説明

弾性境界波装置

【課題】 高周波化を図った場合であっても、導体抵抗の増大を抑制でき、十分大きな電気機械結合係数K2を可能とする弾性境界波装置を提供する。
【解決手段】 第1の媒質11と、第2の媒質12との間にIDT13が配置されており、IDT13を厚み方向に2等分した面を境界面とし、該境界面から第1の媒質11側の弾性境界波のエネルギーをE1、該境界面から第2の媒質12側のエネルギーをE2とし、IDT13を構成したときの弾性境界波の音速と、IDT13を構成する最も密度の大きな導体層のみを用いてIDT13を構成したときの弾性境界波の音速とが同一となるように、密度が最も大きい導体層単独でIDT13を構成した条件において、前記境界面から第1の媒質11側の弾性境界波のエネルギーをE1′、前記境界面から第2の媒質12側のエネルギーをE2′としたときに、E1/E2>E1′/E2′とされている、弾性境界波装置10。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば共振子や帯域フィルタなどに用いられる弾性境界波装置に関し、より詳細には、異なる材料からなる第1,第2の媒質間にIDTが配置されている弾性境界波装置に関する。
【背景技術】
【0002】
弾性境界波装置は、異なる媒質間の界面にIDT(インターデジタル電極)を配置した構造を有する。弾性境界波装置では、上記異なる媒質を積層してなる積層体内を弾性境界波が伝搬する。従って、弾性境界波装置では、複雑なパッケージ構造を省略することができ、弾性表面波装置と比べて、構造の簡略化及び低背化を進めることができる。
【0003】
弾性境界波装置において、動作周波数を高くした場合には、IDTの周期が小さくなる。そのため、IDTや反射器を構成する電極指の幅が小さくなり、電極指の導体抵抗が増大し、損失が増すことになる。
【0004】
他方、弾性境界波装置では、上記界面の上下の媒質を伝搬する横波の音速よりも、弾性境界波の音速を低くすることにより、弾性境界波を上下の媒質間に閉じ込め、伝搬損失を低減することができる。
【0005】
このような閉じ込め効果を高めるには、密度の高い金属によりIDTを形成することが有効である。従来、下記の特許文献1に記載のように、弾性境界波装置のIDTは、Alにより形成されていることが多かった。これに対して、下記の特許文献2に記載の弾性境界波装置では、IDT材料としてAlの他AuやAgが示されている。
【特許文献1】特開昭58−30217号公報
【特許文献2】DE4132309A1
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
弾性境界波装置において弾性境界波を励振するIDTの動作周波数Fiは弾性境界波の音速をV、IDTの周期をλiとした場合、Fi=V/λi…(式〔a〕)で表わされる。式(a)から明らかなように、弾性境界波装置の動作周波数Fiが高くなると、IDTの周期λiを短くする必要がある。従って、IDTや反射器を構成している電極指の幅が細くなり、導体抵抗が大きくなり、損失が増大するという問題があった。特に、密度が大きい導体により電極指を構成した場合、電極指の厚みが薄い条件下では伝搬損失を0に近づけることはできるものの、電極指の厚みが薄くなるので、導体抵抗がさらに大きくなるという問題があった。
【0007】
また、従来、弾性境界波装置のIDTをAuにより形成した場合には、十分大きな電気機械結合係数K2が得られなかった。
【0008】
本発明の目的は、上述した従来技術の欠点を解消し、動作周波数を高めた場合であっても、弾性境界波を効果的に閉じ込めることができ、かつ大きな電気機械結合係数を得ることができ、従って、低損失な弾性境界波装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願の第1の発明によれば、圧電体からなる第1の媒質と、第1の媒質に積層されており、誘電体からなる第2の媒質と、前記第1の媒質と第2の媒質との間に配置されており、複数の導体層を積層してなるIDTとを備える弾性境界波装置であって、前記第1,第2の媒質が積層されている方向が前記IDTの厚み方向であり、該IDTを厚み方向に2等分した面を境界面とし、該境界面から第1の媒質側に存在する弾性境界波のエネルギーをE1、前記境界面から第2の媒質側に存在するエネルギーをE2とし、前記IDTを構成したときの弾性境界波の音速と、前記IDTを構成する導体のうち、最も密度の大きな導体層のみを用いてIDTを構成したときの弾性境界波の音速とが同一となるように、密度が最も大きい前記導体層単独でIDTを構成した条件において、前記境界面から第1の媒質側に存在する弾性境界波のエネルギーをE1′、前記境界面から第2の媒質側に存在するエネルギーをE2′としたときに、E1/E2>E1′/E2′とされていることを特徴とする、弾性境界波装置が提供される。
