説明

微小管重合阻害化合物、及びその利用

【課題】1‐ナフトール誘導体の新たな利用を提供する。
【解決手段】本発明は、細胞内の微小管重合を阻害する作用を有する微小管重合阻害化合物であって、上記微小管重合阻害化合物が、1‐ナフトール誘導体である微小管重合阻害化合物を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞内の微小管重合を阻害する作用を有する微小管重合阻害化合物、及びその利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
微小管は、細胞構造の基盤をなす構成因子であり、広範囲な細胞機能・細胞機序(例えば、細胞運動、細胞分裂、細胞形態の維持、細胞内輸送)に関連している。その一方で、酵母細胞においては、微小管は、染色体及び核の移動に関連している。微小管は、α‐チューブリン及びβ‐チューブリンのヘテロダイマーで構成されており、このヘテロダイマーが重合することで、微小管のダイナミックな挙動が実現される(非特許文献1,2)。
【0003】
このような微小管のダイナミックな挙動を妨げる薬剤は、染色体結合性、分裂期のスピンドルに欠損が生じ、結果として、細胞を細胞周期のG2/M期・分裂期に停止させる。抗癌治療法の進展をさらに促進するために、微小管重合を阻害する、あるいは微小管の脱重合をブロックすることにより、微小管のアセンブリーを調節可能な薬剤が期待される。
【0004】
従来、細胞内での微小管重合を阻害する阻害活性を示す化合物として、Pironetin(ピロネチン)(非特許文献3),Thiabendazole(チアベンダゾール),Benomyl(ベノミル),Nocodazole(ノコダゾール)等が知られている。
【0005】
また、1‐ナフトール誘導体は、細胞内でのcyclooxygenase(COX−1及びCOX−2)の活性を阻害することが知られている(非特許文献4)。
【非特許文献1】Solomon, F., Analyses of the cytoskeleton in Saccharomyces cerevisiae. Annu. Rev. Cell Biol., 7, 633-662 (1991).
【非特許文献2】Botstein, D., Amberg, D., Mulholland, J., Huffaker, T., Adams, A., Drubin, D., and Stearns, T., The yeast cytoskeleton, 1. In “The molecular and cellular biology of the yeast Saccharomyces cerevisiae” eds. Pringle, J., R., Broach, J. R., and Jones, E. W., pp. 1-90 (1997).
【非特許文献3】Usui, T., Watanabe, H., Nakayama, H., Tada, Y., Kanoh, N., Kondoh, M., Asao, T., Takio, K., Watanabe, H., Nishikawa, K., Kitahara, T., and Osada, H., The anticancer natural product pironetin selectively targets Lys352 of α-tubulin. Chem, Biol., 8 11, 799-806 (2004).
【非特許文献4】Current Medical Chemistry, 2006,13,3663-3674
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
COX−1及びCOX−2は、アラキドン酸からのプロスタグランジン生合成の律速酵素であり、生体内の必須脂肪酸であるアラキドン酸からPGやトロンボキサンが生成される過程で、中間体であるPGH2の生成に関与する酵素である。上述のように、1‐ナフトール誘導体は、動物細胞では、細胞内でのCOX−1及びCOX−2の活性を阻害することが知られている。
【0007】
しかしながら、現在のところ、細胞増殖の基盤をなす機構(細胞運動、細胞分裂、細胞形態の維持、細胞内輸送)に対する1‐ナフトール誘導体の影響は、全く解明されていない。
【0008】
本発明は、上記従来の問題点に鑑みなされたものであって、その目的は、1‐ナフトール誘導体の新たな利用を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、1‐ナフトール誘導体による生育阻害を抑制する、すなわち1‐ナフトール誘導体に対し耐性を示す酵母優性変異株を単離し、その変異株は、α‐チューブリンをコードするTUB1遺伝子(配列番号1)が変異しているという知見を見出した。そして、この知見により、1‐ナフトール誘導体が微小管重合阻害化合物として利用できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち、本発明の微小管重合阻害化合物は、上記の課題を解決するために、細胞内の微小管重合を阻害する作用を有する微小管重合阻害化合物であって、上記微小管重合阻害化合物が、1‐ナフトール誘導体であることを特徴としている。
【0011】
また、本発明の微小管重合阻害化合物では、上記1‐ナフトール誘導体が、下記化学式(1)または(2)
【0012】
【化1】

【0013】
(ただし、R、R、R、Rは水酸基、もしくは水酸基に変換し得る基を表す。)
で示される化合物であることが好ましい。
【0014】
上記R、R、R、Rは水酸基、もしくはメトキシル基を表わすことが好ましい。
【0015】
また、本発明の微小管重合阻害化合物では、上記1‐ナフトール誘導体が、下記化学式(3)
【0016】
【化2】

【0017】
で示される化合物であることが好ましい。
【0018】
また、本発明の微小管重合阻害化合物は、微小管におけるα‐チューブリンをターゲットとしていることが好ましい。
【0019】
また、本発明の微小管重合阻害剤は、上述の微小管重合阻害化合物を含有していることを特徴としている。
【0020】
