製ケッチェンブラック等が挙げられる。
【0013】
本発明の導電性摺動材組成物中に占める粒子状導電材の配合割合は 0.1 体積%以上、5 体積%未満であり、好ましくは 0.5 体積%〜4 体積%である。0.1 体積%未満の場合、十分な導電性を付与できず、帯電防止材や導電材として使用できない。5 体積%以上では特に耐摩耗性が著しく悪化し、また相手材の損傷が生じる場合もあるので好ましくない。
【0014】
本発明の導電性摺動材組成物に用いられる潤滑性付与材は、多孔質体に潤滑剤を含浸したものを用いることが好ましい。潤滑剤を含浸した多孔質体を用いることによって、摺動界面に継続して潤滑剤を供給できるので、優れた摩擦・摩耗特性を持続できる。また、潤滑剤が含浸された多孔質体を配合することで、組成物中の含油量を多くできるので、従来の潤滑剤配合量である 5 体積%〜10 体積%よりも多く配合できる。
潤滑剤成分を多孔質体に保持することで、基材が射出成形できる樹脂である場合に、射出成形時等にスクリュがすべる、計量が不安定となってサイクルタイムが長くなる、寸法精度が出にくい、金型表面に潤滑剤が付着して成形面の仕上がりが悪くなるなどの不具合が生じない。また、基材と潤滑剤との相溶性により、これまで混練できなかった材料の組み合わせでも、問題なく混練できる。
含油基材と補強材との併用を考えた場合、潤滑剤と補強材とをそれぞれ単体で配合して混練すれば補強材と基材との界面に潤滑剤が局存化するため、補強効果が十分発揮できない場合が生じる。しかし、潤滑剤を多孔質体、特に球状多孔質体に含浸させた潤滑性付与材を補強材と混練すれば、補強材と基材との界面に潤滑剤が存在しないため、所定の補強効果が得られる。
【0015】
多孔質体に潤滑剤を含浸する方法は、潤滑剤を多孔質体の有する連通孔に含有させることができる方法であれば、特に制限なく使用できる。例えば、多孔質体と、潤滑剤とを所定量撹拌機に入れ、所定時間撹拌して、潤滑油が含浸された多孔質体を得る方法を挙げることができる。また、多孔質体に潤滑剤を最大限含浸させる場合は、多孔質体の所定量と、過剰な潤滑剤とを撹拌機に入れ、撹拌停止後の潤滑油の液面が低下しなくなるまで撹拌することによって、含浸された多孔質体を得ることができる。
潤滑剤の粘度が高い場合には、球状多孔質体の内部に潤滑剤が浸透し難い。その際は、潤滑剤が溶解する適当な溶媒で希釈し、その希釈液を多孔質体に浸透させ、徐々に乾燥させて溶媒を揮発させることで多孔質体の内部に潤滑剤を含浸させる方法もある。
あるいは多孔質体を潤滑剤中に浸し、真空引きを行なって強制的に多孔質体の内部に潤滑剤を浸透させる方法、常温で固体の潤滑剤の場合、適当な温度に加熱し、潤滑剤を溶融させて含浸させる方法、常温で液体の潤滑剤でも、粘度が高い場合、適当な温度に加熱し、潤滑剤の粘度を低下させて含浸させる方法等が有効な手法である。また、不飽和ポリエステル樹脂などの液状樹脂に球状多孔質シリカの油含有物を混合した上で各種織布に含浸させ、それを積層して潤滑性付与材として使用することも可能である。
【0016】
本発明において潤滑性付与材中に占める潤滑剤の配合量は多孔質体の内部空間容積の 90 体積%〜150 体積%である。多孔質体の内部が適量の潤滑剤で満たされていない場合、潤滑効果が得られない。また、潤滑剤の配合量が多すぎると、多孔質体の内部に潤滑剤が入り切らず、潤滑性付与材同士が凝集するため、潤滑性付与剤の分散が不均一になり安定した摺動特性が得られ難くなる。また余剰な潤滑剤が成形体中で分散して、基材の種類によっては、成形体の強度低下を招いたり、あるいは成形時に不具合を起したりする原因となるおそれがある。
【0017】