【0010】
第1の発明のある特定の局面では、前記IDTが、密度が7000〜20000kg/m3の範囲にある金属からなる第1の導体層と、密度が1740kg/m3以上、7000kg/m3より小さい金属からなる第2の導体層とを含む積層構造を有し、前記IDTの前記第1の媒質側に配置される導体層が、前記第1の導体層により構成されている。
【0011】
第1の発明の他の特定の局面では、前記第1の導体層の厚みをH、IDTの電極指周期をλとしたときに、0.025λ<H<0.1λとされている。
【0012】
第1の発明のさらに他の特定の局面では、前記IDTが前記第1の媒質に接する部分及び/または第2の媒質に接する部分に密着層が設けられている。
【0013】
第2の発明によれば、圧電体からなる第1の媒質と、非導電物質からなり、第1の媒質に積層された第2の媒質と、前記第1の媒質と第2の媒質との間に配置されたIDTとを備える弾性境界波装置であって、前記IDTが、密度が7000〜21000kg/m3の範囲にある金属からなる第1の導体層と、密度が1740kg/m3以上、7000kg/m3より小さい金属からなる第2の導体層とを積層した構造を有し、前記IDTの前記第1の媒質側に配置されている導体層が前記第1の導体層により構成されており、前記第1の媒質側に配置されている前記第1の導体層の厚みをH、IDTの電極指周期をλとしたとき、0.025λ<H<0.1λとされていることを特徴とする、弾性境界波装置が提供される。
【0014】
第2の発明のさらに他の特定の局面では、前記IDTが前記第1の媒質に接する部分及び/または第2の媒質に接する部分に密着層が設けられている。
【0015】
本発明のさらに他の特定の局面では、前記第1の導体層を構成している金属が、Pt、Au、Cu、Ag、Ni、Fe、W、Ta、Cr並びにこれらを主体とする合金からなる群から選択された1種であり、前記第2の導体層を構成している金属が、Mg、Al及びTi並びにこれらを主体とする合金からなる群から選択した1種の金属である。
【0016】
本発明に係る弾性境界波装置のさらに別の特定の局面では、前記IDTと同じ電極材料で構成されており、かつ前記第1,第2の媒質間に配置されている反射器がさらに備えられている。
【発明の効果】
【0017】
第1の発明に係る弾性境界波装置では、圧電体からなる第1の媒質と、非導電物質からなる第2の物質との間にIDTが配置されており、該IDTが複数の導体層を積層してなり、上記E1/E2>E1′/E2′とされているため、エネルギーが第2の媒質側に比べて第1の媒質側に多く存在した状態で弾性境界波が伝搬する。従って、弾性境界波の電気機械結合係数を高めることができ、共振構造を用いた共振子やフィルタでは、適用可能な通過帯域幅の範囲を広げることができる。また、トランスバーサル型フィルタの場合には、低損失の弾性境界波装置を提供することができる。
【0018】
第1の発明において、IDTが上記第1,第2の導体層を含む積層構造を有し、圧電体からなる第1の媒質側に、相対的に密度が大きな金属からなる第1の導体層が配置されている場合には、第1の媒質側に存在する弾性境界波のエネルギーE1を、第2の媒質側に存在する弾性境界波のエネルギーE2に比べて容易に高くすることができ、従って、E1/E2>E1′/E2′とされている弾性境界波装置を上記電極積層構造により容易に実現することができる。
【0019】
第1の発明において、0.025λ<H<0.1λの場合には、電気機械結合係数をより一層大きくすることができる。
【0020】
上記IDTは、第1の媒質に接する部分及び/または第2の媒質に接する部分に密着層が設けられている場合には、IDTと第1及び/または第2の媒質との密着性を効果的に高めることができる。
【0021】
第2の発明では、圧電体からなる第1の媒質と、非導電物質からなる第2の媒質との間にIDTが配置されており、IDTが、密度が異なる上記第1,第2の導体層を含む積層構造を有し、第1の導体層が第1の媒質側に配置されているため、圧電体からなる第1の媒質側において弾性境界波のエネルギーが大きい状態で弾性境界波が伝搬する。そのため、電気機械結合係数K2を十分に大きくすることができる。しかも、0.025λ<H<0.1λとされているので、電気機械結合係数K2を効果的に高めることができる。