また、上記の微小管重合阻害剤においては、微小管重合阻害剤に対する上記微小管重合阻害化合物の量が、20μMよりも多くなっていることを特徴としている。
【0021】
また、本発明の抗癌剤は、上述の微小管重合阻害化合物を含有していることを特徴としている。
【0022】
また、本発明の抗カビ剤は、上述の微小管重合阻害化合物を含有していることを特徴としている。
【0023】
また、本発明の除草剤は、上述の微小管重合阻害化合物を含有していることを特徴としている。
【0024】
また、本発明の駆虫剤は、上述の微小管重合阻害化合物を含有していることを特徴としている。
【発明の効果】
【0025】
以上のように、本発明は、微小管重合阻害化合物としての1‐ナフトール誘導体の新たな利用を提供する。微小管重合阻害化合物は、主要な機能として、細胞の増殖を阻害する、もしくは細胞を死滅させる機能を有する。それゆえ、本発明は、医療分野、農業分野等の多岐の用途に有効利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明の実施の一形態について説明すれば、以下の通りである。なお、本発明は、これに限定されるものではない。
【0027】
(1)微小管重合阻害化合物
本発明の化合物(以下、本化合物と記す)は、細胞内の微小管重合を阻害する作用を有する微小管重合阻害化合物であって、1‐ナフトール誘導体であることを特徴としている。
【0028】
「細胞内の微小管重合を阻害する作用」(以下、単に本作用と記す)とは、真核細胞におけるα‐チューブリン及びβ−チューブリンのヘテロダイマー同士の重合を阻害する作用のことを意味する。微小管は、α‐チューブリン及びβ−チューブリンのヘテロダイマーを単位構成分子とし、この単位構成分子同士が重合されている。そして、真核細胞内において、微小管は、ヘテロダイマー同士が重合・解離を繰り返すことで、ダイナミックに挙動する。この微小管のダイナミックな挙動は、主に核移動または核分裂時期に起きる。それゆえ、本作用により、真核細胞は、核移動時期、または核分裂時期で停止する。
【0029】
本発明者は、1‐ナフトール誘導体による生育阻害を抑制する、すなわち1‐ナフトール誘導体に対し耐性を示す酵母優性変異株を単離し、その変異株は、α‐チューブリンをコードするTUB1遺伝子が変異しているという知見を見出した。そして、実際に、1‐ナフトール誘導体処理により、酵母細胞における微小管の重合が阻害される(本作用を示す)ことを顕微鏡観察により確認した。
【0030】
より具体的には、本化合物は、下記化学式(1)または(2)
【0031】
【化3】

【0032】
(ただし、R、R、R、Rは水酸基、もしくは水酸基に変換し得る基を表す。)
で示される1‐ナフトール誘導体である。
【0033】
化学式(1)または(2)において、R1、R2、R3、R4で表される水酸基に変換し得る基としては、炭素数1ないし6のアルコキシ基(例えば、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、イソプロポキシ基、ブトキシ基、イソブトキシ基、sec−ブトキシ基、tert−ブトキシ基、ペンチルオキシ基、イソペンチルオキシ基、ネオペンチルオキシ基、ヘキシルオキシ基など)、炭素数6ないし10のアリールオキシ基(例えば、フェノキシ基、ナフトキシ基など)、炭素数7ないし12のアラルキルオキシ基(例えば、ベンジルオキシ基、フェネチルオキシ基、ナフチルエチルオキシ基など)、炭素数1ないし6のアルキルカルボニルオキシ基(例えば、アセチルオキシ基、プロピオニルオキシ基など)、炭素数6ないし10のアリールカルボニルオキシ基(例えば、ベンゾイルオキシ基、ナフチルカルボニルオキシ基など)、炭素数7ないし12のアラルキルカルボニルオキシ基(例えば、ベンジルカルボニルオキシ基、フェネチルカルボニルオキシ基など)、糖類などが挙げられる。R1、R2、R3、R4で表される水酸基に変換し得る基は、置換基を有していてもよく、これら置換基としては、例えば、ハロゲン、糖類、アルコキシ基、カルボキシル基、スルホ基が挙げられる。R1、R2、R3、R4としては、水酸基、もしくはメトキシル基が好ましい。
【0034】
好ましくは、本微小管重合阻害化合物は、下記化学式(3)
【0035】
【化4】

【0036】
で示される1‐ナフトール誘導体(NKH−7)である。
【0037】
また、本微小管重合阻害化合物は、下記化学式(4)〜(6)の何れかで示される1‐ナフトール誘導体であってもよい。化学式(4)〜(6)で示される1‐ナフトール誘導体はそれぞれ、後述の実施例に記載のNKH−8、NP−1、及びNP−2である。
【0038】
【化5】

【0039】
【化6】

【0040】
【化7】

【0041】
化学式(3)〜(6)に示される1‐ナフトール誘導体(NKH−7、NKH−8、NP−1、及びNP−2)は、後述の実施例に記載のように、zds1破壊酵母変異株におけるカルシウム(CaCl)存在下での生育阻害を抑圧する薬剤のポジティブスクリーニングにより取得された化合物である。そして、これら1‐ナフトール誘導体のうち、NKH−7に対し薬剤耐性を示す酵母優性変異株として、α‐チューブリンをコードするTUB1遺伝子の変異株(TUB1−248変異株)を取得している(図1参照)。TUB1−248変異株における変異型TUB1遺伝子の塩基配列は、配列番号2に示されるものであり、それがコードする変異型Tub1蛋白のアミノ酸配列は配列番号4に示すものであった。より具体的には、TUB1−248変異株が有する変異型TUB1遺伝子は、野生型TUB1遺伝子(配列番号1)の857番目のチミン(T)がシトシン(C)に置換(点変異)されており、その結果野生型Tub1蛋白のアミノ酸配列(配列番号3)における248番目のセリン(Ser)がプロリン(Pro)に置換されていた。さらに、本発明者は、このTUB1−248変異株が、NKH−8、NP−1、及びNP−2に対しても薬剤耐性を示すことを確認している。また、後述の実施例に記載のように、従来知られている微小管重合阻害剤(ノコダゾール,ピロネチン)は、zds1破壊酵母変異株におけるカルシウム(CaCl)存在下での生育阻害を抑圧することを明らかにしている(図7参照)。
【0042】
