説明

応力保持装置およびX線回折装置

【課題】本発明は、装置の高さが低く、広角度のX線が入射でき、かつ、任意の応力が保持できる応力保持装置およびX線回折装置を提供することを課題とする。
【解決手段】少なくとも一対の楔13,14を用いて荷重方向を変換し、平板状の試験体1に四点曲げの負荷を付与することにより均一な応力状態が保持され、さらに、試験体1と楔13,14との間にひずみゲージからなるロードセル15を取り付けた平板を設置し、試験体1に加わる負荷を任意に設定できる装置を構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線回折などを利用した応力測定に必要な一定荷重を保持する応力保持装置およびX線回折装置に関する。
【0002】
さらに詳しくは、X線回折などを利用した応力測定に際しては、試験体に任意の荷重が付与された状態において、X線回折などによる応力測定値に用いる定数を測定し、校正する必要がある。本発明は、試験体に付与される一定の応力を、試験体に貼り付けたひずみゲージあるいはロードセルを用いて決定することが可能な応力保持装置およびX線回折装置に関する。
【背景技術】
【0003】
試験体に一定の荷重を付与し、維持する手法の一つとして四点曲げ法が知られている。四点曲げ用治具で試験体の表面状態を測定できる装置として、ねじ式により試験体の下方から直接負荷をかける方式が知られている(例えば、特許文献1参照)。しかし、このねじ式は、バックラッシュの問題があり、精度の高い荷重の設定が困難であるという問題があった。また、ねじ式で直接負荷をかける方式では、装置の高さが大きくなり、X線回折装置などの分析装置に設置する際の障害となるという問題もあった。
【0004】
このねじ式のバックラッシュおよび装置の高さの問題を解決する手段として、楔を用いて荷重方向を変換する方式を応用した荷重測定装置がある(例えば、特許文献2参照)。しかし、この装置は、大きな荷重を許容荷重が小さい測定器で測定することを目的としたもので、X線回折装置などへの搭載を目的としたものではない。
【0005】
X線応力測定の定数を求めるために用いられる曲げ負荷装置として、回折光の測定中の負荷を保持でき、かつX線照射領域内で均一な応力を負荷できるように、図10に示すようなカンチレバーとねじとを利用した装置が実用に供されている(例えば、非特許文献1参照)。しかし、図10に示す装置では、試験体から負荷ねじ中心線までの長さが78mmであり、装置の高さが大きいため、X線回折装置に設置する際の制限が大きいこと、さらに、試験体における曲率の精度が低いことが問題となっている。
【0006】
【特許文献1】特開2000−131206号公報
【特許文献2】特表2001−33321号公報
【非特許文献1】日本材料学会X線材料強度部門委員会、「X線応力測定法標準(2002年版)-鉄鋼編-」、2001年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
試験体の表面層の応力をX線で計測する場合、高精度化のために、試験体表面への入射および試験体表面からの回折の検出を、試験体の表面に対して広い角度で行う必要がある。
【0008】
X線回折測定において、図10に示した非特許文献1に記載の従来の曲げ負荷装置では、以下のような課題がある。
第一に、カンチレバーを利用して平板に曲げを与えるために、負荷荷重および曲率半径に見合ったレバー長さが必要となり、装置の高さが増長する。また、負荷の作用部は強度が必要であり、この部位が試験体表面より張り出す結果、試験体表面に対してX線の入射範囲および回折したX線の検出の可能な範囲が小さな範囲に限定されてしまうため、X線回折装置のゴニオステージへの搭載は困難となる。
【0009】
第二に、負荷の大きさの測定は試験体に貼り付けたひずみゲージによって行われるため、材料の機械的弾性係数が既知であるものにしか適用できない。また、レバー長さが一定であるため、試験体の厳密な曲率の制御は困難である。
第三に、設置位置および方向の課題があり、X線回折装置に搭載した状態で測定系に対する評価面の垂直設置および負荷の変更などは容易ではない。
【0010】
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、装置の高さを抑制することができ、X線回折装置に搭載して、試験体に対するX線の入射角度や検出角度を拡げることができる応力保持装置およびX線回折装置を提供することを目的としている。