本発明の導電性摺動材組成物中に占める潤滑性付与材の配合割合は、5 体積以上、60 体積%未満であり、より好ましくは 30 体積%〜50 体積%である。5 体積%未満の場合、十分な潤滑性を付与できず、摩擦係数を低減できない。60 体積%以上では基材の量が少なくなり過ぎて成形性が悪くなる。また、強度や耐摩耗性が低化する場合もあるので好ましくない。
【0018】
本発明に使用できる多孔質体としては、連通孔を有し、潤滑剤を含浸・保持できる多孔質体であれば使用できる。平均粒子径は 0.5μm〜100μm 程度のものが好ましく、特に球状のものが好ましい。このような多孔質体として真球状多孔質シリカなどの無機物からなる多孔質体、アクリル樹脂等の有機物からなる多孔質体、球状に成形したフェノール樹脂等の球状高分子体を炭化させながら多孔質化させた多孔質体等が知られている。平均粒子径は顕微鏡法にて測定した値である。
ここで、球状とは長径に対する短径の比が 0.8〜1.0 の球をいい、真球状とは球状よりもより真球に近い球をいう。
これらのなかで、連通孔を有し、潤滑剤を含浸・保持でき、摺動界面のせん断力で破壊する性質があり相手材を傷つけることのない真球状多孔質シリカを用いることが好ましい。好ましい多孔質シリカは非晶質の二酸化ケイ素を主成分とする粉末である。例えば、一次粒子径が 15 nm 以上の微粒子の集合体である沈降性シリカ、あるいはアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩を含有したケイ酸アルカリ水溶液を有機溶媒中で乳化し、炭酸ガスでゲル化させることにより得られる粒子径が 3 nm〜8 nm の一次微粒子の集合体である真球状多孔質シリカ(特開2000−143228号公報等)等が挙げられる。
【0019】
本発明においては、粒子径が 3 nm〜8 nm の一次微粒子が集合して真球状シリカ粒子を形成した多孔質シリカが、連通孔を有しており、摺動界面のせん断力で破壊する性質があるため、特に好ましい。真球状シリカ粒子としては、平均粒子径が 0.5μm〜100μm である。このような真球状シリカ粒子は、その内部に潤滑剤を保持することが可能であり、かつ摺動界面において内部に含浸した潤滑剤を少量ずつ供給することが可能である。平均粒子径が 0.5μm 未満では、ハンドリング性が悪い。また、潤滑剤の含浸量が十分でない。平均粒子径が 100μm をこえると、溶融樹脂中での分散性が悪い。また、溶融樹脂の混練時にかかるせん断力により、集合体が破壊し、球状を保持できない可能性がある。取り扱い易さや摺動特性の付与を考慮した場合、平均粒子径は 1μm〜20μm が特に好ましい。このような真球状多孔質シリカとしては、旭硝子社製:サンスフェア、鈴木油脂工業社製:ゴットボール等を例示できる。
また、多孔質シリカとして(株)東海化学工業所製:マイクロイドがある。
【0020】
粒子径が 3 nm〜8 nm の一次微粒子が集合した真球状シリカ粒子は、比表面積が 200 m2/g〜900 m2/g、好ましくは 300 m2/g〜800 m2/g、細孔体積が 1 ml/g〜3.5 ml/g 、細孔径が 5 nm〜30 nm、好ましくは 20 nm〜30 nm、吸油量が 150 ml/100 g〜400 ml/100 g、好ましくは 300 ml/100 g〜400 ml/100 g の特性を有することが好ましい。また、水に浸漬したのち再度乾燥しても、上記細孔体積および吸油量が浸漬前の 90 体積%以上を保つことが好ましい。
ここで、比表面積および細孔体積は窒素吸着法により、吸油量はJIS K5101に準じて測定した値である。また、上記真球状シリカ粒子の内部と外表面はシラノール基(Si−OH)で覆われていることが、潤滑剤を内部に保持しやすくなるため好ましい。さらに、多孔質シリカは、母材に適した有機系、無機系などの表面処理を行なうことができる。
【0021】
