弾性波共振子及びラダー型フィルタ
【課題】使用帯域においてIDT電極に過大な応力をかけるスプリアスの発生しない弾性波共振子を提供する。
【解決手段】弾性波共振子1は、圧電基板上にIDT電極2と、弾性波の伝播方向の両側に配置されたグレーティング反射器3a、3bと、を備え、各グレーティング反射器3a、3bのストップバンドの範囲内で使用され、当該弾性波共振子1が使用される帯域の上端周波数fHが下記数式1の条件を満たす。
【数1】
但し、vは圧電基板を伝播する弾性波の平均速度、λ0はIDT電極の電極指の周期長、NはIDT電極の電極指の本数、L1、L2はIDT電極と夫々の反射器との電極間距離、fHは弾性波共振子が使用される帯域の上端周波数、nは予め決めた2以上の自然数である。
【解決手段】弾性波共振子1は、圧電基板上にIDT電極2と、弾性波の伝播方向の両側に配置されたグレーティング反射器3a、3bと、を備え、各グレーティング反射器3a、3bのストップバンドの範囲内で使用され、当該弾性波共振子1が使用される帯域の上端周波数fHが下記数式1の条件を満たす。
【数1】
但し、vは圧電基板を伝播する弾性波の平均速度、λ0はIDT電極の電極指の周期長、NはIDT電極の電極指の本数、L1、L2はIDT電極と夫々の反射器との電極間距離、fHは弾性波共振子が使用される帯域の上端周波数、nは予め決めた2以上の自然数である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弾性波共振子及び当該弾性波共振子を備えたラダー型フィルタに係わり、特に弾性波共振子の使用寿命を延ばす技術に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯電話等の移動体端末に実装され、高周波信号の弁別を行う弾性波フィルタには、例えば図11に示すように複数の共振子を直列腕101及び並列腕102として定K形に接続した構成のラダー型フィルタ100を採用しているものがある。ラダー型フィルタ100の直列腕101や並列腕102には、小型化が容易でありフォトリソグラフィ技術により複数の共振子を同時に形成可能なSAW(Surface Acoustic Wave;弾性表面波)共振子等の弾性波共振子が用いられることが多い。
【0003】
SAW共振子10は、例えば図12に示すように、互いに対向するように設けられ、周波数信号が入出力されるバスバー21、22に多数の電極指231、232を交差指状に接続したIDT電極2と、このIDT電極2に対してSAWの伝播方向の両側に設けられたグレーティング反射器(以下、反射器という)3a、3bと、を備えている。これらIDT電極2や反射器3a、3bは例えばLiTaO3やLiNbO3、水晶等の図示しない圧電基板上に、例えばアルミニウム等の金属膜をパターニングすることにより形成される。なお図11においては、例えば図12に示すSAW共振子10からなる直列腕101、並列腕102を簡略化して表現してある。
【0004】
このSAW共振子10において、例えば一方側のバスバー21に周波数信号が入力されると、この周波数信号は電極指231にて電気-機械変換されSAWとなって圧電基板を図12の左右方向に伝播し、対向するバスバー22に接続された電極指232に到達すると、当該バスバー22にてSAWが機械-電気変換され、周波数信号として取り出される。
【0005】
SAW共振子10は、図13(a)に模式的に示すように、周波数信号に対してアドミタンスが極大となる共振周波数「fr」と、アドミタンスが極小となる反共振周波数「fa」とを有する周波数特性を示し、直列腕101の共振周波数「frs」と、並列腕102の反共振周波数「fap」とをほぼ一致させることにより、図13(b)に模式的に示すように並列腕102の共振周波数「frp」、直列腕101の反共振周波数「fas」の各々に対応する減衰極の間に通過域が形成された帯域フィルタを構成することができる。ここで各SAW共振子10共振周波数や反共振周波数は、例えばバスバー22に接続されている電極指232同士の間隔(電極指231同士の間隔でもある)「λ0」(以下、周期長という)を変化させることにより調節できる。
【0006】
ところがラダー型フィルタ100の中には、例えば図14の挿入損失の特性図に「▽1〜▽3」で示したように、通過域内にリップル(通過域において減衰量が極大となるところ)が発生し、SAW共振子10の周波数特性を悪化させる場合がある。こうしたリップルの発生は、例えば図15のアドミタンス特性図に示したように、共振周波数「frs」である主共振に加え、周波数「fspr1、fspr2、fspr3、…」といった無数の周波数にてスプリアス(副共振)が励振されていることに起因している。
【0007】
これらのスプリアスは、上述のようにリップルを発生させてラダー型フィルタ100の挿入損失を悪化させるばかりではなく、ラダー型フィルタ100の耐電力性能を低下させる要因ともなっている。例えば移動体端末のフロントエンド部にて送信信号と受信信号とを分離するデュプレクサの送信側フィルタ等として設けられるラダー型フィルタ100には、例えば1Wもの大きな電力を有する信号が入力されることがある。このとき、SAW共振子10にスプリアスが励振されると、スプリアスはIDT電極2に加わる応力を増大させ、特にラダー型フィルタ100の直列腕101においてIDT電極2の破壊を招く一因となる。
【0008】
そこでラダー型フィルタ100の周波数特性にリップルが現れた場合には、例えば挿入損失のスペックを外れる大きなリップルの現れる周波数を避けてラダー型フィルタ100の通過帯域(既述の「通過域」と区別するため、以下、ラダー型フィルタ100の通過域の仕様値をこのように表現する)の上端周波数「fH」を設定する等の対策が採られている。しかしながらこのような対応では十分に広い通過帯域幅を設定できないといった問題があるばかりでなく、例えばフォトリソグラフィの際にIDT電極2の電極指231、232の位置や線幅が少しずれただけでリップルが通過帯域内に入ってしまうおそれもある。
【0009】
特許文献1には、IDT電極の電極指数や電極指の交差重み付けを調節して、IDT電極のコンダクタンス特性における減衰極の位置(周波数)と、スプリアスの発生する周波数とを一致させることによりスプリアスの大きさを抑制する技術が記載されている。しかしながら当該技術の目的はスプリアスを小さくすることに留まっており、依然として通過帯域内にはスプリアスが存在しているため、使用寿命の低下の問題を解決することはできない。
【0010】
【特許文献1】特開昭62−284509号公報:60頁下段右列第3行目〜第19行目
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明はこのような事情に基づいて行われたものであり、その目的は、使用帯域においてIDT電極に過大な応力をかけるスプリアスの発生しない弾性波共振子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係わる弾性波共振子は、IDT電極と、このIDT電極に対して弾性波の伝播方向の両側に配置されたグレーティング反射器と、を圧電基板上に備えた弾性波共振子において、
前記各グレーティング反射器のストップバンドの範囲内で使用されることと、
当該弾性波共振子が使用される帯域の上端周波数が下記数式1の条件を満たすことと、を備えたことを特徴とする。
【0013】
【数1】
但し、vは圧電基板を伝播する弾性波の平均速度、λ0はIDT電極の電極指の周期長、NはIDT電極の電極指の本数、L1、L2はIDT電極と夫々の反射器との電極間距離、fHは弾性波共振子が使用される帯域の上端周波数、nは予め決めた2以上の自然数であり、例えば当該nは3であることが好ましい。
【0014】
このとき、本発明に係わるラダー型フィルタは、前述の数式1を満たす弾性波共振子を直列腕として備えることと、
通過帯域が前記各グレーティング反射器のストップバンドの範囲内にあることと、
前記数式1のfHが前記通過帯域の上端周波数であることと、を備えたことを特徴とする。
【0015】
また、他の発明に係わる弾性波共振子は、IDT電極と、このIDT電極に対して弾性波の伝播方向の両側に配置されたグレーティング反射器と、を圧電基板上に備えた弾性波共振子において、
前記各グレーティング反射器のストップバンドの範囲外で使用されることと、
当該弾性波共振子が使用される帯域の上端周波数が下記数式2の条件を満たすことと、を備えたことを特徴とする。
【0016】
【数2】
但し、vは圧電基板を伝播する弾性波の平均速度、λ0はIDT電極の電極指の周期長、λ0’はグレーティング反射器の電極指の周期長、NはIDT電極の電極指の本数、M1、M2は各グレーティング反射器の電極指の本数、L1、L2はIDT電極と夫々の反射器との電極間距離、fHは弾性波共振子が使用される帯域の上端周波数、mは2以上の予め決めた自然数であり、例えば当該mは3であることが好ましい。
【0017】
このとき、本発明に係わるラダー型フィルタは、前述の数式2を満たす弾性波共振子を直列腕として備えることと、
通過帯域が前記各グレーティング反射器のストップバンドの範囲外にあることと、
