説明

強磁性積層構造及びその製造方法

【課題】大きなスピン偏極電流を得る。
【解決手段】Si単結晶基板上に単結晶のMgO層が成長し、格子整合している。更にこの上に強磁性金属層が形成されている。Si単結晶基板の(100)面上に形成されたMgO層の成長面は(100)面である。ここで、Si単結晶基板とMgO層の界面において、Si(100)[110]方向とMgO(100)[100]方向とが平行となっている。図2(a)はSi(100)面、(b)はMgO(100)面、(c)はこれらの2つの面が格子整合した状態を示す。Si(100)面(a)はSi原子111だけで構成され、MgO(100)面(b)はMg原子121と酸素(O)原子122で構成される。ここでは、Si(100)面上においてMgO(100)面が成長し、図2(c)に示されるように、界面においてSi(100)[110]方向とMgO(100)[100]方向とが平行となっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強磁性体とシリコンを含む積層構造が形成され、スピン偏極した電子が強磁性体からシリコン中に注入される強磁性積層構造の構成に関する。また、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、強磁性体におけるスピンの機能と、電気伝導における電子の機能を共に利用したスピンエレクトロニクスデバイスの研究開発が盛んに行われている。こうしたデバイスの例として、例えばハードディスクドライブにおける磁気ヘッドやMRAM(Magnetic Random Access Memory)がある。さらに、MOS−FET(Metal−Oxide−Semiconductor−Field−Effect Transistor)にスピンの機能を付与させるスピンMOS−FETのアイディアが提案され、半導体(シリコン)スピンエレクトロニクスデバイスの研究開発も盛んに行われている。この場合、スピン偏極した電子を、強磁性体から半導体(シリコン)に注入させることが極めて重要な技術となる。スピン偏極した電子のシリコンへの注入効率を高くするために、各種の構造(強磁性積層構造)が提案されている。
【0003】
非特許文献1においては、シリコン(Si)単結晶の(100)面に鉄(Fe)を積層した構造(以下、Fe/Si(100)積層構造と記載)において、最大100%のスピン偏極した電子がSiに注入されることが理論的に予測されている。ここでは、Siの(100)面上にFeの(100)面が成長し、かつSi(100)面における[110]方位(以下、Si(100)[110]と記載)と、Feの(100)結晶面上における[110]方位(以下、Fe(100)[110]と記載)が平行に配列し、これらの間で平坦で急峻な界面が形成されていることを前提としている。大きなスピン偏極電流(スピン偏極した電子が注入されることによって流れる電流)が得られるのは、この組み合わせにおいては、FeとSi中の電子の対称軌道が界面におけるショットキーバリアを介して結合するためである。すなわち、Fe(100)[110]とSi(100)[110]が結晶学的に平行に配列している場合においては、大きなスピン偏極電流が得られることが理論的に明らかにされた。
【0004】
しかしながら、実際にはSiとFeとは反応性に富むため、こうした理想的に平坦で急峻な界面を得ることは困難である。このため、強磁性積層構造を実際に作成し、その構造を実験的に調べることが行われている。
【0005】
例えば、SiとFeの間に他の物質を挿入する構成として、非特許文献2には、この間にMgOを挿入した構成の構造の実験結果が報告された。ここでは、Fe層、MgO層、Si(100)基板の間で、Fe(100)[100]、MgO(100)[110]、Si(100)[110]の結晶方位関係となることが示された。
【0006】
この場合にSi(100)[110]と平行に配列しているのは非特許文献1に記載されたFe(100)[110]ではなく、Fe(100)[100]であり、45°異なる方向である。すなわち、非特許文献1に記載された高いスピン偏極電流が得られるメカニズムは発現しない。また、この構成においては、SiとMgOとの間に−22.5%の大きな格子ミスマッチが存在するため、この界面では格子整合した結晶配列は得られない。このため、この界面には電子の散乱源となる結晶欠陥が多く存在しスピン偏極電子を散乱することから、大きなスピン偏極電流を得ることができない。
【0007】