【0011】
また、機械的弾性係数が未知の試験体にも適用することができ、試験体の曲率制御が容易であり、X線回折装置に搭載した状態での測定系に対する試験体の評価面の垂直設置や負荷の変更が容易である応力保持装置およびX線回折装置を提供することも目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、本発明に係る応力保持装置は、平板状の試験体に四点曲げの負荷を付与する応力保持装置であって、少なくとも一対の楔を設置し、各楔により荷重方向が変換される機構を有することを特徴とする。
【0013】
本発明に係る応力保持装置は、各楔により、例えば水平方向の変位を高さ方向に変えて、試験体に与える荷重方向を変換することができる。このため、装置の高さを抑制することができる。また、カンチレバーではなく四点曲げによって曲げ応力を生じさせるため、装置の高さをさらに抑制することができる。これにより、本発明に係る応力保持装置は、前記試験体の表面層の応力状態を測定するよう、X線回折装置に設置可能である。
【0014】
本発明に係る応力保持装置は、X線回折装置に設置されたとき、試験体に対するX線の入射角度や検出角度を拡げることができる。本発明に係る応力保持装置は、前記試験体の中央部にX線を入射するとき、入射角が前記試験体の表面に対して前記試験体の長手方向で11度〜90度、前記試験体の短手方向で0度〜90度の範囲になるよう設定可能である。また、本発明に係る応力保持装置は、四点曲げであり、負荷の大きさを変更しても試験体の中央は平行に移動するため、X線回折装置に設置されたとき、測定系に対して評価面を常に垂直に維持できる。また、各楔による負荷機構は、ねじ単体よりもバックラッシュが少ないうえ、試験体の側面から負荷の調整が行えるため、X線回折装置に搭載したままでの負荷変更が容易である。
【0015】
本発明に係る応力保持装置は、各楔の角度を調節することにより、試験体に与える負荷変位の範囲や変位の変換倍率を変更することができる。また、試験体に与える変位の変換倍率を大きくすることにより、変位の微調整が容易になり、試験体の曲率制御を容易にすることができる。
【0016】
本発明に係る応力保持装置で、一方の楔は基準面と、前記基準面の反対側に前記基準面に対して所定の角度で傾斜した傾斜面とを有し、前記基準面が前記試験体に対して固定された設置面に接するよう設置されており、他方の楔はスライド面と、前記スライド面の反対側に位置する作用部とを有し、前記スライド面が前記傾斜面に接するよう設けられ、前記基準面と前記作用部との距離が開くよう、前記スライド面を前記傾斜面に沿って相対的にスライドさせるとき、前記作用部により前記試験体に負荷を付与可能に構成されていることが好ましい。この場合、他方の楔のスライド面を一方の楔の傾斜面に沿って相対的にスライドさせるときの方向と、一方の楔の基準面と他方の楔の作用部との距離が開く方向とが異なるため、各楔により試験体に与える荷重方向を変換することができる。
【0017】
本発明に係る応力保持装置は、支持台と1対の固定負荷軸と1対の荷重負荷軸とを有し、前記支持台は前記設置面を有し、各固定負荷軸は前記試験体の一方の面側で、所定の間隔で互いに平行を成して前記支持台に設けられ、各荷重負荷軸は前記試験体の他方の面側で、双方が各固定負荷軸の内側または外側で各固定負荷軸に対して平行を成すよう前記所定の間隔と異なる間隔で互いに平行に設けられ、前記試験体の他方の面に対して進退可能、かつ各固定負荷軸とともに前記試験体を挟んで支持可能に構成され、前記他方の楔は、前記作用部により前記試験体の他方の面に対して各荷重負荷軸を押し付けて、前記試験体に負荷を付与可能に構成されていることが好ましい。この場合、各固定負荷軸および各荷重負荷軸により、試験体に四点曲げの負荷を付与することができる。負荷作用点である各固定負荷軸の保持部に門型の構造を採用することにより、強度を高めることができ、かつ、X線回折装置に搭載されたとき、試験体の表面より測定装置側への部品の張り出しを少なくすることができる。このため、試験体に対するX線の入射角度や検出角度をさらに拡げることができる。
【0018】