前記数式2のfHが前記通過帯域の上端周波数であることと、を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、数式1、数式2を満たす構成を備えた弾性波共振子には、当該弾性波共振子が使用される帯域において、前述の式中の予め決めた2以上の自然数「n」または「m」よりも1少ない次数以下のスプリアスが存在しない。この結果、これらのスプリアスが発生する場合と比較してIDT電極に加わる応力が小さくなるため、例えばラダー型フィルタ等、本発明に係わる弾性波共振子を備えたデバイスの使用寿命を延ばすことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本実施の形態に係わるSAW共振子の具体的な構成を説明する前に、当該SAW共振子において所定の次数のスプリアスが発生しなくなる原理について説明する。図1は主共振の近傍にスプリアスが発生する従来型のSAW共振子10のアドミタンス特性をシミュレーションした結果を示しており、横軸は周波数、縦軸はアドミタンスをデシベル表示(1[S]を基準値とする)した結果を示している。当該シミュレーションにおいては、図12に示したものと同様の構成を備えたIDT電極2のモデルを作成し、当該モデルSAW共振子10の設計条件を以下のように設定した。
圧電基板:LiTaO3(SAWの伝播速度v;4,120[m/s])
IDT電極2の周期長
:λ0=4.63[μm]
電極指231、232の総本数
:N=160[本]
IDT電極2と反射器3a、3bとの電極間距離
:L1=L2=L=336.4[μm]
【0020】
発明者は、上述のSAW共振子10モデルに基づいて得られた図1に記載のアドミタンス特性に対し詳細な検討を行ったところ、当該アドミタンス特性はSAW共振子10の構造に基づく各種の寄与成分の和として、以下に示す(1)式にて表せることが分かった。
【0021】
【数3】
(1)式において、YはSAW共振子10のアドミタンスを示し、Y0はIDT電極2の強制励振に基づく寄与(以下、強制励振項という)、Y1は反射器3a、3bの間に働くSAWの音響的な寄与(以下、定常項という)、Y2は対向する電極指231、232間の静電容量に基づく電気的な寄与(以下、静電容量項という)を示している。図1には定常項「Y1」のシミュレーション結果を破線で示し、強制励振項と静電容量との和「Y0+Y2」のシミュレーション結果を一点鎖線で示してある。
【0022】
図1に一点鎖線で示した「Y0+Y2」について見てみると、これら強制励振項、静電容量項は、主共振及び反共振を励振する寄与成分であることが分かるが、各スプリアスに相当する極大値は見られず、スプリアスを励振する寄与成分ではない。これに対して破線で示した定常項「Y1」には各スプリアスに相当する位置に極大値が観察されるので、定常項、即ち反射器3a、3bの間に働くSAWの音響的な寄与がスプリアス発生の要因となっていることが分かる。
【0023】
そこでスプリアスの発生する周波数領域におけるSAW共振子10モデルのアドミタンス「Y」及び定常項「Y1」の周波数特性を図2に拡大図示し、これらの関係について詳細に検討を行う。図2によれば、主共振の発生する位置より周波数を下げていくと、定常項「Y1」においては当該主共振と同じ位置に極大値が現れ、次いで極小値が現れて、以下極大値と極小値とが交互に現れている。既述のように、これら定常項「Y1」の極大値の発生する周波数はアドミタンス「Y」のスプリアスの発生する周波数と一致しているので、これらの極大値が現れない条件を求めることができれば、対応するスプリアスを消滅させることができると考えられる。
【0024】
定常項「Y1」は反射器3a、3bの間におけるSAWの音響的な寄与成分であることは既に述べたが、今、SAW共振子10の組み込まれるラダー型フィルタ100の通過帯域が反射器3a、3bのストップバンドの範囲内にある場合、即ち、SAW共振子10にて励振されたSAWが反射器3a、3bの内端部にて全反射されるものとみなせる場合には、以下の(2)式を満たす条件にて反射器3a、3bの間にSAWの定在波が形成されることが分かっている。
【0025】
【数4】
但し、nは定在波の周期数(自然数)、vは圧電基板におけるSAWの平均伝播速度[m/s]、λ0はIDT電極2の周期長[×10−6m]、Nは電極指231、232の総本数、LはIDT電極2と夫々の反射器3a、3bとの電極間距離[×10−6m]、fはSAW共振子10に入力される信号の周波数[×106Hz]である。
【0026】
上記(2)式に基づいて、定在波の周期数が「n=1、2、3」となる周波数を計算し、その結果を図2の周波数特性図上にプロットした。図2に示した定在波の周期数のプロット(「■」で示してある)と、定常項「Y1」の周波数特性とを比較すると、反射器3a、3bの間に周期数nの定在波が形成される周波数は、定常項「Y1」に極小値が現れる周波数とほぼ一致している。そこで反射器3a、3b間に周期数nの定在波が発生する周波数を「fspn(nは自然数)」と定義すると、n番目のスプリアス(以下、n次のスプリアスという)の発生する周波数「fsprn(nは自然数)」、即ち定常項「Y1」にn番目の極大値が現れる周波数は「fspn」と「fspn+1」との間に存在しているといえる。
【0027】
そこで図2にプロットした関係に基づき、(2)式をfについて解いた以下の(3)式に、SAW共振子10の設計条件及び自然数「n=1、2、3、…」を代入すると、当該SAW共振子10の定常項「Y1」に極小値が現れる周波数「fspn」を予め知ることができる。
【0028】
【数5】
また既述のようにスプリアスを発生する周波数「fsprn」は周波数「fspn」と「fspn+1」との間に存在するのであるから、当該SAW共振子10を組み込んだラダー型フィルタ100の通過帯域の上端周波数「fH」よりも周波数「fspn」が低い場合に、周波数帯域内にn次のスプリアスが発生することもわかる。
【0029】
このようにSAW共振子10の周波数特性において、(ア)n次のスプリアスは定常項「Y1」のn番目の極小値と(n+1)番目の極小値との間に発生し、(イ)極小値の発生する周波数「fspn」は(3)式により予測できるという特性を利用すると、既述の周期長λ0、電極指231、232の本数N、IDT電極2と反射器3a、3bとの電極間距離Lを設計変数として下記(4)式を満足させることができれば、ラダー型フィルタ100の通過帯域内に(n−1)次以下のスプリアスが存在しないSAW共振子を設計することができる。
【0030】
【数6】
即ち(4)式の左辺は、定常項「Y1」のn番目の極小値が現れる周波数「fspn」に等しく、当該周波数が通過帯域の上端周波数「fH」よりも大きいということは、周波数「fspn」よりも高周波数側に存在する(n−1)次のスプリアスもラダー型フィルタ100の通過帯域内には存在しないことになる。本発明はこのような考えに基づいてなされている。以下、本実施の形態に係わるSAW共振子1の具体的な構成について説明する。
【0031】
図3(a)は本実施の形態に係わるSAW共振子1の構成を示した平面図であり、図12に示した従来型のSAW共振子10と同様の構成には、図12にて用いたものと同じ符号を付してある。当該SAW共振子1は、既述のSAW共振子10と同様に不図示の圧電基板上にIDT電極2を設け、当該IDT電極2に対してSAWの伝播方向の両側に反射器3a、3bを配置した構成となっている。
【0032】
IDT電極2は合計N本の電極指231、232を備え、電極指231、232の周期長はλ0である。また、反射器3a、3bは夫々M本の電極指301を備えており、これらの電極指301は「1/2λ0’」のピッチで配置されている。ここで「λ0’」は反射器3a、3bの反射係数に関する周波数特性において、M本の電極指301によってほぼ100%の反射係数が得られる周波数領域(ストップバンドという)の中心周波数「f0」に対応する波長であり、以下の(5)式で定義される。
【0033】
【数7】
【0034】
ストップバンド内の周波数「fs」は、中心周波数「f0」との関係で(6)式によって表すことができる。図1、図2にて検討したように、当該SAW共振子1の組み込まれるラダー型フィルタ100の通過帯域がストップバンドの範囲内となるように反射器3a、3bを設計する場合には、この(6)式に基づき、以下の(7)式を満足するように「λ0’」が決定される。
【0035】
【数8】
【数9】
但し、rは1本の電極指301の反射係数、fLはラダー型フィルタ100の通過帯域の下端周波数である。
【0036】
以上の構成を備えたSAW共振子1は、既述の(4)式を満足するように各種設計変数が選択されている。既述のように、SAW共振子10の周波数特性には無数のスプリアスが発生するが、ラダー型フィルタ100の挿入損失やIDT電極2の破壊の観点からは例えば2次までのスプリアスが問題となる。そこで、本実施の形態においてはラダー型フィルタ100の通過帯域内に、これら1次、2次のスプリアスを発生させないようにするため、「n=3」の条件にて(4)式を満足するように各種設計変数「λ0、N、L」が設定されている。
【0037】
SAW共振子1を設計するにあたってのイメージを捉え易くするため具体例を挙げて説明する。今、以下の条件にて設計された、図1、図2に示す周波数特性を有する従来型のSAW共振子10があり、これをラダー型フィルタ100の直列腕101として用いるものとする。
圧電基板:LiTaO3(SAWの伝播速度v;4,120[m/s])
IDT電極2の周期長