また、非特許文献3においては、FeCoB/MgO/Si積層構造も検討されている。ここでは、MgOが非晶質構造であり、MgO層とSiの界面は格子整合していないことが透過電子顕微鏡によって確認された。また、MgO層が非晶質構造であることからFeCoBは多結晶となり、この場合においても、非特許文献1に記載されたSi(100)[110]方向とFe(100)[110]方向の関係は満たされていない。さらに、MgOが非晶質構造であるため、注入される電子がMgO中で散乱される影響も大きい。これらのため、やはり大きなスピン偏極電流を得ることはできない。
【0008】
これらの結果より、非特許文献1に記載されたような理想的な界面をもつ構造は実際には得られていない。また、強磁性金属層とSiとの間にMgO層を挿入した構造の強磁性積層構造が各種検討され、評価されている。こうした構造においては、MgO層とSiとの界面の結晶欠陥や、MgO層自身の構造が電子の注入効率に悪影響を与える。すなわち、従来の強磁性金属/MgO/Si積層構造においては、MgO膜とSiの積層界面でスピン偏極電子の散乱が抑制されるように格子整合した結晶配列は得られておらず、平坦かつ急峻な界面構造を得ることはできない。さらに、高い効率のスピン注入を実現するため理論計算から設計されたSiとFeの結晶の方位関係を満たしていない。従って、スピン注入電極として実用上十分な特性を得ることはできない。
【0009】
一方、非特許文献4では、Fe/Al/Si積層構造において、Siのチャネル中へのスピン偏極電子の注入と、これによるチャネル中の伝導(スピン伝導)を温度10Kで測定している。この場合、Al膜は非晶質構造であり、Siとの積層界面で格子整合は得られないことから、この界面でスピン偏極電子の散乱を防ぐことはできない。さらに、非晶質Al膜上のFeは多結晶となる。従って、非特許文献1に記載されたSi(100)[110]方向とFe(100)[110]方向の関係は満たされないことから、大きなスピン偏極電流を得ることはできない。このため、スピン伝導が検出されたのも、10Kという低温のみの結果となっている。
【0010】
また、非特許文献5においては、FeSi/Si(111)積層構造を用いてスピン偏極電子の注入効率とスピン伝導を50K以下の温度で検出している。この場合においては、FeSi膜とSiの積層界面で格子整合が得られている。しかしながら、Siの(111)面が使用されており、非特許文献1に記載の関係が満たされていないために注入効率が低くなり、検出温度も50Kまでの結果となっている。
【0011】
非特許文献6においては、Fe/MgO/Si(100)積層構造をスピン注入電極として用い、Siチャネル中へのスピン偏極電子の注入効率と、これによるチャネル中の伝導(スピン伝導)の実測が行われている。その結果、スピン偏極電子の注入とスピン伝導は温度150Kまで確認された。しかしながら、実際にはそのスピン偏極率は2%と極めて低いことから、非特許文献1に記載のメカニズムは発現していない。従って、積層膜の構造は、非特許文献2もしくは同3の積層膜構造であると考えられる。
【0012】
一方、非特許文献7では、Ni80Fe20/Al/Si(100)積層構造を用い、室温(300K)においてもスピン偏極電子の注入が確認された。しかしながら、スピン伝導は確認されなかった。すなわち、やはり充分な特性の強磁性積層構造は得られていなかった。つまり、非特許文献4と同じく、Al膜は非結晶構造となることからSiの積層界面で格子整合は得られず、さらにFeは多結晶となることから非特許文献1に記載されたSiとFeの結晶の方位関係の条件も満たさないことから、大きなスピン偏極電流を得ることはできていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】「Spin Injection from Fe into Si(001):Ab initio Calculations and Role of the Si Complex Band Structure」、Phivos Mavropoulos、Physical Reviews B、78巻、054446頁(2008年)
【非特許文献2】「Magnetization Reversal and Magnetic anisotropies in Epitaxial Fe/MgO and Fe/MgO/Fe Heterostructures Grown on Si(001)」、C.Martinez Boubeta、A.Cebollada、J.F.Calleja、C.Contreras、F.Peiro、and A.Cornet、Journal of Applied Physics、93巻、2126頁(2003年)