【0022】
上記IDTは、第1の媒質に接する部分及び/または第2の媒質に接する部分に密着層が設けられている場合には、IDTと第1及び/または第2の媒質との密着性を効果的に高めることができる。
【0023】
本発明において、第1,第2の導体層を構成する金属は特に限定されないが、例えば、第1の導体層を構成している金属が、Pt、Au、Cu、Ag、Ni、Fe、W、Ta、Cr並びにこれらを主体とする合金からなる群から選択された1種であり、第2の導体層を構成している金属が、Mg、Al及びTi並びにこれらを主体とする合金からなる群から選択した1種の金属である場合には、汎用されているこれらの金属を用いて第1,第2の導体層を容易に形成することができる。
【0024】
本発明において、IDTと同じ電極材料で構成されており、かつ第1,第2の媒質間に配置されている反射器がさらに備えられている場合には、本発明に従って、反射器を有する弾性境界波共振子や弾性境界波共振子フィルタなどを容易に形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本明細書において媒質や電極材料として用いられる材料の密度、結晶のオイラー角及び結晶軸の詳細は以下の通りである。
【0026】
密度
SiO2の密度は2210kg/m3、横波の音響特性インピーダンスは8.3×106kg・s/m2であり、Alの密度は2699kg/m3、横波の音響特性インピーダンスは8.4×106kg・s/m2であり、Cuの密度は8939kg/m3、横波の音響特性インピーダンスは21.4×106kg・s/m2であり、Agの密度は10500kg/m3、横波の音響特性インピーダンスは18.6×106kg・s/m2であり、Auの密度は19300kg/m3、横波の音響特性インピーダンスは24.0×106kg・s/m2である。
【0027】
オイラー角
本明細書において、基板の切断面と、境界波の鉄板方向を表現するオイラー角(φ,θ,ψ)は、文献「弾性波素子技術ハンドブック」(日本学術振興会弾性波素子技術第150委員会、第1版第1刷、平成3年11月30日発行、549頁)記載の右手系オイラー角を用いた。すなわち、LNの結晶軸としてX、Y、Zに対し、Z軸を軸としてX軸を反時計廻りにφ回転しXa軸を得る。次に、Xa軸を軸としてZ軸を反時計廻りにθ回転しZ´軸を得る。Xa軸を含み、Z´軸を法線とする面を基板の切断面とした。そして、Z´軸を軸としてXa軸を反時計廻りにψ回転した軸X´方向を境界波の伝搬方向とした。
【0028】
結晶軸
また、オイラー角の初期値として与えるLiNbO3の結晶軸X、Y、Zは、Z軸をc軸と平行とし、X軸を等価な3方向のa軸のうち任意の一つと平行とし、Y軸はX軸とZ軸を含む面の法線方向とする。
【0029】
等価なオイラー角
なお、本発明におけるLiNbO3のオイラー角(φ,θ,ψ)は結晶学的に等価であればよい。例えば、文献(日本音響学会誌36巻3号、1980年、140〜145頁)によれば、LiNbO3は三方晶系3m点群に属する結晶であるので、〔4〕式が成り立つ。
【0030】
F(φ,θ,ψ)=F(60°−φ,−θ,ψ)
=F(60°+φ,−θ,180°−ψ)
=F(φ,180°+θ,180°−ψ)
=F(φ,θ,180°+ψ) 〔4〕
ここで、Fは、電気機械結合係数ks2、伝搬損失、TCF、PFA、ナチュラル一方向性などの任意の境界波特性である。PFAのナチュラル一方向性は、例えば伝搬方向を正負反転してみた場合、符号は変わるものの絶対量は等しいので実用上等価であると考える。なお、文献7は表面波に関するものであるが、境界波に関しても結晶の対称性は同様に扱える。
【0031】
例えば、オイラー角(30°,θ,ψ)の境界波伝搬特性は、オイラー角(90°,180°−θ,180°−ψ)の境界波伝搬特性と等価である。また、例えば、オイラー角(30°,90°,45°)の境界波伝搬特性は、表に示すオイラー角の境界波伝搬特性と等価である。
【0032】
また、本発明において計算に用いた導体の材料定数は多結晶体の値であるが、エピタキシャル膜などの結晶体においても、膜自体の結晶方位依存性より基板の結晶方位依存性が境界波特性に対して支配的であるので、〔4〕式により、実用上問題ない程度に同等の境界波伝搬特性が得られる。