本発明に係る応力保持装置は、前記試験体と各楔との間にひずみゲージを取り付けた平板によるロードセルを設置し、前記ひずみゲージの測定値に基づいて前記試験体へ加わる負荷を特定可能であることが好ましい。また、本発明に係る応力保持装置は、ロードセルを有し、前記ロードセルは平板状を成し、前記他方の楔と各荷重負荷軸との間に、一方の面の中央部に前記作用部が配置され、他方の面側の前記作用部を挟む位置に各荷重負荷軸が配置されるよう設けられ、前記作用部による負荷により撓んで各荷重負荷軸を均等に前記試験体の他方の面に押し付け可能に構成されており、少なくとも前記一方の面または前記他方の面のいずれか一方に取り付けられたひずみゲージを有していてもよい。この場合、負荷変位を試験体にあたえることによって生ずる荷重を、ロードセルにより直接測定することができる。このため、荷重−変位曲線あるいは荷重−ひずみ曲線を得ることができ、機械的弾性係数やX線的弾性係数が未知である試験体にも適用することができる。
【0019】
本発明に係る応力保持装置は、弾性係数の異なる材質や異なる板厚の材料を用いた前記ロードセルおよび勾配の異なる各楔を用いることにより、弾性係数が異なる様々な前記試験体の応力状態を測定可能である。
【0020】
本発明に係るX線回折装置は、前記試験体の表面層の応力状態を測定可能に、本発明に係る応力保持装置が設置されていることを、特徴とする。
【0021】
本発明に係るX線回折装置は、本発明に係る応力保持装置を利用するため、試験体に対するX線の入射角度や検出角度を拡げることができる。また、応力保持装置が四点曲げであり、負荷の大きさを変更しても試験体の中央は平行に移動するため、測定系に対して評価面を常に垂直に維持できる。また、各楔による負荷機構は、ねじ単体よりもバックラッシュが少ないうえ、試験体の側面から負荷の調整が行えるため、応力保持装置を搭載したままでの負荷変更が容易である。
【発明の効果】
【0022】
本発明による応力保持装置では、カンチレバーではなく四点曲げによって曲げ応力を生じさせることにより、高さを抑制している。さらに、負荷作用点の保持部に門型の構造を採用しているため、強度が高く、かつ試験体の表面より測定装置側への部品の張り出しが少ない。
【0023】
試験体に与える負荷の大きさについては、楔を用いることにより、楔を介して水平方向の変位を高さ方向に変えて負荷変位の調整を行う。楔の角度により、試験体に与える負荷変位の範囲や変位の変換倍率を変更することができる。
【0024】
負荷変位を試験体にあたえることによって生ずる荷重は、内蔵したロードセルによって直接測定することができ、荷重−変位曲線あるいは荷重−ひずみ曲線を得ることができ、機械的弾性係数やX線的弾性係数が未知である材料への適用が可能である。
【0025】
四点曲げのため、負荷の大きさを変更しても試験体の中央は平行に移動するため、測定系に対して評価面を常に垂直に維持できる。また、楔による負荷機構は、ねじ単体よりもバックラッシュが少ないうえ、試験体の側面から負荷の調整が行えるため、X線回折装置に搭載したままでの負荷変更が容易である。
【0026】
本発明によれば、装置の高さを抑制することができ、X線回折装置に搭載して、試験体に対するX線の入射角度や検出角度を拡げることができる応力保持装置およびX線回折装置を提供することができる。
【0027】
また、機械的弾性係数が未知の試験体にも適用することができ、試験体の曲率制御が容易であり、X線回折装置に搭載した状態での測定系に対する試験体の評価面の垂直設置や負荷の変更が容易である応力保持装置およびX線回折装置を提供することもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、図面に基づき、本発明の実施の形態について説明する。
図1乃至図9は、本発明の実施の形態の応力保持装置およびX線回折装置を示している。
図1に、製作した応力保持装置10の詳細を示す。図1に示すように、応力保持装置10は、平板状の試験体1に四点曲げの負荷を付与する応力保持装置10であって、1対の負荷作用ピン(上)11と支持台12と1対の楔13,14とロードセル15と1対の負荷作用ピン(下)16とを有している。
【0029】
