説明

微量貴金属の高周波プラズマ質量分析装置を用いた分析方法

【課題】事前の分離操作を行うことなく、微量の貴金属を高周波プラズマ質量分析装置で高精度に分析するための方法を提供する。
【解決手段】(1)固体試料又はNaを500〜5000質量ppm含有する液体試料を準備する工程と、(2)固体試料の場合はナトリウム化合物を用いたアルカリ融解法によって試料を前処理し、Naを500〜5000質量ppm含有する試料溶液を調製する工程と、(3)液体試料又は試料溶液を、スキマーコーンを有するインターフェース部及び三段のイオンレンズを有するイオンレンズ部を備えた高周波プラズマ質量分析装置にて分析する工程とを含み、工程(3)において、インターフェース部に最も近い一段目のイオンレンズへの印加電圧を0Vとすること及び二段目並びに三段目の印加電圧をかけることにより感度を調整することを特徴とする試料中に含まれる貴金属の分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は微量貴金属の高周波プラズマ質量分析装置を用いた分析方法に関し、より詳細には、高マトリックスを含有する試料中の微量貴金属を高周波プラズマ質量分析装置を用いて分析する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
銅などの非鉄金属製錬において、有価金属、特にAu、Pt、Pd、Rh、Ru及びIrなどの貴金属を回収するための技術開発の必要性が高まっている。
貴金属の回収方法を決定する上では、自溶炉から電解槽までの貴金属の物量バランスを調査するといった製錬工程における貴金属の挙動把握を行うことが重要であるが、その存在量はμg/g以下と少ない場合が多いために、これまでは困難であった。
そこで、貴金属の高感度な分析方法が強く要請されている。目的を達成するためには、定量下限0.01g/t(0.01μg/g)程度の分析法が必要である。
【0003】
Auなどの貴金属の微量分析方法としては乾式試金法やテルル共沈法が知られている。
乾式試金法は試料を酸化鉛(II)及び融剤と混合し、融解試料を調整した後、るつぼ融解を行い、金などの貴金属を鉛ボタン中に捕集し、他の試料成分と分離する。鉛ボタンを灰吹することによって鉛を骨灰中に染み込ませ、貴金属だけを取り出してから定量する(非特許文献1)。
テルル共沈法は、テルルをキャリアーとし、塩酸溶液中から塩化スズ(II)還元によりAuなどの貴金属を選択的に共沈分離した後に定量する手法である(非特許文献2)。
これらの方法は大量な試料の分解、他成分からの濃縮分離及び感度の点で優れている。
【0004】
一方、微量元素を高感度に定量分析する装置としては、誘導結合プラズマ(ICP)又はマイクロ波誘導プラズマ(MIP)を用いた高周波プラズマ質量分析装置が知られている。高周波プラズマ質量分析装置は溶液化した試料に含まれる測定対象元素を高周波プラズマによりイオン化し、生成したイオンを質量分析計に導入し、測定対象元素の質量/電荷数(m/z)におけるイオンの個数を測定することにより同位体又は元素を分析する装置である。高周波プラズマ質量分析装置は極めて高感度に多元素同時分析が可能であり、極微量元素分析に適している。
【0005】
高周波プラズマ質量分析装置は、測定対象元素を高周波プラズマによりイオン化するプラズマトーチを備えたイオン化部と、大気圧の高周波プラズマ中で生成したイオンを高真空状態の質量分析部に効率よく導入するために差動排気されたサンプリングコーン及びスキマーコーンを備えたインターフェース部と、プラズマからイオンを効率よく引き出して質量分離部へ導くためのイオンレンズ部と、生成したイオンを質量分析するための質量分析部から主に構成されている(非特許文献3)。
【0006】
【非特許文献1】日本工業規格M8111「鉱石中の金及び銀の定量方法」
【非特許文献2】豊口ら、「原子吸光法による鉱石中の金の定量」、分析化学、日本分析化学会、Vol.16、1965年、p565
【非特許文献3】日本工業規格K0133「高周波プラズマ質量分析通則」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
高周波プラズマ質量分析装置の性能を最大限に活かすには、乾式試金法やテルル共沈法などの手法により試料からAuなどの貴金属を分離した上で、分析装置に導入することが望ましい。しかしながら、試料からAuなどの貴金属を分離する工程を必要とする方法は、分離操作が煩雑になることや分析時間がかかるなどから迅速な分析を必要とする連続試験などには不向きである。