:λ0=4.63[μm](4.63×10−6[m])
電極指231、232の総本数
:N=160[本]
IDT電極2と反射器3a、3bとの電極間距離
:L1=L2=L=336.4[μm](336.4×10−6[m])
ラダー型フィルタ100の通過帯域の上端の周波数
:fH=884[MHz]
【0038】
上記のSAW共振子10には、例えば図2に示すようにおよそ「fsp3=878MHz」の位置に定常項「Y1」の極小値が存在し、当該周波数「fsp3」と主共振までの間に2つのスプリアスが発生している。この場合には、「n=3」の条件にて(4)式を満足するように各種設計変数「λ0、N、L」の値を再設計する必要がある。ここで周期長λ0はSAW共振子の主共振の周波数を決定する設計変数であり、変更することができない場合もあるので例えば電極間距離をLからL’に変更する場合について検討する。
【0039】
既述のように(4)式の左辺第1項は主共振の発生する周波数に相当し、第2項の各設計変数は正の値をとるので、左辺全体は主共振の発生している周波数よりも低い周波数となる。そこで設計変更後のSAW共振子1において、定常項「Y1」の3番目の極小値が発生する新たな周波数を「fsp3’=885MHz」として、「fH=884MHz」の場合において(4)式が成り立つ電極間距離L’を求めてみる。「n=3」の条件のもと(3)式をLについて整理すると、以下の(8)式が得られる。
【0040】
【数10】
上記(8)式に設計変更前の「fsp3=878×106Hz」、変更後の「fsp3’=885×106Hz」を夫々代入して双方の計算結果の比を求めると、「(L’/L)=3.2」となった。即ち、電極間距離を「L’=1076mm」まで長くすることにより、ラダー型フィルタ100の通過帯域(上端周波数「fH=884MHz」)に、設計変更前のSAW共振子10にて存在していた2次までのスプリアスが現れないSAW共振子1を得ることができる。
【0041】
ここで以上の設計変更の内容は、SAW共振子1の設計作業をイメージし易くするために例示したものであり、実際には電極間距離Lのみを変数として(4)式を満たすSAW共振子1の設計を行うわけではない。例えば電極指231、232の本数Nを変化させてもよいし、LとNとの2変数を変化させてもよい。また、主共振の周波数を変更可能な場合には周期長λ0や通過帯域の上端周波数fHの変更と組み合わせ、ラダー型フィルタ100のフィルタ特性等を確認したりしながら試行錯誤的に設計を行うとよい。また、実際のSAW共振子10の設計条件は本例に限定されるものではないことは勿論である。
【0042】
なお図3(a)の平面図には、周期長n=3の定在波を併せて表示してある。これは、SAW共振子1内において定在波の形成される領域を把握し易くするために表示したものであり、既述のように(4)式を満たすSAW共振子1には、ラダー型フィルタ100の通過帯域内においてかかる定在波は発生しないので注記しておく。また後述の図3(b)、図4(a)、図4(b)の各図に示した定在波についても同様である。
【0043】
本実施の形態に係わるSAW共振子1によれば以下の効果がある。SAW共振子1は(4)式を満たしているので、当該SAW共振子1を直列腕101として備えたラダー型フィルタ100の通過帯域において、(4)式中の予め決めた2以上の自然数n、例えば「n=3」よりも1少ない次数のスプリアスが発生しなくなる。この結果、スプリアスが発生する場合と比較してIDT電極に加わる応力が小さくなるため、ラダー型フィルタ100の使用寿命を延ばすことが可能となる。
【0044】
また背景技術にて述べたように、従来型のSAW共振子10を用いたラダー型フィルタ100においては大きなスプリアスの発生する周波数を避けて通過帯域を設定していたところ、本発明に係わるSAW共振子1においては(4)式を満足するように左辺の設計変数、例えば電極間距離Lや電極指231、232の本数Nの値等を適宜選択して(4)式の左辺を「v/λ0」に近付けることにより、通過帯域の上端周波数「fH」の制約が緩和され、従来よりも広い通過帯域を設定できる場合もある。但し、例えば(8)式の分母に「v−λ0f」の項が含まれていることからも分かるように、(4)式の左辺を「v/λ0」に近付けるほど、LやNの値は急激に増大してSAW共振子1は大型化してしまうので、上端周波数の制約緩和は、SAW共振子1の配置スペース上可能な範囲で行う必要がある。
【0045】
ここで電極間距離は「L1=L2=L」の場合に限定されるものではなく、例えば図3(b)に示すように「L1≠L2」であってもよい。この場合には(4)式をより一般化した以下の(4)’式を満たすSAW共振子1を設計することにより通過帯域内に(n−1)次のスプリアスが現れないようにできる。
【0046】
【数11】
【0047】
次に第2の実施の形態にかかるSAW共振子1aについて説明する。第2の実施の形態に係わるSAW共振子1aは、例えば下記の(9)式に示すように、ラダー型フィルタ100の通過帯域が各反射器3a、3bのストップバンド外にある点が第1の実施の形態と異なっている。
【0048】
【数12】
ラダー型フィルタ100の通過帯域がこれらのストップバンドの範囲外にあるSAW共振子1aの一例としては、IDT電極2の周期長λ0と反射器3a、3bの周期長λ0’とが等しいSAW共振子1aが挙げられる。即ち、SAWはIDT電極2を透過できるように設計されているので、この場合にはSAWは反射器3a、3bも透過することができるからである。また、式中のnには半整数も含まれる。
【0049】
このようなSAW共振子1aにおいては、例えば図4(a)に示すように反射器3a、3bの内部にもSAWが侵入して定在波を形成するため、定在波の形成される領域を示す(4)式の左辺第2項の分母に反射器3a、3bの幅を含むように当該式を書き替える必要がある。そこで、例えば、反射器3a、3bの電極指301の周期長「λ0’」、電極指301の本数「M1=M2=M」、電極間距離「L1=L2=L」とすると、下記の(10)式を満足する場合に(m−1)次以下のスプリアスが存在しないSAW共振子1aとなる。
【0050】
【数13】
【0051】
更に、電極指301の本数「M1=M2=M」、電極間距離「L1=L2=L」といった条件に限定されず、図4(b)に示すように電極指301の本数「M1≠M2」、電極間距離「L1≠L2」である場合には、(10)式を修正した以下の(10)’式の条件を満たす場合に(m−1)次以下のスプリアスが存在しないSAW共振子1aとなる。
【0052】
【数14】
【0053】
なお、本発明を適用可能な弾性波共振子は、既述の第1、第2の実施の形態に係わるSAW共振子1、1aのように弾性表面波を利用した弾性波共振子に限定されるものではない。例えば弾性境界波を利用した共振子に適用可能なことは勿論である。またラダー型フィルタ100において、複数の直列腕101の少なくとも1つに本実施の形態に係わるSAW共振子1、1aを採用すれば、例えば当該ラダー型フィルタ100の挿入損失を低減する効果を発揮することができる。
【0054】
この他、本発明に係わる弾性波共振子の用途はラダー型フィルタ100の直列腕101に限定されるものではない。例えばラダー型フィルタ100の並列腕102として用いてもよいし、ラチス型フィルタに用いてもよい。また、発振器や遅延素子として用いてもよく、これらの場合には(4)式等の「fH」を発振器や遅延素子の使用帯域の上端周波数と読み替えて適用するとよい。
【実施例】
【0055】
(シミュレーション1)
図12に示す従来型のSAW共振子10において、SAW共振子10に入力する信号の周波数を変化させ、IDT電極2に加わる応力分布の変化をシミュレーションした。
SAW共振子10の構成は以下の通りである。また、当該SAW共振子10のアドミタンス特性図を図5に示した。
圧電基板:LiTaO3(SAWの伝播速度v;4,210[m/s])
(図5に示したシミュレーション結果とは、LiTaO3のカット方向が異なるため、SAWの伝播速度も異なっている。後述の(シミュレーション2)についても同様である。)
IDT電極2の周期長
:λ0=4.30[μm]
電極指231、232の総本数
:N=160[本]
IDT電極2と反射器3a、3bとの電極間距離
:L1=L2=L=1.075[μm]
【0056】
(実施例1−1)
図5のA点に対応したスプリアスの発生しない周波数信号を入力し、IDT電極2にかかる応力をシミュレーションした。
入力電力:30[dBm]
(実施例1−2)
図5のB点に対応したスプリアスの発生しない周波数信号を入力し、IDT電極2にかかる応力をシミュレーションした。入力電力は(実施例1−1)と同様とした。
(比較例1−1)
図5のC点に対応したスプリアスの発生する周波数信号を入力し、IDT電極2にかかる応力をシミュレーションした。入力電力は(実施例1−1)と同様とした。
【0057】
(実施例1−1、1−2)の結果を図6(a)、図6(b)に示し、(比較例1−1)の結果を図6(c)に示す。図6(a)〜図6(c)の各図の横軸は、IDT電極2及び反射器3a、3b上の位置を周期長「λ0」に対する相対長さ「x/λ0」を示し、縦軸はその位置においてIDT電極2、反射器3a、3bに加わる応力[GPa]を示している。ここで相対長さ「x/λ0」は、図12にてSAW共振子10の下方に示した横軸上の原点(「x/λ0=0」)からの距離を示しており、IDT電極2の左端を原点と定めている。