【非特許文献3】「Characterization of Embedded MgO/Ferromagnet Contacts for Spin Injection in Silicon」、T.Uhrmann、 T.Dimopoulos、H.Bruckl、V.K.Lazarov、A.Kohn、U.Paschen、S.Weyers、L.Bar、 and M.Ruhrig、Journal of Applied Physics、103巻、063709頁(2008年)
【非特許文献4】「Electrical Injection and Detection of Spin−Polarized Carriers in Silicon in a Lateral Transport Geometry」、O.M.J.van’t Erve、A.T.Hanbicki、M.Holub、C.H.Li、C.Awo・Affouda、P.E.Thompson、 and B.T.Jonker、Applied Physics Letters、91巻、212109頁(2007年)
【非特許文献5】「Electrical Injection and Detection of Spin−Polarized electrons in Silicon through an Fe3Si/Si Schottky Tunnel Barrier」、Y.Ando、K.Hamaya、K.Kasahara、Y.Kishi、K.Ueda、K.Sawano、T.Sadoh、 and M.Miyao、Applied Physics Letters、94巻、182105頁(2009年)
【非特許文献6】「Evidence of Electrical Spin Injection into Silicon Using MgO Tunnel Barrier」、T.Sasaki、T.Oikawa、T.Suzuki、M.Shiraishi、Y.Suzuki、 and K.Noguchi、IEEE Transactions on Magnetics、46巻、1436頁(2010年)
【非特許文献7】「Electrical Creation of Spin Polarization in Silicon at Room Temperature」、S.P.Dash、S.Sharma、R.S.Patel、M.P.de Jong、 and R.Jansen、Nature、462巻、491頁(2009年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
このように、非特許文献1においてスピン偏極電子の高い注入効率を得るための指針としてSi(100)面を用いた場合についての理論的検討はなされており、最適な構造は提案されているものの、実際にこの設計の前提となる平坦で急峻な界面と、結晶方位関係を実現した例はなく、そのため、室温で大きなスピン偏極電流やSi中でのスピン伝導が観測された例はない。すなわち、これまでスピン偏極電子の高い注入効率をもつ強磁性積層構造は得られていなかった。
【0015】
本発明は、斯かる問題点に鑑みてなされたものであり、上記問題点を解決する発明を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明の強磁性積層構造は、シリコン(Si)単結晶上に酸化マグネシウム(MgO)層、強磁性金属層が順次形成され、前記強磁性金属層から前記Si単結晶に電子が注入される強磁性積層構造であって、前記Si単結晶の基板面は(100)面、前記MgO層の成長面は(100)面であり、前記Si単結晶の基板面における[110]方向と前記MgO層の成長面における[100]方向とが互いに平行とされたことを特徴とする。
本発明の強磁性積層構造において、前記強磁性金属層は鉄(Fe)、又は鉄とコバルト(Co)の合金(FeCo合金)で構成され、前記強磁性金属層の成長面は(100)面であり、前記Si単結晶の基板面における[110]方向と前記MgO層の成長面における[100]方向、及び前記強磁性金属層の成長面における[110]方向が互いに平行とされたことを特徴とする。
本発明の強磁性積層構造において、前記MgO層の厚さは0.6nm〜5nmの範囲であることを特徴とする。
本発明の強磁性積層構造の製造方法は、前記強磁性積層構造を製造する製造方法であって、前記Si単結晶基板表面に2×1再構成面を形成した後に、真空中で前記MgO層及び前記強磁性金属層を順次形成することを特徴とする。