【0008】
そこで本発明は、事前の分離操作を行うことなく、微量のAuなどの貴金属を高周波プラズマ質量分析装置で高精度に分析するための方法を提供することを課題とする。また、本発明はそのような分析方法を実施するための分析装置を提供することを別の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は上記課題を解決するに当たって、幾つかの問題点に遭遇した。
【0010】
銅などの非鉄金属製錬において、貴金属分析の対象となる試料は難溶解性であり、酸分解は適用できない場合が多い。そこで、固体試料の場合は前処理において完全に溶液化するために、アルカリ融解法を用いることが主流であり、高マトリックスを含む試料溶液を分析装置に導入することとなる。ここでの“マトリックス”とは、融解で用いたナトリウム塩、試料由来の銅、鉄などのことを指す。
【0011】
ところが、高マトリックスを含んだ溶液を分析装置に導入すると、干渉を起こす場合がある。干渉にはスペクトル干渉及び非スペクトル干渉がある。スペクトル干渉に対しては、試料の前処理としてアルカリ融解法を使用することにより、試料溶液においては試料由来の銅、鉄などに比べると前処理で用いるナトリウム量の割合が圧倒的に多くなる。そのため、測定における金などの貴金属のスペクトル干渉への影響の割合は抑制される。したがって、質量数の大きい微量のAuなどの貴金属の定量においては問題ないと考えられる。一方、非スペクトル干渉に対しては、試料中に含まれるマトリックスのために金などの貴金属の強度や安定性が低下するマトリックス効果が問題であった。
【0012】
メーカーが推奨する通常の測定条件で高周波プラズマ質量分析装置を使用した場合、マトリックス効果を避けるには、分離操作を経ずに直接分析装置に導入できる総マトリックス濃度は最大でも0.1%程度、高い検出強度を得るためには0.01%程度に制限する必要があった。そのため、試料溶液を測定可能な濃度まで希釈して測定することや、フローインジェクションを利用する微少量試料導入法などにより総マトリックス濃度を抑制する手法も考えられるが、これらの方法では分析感度の点で問題が残る。
【0013】
そこで、本発明者は高マトリックスを含んだ溶液を高周波プラズマ質量分析装置に導入しても、マトリックス効果を抑制できる測定条件を種々検討したところ、マトリックス効果は、目的定量元素のイオンの透過効率を最大とする測定条件においては大きいこと、及びインターフェース部から初段のイオンレンズの間のところでのイオン間の衝突により起こっていることが分かった。そして、インターフェース部を出た試料が最初に通過する一段目のイオンレンズには電圧を印加しないで高周波プラズマ質量分析装置を稼働することにより、マトリックス効果が有意に減少することを突き止めた。
【0014】
本発明は上記の知見を基礎として完成した本発明は一側面において、
(1)固体試料又はNaを500〜5000質量ppm含有する液体試料を準備する工程と、
(2)固体試料の場合はナトリウム化合物を用いたアルカリ融解法によって試料を前処理し、Naを500〜5000質量ppm含有する試料溶液を調製する工程と、
(3)液体試料又は試料溶液中の貴金属を、スキマーコーンを有するインターフェース部及び三段のイオンレンズを有するイオンレンズ部を備えた高周波プラズマ質量分析装置にて分析する工程とを含み、
工程(3)において、インターフェース部に最も近い一段目のイオンレンズへの印加電圧を0Vとすること及び二段目並びに三段目の印加電圧をかけることにより感度を調整することを特徴とする試料中に含まれる貴金属の分析方法である。
【0015】
本発明に係る分析方法の一実施形態においては、工程(3)において、二段目のイオンレンズに印加する電圧が−1〜−50Vであり、三段目のイオンレンズに印加する電圧が−150〜−450Vである。
【0016】
本発明に係る分析方法の更に別の一実施形態においては、工程(3)において、スキマーコーンは、断面における内壁形状が試料入射点を頂点とする五角形状であり、この五角形状は頂点から底辺に垂直に下ろした軸に対称であり、頂角が80〜130°、底角が60〜80°、オリフィス径が0.35〜0.45mmΦである。
【0017】
本発明に係る分析方法の更に別の一実施形態においては、貴金属はAuである。
【0018】
本発明に係る分析方法の別の一実施形態においては、Auを分析する際に内標準元素としてLuを使用し、内標準法で定量する。
【0019】
