説明

建物

【課題】大地震時に損傷する耐力パネルを第1層に限定し、また損傷する部位も限定するとともに容易に交換可能な構成として修復工事にかかる手間やコストを可及的に低減できる建物を提供する。
【解決手段】柱10、11、15梁1〜4の接合部をピン接合された軸組の各層に耐力パネルA、Bを複数配置して架構が形成された建物において、大地震時に、第1層の耐力パネルAが上層の各耐力パネルBよりも先行して降伏するように構成される。耐力パネルAは他の部位に先行して降伏する変形部22を有し、且つ変形部22が交換可能に構成される。耐力パネルBは耐力パネルAに比べて靭性に劣り且つ構成が単純な材料からなる。耐力パネルAの変形部位22は、鋼材からなり、耐力パネルBは、一対の斜材をX字状に配置してなるブレース16で構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各層毎に耐力パネルを配置した複数層からなる建物であって、大地震時に第1層の耐力パネルが上層の耐力パネルよりも先行して降伏するように構成した建物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、複数層からなる建築物は、柱を梁より強くすることで地震によるエネルギーを各層に分散するように構成することが望ましいとされてきた。しかし、このように構成された建物では、大地震時に被る損傷が建物の各層にわたって広範囲に発生する虞があり、修復工事に手間やコストがかかるという問題があった。特に、上層の建物外周部を修復しなければならない場合には、建物の周囲に作業用の足場を組む必要があり、いっそう手間やコストがかかることになる。
【0003】
一方、低層の住宅建築では、各層が独立して降伏するピンブレース工法や、壁式工法が多く用いられている。このような構造の建物は、特定の層のブレースや耐力壁等の耐力パネルが他の層の耐力パネルと影響を及ぼしあうことなく単独で降伏するので、修復工事にかかる手間やコストはラーメン構造の建築物よりも抑えることができる。しかし、このような構成であったとしても、大地震時に上層(第2層以上)の耐力パネルが降伏して終局を迎える可能性があり、その際に資材等の上げ下げが必要となる、建物外周部に損傷が及んで足場が必要となるなどして補修費用が高くなる虞がある。また、上層の耐力パネルで吸収できるエネルギー量は少ないので、エネルギーの吸収能力の高い高価な耐力パネルを設置しなければならないという問題もある。また、従来の耐力パネルであるブレースやラーメンフレームなどは、特定の層に損傷が集約されたとしても耐力パネルのどの部位が損傷しているか特定することが難しく、耐力パネルの損傷度合いの確認や交換に伴う内装材や設備等の撤去・復旧を耐力パネル周辺の広い範囲にわたって行わなければならず、補修が容易でないという問題もある。
【0004】
特許文献1には、既存建物の耐震補強を実施するための補強フレームに関する発明が記載されている。これは、各層の変形を均一化して各層で均等にエネルギーを消費して高い耐震性能を発揮するものである。
【0005】
また、特許文献2には、建物内部に居室保持ゾーンと修復ゾーンとを形成し、地震時の損傷を修復ゾーンに集中させる技術が開示されている。この技術によれば、大地震事の損傷を修復ゾーンに限定して発生させるので、地震後の補修を低コストで実施することができる、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−170392号公報
【特許文献2】特開2001−049890号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献1に記載された技術であっても、大地震の際には各層が損傷し、補修に手間やコストがかかるという問題を完全に解決することは困難であるという問題を有している。
【0008】
また、上記特許文献2に記載された技術では、損傷ゾーンが複数の層に及び、修復工事の際に上下間の移動、資材の上げ下げ、複数の層の養生等が必要となるので、手間やコストがかかるという問題が解消されていない。また、修復すべき部位が凡そ柱と梁の接合部近傍に限定はできるものの、それ以上の精度で修復すべき部位を限定することは困難であり、どの程度の修復工事が必要になるのかを想定することも難しく、場合によっては修復ゾーンに限定されるとはいえ広範囲な修復が必要となる虞もある。
【0009】