これらの知見から、微小管重合を阻害する作用を示す化合物は、zds1破壊酵母変異株におけるカルシウム(CaCl)存在下での生育阻害を抑圧するという特性を有していることが考えられる。さらに、TUB1−248変異株は、NKH−8、NP−1、及びNP−2に対しても薬剤耐性を示す。このことから、NKH−8、NP−1、及びNP−2は、NKH−7と同様に微小管重合阻害作用を示すと考えられる。
【0043】
また、本化合物は、微小管におけるα‐チューブリンをターゲットとしていることと特徴としている。
【0044】
「微小管におけるα‐チューブリンをターゲットとしている」ことは、化合物存在下でTUB1−248変異株が耐性を示すか否かにより判定することが可能である。本化合物がα‐チューブリンをターゲットとしている場合、TUB1−248変異株が耐性を示すことになる。ここでいう「耐性を示す」とは、野生型株が生育可能な化合物の上限濃度で、TUB1−248変異株が生育していることを意味する。
【0045】
通常、化合物の濃度系列をとって各濃度における野生型株の生育状況を調べると、化合物濃度が高くなるに従い野生型株の生育が弱くなる。そして、化合物が特定の濃度に達すると、野生型株は生育できなくなる。この野生型株が生育できなくなる濃度が、上記の上限濃度になる。TUB1−248変異株が化合物に対し耐性を示す場合、TUB1−248変異株の生育状況は、以下のようになる。
【0046】
すなわち、野生型株とTUB1−248変異株との間で、化合物の濃度系列をとって生育状況を比較したとき、各濃度において、野生型株とTUB1−248変異株との間で生育の違いを目視できるとともに、TUB1−248変異株は、野生型株が生育可能な化合物の上限濃度で生育している。すなわち、TUB1−248変異株と野生型株とで、生育可能な上限濃度が異なっている。
【0047】
上記のように、TUB1−248変異株は、α−チューブリンをコードするTUB1遺伝子に変異が生じており、α‐チューブリンの機能が野生型株と異なっている。一方、β−チューブリンの機能は、野生型株と同等である。もし、微小管重合阻害化合物がβ−チューブリンをターゲットとする場合、この化合物によるβ−チューブリンの機能低下は、TUB1−248変異株と野生型株とで同じ程度になる。そして、この機能低下の影響で、生育可能な微小管重合阻害化合物の上限濃度が、TUB1−248変異株と野生型株とで略同じなる。一方、微小管重合阻害化合物がα−チューブリンをターゲットとする場合、この化合物によるα‐チューブリンの機能は、TUB1−248変異株と野生型株とで異なる。この機能の相違により、生育可能な微小管重合阻害化合物の上限濃度が、TUB1−248変異株と野生型株とで異なる。つまり、耐性を示すことになる。
【0048】
このように、TUB1−248変異株が耐性を示すか否かにより、微小管重合阻害化合物がα−チューブリンをターゲットとするのかを判定することができる。
【0049】
(2)本化合物の製造方法
本化合物を得るには、天然物から目的の化合物を抽出精製する方法、天然物から抽出精製された化合物を修飾することにより化学合成する方法、目的とする化合物を全化学合成する方法などが考えられるが、本発明はこれら製造方法により限定されるものではない。
【0050】
本化合物を得る方法の一つとして、目的とする化合物を全化学合成する方法が挙げられる。この場合、例えば、非特許文献4に記載のように、1−ハイドロキシ−2−ナフトエ酸を出発物質した合成方法が挙げられる。また、合成された化合物の確認は、例えば、薄相クロマトグラフィーや元素分析などを行うことにより可能である。あるいは、合成された化合物の質量分析、1H−NMR、13C−NMRの結果を基準品と比較することにより可能である。
【0051】
(3)本発明の微小管重合阻害剤
本発明の微小管重合阻害剤は、上述の微小管重合阻害化合物を含有しているものであれば、特に限定されるものではなく、従来公知の微小管重合化合物(例えば、ピロネチン、チアベンダゾール、ベノミル、またはノコダゾール)を含んでいてもよい。
【0052】
また、溶媒は、本化合物を溶解することができる溶媒であれば特に限定されない。特に、本化合物として、上記化学式(2)〜(6)に示された1‐ナフトール誘導体を使用する場合、溶媒として、エタノール等のアルコール系溶媒(アルコール系有機溶媒)を使用することが好ましい。
【0053】
また、微小管重合阻害剤に対する本化合物の量は、対象の細胞の薬剤透過性や微小管重合阻害効果に応じて、適宜設定することができる。後述の実施例に記載のように、酵母野生型株が増殖可能なNKH−7の濃度の上限は20μMである。対象の細胞が出芽酵母細胞である場合、微小管重合阻害剤に対する本化合物の量は、20μMよりも多くなっていることが好ましい。
【0054】
(4)本化合物の利用
微小管重合阻害化合物は、主要な機能として、細胞の増殖を阻害する、もしくは細胞を死滅させる機能を有する。それゆえ、本化合物または微小管重合阻害剤は、医療分野、農業分野等の多岐の用途とし、抗癌剤、抗カビ剤、駆虫剤、除草剤などに有用である。
【0055】
本化合物を抗癌剤として使用する場合、本発明の化合物は単独で投与しても良いし、あるいは医薬的に許容される担体に含有させても良い。担体としては固形、半固形、又は液状の希釈剤、充填剤、及びその他の処用の助剤などが用いられる。本発明の化合物を含有する医薬組成物は、経口投与、組織内投与、局所投与(経皮投与等)又は経直腸的に投与することができ、これらの投与方法に適した剤型で投与される。
【0056】
経口投与は固形または液状の用量単位、例えば、末剤、散剤、錠剤、糖衣剤、カプセル剤、顆粒剤、懸濁剤、液剤、シロップ剤、ドロップ剤、舌下錠、坐剤、その他の剤型によって行うことができる。固形の医薬組成物は、適切な結合剤、滑剤、分散剤、希釈剤、崩壊剤、風味剤、着色料、香料、流動化剤、および溶解剤などを含んでもよい。液状の医薬組成物は、水溶液または水懸濁液、医薬に許容可能な脂肪または油、アルコール類またはその他の有機溶剤、例えば乳濁液、エステル、エリキシル、シロップ、非発泡性顆粒から作った溶液、または懸濁液、発泡性顆粒から作った発泡性製剤などを含んでもよい。また、適した溶剤、保存料、乳化剤、沈殿防止剤、希釈剤、甘味料、増粘剤および溶解剤を含有してもよい。さらに、風味剤、香料、着色料を含有してもよい。