本発明に係る分析方法の別の一実施形態においては、液体試料又は試料溶液中のNa濃度が1000〜4000質量ppmである。
【0020】
本発明に係る分析方法の更に別の一実施形態においては、測定対象となる各貴金属の試料中濃度が100質量ppm以下である。
【0021】
本発明に係る分析方法の更に別の一実施形態においては、高周波プラズマ質量分析装置はICP質量分析装置である。
【0022】
本発明は別の一側面において、スキマーコーンを有するインターフェース部及び三段のイオンレンズを有するイオンレンズ部を備え、スキマーコーンは、断面における内壁形状が試料入射点を頂点とする五角形状であり、この五角形状は頂点から底辺に垂直に下ろした軸に対称であり、頂角が110〜130°、底角が40〜50°、オリフィス径が0.35〜0.45mmΦであり、インターフェース部に最も近い一段目のイオンレンズへの印加電圧を0Vに設定することが可能である上記分析方法を実施するための高周波プラズマ質量分析装置である。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、事前の分離操作を行うことなく、微量の貴金属を高周波プラズマ質量分析装置で高精度に分析することが可能となる。そのため、従来に比べて微量の貴金属を迅速に分析することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
対象試料
本発明が分析対象とする試料は貴金属を含有する試料である。本発明は特に微量の貴金属、一般には100質量ppm以下、とりわけ1質量ppm以下の濃度の貴金属を含有する液体及び固体試料を測定対象とする。液体試料としては、鉱石(例:銅鉱石)を高ナトリウム塩を含んだ酸などで浸出処理した際に発生する浸出液が典型的であり、固体試料としては鉱石(例:銅鉱石)を高ナトリウム塩を含んだ酸などで浸出処理した際に発生する浸出残渣が典型的である。固体試料としては銅精鉱、銅カラミ(スラグ)及び銅マット等の銅製錬工程における中間製品やダスト、自動車廃触媒、貴金属スクラップ或いはこれらの回収工程から発生する中間品も挙げられる。
本発明において、「貴金属」とは金(Au)、銀(Ag)、白金族(Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt)を指す。本発明はとりわけAuの分析に好適である。
従って、本発明に係る分析方法の典型的な実施形態においては、各貴金属の試料中濃度が100質量ppm以下であり、より典型的には1質量ppm以下であり、例えば0〜100質量ppmである。
【0025】
前処理
固体試料を高周波プラズマ質量分析装置に導入するためには少なくとも測定対象元素を溶解する必要があるが、測定対象元となる貴金属は難溶性であり、鉱酸類にはほとんど溶けないので、水酸化ナトリウム、硝酸ナトリウム、過酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム等のナトリウム化合物を用いたアルカリ融解法によって溶解する。この手法は一般的に行われているものであり、特に説明を要しないと考えるが、アルカリ融解法による前処理の手順を図1に例示する。
【0026】
まず、金属製(例:アルミナ製)のるつぼに入れた試料に、ナトリウム化合物(例:炭酸ナトリウム及び過酸化ナトリウム)の混合融剤を混ぜ、試料の飛沫防止のために過酸化ナトリウムで該混合物の表面を覆った後、該混合物の入ったるつぼをガスバーナー(例:ブンゼンバーナー)又は電気炉にて加熱して試料中の貴金属を融解する。その後、得られた融解物をビーカーに移し入れ、水を加えて加熱浸出する。放冷後、塩酸を加えて再度加熱溶解し、水を加えて定容する。その後、所定量を分取し、必要に応じて内部標準元素(例:Lu溶液)を加えて定容する。
【0027】
前処理を行った溶液試料にはNaが500〜5000質量ppm程度含まれるようにする。溶液試料を希釈してNa濃度を低くしすぎると、溶液試料中の測定対象となる貴金属濃度も低くなって分析精度が低下する一方、マトリックス効果の抑制や装置汚染を考慮した場合、溶液試料を濃縮してNa濃度を高くしすぎることも望ましくないからである。このような理由から、前処理を行った溶液試料にはNaが1000〜4000質量ppm程度含まれるようにするのが好ましく、2000〜3000質量ppm程度含まれるようにするのがより好ましい。
【0028】