図1に示すように、支持台12は、矩形板21と4本の脚22と1対の梁23とを有している。各脚22は、同じ大きさの角柱状を成し、矩形板21の表面の四隅に、矩形板21の表面に対して垂直に伸びるよう互いに平行に設けられている。各梁23は、細長く、矩形板21の長さ方向に沿った両端の、矩形板21の幅方向に沿って並んだ2つの脚22の上部にそれぞれ架け渡されている。各梁23は、下面に、長さ方向に沿って形成されたV字溝23aを有している。支持台12は、矩形板21の長さ方向に沿った両端の1対の脚22および梁23が門型の骨組みを成している。また、支持台12は、各脚22に囲まれた矩形板21の表面が、試験体1に対して固定された設置面21aを成している。
【0030】
各負荷作用ピン(上)11は、細長い円柱状の棒から成り、中央部が太く、両端部が細く形成されている。各負荷作用ピン(上)11は、それぞれ各梁23のV字溝23aに挿入されており、両端部が各脚22および梁23に挟まれて落下しないよう取り付けられている。各負荷作用ピン(上)11は、それぞれ1対の脚22に挟まれた中央部で、梁23の下面より下方に突出している。このように、各負荷作用ピン(上)11は、試験体1の上面側で、所定の間隔で互いに平行を成して支持台12に設けられている。なお、各負荷作用ピン(上)11は、各固定負荷軸を成している。
【0031】
図1に示すように、各楔13,14は、ほぼ同じ六面体形状を成している。各楔13,14は、矩形状の基準面と、基準面に対して垂直を成し、基準面の長辺に沿って互いに平行に設けられた1対の側面と、基準面および各側面に対して垂直を成し、基準面の短辺に沿って互いに平行に設けられた1対の端面と、基準面の反対側に、各側面に対して垂直を成し、基準面に対して所定の角度で傾斜した傾斜面とを有している。一方の楔13は、基準面が設置面21aに接し、傾斜面が上方に向くよう、設置面21aの中央部に設置されている。他方の楔14は、傾斜面がスライド面を成し、スライド面の反対側の基準面が作用部を成している。他方の楔14は、スライド面が一方の楔13の傾斜面に接し、作用部が上方に向くよう設置されている。
【0032】
各楔13,14は、設置面21aに固定された楔スライド用ガイド17に沿って、一方の楔13が設置面21aに沿ってスライドし、他方の楔14が上下方向に昇降するようになっている。また、各楔13,14は、一方の楔13の一方の端面側で設置面21aに固定された負荷調整めねじ18に、負荷調整おねじ19をねじ込むことにより、負荷調整おねじ19の先端で、一方の楔13の一方の端面を押して一方の楔13をスライドさせるようになっている。
【0033】
図1に示すように、ロードセル15は、可撓性の矩形の平板状を成し、矩形板21の長さ方向に沿って矩形板21に対して平行を成すよう、他方の楔14の作用部の上に取り付けられている。ロードセル15は、両端部のバランスをとるよう、下面の長さ方向の中央部に作用部が配置されている。ロードセル15は、長さ方向の中央部から両端に向かって等距離の位置の両面に取り付けられた4つのひずみゲージを有している。また、ロードセル15は、上面に載せて設置された中間部材24を有している。中間部材24は、直方体状を成し、下面の長さ方向に沿った中央部が凹状に形成され、下面の両端部がロードセル15の上面の両端部に接するよう設けられている。中間部材24は、上面が試験体1に対して平行を成し、上面の両端部に各梁23のV字溝23aに対して平行を成すよう形成された1対のV字状の挿入溝24aを有している。
【0034】
各負荷作用ピン(下)16は、細長い円柱状の棒から成り、それぞれ中間部材24の各挿入溝24aに挿入されている。各負荷作用ピン(下)16は、それぞれ中間部材24の上面より上方に突出している。このように、各負荷作用ピン(下)16は、試験体1の下面側で、双方が各負荷作用ピン(上)11の内側で各負荷作用ピン(上)11に対して平行を成すよう互いに平行に設けられている。各負荷作用ピン(下)16は、各楔13,14により、ロードセル15および中間部材24を介して、試験体1の下面に対して進退可能、かつ各負荷作用ピン(上)11とともに試験体1を挟んで支持可能になっている。なお、各負荷作用ピン(下)16は、各荷重負荷軸を成している。
【0035】
図1に示すように、応力保持装置10は、試験体1と各楔13,14との間にひずみゲージを取り付けたロードセル15が設置されている。また、ロードセル15は、他方の楔14と各負荷作用ピン(下)16との間に、上面側の作用部を挟む位置に各負荷作用ピン(下)16が配置されるよう設けられている。応力保持装置10は、一方の楔13の基準面と他方の楔14の作用部との距離が開くよう、スライド面を傾斜面に沿って相対的にスライドさせるとき、ロードセル15が作用部による負荷により撓んで、各負荷作用ピン(下)16を均等に試験体1の下面に押し付け、試験体1に負荷を付与可能になっている。また、このとき、ロードセル15のひずみゲージの測定値に基づいて、試験体1へ加わる負荷を特定可能になっている。