【0057】
組織内投与は液状の用量単位、例えば溶液や懸濁剤の形態として、皮下・筋肉又は静脈内注射などにより行うことができる。これらのものは、本化合物を、注射の目的に適合する非毒性の液状担体に溶解し利用することができる。さらに、非毒性の塩や塩溶液を添加してもよい。また安定剤、保存剤、乳化剤のようなものを併用することもできる。
【0058】
以下添付した図面に沿って実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0059】
〔I:材料および方法〕
(1)酵母細胞株、培地、及び化学化合物
本実施例に使用される酵母細胞株を表1に示す。
【0060】
【表1】

【0061】
(表1の「遺伝子型」の欄中、4文字(3文字+番号)表記であり、かつ小文字である遺伝子(例えばtrp1,pdr1等)は、劣性変異遺伝子を示す。また、4文字(3文字+番号)表記であり、かつ大文字である遺伝子(例えばHIS3,TRP1等)は、野生型遺伝子を示す。また、「a::B」(例えば、zds1::TRP1)は、出芽酵母ゲノムにおけるa遺伝子(例えばZDS1遺伝子)座に、B遺伝子(例えばTRP1遺伝子)が挿入された遺伝子型を表わす。すなわち、「a::B」が表記された株は、a遺伝子が発現する代わりにB遺伝子が発現しており、a遺伝子が破壊されている。また、「MAT」は出芽酵母の接合型を表わし、「MATa」は、aタイプの接合型を表わす。また、4文字以上の表記であり、かつ大文字である遺伝子(例えば、TUB1‐248)は、優性変異遺伝子を表わす。また、TUB1‐GFPは、GFP遺伝子が連結されたTUB1遺伝子を表わす。)
表1においては、遺伝子型を簡潔に説明するとの観点から、aタイプの接合型(Mata)の酵母株のみを示している。本実施例においては、表1に示す遺伝子型を有するαタイプの接合型(Matα)の酵母株も使用している。そして、互いに異なる遺伝子型を有するaタイプの接合型及びαタイプの接合型同士を掛け合わせたヘテロ二倍体について、従来公知の方法を用いて作製した二重変異株も使用している。
【0062】
なお、以降の説明では、表1の記載に準じて、特に明記しない限り、遺伝子を4文字(3文字+番号)で、かつ小文字で表記したとき、その遺伝子は劣性遺伝子である。そして、遺伝子Aの破壊株をaΔと表記する。また、遺伝子を4文字(3文字+番号)表記で、かつ大文字で表記したとき、その遺伝子は野生型遺伝子である。また、遺伝子を4文字以上の表記で、かつ大文字で表記したとき(例えば、TUB1‐248)、その遺伝子は優性変異遺伝子である。
【0063】
NKH−7耐性変異株のスクリーニングに用いられる1‐ナフトール誘導体化合物は、Cur.Med. Chem., 13, 3663-3674 (2006) Kongkathip,.et.alに従って、合成された。以下の化合物が、ポジティブスクリーニングアッセイにより生物活性を示し、かつ本実施例で用いられる。
NKH−7;2-((1-(hydroxymethyl) cyclohexyl) methyl) naphthalen-1-ol
NKH−8;1-methoxy-2-((1-(hydroxyl) cyclohexyl) methyl) naphthalene
NP−1 ;1-methoxy-2-((1-(hydroxyl) cyclopentyl) methyl) naphthalene
NP−2 ;2-((1-hydroxymethyl) cyclopentyl) methyl) naphthalen-1-ol
また、微小管重合阻害化合物である、methyl 1-(butylcarbarmoyl)-2-benzimidazole [benomyl]、2-(4-thiazolyl) benzimidazole [チアベンダゾール]、及びノコダゾールをSigma(St.Louis,MO)より購入した。また、ピロネチン(Pironetin)は、日本化薬より供与された。
【0064】
(2)薬剤のポジティブスクリーニングの手順
Biosci. Biotechnol. Biochem., 64, 1942-1946 (2000). Shitamukai et alに記載されている方法に従い、CaClを150mM含有するYPDソフトアガー培地上で、ハローアッセイにより薬剤のポジティブスクリーニングが行われた。活性基質の半定量アッセイを行うために、アガー培地の表面に、試料化合物のエタノール溶液3μl分量をスポットした。そして、30℃、2日間の培養後、スポットされた試料化合物の周囲に現れた増殖ゾーンを観察した。また、酵母細胞の生育は、YPD液体培地中でモニターされた。具体的には、30℃で振盪培養した培養液における、600nm波長の吸光度を、バイオフォトレコーダー (東洋エンジニアリング製作所, 東京)を用いて測定した。
【0065】
(3)蛍光標示式細胞分取器(FACS)による分析
ヨウ化プロピジウム(PI)でDNAを染色した細胞のDNA含量を、FACSCalibur;FACSキャリバー (Becton, Dickinson, Franklin Lakes, NJ)により分析した。
【0066】
(4)NKH−7耐性を示す酵母変異株の、単離及び遺伝学的キャラクタリゼーション
総細胞数約10個のYFK36酵母細胞を、NKH−7を10μM含有するYPDアガー培地にスプレッドした。そして、30℃で2日間培養後、自然変異(スポンタニアス変異)により、培地上に出現したコロニーをピックアップした。ピックアップしたコロニーの細胞に関する遺伝学的解析は、J. Biol. Chem., 277, 28810-28814 (2002) Miyamoto et al、及びBiosci. Biotechnol. Biochem., 70, 2451-2459 21 (2006) Kobayashi et alに記載の方法に基づいて行われた。
【0067】
(5)YNR1−1優性変異遺伝子のクローニング