一方、液体試料については前処理の必要はない。ただし、本発明が目的とするのは高ナトリウム塩(高マトリックス)を含む試料溶液のマトリックス効果の抑制であるから、液体試料としては上述したような濃度、すなわち、500〜5000質量ppm程度、好ましくは1000〜4000質量ppm程度、より好ましくは2000〜3000質量ppm程度のNaを含有する液体試料を測定対象とする。そのような試料は典型的には鉱石など(例:銅鉱石)を高ナトリウム塩を含んだ酸などで浸出処理した際に発生する浸出液である。
【0029】
浸出液を分析装置に投入するにあたっての試料調整手順の一例を図2に示す。まず、試料中のAuなどの貴金属を安定化させるために塩酸を加えた後に、水を加えて定容する。その後、所定量を分取し、必要に応じて内部標準元素(例:Lu溶液)を加えて定容する。
【0030】
高周波プラズマ質量分析装置
液体試料、又は固体試料に前処理を施して溶解した試料溶液は高周波プラズマ質量分析装置でJIS K0133に準拠して分析する。高周波プラズマ質量分析装置は誘導結合プラズマ(ICP)質量分析装置及びマイクロ波誘導プラズマ(MIP)質量分析装置の何れを用いてもよい。
本発明で使用する高周波プラズマ質量分析装置の構成は一部の構成を除いて一般的なものである。すなわち、(ア)試料を原子に分解し、更に励起・イオン化するためのイオン化源(高周波プラズマ:ICP又はMIP)と、これを維持するための電源及びその制御回路を有するイオン化部、(イ)大気圧下のプラズマと真空状態の質量分離部とを結ぶ境界を形成し、大気圧の高周波プラズマ中で生成したイオンを高真空状態の質量分析部に効率よく導入するために差動排気されたサンプリングコーン及びスキマーコーンを備えたインターフェース部、(ウ)プラズマからイオンを効率よく引き出して質量分離部へ導くための部分であり、イオンレンズ(引き出し電極)、粒子及び光子の遮蔽装置、収束電極を有するイオンレンズ部、(エ)イオンレンズ部から入射したイオンを、真空中のイオンに対する電磁場作用を利用して、質量毎に時間的・空間的に分離する質量分離部を備える。その他、検出部、ガス制御部、真空排気部、システム制御部及びデータ出力部も備える。
【0031】
本発明で使用する高周波プラズマ質量分析装置の構成のうち、特徴的な部分はイオンレンズ部の構成及びその稼働条件である。イオンレンズには電場型と磁場型があるが、本発明では電場型を使用する。電場型イオンレンズには、円孔レンズ、円筒レンズ、アインツェルレンズなどがあるが、本発明で使用するのは円孔レンズ型である。イオン引き込みレンズは三段で構成されており、インターフェース部に最も近い一段目のイオンレンズへの印加電圧を0Vとして分析装置を稼働する。理論によって本発明が限定されることを意図しないが、このようにすることで、主成分(例:ナトリウム、銅、鉄など)が導入された場合でも二段目以降のイオンレンズ系への汚染を防止すること、すなわち、一段目からのイオンを引き込むための収束が緩和されることで二段目と三段目のイオンレンズへの主成分の付着が軽減されるため、正確な印加電圧を二段目と三段目のイオンレンズへ供給できるようになること、及び測定時の感度低下を抑制することが期待できる。
【0032】
二段目及び三段目のイオンレンズに印加する電圧条件は、一段目のイオンレンズの印加電圧を0Vにした上で、測定対象元素に対する感度をモニタリングしながら二段目及び三段目の印加電圧を調節することにより最適化可能である。本発明の一実施形態においては、特に二段目のイオンレンズに印加する電圧が−1〜−50Vであり、三段目のイオンレンズに印加する電圧が−150〜−450Vである。
【0033】
その他の測定条件は、市販の高周波プラズマ質量分析装置のマニュアルに従えばよい。
【0034】
以上の構成及び測定条件で分析することにより、液体試料(例えば上述した浸出液)について0.01mg/L以下の定量下限を得ることができ、固体試料については0.1g/t程度の定量下限を得ることができる。しかしながら、本発明で使用するイオンレンズの電圧条件は通常条件と大きく異なるため、高い信号対バックグラウンド比(S/B比)が得られないという側面があり、これを補うことで更に定量下限を引き下げることができる。
【0035】