本発明の強磁性積層構造の製造方法において、前記MgO層の形成は、MBE(Molecular Beam Epitaxy)法又は電子ビーム蒸着法によって行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明は以上のように構成されているので、MgO膜とSiの積層界面で格子整合した強磁性積層構造となるため、それに基づきスピン偏極電子の散乱と緩和を抑制し、大きなスピン偏極電流を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施の形態となる強磁性積層構造の構成を示す断面図である。
【図2】本発明の実施の形態となる強磁性積層構造における界面における各層の結晶構造を示す模式図である。
【図3】従来の強磁性積層構造における界面における各層の結晶構造を示す模式図である。
【図4】実施例1(試料A)に対するOut−of−plane測定のX線回折を行った結果である。
【図5】実施例1(試料A)に対するIn−plane測定のX線回折を行った結果である。
【図6】実施例1(試料B)に対するIn−plane測定のX線回折を行った結果である。
【図7】500℃の基板加熱後に得られたSi表面((100)面)の反射高速電子線回折(RHEED)写真である。
【図8】実施例2(試料C)に対するIn−plane測定のX線回折を行った結果である。
【図9】実施例2(試料C)の断面の透過電子顕微鏡写真である。
【図10】200℃の基板加熱後に得られたSi表面((100)面)の反射高速電子線回折(RHEED)写真である。
【図11】比較例1(試料D)に対するIn−plane測定のX線回折を行った結果である。
【図12】実施例3(試料E)に対するOut−of−plane測定のX線回折を行った結果である。
【図13】実施例3(試料E)に対するIn−plane測定のX線回折を行った結果である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明について具体的な実施形態を示しながら説明する。ただし、本発明はこれらの実施形態に限定されるものではない。
【0020】
図1は本発明の実施の形態に係る強磁性積層構造10の断面図である。この強磁性積層構造10においては、Si単結晶基板11上に単結晶のMgO層12が成長し、格子整合している。更にこの上に強磁性金属層13が形成されている。周知のように、Siはダイヤモンド構造の結晶型をもち、MgOは塩化ナトリウム型の立方晶の結晶型をもつ。強磁性金属層13は立方晶の結晶型をもつ。
【0021】
Si単結晶基板11は、バルク結晶であってもエピタキシャル結晶であってもよい。また、導電性付与のための不純物ドーピングが行われていてもよい。その厚さは任意である。Si単結晶基板11の基板面(MgO層12が形成される面)は(100)面である。
【0022】
一般にSiの最表面には薄いシリコン酸化膜(酸化被膜)が形成されている場合が多いが、ここではMgO膜の成膜前にこの酸化被膜は除去されている。酸化被膜の除去には、例えば、フッ酸を用いるウエットプロセスを用いて除去することができ、さらに真空チャンバー内で300℃から500℃の温度範囲で加熱することが有効である。この場合、酸化被膜が除去されたシリコン(100)面の表面において、2×1再構成面が得られる。また、酸化被膜の除去法として、真空チャンバー内で800℃から1200℃の温度範囲で加熱する加熱昇華法を用いることもでき、この方法では、酸化被膜の除去と同時に2×1再構成面を得ることができる。
【0023】
MgO層12は、MBE(Molecular Beam Epitaxy)法や電子ビーム蒸着法によって形成された薄膜である。Si単結晶基板11の(100)面上に形成されたMgO層12の成長面は(100)面である。また、MgO層12の厚さは0.6〜5.0nmの範囲である。ここで、Si単結晶基板11とMgO層12の界面において、Si(100)[110]方向(Si(100)面における[110]方向)とMgO(100)[100]方向(MgO(100)面における[100]方向)とが平行に配列し、格子整合している。この配列においては、SiとMgOの格子ミスマッチは−8.7%と小さい。
【0024】