【0036】
図1に示すように、負荷作用ピン(上)11は、左右独立した門型の骨組みに付いている。梁23の下面にはV字溝23aが加工してあり、段つきの負荷作用ピン(上)11の細い両端が門型の骨組みの脚22と梁23との間にできた三角形の穴に収まることで落下防止になっている。負荷時には、この浮動状態の負荷作用ピン(上)11がV字溝23aに沿って移動するため、正確な位置決めが行われる。梁23の断面は、試験体1の中央に向かって傾斜しており、水平に近い角度でのX線の入射および回折X線の検出の際に陰を作らないようになっている。これらの構造により、図2に示すように、長手方向において水平から最小11度、短手方向では水平位置(0度)からX線の入射が可能となる。
【0037】
負荷機構は、一対の楔13,14を用いて、側面からの押込み荷重を昇降に変換している。図1に示すように、負荷機構は、負荷調整めねじ18に対して負荷調整おねじ19をねじ込んで、負荷調整おねじ19の先端で楔13の一方を押すことにより、楔スライド用ガイド17に沿って楔13の一方をスライドさせ、楔14の他方に対して一方を昇降させるようになっている。楔13,14を利用することにより荷重保持が容易となり、さらには昇降のバックラッシュを無くしている。また、楔13,14の勾配を変更することにより試験体1へ与える変位のレンジを変更することができ、試験体1の寸法や剛性が異なる広範囲な材料へ対応を行うことができる。必要に応じ、楔13,14の勾配も最適な角度を有するものを選択することが好ましい。
【0038】
負荷の大きさは、楔13,14の上に設けられた4枚のひずみゲージからなるロードセル15によって測定を行う。また、ロードセル15のばねの効果によって2本の負荷作用ピン(下)16に均等な力がかかるようバランスをとっている。弾性係数の異なる材質や異なる板厚の材料を用いることにより、測定荷重のレンジや分解能を変更することができる。
【0039】
応力保持装置10は、各楔13,14により、水平方向の変位を高さ方向に変えて、試験体1に与える荷重方向を変換することができる。このため、装置の高さを抑制することができる。また、カンチレバーではなく四点曲げによって曲げ応力を生じさせるため、装置の高さをさらに抑制することができる。このため、図3に示すように、応力保持装置10は、試験体1の表面層の応力状態を測定するよう、X線回折装置に設置可能である。
【0040】
図3に示すように、応力保持装置10は、X線回折装置に設置されたとき、試験体1に対するX線の入射角度や検出角度を拡げることができる。応力保持装置10は、試験体1の中央部にX線を入射するとき、入射角が試験体1の表面に対して試験体1の長手方向で11度〜90度、試験体1の短手方向で0度〜90度の範囲になるよう設定可能である。また、応力保持装置10は、四点曲げであり、負荷の大きさを変更しても試験体1の中央は平行に移動するため、X線回折装置に設置されたとき、測定系に対して評価面を常に垂直に維持できる。また、各楔13,14による負荷機構は、ねじ単体よりもバックラッシュが少ないうえ、試験体1の側面から負荷の調整が行えるため、X線回折装置に搭載したままでの負荷変更が容易である。
【0041】
応力保持装置10は、各負荷作用ピン(上)11および各負荷作用ピン(下)16により、試験体1に四点曲げの負荷を付与することができる。負荷作用点である各負荷作用ピン(上)11の保持部に門型の構造を採用することにより、強度を高めることができ、かつ、X線回折装置に搭載されたとき、試験体1の表面より測定装置側への部品の張り出しを少なくすることができる。このため、試験体1に対するX線の入射角度や検出角度をさらに拡げることができる。
【0042】
応力保持装置10は、負荷変位を試験体1にあたえることによって生ずる荷重を、ロードセル15により直接測定することができるため、荷重−変位曲線あるいは荷重−ひずみ曲線を得ることができ、機械的弾性係数やX線的弾性係数が未知である試験体1にも適用することができる。
【0043】