【0058】
図6(a)に示した(実施例1−1)の結果によれば、スプリアスの発生しないA点に対応する周波数信号を入力すると、IDT電極2の中央をピークとする応力分布が現れ、その最大値はおよそ「0.1GPa」であった。また図6(b)に示した(実施例1−2)の結果によれば、スプリアスの発生しないB点に対応する周波数信号に対し、2つのピークを有する応力分布が表れ、夫々のピークの最大値はおよそ「0.15GPa」であった。
【0059】
これらの結果に対し、スプリアス上のC点に対応する周波数信号を入力すると、3つのピークを有する応力分布が表れ、その最大値は「0.3GPa」であり、スプリアスの発生しない周波数における最大値と比較しても、2倍〜3倍もの応力が加わることになる。以上のことから背景技術においても検討したように、ラダー型フィルタ100の通過帯域内にスプリアスが存在していると、当該スプリアスを生じる周波数信号が入力された際には、IDT電極2には通常の場合よりも過大な応力が加わることが確認された。
【0060】
(実験1)
図7に示す周波数特性を備えたラダー型フィルタ100に周波数を変化させて信号を入力し、IDT電極2の破壊に至るまでの使用寿命を計測した。使用寿命は、通常の使用温度25℃に対して実験温度を85℃とすることにより、劣化速度が通常の約64倍となる環境のもとでの加速試験により計測した。
(実施例2−1)
スプリアスを発生しない周波数信号(図7のD点)を入力して使用寿命を計測した。
入力電力:32.0、32.5、33.0[dBm]
(比較例2−1)
スプリアスを発生する周波数信号(図7のE点)を入力して使用寿命を計測した。入力電力は(実施例2−1)と同様とした。
【0061】
(実施例2−1)、(比較例2−1)の結果を図8に示す。図8の横軸はラダー型フィルタ100への入力電力[dBm]を示し、縦軸はIDT電極2への周波数信号の入力を開始してから破壊に至るまでの破壊時間[H]を対数表示にて示している。(実施例2−1)の結果を三角形「△」でプロットし、(比較例2−1)の結果をひし形「◇」でプロットしてある。
(実施例2−1)の結果によれば、図8の片対数プロットにおいて、破壊時間は入力電力に対して負の傾きを持った比例直線を描き、ラダー型フィルタ100に入力される電力が小さいほどIDT電極2の破壊に至るまでの時間が長くなっている。
【0062】
これに対して(比較例2−1)の実験結果では、いずれの入力電力においても破壊時間は0.02[H](約1.2[min])程度で一定であり、入力電力を変化させても破壊時間は変化しなかった。このことから、通常の値まで入力電力を低下させても破壊時間は変化せず、使用寿命が極端に短くなってしまうことが予想され、スプリアスの発生はラダー型フィルタ100の使用寿命を大幅に短縮してしまうことが確認できた。
【0063】
(シミュレーション2)
(4)式の条件を満たす構成を備えた実施の形態に係わるSAW共振子1を直列腕101として備えたラダー型フィルタ100及び、当該条件を満たさない構成のSAW共振子10を直列腕101としてラダー型フィルタ100のモデルを作成し、各ラダー型フィルタ100の減衰量の周波数特性をシミュレーションした。なお、各ラダー型フィルタ100の通過帯域は反射器3a、3bのストップバンドの範囲内となるように設定した。
(実施例3−1)
圧電基板:LiTaO3(SAWの伝播速度v;4,213[m/s])
IDT電極2の周期長
:λ0=4.74[μm]
電極指231、232の総本数
:N=94[本]
IDT電極2と反射器3a、3bとの電極間距離
:L1=L2=L=1.327[μm]
通過帯域
上端周波数:fH=831[MHz]
下端周波数:fL=823[MHz]
上記条件にてfsp3=832.8[MHz]>fHとなり(4)式を満たす。
(比較例3−1)
圧電基板:LiTaO3(SAWの伝播速度v;4,213[m/s])
IDT電極2の周期長
:λ0=4.745[μm]
電極指231、232の総本数
:N=84[本]
IDT電極2と反射器3a、3bとの電極間距離
:L1=L2=L=1.186μm
通過帯域
上端周波数:fH=831MHz
下端周波数:fL=823MHz
上記条件にてfsp3=825.2[MHz]<fHとなり(4)式を満たさない。
【0064】
(実施例3−1)のシミュレーション結果を図9(a)、図9(b)に示し、(比較例3−1)のシミュレーション結果を図10(a)、図10(b)に示す。各図の横軸は入力信号の周波数[MHz]を示し、縦軸はラダー型フィルタ100の減衰量を示している。図9(b)及び図10(b)は夫々図9(a)、図10(a)において破線で囲った領域についての拡大図である。
【0065】
図9(a)と図10(a)とを比較すると、(実施例3−1)、(比較例3−1)は互いによく似た周波数特性を示しているようにも見える。しかしながら図9(b)の拡大図によれば(実施例3−1)においてはラダー型フィルタ100の通過帯域においては、減衰量(挿入損失)の極大値は観察されず、リップルが発生していない。これに対して図10(b)の拡大図を見てみると、(比較例3−1)では通過帯域内にリップルが形成されており、この位置にてスプリアスが発生していることがわかる。スプリアスの影響を避けるためには通過帯域の幅を狭くしたり、通過帯域全体を高周波数側へ移動させたりする必要が生じ、例えば必要な周波数領域に通過帯域を設定することができないといった問題を生じる場合が多い。
【0066】
以上のことから(4)式を満たす構成を備えた実施の形態に係わるSAW共振子1は、IDT電極2に過大な応力が加わらずまた、通過帯域の設定についての自由度が高い高性能の弾性波共振子であるといえる。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】従来型のSAW共振子のアドミタンス特性図である。
【図2】前記SAW共振子の第2のアドミタンス特性図である。
【図3】本実施の形態に係るSAW共振子の平面図である。
【図4】第2の実施の形態に係るSAW共振子の平面図である。
【図5】従来型のSAW共振子に係る第2のアドミタンス特性図である。
【図6】スプリアスの発生の有無に応じてIDT電極に加わる応力分布を示す特性図である。
【図7】従来型のSAW共振子を備えたラダー型フィルタの減衰量を示す周波数特性図である。
【図8】スプリアスの発生の有無に応じたIDT電極の破壊時間を示す特性図である。
【図9】実施例に係るSAW共振子を備えたラダー型フィルタの減衰量を示す周波数特性図である。
【図10】比較例に係るSAW共振子を備えたラダー型フィルタの減衰量を示す周波数特性図である。
【図11】SAW共振子を備えたラダー型フィルタの概略構成図である。
【図12】SAW共振子の構成を示す平面図である。
【図13】SAW共振子のアドミタンス特性と、ラダー型フィルタの減衰量との関係を示す特性図である。
【図14】従来型のSAW共振子を備えたラダー型フィルタの減衰量に係る周波数特性図である。
【図15】従来型のSAW共振子に係る第3のアドミタンス特性図である。
【符号の説明】
【0068】
1、1a SAW共振子
2 IDT電極
3a、3b 反射器
10 SAW共振子
21、22 バスバー
100 ラダー型フィルタ
101 直列腕
102 並列腕
231、232
電極指
301 電極指
【技術分野】
【0001】
本発明は、弾性波共振子及び当該弾性波共振子を備えたラダー型フィルタに係わり、特に弾性波共振子の使用寿命を延ばす技術に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯電話等の移動体端末に実装され、高周波信号の弁別を行う弾性波フィルタには、例えば図11に示すように複数の共振子を直列腕101及び並列腕102として定K形に接続した構成のラダー型フィルタ100を採用しているものがある。ラダー型フィルタ100の直列腕101や並列腕102には、小型化が容易でありフォトリソグラフィ技術により複数の共振子を同時に形成可能なSAW(Surface Acoustic Wave;弾性表面波)共振子等の弾性波共振子が用いられることが多い。
【0003】
SAW共振子10は、例えば図12に示すように、互いに対向するように設けられ、周波数信号が入出力されるバスバー21、22に多数の電極指231、232を交差指状に接続したIDT電極2と、このIDT電極2に対してSAWの伝播方向の両側に設けられたグレーティング反射器(以下、反射器という)3a、3bと、を備えている。これらIDT電極2や反射器3a、3bは例えばLiTaO3やLiNbO3、水晶等の図示しない圧電基板上に、例えばアルミニウム等の金属膜をパターニングすることにより形成される。なお図11においては、例えば図12に示すSAW共振子10からなる直列腕101、並列腕102を簡略化して表現してある。
【0004】
このSAW共振子10において、例えば一方側のバスバー21に周波数信号が入力されると、この周波数信号は電極指231にて電気-機械変換されSAWとなって圧電基板を図12の左右方向に伝播し、対向するバスバー22に接続された電極指232に到達すると、当該バスバー22にてSAWが機械-電気変換され、周波数信号として取り出される。
【0005】