YFK36への形質転換のために、URA3マーカー及びセントロメアを有するpRS316ベクターを用いたことを除いて、J. Biol. Chem., 277, 28810-28814 (2002) Miyamoto et al、及びBiosci. Biotechnol. Biochem., 70, 2451-2459 21 (2006) Kobayashi et alに記載の方法に基づいて、YNR1−1優性酵母変異株のゲノムバンクを構築した。約30000個のゲノムバンク形質転換体のコロニーをピックアップした。ピックアップした形質転換体を、NKH−7を4μM含有するYPDアガー培地にスプレッドし、30℃で3日間培養した。そして、ゲノムバンク形質転換体のうち、NKH−7耐性を示す形質転換体をピックアップした。ピックアップした形質転換体からプラスミドを回収し、回収したプラスミドを再度YFK36へ形質転換することで、NKH−7耐性がプラスミドに由来することを確認した。
【0068】
(6)GFP融合TUB1蛋白を発現する薬剤感受性酵母株の構築
TUB1−GFP遺伝子を含む自己挿入型プラスミドpAFS125を、制限酵素StuIで切断し線状プラスミドにした後、YFK36へ形質転換した。この形質転換により、TUB1−GFP遺伝子コンストラクトが、YFK36のゲノムのURA3遺伝子座に挿入されることになる。つまり、プラスミドpAFS125が、URA3遺伝子座に挿入される。
【0069】
(7)蛍光顕微鏡観察
GFPで蛍光標識されたチューブリンを観察するために、YPD培養液でGFP融合Tub1蛋白を発現する細胞を対数増殖期まで培養後、培養液に対する濃度が2μMになるようにNKH−7を添加した。NKH−7添加後、さらに25℃で30分間培養後の細胞を蛍光顕微鏡観察に用いた。具体的には、NKH−7処理した細胞を、室温の遠心分離により集菌し、生理食塩水で2回洗浄した。そして、この細胞内で発現する、GFPで蛍光標識されたチューブリンを観察した。
【0070】
〔II:結果〕
(1)1‐ナフトール誘導体化合物としてのNKH−7は、zds1破壊酵母変異株におけるカルシウム(CaCl)存在下での生育阻害を抑圧する。
【0071】
Biosci. Biotechnol. Biochem., 64, 1942-1946 (2000). Shitamukai et alに記載されている方法に従い、zds1破壊酵母変異株におけるカルシウム(CaCl)存在下での生育阻害を抑圧するポジティブ薬剤をスクリーニングした。その結果、NKH−7及びそれに構造的に類似した化合物が取得された。これら化合物について、150mMCaClを含有するYPDアガー培地でのYNS17株の生育の影響を調べた結果を図1に示す。外因性のCaCl存在下で、酵母細胞は、細胞内のCa2+シグナリングが過度に活性化することに起因して、生育が遅延する(細胞周期のG2期の進行が遅れる)ことが分かっている。また、zds1破壊酵母変異株は、上記のCa2+シグナリングの過度の活性化により、外因性のCaCl存在下で、生育遅延が顕著になり、結果として生育停止することが分かっている。もし、上記のCa2+シグナリングの過度の活性化を抑制する薬剤が存在すれば、この薬剤によりzds1破壊酵母変異株のCaCl存在下での生育遅延を回復すると考えられる。
【0072】
図1に示されるように、NKH−7及びそれに構造的に類似した化合物がYPDアガー培地上にスポットし、30℃2日間培養した後、zds1破壊酵母変異株は、CaCl存在下で、スポットした部分を中心に増殖ゾーンのハローを形成していた。このことは、これらの化合物が生育遅延を回復することを示唆している。また、NKH−7をスポットした場合、増殖ゾーンの内側に明確な増殖阻止ゾーンが観察された(つまり、スポット下部分を中心として、ドーナツ状の増殖ゾーンが観察された)。
【0073】
(2)NKH−7による、細胞分裂及び核分裂の阻害
酵母は、動物細胞と比較して一般的に薬剤感受性が低いことが知られている。この原因としては、酵母細胞表層における薬剤透過性の低さ、及び毒性物質に対抗する生命維持装置としての強力な多剤耐性機構が挙げられる。それゆえ、酵母野生型株は、薬剤感受性感度が低く、NKH−7による生育阻害効果を調べることが困難であるという問題がある。そこで、本願発明者らは、この薬剤感受性感度の低さを改善するために、様々な薬剤体制機構にかかわる各種遺伝子を破壊した酵母変異株YFK36を構築した。具体的には、YFK36は、細胞膜における薬剤透過性の低さにかかわっている膜エルゴステロールの生合成遺伝子の1つであるERG3遺伝子、多剤耐性ABCトランスポーターをコードするPDR1遺伝子・PDR3遺伝子・PDR5遺伝子、及びその他薬剤耐性に関わる膜タンパクをコードするYRR1遺伝子並びにYOR1遺伝子が破壊されている。これら6つの遺伝子を全て破壊した酵母六重破壊株は、個々の遺伝子を破壊した単独破壊株よりも、NKH−7に対する感受性感度が向上していることを確認している。
【0074】
この薬剤感受性感度が向上した酵母変異株YFK36を用いて、NKH−7存在下での細胞の動態を調べた。まず、酵母野生型株及び酵母変異株YFK36について、NKH−7に対する感受性感度を比較した。その比較結果を図2のA及びBに示す。図2のAに示されるように、酵母野生型株であるW303は、6μMのNKH−7を含有するYPD培地上で正常に増殖している。なお、本願発明者は、YPD培地中のNKH−7の濃度が、20μMになるまで、酵母野生型株が正常に増殖していることを確認している。すなわち、酵母野生型株が増殖可能なNKH−7の濃度の上限が、20μMである。一方、図2のAに示されるように、酵母変異株YFK36は、3〜4μMのNKH−7を含有するYPD培地上で増殖していない。このNKH−7の濃度依存的な増殖阻害は、図2のAに示されるYPD液体培地中での増殖曲線から明らかである。
【0075】
また、図2のBに、NKH−7で処理した酵母細胞と、NKH−7で処理していない酵母細胞(control)とを顕微鏡観察により比較した結果を示す。なお、図2のBでは、PIで核染色し、核分裂の動態も比較している。図2のBに示されるように、NKH−7を3μM含むYPD液体培地で3時間培養したとき、酵母細胞(YFK36)は、細胞形態が均一化しており、大部分(約90%)が、ラージバットの形態になっていた。さらに、PI染色により核を観察すると、これらの細胞は、単核になっており、細胞内で拡散していた。このことから、NKH−7処理により、酵母細胞は、細胞周期の核の分配(核分裂)に欠損が生じることが示唆された。一方、NKH−7で処理していない酵母細胞(control)では、細胞形態が均一化されておらず、細胞周期が正常に進行していることがわかる。この比較結果から、NKH−7処理により、酵母細胞は、バッドの出現及び伸長は正常に進行する一方、バッド伸長後の細胞質分裂で停止していることが明らかになった。