S/B比を増加させる手段としては、スキマーコーンの形状を変更することが挙げられる。スキマーコーンは一般に三角錐の形状をしており、断面における内壁形状は試料入射点を頂点とする二等辺三角形状であり、一般には頂角は55〜65°であり、オリフィス径は0.3〜1mmΦである(図4左参照)。しかしながら、スキマーコーンの形状として、断面における内壁形状を試料入射点を頂点とし、頂点から底辺に垂直に下ろした軸に対称である五角形状(図4右参照)へ変更することにより、定量下限を引き下げることができる。このように、スキマーコーンの内壁形状を変更することで定量下限を引き下げることができるのは、スキマーコーンの頂角の角度が拡がることにより、イオンが引き込まれる領域である“空間電荷領域”に対する衝突が抑制されることが予測できる。イオン運動の観点からの理論的な解明は未だできていないが、効果としては、アルゴン起因の分子イオンのスペクトル干渉の抑制が高いこと、及び高質量側のバックグラウンドの低減が認められた。そのため、質量数の大きい微量Auなどの貴金属の目標とする定量下限を達成するには有効である。本発明においては、内壁形状が二等辺三角形である従来型のスキマーコーンのことを「標準型スキマーコーン」、本発明に係る五角形状のスキマーコーンのことを「D型スキマーコーン」と呼ぶ。
【0036】
内壁の五角形状としては具体的には、頂角を80〜130°、底角を60〜80°、オリフィス径を0.35〜0.45mmΦとすることができる。典型的には、頂角は90〜110°、底角は60〜70°、オリフィス径は0.35〜0.45mmΦである。
D型スキマーコーンの断面における外壁形状は一般に、内面の形状を反映する五角形状である。肉厚は一般に0.1〜0.6mm程度が望ましい。目的のイオンを高い真空領域に効率良く引き込むことから、肉厚は頂点に近づくに従って徐々に薄くし、先端を鋭角にするのが一般的である。従って、外壁の五角形状については、頂角は内壁の頂角に比べて大きく、典型的には110〜130°である。底角は典型的には40〜50°である。
【0037】
D型スキマーコーンを用いることにより、測定下限値は液体試料についても固体試料についても0.01g/t以下とすることができる。
【0038】
定量分析の手法としては、検量線法、内標準法、標準添加法などが挙げられ、何れを使用してもよい。但し、銅鉱石中に含まれる貴金属中、特にAuを分析するに当たっては、内標準元素としてLuを使用した内標準法で分析することで精度良く分析が可能であることが分かっている。Luは銅鉱石に含まれていない点、イオン化エネルギーの値や質量数がAuと近い点で望ましい。
【実施例】
【0039】
以下、本発明及びその利点をより良く理解することができるように、実施例を記載するが、本発明はこれらの実施例に限定されることはない。
【0040】
例1:イオンレンズ電圧の調節によるマトリックス効果の抑制
金を1質量ppb含有するナトリウム濃度の異なる水溶液を用意し、ICP質量分析装置(SIIナノテクノロジー社製型式SPQ9400)で検出される金強度の変化をみた。測定条件はメーカー推奨条件(通常条件)と本発明に係る条件(発明条件)の二つとした(表1)。メーカー推奨条件とは目的定量元素のイオンの透過効率を最大とする測定条件である。
【0041】
【表1】

【0042】
ナトリウム濃度が0.01質量%のときの金強度を1としたときの相対強度について、通常条件の結果を図5に、発明条件の結果を図6に示す。通常条件ではナトリウム濃度の増加に伴って金強度が低下したのに対し、発明条件ではナトリウム濃度を0.3質量%加えても金強度の低下しなかったことが分かる。従って、マトリックス効果は、目的定量元素のイオンの透過効率を最大とする測定条件において影響を受けやすく、インターフェース部から一段目のイオンレンズの間のところで起こっていることが分かる。
【0043】
例2:マトリックス効果が検量線の傾きへ与える影響の抑制
ナトリウム塩を含有しない金の水溶液(単品)と、ナトリウム塩を0.3質量%含有する金の水溶液(ナトリウム塩)について、含有金濃度を0μg/L、0.5μg/L、1μg/L、5μg/Lと変化させたときのICP質量分析装置(SIIナノテクノロジー社製型式SPQ9400)で検出される金強度の変化をみた。測定条件は例1と同様にメーカー推奨条件(通常条件)と本発明に係る条件(発明条件)の二つとした。
【0044】
この結果、通常条件においては、図7に示すようにマトリックス効果を受けて金の強度が低下し、検量線の傾きが低下することがわかった。一方、発明条件では図8に示すようにナトリウム塩含有の有無に関わらず検量線の傾きがほぼ一致し、マトリックス効果を抑制することができることがわかった。
【0045】
例3:内標準元素として適切な元素の決定