本発明に使用できる潤滑剤は、常温で液体の潤滑油、常温で固体のワックス、あるいは潤滑油に増ちょう剤を含んだグリース状物質等、潤滑効果を有する物質であれば特に限定されない。
潤滑油としては、スピンドル油、冷凍機油、タービン油、マシン油、ダイナモ油等の鉱油、ポリブテン、ポリ-α-オレフィン、アルキルナフタレン、脂環式化合物等の炭化水素系合成油、または、天然油脂とポリオールとのエステル油、リン酸エステル、ジエステル油、ポリグリコール油、シリコーン油、ポリフェニルエーテル油、アルキルジフェニルエーテル油、アルキルベンゼン、フッ素化油等の非炭化水素系合成油等、潤滑油として汎用されているものであれば使用できる。これらの中で、低摩擦が要求される本発明の導電性摺動材組成物には、シリコーン油などを用いることで好ましい結果が得られる。シリコーン油は上記真球状多孔質体表面に残存するシラノール基と親和性があるため特に好ましい。シリコーン油としては、官能基を有さないシリコーン油、官能基を有するシリコーン油のいずれも使用できる。
【0022】
ワックスとしては、炭素数が 24 以上のパラフィン系ワックス、炭素数が 26 以上のオレフィン系ワックス、炭素数が 28 以上のアルキルベンゼン、あるいは結晶性のマイクロクリスタリンワックス等の炭化水素系ワックス、またはミリスチン酸、パルチミン酸、ステアリン酸、アラキン酸、モンタン酸、炭素数が 18 以上の不飽和脂肪酸(例えばオクタデセン酸、パリナリン酸等)等の高級脂肪酸誘導体ワックスが挙げられる。高級脂肪酸誘導体ワックスとしては、1)ベヘン酸エチル、トリコ酸エチルなどの炭素数が 22 以上の高級脂肪酸メチルおよびエチルエステル、炭素数が略 16 以上の高級脂肪酸と炭素数が 15 以上の高級1価アルコールとのエステル、ステアリン酸オクタデシルエステル、炭素数が 14 以上の高級脂肪酸トリグリセライド等の高級脂肪酸エステル類、2)パルチミン酸
アミド、ステアリン酸アミド、オレイン酸アミド等の高級脂肪酸アミド類、3)ステアリン酸リチウム、ステアリン酸カルシウム等の高級脂肪酸とアルカリ金属およびアルカリ土類金属との塩類等が挙げられる。
【0023】
グリース状物質は、基油となる上述の潤滑油に増ちょう剤が添加されている。増ちょう剤を例示すれば、1)石けん系として、カルシウム系石けん、ナトリウム系石けん、リチウム系石けん、バリウム系石けん、アルミニウム系石けん、亜鉛系石けん等、2)コンプレックス石けん系としてカルシウム系コンプレックス石けん、ナトリウム系コンプレックス石けん、リチウム系コンプレックス石けん、バリウム系コンプレックス石けん、アルミニウム系コンプレックス石けん、亜鉛系コンプレックス石けん等、3)非石けん系として、ナトリウムテレフタメート、ジウレア化合物、トリウレア化合物、テトラウレア化合物、ポリウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物、ジウレタン化合物、シリカエアロゲル、モンモリロナイト、ベントン、PTFE樹脂、フルオリネートエチレンプロピレンコポリマー、BN等がある。
【0024】
本発明に使用できる基材としては、樹脂材料、ゴム弾性を有する材料、塗膜を形成できる材料等が挙げられる。ここで各材料は、樹脂単体などの材料単体、または各材料単体に補強材などが配合されている場合を含む。