SAW共振子10は、図13(a)に模式的に示すように、周波数信号に対してアドミタンスが極大となる共振周波数「fr」と、アドミタンスが極小となる反共振周波数「fa」とを有する周波数特性を示し、直列腕101の共振周波数「frs」と、並列腕102の反共振周波数「fap」とをほぼ一致させることにより、図13(b)に模式的に示すように並列腕102の共振周波数「frp」、直列腕101の反共振周波数「fas」の各々に対応する減衰極の間に通過域が形成された帯域フィルタを構成することができる。ここで各SAW共振子10共振周波数や反共振周波数は、例えばバスバー22に接続されている電極指232同士の間隔(電極指231同士の間隔でもある)「λ0」(以下、周期長という)を変化させることにより調節できる。
【0006】
ところがラダー型フィルタ100の中には、例えば図14の挿入損失の特性図に「▽1〜▽3」で示したように、通過域内にリップル(通過域において減衰量が極大となるところ)が発生し、SAW共振子10の周波数特性を悪化させる場合がある。こうしたリップルの発生は、例えば図15のアドミタンス特性図に示したように、共振周波数「frs」である主共振に加え、周波数「fspr1、fspr2、fspr3、…」といった無数の周波数にてスプリアス(副共振)が励振されていることに起因している。
【0007】
これらのスプリアスは、上述のようにリップルを発生させてラダー型フィルタ100の挿入損失を悪化させるばかりではなく、ラダー型フィルタ100の耐電力性能を低下させる要因ともなっている。例えば移動体端末のフロントエンド部にて送信信号と受信信号とを分離するデュプレクサの送信側フィルタ等として設けられるラダー型フィルタ100には、例えば1Wもの大きな電力を有する信号が入力されることがある。このとき、SAW共振子10にスプリアスが励振されると、スプリアスはIDT電極2に加わる応力を増大させ、特にラダー型フィルタ100の直列腕101においてIDT電極2の破壊を招く一因となる。
【0008】
そこでラダー型フィルタ100の周波数特性にリップルが現れた場合には、例えば挿入損失のスペックを外れる大きなリップルの現れる周波数を避けてラダー型フィルタ100の通過帯域(既述の「通過域」と区別するため、以下、ラダー型フィルタ100の通過域の仕様値をこのように表現する)の上端周波数「fH」を設定する等の対策が採られている。しかしながらこのような対応では十分に広い通過帯域幅を設定できないといった問題があるばかりでなく、例えばフォトリソグラフィの際にIDT電極2の電極指231、232の位置や線幅が少しずれただけでリップルが通過帯域内に入ってしまうおそれもある。
【0009】
特許文献1には、IDT電極の電極指数や電極指の交差重み付けを調節して、IDT電極のコンダクタンス特性における減衰極の位置(周波数)と、スプリアスの発生する周波数とを一致させることによりスプリアスの大きさを抑制する技術が記載されている。しかしながら当該技術の目的はスプリアスを小さくすることに留まっており、依然として通過帯域内にはスプリアスが存在しているため、使用寿命の低下の問題を解決することはできない。
【0010】
【特許文献1】特開昭62−284509号公報:60頁下段右列第3行目〜第19行目
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明はこのような事情に基づいて行われたものであり、その目的は、使用帯域においてIDT電極に過大な応力をかけるスプリアスの発生しない弾性波共振子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係わる弾性波共振子は、IDT電極と、このIDT電極に対して弾性波の伝播方向の両側に配置されたグレーティング反射器と、を圧電基板上に備えた弾性波共振子において、
前記各グレーティング反射器のストップバンドの範囲内で使用されることと、
当該弾性波共振子が使用される帯域の上端周波数が下記数式1の条件を満たすことと、を備えたことを特徴とする。
【0013】
【数1】
但し、vは圧電基板を伝播する弾性波の平均速度、λ0はIDT電極の電極指の周期長、NはIDT電極の電極指の本数、L1、L2はIDT電極と夫々の反射器との電極間距離、fHは弾性波共振子が使用される帯域の上端周波数、nは予め決めた2以上の自然数であり、例えば当該nは3であることが好ましい。
【0014】
このとき、本発明に係わるラダー型フィルタは、前述の数式1を満たす弾性波共振子を直列腕として備えることと、
通過帯域が前記各グレーティング反射器のストップバンドの範囲内にあることと、
前記数式1のfHが前記通過帯域の上端周波数であることと、を備えたことを特徴とする。
【0015】
また、他の発明に係わる弾性波共振子は、IDT電極と、このIDT電極に対して弾性波の伝播方向の両側に配置されたグレーティング反射器と、を圧電基板上に備えた弾性波共振子において、
前記各グレーティング反射器のストップバンドの範囲外で使用されることと、
当該弾性波共振子が使用される帯域の上端周波数が下記数式2の条件を満たすことと、を備えたことを特徴とする。
【0016】
【数2】
但し、vは圧電基板を伝播する弾性波の平均速度、λ0はIDT電極の電極指の周期長、λ0’はグレーティング反射器の電極指の周期長、NはIDT電極の電極指の本数、M1、M2は各グレーティング反射器の電極指の本数、L1、L2はIDT電極と夫々の反射器との電極間距離、fHは弾性波共振子が使用される帯域の上端周波数、mは2以上の予め決めた自然数であり、例えば当該mは3であることが好ましい。
【0017】
このとき、本発明に係わるラダー型フィルタは、前述の数式2を満たす弾性波共振子を直列腕として備えることと、
通過帯域が前記各グレーティング反射器のストップバンドの範囲外にあることと、
前記数式2のfHが前記通過帯域の上端周波数であることと、を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、数式1、数式2を満たす構成を備えた弾性波共振子には、当該弾性波共振子が使用される帯域において、前述の式中の予め決めた2以上の自然数「n」または「m」よりも1少ない次数以下のスプリアスが存在しない。この結果、これらのスプリアスが発生する場合と比較してIDT電極に加わる応力が小さくなるため、例えばラダー型フィルタ等、本発明に係わる弾性波共振子を備えたデバイスの使用寿命を延ばすことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本実施の形態に係わるSAW共振子の具体的な構成を説明する前に、当該SAW共振子において所定の次数のスプリアスが発生しなくなる原理について説明する。図1は主共振の近傍にスプリアスが発生する従来型のSAW共振子10のアドミタンス特性をシミュレーションした結果を示しており、横軸は周波数、縦軸はアドミタンスをデシベル表示(1[S]を基準値とする)した結果を示している。当該シミュレーションにおいては、図12に示したものと同様の構成を備えたIDT電極2のモデルを作成し、当該モデルSAW共振子10の設計条件を以下のように設定した。
圧電基板:LiTaO3(SAWの伝播速度v;4,120[m/s])
IDT電極2の周期長
:λ0=4.63[μm]
電極指231、232の総本数
:N=160[本]
IDT電極2と反射器3a、3bとの電極間距離
:L1=L2=L=336.4[μm]
【0020】
発明者は、上述のSAW共振子10モデルに基づいて得られた図1に記載のアドミタンス特性に対し詳細な検討を行ったところ、当該アドミタンス特性はSAW共振子10の構造に基づく各種の寄与成分の和として、以下に示す(1)式にて表せることが分かった。
【0021】
【数3】
(1)式において、YはSAW共振子10のアドミタンスを示し、Y0はIDT電極2の強制励振に基づく寄与(以下、強制励振項という)、Y1は反射器3a、3bの間に働くSAWの音響的な寄与(以下、定常項という)、Y2は対向する電極指231、232間の静電容量に基づく電気的な寄与(以下、静電容量項という)を示している。図1には定常項「Y1」のシミュレーション結果を破線で示し、強制励振項と静電容量との和「Y0+Y2」のシミュレーション結果を一点鎖線で示してある。
【0022】
図1に一点鎖線で示した「Y0+Y2」について見てみると、これら強制励振項、静電容量項は、主共振及び反共振を励振する寄与成分であることが分かるが、各スプリアスに相当する極大値は見られず、スプリアスを励振する寄与成分ではない。これに対して破線で示した定常項「Y1」には各スプリアスに相当する位置に極大値が観察されるので、定常項、即ち反射器3a、3bの間に働くSAWの音響的な寄与がスプリアス発生の要因となっていることが分かる。
【0023】
そこでスプリアスの発生する周波数領域におけるSAW共振子10モデルのアドミタンス「Y」及び定常項「Y1」の周波数特性を図2に拡大図示し、これらの関係について詳細に検討を行う。図2によれば、主共振の発生する位置より周波数を下げていくと、定常項「Y1」においては当該主共振と同じ位置に極大値が現れ、次いで極小値が現れて、以下極大値と極小値とが交互に現れている。既述のように、これら定常項「Y1」の極大値の発生する周波数はアドミタンス「Y」のスプリアスの発生する周波数と一致しているので、これらの極大値が現れない条件を求めることができれば、対応するスプリアスを消滅させることができると考えられる。