Au、Y、Gd、Tm、Lu又はTlを1質量ppb含有するナトリウム塩濃度の異なる水溶液をそれぞれ用意し、ICP質量分析装置(SIIナノテクノロジー社製型式SPQ9400)で検出される各元素強度の変化をみた。測定条件は例1の発明条件と同様である。ナトリウム濃度が0.01質量%のときの各元素の強度を1としたときの相対強度について、結果を図9に示す。この結果、ルテチウムと金の強度変化はほぼ一致したことが分かる。また、発明条件であってもナトリウム濃度が0.3質量%を超えた辺りからマトリックス効果の影響を受けて、強度が低下したことが分かる。
【0046】
例4:実試料に対するマトリックス効果の抑制
実際の試料にはナトリウム以外のマトリックス成分も含まれる。そこで、内標準元素としてLuを用いて、内標準法により試料中の金の検量線を作成した。測定条件は例1の発明条件と同様である。検量線はナトリウムを含有しない金の水溶液(単品)、ナトリウムを0.3質量%含有する金の水溶液(ナトリウム塩)、及び鉱石(例:銅鉱石)から高ナトリウム塩を含有する酸から浸出された浸出液(ナトリウムを0.2質量%含有)について作成した。試料中の金濃度はすべて既知のものを使用した。結果を図10に示す。図より、実試料における金の検量線の傾きは単品やナトリウム塩とほぼ一致していることが分かる。このことは、実試料においても、本発明の分析方法によってマトリックス効果が抑制されていることを示す。
【0047】
例5:スキマーコーンの形状を変更することによる感度向上
例1の発明条件では、スキマーコーンの形状は一般的な三角錐型(頂角60°、オリフィス径0.4mmΦ)である。例1の発明条件を用いたときに、0.3質量%のナトリウムを含有する金の水溶液に対する空試験のバックグラウンド等価濃度(以下、「BEC値」という。)から検出限界と定量下限を求めた結果を表2に示す。この結果、浸出液中の微量金の定量下限については、定量下限0.01mg/Lを達成できることが分かった。一方、鉱石などの固体試料においては定量下限0.01g/tを得ることはできなかったが、定量下限0.1g/tまでの微量金の定量に関して十分可能であることは分かった。
【0048】
【表2】

【0049】
スキマーコーンの形状をD型(内壁:頂角が90〜100°、底角が60〜70°、外壁:頂角が110〜130°、底角が40〜50°、オリフィス径が0.35〜0.45mmΦ;図11参照)に変えて、先と同様にBEC値から検出限界と定量下限を求めた結果を表3に示す。この結果、固体試料について定量下限0.01g/tを達成できることが分かった。
【0050】
【表3】

【0051】
例6:測定精度の検証
標準物質(銅精鉱及び白金鉱石)に図1に記載の前処理を行った上で、スキマーコーンの形状を例5で使用したD型とした上で、例1の発明条件で、これらに含まれる金の濃度を分析した。結果を表4に示す。標準物質中の微量金の定量結果は認証値と良く一致しており、測定精度が高いことを検証できた。
【0052】
【表4】

【0053】
例7:乾式試金法との比較
湿式製錬技術からの処理によって連続排出される浸出残渣の52ロット分について、本発明に係る方法と乾式試金法のそれぞれの方法で残渣中に含まれる金の濃度を分析した。本発明に係る方法として、図1に記載の前処理を行い、スキマーコーンの形状を例5で使用したD型とした上で、例1の発明条件でICP質量分析を行った。本発明に係る方法と乾式試金法では測定結果が良く一致した(図11)。
【0054】
例8:テルル共沈法との比較
銅鉱石を高ナトリウム塩を含有する酸を用いて浸出処理した際に得られた4種類の浸出液A〜Dについて、本発明に係る方法とテルル共沈法のそれぞれの方法で試料中に含まれる金の濃度を分析した。本発明に係る方法として、図1に記載の前処理を行い、スキマーコーンの形状を例5で使用したD型とした上で、例1の発明条件でICP質量分析を行った。結果を表5に示す。本発明に係る方法とテルル共沈法では測定結果が良く一致した。
【0055】
【表5】

【0056】
例9:同一試料の繰り返し精度
試料Dについて、例8における本発明の方法で8回分析したときの金の濃度の平均値と標準偏差を表6に示す。本発明に係る分析方法によれば測定結果の再現性も高いことが分かる。
【0057】
【表6】

【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】アルカリ融解法による固体試料の前処理手順を例示する図である。
【図2】液体試料の調整手順を例示する図である。
【図3】高周波プラズマ質量分析装置のインターフェース部及びイオンレンズ部の概略断面図である。
【図4】高周波プラズマ質量分析装置のスキマーコーンの概略断面図である。左側が標準型スキマーコーンであり、右側がD型スキマーコーンである。