【0076】
さらに、図2のCに、NKH−7で処理した酵母細胞と、NKH−7で処理していない酵母細胞(control)とをFACS解析により比較した結果を示す。図2のCに示されるように、NKH−7処理により、DNA含量が2Cの酵母細胞が蓄積していることがわかった。このことから、NKH−7処理により、酵母細胞は、DNA複製が正常に進行する一方、DNA複製後の染色体分離が進行しないことが明らかになった。
【0077】
図2のA〜Cに示された結果から、NKH−7は、細胞分裂及び核分裂の進行をブロックする薬剤であることが示された。
【0078】
(3)NKH−7耐性を示す酵母変異株の、単離及び遺伝学的キャラクタリゼーション
本発明者らは、NKH−7の細胞毒性(増殖阻害)の作用を解析するため、遺伝学的手法を用いて、NKH−7の細胞内のターゲットを同定した。具体的には、NKH−7に対し耐性を示す酵母変異株のスクリーニングを行った。
【0079】
このスクリーニングでは、まず、親株であるYFK36酵母細胞から、自然変異により、NKH−7耐性を示す変異株を77株選抜した。なお、耐性の判別は、4μMのNKH−7を含有するYPD培地で増殖可能であるか否かを指標にして行われた。次に、これら77株について、この耐性がNKH−7特異的であるか否かを調べた。具体的には、選抜した77株について、ローダミン6G、フルフェナジン、4‐ニトロキノリン1‐オキサイド、及びサイクロヘキシイミドといった薬剤に対する耐性を調べた。その結果、NKH−7特異的に耐性を示す酵母変異株を39株選抜した。
【0080】
これら39株それぞれについて、親株と掛け合わせたヘテロ2倍体を作製した。そして、このヘテロ2倍体がNKH−7耐性を示すか否かを指標として、36株の優劣判定(優性変異か劣性変異かの判定)を行った。その結果、優性変異または半優性変異を示す8株を選抜した。さらに、これら8株と親株と掛け合わせたヘテロ2倍体を胞子形成後、四分子解析を行った結果、各へテロ2倍体の胞子から得られた4つの配偶子の表現型が、2:2に分離されていた(NKH−7耐性の配偶子:NKH−7非耐性の配偶子が2:2)。このことから、これら8株の変異は、単一変異であることが確認された。
【0081】
次に、これら8株同士を掛け合わせた2倍体の表現型を調べることにより、8株を相補性グループに分けた。その結果、8株のうち、6株が単一の相補性グループYNR−1に属し、残りの2株がそれぞれ、別々の相補性グループYNR−2及びYNR−3に属することがわかった。以下、最も多くの酵母変異株が属する単一の相補性グループYNR−1に着目して、解析を行った。図3のAに、相補性グループYNR−1に属する酵母変異株の1つYNR1−1変異株の表現型を示す。図3のAに示されるように、野生型(WT)とYNR1−1変異株とを掛け合わせたヘテロ2倍体(WT/YNR1−1)は、野生型ホモ2倍体(WT/WT)と比較して、より高い濃度のNKH−7を含有するYPD培地で増殖している。また、YNR1−1ホモ2倍体(YNR1−1/YNR1−1)は、ヘテロ2倍体(WT/YNR1−1)と比較して、より高い濃度のNKH−7を含有するYPD培地で増殖している。このことから、YNR1−1変異は、半優性変異であることがわかる。
【0082】
(4)YNR1−1変異に起因する遺伝子の同定
YNR1−1変異に起因する遺伝子を同定する目的で、まず、本発明者は、YNR1−1株のゲノム断片をセントロメアベースのベクターに連結したゲノムライブラリを構築した。そして、このゲノムライブラリを親株へ形質転換し、これら形質転換体のうち、NKH−7耐性を示す形質転換体を選抜した。この形質転換体からプラスミドを回収し、該プラスミドに挿入されているYNR1−1株由来のゲノム断片をシークエンシング(塩基配列決定)した。その結果、このゲノム断片は、YML083c及びYML084cのORF、並びにTUB1遺伝子を含むことが明らかになった。さらに、このゲノム断片からTUB1遺伝子のみをサブクローニングし、親株に形質転換すると、形質転換体がNKH−7耐性を示した。これにより、YNR1−1変異に起因する遺伝子がTUB1遺伝子であることが分かった。つまり、YNR1−1変異株は、TUB1遺伝子の変異により、NKH−7耐性を示すことが明らかになった。
【0083】
さらに、上記TUB1遺伝子のみをサブクローニングした断片をシークエンシングし、変異TUB1遺伝子の変異点を同定した。その結果、この変異TUB1遺伝子は、野生型TUB1遺伝子と比較して、アミノ酸配列の248番目のセリン(Ser)がプロリン(Pro)に置換する変異であることが分かった(図3のC)。さらに、PCRによる点変異導入法を用いて、野生型TUB1遺伝子に上記変異点を導入した。そして、この遺伝子をセントロメアベースのベクターに連結したプラスミドpRS−TUB1−248を構築し、親株に形質転換した。この形質転換体の表現型を図3のBに示す。pRS−TUB1−248の形質転換体は、図3のBに示されるように、NKH−7耐性を示した。さらに、この形質転換体は、図3のAに示すヘテロ2倍体(WT/YNR1−1)と類似したNKH−7耐性レベルを示した。このことから、YNR1−1変異株は、TUB1遺伝子の変異により、NKH−7耐性を示すことが確認された。以下、YNR1−1変異株をTUB1−248変異株と称する。
【0084】
出芽酵母(S.cerevisiae)ゲノムにおいて、α‐チューブリンをコードする遺伝子として、TUB1遺伝子、及びTUB3遺伝子が知られている。ゲノム上のTUB1遺伝子を破壊したtub1遺伝子破壊株は、生育不能、すなわち致死になる。一方、TUB3遺伝子を破壊したtub3遺伝子破壊株は、生育可能である。また、TUB3遺伝子の発現量は、TUB1遺伝子に比べ低くなっている。それゆえ、出芽酵母においては、tub1蛋白及びtub3蛋白のうち、tub1蛋白がα‐チューブリンの主要な機能を担っている。
【0085】