樹脂材料としては、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂等、摺動材として使用できる形態を形成できる合成樹脂であれば特に限定されない。例えば、低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、超高分子量ポリエチレン等のポリエチレン樹脂、変性ポリエチレン樹脂、水架橋ポリオレフィン樹脂、ポリアミド樹脂、芳香族ポリアミド樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、シリコーン樹脂、ウレタン樹脂、PTFE樹脂、クロロトリフルオロエチレン樹脂、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体樹脂、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体樹脂、フッ化ビニリデン樹脂、エチレン・テトラフルオロエチレン共重合体樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリカーボネート樹脂、脂肪族ポリケトン樹脂、ポリビニルピロリドン樹脂、ポリオキサゾリン樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、熱可塑性ポリイミド樹脂、熱硬化性ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂等を例示できる。また、上記合成樹脂から選ばれた2種以上の材料の混合物、すなわちポリマーアロイなどを例示できる。
【0025】
ゴム弾性を有する材料としては、各種有機合成法にて合成され、加硫により室温においてゴム状弾性を有するものであれば使用することができる。また、ハードセグメントとソフトセグメントから構成されるエラストマーであっても使用できる。例えば、アクリロニトリルブタジエンゴム、イソプレンゴム、スチレンゴム、ブタジエンゴム、ニトリルゴム、クロロプレンゴム、ブチルゴム、アクリルゴム、シリコーンゴム、フッ素ゴム、エチレンプロピレンゴム、クロロスルフォン化ポリエチレンゴム、塩素化ポリエチレンゴム、エピクロルヒドリンゴム等の加硫ゴム類;ポリウレタンエラストマー、ポリエステルエラストマー、ポリアミドエラストマー、ポリブタジエン系エラストマー、軟質ナイロン系エラストマー等の熱可塑性エラストマー類が例示できる。
【0026】
塗膜を形成できる材料としては、上記合成樹脂であって、有機溶媒に溶解あるいは分散できる樹脂成分であれば使用できる。また、塗膜形成時の硬化反応で高分子量化する初期縮合物であっても使用できる。
【0027】
本発明の導電性摺動材組成物中に占める基材の配合割合は、40 体積%以上である。40 体積%未満の場合、基材の量が少なくなり強度が大幅に低下するおそれがあるので好ましくない。
【0028】
さらに摩擦・摩耗特性を改善して各種機械物性を向上させるために適当な充填材を添加することができる。例えば、ガラス繊維、アラミド繊維、アルミナ繊維、ボロン繊維、炭化ケイ素繊維、窒化ケイ素繊維、BN繊維、石英ウール、金属繊維等の繊維類またはこれらを布状に編んだもの、炭酸カルシウム、リン酸リチウム、炭酸リチウム、硫酸カルシウム、硫酸リチウム、タルク、シリカ、クレー、マイカ等の鉱物類、酸化チタンウィスカ、チタン酸カリウムウィスカ、ホウ酸アルミニウムウィスカ、硫酸カルシウムウィスカなどの無機ウィスカ類、カーボンブラック、黒鉛、ポリエステル繊維、ポリイミド樹脂やポリベンゾイミダゾール樹脂等の各種熱硬化性樹脂が挙げられる。
【0029】
また、摺動性を向上させる目的で、アミノ酸化合物やポリオキシベンゾイルポリエステル樹脂、ポリベンゾイミダゾール樹脂、液晶樹脂、アラミド樹脂のパルプ、PTFE樹脂やBN、MoS2、二硫化タングステン等を配合できる。
【0030】
また、熱伝導性を向上させる目的で、金属繊維、酸化亜鉛等を配合してもよい。また、上記充填材を複数組み合わせて使用することももちろん可能である。なお、この発明の効果を阻害しない配合量で一般合成樹脂等に広く適用しえる添加剤を併用してもよい。例えば離型剤、難燃剤、耐候性改良剤、着色剤等の工業用潤滑剤を適宜添加してもよく、これらを添加する方法も特に限定されるものではない。
【0031】