応力保持装置10は、各楔13,14の角度を調節することにより、試験体1に与える負荷変位の範囲や変位の変換倍率を変更することができる。また、試験体1に与える変位の変換倍率を大きくすることにより、変位の微調整が容易になり、試験体1の曲率制御を容易にすることができる。応力保持装置10は、弾性係数の異なる材質や異なる板厚の材料を用いたロードセル15および勾配の異なる各楔13,14を用いることにより、弾性係数が異なる様々な試験体1の応力状態を測定可能である。
【実施例1】
【0044】
以下に実際の測定手順について説明する。
図3に示すように、三次元ゴニオステージ30を有するX線回折測定装置に応力保持装置10を取り付け、ロードセル15の信号を計測装置につないだ後、ロードセル15の零点およびスパン校正を行い、応力保持装置10が水平の状態で試験体1を導入し、ピン昇降楔13,14を前進させて任意の荷重を与える。回折測定時、試験体1の回転角度が大なる場合は、ロードセル15のアンプへの結線をはずして巻き込みを防止する。回折測定終了後に再度結線し、荷重の変動の有無を確認する。X線回折による応力測定に必要なX線的弾性定数の測定には、異なる応力を負荷して測定する必要があるため、降伏が起きない弾性の範囲で負荷レベルを5段階程度変更して回折の測定を行う必要がある。
【0045】
図3に示す測定の座標系において、試験体1の表面の6成分応力を測定するためには、試験体1に対する照射角度χおよびφを変更し、それぞれ回折X線の計測を行う。得られた回折のパターン(デバイリング:Debye Ring)から格子のひずみを解析し、ロードセル15の値からは負荷の大きさを読み取る。
【0046】
以下に実際の測定結果について説明する。
測定には三次元ゴニオステージ30を有するX線回折測定装置(ブルカー・エイエックスエス株式会社製「D8 DISCOVER with GADDS」)を用い、2D-XRD法によって応力測定を行った。長さ80mm、幅20mm、厚さ2.3mmの試験体1に曲げを与え、その表面に対し小さい仰角でコリメーター31によりX線を入射させたときに回折するX線の測定を行った。図4および図5は、冷間圧延鋼板(SPCC)の試験体1に対し、試験体1の長手方向およびそれに直角な方向(短手方向)から、基準平面(χ=0度)に対し水平から30度でX線を入射した時に得られる、α-Feの(211)面の回折角度(θ=156度)のデバイリングの一部である。なお、二次元検出器32は、回折法線110度の位置に設置している。各図の左側には、測定時の試験体1の位置関係を示す。図4の長手方向からの測定結果より、試験体1の表面に対して水平から30度と小さい角度で入射した測定においても、入射X線および回折X線が、負荷装置(梁部)に干渉せず、図5の短手方向の結果と同様に、明瞭なデバイリングが観察できていることが確認される。
【0047】
次に、試験体1として、冷間圧延鋼板(SPCC)、ニッケル基超合金(Inconel 600)、オーステナイト系ステンレス鋼(SUS316L)の溶接熱影響部、アルミニウム(Al)、銅(Cu)、オーステナイト系ステンレス鋼(SUS304)を用いて、X線回折による応力測定を行った。図6および図7に、試験体1に負荷を段階的に与えたときの各負荷における試験体1の表面の応力について、ロードセル15のひずみゲージによる測定とX線回折測定による解析とを同時に行った結果を示す。また、図8および図9に、試験体1に負荷を段階的に与えたときの各負荷における試験体1の表面の応力について、直接試験体1の表面に貼ったひずみゲージによる測定とX線回折測定による解析とを同時に行った結果を示す。ひずみゲージによる測定結果は、ひずみに縦弾性率を乗じたもの、X線回折測定による解析結果は、回折装置内のパラメータを利用して算出されたものである。
【0048】
なお、図6(a)および図8(a)に示すsin2ψ法(sin2ψmethod)は、従来のX線回折測定手法の一つであり、光学系がゴニオステージ30によって動くが試料は動かない一般的なX線応力測定装置(株式会社リガク製「MSF-3M」)によって計測したものである。sin2ψ法では、平面応力場の条件で計算されるという制約に加えて、一次元的に計測された回折X線より計算されるため、応力の誤差は大きい。一方、図6乃至図9に示すように、二次元検出器32で回折X線を計測し6成分応力を解析する2D Triaxial法(2D Triaxial nethod)では誤差が小さく、ひずみゲージによる測定値(σLまたはσS)に近い値が得られている。この結果は、応力保持装置10が三次元ゴニオステージ30の上で精度よく応力を保持でき、かつ設計的制約を満たすために二次元検出器32を用いた測定が可能となった結果、極めて簡便に得られたものである。図10に代表される従来装置では、測定装置への設置の寸法・姿勢の制限や応力値の変更に伴う測定位置および測定面方位のズレが発生し、図6乃至図9のような測定結果を得ることは困難である。