本発明の目的は、大地震時に損傷する耐力パネルを第1層に限定でき、また損傷する部位も限定できるとともに容易に交換可能な構成として修復工事にかかる手間やコストを可及的に低減できる建物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために本発明に係る建物は、柱梁の接合部をピン接合された軸組の各層に耐力パネルを配置して架構が形成され、大地震時に第1層の耐力パネルが上層の各耐力パネルに先行して降伏するように構成されたものである。
【0011】
上記建物に於いて、第1層の耐力パネルは、耐力パネルを構成する他の部位に先行して降伏する変形部を有し、且つ該変形部が交換可能に構成されたことが好ましい。
【0012】
また上記何れかの建物に於いて、上層の耐力パネルは、第1層の耐力パネルに比べて構成が単純であることが好ましい。
【0013】
また上記建物に於いて、第1層の耐力パネルの変形部は鋼材からなり、前記上層の耐力パネルは、一対の斜材をX字状に配置してなるブレースで構成されたことが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
上記本発明に係る建物では、大地震時に、第1層の耐力パネルが上層の各耐力パネルに先行して降伏するように構成されているので、大地震時の耐力パネルの損傷を第1層に集中させることができる。従って、補修工事の際に作業者の上下移動、資材等の上げ下げ、建物外周部の補修を行う際の作業用の足場の架設等の必要がなく、補修にかかる手間や費用を抑えることができる。また、構造躯体の変形に伴う建物の内外装部材の損傷も第1層に集中させることができ、これらの補修に要する費用を軽減することもできる。
【0015】
また、第1層に配置される耐力パネルは耐力パネルを構成する他の部位に先行して降伏する変形部を有しているので、補修すべき場所の特定が容易で、且つ部位が限定されるため、手間やコストを抑えることができる。特に、変形部が容易に交換可能に構成されているため、なおいっそう手間やコストを抑えることができる。
【0016】
特に、第1層の耐力パネルの変形部を、交換が容易で、エネルギー吸収に優れた制振部材とすることによって、大地震時に降伏した後の補修工事の範囲を最小限として容易に初期の耐震性能を復旧することができる。
【0017】
また、上層の耐力パネルを、第1層に配置される耐力パネルに比べて構成を単純にすることによって、建設費用を抑えることができる。
【0018】
また、第1層の耐力パネルの変形部位を鋼材で構成し、上層の耐力パネルをブレースで構成することによって、コストを抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本実施例に係る建物の構成を説明する模式図である。
【図2】第1層に配置される耐力パネルの構成を説明する図である。
【図3】第2層を含む上層に配置される耐力パネルの構成を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明に係る建物の実施例について図を用いて説明する。図1は本実施例に係る建物の構成を説明する模式図である。図2は第1層に配置される耐力パネルの構成を説明する図である。図3は第2層を含む上層に配置される耐力パネルの構成を説明する図である。
【0021】
図1に示すように、本実施例の建物は、3層からなる鉄骨造の工業化住宅であり、梁勝ち工法の軸組の各層に耐力パネルA、Bが配置された架構構成となっている。そして第1層に配置された耐力パネルAは、大地震に際して第2層、第3層に配置された耐力パネルBに先行して降伏し得るように構成されると共に変形部が容易に交換し得るように構成されている。
【0022】
第1層に配置された耐力パネルAは、図2に示すように、所定の間隔をもって上下の梁1、2に対しボルトによってピン接合された一対の柱10と、一対の柱10の内部側に縦方向に取り付けられた2組の耐力部材20とからなる。
【0023】
耐力部材20は、一対の柱10に沿って取り付けられた一対の枠材21と、一対の枠材21どうしを連結する連結材22とからなる。
【0024】
枠材21は、縦枠21aと、一端が縦枠の高さ方向の中心位置に接合されて該縦枠とは直角をなす水平枠21bと、一端が縦枠の上下端と接合され他端が水平枠21bの他端と連結板21cを介して接合されることで斜めに配置された第1斜め枠21d及び第2斜め枠21eと、からなり、枠材21は全体として二等辺三角形をなしている。連結板21cにはボルト孔が穿設されており、このボルト孔を利用して枠材21を構成する水平枠21b、第1斜め枠21d、及び第2斜め枠21eが連結板とボルト接合され、更に連結板21cどうしが変形部である連結材22にて連結されている。枠材21は高い剛性および耐力を有し、大地震の際にも耐震性能に影響を及ぼす変形や破断を生じることがない。
【0025】