【0033】
【表1】

【0034】
以下、図面を参照しつつ本発明の具体的な実施形態を説明することにより、本発明を明らかにする。
【0035】
図1及び図2は、本発明の一実施形態に係る弾性境界波装置を模式的に示す平面断面図及び正面断面図である。
【0036】
弾性境界波装置10は、第1の媒質11と、第2の媒質12とを積層した積層体を用いて構成されている。第1の媒質11は、本実施形態では、圧電体としての15°YカットX伝搬(オイラー角で(0°,105°,0°))のLiNbO3板により構成されている。
【0037】
第2の媒質12は、本実施形態では、非導電物質としてのSiO2により構成されている。
【0038】
第1,第2の媒質11,12間の界面に、IDT13及び反射器14,15が配置されている。IDT13は、複数本の電極指13aと複数本の電極指13bとが互いに間挿し合うように配置されている構造を有する。複数本の電極指13aが、一方のバスバーに、複数本の電極指13bが他方のバスバーに電気的に接続されている。
【0039】
IDT13及び反射器14,15は、本実施形態では、密度が相対的に大きいAuからなる第1の導体層と、密度が相対的に低いAlからなる第2の導体層とを含む積層構造を有する。
【0040】
図3(a)は、上記電極指13a,13bの横断面構造を説明するための模式的拡大断面図である。電極指13a,13bは、第1,第2の導体層16,17を積層した構造を有する。第1の導体層16がAuからなり、圧電体としての第1の媒質11側に配置されており、第2の導体層17が、Alからなり、非導電物質からなる第2の媒質12側に配置されている。
【0041】
なお、反射器14,15も、IDT13と同じ電極構造を有する。すなわち、反射器14,15もまた、第1,第2の導体層16,17を積層した構造を有する。
【0042】
本実施形態の弾性境界波装置10では、第1,第2の媒質11,12が上記のように形成されており、IDT13及び反射器14,15が上記電極構造を有するため、弾性境界波の電気機械結合係数が十分に大きくされる。また、IDT13を厚み方向に2等分した面を境界面としたとき、該境界面から第1の媒質11側に存在する弾性境界波のエネルギーをE1、境界面から第2の媒質側に存在する弾性境界波のエネルギーをE2とし、IDTを構成している複数の導体層のうち最も密度の大きな導体層のみを用いてIDTを構成したときの弾性境界波の音速と、上記複数の導体層からなるIDTを構成したときの弾性境界波の音速とが等しい条件において、境界面から第1の媒質側に存在する弾性境界波のエネルギーをE1′、第2の媒質側に存在する弾性境界波のエネルギーをE2′としたときに、E1/E2>E1′/E2′とされており、それによって、弾性境界波装置10では、電気機械結合係数K2が向上し、共振構造を用いた共振子やフィルタでは、適用可能な通過帯域幅の範囲を広げることができる。また、トランスバーサル型フィルタの場合には、低損失化が図られる。これを、具体的に説明する。
【0043】
弾性境界波装置10を以下の条件で試作した場合のAlからなる第2の導体層の厚みと、弾性境界波の音速、電気機械結合係数K2、及び遅延時間温度係数TCDとの関係を求めた。
【0044】
前提とした条件
積層構造:SiO2/IDT/LiNbO3
IDT :第1の導体層はAuからなり、厚みは0.05λまたは可変とした。第2の導体層17は、Alからなり、厚みは0.1λまたは可変とした。
【0045】
第1,第2の媒質11,12の厚みは無限大とした。
【0046】
上記のような条件で、SH成分主体の弾性境界波について、Auからなる第1の導体層16の厚みを0.05λとし、第2の導体層17を構成しているAl厚みを種々変化させ、他は上記条件として、Al厚みと弾性境界波の音速、電気機械結合係数、及び遅延時間温度係数TCDとの関係を求めた。結果を図4〜図6にそれぞれ示す。
【0047】
また、上記条件において、第2の導体層17としてのAlの厚みは0.1λとし、Auからなる第1の導体層16の厚みを種々変化させ、同様にして、Au厚(λ)と、SH成分主体の弾性境界波の音速、電気機械結合係数K2及び遅延時間温度係数TCDとの関係を求め、図7〜図9に示した。図4〜図6において、Al厚=0の場合が、Auのみからなる電極を用いた場合の結果に相当する。
【0048】
なお、伝搬損失については、全て0であり、Alの膜厚を変化させた場合、該Alの膜厚に依存せずほぼ0であり、Auの膜厚を変化させた場合も、該Auの膜厚に依存せずほぼ0であった。