【0024】
定常項「Y1」は反射器3a、3bの間におけるSAWの音響的な寄与成分であることは既に述べたが、今、SAW共振子10の組み込まれるラダー型フィルタ100の通過帯域が反射器3a、3bのストップバンドの範囲内にある場合、即ち、SAW共振子10にて励振されたSAWが反射器3a、3bの内端部にて全反射されるものとみなせる場合には、以下の(2)式を満たす条件にて反射器3a、3bの間にSAWの定在波が形成されることが分かっている。
【0025】
【数4】
但し、nは定在波の周期数(自然数)、vは圧電基板におけるSAWの平均伝播速度[m/s]、λ0はIDT電極2の周期長[×10−6m]、Nは電極指231、232の総本数、LはIDT電極2と夫々の反射器3a、3bとの電極間距離[×10−6m]、fはSAW共振子10に入力される信号の周波数[×106Hz]である。
【0026】
上記(2)式に基づいて、定在波の周期数が「n=1、2、3」となる周波数を計算し、その結果を図2の周波数特性図上にプロットした。図2に示した定在波の周期数のプロット(「■」で示してある)と、定常項「Y1」の周波数特性とを比較すると、反射器3a、3bの間に周期数nの定在波が形成される周波数は、定常項「Y1」に極小値が現れる周波数とほぼ一致している。そこで反射器3a、3b間に周期数nの定在波が発生する周波数を「fspn(nは自然数)」と定義すると、n番目のスプリアス(以下、n次のスプリアスという)の発生する周波数「fsprn(nは自然数)」、即ち定常項「Y1」にn番目の極大値が現れる周波数は「fspn」と「fspn+1」との間に存在しているといえる。
【0027】
そこで図2にプロットした関係に基づき、(2)式をfについて解いた以下の(3)式に、SAW共振子10の設計条件及び自然数「n=1、2、3、…」を代入すると、当該SAW共振子10の定常項「Y1」に極小値が現れる周波数「fspn」を予め知ることができる。
【0028】
【数5】
また既述のようにスプリアスを発生する周波数「fsprn」は周波数「fspn」と「fspn+1」との間に存在するのであるから、当該SAW共振子10を組み込んだラダー型フィルタ100の通過帯域の上端周波数「fH」よりも周波数「fspn」が低い場合に、周波数帯域内にn次のスプリアスが発生することもわかる。
【0029】
このようにSAW共振子10の周波数特性において、(ア)n次のスプリアスは定常項「Y1」のn番目の極小値と(n+1)番目の極小値との間に発生し、(イ)極小値の発生する周波数「fspn」は(3)式により予測できるという特性を利用すると、既述の周期長λ0、電極指231、232の本数N、IDT電極2と反射器3a、3bとの電極間距離Lを設計変数として下記(4)式を満足させることができれば、ラダー型フィルタ100の通過帯域内に(n−1)次以下のスプリアスが存在しないSAW共振子を設計することができる。
【0030】
【数6】
即ち(4)式の左辺は、定常項「Y1」のn番目の極小値が現れる周波数「fspn」に等しく、当該周波数が通過帯域の上端周波数「fH」よりも大きいということは、周波数「fspn」よりも高周波数側に存在する(n−1)次のスプリアスもラダー型フィルタ100の通過帯域内には存在しないことになる。本発明はこのような考えに基づいてなされている。以下、本実施の形態に係わるSAW共振子1の具体的な構成について説明する。
【0031】
図3(a)は本実施の形態に係わるSAW共振子1の構成を示した平面図であり、図12に示した従来型のSAW共振子10と同様の構成には、図12にて用いたものと同じ符号を付してある。当該SAW共振子1は、既述のSAW共振子10と同様に不図示の圧電基板上にIDT電極2を設け、当該IDT電極2に対してSAWの伝播方向の両側に反射器3a、3bを配置した構成となっている。
【0032】
IDT電極2は合計N本の電極指231、232を備え、電極指231、232の周期長はλ0である。また、反射器3a、3bは夫々M本の電極指301を備えており、これらの電極指301は「1/2λ0’」のピッチで配置されている。ここで「λ0’」は反射器3a、3bの反射係数に関する周波数特性において、M本の電極指301によってほぼ100%の反射係数が得られる周波数領域(ストップバンドという)の中心周波数「f0」に対応する波長であり、以下の(5)式で定義される。
【0033】
【数7】
【0034】
ストップバンド内の周波数「fs」は、中心周波数「f0」との関係で(6)式によって表すことができる。図1、図2にて検討したように、当該SAW共振子1の組み込まれるラダー型フィルタ100の通過帯域がストップバンドの範囲内となるように反射器3a、3bを設計する場合には、この(6)式に基づき、以下の(7)式を満足するように「λ0’」が決定される。
【0035】
【数8】
【数9】
但し、rは1本の電極指301の反射係数、fLはラダー型フィルタ100の通過帯域の下端周波数である。
【0036】
以上の構成を備えたSAW共振子1は、既述の(4)式を満足するように各種設計変数が選択されている。既述のように、SAW共振子10の周波数特性には無数のスプリアスが発生するが、ラダー型フィルタ100の挿入損失やIDT電極2の破壊の観点からは例えば2次までのスプリアスが問題となる。そこで、本実施の形態においてはラダー型フィルタ100の通過帯域内に、これら1次、2次のスプリアスを発生させないようにするため、「n=3」の条件にて(4)式を満足するように各種設計変数「λ0、N、L」が設定されている。
【0037】
SAW共振子1を設計するにあたってのイメージを捉え易くするため具体例を挙げて説明する。今、以下の条件にて設計された、図1、図2に示す周波数特性を有する従来型のSAW共振子10があり、これをラダー型フィルタ100の直列腕101として用いるものとする。
圧電基板:LiTaO3(SAWの伝播速度v;4,120[m/s])
IDT電極2の周期長
:λ0=4.63[μm](4.63×10−6[m])
電極指231、232の総本数
:N=160[本]
IDT電極2と反射器3a、3bとの電極間距離
:L1=L2=L=336.4[μm](336.4×10−6[m])
ラダー型フィルタ100の通過帯域の上端の周波数
:fH=884[MHz]
【0038】
上記のSAW共振子10には、例えば図2に示すようにおよそ「fsp3=878MHz」の位置に定常項「Y1」の極小値が存在し、当該周波数「fsp3」と主共振までの間に2つのスプリアスが発生している。この場合には、「n=3」の条件にて(4)式を満足するように各種設計変数「λ0、N、L」の値を再設計する必要がある。ここで周期長λ0はSAW共振子の主共振の周波数を決定する設計変数であり、変更することができない場合もあるので例えば電極間距離をLからL’に変更する場合について検討する。
【0039】
既述のように(4)式の左辺第1項は主共振の発生する周波数に相当し、第2項の各設計変数は正の値をとるので、左辺全体は主共振の発生している周波数よりも低い周波数となる。そこで設計変更後のSAW共振子1において、定常項「Y1」の3番目の極小値が発生する新たな周波数を「fsp3’=885MHz」として、「fH=884MHz」の場合において(4)式が成り立つ電極間距離L’を求めてみる。「n=3」の条件のもと(3)式をLについて整理すると、以下の(8)式が得られる。
【0040】
【数10】
上記(8)式に設計変更前の「fsp3=878×106Hz」、変更後の「fsp3’=885×106Hz」を夫々代入して双方の計算結果の比を求めると、「(L’/L)=3.2」となった。即ち、電極間距離を「L’=1076mm」まで長くすることにより、ラダー型フィルタ100の通過帯域(上端周波数「fH=884MHz」)に、設計変更前のSAW共振子10にて存在していた2次までのスプリアスが現れないSAW共振子1を得ることができる。
【0041】
ここで以上の設計変更の内容は、SAW共振子1の設計作業をイメージし易くするために例示したものであり、実際には電極間距離Lのみを変数として(4)式を満たすSAW共振子1の設計を行うわけではない。例えば電極指231、232の本数Nを変化させてもよいし、LとNとの2変数を変化させてもよい。また、主共振の周波数を変更可能な場合には周期長λ0や通過帯域の上端周波数fHの変更と組み合わせ、ラダー型フィルタ100のフィルタ特性等を確認したりしながら試行錯誤的に設計を行うとよい。また、実際のSAW共振子10の設計条件は本例に限定されるものではないことは勿論である。
【0042】
なお図3(a)の平面図には、周期長n=3の定在波を併せて表示してある。これは、SAW共振子1内において定在波の形成される領域を把握し易くするために表示したものであり、既述のように(4)式を満たすSAW共振子1には、ラダー型フィルタ100の通過帯域内においてかかる定在波は発生しないので注記しておく。また後述の図3(b)、図4(a)、図4(b)の各図に示した定在波についても同様である。
【0043】
本実施の形態に係わるSAW共振子1によれば以下の効果がある。SAW共振子1は(4)式を満たしているので、当該SAW共振子1を直列腕101として備えたラダー型フィルタ100の通過帯域において、(4)式中の予め決めた2以上の自然数n、例えば「n=3」よりも1少ない次数のスプリアスが発生しなくなる。この結果、スプリアスが発生する場合と比較してIDT電極に加わる応力が小さくなるため、ラダー型フィルタ100の使用寿命を延ばすことが可能となる。