【図5】通常条件において試料中のナトリウム濃度を変化させたときの金強度の変化を示す図である。
【図6】発明条件において試料中のナトリウム濃度を変化させたときの金強度の変化を示す図である。
【図7】通常条件における金の検量線の傾きを示す図である。
【図8】発明条件における金の検量線の傾きを示す図である。
【図9】発明条件において、試料中のナトリウム濃度を変化させたときの金及び内標準元素の強度の変化を示す図である。
【図10】内標準元素としてLuを用いたときの、単品、ナトリウム塩及び実試料に対する金の検量線の傾きを示す図である。
【図11】本発明の方法と乾式試金法の場合について分析値の比較を示す図である。
【図12】実施例で使用したD型スキマーコーンの形状を示す図である。
【符号の説明】
【0059】
1 トーチ
2 サンプリングコーン
3 スキマーコーン
4 一段目イオンレンズ
5 二段目イオンレンズ
6 三段目イオンレンズ
11 頂角
12 頂角
13 底角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)固体試料又はNaを500〜5000質量ppm含有する液体試料を準備する工程と、
(2)固体試料の場合はナトリウム化合物を用いたアルカリ融解法によって試料を前処理し、Naを500〜5000質量ppm含有する試料溶液を調製する工程と、
(3)液体試料又は試料溶液中の貴金属を、スキマーコーンを有するインターフェース部及び三段のイオンレンズを有するイオンレンズ部を備えた高周波プラズマ質量分析装置にて分析する工程とを含み、
工程(3)において、インターフェース部に最も近い一段目のイオンレンズへの印加電圧を0Vとすること及び二段目並びに三段目の印加電圧をかけることにより感度を調整することを特徴とする試料中に含まれる貴金属の分析方法。
【請求項2】
工程(3)において、二段目のイオンレンズに印加する電圧が−1〜−50Vであり、三段目のイオンレンズに印加する電圧が−150〜−450Vである請求項1記載の分析方法。
【請求項3】
工程(3)において、スキマーコーンは、断面における内壁形状が試料入射点を頂点とする五角形状であり、この五角形状は頂点から底辺に垂直に下ろした軸に対称であり、頂角が80〜130°、底角が60〜80°、オリフィス径が0.35〜0.45mmΦである請求項1又は2記載の分析方法。
【請求項4】
貴金属はAuである請求項1〜3何れか一項記載の分析方法。
【請求項5】
内標準元素としてLuを使用し、内標準法で定量する請求項4記載の分析方法。
【請求項6】
液体試料又は試料溶液中のNa濃度を1000〜4000質量ppmとする請求項1〜5何れか一項記載の分析方法。
【請求項7】
測定対象となる各貴金属の試料中濃度が100質量ppm以下である請求項1〜6何れか一項記載の分析方法。
【請求項8】
高周波プラズマ質量分析装置はICP質量分析装置である請求項1〜7何れか一項記載の分析方法。
【請求項9】
スキマーコーンを有するインターフェース部及び三段のイオンレンズを有するイオンレンズ部を備え、スキマーコーンは、断面における内壁形状が試料入射点を頂点とする五角形状であり、この五角形状は頂点から底辺に垂直に下ろした軸に対称であり、頂角が110〜130°、底角が40〜50°、オリフィス径が0.35〜0.45mmΦであり、インターフェース部に最も近い一段目のイオンレンズへの印加電圧を0Vに設定することが可能である請求項3〜7何れか一項記載の分析方法を実施するための高周波プラズマ質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−128315(P2009−128315A)
【公開日】平成21年6月11日(2009.6.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−306457(P2007−306457)
【出願日】平成19年11月27日(2007.11.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 日本鉱業協会、「全国鉱山・製錬所現場担当者会議講演集分析講演集」、平成19年5月28日
【出願人】(591007860)日鉱金属株式会社 (545)
【出願人】(503460323)エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社 (330)
【Fターム(参考)】