連結材22は、正面視蝶形の板状の極低降伏点鋼からなり、くびれ部分が所定の値を越える外力によって降伏し、塑性変形することで地震力のエネルギーを吸収するように構成されている。連結材22の両端部にはボルト穴が穿設されており、このボルト穴を利用して枠材21の連結板21cとボルト接合されている。連結材22は、必要とされるエネルギー吸収量に応じて1または複数個連結し得るように構成されている。
【0026】
なお連結材22は、所定の外力により塑性変形しエネルギー吸収しうる普通鋼や低降伏点鋼で構成されていてもよい。
【0027】
また、耐力パネルAは、上記構成以外に、例えば上下の梁間の寸法に対応した高さを有する四角枠体の内部に斜材や板材を適宜配置し、該四角枠体内部の地震時に変形あるいは変位する部位に、等粘弾性体、高減衰ゴム、各種ダンパー等からなりエネルギーを吸収する変形部を介在させて構成してもよい。該変形部は、繰り返しの地震力が作用することによってエネルギー吸収能力等が低下し、メンテナンスや交換が必要となる虞があるので、上記構成と同様にボルト等で容易に着脱しうるように取り付けられるのが好ましい。
【0028】
第2層を含む上層に配置される耐力パネルBは、図3に示すように、所定の間隔をもって上下の梁2、3または3、4に対しボルトによってピン接合された一対の柱15と、一対の柱15の内部側にX字状に取り付けられた一対のブレース材16とからなる。
【0029】
ブレース材16の一端は一方の柱15の下端部に設けられたボルト孔にボルト接合(図示せず)され、他端は他方の柱15の上端部に設けられたボルト孔にボルト接合(図示せず)されて構成されている。
【0030】
ブレース材16は、入手が容易で安価な材料を用いて単純な構成することが可能である。このような材料としては、山形鋼、平鋼、丸鋼、溝形鋼等があり、何れも好ましく利用することが可能である。本実施例では、ブレース材16の主要材料として、普通鋼からなる丸鋼をもちいて、該丸鋼の中間部に長さ調整用のターンバックルを介在させ、端部に柱15に対してボルトで固定するための平鋼からなる接合プレートを溶接して構成しており、軸方向に作用する引張力に対してのみ対抗しうるように設計されている。
【0031】
上記の如く構成された耐力パネルBは、第1層に配置される耐力パネルAに比べて靭性が低くエネルギー吸収能力は劣るが、高い耐力を有するように構成することが可能である。また、構成が単純で、使用する材料も一般的なものであるので耐力パネルAに比べて低廉である。
【0032】
耐力パネルBは、上記構成以外に、例えば上下の梁間の寸法に対応した高さを有する四角い枠体の内部に斜材をX字状、「く」字状等に適宜配置して構成したものでもよく、このような耐力パネルBも、前述した入手が容易で安価な材料を用いて単純に構成することが可能である。
【0033】
なお、図1に示す11は柱であり、耐力パネルAを構成する柱10及び耐力パネルBを構成する柱15と同一の仕様を有し、上下の端部が梁1−2、2−3、3−4にボルトによって接合されている。そして、各梁1〜4、柱11、耐力パネルA、Bとによって建物の架構が構成されている。
【0034】
上記の如く構成された建物において、第1層に配置された耐力パネルA、上層に配置された耐力パネルBは、通常、木材や軽鉄材料を下地に対し石膏ボード等の壁材を貼って構成される内装壁に覆われた状態となっている。
【0035】
この建物が、所定の大きさ以下の地震力を受けた場合、第1層に配置された耐力パネルA、上層に配置された耐力パネルB、ともに変形は弾性域に留まる。
【0036】
地震力が所定の大きさを超えた場合、第1層に配置された耐力パネルAについては、上層に配置された耐力パネルBに先行して降伏することで、耐力パネルAの連結材22が塑性変形を開始し、塑性変形することによって地震エネルギーを吸収する。
【0037】
連結材22は、繰り返しの塑性変形によって疲労し、エネルギー吸収能力が低下した際に交換する必要があるが、枠材21に対してボルトにより着脱可能に接合されており、その位置も容易に特定でき、サイズも小さいので、限定された狭い範囲の壁材を撤去することによって短時間で容易に交換することができる。従って、補修工事にかかる手間や費用を抑えることができる。
【0038】
また、このような補修工事は第1層に限定されるので、建物の外周部に足場を組む必要がなく、更に補修工事にかかる手間や費用を抑えることができる。
【0039】
また、上層に配置される耐力パネルBが、第1層に配置される耐力パネルAに比べて構成が単純な一般的なブレース材16からなるので、更に費用を抑えることができる。
【0040】