強磁性金属層13は立方晶の結晶型をもつ単結晶のFe又はFeCo合金で構成され、その成長面は(100)面である。ここで、Fe(100)[110]方向(Fe(100)面における[110]方向)とMgO(100)[100]方向とが平行に配列し、格子整合している。FeCo合金の場合も同様である。この構成が得られやすい強磁性金属層13の厚さとして、連続膜となる0.6nm以上が好ましい。強磁性金属層13は、スパッタリング法、MBE法、電子ビーム蒸着法等によってMgO層12上に成膜することができる。この場合、MgO層12を成膜した直後に真空中で連続して成膜することが好ましい(なお、ここでいう真空とは上記成膜法における一般的な真空度での雰囲気を意味する)。この際、スピン偏極率を高めるために、ホウ素(B)等の第三成分が含まれていてもよい。
【0025】
上記の構成においては、Si(100)[110]方向とMgO(100)[100]方向が平行に配列し、MgO(100)[100]方向と強磁性金属(100)[110]方向とが平行に配列する。このため、Si(100)[110]方向と強磁性金属(100)[110]方向とが、薄いMgO層12を介して平行となる。
【0026】
上記の構成においては、スピン偏極電子は強磁性薄膜13からトンネル効果によってMgO層12を通過してSi単結晶基板11に注入される。すなわち、この電子はトンネル電流としてMgO層12中を流れる。この際、非特許文献1に記載されるように、Si(100)[110]方向と強磁性金属(100)[110]方向とが平行であることから、強磁性金属層13中の電子軌道とSi単結晶基板11中の電子軌道がエバネッセント状態を介して結合する。このために、スピン偏極電子の高い注入効率が得られる。MgO層12中を流れるトンネル電流を大きくするためには、MgO層12の厚さは0.6nm〜5nmの範囲が好ましく、特に0.8nm〜1.4nmの範囲が好ましい。
【0027】
上記の構成におけるMgO層12とSi単結晶基板11の界面の結晶構造を図2に示す。ここで、図2(a)はSi(100)面、(b)はMgO(100)面、(c)はこれらの2つの面が格子整合した状態を示す。Si(100)面(a)はSi原子111だけで構成され、MgO(100)面(b)はMg原子121と酸素(O)原子122で構成される。ここでは、Si(100)面上においてMgO(100)面が成長し、図2(c)に示されるように、界面においてSi(100)[110]方向とMgO(100)[100]方向とが平行となっている。この場合の格子ミスマッチは−8.7%であり、小さい。
【0028】
これに対し、非特許文献2に記載されたような、Si(100)面上においてMgO(100)面が成長し、界面においてSi(100)[110]方向とMgO(100)[110]方向とが平行となっている場合の界面の結晶構造を図3に同様に示す。この場合の格子ミスマッチは−22.4%と大きい。すなわち、本発明の構成では、上記の図2(c)の構造により、非特許文献2に記載された構造よりも格子ミスマッチを減少させ、界面の結晶欠陥を減少させることにより、Si単結晶基板11への電子の注入効率を高めることができる。また、格子ミスマッチを減少させることによって界面の結晶欠陥を減少させるだけでなく、MgO層12自身の結晶性も向上させることができる。これにより、MgO層12中での電子の散乱源を減少させることによっても、電子の注入効率を高めることができる。
【0029】
また、上記の構成においては、例えばFe(100)[100]方向とMgO(100)[100]方向が平行となる。この場合の格子ミスマッチは−3.8%と小さい。すなわち、これらの間の界面における結晶欠陥も少ないため、強磁性金属層13からMgO層12への電子が注入される際の障害となる結晶欠陥も少なくなる。
【0030】
また、上記の構成においては、薄いMgO層12を介して、Fe(100)[100]方向とSi(100)[110]方向が平行となる。この組み合わせは、非特許文献1に記載されたように、FeとSi中の電子の対称軌道がエバネッセント状態を介して結合するために、最も注入効率が高くなる配列である。すなわち、図1、2の構成においては、この観点からも電子の注入効率を高くすることができ、大きなスピン偏極電流を得ることができる。
【0031】
以上より、上記の構成においては、強磁性金属層13からSi単結晶基板11に対して、スピン偏極電子を高い効率で注入することができる。
【0032】
例えば、Si単結晶基板11中にトランジスタを形成し、強磁性金属層13に配線を接続してその電位を制御することが可能である。これにより、上記の強磁性積層構造10を各種の電子デバイスの一部として使用することができる。この電子デバイスは、例えば電子のスピンの偏極をその動作において利用することができるために、不揮発性のメモリや高速動作するスイッチング素子等としての使用が可能である。