本発明の導電性摺動材組成物は、潤滑性付与材を得る工程と、基材に、得られた潤滑性付与材と、粒子状導電材とを配合する工程とを経て製造される。
潤滑性付与材を得る工程は、多孔質シリカおよび潤滑剤を少なくとも配合する工程である。多孔質シリカ等の多孔質体と潤滑剤とをあらかじめ混練し、多孔質体の有する連通孔に潤滑剤を含浸させておくことによって、次の工程で潤滑剤が遊離することなく多孔質体の連通孔に保持されたまま、粒子状導電材とともに基材に配合され導電性摺動材に成形されるので、摺動界面において潤滑剤を少量ずつ供給できる潤滑性付与性能を発揮することができる。
なお、多孔質シリカ等の多孔質体は吸湿や吸水しやすいので、潤滑油を含浸する前に乾燥しておくことが好ましい。乾燥手段としては特に制限なく、電気炉での乾燥、真空乾燥などを採用できる。多孔質体に潤滑剤を含浸する方法は、上述のとおりである。
【0032】
得られた潤滑性付与材と、粒子状導電材とを基材に配合する工程においては、一般的な樹脂組成物の混練方法として従来からよく知られた方法を利用できる。例えば基材が樹脂である場合、ヘンシェルミキサー、リボンブレンダー、レーディゲミキサー、ボールミル、タンブラーミキサー等の混合機によって、潤滑性付与材と、基材と、導電材とを混合した後、溶融混合性のよい射出成形機もしくは溶融押出し機(例えば2軸押出し機)に供給するか、またはあらかじめ熱ローラ、ニーダ、バンバリーミキサー、溶融押出し機などを利用して溶融混合してもよく、あるいは真空成形、吹き込み成形、発泡成形、多層成形、加熱圧縮成型等を行なってもよい。
【0033】
塗膜組成物とする場合、潤滑剤を含浸した多孔質体と、導電材とを樹脂成分に配合して一般的なコーティング液と混合する。コーティング処理は、通常のコーティング処理を行なうことも可能である。コーティング処理を行なう場合、スプレー法や静電塗装法、流動浸漬法等特に限定されるものではない。
【0034】
さらに、本発明の導電性摺動材組成物の潤滑性および導電性を損なわない限り、中間製品または最終製品の形態において、別途、例えばアニール処理等の化学的または物理的な処理によって機械的特性や導電性などの特性改善のための変性が可能である。
【0035】
本発明の導電性摺動材組成物の使用例としては、摺動部分であれば特に限定されない。例えば、すべり軸受や歯車、すべりシート、シールリング、ローラ、各種キャリッジなどの摺動部品、転がり軸受の保持器、固形潤滑剤、転がり軸受のシール、直動軸受のシール、ボールねじのボールとボールの間に入れるスペーサ、転がり軸受のレース等の摺動材がある。
【実施例】
【0036】
実施例1〜実施例5および比較例1〜比較例10
多孔質体として球状多孔質シリカ、旭硝子社製:サンスフェアH53(平均粒子径 5μm )を、潤滑剤としてシリコーン油、信越シリコーン社製:KF96Hを、基材としてポリエチレン樹脂、三井石油化学社製:リュブマーL5000を、それぞれ用意した。球状多孔質シリカの体積を 1 として、その 6 倍の体積のシリコーン油を球状多孔質シリカに含浸して、潤滑性付与材を作製した。得られた潤滑性付与材と、表1に示す導電材とを、表2に示す割合でポリエチレン樹脂に添加して、2軸押出し装置を用いて溶融混練し、ペレットを得た。
【0037】
このペレットを用いて射出成形を行ない、直径Φ5 mm ×長さ 15 mm の摺動材試験片を成形した。得られた摺動材試験片を切削加工により、直径Φ3 mm ×長さ 10 mm のピン試験片を作製した。直径Φ 3 mm 面を回転するディスク相手に接触させ、以下の条件、評価方法で摩擦・摩耗試験および成形性試験を行なった。結果を表2に示す。
<摩擦摩耗試験>
試験機:ピンオンディスク型摩擦摩耗試験機
相手材:アルミニウム合金A5056(Ra=0.8μm )
面圧: 3 MPa
周速: 4.2 m/min.