【0049】
なお、これらを求めるにあたっては、文献「A method for estimating optimal cuts and propagation directions for excitation and propagation directions for excitation of piezoelectric surface waves 」(J.J.Campbell and W.R.Jones,IEEE Trans. Sonics and Ultrason., Vol.SU-15(1968)pp,209-217)に基づいて、求めた。この場合、開放境界の場合には、第1の媒質11と、第2の媒質12との境界、第1の媒質11とIDT13との境界、IDT13と第2の媒質12との境界における変位、電位、電束、密度の法線成分及び上下方向応力が連続であるとし、第1の媒質11と第2の媒質12の厚みを無限大とし、IDTなどを構成している導体の比誘電率を1として、音速を求めた。また、短絡境界の場合には、第2の媒質とIDTとの境界、IDTと第1の媒質との境界における電位が0として、音速を求めた。また、電気機械結合係数K2は、下記の式(1)により求めた。なお、式(1)においてVfは開放境界における音速である。
2=2×│Vf−V│/Vf …式(1)
【0050】
遅延時間温度係数TCDは、20℃、25℃及び30℃における位相速度Vに基づき、下記の式(2)により求めた。
TCD=(V〔20℃〕−V〔30℃〕)/V〔25℃〕/10+αs
…式(2)
【0051】
但し、式(2)において、αsは境界波伝搬方向における第1の媒質11の線膨張係数である。
【0052】
図5から明らかなように、Alからなる第2の導体層17を積層することにより、すなわちAlの厚みを0よりも大きくするとことにより、電気機械結合係数K2の高められることがわかる。
【0053】
他方、図8から明らかなように、第1,第2の導体層16,17を積層した構造において、第1の導体層16であるAuの厚みを0.025λ〜0.1λの範囲とすれば、Auのみからなる電極を用いた相当の弾性境界波装置に比べて、電気機械結合係数K2を高め得ることがわかる。
【0054】
従って、図4〜図9から、第1,第2の導体層16,17を、それぞれ、Au及びAlで構成した場合、Auからなる第1の導体層16の厚みを0.025λ〜0.1λとすることが望ましいことがわかる。
【0055】
図10は、図4〜図6において、Al厚=0の場合の弾性境界波(U1=縦波成分、U2=SH波成分、U3=SV波成分、なおU1〜U3は弾性境界波を構成する部分波成分である。)の変位分布を模式的に示す図であり、図11は、図4〜図6において、Al厚=0.1λとした場合の弾性境界波(U1=縦波成分、U2=SH波成分、U3=SV波成分、なおU1〜U3は弾性境界波を構成する部分波成分である。)の変位分布を模式的に示す図である。
【0056】
図10及び図11から明らかなように、上記第1,第2の導体層16,17を積層してなるIDT13を用いた上記実施形態の弾性境界波装置10においても、従来のAuのみからなるIDTを用いた相当の弾性境界波装置と同程度に、弾性境界波の振動エネルギーがIDT付近に集中していることがわかる。従って、密度の大きい導体であるAuと、密度の小さい導体であるAlとを積層した電極構造の場合において、密度の大きな導体層16の存在により、弾性境界波の媒質間の境界面へのエネルギーを効果的に集中させることがわかる。
【0057】
また、図10及び図11において、第1の媒質の密度が4640kg/m3、第2の媒質の密度は2210kg/m3である。そして、弾性境界波の振動エネルギーは、ρU2に比例する。但し、ここでρは媒質の密度であり、Uは振幅である。従って、図10から、E1′/E2′を求めると、E1′/E2′はほぼ1.1となる。
【0058】
また、図11から明らかなように、弾性境界波の振動エネルギーの分布の中心は、密度の高いAuからなる第1の導体層16が圧電体である第1の媒質11側に配置されているので、振動エネルギーの分布中心が第1の媒質11側に存在することがわかる。従って、振動エネルギーが、第1の媒質11側、すなわち圧電体側において強く分布するため、これによって大きな電気機械結合係数K2の得られていることがわかる。
【0059】
また、図11よりE1/E2を求めると、E1/E2は約3.6となる。従って、E1/E2>E1′/E2′とされている。