【0044】
また背景技術にて述べたように、従来型のSAW共振子10を用いたラダー型フィルタ100においては大きなスプリアスの発生する周波数を避けて通過帯域を設定していたところ、本発明に係わるSAW共振子1においては(4)式を満足するように左辺の設計変数、例えば電極間距離Lや電極指231、232の本数Nの値等を適宜選択して(4)式の左辺を「v/λ0」に近付けることにより、通過帯域の上端周波数「fH」の制約が緩和され、従来よりも広い通過帯域を設定できる場合もある。但し、例えば(8)式の分母に「v−λ0f」の項が含まれていることからも分かるように、(4)式の左辺を「v/λ0」に近付けるほど、LやNの値は急激に増大してSAW共振子1は大型化してしまうので、上端周波数の制約緩和は、SAW共振子1の配置スペース上可能な範囲で行う必要がある。
【0045】
ここで電極間距離は「L1=L2=L」の場合に限定されるものではなく、例えば図3(b)に示すように「L1≠L2」であってもよい。この場合には(4)式をより一般化した以下の(4)’式を満たすSAW共振子1を設計することにより通過帯域内に(n−1)次のスプリアスが現れないようにできる。
【0046】
【数11】
【0047】
次に第2の実施の形態にかかるSAW共振子1aについて説明する。第2の実施の形態に係わるSAW共振子1aは、例えば下記の(9)式に示すように、ラダー型フィルタ100の通過帯域が各反射器3a、3bのストップバンド外にある点が第1の実施の形態と異なっている。
【0048】
【数12】
ラダー型フィルタ100の通過帯域がこれらのストップバンドの範囲外にあるSAW共振子1aの一例としては、IDT電極2の周期長λ0と反射器3a、3bの周期長λ0’とが等しいSAW共振子1aが挙げられる。即ち、SAWはIDT電極2を透過できるように設計されているので、この場合にはSAWは反射器3a、3bも透過することができるからである。また、式中のnには半整数も含まれる。
【0049】
このようなSAW共振子1aにおいては、例えば図4(a)に示すように反射器3a、3bの内部にもSAWが侵入して定在波を形成するため、定在波の形成される領域を示す(4)式の左辺第2項の分母に反射器3a、3bの幅を含むように当該式を書き替える必要がある。そこで、例えば、反射器3a、3bの電極指301の周期長「λ0’」、電極指301の本数「M1=M2=M」、電極間距離「L1=L2=L」とすると、下記の(10)式を満足する場合に(m−1)次以下のスプリアスが存在しないSAW共振子1aとなる。
【0050】
【数13】
【0051】
更に、電極指301の本数「M1=M2=M」、電極間距離「L1=L2=L」といった条件に限定されず、図4(b)に示すように電極指301の本数「M1≠M2」、電極間距離「L1≠L2」である場合には、(10)式を修正した以下の(10)’式の条件を満たす場合に(m−1)次以下のスプリアスが存在しないSAW共振子1aとなる。
【0052】
【数14】
【0053】
なお、本発明を適用可能な弾性波共振子は、既述の第1、第2の実施の形態に係わるSAW共振子1、1aのように弾性表面波を利用した弾性波共振子に限定されるものではない。例えば弾性境界波を利用した共振子に適用可能なことは勿論である。またラダー型フィルタ100において、複数の直列腕101の少なくとも1つに本実施の形態に係わるSAW共振子1、1aを採用すれば、例えば当該ラダー型フィルタ100の挿入損失を低減する効果を発揮することができる。
【0054】
この他、本発明に係わる弾性波共振子の用途はラダー型フィルタ100の直列腕101に限定されるものではない。例えばラダー型フィルタ100の並列腕102として用いてもよいし、ラチス型フィルタに用いてもよい。また、発振器や遅延素子として用いてもよく、これらの場合には(4)式等の「fH」を発振器や遅延素子の使用帯域の上端周波数と読み替えて適用するとよい。
【実施例】
【0055】
(シミュレーション1)
図12に示す従来型のSAW共振子10において、SAW共振子10に入力する信号の周波数を変化させ、IDT電極2に加わる応力分布の変化をシミュレーションした。
SAW共振子10の構成は以下の通りである。また、当該SAW共振子10のアドミタンス特性図を図5に示した。
圧電基板:LiTaO3(SAWの伝播速度v;4,210[m/s])
(図5に示したシミュレーション結果とは、LiTaO3のカット方向が異なるため、SAWの伝播速度も異なっている。後述の(シミュレーション2)についても同様である。)
IDT電極2の周期長
:λ0=4.30[μm]
電極指231、232の総本数
:N=160[本]
IDT電極2と反射器3a、3bとの電極間距離
:L1=L2=L=1.075[μm]
【0056】
(実施例1−1)
図5のA点に対応したスプリアスの発生しない周波数信号を入力し、IDT電極2にかかる応力をシミュレーションした。
入力電力:30[dBm]
(実施例1−2)
図5のB点に対応したスプリアスの発生しない周波数信号を入力し、IDT電極2にかかる応力をシミュレーションした。入力電力は(実施例1−1)と同様とした。
(比較例1−1)
図5のC点に対応したスプリアスの発生する周波数信号を入力し、IDT電極2にかかる応力をシミュレーションした。入力電力は(実施例1−1)と同様とした。
【0057】
(実施例1−1、1−2)の結果を図6(a)、図6(b)に示し、(比較例1−1)の結果を図6(c)に示す。図6(a)〜図6(c)の各図の横軸は、IDT電極2及び反射器3a、3b上の位置を周期長「λ0」に対する相対長さ「x/λ0」を示し、縦軸はその位置においてIDT電極2、反射器3a、3bに加わる応力[GPa]を示している。ここで相対長さ「x/λ0」は、図12にてSAW共振子10の下方に示した横軸上の原点(「x/λ0=0」)からの距離を示しており、IDT電極2の左端を原点と定めている。
【0058】
図6(a)に示した(実施例1−1)の結果によれば、スプリアスの発生しないA点に対応する周波数信号を入力すると、IDT電極2の中央をピークとする応力分布が現れ、その最大値はおよそ「0.1GPa」であった。また図6(b)に示した(実施例1−2)の結果によれば、スプリアスの発生しないB点に対応する周波数信号に対し、2つのピークを有する応力分布が表れ、夫々のピークの最大値はおよそ「0.15GPa」であった。
【0059】
これらの結果に対し、スプリアス上のC点に対応する周波数信号を入力すると、3つのピークを有する応力分布が表れ、その最大値は「0.3GPa」であり、スプリアスの発生しない周波数における最大値と比較しても、2倍〜3倍もの応力が加わることになる。以上のことから背景技術においても検討したように、ラダー型フィルタ100の通過帯域内にスプリアスが存在していると、当該スプリアスを生じる周波数信号が入力された際には、IDT電極2には通常の場合よりも過大な応力が加わることが確認された。
【0060】
(実験1)
図7に示す周波数特性を備えたラダー型フィルタ100に周波数を変化させて信号を入力し、IDT電極2の破壊に至るまでの使用寿命を計測した。使用寿命は、通常の使用温度25℃に対して実験温度を85℃とすることにより、劣化速度が通常の約64倍となる環境のもとでの加速試験により計測した。
(実施例2−1)
スプリアスを発生しない周波数信号(図7のD点)を入力して使用寿命を計測した。
入力電力:32.0、32.5、33.0[dBm]
(比較例2−1)
スプリアスを発生する周波数信号(図7のE点)を入力して使用寿命を計測した。入力電力は(実施例2−1)と同様とした。
【0061】
(実施例2−1)、(比較例2−1)の結果を図8に示す。図8の横軸はラダー型フィルタ100への入力電力[dBm]を示し、縦軸はIDT電極2への周波数信号の入力を開始してから破壊に至るまでの破壊時間[H]を対数表示にて示している。(実施例2−1)の結果を三角形「△」でプロットし、(比較例2−1)の結果をひし形「◇」でプロットしてある。
(実施例2−1)の結果によれば、図8の片対数プロットにおいて、破壊時間は入力電力に対して負の傾きを持った比例直線を描き、ラダー型フィルタ100に入力される電力が小さいほどIDT電極2の破壊に至るまでの時間が長くなっている。
【0062】
これに対して(比較例2−1)の実験結果では、いずれの入力電力においても破壊時間は0.02[H](約1.2[min])程度で一定であり、入力電力を変化させても破壊時間は変化しなかった。このことから、通常の値まで入力電力を低下させても破壊時間は変化せず、使用寿命が極端に短くなってしまうことが予想され、スプリアスの発生はラダー型フィルタ100の使用寿命を大幅に短縮してしまうことが確認できた。
【0063】
(シミュレーション2)
(4)式の条件を満たす構成を備えた実施の形態に係わるSAW共振子1を直列腕101として備えたラダー型フィルタ100及び、当該条件を満たさない構成のSAW共振子10を直列腕101としてラダー型フィルタ100のモデルを作成し、各ラダー型フィルタ100の減衰量の周波数特性をシミュレーションした。なお、各ラダー型フィルタ100の通過帯域は反射器3a、3bのストップバンドの範囲内となるように設定した。
(実施例3−1)