温度: 30 ℃
時間: 20 h
雰囲気:大気中
測定項目および評価基準を以下に示す。
比摩耗量:試験前のピン試験片長さと試験後のピン試験片長さとの差から比摩耗量を計算し、500×10-8mm/(N・m)以下を可と評価して「○」を、それ以外を不可と評価して「×」を、それぞれ表2に併記した。
摩擦係数:試験終了前 1 時間における平均値を測定した。0.1 以下を可と評価して「○」を、それ以外を不可と評価して「×」を、それぞれ表2に併記した。
相手材表面の損傷状態:試験前後の相手材の状態を目視により観察し損傷がなければ可と評価して「○」を、損傷があれば不可と評価して「×」を、それぞれ表2に併記した。
<成形性試験>
成形性:摺動材試験片を作製するための射出成形時に、問題なく成形できれば可と評価して「○」を、成形できない場合や、流動性に劣る場合は不可と評価して「×」を、それぞれ表2に併記した。
【0038】
<導電性試験>
また、上記ペレットを用いて圧縮成形を行ない、直径Φ30 mm ×厚さ 1 mm の導電性試験片を成形した。得られた導電性試験片を、直径Φ20 mm ×高さ 10 mm のステンレス鋼SUS303製で、直径Φ20 mm 面の面粗さRa 0.04μm 以下の鏡面仕上げの 2 個の電極で挟み、面圧 3 MPa で加圧し、5 分後の抵抗値をデジタルマルチメータにて測定した。測定された抵抗値から体積抵抗値を求め、109Ω・cm 以下を導電性に優れると評価して「○」を、それ以外を導電性に劣ると評価して「×」を、それぞれ表2に併記した。
<総合評価>
上記摩擦摩耗試験、成形性試験および導電性試験におけるすべての評価が「○」であるものを、総合評価「○」とし、少なくともいずれかが「×」であるものを総合評価「×」とした。
【0039】
【表1】

【0040】
【表2】

【0041】
表2に示すように、実施例は全て優れた摺動特性および導電性を示した。
比較例1は摩擦摩耗特性に優れたが、導電材を配合していないため絶縁体であった。
比較例2は導電材を所定量含んでいるため導電性に優れたが、潤滑性付与材が所定量配合されていないため摩擦係数が 0.1 以上と高く摩擦摩耗特性が劣った。
比較例3は潤滑性付与材が所定量の範囲をこえて配合されており樹脂分が少ないので、ペレットは得られたが射出成形できなかった。
比較例4は導電材が所定量をこえていたため摩擦摩耗特性が著しく悪化した。また、軟質材である相手材の損傷も発生した。射出成形は可能であったが、流動性が非常に悪く成形性に劣った。
比較例5は導電材が、本発明で開示した特性を有しない導電材であったため、組成物が 109Ω・cm 以下の導電性を有しなかった。また耐摩耗性も著しく悪化した。
比較例6は比較例5に対して導電材料を増やして配合した。109Ω・cm 以下の導電性を示したが、摩擦特性、耐摩耗性が著しく悪化した。
比較例7は使用した導電材が一次粒子径は 24 nm であったが、表面積が本発明で開示した特性を有していないものであったため、109Ω・cm 以下の導電性を有しなかった。また耐摩耗性も悪化した。
比較例8は比較例7に対して導電材料を増やして配合した。109Ω・cm 以下の導電性を示したが、摩擦特性、耐摩耗性が著しく悪化した。
比較例9は本発明で開示した特性に対して著しく大きい粒子径で、かつ著しく小さい表面積を有する導電材を用いたため、109Ω・cm 以下の導電性を有しなかった。
比較例10は比較例9に対して導電材料を著しく増やして配合した。しかし、109Ω・cm 以下の導電性を示さず、摩擦特性が著しく悪化し、耐摩耗性も悪化した。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明の導電性摺動材組成物は優れた摺動特性と導電性とを併せ持つので、すべり軸受、歯車、すべりシート、シールリング、ローラー、各種キャリッジなどの摺動部品、転がり軸受等の軸受保持機やシールやレース材、摺動性が要求されるボールねじ等のスペーサー、固形潤滑剤など、特に摩擦等に起因する帯電の防止や、通電を要求される場合でも導電性摺動材組成物として好適に利用できる。また、アルミのような軟質材を摺動相手材とした場合でも特に相手材を損傷することなく好適に利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材に、多孔質体および潤滑剤からなる潤滑性付与材と、粒子状導電材とを少なくとも配合してなる導電性摺動材組成物であって、
前記導電性摺動材組成物中に占める配合割合は、前記潤滑性付与材が 5 体積%以上、60 体積%未満であり、前記粒子状導電材が 0.1 体積%以上、5 体積%未満であり、かつ前記基材が 40 体積%以上であり、
前記粒子状導電材は、BET法による表面積 500 m2/g 以上で、かつ一次粒子径 50 nm 以下の形状を有することを特徴とする導電性摺動材組成物。
【請求項2】
前記粒子状導電材は炭素原子からなることを特徴とする請求項1記載の導電性摺動材組成物。
【請求項3】
前記多孔質体は、連通孔を有し、平均粒子径 0.5μm〜100μm であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の導電性摺動材組成物。


【公開番号】特開2007−169325(P2007−169325A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−364884(P2005−364884)
【出願日】平成17年12月19日(2005.12.19)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】