【0060】
上記のように、IDT13を厚み方向に2等分した面を境界面としたとき、該境界面から第1の媒質11側に存在する弾性境界波のエネルギーE1、境界面から第2の媒質12側に存在する弾性境界波のエネルギーE2としたとき、E1/E2>E1′/E2′とされておれば、単層のIDT電極で弾性境界波を作製した場合に比較して、大きな電気機械結合係数K2を得ることができる。
【0061】
次に、図1及び図2に示した弾性境界波装置10としての弾性境界波共振子の具体的な共振特性を図12に示す。図12に示す共振特性は、以下の条件で弾性境界波装置10を作製し、求めたものである。
【0062】
第1の媒質11:15°YカットX伝搬のLiNbO3基板からなり、厚さ370μm
第2の媒質12:SiO2からなり、厚さ6μm
IDT13:Al/Cu/Ti/Au/NiCrを、厚み50/10/70/3nmとなるように積層した構造を用いた。なお、Al側を第2の媒質側に、NiCr側を第1の媒質11側に配置した。Tiは導体層間の密着強度を高める層として配置されており、NiCr層はAuの媒質11への密着性を高める密着層として配置されている。
【0063】
IDT13の電極指の対数は60対とし、交差幅は30λ、開口幅30.4λとした。
【0064】
また、反射器14,15の電極指の本数は、51本とした。
【0065】
さらに、IDT13については、弾性境界波伝搬方向中央における交差幅が30λ、弾性境界波伝搬方向両端における交差幅が15λとなるように交差幅重み付けを施した。
【0066】
IDT13及び反射器14,15の周期λは、1.6μmとして、電極指ピッチは0.8μmとした。また、電極指の幅寸法は、0.4μm、電極指間のスペースの幅は0.4μmとし、それによって電極指ピッチを上記のように0.8μmとした。
【0067】
図12に上記の弾性境界波装置10としての弾性境界波共振子のインピーダンス−周波数特性を示す。
【0068】
Auと密着層NiCrからなるIDTに比べ、Al/Cu/Ti/Au/NiCrからなるIDTを用いることにより、共振抵抗を1.8Ωから1.4Ωに小さくすることが可能となった。
【0069】
上記電極構造の変更により、電極指の直列抵抗は、19.4%低めることが可能となった。
【0070】
なお、本発明は、上述した弾性境界波共振子としての弾性境界波装置10に限定されず、様々な構造の共振子やフィルタにも適用することができる。すなわち、例えばラダー型フィルタ、縦結合共振器型フィルタ、横結合共振器型フィルタ、トランスバーサル型フィルタ、弾性境界波光スイッチまたは弾性境界波光フィルタなどの様々な弾性境界波を用いたフィルタやスイッチ等にも広く用いることができる。
【0071】
また、電極材料については、AuやAlに限らず、Pt、Ag、Cu、Ni、Ti、Fe、W、Taなどの他の導電性材料を用いてもよく、またこれらの導電性材料を主体とする合金を用いてもよい。
【0072】
もっとも、IDTを第1の導体層と第2の導体層とを含む積層構造を有するように構成する場合、第1の導体層の密度は、Auのように7000〜20000kg/m3の範囲にある相対的に密度が高い金属を用いて構成され、第2の導体層は、Alのように、密度が1740kg/m3以上、7000kg/m3より小さい、相対的に低密度の金属により構成される。このような第1,第2の導体層を構成している金属の密度の要件を満たす限り、第1,第2の導体層を有する積層構造における各導体層を構成する金属は限定されるものではない。
【0073】
さらに、密着性や耐電力性を高めるために、Ti、Cr、NiCr、Ni、ZnOなどの薄層を第1,第2の導体層に積層してもよい。この場合、上記薄層は、第1または第2の導体層と第1または第2の媒質層の間、あるいは第1,第2の導体層間のいずれに配置してもよい。上記薄層は、密着性向上効果や拡散防止効果を有しておればよいので、薄層の膜厚は1〜30nm程度とされる。
【0074】
また、本発明において、第1,第2の導体層以外に第3の導体層を含む1以上の導体層をさらに積層してもよい。この場合、第3の導体層は、第1,第2の導体層のいずれかと同じ材料であってもよく、異なる材料であってもよい。従って、例えば、Al/Au/Alからなる電極構造を用いてもよく、その場合には、電気機械結合係数K2をAuの存在により中程度に大きくでき、遅延時間温度係数TCDをある程度小さくでき、かつ電極指の導体抵抗が小さい弾性境界波装置を得ることができる。