そこで、野生型TUB1遺伝子及びTUB1−248変異遺伝子の両バックグラウンドおける、tub3遺伝子破壊株のNKH−7に対する影響を調べた。もし、α‐チューブリンがNKH−7の作用機序のターゲットであるとすると、野生型TUB1遺伝子のバックグラウンドで、TUB3遺伝子破壊株は、NKH−7に対して感受性であることが予想される。図4に示されるように、野生株(以下、TUB1・TUB3株)と比較して、TUB3遺伝子破壊株(以下、TUB1・tub3Δ株)は、NKH−7に対し感受性を示し、1μMのNKH−7存在下で、生育が低下していた。このことから、α‐チューブリンがNKH−7の作用機序のターゲットであることが示唆される。
【0086】
上述した、NKH−7によるtub3遺伝子破壊株の生育阻害の理由として、NKH−7が、TUB3遺伝子の発現を向上させるという可能性が残されている。つまり、NKH−7が、TUB3遺伝子をターゲットとしている可能性が考えられる。
【0087】
このような可能性の正否を確かめるために、TUB1−248変異遺伝子バックグラウンドにおける、TUB3遺伝子破壊株のNKH−7に対する影響を調べた。もし、TUB3遺伝子由来の蛋白(以下、Tub3蛋白)の機能低下がNKH−7作用機序に起因するとすると、TUB1−248変異遺伝子及びTUB3遺伝子破壊の二重変異株(以下、TUB1−248・tub3Δ株)のNKH−7耐性度合いは、TUB1−248遺伝子変異株(以下、TUB1−248・TUB3株)よりも高くなることが予想される。なぜなら、TUB1−248・tub3Δ株では、Tub3蛋白は発現しておらず、β‐チューブリンと結合するα‐チューブリンは、全てTUB1−248変異遺伝子由来の蛋白(以下、tub1−248蛋白)である。これに対し、TUB1−248・TUB3株では、α‐チューブリンとしてTub3蛋白及びtub1−248蛋白が共存し、これら蛋白がβ‐チューブリンと結合している。それゆえ、TUB1−248・TUB3株と比較して、TUB1−248・tub3Δ株では、NKH−7耐性に寄与するtub1−248蛋白が、より多くβ‐チューブリンと結合し、微小管機能を担っている。
【0088】
図4に示されるように、TUB1−248・tub3Δ株は、TUB1・tub3Δ株よりもNKH−7耐性を示す。しかしながら、上記の予想に反し、TUB1−248・tub3Δ株は、TUB1−248・TUB3株よりもNKH−7耐性になっておらず、感受性になっていた。このことから、TUB3蛋白は、NKH−7作用機序に対し、機能向上に寄与することが考えられる。しかしながら、TUB3蛋白は、アミノ酸配列がTUB1蛋白と90%相同性があり、Tub1蛋白と異なる残りのアミノ酸配列がNKH−7作用機序に対し、機能向上に寄与することになる。それにも関わらず、上記の遺伝学的な結果は、NKH−7のターゲットがTub1蛋白であることを強く示唆する結果である。
【0089】
(5)NKH−7は、微小管構造の異常を誘発する。
【0090】
細胞内の微小管構造におけるNKH−7の影響を調べた。細胞内の微小管を可視化するため、ゲノムのURA3遺伝子座に、Tub1蛋白をGFPで標識するための遺伝子コンストラクトを挿入したYRC7株を構築した。そして、このYRC7株を用いて、微小管骨格の形態を顕微鏡観察した。その観察結果を図5に示す。図5に示されるように、NKH−7非処理の、対数増殖期の野生型酵母細胞(control)は、大部分の細胞で、伸長した微小管構造が観察された。これに対し、3μMのNKH−7で処理した酵母細胞では、縮小した微小管構造が観察された。
【0091】
(6)TUB1−248変異により付与される耐性の薬剤特異性
微小管重合阻害化合物としては、従来、α‐チューブリンをターゲットとする化合物とβ‐チューブリンをターゲットとする化合物が知られている。
【0092】
次に、従来知られている微小管重合阻害化合物存在下における、TUB1−248株と野生株との耐性レベルを比較することで、TUB1−248変異により付与される耐性が、α‐チューブリンとβ‐チューブリンとの何れの機能向上によるものかなのかを調べた。
【0093】
その結果を、図6に示す。図6に示されるPironetin(ピロネチン)は、α‐チューブリンをターゲットとする微小管重合阻害化合物であることが知られている。一方、Thiabendazole(チアベンダゾール)、Benomyl(ベノミル)、及びNocodazole(ノコダゾール)は、β‐チューブリンをターゲットとする微小管重合阻害化合物であることが知られている。
【0094】
同図に示されるように、TUB1−248株は、α‐チューブリンをターゲットとするPironetin(ピロネチン)に対し、顕著な交叉耐性を示していた。一方、β‐チューブリンをターゲットとするThiabendazole(チアベンダゾール)、及びNocodazole(ノコダゾール)に対しては、顕著な交叉耐性を示していなかった、すなわち、野性型株とTUB1−248株とで、薬剤耐性レベルの上限の違いがはっきりしていない。
【0095】
また、Benomyl(ベノミル)に対しては、目視可能に交差耐性を示していた。しかしながら、この交差耐性のレベルは、Pironetin(ピロネチン)ほど顕著ではなかった。
【0096】
(7)NKH−7による、zds1破壊酵母変異株におけるカルシウム(CaCl)存在下での生育阻害抑制効果と微小管重合阻害効果との機能的関連性
次に、zds1遺伝子破壊とTUB1−248遺伝子変異との2重変異株(YRC10)を構築した。そして、この2重変異株とzds1遺伝子破壊株とで、NKH−7に対する生育の影響を、上述したハローアッセイを用いて比較した。NKH−7のターゲット分子であるTub1蛋白が、zds1破壊酵母変異株における上記生育阻害抑制効果を仲介するものであれば、2重変異株の増殖ゾーンは、zds1遺伝子破壊株の増殖ゾーンよりも小さくなる。なぜなら、2重変異株のα‐チューブリンは、NKH−7に対し耐性を付与するからである。これに対し、NKH−7のターゲット分子であるTub1蛋白が、zds1破壊酵母変異株における上記生育阻害抑制効果を仲介しない場合、2重変異株の増殖ゾーンは、zds1遺伝子破壊株の増殖ゾーンと略同じ大きさになる。
【0097】