【0033】
(実施例1)
上記の構成の実施例として、Si(100)単結晶基板上に、MgO層とFe層(強磁性金属層)を順次を積層し、それぞれにおける結晶構造を調べた。
【0034】
まず、Si(100)単結晶基板をアセトンとイソプロピルアルコールで洗浄後、表面の酸化膜をフッ酸で除去し、さらに塩酸過酸化水素水混合溶液を用いて酸化膜を形成した。その後、MBE装置内で真空度を3×10−8Paとして、1000℃で基板を加熱することにより酸化膜を除去した。これにより、(100)面の表面においては2×1再構成面が形成された。室温まで冷却した後、膜厚5nmのMgO層を電子ビーム蒸着法により形成した。さらに、膜厚13nmのFe層(強磁性金属層)を電子ビーム蒸着法により形成し、保護層として膜厚3nmのTi層を電子ビーム蒸着法で作製した(試料A)。
【0035】
なお、この試料Aとは別に、上記と同様のMgO層とTi保護層を順次積層したのみ、すなわち、試料AにおけるFe層を積層しない構成の試料も作製した(試料B)。
【0036】
図4は、Fe層とMgO層の成長面の配向を調べるため、試料Aに対するOut−of−plane測定のX線回折を行った結果である。各回折ピークには、対応する各物質の面方位が記してある。ここで、Fe(200)結晶面およびMgO(200)結晶面が、試料表面に対して平行に配向していることが示されている。これより、Si(100)単結晶基板上に単結晶MgOの(100)面、単結晶Feの(100)面が成長していることが確認された。
【0037】
図5は、各層が上記の配向で積層された場合において、各層の面内における配向方向を調べるために、試料Aに対するIn−plane測定のX線回折においてSi(220)の極とMgO(200)極およびFe(110)極を測定した結果である。In−plane測定は、試料表面に対して垂直な格子面を評価する測定手法であり、横軸の角度φは面内における方位角に対応する。Si(100)単結晶基板に対して4本の回折ピーク、MgO層に対して4本の回折ピーク、そしてFe層に対して4本の回折ピークが観測されている。ここで、Siに対する(022)面に起因する回折ピークとMgOに対する(002)面、さらにFeに対する(011)面に起因する回折ピークが、試料面内における相対角度でほぼ同じ角度で観測されている。この測定結果より、それぞれの結晶面のブラッグ角を考慮すると、Si(100)[110]方向、MgO(100)[100]方向、及びFe(100)[110]方向が面内において平行となっていることが確認された。
【0038】
また、試料Aの構造においては、X線がFe層で吸収されるために、その下層のMgO層の信号は小さい。一方、Fe層が形成されていない試料Bについて、Si(220)の極とMgO(200)極を図5と同様に測定した結果を図6に示す。この結果より、MgO(100)[100]方向とSi(100)[110]方向が平行に配列した構造であることが明らかである。つまり、実施例1におけるMgO層とSiの積層界面は格子整合していることから、この界面におけるスピン偏極電子の散乱を抑制できる。従って、強磁性金属を積層することにより、優れた強磁性積層膜を得ることができる。
【0039】
さらに、Fe層とSi単結晶基板の間においては、非特許文献1に記載された理想的な配向の関係が成立している。このため、スピン注入電極用の積層構造として優れた特性が得られる。
【0040】
(実施例2)
実施例2として、以下の試料Cを作製し、その構造を調べた。すなわち、Si(100)基板をアセトンとイソプロピルアルコールで洗浄後、表面の酸化膜をフッ酸で除去し、MBE装置内で真空度を3×10−8Paとして、実施例1よりも低温となる500℃で基板を加熱した。室温まで冷却した後、実施例1よりも薄い膜厚1.4nmのMgO層を電子ビーム蒸着法により形成した。さらに、実施例1と同一の膜厚13nmのFe層を電子ビーム蒸着法により形成し、保護層として実施例1と同一の膜厚3nmのTi層を電子ビーム蒸着法で形成した(試料C)。
【0041】
図7は、500℃の基板加熱後に得られたSi表面((100)面)を反射高速電子線回折(RHEED)を行った結果の写真である。この回折写真においては、矢印で示されるように、2×1再構成面に起因するストリークが観測される。すなわち、フッ酸で酸化膜を除去した後に真空中での加熱処理を行うことによって、Siの(100)面においては2×1再構成面が形成されている。
【0042】