【0075】
また、第1,第2の媒質11,12が積層されていたが、さらに1以上の他の媒質が積層されていてもよい。また、第1,第2の媒質11,12に他の媒質を積層する場合、第1,第2の媒質間に第3の媒質を配置してもよく、その場合には、相対的に密度も重い電極材料からなる第1の導体層をSiO2などからなるTCDが負の媒質側に配置すればTCDを小さくすることができる。逆に、圧電体からなる第1の媒質側に密度の大きな第1の導体層を配置した場合には、電気機械結合係数K2を高くすることができる。
【0076】
また、本発明においては、上記第2の媒質の形成に先立ち、逆スパッタ、イオンビームミリング、反応性イオンエッチング、ウェットエッチングなどの様々な方法でIDTを調整して周波数調整を行うことができる。さらに、第2の媒質/第3の媒質/IDT/第1の媒質の積層構造を利用する場合には、第3の媒質の厚みを、上記イオンビームミリングやエッチングなどにより調整することにより、あるいはスパッタリングもしくは蒸着などの堆積法により追加成膜することにより、周波数調整を行うことも可能である。
【0077】
なお、第1,第2の媒質は様々な材料で構成され得る。このような材料としては、Si、ガラス、SiO2、SiC、ZnO、Ta25、PZT、AlN、Al23、LiTaO3、LiNbO3、KN(ニオブ酸カリウム)などが挙げられる。特に、第1の媒質11として、圧電体を用いる場合には、上記LiNb23以外に、上記のようなZnO、Ta25、PZT、LiTa23などの様々な圧電材料を用いることができる。
【0078】
また、第2の媒質12として、誘電体を用いる場合そのような物質としては、SiO2に限らず、ガラス、SiC、AlN、Al23などを用いることができる。好ましくは、前述したように、圧電体は通常、正のTCDを示すため、TCDを小さくするには、負のTCDを有する誘電体を第2の媒質12の材料として用いることが望ましい。このような負のTCDを有する誘電体としては、SiO2の他、水晶、LBO(四ホウ酸リチウム)、ランガサイト、ランガナイト、ガラスなどを挙げることができる。
【0079】
本発明においては、第1,第2の媒質を積層した積層体あるいはさらに第3の媒質を含む積層体の外側に強度を高めるため、あるいは腐食性ガスの侵入を防止するために保護層を形成してもよい。保護層としては、特に限定されず、ポリイミド、エポキシ樹脂、酸化チタン、窒化アルミもしくは酸化アルミなどの無機絶縁材料、Au、AlもしくはWなどの金属など様々な材料からなるものを用いることができる。また、上記保護層を形成した上で、あるいは保護層を形成せずに、弾性境界波装置をパッケージに封入してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】本発明の一実施形態に係る弾性境界波装置を模式的に示す平面断面図。
【図2】本発明の一実施形態に係る弾性境界波装置を模式的に示す正面断面図。
【図3】本発明の一実施形態に係る弾性境界波装置の電極構造を示す模式的部分拡大正面断面図。
【図4】図1に示した弾性境界波装置において、Auからなる第1の導体層第1の媒質側に配置した場合の第2の導体層を構成しているAl厚みを変化させた場合の弾性境界波の音速Vmの変化を示す図。
【図5】図1に示した弾性境界波装置において、Auからなる第1の導体層第1の媒質側に配置した場合の第2の導体層を構成しているAl厚みを変化させた場合の弾性境界波の電気機械結合係数K2の変化を示す図。
【図6】図1に示した弾性境界波装置において、Auからなる第1の導体層第1の媒質側に配置した場合の第2の導体層を構成しているAl厚みを変化させた場合の弾性境界波の遅延時間温度係数TCDの変化を示す図。
【図7】図1に示した弾性境界波装置において、第2の導体層の厚みを一定とし、圧電体からなる第1の媒質側に配置されている第1の導体層を構成しているAuの厚みを変化させた場合の弾性境界波の音速Vmの変化を示す図。
【図8】図1に示した弾性境界波装置において、第2の導体層の厚みを一定とし、圧電体からなる第1の媒質側に配置されている第1の導体層を構成しているAuの厚みを変化させた場合の弾性境界波の電気機械結合係数K2の変化を示す図。
【図9】図1に示した弾性境界波装置において、第2の導体層の厚みを一定とし、圧電体からなる第1の媒質側に配置されている第1の導体層を構成しているAuの厚みを変化させた場合の弾性境界波の遅延時間温度係数TCDの変化を示す図。