図7のAに示されるように、上記2重変異株(YRC10)は、zds1遺伝子破壊株と同様に、CaCl存在下で、NKH−7をスポットした部分を中心に増殖ゾーンのハローを形成していた。そして、この増殖ゾーンは、zds1遺伝子破壊株と比較して、若干縮小しているとともに、ハローを中心とした増殖阻止ゾーンが若干縮小され、鮮明になっていた。上記増殖阻止ゾーンの縮小は、上記2重変異株(YRC10)のNKH−7耐性によるものであると考えられる。
【0098】
また、上記増殖ゾーンの縮小は、zds1破壊酵母変異株におけるカルシウム(CaCl)存在下での生育阻害抑制効果が、NKH−7により若干抑えられることを示唆している。それゆえ、上記生育阻害抑制効果は、NKH−7の作用機序により仲介される可能性が考えられる。そこで、zds1破壊酵母変異株について、従来知られている微小管重合阻害剤(ノコダゾール及びピロネチン)について、CaClを含有するYPDアガー培地でのzds1Δ株の生育の影響を調べた(図7のB)。図7のBに示されるように、ノコダゾール及びピロネチンにより、zds1Δ株は、CaClを含有するYPDアガー培地での生育阻害が抑制されていた。このことは、zds1破壊酵母変異株におけるカルシウム(CaCl)存在下での生育阻害抑制効果が、微小管重合阻害化合物の作用機序により仲介されることを示唆する。
【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明の化合物は、微小管重合阻害作用を示し、細胞の増殖を抑制する効果を有することから、抗癌剤、抗カビ剤、駆虫薬、除草剤などに有用である。
【図面の簡単な説明】
【0100】
【図1】1‐ナフトール誘導体誘導体について、CaClを含有するYPDアガー培地でのzds1Δ株の生育の影響を調べた結果を示す図である。
【図2】Aは、YPDアガー培地及びYPD液体培地での、酵母野生型株及び酵母変異株YFK36の増殖を示す図である。なお、4つの増殖曲線はそれぞれ、上から順に0μM、1μM、2μM、及び4μMのNKH−7を含有するときの、酵母変異株YFK36の生育を示す増殖曲線である。Bは、NKH−7で処理した酵母細胞とNKH−7で処理していない酵母細胞(control)との細胞形態を示す図であり、Cは、FACS解析の結果を示す図である。
【図3】Aは、相補性グループYNR−1に属する酵母変異株の1つYNR1−1変異株の表現型を示す図であり、Bは、オリジナルのYNR1−1変異株と、プラスミドpRS−TUB1−248を親株に形質転換した形質転換体との生育を示す図であり、Cは、Tub1−248蛋白の変異点周辺のアミノ酸配列について、出芽酵母由来のTub1蛋白、出芽酵母由来のTub3蛋白、及びヒト由来Tub1蛋白をアライメントした結果を示し、「*」は、Tub1−248蛋白の変異箇所を示す。
【図4】NKH−7耐性について、野生型(TUB1)及びTUB1−248変異バックグラウンドでの、tub3破壊変異の影響を示した図である。
【図5】NKH−7処理下での、細胞内の微小管の形態を示した図である。
【図6】本発明の微小管重合阻害化合物に加え、従来知られている微小管重合阻害化合物存在下における、TUB1−248株と野生株との耐性レベルを比較した結果を示す図である。Aは、α−チューブリンをターゲットをする微小管重合阻害化合物存在下における耐性レベルを示し、Bは、β−チューブリンをターゲットをする微小管重合阻害化合物存在下における耐性レベルを示す。
【図7】Aは、NKH−7について、CaClを含有するYPDアガー培地でのTUB1−248株及びzds1Δ株の生育の影響を調べた結果を示す図であり、Bは、ノコダゾール及びピロネチンについて、CaClを含有するYPDアガー培地でのzds1Δ株の生育の影響を調べた結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞内の微小管重合を阻害する作用を有する微小管重合阻害化合物であって、
上記微小管重合阻害化合物が、1‐ナフトール誘導体であることを特徴とする微小管重合阻害化合物。
【請求項2】
上記1‐ナフトール誘導体が、下記化学式(1)または(2)で示される化合物であることを特徴とする請求項1に記載の微小管重合阻害化合物。
【化1】

(ただし、R、R、R、Rは水酸基、もしくは水酸基に変換し得る基を表す。)
【請求項3】
上記R、R、R、Rは水酸基、もしくはメトキシル基を表わすことを特徴とする請求項2に記載の微小管重合阻害化合物。
【請求項4】
上記1‐ナフトール誘導体が、下記化学式(3)
【化2】

で示される化合物であることを特徴とする請求項2に記載の微小管重合阻害化合物。
【請求項5】
微小管におけるα‐チューブリンをターゲットとすることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の微小管重合阻害化合物。
【請求項6】
請求項1〜5の何れか1項に記載の微小管重合阻害化合物を含有することを特徴とする微小管重合阻害剤。
【請求項7】
微小管重合阻害剤に対する上記微小管重合阻害化合物の量が、20μMよりも多くなっていることを特徴とする請求項6に記載の微小管重合阻害剤。
【請求項8】
請求項1〜5の何れか1項に記載の微小管重合阻害化合物を含有していることを特徴とする抗癌剤。
【請求項9】
請求項1〜5の何れか1項に記載の微小管重合阻害化合物を含有していることを特徴とする抗カビ剤。
【請求項10】
請求項1〜5の何れか1項に記載の微小管重合阻害化合物を含有していることを特徴とする除草剤。
【請求項11】
請求項1〜5の何れか1項に記載の微小管重合阻害化合物を含有していることを特徴とする駆虫剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−184968(P2009−184968A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−26621(P2008−26621)
【出願日】平成20年2月6日(2008.2.6)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【出願人】(501121277)カセサート大学 (1)
【Fターム(参考)】