【0049】
以上、本発明に係る応力保持装置10として好ましい実施形態を例示して説明したが、本発明はこれに限定されず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で他の実施形態に適用できることはいうまでもないことである。
本発明に係る応力保持装置は、例えば、測定系としてX線回折にかぎらずラマン分光、放射光測定、赤外分光、中性子回折、超音波などを用いた分析に際しても適用可能である。さらには、測定対象は金属以外にもセラミックス、ゴム、プラスチックなどでもよく、分析方法との組み合わせにより広範囲な材料の表面の応力あるいは応力を負荷した状態で物理量の分析を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の実施の形態の応力保持装置を示す(a)平面図、(b)正面図、(c)右側面図である。
【図2】図1に示す応力保持装置の、試験体に入射するX線の入射角の範囲を示す正面図である。
【図3】図1に示す応力保持装置の、X線回折装置に設置したときのX線の照射角度を示す斜視図である。
【図4】図1に示す応力保持装置の、試験体の長手方向からX線を入射したときのX線回折測定装置による(a)X線の試験体への照射状態を示す斜視図、(b)測定結果を示す解析結果図である。
【図5】図1に示す応力保持装置の、試験体の短手方向からX線を入射したときのX線回折測定装置による(a)X線の試験体への照射状態を示す斜視図、(b)測定結果を示す解析結果図である。
【図6】図1に示す応力保持装置の、試験体に負荷を与えたときの試験体の表面の応力の、ロードセルのひずみゲージによる測定結果(Measured stress from load cell σL MPa)とX線回折測定による解析結果(Measured stress from X-ray diffraction σ MPa)との関係を示す、試験体が(a)冷間圧延鋼板(SPCC)、(b)ニッケル基超合金(Inconel 600)、(c)オーステナイト系ステンレス鋼(SUS316L)の溶接熱影響部のときのグラフである。
【図7】図1に示す応力保持装置の、試験体に負荷を与えたときの試験体の表面の応力の、ロードセルのひずみゲージによる測定結果(Measured stress from load cell σL MPa)とX線回折測定による解析結果(Measured stress from X-ray diffraction σ MPa)との関係を示す、試験体が(a)アルミニウム(Al)、(b)銅(Cu)、(c)オーステナイト系ステンレス鋼(SUS304)のときのグラフである。
【図8】図1に示す応力保持装置の、試験体に負荷を与えたときの試験体の表面の応力の、試験体の表面に貼ったひずみゲージによる測定結果(Measured stress from strain gage σS MPa)とX線回折測定による解析結果(Measured stress from X-ray diffraction σ MPa)との関係を示す、試験体が(a)冷間圧延鋼板(SPCC)、(b)ニッケル基超合金(Inconel 600)、(c)オーステナイト系ステンレス鋼(SUS316L)の溶接熱影響部のときのグラフである。
【図9】図1に示す応力保持装置の、試験体に負荷を与えたときの試験体の表面の応力の、試験体の表面に貼ったひずみゲージによる測定結果(Measured stress from strain gage σS MPa)とX線回折測定による解析結果(Measured stress from X-ray diffraction σ MPa)との関係を示す、試験体が(a)アルミニウム(Al)、(b)銅(Cu)、(c)オーステナイト系ステンレス鋼(SUS304)のときのグラフである。
【図10】従来の曲げ負荷装置を示す断面図である。