次に、第1層に配置された耐力パネルAが上層に配置された耐力パネルBに先行して降伏するための構造的な条件について説明する。
【0041】
図1に示す建物において各層に偏心がないものとし、この条件で式1を満足するように第1層の耐力パネルA、第2層、第3層の耐力パネルBの耐力(降伏せん断力)や配置数を設定する。なお、図1では模式的にある構面のみを取り出し、各層の耐力パネルも1つしか表記していないが、実際の建物では、構面は直交する2方向の夫々に複数存在し、各構面の各層の耐力パネルの数も1つに限定されるものではない。
【0042】
[式1]

【0043】
ここで、
iQyはi層の降伏せん断力、Aiは建築基準法令に定めるi層のせん断力分布係数(ただし、同法令によらず固有値解析など他の解析方法によって定めてもよい)、Nは建物の階層数、Wiはi層の重量である。
【0044】
すなわち、第1層の耐力パネルAに損傷を集中させるために、(第2層の降伏せん断力(2Qy))/(第1層の降伏せん断力(1Qy))の値が、(第2層のせん断力分布係数(A2)と建物の第2層及び第3層の重量との積)/(第1層のせん断力分布係数(A1)と建物の総重量との積)の値よりも大きく、且つ(第3層の降伏せん断力(3Qy))/(第1層の降伏せん断力(1Qy))の値が、(第3層のせん断力分布係数(A3)と建物の第3層の重量との積)/(第1層のせん断力分布係数(A1)と建物の総重量との積)の値よりも大きくなるように、耐力パネルA、Bの配置数や耐力パネル1つあたりの耐力を設定する。
【0045】
なお、Aiは、複数層の建物が弾性状態で振動しているときの各層に生じている層せん断力を表す係数(各層で支持している建物の重量(ΣWi)の何割がせん断力として作用するかを示す値)であり、理論的に求める場合と経験式で計算する場合(基準法のAiの式)がある。
【0046】
上記の如く設定した耐力パネルAを第1層に配置すると共に、耐力パネルBを第2層、第3層に配置することで、所定の大きさよりも小さい地震力が作用したとき、第1層に配置された耐力パネルA、第2層、第3層に配置された耐力パネルBはともに弾性領域の変形をする。そして、地震力が所定の大きさを超えた場合、第1層に配置された耐力パネルAは、第2、第3層に配置された耐力パネルBに先行して降伏する。
【0047】
従って、地震時に生じる損傷を第1層にのみ集中させることが可能であり、この結果、地震によって生じた耐力パネルAの損傷を修復する際に、修復すべき位置の特定が容易であり、且つ限定された狭い範囲となるため、補修工事にかかる手間や費用を抑えることが可能である。
【0048】
なお、第1層が先行降伏することは、動的応答解析により確認してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の建物は、地震時に生じる損傷を第1層に集中させることができ、且つ修復工事が容易である。このため、地震時の修復の容易性を考慮した長期耐用住宅を普及させる際に利用して有利である。
【符号の説明】
【0050】
A、B 耐力パネル
1〜4 梁
10、11、15 柱
16 ブレース材
20 耐力部材
21 枠材
21a 縦枠
21b 水平枠
21c 連結板
21d 第1斜め枠
21e 第2斜め枠
22 連結材(変形部)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
柱梁の接合部をピン接合された軸組の各層に耐力パネルを配置して架構が形成され、大地震時に第1層の耐力パネルが上層の各耐力パネルよりも先行して降伏するように構成されたことを特徴とする建物。
【請求項2】
前記第1層の耐力パネルは、耐力パネルを構成する他の部位に先行して降伏する変形部を有し、且つ該変形部が交換可能に構成されたことを特徴とする請求項1に記載した建物。
【請求項3】
前記上層の耐力パネルは、前記第1層の耐力パネルに比べて靭性が小さく、且つ構成が単純であることを特徴とする請求項1又は2に記載した建物。
【請求項4】
前記第1層の耐力パネルの変形部は鋼材からなり、前記上層の耐力パネルは、一対の斜材をX字状に配置してなるブレースで構成されたことを特徴とする請求項3に記載した建物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−174469(P2010−174469A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−16400(P2009−16400)
【出願日】平成21年1月28日(2009.1.28)
【出願人】(303046244)旭化成ホームズ株式会社 (703)
【Fターム(参考)】