圧電基板:LiTaO3(SAWの伝播速度v;4,213[m/s])
IDT電極2の周期長
:λ0=4.74[μm]
電極指231、232の総本数
:N=94[本]
IDT電極2と反射器3a、3bとの電極間距離
:L1=L2=L=1.327[μm]
通過帯域
上端周波数:fH=831[MHz]
下端周波数:fL=823[MHz]
上記条件にてfsp3=832.8[MHz]>fHとなり(4)式を満たす。
(比較例3−1)
圧電基板:LiTaO3(SAWの伝播速度v;4,213[m/s])
IDT電極2の周期長
:λ0=4.745[μm]
電極指231、232の総本数
:N=84[本]
IDT電極2と反射器3a、3bとの電極間距離
:L1=L2=L=1.186μm
通過帯域
上端周波数:fH=831MHz
下端周波数:fL=823MHz
上記条件にてfsp3=825.2[MHz]<fHとなり(4)式を満たさない。
【0064】
(実施例3−1)のシミュレーション結果を図9(a)、図9(b)に示し、(比較例3−1)のシミュレーション結果を図10(a)、図10(b)に示す。各図の横軸は入力信号の周波数[MHz]を示し、縦軸はラダー型フィルタ100の減衰量を示している。図9(b)及び図10(b)は夫々図9(a)、図10(a)において破線で囲った領域についての拡大図である。
【0065】
図9(a)と図10(a)とを比較すると、(実施例3−1)、(比較例3−1)は互いによく似た周波数特性を示しているようにも見える。しかしながら図9(b)の拡大図によれば(実施例3−1)においてはラダー型フィルタ100の通過帯域においては、減衰量(挿入損失)の極大値は観察されず、リップルが発生していない。これに対して図10(b)の拡大図を見てみると、(比較例3−1)では通過帯域内にリップルが形成されており、この位置にてスプリアスが発生していることがわかる。スプリアスの影響を避けるためには通過帯域の幅を狭くしたり、通過帯域全体を高周波数側へ移動させたりする必要が生じ、例えば必要な周波数領域に通過帯域を設定することができないといった問題を生じる場合が多い。
【0066】
以上のことから(4)式を満たす構成を備えた実施の形態に係わるSAW共振子1は、IDT電極2に過大な応力が加わらずまた、通過帯域の設定についての自由度が高い高性能の弾性波共振子であるといえる。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】従来型のSAW共振子のアドミタンス特性図である。
【図2】前記SAW共振子の第2のアドミタンス特性図である。
【図3】本実施の形態に係るSAW共振子の平面図である。
【図4】第2の実施の形態に係るSAW共振子の平面図である。
【図5】従来型のSAW共振子に係る第2のアドミタンス特性図である。
【図6】スプリアスの発生の有無に応じてIDT電極に加わる応力分布を示す特性図である。
【図7】従来型のSAW共振子を備えたラダー型フィルタの減衰量を示す周波数特性図である。
【図8】スプリアスの発生の有無に応じたIDT電極の破壊時間を示す特性図である。
【図9】実施例に係るSAW共振子を備えたラダー型フィルタの減衰量を示す周波数特性図である。
【図10】比較例に係るSAW共振子を備えたラダー型フィルタの減衰量を示す周波数特性図である。
【図11】SAW共振子を備えたラダー型フィルタの概略構成図である。
【図12】SAW共振子の構成を示す平面図である。
【図13】SAW共振子のアドミタンス特性と、ラダー型フィルタの減衰量との関係を示す特性図である。
【図14】従来型のSAW共振子を備えたラダー型フィルタの減衰量に係る周波数特性図である。
【図15】従来型のSAW共振子に係る第3のアドミタンス特性図である。
【符号の説明】
【0068】
1、1a SAW共振子
2 IDT電極
3a、3b 反射器
10 SAW共振子
21、22 バスバー
100 ラダー型フィルタ
101 直列腕
102 並列腕
231、232
電極指
301 電極指
【特許請求の範囲】
【請求項1】
IDT電極と、このIDT電極に対して弾性波の伝播方向の両側に配置されたグレーティング反射器と、を圧電基板上に備えた弾性波共振子において、
前記各グレーティング反射器のストップバンドの範囲内で使用されることと、
当該弾性波共振子が使用される帯域の上端周波数が下記数式1の条件を満たすことと、を備えたことを特徴とする弾性波共振子。
【数1】
但し、vは圧電基板を伝播する弾性波の平均速度、λ0はIDT電極の電極指の周期長、NはIDT電極の電極指の本数、L1、L2はIDT電極と夫々の反射器との電極間距離、fHは弾性波共振子が使用される帯域の上端周波数、nは予め決めた2以上の自然数である。
【請求項2】
前記数式1のnが3であることを特徴とする請求項1に記載の弾性波共振子。
【請求項3】
請求項1または2に記載の弾性波共振子を直列腕として備えることと、
通過帯域が前記各グレーティング反射器のストップバンドの範囲内にあることと、
前記数式1のfHが前記通過帯域の上端周波数であることと、を備えたことを特徴とするラダー型フィルタ。
【請求項4】
IDT電極と、このIDT電極に対して弾性波の伝播方向の両側に配置されたグレーティング反射器と、を圧電基板上に備えた弾性波共振子において、
前記各グレーティング反射器のストップバンドの範囲外で使用されることと、
当該弾性波共振子が使用される帯域の上端周波数が下記数式2の条件を満たすことと、を備えたことを特徴とする弾性波共振子。
【数2】
但し、vは圧電基板を伝播する弾性波の平均速度、λ0はIDT電極の電極指の周期長、λ0’はグレーティング反射器の電極指の周期長、NはIDT電極の電極指の本数、M1、M2は各グレーティング反射器の電極指の本数、L1、L2はIDT電極と夫々の反射器との電極間距離、fHは弾性波共振子が使用される帯域の上端周波数、mは2以上の予め決めた自然数である。
【請求項5】
前記数式2のmが3であることを特徴とする請求項4に記載の弾性波共振子。
【請求項6】
請求項4または5に記載の弾性波共振子を直列腕として備えることと、
通過帯域が前記各グレーティング反射器のストップバンドの範囲外にあることと、
前記数式2のfHが前記通過帯域の上端周波数であることと、を備えたことを特徴とするラダー型フィルタ。
【請求項1】
IDT電極と、このIDT電極に対して弾性波の伝播方向の両側に配置されたグレーティング反射器と、を圧電基板上に備えた弾性波共振子において、
前記各グレーティング反射器のストップバンドの範囲内で使用されることと、
当該弾性波共振子が使用される帯域の上端周波数が下記数式1の条件を満たすことと、を備えたことを特徴とする弾性波共振子。
【数1】
但し、vは圧電基板を伝播する弾性波の平均速度、λ0はIDT電極の電極指の周期長、NはIDT電極の電極指の本数、L1、L2はIDT電極と夫々の反射器との電極間距離、fHは弾性波共振子が使用される帯域の上端周波数、nは予め決めた2以上の自然数である。
【請求項2】
前記数式1のnが3であることを特徴とする請求項1に記載の弾性波共振子。
【請求項3】
請求項1または2に記載の弾性波共振子を直列腕として備えることと、
通過帯域が前記各グレーティング反射器のストップバンドの範囲内にあることと、
前記数式1のfHが前記通過帯域の上端周波数であることと、を備えたことを特徴とするラダー型フィルタ。
【請求項4】
IDT電極と、このIDT電極に対して弾性波の伝播方向の両側に配置されたグレーティング反射器と、を圧電基板上に備えた弾性波共振子において、
前記各グレーティング反射器のストップバンドの範囲外で使用されることと、
当該弾性波共振子が使用される帯域の上端周波数が下記数式2の条件を満たすことと、を備えたことを特徴とする弾性波共振子。
【数2】
但し、vは圧電基板を伝播する弾性波の平均速度、λ0はIDT電極の電極指の周期長、λ0’はグレーティング反射器の電極指の周期長、NはIDT電極の電極指の本数、M1、M2は各グレーティング反射器の電極指の本数、L1、L2はIDT電極と夫々の反射器との電極間距離、fHは弾性波共振子が使用される帯域の上端周波数、mは2以上の予め決めた自然数である。
【請求項5】
前記数式2のmが3であることを特徴とする請求項4に記載の弾性波共振子。
【請求項6】
請求項4または5に記載の弾性波共振子を直列腕として備えることと、
通過帯域が前記各グレーティング反射器のストップバンドの範囲外にあることと、
前記数式2のfHが前記通過帯域の上端周波数であることと、を備えたことを特徴とするラダー型フィルタ。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2009−212572(P2009−212572A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−50724(P2008−50724)
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(000232483)日本電波工業株式会社 (1,148)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(000232483)日本電波工業株式会社 (1,148)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]