図8は、試料Cに対するIn−plane測定のX線回折においてSi(220)の極とFe(110)極を測定した結果である。成長面内におけるFe層とSi(100)単結晶基板の結晶方位の関係においては、実施例1(試料A)と同様にFe(100)[110]方向とSi(100)[110]方向とが平行となっていることが確認できる。
【0043】
さらに、図9に試料Cの断面を透過電子顕微鏡で観察した結果の写真を示す。それぞれの界面で格子が整合しており、平坦で欠陥のない急峻な界面が得られていることが確認できる。これは、実施例2の製造方法で得られた構造においては、実施例1(試料A)と同様に、MgO層がSi(100)単結晶基板及びFe層とそれぞれの界面で格子整合していることに起因する。
【0044】
また、図8のX線回折の結果におけるFe(110)極に対する回折ピークの半値幅は、面内方向におけるFe(110)結晶面の配向分散に対する指標となる。4つのピークの半値幅の平均は3.1°であり、次に示す比較例1(試料D)に比べ、結晶の配向分散が小さく、結晶性の高い単結晶となっている。すなわち、格子整合した結晶配列の効果として、優れた配向性が得られる。
【0045】
以上のように、実施例2(試料C)においては、Si(100)面における2×1再構成面上にMgO層とFe層を順次成膜することで、それぞれの界面で格子が整合する構造となった。この格子整合した結晶配列は、非特許文献1で示されたスピン偏極率の高いトンネル電子の注入が可能となる積層構造である。更に、格子整合した結晶配列となった効果として、結晶欠陥の少ないFe層を得ることができる。これらの相乗効果により、スピン注入電極用の積層構造として優れた特性を得ることができる。
【0046】
(比較例1)
比較例として、次の試料Dを作製し、その構造を調べた。すなわち、Si(100)単結晶基板をアセトンとイソプロピルアルコールで洗浄後、表面の酸化膜をフッ酸で除去し、MBE装置内で真空度を3×10−8Paとして、実施例1、2よりも低い200℃で基板を加熱した。室温まで冷却した後、実施例2と同一の膜厚1.4nmのMgO層を電子ビーム蒸着法により作製した。更に、実施例1と同一の膜厚13nmのFe層を電子ビーム蒸着法により作製し、保護層として実施例1と同一の膜厚3nmのTi層を電子ビーム蒸着法で作製した(試料D)。
【0047】
図10は、図7と同様に、200℃の基板加熱により得られたSi(100)面表面で反射高速電子線回折(RHEED)を行った結果の写真である。図7の結果と対照的に、Siバルクの1×1構造に起因するストリークのみ観測され、矢印で示す箇所における2×1再構成面に起因するストリークは観測されない。すなわち、2×1再構成面は形成されていない。
【0048】
図11は、試料Dに対するIn−plane測定のX線回折においてSi(220)の極とFe(110)極を測定した結果である。この結果から、実施例1、2と異なり、Feの[110]方向とSiの[110]方向は平行ではないことが明らかであり、Feの[100]方向とSiの[110]方向が平行となっている。すなわち、実施例1(試料A)や実施例2(試料C)と比べて、FeとSiの方位が約45°ずれている。この構造は、非特許文献1に記載された理想的な構造ではなく、非特許文献2で示された積層膜と同様の構造である。
【0049】
従って、MgO層が形成されるSi(100)面が、2×1再構成面とは異なる1×1構造の場合、MgO層を積層しても実施例1、2と同様の格子整合した構造を得ることはできない。
【0050】
また、図11におけるFe(110)極に対する回折ピークの半値幅の平均は、5.3°となり、実施例2(試料C)に比べて大きい。すなわち、比較例1の試料Dの積層膜は、整合配列ではないことから、優れた配向性を得ることができない。また、MgOとSiの界面の原子配列は格子整合した結晶配列でない図3の構造であることから、トンネル電子を散乱する結晶欠陥が多数存在し、電子の効率的な注入ができない。さらに、この積層膜は、FeとSiの配向の組み合わせが、非特許文献1に記載されたようなスピン偏極率の高い電子の注入を可能とする配向の組み合わせとは異なるため、この点からもスピン偏極率の高いトンネル電子の注入はできない。この点については、非特許文献2に記載の構造と同様である。
【0051】
(実施例3)