【図10】IDTがAuのみからなる場合比較のための弾性境界波装置における弾性境界波の変位分布を模式的に示す図。
【図11】Auからなる第1の導体層が第1の媒質であるLiNbO3側に、第2の導体層AlがSiO2側に配置された実施形態の弾性境界波装置における弾性境界波の変位分布を示す図。
【図12】本発明の一実施形態に係る弾性境界波装置の共振特性を示す図。
【符号の説明】
【0081】
10…弾性境界波装置
11…第1の媒質
12…第2の媒質
13…IDT
13a,13b…電極指
14,15…反射器
16…第1の導体層
17…第2の導体層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電体からなる第1の媒質と、第1の媒質に積層されており、誘電体からなる第2の媒質と、前記第1の媒質と第2の媒質との間に配置されており、複数の導体層を積層してなるIDTとを備える弾性境界波装置であって、
前記第1,第2の媒質が積層されている方向が前記IDTの厚み方向であり、該IDTを厚み方向に2等分した面を境界面とし、該境界面から第1の媒質側に存在する弾性境界波のエネルギーをE1、前記境界面から第2の媒質側に存在するエネルギーをE2とし、
前記IDTを構成したときの弾性境界波の音速と、前記IDTを構成する導体のうち、最も密度の大きな導体層のみを用いてIDTを構成したときの弾性境界波の音速とが同一となるように、密度が最も大きい前記導体層単独でIDTを構成した条件において、前記境界面から第1の媒質側に存在する弾性境界波のエネルギーをE1′、前記境界面から第2の媒質側に存在するエネルギーをE2′としたときに、E1/E2>E1′/E2′とされていることを特徴とする、弾性境界波装置。
【請求項2】
前記IDTが、密度が7000〜20000kg/m3の範囲にある金属からなる第1の導体層と、密度が1740kg/m3以上、7000kg/m3より小さい金属からなる第2の導体層とを含む積層構造を有し、
前記IDTの前記第1の媒質側に配置される導体層が、前記第1の導体層により構成されている、請求項1に記載の弾性境界波装置。
【請求項3】
前記第1の導体層の厚みをH、IDTの電極指周期をλとしたときに、0.025λ<H<0.1λである、請求項2に記載の弾性境界波装置。
【請求項4】
前記IDTが前記第1の媒質に接する部分及び/または第2の媒質に接する部分に密着層が設けられていることを特徴とする、請求項2または3に記載の弾性境界波装置。
【請求項5】
圧電体からなる第1の媒質と、非導電物質からなり、第1の媒質に積層された第2の媒質と、前記第1の媒質と第2の媒質との間に配置されたIDTとを備える弾性境界波装置であって、
前記IDTが、密度が7000〜21000kg/m3の範囲にある金属からなる第1の導体層と、
密度が1740kg/m3以上、7000kg/m3より小さい金属からなる第2の導体層とを含む積層構造を有し、
前記IDTの前記第1の媒質側に配置される導体層が前記第1の導体層により構成されており、
前記第1の媒質側に配置される前記第1の導体層の厚みをH、IDTの電極指周期をλとしたとき、0.025λ<H<0.1λとされていることを特徴とする、弾性境界波装置。
【請求項6】
前記IDTが前記第1の媒質に接する部分及び/または第2の媒質に接する部分に密着層が設けられていることを特徴とする、請求項5に記載の弾性境界波装置。
【請求項7】
前記第1の導体層を構成している金属が、Pt、Au、Cu、Ag、Ni、Fe、W、Ta、Cr並びにこれらを主体とする合金からなる群から選択された1種であり、
前記第2の導体層を構成している金属が、Mg、Al及びTi並びにこれらを主体とする合金からなる群から選択した1種の金属である、請求項2〜6のいずれか1項に記載の弾性境界波装置。
【請求項8】
前記IDTと同じ電極材料で構成されており、かつ前記第1,第2の媒質間に配置されている反射器をさらに備える、請求項1〜7のいずれか1項に記載の弾性境界波装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2008−235950(P2008−235950A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−154250(P2005−154250)
【出願日】平成17年5月26日(2005.5.26)
【出願人】(000006231)株式会社村田製作所 (3,635)
【Fターム(参考)】