【符号の説明】
【0051】
1 試験体
10 応力保持装置
11 負荷作用ピン(上)
12 支持台
13,14 楔
15 ロードセル
16 負荷作用ピン(下)
17 楔スライド用ガイド
18 負荷調整めねじ
19 負荷調整おねじ
21 矩形板
21a 設置面
22 脚
23 梁
23a V字溝
24 中間部材
24a 挿入溝
30 三次元ゴニオステージ
31 コリメーター
32 二次元検出器



【特許請求の範囲】
【請求項1】
平板状の試験体に四点曲げの負荷を付与する応力保持装置であって、
少なくとも一対の楔を設置し、各楔により荷重方向が変換される機構を有することを
特徴とする応力保持装置。
【請求項2】
一方の楔は基準面と、前記基準面の反対側に前記基準面に対して所定の角度で傾斜した傾斜面とを有し、前記基準面が前記試験体に対して固定された設置面に接するよう設置されており、
他方の楔はスライド面と、前記スライド面の反対側に位置する作用部とを有し、前記スライド面が前記傾斜面に接するよう設けられ、前記基準面と前記作用部との距離が開くよう、前記スライド面を前記傾斜面に沿って相対的にスライドさせるとき、前記作用部により前記試験体に負荷を付与可能に構成されていることを、
特徴とする請求項1記載の応力保持装置。
【請求項3】
支持台と1対の固定負荷軸と1対の荷重負荷軸とを有し、
前記支持台は前記設置面を有し、
各固定負荷軸は前記試験体の一方の面側で、所定の間隔で互いに平行を成して前記支持台に設けられ、
各荷重負荷軸は前記試験体の他方の面側で、双方が各固定負荷軸の内側または外側で各固定負荷軸に対して平行を成すよう前記所定の間隔と異なる間隔で互いに平行に設けられ、前記試験体の他方の面に対して進退可能、かつ各固定負荷軸とともに前記試験体を挟んで支持可能に構成され、
前記他方の楔は、前記作用部により前記試験体の他方の面に対して各荷重負荷軸を押し付けて、前記試験体に負荷を付与可能に構成されていることを、
特徴とする請求項2記載の応力保持装置。
【請求項4】
前記試験体と各楔との間にひずみゲージを取り付けた平板によるロードセルを設置し、前記ひずみゲージの測定値に基づいて前記試験体へ加わる負荷を特定可能であることを、特徴とする請求項1、2または3記載の応力保持装置。
【請求項5】
ロードセルを有し、
前記ロードセルは平板状を成し、前記他方の楔と各荷重負荷軸との間に、一方の面の中央部に前記作用部が配置され、他方の面側の前記作用部を挟む位置に各荷重負荷軸が配置されるよう設けられ、前記作用部による負荷により撓んで各荷重負荷軸を均等に前記試験体の他方の面に押し付け可能に構成されており、少なくとも前記一方の面または前記他方の面のいずれか一方に取り付けられたひずみゲージを有することを、
特徴とする請求項3記載の応力保持装置。
【請求項6】
前記試験体の表面層の応力状態を測定するよう、X線回折装置に設置可能であることを、特徴とする請求項1、2、3、4または5記載の応力保持装置。
【請求項7】
前記試験体の中央部にX線を入射するとき、入射角が前記試験体の表面に対して前記試験体の長手方向で11度〜90度、前記試験体の短手方向で0度〜90度の範囲になるよう設定可能であることを、特徴とする請求項6記載の応力保持装置。
【請求項8】
弾性係数の異なる材質や異なる板厚の材料を用いた前記ロードセルおよび勾配の異なる各楔を用いることにより、弾性係数が異なる様々な前記試験体の応力状態を測定可能であることを、特徴とする請求項4、5、6または7記載の応力保持装置。
【請求項9】
前記試験体の表面層の応力状態を測定可能に、請求項1、2、3、4、5、6、7または8記載の応力保持装置が設置されていることを、特徴とするX線回折装置。



【図2】
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【図10】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−8665(P2009−8665A)
【公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−133826(P2008−133826)
【出願日】平成20年5月22日(2008.5.22)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】