本発明の実施例3として、次の試料Eを作製し、その構造を調べた。すなわち、Si(100)単結晶基板をアセトンとイソプロピルアルコールで洗浄後、表面の酸化膜をフッ酸で除去し、さらに塩酸過酸化水素水混合溶液を用いて酸化膜を形成した。その後、MBE装置内で真空度を3×10−8Paとして、実施例1と同一の1000℃で基板を加熱することにより酸化膜を除去した。前記の通り、この表面においては2×1再構成面が形成される。室温まで冷却した後、実施例1、2よりも薄い膜厚0.8nmのMgO層を電子ビーム蒸着法により作製した。さらに、実施例1と同一の膜厚13nmのFe層を電子ビーム蒸着法により作製し、保護層として実施例1と同一の膜厚3nmのTi層を電子ビーム蒸着法で作製した(試料E)。
【0052】
図12は、図4と同様に、試料Eに対するOut−of−plane測定のX線回折を行った結果である。各回折ピークには、対応する各物質の面方位が記してある。ここで、Feは(200)結晶面が試料表面に対して平行に配向していることが示されている。すなわち、試料Eにおいても、Si(100)面と平行にFe(100)面が成長している。
【0053】
図13は、試料Eに対するIn−plane測定のX線回折においてSi(220)の極とFe(110)極を測定した結果である。FeとSiの結晶方位関係は、実施例1(試料A)および実施例2(試料C)と同様に、Fe(100)[110]方向とSi(100)[110]方向とが平行となっていることが確認できる。すなわち、実施例1、実施例2と同様に、スピン偏極率の高いトンネル電子の注入が可能となる。
【0054】
更に、図13のFe(110)極に対する回折ピークの半値幅の平均は、3.5°となり、比較例1の試料Dに比べ、結晶の配向分散が小さい。すなわち、格子整合した結晶配列の効果として、優れた配向性が得られる。
【0055】
また、試料EにおけるMgO層の膜厚は0.8nmと薄いため、トンネル電流を大きくとることが可能である。このため、この強磁性積層構造をデバイスに用いることにより、デバイスの低抵抗化が実現でき、高周波特性やSN比に優れるデバイスが実現できる。
【0056】
なお、上記のいずれの実施例においても、強磁性金属層の材料としてFeを用いているが、これに限られるものではなく、FeCo合金も同様に用いることができる。その他、膜厚等も、上記の範囲に限定されず任意である。その他、作製に関する諸条件も、本発明の要旨を逸脱しない範囲で任意である。
【符号の説明】
【0057】
10 強磁性積層構造
11 Si単結晶基板
12 MgO層
13 強磁性金属層
111 Si原子
121 Mg原子
122 酸素原子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコン(Si)単結晶上に酸化マグネシウム(MgO)層、強磁性金属層が順次形成され、前記強磁性金属層から前記Si単結晶に電子が注入される強磁性積層構造であって、
前記Si単結晶の基板面は(100)面、前記MgO層の成長面は(100)面であり、
前記Si単結晶の基板面における[110]方向と前記MgO層の成長面における[100]方向とが互いに平行とされたことを特徴とする強磁性積層構造。
【請求項2】
前記強磁性金属層は鉄(Fe)、又は鉄とコバルト(Co)の合金(FeCo合金)で構成され、前記強磁性金属層の成長面は(100)面であり、前記Si単結晶の基板面における[110]方向と前記MgO層の成長面における[100]方向、及び前記強磁性金属層の成長面における[110]方向が互いに平行とされたことを特徴とする請求項1に記載の強磁性積層構造。
【請求項3】
前記MgO層の厚さは0.6nm〜5nmの範囲であることを特徴とする請求項1又は2に記載の強磁性積層構造。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の強磁性積層構造を製造する製造方法であって、
前記Si単結晶基板表面に2×1再構成面を形成した後に、真空中で前記MgO層及び前記強磁性金属層を順次形成することを特徴とする強磁性積層構造の製造方法。
【請求項5】
前記MgO層の形成は、MBE(Molecular Beam Epitaxy)法又は電子ビーム蒸着法によって行うことを特徴とする請求項4に記載の強磁性積層構造の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2012−134229(P2012−134229A)
【公開日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−283253(P2010−283253)
【出願日】平成22年12月20日(2010.12.20)
【出願人】(591108178)秋田県 (126)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】